漸くの冬(2015.12.19)

なかなか氷点下に至らず、冬は何処へ行ってしまったの?と考え込んでしまう天候が続く今シーズンですが、いよいよ本格的な冬が到来したようです。

雪が舞う八ヶ岳

日が差し込む中、雪が舞う朝。この後、一旦止んだのですが午後から強く舞い続ける事に(12/17)。

雪を被る八ヶ岳ブルー夜半に止んだ雪。朝になるとこの通り、裾野近くまで漸く雪が降りてきました。

碧空と甲斐駒うっすらと圃場に残る雪と、真っ青な空の向こうに聳える甲斐駒。

冬の八ヶ岳南麓らしい景色が再び戻って来たようです。

降雪機が雪煙を上げる富士見パノラマスキー場の夜1夜、グッと冷え込んで氷点下に達したスキー場では降雪機がフル回転。ここのところの気温の高さで思うに任せなかった降雪作業も今夜は捗っていそうです。

降雪機が雪煙を上げる富士見パノラマスキー場の夜2

雪煙を上げる降雪機とカクテルライトが織りなすモノクロの風景。

山頂の方でも降雪機が雪煙を上げているようです。

降雪機が雪煙を上げる富士見パノラマスキー場の夜3氷点下の気温、時折冷たい風が吹き下ろす中ですが、暫くすると体も外気温に慣れてきて、雪煙と空に広がる星空を暫し眺めつづけていました。

こちらの西斜面を有する入笠山側の富士見パノラマスキー場は既に上部ゲレンデはオープン、メインゲレンデも明日(12/20)にはオープンする予定ですが、東斜面となる八ヶ岳側の富士見高原スキー場は標高が低い事もあり、今週末のオープンは断念との事。

星空のイルミネーション1

冷え込んできた夕暮れの原村、八ヶ岳美術館前。

今年も星空のイルミネーションが始まっています。

星空のイルミネーション2

街路にはイルミネーションが麓から伸びていきます。天気が良ければ、このように遠くに茅野の街並みの明かりを望む事が出来ます。

星空のイルミネーション3

日曜日の夜で、観光客の皆様も見当たらない、ちょっと寂しげなイルミネーション会場。

週末はなんとか冬らしい寒さとなりそうですが、来週は再び気温が高くなるとの予想、今年の冬は本当に安定しないようです。

 

広告
トヨトミストーブ・レインボーの芯を交換してみる

トヨトミストーブ・レインボーの芯を交換してみる

我が家のトヨトミストーブ・レインボー(RB-25)。使用を始めて10年ほどが経過して、流石にお疲れ気味。

そこで、今年も石油ストーブに御厄介になるシーズンが到来したところで、これまでやってみたかった事に挑戦してみます。

トヨトミストーブ・レインボーの替え芯23種トヨトミ純正の石油ストーブ用替え芯。型番は「トヨ耐熱しん23種」です。

トヨトミの公式ネット販売ページ、HOYOTOMI home+や某巨大ネット通販サイトでも購入できます。

では、取り替える前にまずは事前準備。

交換に絶対必要なもの。

・プラスのドライバー

・マイナスのドライバー(大きすぎないもの)

・取り外した芯を収納するビニール袋ないしはビニールのシート(必須です)

・購入した替え芯

WP_20151212_10_54_59_Pro替え芯に封入してある説明書を読めばおよそ全て判ると思いますが、この先は写真付きでご紹介します。

<始める前の注意事項>

・必ず空焚きして、タンクの中に残っている灯油を出来るだけ空にしておきましょう(空焚き後はちゃんと冷めてからの作業開始で)

・着火用電池は必ず抜いておきましょう(着火レバーに触れてしまうと、不用意に点火して事故に繋がります)

 

1.まず初めに、本体の周囲にある3か所のネジを外します(外したネジはなくさないように)

レインボーの外枠ネジ11か所目は給油ゲージの上

レインボーの外枠ネジ22か所目は本体裏側(購入年が判りますね)

レインボーの外枠ネジ33か所目は給油口の上です。外す順番に決まりはありません。

 

