その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

普段は人影すらほとんど見る事のない、県道沿いに建つ廃校となって暫くの時を経た小さな小学校。

この週末、生徒たちの歓声が途絶え、人の息吹を失ったようなこの場所(地元注:コスプレ撮影に敷地を提供している時もあるらしい)に、大挙して人が押し寄せ、警備員が配置され、誘導の案内係が路地に立つという、ちょっと驚きの風景が展開しました。

5月の終わりにTV東京系で放映された「美の巨人たち」。絵画ファンだけでなく、建築好きの方にも好まれる、時にディープでユーモアあふれるアプローチで作品たちを紹介する番組ですが、その番組に一風変わった作品が登場しました

多摩の小学校で図画工作の教員を務めながら画業をこなしていた、画家というより典型的な学校の美術の先生の風貌を持った作家の、僅か38年に過ぎない人生で描いた、ある一枚の作品。その作品は現在、写実をテーマにした展覧会で各地を巡回中ですが(番組スタッフにとって痛恨だったのが、同じ展覧会の特集をNHKの日曜美術館で採り上げた直後だった点、幸い作品は被っていませんでしたが)、風景写真を楽しむ身として、その描写と光の陰影に妙に親近感が湧いたのでした。この光の捉え方こそが、写真を撮る時に狙っていた雰囲気そのものだと。

そして、番組を見ている間に調べていると、なんと目と鼻の先にある場所で展示を行っているという事が判り、番組の終わりには、実際にその準備風景まで撮影されていた事に驚いたのでした。

これは何としても観に行かなければと、仕事の締め切りとにらめっこしながら訪れた展示会最後の週末土曜日の午後。そこには、明らかに番組を見たであろう県外ナンバーの車が大挙して押し寄せていたのでした。

長坂と日野春の間に立つ、つい最近廃校となった旧日野春小学校。

現在施設を管理している団体はちょっと格好良い名称を付けて呼んでいますが、現役時代を知っている地元民としては、矜持を以てこの名称で呼ばせて頂きます。普段は人気のないグラウンド、今日は臨時駐車場として開放されており、多くの県外ナンバーの車が並んでいました(午後2時の時点で軽く数十台)。

画家、犬塚勉の絵画展。校舎の中に入ると、2階に進むように案内されます。

手作り感溢れる絵画展の受付案内。

如何にも学校という掲示板に張られた、絵画展のパンフレット。

このパンフレット、地元の各所にも置かれていたようですが、スーパーの掲示コーナーに置かれていた分は、この絵画展のパンフレットだけ払底しており、皆様の注目度の高さが伺えます。

もちろん絵画展ですので撮禁ですから、写真は展示会場の扉の部分だけ。校舎2階の3つの教室が展示場所として用いられていました。

<絵画展は終了していますが、ここからはネタバレです>

まず最初の部屋に入ると自画像が出迎えてくれますが、暗幕を掛けた教室は真っ暗で、各絵画の上に取り付けられた小さなスポットライト(2つ)が絵を照らし出すスタイルで統一されています。

絵画自身が持つ配光方向とスポットライトのセッティングが全く合っていないので、少々首を傾げながら(ポイントを探しながら)眺める事になったのですが、私を含めてTVを見て初めて作品を知った方々にとってはちょっと衝撃的な一部屋目の展示です。そこに描かれたのは、何とも言えない抽象画の数々。しかも多数の目や二重丸に包まれた抽象画たちが南欧を思わせる暖色系でややくすんだ色彩で描かれています。その絵画が何を意味するのか、俄かには判らないのですが、ふと、人目を極端に気にする、人の評価に敏感な方だったのかなとも思わせてしまう、ちょっと異質な、でも道化の絵などは如何にも南欧テイストにありそうな絵画たちに意表を突かれたのでした(略歴にあるように、一時期、アンダルシア、カタルニアに遊学していたようです)。

そして、1部屋目の最後になると、その描かれる画は急激に変化を遂げます。ソリッドに岩脈の陰影を取り込もうとするその絵は、抽象画から大きく写実指向へと移り変わっていきます。

二部屋目に入ると、その画業の急激な変化が見えてきます。徹底的に書き込まれた緑。草木の一本一本まで捉えようとする意志を画面いっぱいに満たしていく様な勢いで描き込まれていきます。そして、写真を撮る時に願う陰影感をそのまま絵で表現しきってしまったような繊細な描写を見せる絵画たち。

後から続々と訪れる観覧される方々に、真っ暗な教室の中でどんどん抜かれつつもじっくりと眺めていると、妙な事に気が付きます。それは、画面の下側に明らかに「光の蹴られ」が認められる事。

写真を撮られる方ならよく判ると思います、画面一杯にプレーンな絵を作ろうとした際に、絞りと周辺光量、フレーミングのバランスでどうしても手前側の足元付近に暗部とボケが出来てしまうミス。「6月の栗の木の下より」や「林の方へ」に特に感じるのですが、その仕上がりから写真を見ながら作品を描いているのではないかという感触、更には「写真を描いてしまっている」という微妙な違和感。

