今月の読本「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)日本海を舞台に鱪を追い川崎船を駆って樺太へと北上する漁民と、豊穣の底魚への想いを

以前から読みたかった一冊。

お魚関係の本が大好きで、色々買い漁りますが、日本で刊行される魚関係の本の多くは、経済関係か自然科学の研究者の方が執筆される、資源的な話であったり、生物学的な話に終始して、文化的な話がどうしても欠落してしまいます。

海外の訳本では、その関わり合いが比較的希薄な筈の魚類に於いても、文化的な側面を語るのが当たり前にも拘らず、世界に冠たる魚食文化、漁撈史を有するはずの国から送り出される本がこのような特定の内容に終始するのは少々寂しいお話。

そんな中で、文化史を軸にして、物の歴史を語るというユニークなポジショニングと、そのテーマの豊富さから一目置かれるであろう叢書に、法政大学出版局が刊行を続けている「ものと人間の文化史」というシリーズがあります。

非常にマイナーかつ、お値段も決して安くはないため、手に取るには躊躇するシリーズなのですが、扱っているテーマとその内容は、無二の存在。今回の一冊も漸くの想いで購入したのですが、期待に違わない素晴らしい内容でした。

ものと人間の文化史 鱈ものと人間の文化史171 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)です。

著者の赤羽正春氏は本シリーズの第一回配本であった、須藤利一氏の「船」に傾倒して研究者の道を歩み始めた方。本シリーズでの著作も既に5冊を数え、6冊目となる本書は、これまで温めてきたご自身の研究者としての発端となった「船」と、これまでもシリーズで語ってきた「漁撈、狩猟」という二つのテーマを同時に語る、集大成として最も相応しい素材としての「鱈」に行き当たったであろう様子が伺えます。

本書は表題である鱈を語るにあたって、二つの機軸を設定しています、一つは漁場を行き来し、追い求めるための道具としての「川崎船」、二つ目は漁撈を行う仕掛けとしての「底延縄漁」。どちらも、鱈漁を語るには欠かせないファクターであったとして、その経緯を示しながら、鱈漁の発展を描いていきます。

産卵期になると海岸に大挙して押し寄せるが、漁獲期として僅かな時間しか得られない、本来は漁獲の難しい底魚である鱈と底鱈(スケソウダラ、本当は魚偏に底という漢字が使えます)。その漁獲が難しい魚が、偶然にも16世紀頃にヨーロッパとアジアの両端で底延縄漁という、新しい漁法を以て勃興します。沖を回遊する鱪を追った漁で使われた延縄に重石を組み入れて(ヨーロッパではガラスの浮を併用したフカセとして)、海底近くに仕掛けを這わせるその漁法を編み出す事で、これまでは漁獲することが困難であった底魚が沖合深くの海底に豊富に存在することに気が付くことになります。

更には、その漁は地元の強固な権益で守られた入会がある沿岸から離れた、未開拓の荒れた沖合での船を操りながら行うもの。これまでの沿岸漁で使われていた船では足も遅く、波に呑まれて役に立ちませんが、ここで新しい船形が登場することで、沖合での漁、そして入会に影響を受けない沖合を転々としながら、各地で水揚げを下ろしていくという、現在の遠洋漁業に繋がるスタイルが生まれていきます。著者はそのいずれも大陸との繋がり、特に船形については、朝鮮出兵による影響を強く受けた、半島由来の軍船の設計手法がそのままスケールダウンして、川崎船と呼ばれる船形が成立したと指摘します。

南の暖かい海で鱪を追うための延縄と、半島の戦場を経て伝わったであろう沖合を進む事が出来る川崎船。その二つが交わった場所が日本海。対馬暖流に乗ってやって来る鱪を追う漁民たちが、荒れた佐渡と本土の海を安全かつ迅速に行き来する為に使われる御用船の設計を自らの船に取り込む事で為し得た、沖合から岸に寄せてくる鱈を獲る底延縄漁は、急峻に落ち込む深い海底から産卵のために浅場に上がって来る鱈を待ち構える事で、これまでにない膨大な漁獲に恵まれる事になります。中でも、双方にアプローチをする事が出来た新潟周辺、特に出雲崎でこの漁が大いに発展していった経緯を、綿密な調査に基づいて解説していきます。

著者の説に従えば、それが求められた故に生み出された底魚漁と、漁獲としての鱈と底鱈(イメージで語っている嫌いもありますが)。加工しやすく、干すことで日持ちもする、この膨大な未知の資源を追って、新潟、出雲崎の漁民たちは入会の先に広がる沖合を北へ、北へと進んでいきます。その足取りは、江戸後期の蝦夷地開拓の先駆と足並みを揃えていきます。本書では、明治維新以降、現在に至るまで各地に残る、彼ら漁民の足取りと現在の姿を追う事で、彼ら日本海沿岸出身者が明治維新前後から戦前にかけての北洋漁業を切り開いていった先駆者であった事を見出していきます。今も進出した先の在所では旧出身地毎に纏まった集落を形成し、旧出身地の選挙の際には応援に行くなど、長い年月を経ても、出身地との深い繋がりがある事を記していきます(北海道に定住した2世までは、在所に墓も持たなかったという気概には驚かされます)。