2.本体の取っ手をまっすぐに持ち上げて、外筒部を取り外します

外筒部を外したレインボーストーブここで、外筒部と機構部の掃除もしておきましょう。

レインボーストーブの着火部着火する度に焦げが出てくる着火部分はこんな感じで汚れてしまいます。

点火ヒーターも併せて交換される方は、こちらが交換部品になります(汎用部品ですので、トヨトミ製以外にも代替品はホームセンター等で売っています)。

また、埃だらけの状態で使用していると、燃焼が悪くなります(使っているうちに炎が偏ってきたり、燃焼力がダウンしてしまった方へ、芯を交換する前にまずは外炎筒つまみ(燃焼調整ダイヤルの上側の蓋を開けると、つまみがあります)を左右に振って炎の位置バランスを確認、それでもだめなら、外筒部を外して、これら機械部分に溜まった埃を掃除してみましょう。殆どの場合、掃除するだけで元の燃焼に戻ると思いますよ。

 

3.内炎筒を取り外します

レインボーストーブの内炎筒酷使したためでしょうか、真っ赤に焼けています。

レインボーストーブの燃焼部燃焼部がこのように汚れが出てしまっているようであれば、序に掃除しておきましょう。

 

4.芯調整器を取り付けている蝶ネジを外します(固くなっている場合は、マイナスドライバーを用いて廻します)

ここで要注意、取り外したネジの場所と蝶ネジの組み合わせを忘れないようにしましょう。後でネジを締めるときに別の組み合わせだと、上手くネジが締まらない場合があります。

レインボーストーブの芯調整器ネジ1蝶ネジの場所その1、しん調節つまみの横

レインボーストーブの芯調整器ネジ2蝶ネジの場所その2、裏側(ネジを触るときに配線を傷つけないように注意)

レインボーストーブの芯調整器ネジ3蝶ネジの場所その3、電池ボックスの横(ここは外しにくいので、マイナスドライバーを使いましょう)

 

5.これで芯を取り外す準備が出来ました。ストーブの横にビニール袋を用意して、その中に取り外したしん調整器を入れてしまいます

取り外したレインボーストーブのしん調整器このような形で、灯油を吸い込むしんごと抜き取る事が出来ますが、残った灯油が滴れ落ちますので、ビニール袋は必須です。

 

6.3か所のピンで取り付けられているしんを抜き取ります

レインボーストーブの芯取り外し1レインボーストーブの芯取り外し2レインボーストーブの芯取り外し3WP_20151212_09_55_14_Pro取り外した芯と新しい交換芯の比較。

使っていた芯の方が赤く焼けた錆が乗っているのが判るでしょうか。

しん調整器を取り外したレインボーストーブの本体燃焼筒だけになったレインボーストーブ。

この状態ですと掃除も楽ですので、燃焼筒や黒いパッキンの部分を掃除しておきましょう。

 

7.新しい芯を取り付けます。しん調整器の内側に彫り込まれた3本のガイドの中に開いている穴に、新しい芯のピンを押し込みます

レインボーストーブしん調整器ガイド溝しん調整器の中の溝をアップで。

レインボーストーブのしんとガイドピン新しい芯とガイドピン(3か所あります)。

レインボーストーブしん調整器ガイド溝の穴ガイド溝のアップ、手前の黒い穴にピンを入れます。入れにくい場合は、しん調整つまみを少し廻してみましょう。

レインボーストーブのしん交換後綺麗に芯がはめ込めると、円筒の筒に沿って丸く広げる事が出来るようになります。上手く広がらない場合は、しん調整つまみを廻して、ガイド溝の穴がちゃんと見える場所で、もう一度ピンを入れてみてください。

 

8.燃焼筒沿いに芯が絡まないように、しん調整器を元に戻します

9.しん調整器を止めていた、蝶ネジで再び調整器を固定します。

ここで要注意、蝶ネジの締め具合が最終的な炎のバランスを決めるカギになります。芯調整器側のガイドの縁と燃焼筒側のガイドの縁が同じ高さになるように、そして、上から見た場合に、燃焼筒と芯調整器の左右位置バランスが取れるようにネジを締めていきます。ネジを締めこむと炎が上がる方に調整されますので、組みつけた後に炎のバランスが悪い様であれば、このステップまで戻って、取り付け調整を再度行います。