その一方で、同じ部屋に並んで飾られていた「山の暮らし」。単に斧を入れた後の大きな丸太を描写しているようにも見えますし、その光線の使い方や描写はリアルに映るかもしれません。でも、この丸太にはあるべきものが描写から殆ど省かれてます。斧の切り口に描かれるべき丸太の年輪、一方でまるで風景そのものを写し撮るような細密な描写を描きながら、もう一方では明らかな省略による主題の絞り込みを意図している。

その違和感をはっきり理解したのは、最後の部屋に飾られていた、番組でも採り上げられていた「縦走路」の制作エピソード。ご覧になられた皆様が感嘆の声を上げて見惚れているその精緻な描き込みを見せる作品は、キャンバスの横に張られた自らが撮影した写真を横にしながら一気に描き上げたもの。そこには、確かに画家がその場に立って感じた風や日の匂いが込められている筈なのですが、どうしても精巧に描かれた、表現したかった写真の風景を細密に、印象を込めて再現するに留まっているような感じがしたのでした。

そんな複雑な想いを真っ暗な部屋の中で抱きながら、その隣に掲げられていた絵を見た瞬間、生まれ始めていた疑問は一気に氷解したのでした。

「縦走路」に満足された皆様が足早に過ぎていく中、私が足を留め続けた一枚の絵「ブナ」(写真は購入したクリアファイルの一部分です、本当の色合いはもっと複雑で素晴らしい)。

晩秋から初冬の午後を思わせる背景の雑木林に差し込む光線感、落ち葉を照らし出すその描写はリアルを越えて、この空間を実際の光線を用いて演出されている事を感じさせる一方、その自然な演出には全くの嫌味を感じさせず、まさにその場に佇んでいるかに思えてきます。そして、中央に悠然として描かれるブナの大木。先ほどの「山の暮らし」にあるように、その描写は一見リアルに思えますが、写実を脱して抽象へと再び回帰する段階を示しているかのようです。

多摩の自然と触れ合い、多くの山岳登山を通じて得た実体験と写真を通した写実を細密画で描き切った先に見つけた、新たな抽象の世界。リアルに描いたのでは得られない、絵画だけが辿れる木の温もりや肌の心地を遂に捉えはじめているかのようなこの作品に強く心を打たれたのでした。

そして、この絵画の裏側に展示されていた一連の未完成作品たち。その構想スケッチだけではどのような世界観を求めていたのかは知る由もありませんが、残された未完成の作品の中央に置かれた一つの巨石の姿には、既に緑の草木を描いていた時の細密さとは別の物が宿っています。細密さを極めた光の描写の更に先に描こうとしていた、背景を作り出す未だ未完成の水の流れの表現、既に意志を持った描写へと進みつつあった、主題を示す石の描写に見られる抽象への回帰が交わろうとしていた矢先に山に逝った画家が本当に求めていたその先は、もしかしたら残されたご家族を含めて誰にも判らないのかもしれません。

真っ暗な教室から外に出ると、眩しい光が射す廊下の先に、「犬塚勉のまなざし」という手作りの表札が掲げられた、複製原画(販売品のようです)と故人の遺品などが飾られた談話室風の教室があります。こちらは絵画展と違って常設のようですが(違っていたらごめんなさい)、木々の向こうに甲斐駒を望む窓から流れ込む涼しい風と明るい日差しに溢れ、穏やかな空気の流れるこの場所こそ、画家の作品を飾るに相応しい環境ではないかと等と想いを巡らせながら。

TVでも紹介されていたように、引き戸を外した押入れと、部屋の隅に置かれたイーゼルを前に深夜に及ぶ制作に励んでいた画家の姿を良く知るご家族が、制作中の雰囲気を伝える想い、最密な作品をじっくり楽しんでもらうための環境として、更には作品の保護の為に暗くした部屋で展示されていた事は理解できるのですが、雄大な八ヶ岳の懐に抱かれた、緑と日差し溢れるこの場所では、せめて明るい雰囲気で作品を眺める事が出来たら、もっと絵を見る事自体が楽しくなったのではないかなどと、ちょっと考えながら。

画業の半ばで逝ってしまった画家が絵に対してどのような境地に立ちたかったのか。前半の作品に多く添えられた画家自身のコメントが末期になると途絶える中で、その余りにも短い期間の間に急速に移り変わった作風からは容易には読み解く事は出来ませんが、そのような画家の画業全般を知って欲しいというご家族の展示意図は充分に感じられた展覧会。

流石に観覧される方が殺到したらしく、在庫していた画集も払底中(どうも、前回NHKで採り上げられた際に行っていた展覧会「純粋なる静寂」の際に作成したノベルティ群を継続して使用していたようです)のようですので、その画業の広がりを知る手掛かりが今一歩の状況ではありますが、いずれまたこの場所で作品を観る機会を得たいと切に願っています。

画家や作品にご興味のある方は、ご家族が開設されている公式ホームページ(2017.7.3注記:サイトが移動しています。こちらのリンク先で新しいサイトにジャンプできます)に一部の作品が紹介されていますので、是非ご覧頂ければと思います。

 

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