梅雨を前にレンゲツツジの森で(2016.5.29)

お天気が不安定な週末。そろそろ梅雨の走りになって来たようです。

それでも日差しが出て来た日曜日の午後に、少し外に出てみます。

昼下がりの八ヶ岳。既に山から雲が降りてきています。

午前中までは穏やかだった風も、午後になると俄然、強く吹き付けてくるようになりました。

P1070471それでも日差しはまだ充分。

5月らしい、菖蒲の花が圃場の脇を彩ります。

P1070486少し山の方に入っていくと、伐採跡で明るくなった林の中にレンゲツツジの群落が出来ていました。

人工林ならではの景色です。

P1070477陽射しが差し込む林の中で花を咲かせるレンゲツツジ。

まだ伐採されてから数年の場所なので、枝ぶりは低く小さいですが、しっかりと花を咲かせています。

P1070481樹冠が広い間にめいいっぱい花を咲かせて枝を広げようとするレンゲツツジたち。草原地帯とは違い、赤松と落葉松が再び枝をいっぱいに広げるまでの僅かな間に自分たちの仲間を増やそうと懸命に花を咲かせています。

P1070495八ヶ岳の懐に登っていく道沿いには、そこかしこでレンゲツツジガ花を開かせています。

P1070500午後の陽射しを受けるレンゲツツジ。標高が1000~1200m程の場所では、既に見頃から散り始めへと向かっているようです。

P1070504周囲には、たわわに花を付けた涼しげな藤が、高い木の枝から下がっています。

P1070503複雑な色合いを見せるレンゲツツジの花。

P1070493手入れをされているのでしょうか、鮮やかな色合いを魅せる、霧ヶ峰牧場の事務所前に咲くレンゲツツジ。

P1070490霧ヶ峰まで上がって来ると、流石にレンゲツツジはまだ花開く前。

それでも、半袖で気持ちの良い陽射しと、例年に比べて1~2週間ほど早いレンゲツツジの開花が、季節の移り変わりを感じさせます。

既に梅雨の前触れを思わせる複雑な雲が広がる八ヶ岳の午後、今夜から本格的な雨模様になる予報です。

 

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今月の読本「漂流の島」(髙橋大輔 草思社)そこは物語と強い想いが剥き出しの現実と交わる場所

今月の読本「漂流の島」(髙橋大輔 草思社)そこは物語と強い想いが剥き出しの現実と交わる場所

伊豆七島と小笠原の間に忽然と浮かび上がる孤島、鳥島。

アホウドリ繁殖の保護活動で有名な島ですが、絶滅のきっかけとなった入植、そして入植者を襲った噴火、新田次郎の小説でも知られている気象観測員の全員避難といった歴史までは比較的知られていると思います。では、それ以前にはどんな歴史があったのでしょうか。

江戸時代の歴史にお詳しい方ならご存知でしょうし、幕末のジョン万次郎の物語を読まれた方もお分かりかと思いますが、黒潮のど真ん中に浮かぶこの絶海の孤島は、太平洋を航行する船乗りたちが、時に漂流者となって辿り着く島でもありました。

歴史的な史料や書籍は相応にありますが、現在の姿を描いた本はアホウドリ関係の書籍にほぼ限定されており、一般の立ち入りも厳しく制限されているこの島の、しかも江戸時代の漂流者達に興味を持った一人の「探検家」が辿った道筋を自ら描く一冊をご紹介します。

IMG_20160528_012331

今月の読本「漂流の島」(髙橋大輔 草思社)です。

まず、このような珍しいテーマの一冊が上梓された事に驚かされると共に、出版までにかなりの紆余曲折があった事をストレートに記されたあとがきを読むと、豊かな出版環境が辛うじて持続している事の大切さを改めて思い起こす所です。著者は「探検家」を称される方で、海外では「ロビンソン・クルーソーのモデルとなった人物の住居跡」を発見した事で知られる人物だそうです(残念ながら私は知りませんでした)。

本書の舞台である鳥島に興味を抱いたのも、その発見と同じルーツを感じたからのようです。今は未知の場所の忘れられてしまった足取り、記憶。探検家として、その足取りを追い求めるのが必然という結論に至った著者は、現状で二つある鳥島への上陸可能性を有するアプローチ、アホウドリの研究者と同行する事、もしくは火山研究者に同行すること、その双方にトライすることで、極めて稀な一般人、それもアホウドリにも火山にも関係ない、一私人(表向きは火山研究者の助手として)としての鳥島への上陸を果たします。