10.しん調整つまみを廻してみて、芯の高さと水平を確認します。芯の高さ調整は不要です(毛羽を均す為に少し鋏を入れるのはOKですが、燃焼に影響が出るので切り揃えてはいけないと書かれています)。

芯を交換した後のレインボーストーブの燃焼部写真は芯を上げた状態です。

11.内炎筒を取り付けた後、取り外した際のネジを使って再び外筒部を取り付けます。

12.灯油を給油した後、必ず20分以上待って、芯が充分に灯油を吸うのを待って燃焼テストを行ってみましょう。

WP_20151212_15_32_31_Proどうでしょうか、上手くできたでしょうか。

ちょっと面倒かもしれませんが、シーズン前のメンテナンスとセットで小一時間程度とそんなに手間ではないかと思います。

 

CooRie Self cover mini album「melodium2」東海岸的な2015年製のサウンドクリエイトに載せてボーカリストrinoが弾む

CooRie Self cover mini album「melodium2」東海岸的な2015年製のサウンドクリエイトに載せてボーカリストrinoが弾む

New!(2016.4.10):昨日から放送が始まった「田中くんはいつもけだるげ」ED主題歌に、CooRieの新曲「BON-BON」が使われる事になりました。更に今回は、シングルCDとしてリリースが決定しています。カップリングとしては2013年2月の「メグル」、CooRie単独名義としては実に2010年7月の「夢想庭園」以来6年ぶりとなるシングルリリースです。発売は5/11になります。

 

<本文此処から>

最近はすっかりサウンドクリエーター、アレンジャーとしての仕事が中心となってしまって、CooRie名義のシングルはもちろん、オリジナルアルバムなど夢のまた夢…等と考えていたのですが、再びセルフカバーアルバムという形で、こうして新しいサウンドを聴かせてくれることが叶ったようです。

melodium2とCooRieのアルバム約2年ぶりのアルバムは、前作「melodium」の続編という位置付けのミニアルバム「melodium2」です。

初回特典のライナーノーツを眺めながら、少し疲れの溜まってきた木曜日の夜に聞くCooRieの新しいサウンドは、はっと目を覚まされる艶やかなサウンドに溢れています。音作りという点では、多数のアレンジャーさんが集まって作られた前作のmelodiumと異なり、デビュー当時にCooRieとして組んでいた長田直之さんが全曲を一人で手掛けています。

前作melodiumは同じセルフカバーアルバムでも、CooRie(rino)のために、アレンジャーさんたちが彼女の作品をそれぞれのテイストでアレンジした、プライベートミックス的な作品であったかと思いますが、本作では一人のアレンジャーさんが手掛ける事で、セルフカバーと書かれた帯を見なければ、まるでCooRieのオリジナルアルバムかと思うような一貫したテイストで整えられています。そのテイストは、少しジャズのテイストを含ませつつ、アメリカンpopの定番となるアレンジをふんだんに盛り込んだ、可愛らしさの中にもボストンやニューヨークといった大都会の夜を思わせるスマートな仕上がり。都会の夜の雑踏に流れる光を、窓辺から眺めながら聞いているような気持ちにさせられます。

そして、同じアレンジャーさん、同じボーカルでも、CooRieデビュー当時の懐かしくも少し牧歌的なサウンドから、現代的で複雑なアレンジとグッと大人びたサウンドへの変化は、二人の作品作りが次のステップにはっきり移っていった事をリスナーに感じさせます。少し劇伴的な2015年のシーンに合わせたアレンジによる華のあるサウンドクリエイトと、それに載せて歌うボーカリスト。しっとりと落ち着いたサウンドが持ち味だったこれまでのCooRieには見られなかったアプローチが見えてきます。その変化にちょっと驚かされつつも、実は多くのリスナーが望んでいた事なのかもしれません。今のサウンドで今のCooRieを聴きたい思う願い。今すぐには叶わないかもしれませんが、まずはセルフカバーアルバムで、いずれはオリジナルのアルバムとして聞ける時を信じて。

 

