今月の読本「タネをまく縄文人」(小畑弘己 吉川弘文館)最新分析手法が語りかける、拘りのない考古学への誘い

日本で最大の縄文遺跡の集積地、ここ八ヶ岳山麓に居住していると、縄文遺跡は極めて身近なものです。

そして、周囲には多くの縄文ファン、古代史に興味のある方が住まわれています。

溢れるばかりに存在する遺跡に出土物、それらを綺麗に収蔵、展示している自治体ごとに存在する考古館。収蔵される発掘成果の多くが古代史への扉を開くカギとして貴重な品の数々なのですが、展示物に付される説明を読んでいるとどうしても解せない点が出て来ます。

縄文時代にも拘らず農耕への道筋、特に稲作との関連性をしきりに模索する点(and否定する点)、そして古代史の展示や資料を眺めていると不思議に思えてくるのは、発掘成果から徐々に乖離して研究者の方々の持論と思想がないまぜに語られる文化論。史料との直接的な関係性を観たいと思う私にとって古代史がどうしても好きになれない点でもあるのですが、そのような疑問にストレートに答えてくれる一冊が登場しました。

縄文遺跡のメッカ、中部高地から遥かに離れた南九州を研究のベースに置かれる著者による、最新の知見と研究手法をふんだんに盛り込んだ一冊です。

タネをまく縄文人

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館の歴史文化ライブラリー最新刊より「タネをまく縄文人」(小畑弘己)のご紹介です。

本書の表題を見ると、一部の方は「何だ、また縄文農耕論の本か」と思われるでしょうが、表紙のイラストを良くご覧ください。収穫しているの物は何でしょうか、米ではありません。縄文農耕論が辿っていくパターンに従って観た場合でも、麦でも、雑穀でも、エゴマでも、ソバでもありません。もちろん照葉樹森林文化論で出てくるイモ類でもありません。その絵に描かれているイメージは豆の莢。著者の提案する新しい縄文農耕のカギとなるのは、これまでの稲作文化との相対や前身性の議論から離れた新しいアプローチによる提案。そして、提案に至るキーパーツたちを捉えるきっかけとなった分析方法を本書は詳しく述べていきます。

本書は大きく分けて4つのパートに分かれています。縄文農耕の作物としての豆(ダイズ、アズキ類)への着目。そしてこれらをエサとしたであろうコクゾウムシと豆類の生育の関係。避けては通れない稲の移入と縄文期の歴史的展開の話(ここは最大公約的な結論ですが、大陸の出土物との関連性で述べる点は注目で)。最後にこれらを導き出す手法となった、レプリカ法から繋がる圧痕法の解説とそれに続く新しい分析手法の紹介。

著者は史学科に属していますが、所謂考古学者とはちょっと毛色の違った経歴をお持ちのようです。参考文献に豊富に掲載される英文、韓文、漢文の引用論文。X線CTや軟X線スキャナ、光学3Dカメラの解説に圧痕法使用樹脂の解説。そして、極めて細密なダイズの寸法評価やコクゾウムシの形態分析。文学博士の称号をお持ちですが、どちらかというと分析屋さんに近い系統の仕事のされ方をしています。

ある意味発掘や思索を専門とする考古学者とは別のアプローチによる、分析重視の出土物調査の集積。その結果は、土器や土偶等の発掘物の精緻な分類や比較文化論による文化的な側面を重視した時代構成を描く、次に来る弥生時代との峻別や先進性を訴求せんが為に、その痕跡をひたすら追い求めて袋小路に入っていく多くの古代史の研究成果に対するアンチテーゼ的な結論を導き出していきます。その為でしょうか、著者の筆致には考古学者の方へのやるせなさや研究の停滞への想いを隠さず、時に判断を促さんと欲する突き放す様な描写すら見せます。