そこは人の上陸すら困難な、依然として植生の回復がままならず、噴火の痕跡が島一面を覆う、剥き出しの自然が牙をむく場所。研究者、そしてその研究を助ける人々が、何時噴火するとも判らない、比較的海が平穏な状態でも接岸は困難で、戻れる日程すらままならないという厳しい状態で島と向き合っている場所(ゴムボードに乗り換えて、既に放棄された昔の着岸場所跡に乗りつける以外、上陸手段はない)。それでもいま保護しなければ後がないアホウドリの保護のため、ここでしか取れない貴重な活動中のデータが得られる火山の研究の為、その後戻りできない現実と向き合う最前線に研究者たちは赴いていきます。

その昔、繰り返し多くの漂流者たちが辿り着いた時の絶望感とは全く異なるかとは思いますが、それでも、明治期のアホウドリの羽毛収奪から噴火による全滅、戦中の守備隊、そして噴火の予兆を前に脱出を迫られた気象観測員たち、更には現在の研究者たちと、この島に至った人々は、ある意味常に切羽詰まった、限界の状況で渡ってきたことが見えてきます。

その中で著者が特に惹かれていく江戸時代の漂流者達。そして彼らが生活したであろう痕跡、洞窟跡へと興味は収斂し、その痕跡を史料から、そして現地で探し求める事になります。既に2度の大きな噴火で江戸時代とは大きく地形が変化し、過去の痕跡は溶岩の下。同行者達、そして関係者からその存在に否定を受ける度に、自らの目で確かめるまでは諦めないと渡島し、戦中の防空壕と謂われた場所に興味を絞り込んだ著者は、鳥島から戻った後もその確証を得るため、そして再度の「探検」を目指した活動を続けます。

その結論は本書をお読みいただきたいと思いますが、諦めきれずに連絡を取った後で著者に送られてきた、巻末に述べられる、最初に鳥島への道を開いてくれたアホウドリ研究者の方が伝えた回答メールに端的に示されていると思います。

鳥島探訪までの道程、その後の結末について自らの想いをストレートに克明に述べられた記録。一方で、著者の原体験でもある、物語としての「ロビンソン漂流記」への想いを現実に結びつけた、探検への想いそのままに、明治以降、そして戦後も何作にも渡って描かれた漂流者の物語と自らの探検への想いを重ねて、漂流者達の記録と自らの渡島経験を照らし合わせ、想いを募らせる程、探検の意義を語るほど、その筆致はリアルに描かれた鳥島の現実から徐々に離れていってしまいます。

絶望の中で希望を持ち続け、一人孤独に、時に仲間と共にその道筋を切り開き、戻る事が叶わなかった人々の思いを抱いて帰還を果たした漂流者達の道程に、少し嬉しそうに、まるでみずからの探検家としての想いを載せるように描かれる漂流者達の物語。帰還した後に歴史の中に忘れられていく漂流者達のように、あるいは今の探検家としての存在のように、着地点を得られないまま、その物語は著者の溢れる想いとは裏腹に、波間へゆっくりと沈んでいくかのようです。

著者が想い、奇しくも足を踏み入れた場所、そこは今でも剥き出しの現実と向き合い続ける場所。探検という名の物語の一ページとして語るには、未だ余りにも生々しい場所なのかもしれません。

貴重な鳥島探訪記として、鳥島の歴史ガイダンスとして、そして特異な切り口で描かれる江戸時代の漂流者の物語として、あるいは探検家の発露としての物語として。その道筋の先は大洋から打ち寄せる波濤のように四散してしまったようですが、想いを綴る物語は今もその島に寄り添っているようです。

版元さんの紹介記事はこちらで読む事が出来ます。

本書の巻末で語られる、著者が一縷の望みを繋ぐかのようなタイミングで取材協力を申し出ていた、NHKのドキュメンタリー制作スタッフ。その企画が著者の手を離れた後に完成した番組が今年の7月に放映されました。

著者との関わりについては一切述べられていないとの事ですし、番組をご覧になった方に伺った限りでは、上陸後は殆どアホウドリの事しか述べられなかったとの事。

こちらにありますように、JAMSTECが番組制作協力を行っていますが、「漂流」する事を追体験することと、「漂流生活」を遺跡、探検として扱う事を完全に分ける事で番組を成立させたようです。