鱈を追った人の繋がりが残るように、その漁法や魚を追い、時には自らが移住していくための移動手段としての漁船もまた、日本海沿岸と深い繋がりがある事が語られます。本書の白眉、延縄漁の詳細な解説や漁場での展開、地域ごとの漁具の特徴、使用する餌の嗜好など、漁撈史としても貴重な内容が語られます。そして、著者の研究者としての立脚点である漁船の変遷についても、小早船から川崎船への変遷や、北海道に渡った川崎船が各地から渡ってきた人々と共にもたらされた船形と組み合わさり、個性は失いながらも完成された和船の最終形態へと集約されていく様は、和船にご興味のおありの方なら非常に興味深い点かと思います(川崎船の設計が、元々は金山御用のため佐渡との往復に用いられた小早船をそのまま1/2にスケールダウンした、幕府の軍船に直結する設計であった話などは著者でなくても、思わず膝を叩いてしまいます。幕末にペリーが来訪した際に、日本の小舟のスピードに舌を巻いたという彼の報告と合わせると、思わず納得してしまいました)。

明治に入って殖産興業が叫ばれる頃、動力船による独航船や底引き網、トロール漁など、新たな手段を得た彼らは、蝦夷から更に北を目指し、樺太、シベリア、そしてアリューシャンへとその舳先を向けていきます。ポーツマス条約による南樺太獲得以前から、入漁という形態で北方で漁を続けた彼ら。その後、領土に編入されたかの地で、蟹工船で有名な蟹漁、日魯漁業のシンボルともなった鮭鱒漁と並んで、無尽蔵とも思える鱈、底鱈漁にまい進していきます。その目的は、外貨獲得。本土で好まれる棒鱈や干鱈の形態とは異なる、欧米、特に鱈を追って大西洋を渡っていった人々の子孫達の国でもある、アメリカで特に好まれるストック・フィッシュとしての加工を施された北洋の鱈たちは、貴重な外貨獲得資源として輸出が続けられます。その癖のない食味はヨーロッパ人にも好まれる(ヨーロッパにおける下層民の食生活と大航海時代の双方における鱈の重要性については、下記にご紹介している「魚で始まる世界史」を是非ご一読の程)一方、ヨーロッパでタラ戦争が勃発したように、その資源は常に争奪の元となる鱈。新たに東洋に位置する北洋からもたらされた豊富な漁獲によって、第一次大戦を前後して飛躍的に輸出量を増やしていきます。

そして、かの地に進出した日本人の姿。時に海軍の支援を受けつつ、漁具から漁船、資材を持ち込むだけではなく、それらを作る職人たちも移り住み、細やかな漁法、水揚げされた漁獲物の扱いに改良を重ねつつ、徹底的に収奪的な漁獲を進めていく。この姿、敗戦後の日本が再び海外に乗り出し世界の市場を席巻し、今は現地生産の名の元に海外移転する工場が採る手法とを些かの変わりが無い事に驚愕します。日本人の特性なのでしょうか、著者もせめてもう少し現地に目を向けた態度を取っていればとの想いを筆致に乗せていきます。

無尽蔵に鱈が居るように思えた北洋の海底、それでも資源が枯渇する度に北上を続けた鱈漁は、漁獲の減少を補うかのように進化した漁船、漁法によって、高度成長期には300万トンという膨大な漁獲を得ていましたが、そのしわ寄せは200カイリ問題を引き起こし、北洋から締め出された結果、既に枯渇が始まっていた日本近海に戻っての漁獲高は年々減少、近年では30万トンを下回る規模にまで縮小しています。その中で、大切な食糧として、そして皆でその漁獲の喜びを分かち合い、年を越せた事に感謝する、漁獲そのものを与えてくれる海に感謝する、そんな素朴な想いを鱈に載せて今でも祀り続ける祭祀への眼差しを、最後に著者は述べていきます。

日本海を鱈を追って南北に駆ける漁民の姿を追う著者の筆は、最後に近世のヨーロッパで起きたバルト海の産物が地中海にもたらされる事によって起きた、ヨーロッパ世界の覇権の移り変わりを述べていきますが、そのような説明が無くとも、豊かな北の海、南極の海へと資源獲得の波が押し寄せたのはまぎれもない事実。その奔流の中で、したたかに、そして畏敬の念を以て漁獲を追い求めた、日本海沿岸を故郷に持つ人々の歩みと、枯渇の縁に立つ、古の豊かな漁獲へ想い、その回復への道筋に想いを馳せながら。

親不知夕景4

夏の親不知漁港。此処から北へ向けた海岸に点在する漁村が鱈漁の故郷。

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<おまけ>

本ページでご紹介している、関連する書籍を。

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