今月の読本「日本古代の歴史5 摂関政治と地方社会」(坂上康俊 吉川弘文館)摂関政治を支える地方の変容と受領

中世の歴史に興味があると、どうしても遡りたくなるのが、武士の発祥とその下地となる社会構造が古代から中世に向かってどのように変化していったのかという点ではないでしょうか。

中世側からのアプローチでは数多くの書籍が登場しており、既にある議論に帰着しつつあるようですが、では古代側から見た場合に、その行く末はどのように見えてくるのでしょうか。そんな疑問に応えてくれる一冊が、この度、遅ればせながらも、漸く刊行に漕ぎ着けたようです。

摂関政治と地方社会吉川弘文館の歴史シリーズの中から「日本古代の歴史5 摂関政治と地方社会」(坂上康俊)をご紹介します。

平安時代初期を扱った4巻から時を経る事2年、シリーズが途絶えてしまったのかと思う程に待たされた感のあった5巻目ですが、通史を判りやすく叙述することを目指した本シリーズにとって、日本史の中でも史料が最も乏しくなる時期に相当する9~10世紀を叙述するにあたって、相当の苦労をされたであろうことが行間からも伺えます。また、通読性を犠牲にしてでも引用文献への引用をこれでもかと括弧付で記述していく点には、中世史の側から見た場合、既に議論は済んでいるとの認識を肯定しつつも、それでも新たな見解を提示する余地のある、面白い時代であるとの著者の認識から、それら多彩な見解にも目を配って欲しいとの想いが伺えます。

本書は清和天皇の即位から後三条天皇の実質的な院政開始までの時代を扱いますが、表題にありますように、通史を描きながらも主に3つのテーマを掲げていきます。一つは中央政治としての摂関政治、二つ目には地方支配としての受領、三つ目には精神文化、そして海外との関わり合いに着目した浄土信仰。

これら三つのテーマは切り離されることなく、連動して動いていく事になります。そして、本書が通史たる所以は、これらの繋がり合いによって古代史の社会構造が中世へと向かっていく事を描き出す事。

藤原北家の伸張により朝廷における力関係が後の摂関家へ収斂していく様子は、そのまま地方支配における受領を中核とした負名体制への転換と軌を一にしていきます。その流れの中で、中央に流入する膨大な利潤が生み出した資産は、豪華な王朝文化を花開かせ、同時に交流が閉ざされたかに見えた北方アジア、中華圏との貿易関係は貿易商と公式な交流を補完する僧侶を通じてますます発展し、彼らのもたらした浄土信仰は受領たちからもたらされる豊富な資産の上に建立された豪華な仏像、寺院群として歴史に記録されることになります。

どれ一つ欠けても成り立たない中世への足取り。その中で著者はその足取りの前提として、これまで言われてきた議論に対して、改めて検討を加えていきます。

班田収受をなし崩し的に荘園公領制に転換したのは王家や摂関の意向ではなく、当初は摂関にしても班田による収入を期待していた事、それ故に新たな地方支配体制として貢納の完遂が望める受領というシステムを作りだしたことが最初に述べられます。出来るだけ前例主義に則りながらも実利を目指す、令の運用による改善。摂関等の為政者を追い詰めていった、彼らの収入の基盤となる班田、そして人と土地を結びつけた支配システム崩壊過程を受領の登場を軸に解説していきます。

ここでポイントとなるのが、前世代の奈良、平安時代前期の地方行政が所謂中央集権的に京から派遣された四等官達によって支配されていたという前提ではなく、多くの国において地方行政はそれ以前の国造に由来する地方豪族たちによって支えられていたという点。此処を見誤ると、受領の登場が支配体制の弛緩を引き締めるための中央集権制の強化に見えてきてしまいますが、著者は班田制度の崩壊による地方豪族たちの没落に着目していきます。

受領による国衙支配体制と並行して生じる班田に拠らない、負名と呼ばれる徴税可能人員による納税の請負と貢納の集約化。ここで、従来の中世地方社会を描写する際にトリガーとなっていた、負名の存在と発祥を、それ以前の国造に由来する地方豪族たちやその後に現れる富農と呼ばれる、農耕地集積者ではなく、単に班田という土地と対になった耕作者としてではなく、土地と切り離されて個別収納化された納税者の納税単位を表すに過ぎないと看破します。

地方豪族の末裔でもなく、所謂墾田永年私財法による私有地の集積でもない、農民たちを取り纏めて、後の武家の発祥となる中核とはなり得なかった、個別の徴税請負者である負名。そこには、地方の農民たちこそ武士の萌芽であったとする、旧来の見方を根底から覆す理論が展開されていきます(今や既定の理論ではありますが)。このアプローチに於いて、開発領主の土地に対する権利は極めて限定的であり、所謂土地私有が何処まで下っても大寺院や中央の権力者にしか許されない(のちの寄進型荘園)、封戸から続く奈良以来の律令制の建前を崩さずに運用でカバーしようという、前例主義に基づく当時の摂関政治が彼らに有利に働いた事が判ります。

