静かなGWの一コマを、小さな春の夕暮れ(2017.4.30)

GWの徒然を綴る中、ふと思うのが、これだけの一大観光地とはいえ、地元の皆様の生活と、観光でお越しになった皆様との接点というのは意外なほど薄いという事。

インターの周囲やアウトレットモール、観光施設が集積する場所では、それはもう都会が引っ越してきたような騒ぎですが(コンビニとかスーパーもね。買い物、ちょっと困る時も)、地元の商店街を下り、路地を一本入ると、普段と変わらない日常が淡々と流れています。

そんな落差にちょっと複雑な想いを抱きながら、夕暮れの集落を抜けていくと、何時も気になる場所にちょっと足を止めてみたくなります。

甲斐駒を望む台地の縁に並ぶ集落の端。

すぐ先には深い谷戸が広がり、どん詰まりの小さな丘の上に立派に枝を広げる桜が、最後の春を謳歌しています。

足元には供養塔が並ぶこの場所。崖の縁という事もあって、心地よい風が吹き抜けています。

夕日を浴びる大きな山桜の木。ねじれるように幹を伸ばす桜の木が多いですが、この一本は青空の下、すくっと立ちあがっています。

真っ白な花びらと、僅かに緑色を帯びた花弁。印象的な姿です。

桜の木を振り返ると小さな祠。少し近づいて覗き込むと、遠く西日の先に立つ御嶽山を祀った、御嶽講の石碑である事が判ります。

北側には八ヶ岳。

真っ直ぐに八ヶ岳を見つめる松の木の根元には、たくさんの馬頭観音が眠っています。

集落の外れに位置するこの場所、畦道を少し入ると、木々に隠れるように小さな表示板が取り付けられており、「血取場」と記されています。

その昔、牛馬が弱った時に、悪い血が病気を引き起こしていると考え、その血を抜いた場所に与えられた名称を持つこの場所。その実は屠殺場であったかもしれないと思わせる、集落の果て、暗い谷戸の縁に立つこの丘を見守る3つの山と数々の石碑たちが、地元の方々にとって畏敬を持つ大切な場所であったのかもしれないなどと思いながら。

夕暮れになって、風が凪いでくる頃。山里の春は足早に次の季節に向かいます。

 

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