著者はこの番組に対して、別段のコメントを残されていないようですが、本書をお読みになった方は、どのように感じられたでしょうか(2016.8.27追記)

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今年もこれから夏に向けて、あらゆる意味で再び話題となりそうな魚、ウナギ。

世界中のウナギを掻き集めて消費している日本人にとって、これから目の前で繰り広げられる狂想曲と、産卵場所探しや生育環境、更には人工養殖と飽くなき研究へのまい進。ウナギにまつわる物語の殆どがこの国にいれば把握できてしまうように思えてきますが、果たしてどうでしょうか。

サーモン、タラと並んで世界中の人々が好んで食する珍しい魚であるウナギ。その神秘に満ちた一生と特異な姿、人をも凌駕する長寿を誇る生態に魅せられたのは日本人だけではない筈。

そんな想いを改めて思い起こさせる一冊をご紹介します。

自然科学関連で、他の版元さんには見られないユニークな本を送り出してくる築地書館さんの最新刊からご紹介です。

ウナギと人間今月の読本、「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳)です。

本書を手に取られ、表紙や裏表紙に書かれた概要を読まれた多くの方は、おやっと思われるかもしれません。

著者があとがきで述べているように、そしてあとがきでまだ書き足らない想いを埋めるかの如く綴るヨーロッパにおけるウナギ料理の話や、ウナギのヤスのコレクションの雑感に観られるように、本書は当初、訳本に多くあるウナギをテーマにした広範囲な分野をカバーする文化史、生態学を纏めた一冊にする意図があったようです。日本の著作では珍しい、しかしながら訳本では当然とも見做される科学と文化の双方をカバーするウナギの概説書としての体裁。ところが、11年にも渡る取材の結果纏められた本書は、そのいずれにも当てはまらない内容へと着地しています。

著者は著名なアングラーであり、パタゴニアの創業者とコラボレーションを行うナチュラリストとしての側面も有する、自然科学関連ではかなり著名な方(本書の取材に於いても、ナショナルジオグラフィック協会の支援を受けた事が記されています)。多くの生物に関する著作を有する彼が本書で辿り着いた地平は、ウナギの物語ではなく、ウナギを挟んで語り合う著者と登場人物たちの人と人の物語。

冒頭と中盤に分けて描かれるサルガッソでの産卵場所の追跡や、シラスウナギのバイヤーの遍歴、中間に差し挟まれた、現:日本大学の塚本教授との語り合いの部分だけ見ていると、ライターの方が書かれた、良くあるウナギの不思議物語を読んでいるかにも思えてきます(塚本教授の印象を傍点付きで語る著者の視点には、氏の著作を複数読んだ身として深く同意するところです)。ウナギの生態や食材としてのウナギ、更には研究の物語など魚が好きな方なら思わず喜んで読んでしまう内容も豊富述べられています。

その一方で、3章から始まる(訳注を見ると、原著では3,4章で一つの章だったようです)マリオとウナギの物語を読んでいくと、その民俗学的なアプローチとルポルタージュ的な体裁の記述に困惑されるかもしれません。民俗学的なテーマを掲げた本では良く見られる、取材する側と取材される側の葛藤や迂遠に引きずり回させる回答への道筋、相手に徐々に呑まれていく著者とすっきりしない結末など、ウナギの生態や物語を知りたいと思われる方にとっては、時に苦痛すら感じる内容かもしれません。更には、アメリカの人里離れた川縁で大きな簗を毎年のように組み直しては、秋の増水時期に降下するウナギを待ち望む世捨て人のような燻製作りの男との会話、そして登場人物たちに誘われるように向かったポンペイでのウナギの伝説を追い求め、夜な夜なサカウに浸っていく著者と、そのアプローチに興味を抱き協力する若いCSPの職員。

ここまで読んでいくと、本書が単にウナギの物語を語っているとは思えなくなってきます。初めは乗り気ではなかった、あまり興味のなかった11年前の著者と、溢れるばかりの書き切れない内容をあとがきに綴り、それでも興味が留まるところを知らないと述べる著者。ウナギに魅せられていった著者と、おなじように著者が訪れた世界中の場所で、ウナギに興味を持ち、惹かれ、魅せられ、研究され、信仰し、神聖視し、恐怖し、稼ぎ、食し、育む…著者と交わった人々の物語。