1.Planet Freedom(原曲:スフィア / 作詞・作曲:rino、編曲:長田直之)

アルバムのオープニング曲に相応しい、スピード感を感じさせる曲。ボーカルはエフェクトをかなり掛けていますが、打ち込み多用の今時のサウンドテイストにrinoさんのボーカルを載ると、こんな感じで更にキラキラ感が増すようですね。

2.Sentimental Venus(原曲:郁原ゆう、阿部里果、山口立花子 / 作詞:こだまさおり、作曲:rino、編曲:長田直之)

アルバムのテーマ曲になりそうな一曲。ピアノのメロディを前面に置いた、可愛らしくも少し背伸びをした都会的なサウンドに作り直された曲は、間違いなくやってみたかった感が一杯の、アメリカンpopで使われるアレンジを散りばめた、色々なテイストを織り交ぜて作られています。今までにない、華やかなCooRieサウンドの誕生です。

3.REFLECTION(原曲:新田恵海 / 作詞・作曲:rino、編曲:長田直之)

やはりD.Cの曲らしく、これまでのCooRieのサウンドのイメージを最も色濃く感じさせる一曲。こんなアレンジで、もう一度CooRieとしてのオリジナルが聴きたいなあと、しみじみ思ってしまいます。この曲を聴きながら、このアルバム自体が今のCooRie(rino)、そしてアレンジャーの長田直之さんのプロモーションCDなんじゃないかと変な妄想をしてしまいました。

4.ひだまり笑顔(原曲:村川梨衣、佐倉綾音 / 作詞・作曲:rino、編曲:長田直之)

一度やってみたかったという、ピアノロックアプローチ。こんなテイストのCooRieもあるんだと驚かされるのと同時に、今の劇伴だとこの程度は当たり前になってしまったので、こういうアレンジで一曲作るのもありなのかもしれません。楽しいアレンジに合わせて、めいいっぱい元気よく歌うrinoさんに思わず微笑ましくなってしまいます。

5.ハルモニア(原曲:ChouCho / 作詞・作曲:rino、編曲:長田直之)

このアルバムで一番気に入った一曲。ChouChoさんの原曲も好きなのですが、低く頭を抑えた状態からぐいぐいと押し上げていく様な原曲と異なり、新たなボーカルとアレンジを得て、ケルト的なサウンドを狙ったという、少し霞んだ空を、それでも高く高く往くという、この曲の世界観が更に広がったような感じがします。これも劇伴的なサウンドですね。

6.melodium(オリジナル新録 / 作詞・作曲:rino、編曲:長田直之)

今のCooRieサウンドの完成形なのでしょうか。これまでのCooRieが大事にしてきたサウンドのテイストをしっかりと残しつつも、煌びやかなアレンジに載せてrinoさんの歌声が響く、こんなサウンドが、ボーカルがこれからも楽しめる事を願って。

melodiumとmelodium2のアルバムジャケットとライナーノーツmelodiumとmelodium2のアルバムジャケットとライナーノーツ。CDレーベルのデザインもお揃いです。

レーベル下の写真は、お買いになってのお楽しみ…という事で。

ジャケットデザインを手掛けられた、オムニベリーさんの製作メモはこちら。

静かな初冬の午後に(蓼科と御射鹿池)2015.12.6

初雪が降った先週。

初雪の後の甲斐駒すっかり冬景色となった朝の甲斐駒(2015.12.1)

