今月の読本「江戸時代の通訳官」(片桐一男 吉川弘文館)江戸時代の異文化コミュニケーションを支えた阿蘭陀通詞の再評価とその学習法への熱い視線

現在においても日本語以外でのコミュニケーションを取る事は大変な事。

それでも、中学高校と大抵の皆様は6年間の英語の学習を経られる訳ですし、外来語が溢れている今日であれば、アルファベットが読めないなんてことはないと思います。

それでは、時代を200年ほど遡って江戸時代に戻ったら…どうでしょうか。

そんな著者自らの疑問に対しての回答と、そのベースとなる研究成果について、当該分野研究の第一人者が語る一冊が上梓されました。

江戸時代の通訳官今月の読本、「江戸時代の通訳官」(片桐一男 吉川弘文館)です。

本書は全体を4章に分けて語っていきますが、そのうち中間の2,3章については、既に著者の手による別の書籍で語られた内容と多くが重複しているようです。そのためでしょうか、当該章においては、まるで端折るような筆遣いで話を進めていく点は、本書を機会に阿蘭陀通詞の事を知りたいと思って手に取られた方にはやや残念な感もあります。それでも、描かれる内容は通詞の家柄であったり、職務、家職の継承といった通詞としての営みといった余り知られていない事柄であったり、カピタンとの僅かな会話でも手紙を用いて(殆ど筆談)やり取りをしているのですが、その内容が複雑な貿易処理や政治的な会話かと思いきや、ほんのささやかな事でも手紙がやり取りさせていた(しかもその書きつけが残っていた)点には驚かされるかと思います。

興味深い通詞という役職や長崎特有の貿易に関わる事情、実務の実態。江戸における通詞たちの職務や、本書以外では殆ど語られないであろう、カピタンの代参で江戸に上った際の段取り全容。さらには微笑ましく、時に緊迫感もある阿蘭陀人とのやり取りを読んでいるだけでもかなり楽しめるのですが、本書に於ける著者の狙いがそこではない事は明白です。著者が本書で述べたいと思っている事、それは冒頭の1章と末節の4章に集約されています。

その成果と業績に割には余りにも扱われる事が少ない、江戸時代の阿蘭陀通詞に対する再評価を促す事。そして、彼らがどのようにして触れる事すら難しかったオランダ語を習得していったかを探り出していく事。

多くの教科書や歴史書では、解体新書とそれを著した杉田玄白をはじめ蘭方医たちが江戸時代の蘭学の開花を促した、さもなければ青木昆陽が江戸の蘭学の揺籃を担ったと描かれていますが、その背後には当時の阿蘭陀通詞たちが陰となって活躍をしていた事が本書を読んでいくと明確になっていきます。更に遡って、新井白石がシドッチの尋問を行った際にも、白石自身は会話を続けていくうちに、通詞には頼らず、ある程度かの地の言葉を解したと自著で述べているようですが(自信家の白石らしい点でもあります)、実際には大通詞の解釈に多くの部分で拠っていた、その結果を著述していたに過ぎないと著者は看破していきます。

そして、幕末になってペリーが浦賀に初めて来訪した際に、阿蘭陀通詞であった堀辰之助が艦隊に向かって「I can speak Dutch!」と呼びかけた事でも知られるように、阿蘭陀通詞と言いながらも、既にオランダ人から英語の基礎的な会話すら会得しており、蝦夷地や関東周辺に出没していた外国船の応接の度に、長崎、そして江戸から度々にオランダ語のみならず、英語やロシア語の通訳として、更には重要な外交官として派遣されていた事が判ります。英語学習の先駆者的に謂われる福沢諭吉にしても、その初歩段階は阿蘭陀通詞の元に通って教え請うのが実情であった事からも判るように、英語学習についても、その先駆は阿蘭陀通詞たちであった事がはっきりと判ってきます。

江戸中期から幕末にかけて江戸、そして大阪で花開く蘭学。著者はそのような歴史著述に対して異を唱え、江戸時代の初期、まだポルトガルとの交易が続いていた頃から、平戸、そして長崎で活躍した通詞たちが営々と培ってきた家職制に基づいた蘭学の学習体系がその基礎にある事を指摘していきます。更には、本書を読んでいくと、入門から学問体系としてのオランダ語学を体系化していったのも彼ら阿蘭陀通詞だったことが判ります。

本書の冒頭から全体の約40%のページ(本文348頁に対して140頁)を注ぎ込ん展開していく、阿蘭陀通詞が如何にしてオランダ語を習得していったのか、その文献資料、実際に利用したと思われる書籍を追跡する一連の探究が本書の白眉。熱っぽく語る、導入で用いられた入門書と思われる「A-B BOEK」原著に辿り着くまでのいきさつと、そこで用いられたであろうオランダ語学習のシラバス。通詞たちが自らの学習、習得のために私的に纏めていった著作、言語学的知見と、その後に現れてくる蘭学者たちの著作との記述内容の高い一致性。

まるで、蘭学者たちの言語学的な研究成果の殆どが、阿蘭陀通詞たちの成果を援用するに過ぎないと言い出しかねない勢いで検証の筆致を進め、最後にはこれ以上、読者に忍耐を求めるのは忍びないと述べて、省略という名で一方的に議論を打ち切る。

他の箇所にも散見される、読者を置き去りにするかのような筆致には、一般向け類書の少ないこの分野第一人者の著作として、正直残念な点でもあるのですが、それだけ著者の阿蘭陀通詞への想いが現れているとも考えられるかもしれません。

4章で語られる、著名な歴代通詞の業績を纏めた「二十三名の通詞たち」。その筆致には、著者の通詞たちへの深い畏敬の念と、当時の為政者へのわだかまりすら感じさせるやるせない想い、その業績を何とかして称揚したいと願う、強い想いが滲み出ているかのようです。

海外との限られた窓口であった長崎、そして江戸の長崎屋を舞台に繰り広げられた貿易と外交という舞台の最前線で活躍を続けた阿蘭陀通詞たちの歩みと、その背景を俯瞰する本書を読んでいくと、他者、そして違う価値観、文化を持つ人々とのコミュニケーションにとって何が大事で、どのような積み重ねの上に実現していったのかという事を改めて思い返させる、現代にも通じるテーマが見えて来るようです。

江戸時代の通訳官と、それでも江戸は鎖国だったのか本書を通じて、通詞の学習や業績ではなく、2,3章で述べられる、通詞とカピタン達との異文化コミュニケーションやオランダ貿易自体にご興味を持たれた方は、同じ著者のこちらの本「それでも江戸は鎖国だったのか」(吉川弘文館 歴史文化ライブラリー)がお勧めです。江戸時代の蘭僻、西洋趣味の一端を味わいたい方にも良い本だと思います。

<おまけ>

本ページでご紹介している、関連する書籍を。

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