強力な国内支配権を委ねられた受領。その支配権を確固たるものにするためには実効力のある支配体制を築ける武力と徴税史を確保する事が求められます。そこに生じたのが、都で受領になる事を願う中小の貴族たち。受領郎党と呼ばれた彼らこそが、その後土着して負名達を束ね、ある時には反乱への対処として、ある時には文士とし、後の在庁官人や地方武士団に繋がっていったことを暗示させます(実は、この部分について本書では明確に記載されていません。本書で一番惜しいと思う点)。更には、彼らの血縁者、妻たちが王朝国家に彩を加え、時には実質的な権力を掌握するもう一方の役割「イエのなかの女性たち」を兼ねていた事も漏れなく述べていきます。

律令制崩壊の過程で発生した、摂関と受領。方や平安期までのイエの形式としては普通であった、母系の血脈によって皇位を制御しつつ朝議における発言権を固める摂関(摂政と関白の朝議に関する扱いの違い、官位の逆転時における沙汰、太政大臣は何処までも名誉職であった点など、後もう一歩知りたかった内容がふんだんに述べられています)。方や地方行政を集権的に掌握することで徴税を確保していく受領。受領の横領に対して権門や摂関に近づく事で緩和を図ろうとする地方と、両者の利潤の上に成り立つ浄土信仰。ある意味、矛盾の上に矛盾を重ねる様な循環を見せる構図ですが、根本にはやはり地方行政を受領に委ねる事で実質的に国政を放棄した、イエの集合体として縮小化していく当時の中央政権(=王朝国家)の在り方が問われていく事になるかと思います。

そのような中央政権の在り方を検証する事例として、本書では平将門、藤原純友の乱を以て国内事情を、刀伊の乱入事件と大宰府における大陸との交渉過程を以て海外事情に対する対応を検証していきます。いずれも、本来であれば中央政権が主体的に活動すべき事柄にも関わらず、反乱の鎮圧であれば出先である各受領が有する権能において勇士を募り、押領使を任命して任せるが、褒賞に当たる任官処遇は中央が行う。大宰府に対しても、舶来品の調達には積極的に乗り出す(横流しも)一方、外交文章のやり取りは行わず、前述のように僧侶の渡来に任せたり、大宰府から返牒を出させるなど、地方分権と言えば聞こえがいいですが、どちらかと言えば消極的態度の方がより強く感じられる政策と言えるかと思います。

本書でも述べられるように、これらを穏便な外交政策として語り、中央政府が貢納の不足や荘園の増加に対応して積極的に自らの政体を柔軟に変えていった結果であると述べる事も可能かと思います。しかしながら、本書を読んでいくと、後の清盛の外交政策や知行国主に帰着していく、実を伴わない前例主義を前面にして、その上で利潤や貢納だけを追求する、極めてエコノミックな政体に収斂していくようにも感じられます。更には、その体制を背景に伸張する浄土信仰が次の時代により大衆化を目指す理由が見え隠れしているようです(ここで、著者が京都御所の年中行事御障子成立の由来や皇朝十二銭の途絶に言及したり、空也と勧学会を持ち出して中小貴族の刹那主義を語らせる点は出色です)。

本書でも述べられているように、既に草深い田舎の自営農民から中世が生まれたという歴史的叙述は過去のものとなりつつあるかと思います。一方で、王朝国家体制によって生じた矛盾に向き合った、地方へ下向した受領、その属僚たちの末裔が地方行政の混乱を掌握する為に乱発された賞典を得て、自らのステータスを引き上げ、地盤となる拠点を持つことで、王朝国家に寄生しながら経済的にも実力を備えていったと考えると、やはり王朝国家が自らの意思を以て体制を柔軟に作り変えていったという議論にも疑問を持たざるを得ない事も事実。

中世史に入ると文献資料が揃い始めるため、勢い文献重視で組み立てていく事でこのような「定説」が導き出されるようですが、本書の前半に書かれているように、平安時代前半から中盤までの考古学成果は驚くほど少なく、文献も空白期に当たるため、どうしても検証が難しくなるようです。それ故に、古代史が得意とする、正に考古学的な物証から新たな知見が得られる可能性が高いのではないかと考えるところです。

古代史からアプローチする中世への架け橋となる時代を扱った一冊。まだまだ分からない事が多々ありますが、それでも貴重な現在の歴史研究の水準で時代史を俯瞰で見る事が出来る本が登場したことを素直に喜びつつ、この空白を打破するような平安前期の考古学的なアプローチが(マイナーの極みでもありますが)今後進んでいく事に強く期待したいと思った次第です。

<おまけ>

摂関政治と地方社会と類書たち本ページでご紹介しています、同じようなテーマを扱った本のご紹介。

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