寒気が降りて来たのでしょうか、少し肌寒い週末を迎えました。

強風が一日中吹き続けた土曜日と打って変わって、風のない、どんよりと雲が垂れ込めた日曜日。

こんな日は写真には向かないのですが、そんな時こそ訪れたい場所もあります。

薄雲の向こうに北アルプスを薄雲の向こうに浮かんでいる、雪を被った北アルプスを遠望して。

この季節になると時々眺める事が出来る景色。写真にするとあまり映えませんが、雄大な北アルプスを遥か望むのもまた、気分が良いものです。

初冬の蓼科山遠望柔らかい青空の下、雪を被った蓼科山を望みます。

頂上部分は完全に雪に覆われてしまいました。

初冬の横岳と蓼科山

横岳も併せて。

初冬の天狗岳天狗岳も真っ白に雪化粧をしてしまいました。

風のない曇天、それでも気温は2~3℃と低く、コートなしでは数分しか持ちません。

WP_20151206_15_48_18_Pro何時も撮影に訪れる、奥蓼科、御射鹿池。

実は、シーズン以外の時は何の変哲もない、山に向けて袋小路の行き止まりとなる急坂の荒れた2車線の県道沿いに見える、単なる農業用ため池だったりします。

この御射鹿池、某家電メーカーさんのTV-CMから人気に火がついて、今や新緑や紅葉のシーズンになると、正面に見えている車道に車が溢れ行き来も困難なぐらいに。ご覧のように、ガードレール脇から湖畔に降りていく道も荒れてしまっています。

この状況に対して、来年度には車道を少し左に寄せて、湖畔のガードレール側に歩道を作る工事が始まるそうです(どうして用地が捻出できたかは、御射鹿池の経緯をご存知の方には説明不要な筈です)。

工事終了後は原則として湖畔には降ろさないようにする方針だそうですが、綺麗に整備される一方、オフシーズンには静かで心地よい、このような鄙びた風景もどうやら見納めのようです。

少し曇った風が無い日だけに楽しめる、温泉由来の水により酸性度が高く、特定の水生植物しか生えないために生み出されるこの池の名物、鏡像。今日はどうでしょうか。初冬の御射鹿池、鏡像1すっかり葉を落とした木々の枝が、乏しい陽射しの中、どうやら綺麗に写り込んでくれたようです。

初冬の御射鹿池、鏡像2既に葉を落とした周囲の木々も静かに湖畔に佇んでいます。

P1060200敢えて、湖畔のガードレール沿いからの一枚を。

静かな初冬の湖畔。のんびりするにはちょっと寒いのですが、乏しい冬の午後の日差しの中、ひっそりと、こんな景色を眺めるのも悪くありません。

雪が降り、池が凍るまでの僅かな期間だけ楽しめる、この冬最後の御射鹿池の鏡像。もう暫く楽しませてもらう事にします。

P1060166麓から眺める、光芒が射す夕暮れの空。

びっしりと空を埋める雲はちょっと冬っぽくない天気ですが、それでも肌寒さが増すごとに、本格的な冬の到来を感じられずにはいられません。

今月の読本「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)日本海を舞台に鱪を追い川崎船を駆って樺太へと北上する漁民と、豊穣の底魚への想いを

今月の読本「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)日本海を舞台に鱪を追い川崎船を駆って樺太へと北上する漁民と、豊穣の底魚への想いを

以前から読みたかった一冊。

お魚関係の本が大好きで、色々買い漁りますが、日本で刊行される魚関係の本の多くは、経済関係か自然科学の研究者の方が執筆される、資源的な話であったり、生物学的な話に終始して、文化的な話がどうしても欠落してしまいます。

海外の訳本では、その関わり合いが比較的希薄な筈の魚類に於いても、文化的な側面を語るのが当たり前にも拘らず、世界に冠たる魚食文化、漁撈史を有するはずの国から送り出される本がこのような特定の内容に終始するのは少々寂しいお話。

そんな中で、文化史を軸にして、物の歴史を語るというユニークなポジショニングと、そのテーマの豊富さから一目置かれるであろう叢書に、法政大学出版局が刊行を続けている「ものと人間の文化史」というシリーズがあります。

非常にマイナーかつ、お値段も決して安くはないため、手に取るには躊躇するシリーズなのですが、扱っているテーマとその内容は、無二の存在。今回の一冊も漸くの想いで購入したのですが、期待に違わない素晴らしい内容でした。

ものと人間の文化史 鱈ものと人間の文化史171 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)です。

著者の赤羽正春氏は本シリーズの第一回配本であった、須藤利一氏の「船」に傾倒して研究者の道を歩み始めた方。本シリーズでの著作も既に5冊を数え、6冊目となる本書は、これまで温めてきたご自身の研究者としての発端となった「船」と、これまでもシリーズで語ってきた「漁撈、狩猟」という二つのテーマを同時に語る、集大成として最も相応しい素材としての「鱈」に行き当たったであろう様子が伺えます。