春になると、金が舞い飛び密漁を含め多くのシラスウナギが東アジアに集結し、熱暑の時を迎えると、極東の島国に集められたウナギたちは鮮やかな手つきでかば焼きに仕立て上げられる。一方で、紫外線照明が降り注ぐ研究室ではシラスウナギの稚魚が水槽の中を舞い、雄ばかりの奇形ウナギにホルモン注射を与え続け、南の海では「科学者」でありつづけたい男たちが政府の資金でその産卵場所を嬉々として追う。

秋になれば、ニューヨークの奥地の川では黙々とひと夏をかけて巨大な簗を仕掛けた男が息子と二人、嵐の到来を待ちわび、南半球では、何十年もの間、川や湖で過ごして巨大に育ったウナギたちが満つる時を悟るかのように砂洲を越えて海に帰る時を男たちが見守る。その横で彼ら、彼女らが紡いできた物語に寄り添うかのように、窪地の水たまりに潜む巨大なウナギに餌をやり、時に手を差し伸べ、さするように愛おしむ人々。学問として語り継ぐことを決心した次の担い手たち。そして、南の島で自らの起源と生誕を来た道をその不思議な生き物に重ねて物語を編み、そっと伝えていく人々。

ウナギを介して交わった人と人の物語を編み重ねて綴られた本書は、その未だ生態の全容も判らず、生まれいづる場所すら容易に明かそうとしない、ウナギ自身の神秘のベールのように、著者の秀逸な筆致に載せて、大洋のようなその世界の広さを往きつつ、大海を渡って河口に辿り着いたシラスウナギを掬うかのように、僅かに捉えた事実をほんの少しだけ我々に垣間見せてくれるかのようです。

 

<おまけ>

本ページでご紹介している関連する書籍を。

新緑の八千穂高原とトウゴクミツバツツジ(2016.5.21)

お天気の良い週末。

穏やかな朝の陽射しに、これはきれいな水田の水面が撮れそうだと、いそいそと家の片づけを進めているうちに、徐々に山からの吹き下ろしの風がきつくなり、こりゃあかんと。

そんな訳で、ちょっとシーズンより早いのですが、緑溢れる場所に足を延ばしてみます。

八千穂高原の新緑8緑溢れる木漏れ日に包まれる、白樺林。

東洋一を謳う、八千穂高原の白樺自生林の小路です。

八千穂高原の新緑6

八千穂高原の新緑9

八千穂高原の新緑4残念ながら、名物のレンゲツツジはまだ蕾。

それでも白樺の新緑から零れる、薄い緑色に囲まれるのは、とても気持ちの良いひと時。

八千穂高原の新緑2

八千穂高原の新緑5

八千穂高原の新緑3

八千穂高原の新緑1標高1600mに位置する農業用の大きな溜池でもある八千穂レイクの周りは白樺だけでなく、多くの木々の新緑に囲まれています。

少し眩しい陽射しを遮ってくれる周囲の林に囲まれた遊歩道をのんびりと散歩するには丁度いい気温18℃。

静かな黄葉の秋とは違って、新緑のこのシーズンはまだ生まれたばかりのエゾハルゼミの心地よい(ちょっとにぎやかででしょうか)鳴き声に囲まれます。

八千穂高原の新緑10やっぱりレンゲツツジには早すぎたか…と残念がっていると、白樺林の遠くに紫色の花が見えてきます。

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ7淡い紫色の花を付ける、トウゴクミツバツツジ。レンゲツツジより少し早く見ごろを迎えていたようです。

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ4

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ6

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ1朱に染まるレンゲツツジは少し色がきつくて苦手という方も、トウゴクミツバツツジの少し柔らかな紫色には惹かれるのではないでしょうか。

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ5

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ3

八千穂高原のトウゴクミツバツツジ2レンゲツツジのシーズンは、ちょうど梅雨に当たるのでなかなか良い天気での撮影が難しいですし、その時期になると周囲の白樺を始め木々の緑も色濃くなってくるため、このような軽やかな色合いの躑躅の写真を撮るのはちょっと難しいかもしれません。今だけのお楽しみ。

八千穂高原の新緑7陽射したっぷりの新緑を堪能した、梅雨の前のちょっとしたぜいたくな午後です。

 

