今月の読本「憲法改正とは何か」(阿川尚之 新潮選書)理想の元となった原典へのアプローチ

昨今、とかく話題になるこの表題。

本題のテーマとしては絶対に手を出さないのですが、著者を見て、そして副題(キャッチーな主題と帯に気を取られると選択を誤るのが、このシリーズの玉にキズ)に惹かれて、これは読まねばと手に取った次第。

現在では、ちくま学芸文庫に収蔵されている名著「憲法で読むアメリカ史」の著者、アメリカでのロイヤー経験を有する阿川尚之先生が再び一般向けに贈る、アメリカ憲法を解説した一冊です。

憲法改正とは何か今月の読本「憲法改正とは何か」(阿川尚之 新潮選書)のご紹介です。

本書も前著と同じ、アメリカ合衆国憲法について書かれた一冊ですが、アプローチはやや異なります。前著が合衆国憲法の成立とその後を、憲法制定者達、そして憲法の最終判定者ともいえる合衆国最高裁判所の首席判事「コート」たちの判例の変化から読み解き、アメリカの歴史を著述するという、アメリカ史の著作としては極めて独創的なアプローチが話題を呼んだ訳ですが、本書ではその特徴であった通史としてのアメリカ史、合衆国憲法史が描かれる訳ではありません。

本書でも同じように合衆国憲法の解釈を基軸に置いていますが、そのアプローチは合衆国憲法の成り立ちを軸に置き、立法に与えられた憲法修正の権限の起源と修正条項成立の経緯、施行し時には超越する行政の運用。判例の積み重ねで乗り越え、確立した司法の違憲立法審査権という権能。それぞれの権能が有する憲法解釈の加え方の方法論を三権それぞれから個別に事例を挙げて列挙していく、合衆国憲法における憲法解釈を行う際の事例集といった纏め方になっています。従って、前著を読まれた方は内容的にある程度重複してしまうと思いますし、歴史的な連続性を確認しながら読まれたい方にとっても、やや読み辛い印象があるかもしれません。

更に言えば、本書を手に取られた多くの方が期待する、日本の憲法について本書を通して述べる事を著者は実質的に拒否(それでも1章を起こして、誤謬を含む事を当然として傍証を述べていますが、はじめにで、きっぱりと結論を述べる事は否定しています)しています。前著をそれこそ枕元に置いて繰り返し読むほど気に入っている私としては、著者のその見解に大いに同意した上で、本書を読んだことを述べておきます。

一方で、アメリカ通史など全部読んでいられない((全)と付されているにも関わらず、前後が大分圧縮された前著のちくま学芸文庫版でも約460頁、原著のPHP新書版は上下巻で600頁強)、とにかく合衆国憲法制定の経緯と修正の事例やきっかけを手短に理解したいという方には、本書の方が叶っているかと思います。特に前著ではどちらかというと判事たちの思想や法解釈感といった人物を軸に置いていましたが、本書ではむしろシステム、具体的に憲法解釈を変えていこうとするベクトルとそのアプローチ(もちろん拒絶例も含む)ついてより詳細に描かれていきます。

やや断片的な内容に終始する本書ですが(お時間が許す方は、是非本文だけでなく、註も読んで頂きたいです。本文より面白いかも)、それでも歴史的な成り立ちが合衆国憲法にとって特に重要な事を改めて示すように、「ザ・フェデラリスト」におけるジェームズ・マディソンの記述を繰り返し引用してきます。成立の時点から、契約社会として成立した植民地における危急に際して、統合の実として、とにかくその延長線である成文憲法を求めた制定者達と、それを阻止せんとした反対派への妥協としての改正方法の盛り込みと見做されがちな憲法改正条項(5条)ですが、著者は制定者達にとってもその危急さ故に完璧さに自信が持てない、それ故に改正の余地を残した(更には、それを実証する為に権利章典を承認させるように働きかけた)と見做してきます。制定者達の着目点も判断も今となっては知る事は出来ませんが、それでも現在の憲法判断に於いて、制定者達を想定した判例を積み重ねていく点を観ると、その制定の思想、理想を今でも掲げ続ける想いが見えてきます。

その上で、修正条項を提起して承認する、判例を積み重ねて既成事実として定着させる、時には解釈によって乗り越えていく。そのアプローチは様々ですが、共通する内容として理想は決して歪めず、事実と社会性の変化に基づいて適用を変えていくことで、憲法自体の価値を築き上げていくという点があると思えます。その際には、築き上げてきた判例の性急な変更は決して望ましい物ではなく、その経過した年月の重みも加味することが必要であることを述べる点は、社会安定性という観点からも着目すべき事柄かと思います。

著者が繰り返し述べるように、全文を書き換える様な改正を行えば、基準法典としての憲法の安定性を損なうことになりますし、それは革命と同義になってしまいます。また、社会的な要請をその都度書き込むと、これはまた変化に付いていけない時代遅れの条文が連綿と受け継がれる結果になってしまいます。それでも、変わらない、最古かつ最長寿の成文憲法といわれる(実質的には違いますが)合衆国憲法にも27の修正条項が付記される一方、その改正は決して容易ではなく(議員の2/3の賛成と州の3/4の批准が必要、日本の場合は議員の2/3は変わらないが、国民の過半数)、昨今では修正が極めて困難となっている事も述べられています。

改正は決して容易ではなく、大きな社会的要請や変化が充分に満たされた時にかぎり修正されるようにも見受けられる合衆国憲法ですが、リンカーンやルーズベルトの例を用いて、修正を行わず、時にその憲法解釈の拡大適用による危機の克服を述べると共に、終身制で憲法の最終判断者でもある最高裁判所判事たちの判断がたとえ下ったとしても、実際に施行するのは行政府であり、戦中や明らかに社会的に不適正な判決であればそれを執行する力は司法にはない事も明確に述べていきます。行政府と立法、司法が鋭く睨み合ったニクソンの事例を用いて、その理想が最後の最後で守られたと著者が述べる度に、共和制というシステムが極めて微妙なバランスの上で成り立っている事を思い知らされると共に、その理想の結集点としてのアメリカ国民の合衆国憲法への想いの強さを感じさせます。

最終章に述べられる日本国憲法の議論は、本質的に著者が望んでいらっしゃらないようですので割愛しますが、暗示として述べる「アメリカ人は憲法を大切にするが、神聖視しない。それに対して日本人は憲法を神聖視するものの、それほど大切にはしない」という一文だけ引用しておきます。

この国の現用憲法制定の歴史、そしてそれを提案した人々が理想として見た原典の成立と、それを現有の物として使い続けるために加えられてきた積み重ねの歴史をその方法論から述べる本書。その理想を更に推し進めるために織り込まれた仕組みをどう理解し、使いこなすかは我々自身に課せられた課題なのかもしれません。

著者が述べるように、憲法は解釈せずして運用できず。その解釈は時代と共にゆっくりと変容し、織り込まれた仕組みはその時のために備えられているものだから。

「憲法改正とは何か」と「憲法で読むアメリカ史」本書を読まれて、アメリカの憲法にご興味を持たれた方は是非お読みいただきたい、同じ著者の「憲法で読むアメリカ史」。現在は、ちくま学芸文庫版のみ入手可能です。

<おまけ>

本ページでご紹介している、関連する書籍を。

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