本書は表題である鱈を語るにあたって、二つの機軸を設定しています、一つは漁場を行き来し、追い求めるための道具としての「川崎船」、二つ目は漁撈を行う仕掛けとしての「底延縄漁」。どちらも、鱈漁を語るには欠かせないファクターであったとして、その経緯を示しながら、鱈漁の発展を描いていきます。

産卵期になると海岸に大挙して押し寄せるが、漁獲期として僅かな時間しか得られない、本来は漁獲の難しい底魚である鱈と底鱈(スケソウダラ、本当は魚偏に底という漢字が使えます)。その漁獲が難しい魚が、偶然にも16世紀頃にヨーロッパとアジアの両端で底延縄漁という、新しい漁法を以て勃興します。沖を回遊する鱪を追った漁で使われた延縄に重石を組み入れて(ヨーロッパではガラスの浮を併用したフカセとして)、海底近くに仕掛けを這わせるその漁法を編み出す事で、これまでは漁獲することが困難であった底魚が沖合深くの海底に豊富に存在することに気が付くことになります。

更には、その漁は地元の強固な権益で守られた入会がある沿岸から離れた、未開拓の荒れた沖合での船を操りながら行うもの。これまでの沿岸漁で使われていた船では足も遅く、波に呑まれて役に立ちませんが、ここで新しい船形が登場することで、沖合での漁、そして入会に影響を受けない沖合を転々としながら、各地で水揚げを下ろしていくという、現在の遠洋漁業に繋がるスタイルが生まれていきます。著者はそのいずれも大陸との繋がり、特に船形については、朝鮮出兵による影響を強く受けた、半島由来の軍船の設計手法がそのままスケールダウンして、川崎船と呼ばれる船形が成立したと指摘します。

南の暖かい海で鱪を追うための延縄と、半島の戦場を経て伝わったであろう沖合を進む事が出来る川崎船。その二つが交わった場所が日本海。対馬暖流に乗ってやって来る鱪を追う漁民たちが、荒れた佐渡と本土の海を安全かつ迅速に行き来する為に使われる御用船の設計を自らの船に取り込む事で為し得た、沖合から岸に寄せてくる鱈を獲る底延縄漁は、急峻に落ち込む深い海底から産卵のために浅場に上がって来る鱈を待ち構える事で、これまでにない膨大な漁獲に恵まれる事になります。中でも、双方にアプローチをする事が出来た新潟周辺、特に出雲崎でこの漁が大いに発展していった経緯を、綿密な調査に基づいて解説していきます。

著者の説に従えば、それが求められた故に生み出された底魚漁と、漁獲としての鱈と底鱈(イメージで語っている嫌いもありますが)。加工しやすく、干すことで日持ちもする、この膨大な未知の資源を追って、新潟、出雲崎の漁民たちは入会の先に広がる沖合を北へ、北へと進んでいきます。その足取りは、江戸後期の蝦夷地開拓の先駆と足並みを揃えていきます。本書では、明治維新以降、現在に至るまで各地に残る、彼ら漁民の足取りと現在の姿を追う事で、彼ら日本海沿岸出身者が明治維新前後から戦前にかけての北洋漁業を切り開いていった先駆者であった事を見出していきます。今も進出した先の在所では旧出身地毎に纏まった集落を形成し、旧出身地の選挙の際には応援に行くなど、長い年月を経ても、出身地との深い繋がりがある事を記していきます(北海道に定住した2世までは、在所に墓も持たなかったという気概には驚かされます)。

鱈を追った人の繋がりが残るように、その漁法や魚を追い、時には自らが移住していくための移動手段としての漁船もまた、日本海沿岸と深い繋がりがある事が語られます。本書の白眉、延縄漁の詳細な解説や漁場での展開、地域ごとの漁具の特徴、使用する餌の嗜好など、漁撈史としても貴重な内容が語られます。そして、著者の研究者としての立脚点である漁船の変遷についても、小早船から川崎船への変遷や、北海道に渡った川崎船が各地から渡ってきた人々と共にもたらされた船形と組み合わさり、個性は失いながらも完成された和船の最終形態へと集約されていく様は、和船にご興味のおありの方なら非常に興味深い点かと思います(川崎船の設計が、元々は金山御用のため佐渡との往復に用いられた小早船をそのまま1/2にスケールダウンした、幕府の軍船に直結する設計であった話などは著者でなくても、思わず膝を叩いてしまいます。幕末にペリーが来訪した際に、日本の小舟のスピードに舌を巻いたという彼の報告と合わせると、思わず納得してしまいました)。