五月晴の朝には山里の渚で

GWも終わって再び静かになった八ヶ岳界隈。

週の前半はお天気がすぐれませんでしたが、後半になると朝から鮮やかな五月晴れの空が広がりました。

山里の渚1五月晴の朝、気温が上がる前のまだ対流が緩やかな時間だけ楽しめる景色、田植えを前にして水が張られた圃場の先に新緑の山並みが広がります。さざ波打つ、山里の渚です。

山里の渚2時に完全に風が止んで見事な鏡面を見せてくれることもあります。

この圃場もあと数日で田植えが始まります。

山里の渚3甲斐駒を映し込む山里の渚にて。山裾の落葉松は既に新緑の装い、山頂部の残雪も大分少なくなってきました。

お天気に恵まれてどんどん進んでいく田植えが終わる頃にはこの風景は、緑溢れる若い稲穂に覆われる事になります。再び秋に向かって稲を育んでくれる、太陽の陽射しと豊かな水と土に感謝して。

 

6年ぶりのニューシングルは鮮やかに生まれ変わったサウンドのデジタルおとぎ話(CooRie「BON-BON」)

6年ぶりのニューシングルは鮮やかに生まれ変わったサウンドのデジタルおとぎ話(CooRie「BON-BON」)

New!(2017.10.31) : 既に一部で告知がなされていましたが、2010年10月にリリースされた5枚目のオリジナルアルバム「Heavenly Days」から実に7年。Rinoさんのセルフプロデュースとなって初めてのオリジナルアルバム「セツナポップに焦がされて」のリリースが正式に発表されました。

リリース日はクリスマスを目前にした12/20(水)。タイアップだけではなく、アルバムオリジナルも5曲書き下ろしと、新生CooRieにとって初のフルオリジナルアルバムになるようです。

あの時から7年。もうオリジナルはおろか、単独名義でのタイアップすらリリースされることは無いかもしれないと思っていたCooRie。「BON-BON」リリースの際、下に書きましたように、もしかしたらと願っていたオリジナルアルバムが、数々の曲提供、タイアップを重ねる中で、遂に叶ったようです。CooRieの優しい音楽のメッセージが、冬の星空の下で輝く日を待ちわびながら。既にランティスのサイトにリリース情報も掲載されています(初回にはライナーノーツが付くようです)。

なお、タイアップからの7曲については、既に一部がリリース情報に公開されています。

  • BON-BON
  • HAPPY CRESCENDO
  • 愛しさの雫
  • キミとMUSIC(初音源化)

残りは3曲ですが、レーベル会社の自社音源でアルバム未収録となると、次の各曲でしょうか

  • メグル
  • 僕らのセカイ(iTunes限定でリリースされています)

あと1曲が難しいですが、ダ・カーポの関連の音源で直近となると「桜色の願い」もしくは「MISTY LOVE」が収録されるのではないかと(まだリリースまで1ヶ月程ありますからサプライズがあるかもしれませんね)。

2017.12.16追記 : 収録曲が発表されました

1.エクレア 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之

2.セツナポップに焦がされて 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之

3.Rearhythm -Album ver- 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之 *

4.愛しさの雫 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix *

5.終わらないPrelude 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖

6.HAPPY CRESCENDO 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix *

7.フラクタル 作詞:rino 作曲:長田直之 編曲:長田直之

8.春風とクリシェ 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖 *

9.MISTY LOVE 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix *

10.キミとMUSIC -Album ver- 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之 *

11.VOICE SONG 作詞:rino 作曲:rino 編曲:rino

12.BON-BON 作詞:rino 作曲:rino 編曲:浅田祐介 *

 

 

<本文此処から>

4月から始まったアニメ「田中くんはいつもけだるげ」。1話の時点では懐疑的な評価もあったようですが、話数が進むにつれて評価がうなぎ上り状態に。飯塚晴子さんのニュートラルで優しいラインの絵柄に、大ベテラン面出明美さんの一見脱力系に仕上げながら、一本取りに来る捻り込みを最後の最後にぽんっと入れ込んでいく憎いシナリオが視聴者のハートをぐっと掴んでいるようです。

そして、狙いすましたように仕掛けた、すっと落とすラストから流れ込むように始まるエンディングテーマ曲が、CooRie名義のシングルとしては、2010年7月リリースの「夢想庭園」以来6年ぶりとなるニューシングル「BON-BON」です。

