今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志ほか:著 信濃毎日新聞社)虫食王国から贈る、決して無駄にしない究極の地産地消ガイド

虫食、この言葉の響きから心地よさを感じる方は決して多くない筈です。

ゲテモノ、未開の食文化、飢えを凌ぐサバイバルフード?どちらにしても、良いイメージがない方の方が圧倒的でしょうか。

そんな中で「わっ、ご馳走だ」と喜んで飛びついてしまう殆ど唯一の人々が信州人。

お土産物屋さんはもちろんの事、普段買い物をするスーパーにすら、佃煮や缶詰が当たり前のように並んでしまう程、ポピュラーな食材です(あ、あと塩烏賊と鯉の煮物or洗いが並べば完璧)。

そんな日本を代表する虫食王国、信州を代表する虫好きがこぞって執筆する、極めてユニークな一冊、信州を代表する地方紙、出版社でもある信濃毎日新聞社が、何と副知事の巻頭言まで取り付ける程の総力?を挙げて挑む快作のご紹介です。

信州人虫を食べる今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志、丸山潔、福本匡志、横山裕之、保科千丈:著 信濃毎日新聞社)です。

熱のこもった太田副知事の巻頭言から既にボルテージ全開、全員信州在住の著者グループが分担制で執筆する本文は、編集段階である程度均質になるように校正されていますが、それでも時に脱線しつつ、信州の食文化の最右翼というべき虫食への想いに溢れた筆致で埋め尽くされていきます。

登場する虫食い物語は全18話。四大珍味と称する、信州人にとってはご馳走ともいえるジバチ(私の住んでる場所では、ヘボと呼びます)、イナゴ、ザザムシ、カイコから始まって、ちょっとありえなそうなイガラやスズメバチ、最終章は信州人でも跨いで通る、普通なら逃げ出してしまう昆虫にも敢えて筆を進めています(巻末の日本で食される昆虫一覧は本邦随一?の珍史料)。

バラエティに富んだ虫食の話題に溢れている本書。表題だけ見ると、極々稀に見かける虫食の本にあるような、ゲテモノ食いチャレンジであったり、食文化的な考察で終わってしまうような感じも受けますが、流石に虫食の公式ガイドブックたる本書はそんな軟弱な内容ではありません。

本書で取り扱われる昆虫たち、そのほぼすべてについて、昆虫類が専門分野である著者達による生物学的な解説と、伝統的な調理法、食し方、現在までの伝承を語るにとどまらず、実際に捕えて、調理して、食すという一連のプロセスをきっちり実践した上で、最後にお味の話と考察に繋がるという、極めて実践的かつ、食べられる昆虫ガイドといった体裁すら有する、ちょっと他ではありえない本格的な虫食いガイドブックとなっています(ちなみに、皆さんが決して食べない、子供たちが大好きな昆虫の王者の試食記は…笑って読みましょう)。

これだけでも充分にお腹いっぱいの内容なのですが、信州人にとっては美味しく頂かなくては済まされない虫食。食べ方にも独特の拘りが見え隠れします。さなぎを食するのは変態を開始する前でなおかつお腹に残った排泄物を出し切った後が良い。昆虫を食べる場合でも、一晩おいて糞を出すのが肝要(これをカマキリなどの肉食系の昆虫が混ざった状態でやると…パラダイス状態に)と熱っぽく語り、スズメバチは怒らせた時が最もおいしい(そんな恐ろしい事を平然と…しかもやっている人たち)と豪快におっしゃる。しかも巣をひっくり返した後は早く食べないと…成虫が巣からにょきにょきと(ぎゃー!)。ザザムシは厳冬期が最も脂がのっているので、寒さをものともせず、氷点下の天竜川の河原で石をひっくり返し続ける。更には昆虫の足は残しておいた方が海老みたいで香ばしい…等々、虫食に嫌悪感をお持ちの方なら呆れる前に卒倒してしまう内容のオンパレードです。

このような書き方をすると、やはりゲテモノ食い本に見えてしまいますが、著者達は一線の研究者でもあり、いずれも信州をこよなく愛していらっしゃる方々。一見ふざけた内容にも見えますが、その中でも注目すべきポイントがあります。それは、味そのものへの想いと共に、昔から虫食いがタンパク質の補給であったり、子供のおやつ代わりであった点は認める一方、所謂カルシウム補給には何の役に立たない(骨、ありませんから)事を指摘した上で、信州人がなぜ虫食に拘るのかを追求している個所でしょうか。

各執筆者それぞれに見解を述べていますが、その根底には、決して物を無駄にしないという信州人の素質が脈々と受け継がれているように思えてきます。田圃の畔に豊富に居たイナゴ、ゲンゴロウ。厳冬期の河原に潜むザザムシ。薪を割り、山林で作業をすれば易々と出会う事が出来る、害虫でもあるカミキリムシ。恐ろしいながらも魅力的なハチたち。そして、養蚕と切っても切れないカイコ、ヤママユガ。いずれも、信州における生活の身近にあって、何時も目の前に一緒にいた昆虫たち。そんな昆虫をちょっとしたおやつとして、そして大事なご馳走として大切に食べ続けてきた、身近なもので使える物は何でも活用しよう、美味しく頂こうという、その土地に寄り添って生きてきた生活の知恵の結晶が虫食い文化であるように思えてきます。

ヘボの巣作り競技(この辺の事情にご興味のある方は、地理学マンガという風変わりなテーマで日本地理学会賞を受賞した「高杉さんちのおべんとう」3巻がお勧め)として扱われる以外、すっかり減少してしまったジバチ(茅ヶ岳の麓では、ヘボを獲らないでくださいという看板がそこかしこに出ています)。今や多くが東北地方から送られてくるイナゴやレッドデータブックに掲載されてしまったゲンゴロウ。僅かな職漁師が細々と採取を続けているザザムシ(僅か25gで1000円以上に)。そして、産業自体が消滅寸前となってしまった製糸の元となるカイコと桑畑。そんな失われつつある信州の環境、文化を継承し、象徴するものが虫食いなのかもしれません。

豊かな虫食い文化を育む信州と信州人の心意気がこもった本書。もしその心意気に胸を熱くされた方は、今度、信州にお越しの際には手始めに、諏訪湖の遊覧船乗り場でバッタソフト辺りからチャレンジしてみては如何ですか?

信州人虫を食べると類書たち<おまけ>

本ページより、関係する書籍のご紹介を。

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