明治に入って殖産興業が叫ばれる頃、動力船による独航船や底引き網、トロール漁など、新たな手段を得た彼らは、蝦夷から更に北を目指し、樺太、シベリア、そしてアリューシャンへとその舳先を向けていきます。ポーツマス条約による南樺太獲得以前から、入漁という形態で北方で漁を続けた彼ら。その後、領土に編入されたかの地で、蟹工船で有名な蟹漁、日魯漁業のシンボルともなった鮭鱒漁と並んで、無尽蔵とも思える鱈、底鱈漁にまい進していきます。その目的は、外貨獲得。本土で好まれる棒鱈や干鱈の形態とは異なる、欧米、特に鱈を追って大西洋を渡っていった人々の子孫達の国でもある、アメリカで特に好まれるストック・フィッシュとしての加工を施された北洋の鱈たちは、貴重な外貨獲得資源として輸出が続けられます。その癖のない食味はヨーロッパ人にも好まれる(ヨーロッパにおける下層民の食生活と大航海時代の双方における鱈の重要性については、下記にご紹介している「魚で始まる世界史」を是非ご一読の程)一方、ヨーロッパでタラ戦争が勃発したように、その資源は常に争奪の元となる鱈。新たに東洋に位置する北洋からもたらされた豊富な漁獲によって、第一次大戦を前後して飛躍的に輸出量を増やしていきます。

そして、かの地に進出した日本人の姿。時に海軍の支援を受けつつ、漁具から漁船、資材を持ち込むだけではなく、それらを作る職人たちも移り住み、細やかな漁法、水揚げされた漁獲物の扱いに改良を重ねつつ、徹底的に収奪的な漁獲を進めていく。この姿、敗戦後の日本が再び海外に乗り出し世界の市場を席巻し、今は現地生産の名の元に海外移転する工場が採る手法とを些かの変わりが無い事に驚愕します。日本人の特性なのでしょうか、著者もせめてもう少し現地に目を向けた態度を取っていればとの想いを筆致に乗せていきます。

無尽蔵に鱈が居るように思えた北洋の海底、それでも資源が枯渇する度に北上を続けた鱈漁は、漁獲の減少を補うかのように進化した漁船、漁法によって、高度成長期には300万トンという膨大な漁獲を得ていましたが、そのしわ寄せは200カイリ問題を引き起こし、北洋から締め出された結果、既に枯渇が始まっていた日本近海に戻っての漁獲高は年々減少、近年では30万トンを下回る規模にまで縮小しています。その中で、大切な食糧として、そして皆でその漁獲の喜びを分かち合い、年を越せた事に感謝する、漁獲そのものを与えてくれる海に感謝する、そんな素朴な想いを鱈に載せて今でも祀り続ける祭祀への眼差しを、最後に著者は述べていきます。

日本海を鱈を追って南北に駆ける漁民の姿を追う著者の筆は、最後に近世のヨーロッパで起きたバルト海の産物が地中海にもたらされる事によって起きた、ヨーロッパ世界の覇権の移り変わりを述べていきますが、そのような説明が無くとも、豊かな北の海、南極の海へと資源獲得の波が押し寄せたのはまぎれもない事実。その奔流の中で、したたかに、そして畏敬の念を以て漁獲を追い求めた、日本海沿岸を故郷に持つ人々の歩みと、枯渇の縁に立つ、古の豊かな漁獲へ想い、その回復への道筋に想いを馳せながら。

親不知夕景4

夏の親不知漁港。此処から北へ向けた海岸に点在する漁村が鱈漁の故郷。

IMG_20151202_233328

<おまけ>

本ページでご紹介している、関連する書籍を。