CooRie BON-BON レーベルエンディングのデザインと揃えられた、可愛らしいCDのレーベル(ジャケットの表と裏はアニメーションのキャラクターイラストです)。

番組中で使われている部分だけ聞いていると、前作のセルフカバーアルバムmelodium2から続く、以前のようなしっとりとした歌い方から、最近のアレンジに負けないように元気よく歌うようになったCooRieのボーカルをふわふわわポンポン…といった感じでメロディが包み込む感の強い曲ですが、CDで聴くとイメージの違いに驚かされます。ストリングスこそがCooRieのサウンドといったイメージを覆す、今回の作品で初めて組むアレンジャーの浅田祐介さんの手によるデジタル感バリバリの音作りと、Victor-FLAIRのマスタリングによるクリアーで強力な広音域をフルに使った、ストーリー性の強いデジタルおとぎ話が展開していきます。要所に織り込まれたアイコン的なジングルも盛りだくさんで、幕間の間奏やクロージングまで付けた、デジタルの森の中を元気にメロディを口ずさみながら物語を進んでいくというイメージが全面に出ています。

こんな風に書いてしまうと、ギラギラのデジタルサウンドかと辟易してしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなデジタルな音の世界の中でも、ちょっとアコースティック的なrinoが奏でるボーカルの歌声が、デジタルの音の森の中におとぎ話としての暖かさを与えてくれるようです。

そして、カップリングで収められているMelodic Future。これまでのCooRieファンの方も納得の、波間のようにゆっくりと漂っていく正にCooRieのメロディーとボーカルが、浅田祐介さんのアレンジで鮮やかに、スケールの大きなサウンドに生まれ変わっています(DLでもいいのですが、これは是非CDでoff vocal版の美しいメロディを楽しんでみて欲しいです)。rinoさんの一人重ね録りコーラスのハーモニーも素敵です。

もう二度とないと思われた、CooRie単独名義でのシングルリリース。作品のヒロインへ想いを重ねるように、そしてCooRie(rino)さん自身の新しい幕開けへの想いを感じさせる新たなアプローチは、Melodium2の時に予感のあった、年々移ろっていくサウンドの進化をしっかりキャッチアップして新たに生まれ変わったサウンドと、変わらない優しいメロディとボーカルに、ちょっと嬉しい週末の夜を楽しんでいます(本編6話を観終わった後にじっくり聴いています)。

IMG_20160514_235725同じく2010年の10月にリリースされた最後のオリジナルアルバム「Heavenly Days」から「BON-BON」迄のリリースCDを一緒に。今回のリリースが、いつの日か再びオリジナルアルバムをリリースするきっかけになってくれるとうれしいかなぁと。

ご本人のインタビュー記事はこちらから。日常に「”楽しい”を生み出すんだよ」。

 

新緑の午後(2016.5.7~8)

風が強いながらも天気の良い連休最後の週末。

歴史のお勉強をした後は、街中の喧騒を離れて、少し静かな場所で過ごす事にします。

新緑の小窓道沿いにちらっと見えた休耕田の向こうに、黄色と緑の鮮やかなコントラストが浮かび上がっています(諏訪郡富士見町葛窪)。

千代田湖の新緑1気持ち良い日差しを受ける、杖突峠の脇にある千代田湖。

落葉松に囲まれた湖畔は、軽やかな新緑の緑に輝きます。

千代田湖の新緑4良く手入れされた千代田湖の落葉松林。

落葉松の若葉が通し込む陽射しが目の前に広がります。

千代田湖の新緑3落葉松の新緑を分け入って。

千代田湖の新緑5湖畔の照り返しを受けて濃い緑に輝く落葉松を眺めながら、暫し周囲を散策します。

千代田湖の新緑2湖畔に植えられた落葉松の幼木を覗き込むように上から眺めると、線香花火のような可愛らしい葉がびっしりと付いているのが判ります。

山ひとつが黄金色に染まる秋の落葉松も良いですが、透明感のある黄緑色が美しい新緑の落葉松もまたいいもの。

P1070245風の強い夕方は、空も雲も複雑な装いを魅せていきます(諏訪郡富士見町先達)。

週明けからはちょっと天気が悪いようですが、もう暫く新緑が楽しめそうな八ヶ岳界隈です。