所々に傍観者的な雰囲気を漂わせる、分析屋さんのちょっと悪いパターンを行間に垣間見る感もありますが、その指摘には興味深い内容がぎっしりと詰まっています。

発掘された土器の表面に残る圧痕をシリコーン系の樹脂で型を取って、電子顕微鏡で観察するという、当時の形態をそのまま取り出す事が可能な手法であるレプリカ法、その後継手法として陽刻としての3次元形状を捉える事を目的とした圧痕法。従来の考古学的手法による種子類の抽出を行っていた著者が新たに取り組んだ手法を用いた膨大な分析結果を俯瞰していくと、これまで着目されなかったマメ類、それも在来種と思われる種子が土器に多数の圧痕として残っている事が確認されていきます。そして、分析結果の中に、本来であれば穀物類をエサとする筈のコクゾウムシの圧痕を見出していきます。マメ類の圧痕は関東や中部高地から西へ向けて、そしてコクゾウムシの圧痕は稲作が遥かに遅れて伝わったとされる薩南諸島で出土した縄文期の土器からも見出されていきます。この結果は従来的な縄文時代の推移を学んだ者にとっては驚きの結果。狩猟採集の縄文文化は半島から来た稲作文化に追いやられて南北の端に追いやられた。穀物を主食とする害虫であるコクゾウムシなどの発生は、穀物生産=稲作文化の伝播と並行して起こったという認識を根本から見直さなくてはならない事を痛感させられます。更には栽培植物化による種子の大型化と、種子の中で幼虫が育つ必要があるコクゾウムシのサイズ変化(むしろ小型化する)からの考察として、縄文期に食されていたものが穀類(≒稲)ではなく、クリやマメ類であったであろうという点にまで議論を押し広げていきます。

この議論は、八ヶ岳西麓に住んでいる者にとっては非常に大事な話。所謂藤森縄文農耕論が唱える先駆的な農耕の先には常に「稲作=水田」が付いて廻っていました。その結果、お隣の阿久遺跡の発掘に於いては、農耕、即ち水田に類する痕跡を求めて、台地上からはるか下に流れる川の付近まで発掘調査を行ったが、水路に相当するものは最後まで発見できなかったとのお話を、発掘40周年を迎えた今年の記念講演で当時の担当者の方から伺ったことを思い出しました。

ステレオタイプかもしれませんが、何としてでも文化的に弥生時代の先駆が縄文であった事の痕跡を探すことに躍起になる縄文文化。その度に稲作のない縄文の農耕は農耕とはいえず、縄文の後進性と大陸文化=先進文化の受容というスキームで臨む弥生文化。更には、それらに輪をかけるように展開されるxx文化論的な物証論からやや逸脱する、精神論的な部分も垣間見れる議論。更には考古学者の全てが目を伏せて逃げ出したくなる、解消されないあの事件のトラウマ…。

これら部外者には俄かに判りかねる魑魅魍魎的な古代史の議論に対して、分析屋さんらしい切り口、そして海外からの視点を重ねながら、文化ではなく、発掘史料が語りかけてくる結論に対して真摯であろうとする著者の姿勢。

土器の表面という限られたポイントからすべてが把握できる訳がない点は充分に承知している。更に、なぜ土器の表面にそれほどまでにマメ類やコクゾウムシの痕跡が残っているのか想像は出来るのだが、物証から確証には至れない(ここで、前 長野県考古学会の会長でもある会田進氏の「やればいくらでも種実圧痕が出てくるので、もはやマメはあって当然のことと思っています」という発言を拾っている点に、著者の想いが帰結していると思います)。それでも他の分析手法に対して、当時の形態を確実に保存しているという明らかなメリットを前面に掲げて分析結果を積み重ね、議論の深まりを模索する著者の姿勢には大いに賛同したくなるところです。

全国各地に数多ある縄文遺跡とその発掘成果。著者の言葉を借りれば「第二の発掘を待つ宇宙の星の数にも等しい土器たち」が各地の博物館や収蔵庫に眠っています。著者が一人でその全てを調査することはもちろん不可能でしょうが、そこにはまだまだ新しい発見が眠っているはず。より多彩な分析方法を駆使して、これまでの研究分野の枠組みを外してほんの少し見つめ直せば、縄文の研究分野はもっと広がり、もっと楽しいものになると実感させられた一冊です。

井戸尻考古館の炭化麦出土品全ての議論の起点である、植物性炭化物出土品の数々(藤森縄文農耕論のゆりかごでもある、諏訪郡富士見町信濃境の井戸尻考古館にて)

 

<おまけ>

本書とほぼ同じタイミングで刊行された、縄文時代を扱った一冊「つくられた縄文時代」(山田康弘 新潮選書)をセットで。こちらの本も従来の縄文時代感を是正することを狙った内容ですが、正直に言って上手くいっていないように思われます。1,2章の戦前、戦後の考古学への認識と、それに対する歴史教育分野での行政の介入部分は後付け的で、内容も考察不足ないしは、引用と帰結が余りにも大振り(モースとシーボルトの件以外は「考古学とポピュラー・カルチャー」(櫻井準也 同成社)を読まれた方が良いかと)、5章は本論とはあまり関係のない、著者の持論展開であり(こちらは同じ歴史文化ライブラリーの「老人と子供の考古学」の焼き直しである事を明言しています)、実質的には3章で述べられる、著者の奉職先である民博の展示入れ替えに際しての考察である、時間軸と空間軸に於ける縄文時代の枠組みの是正の部分だけが本題です。

タネをまく縄文人と、つくられた縄文時代

<おまけの2>

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