年の瀬の点描(2017.12.25~30)

年の瀬の日々。

流れ続ける時間から云えば、区切りなどというものはないのですが、それでも人それぞれに想いを馳せる時期が巡ってきました。

クリスマスの朝。寒波が流れ込む南アルプス上空は雪雲に覆われています。

沸き立つ雲の下に真っ白に染まった甲斐駒が顔を覗かせています。

朝の日射しを受けながら雪煙を上げる鳳凰三山。

この冬は風が強く寒い日が続きます。

漸く雪雲が晴れてきた朝。

グンと冷え込んだ朝の空は、クリアーな冬の碧空へと変わっていきます。

冷え込むほどに雪が少なくなるのが、八ヶ岳南麓の特徴。今年は漸く例年並みの冷え込みの中で年の瀬を迎えそうです(12/28)。

強い風が吹き続けていた年の瀬ですが、漸く風が止んで穏やかな日差しとなった晦日の土曜日。

少し長くなり始めた日没を迎えた夕暮れ。柔らかな雲たちが羽を伸ばす空の下に、ゆっくりと日差しが沈んでいきます。

夕日を受けて桃色に染まる八ヶ岳の峰々。

間もなく満月を迎える厳冬の月が高く上っていきます。

僅かに紅を注した雲が、塩嶺へと沈む夕日を追って、峰々の上に伸びていきます。

明日は大晦日。

皆様にとって、良い年でありますように。

 

今月の読本「渤海国とは何か」(古畑徹 吉川弘文館)「東洋学の挫折」の先に見る北東ユーラシアを描く軸

今月の読本「渤海国とは何か」(古畑徹 吉川弘文館)「東洋学の挫折」の先に見る北東ユーラシアを描く軸

年末年始のシーズン。

慌ただしい時間が流れる一方で、日常の喧騒を離れて、じっくりと何かに取り組める時間が巡って来る貴重な日々でもあります。

バタバタと年末の後始末を終えて、ほっと一息つきながら読んでいた一冊からご紹介です。

今月の読本、吉川弘文館さんの歴史文化ライブラリーから12月の新刊「渤海国とは何か」(古畑徹)をご紹介します。

まず、この渤海国という名称にどのような印象をお持ちになるでしょうか。ユーラシアの東端に忽然と現れて消滅した幻の王国、もしくは当時の古代王朝、王朝国家との交流史を有する、中華帝国、半島諸国とは異なる、第三の国というイメージでしょうか。近世、近代史にご興味のある方にとっては、後の清朝の揺籃たる女真が勃興した故地、更にはその後の満州へイメージを抱かれるかもしれません。

本書はこれらの日本人が抱くイメージが、実際には戦後の教育、歴史研究環境が生み出したものであり、渤海、更には北東アジアの地域史としての一側面しか捉えていない点への懸念を込めて綴られています。

学生時代からはじまり、40年の経歴を有する北東アジア史を専門とする著者は、それらのイメージがある時点を契機に生み出されたと指摘します。戦前日本の大陸侵攻と軌を一として生まれた「東洋学」が生み出した落とし子。敗戦によって一度は散逸した研究成果は、その後の日本に於いて、更にはかの地に於いて再構築される過程で、自らのイメージに合わせた歴史著述の一ページとして利用されてしまっているとの大きな懸念を抱いていきます。

「東洋学の挫折」という刺激的な表現を用いて、その経緯を綴る著者が本書で描こうとする内容、それは海東の盛国と称された謎の国、渤海をその後の歴史研究における位置づけの争奪から擁護せんと願い綴る、汎北東アジアの視点を掲げた検討過程から輪郭を示す事。

従って、題名に示される様な渤海の歴史のについての詳述を本書に求められる方には、少々残念な想いをされるかもしれません。前半は渤海の勃興から滅亡までの概略が時間軸を追って綴られていますが、著者がここに述べるほどにしかと感嘆されるように、そもそも渤海に関する文献資料は極めて限られています。その中でも彼ら自身が残した文献は僅少であり、殆どが周辺の国々の記録に語られるに過ぎません。

そこで、著者は逆にその周辺の国々の記録に残された点から、彼らがどのような位置にあったのかを見出していこうとしていきます。渤海国の概要をお知りになりたい方であれば、確かにwikiでも充分かもしれませんが、本書の魅力は後半で述べられる、その位置付けを北東アジアの中から浮かび上がらせるアプローチにあります。

日本の歴史教育で渤海を扱う時に語られる、唐を模した、ないしは日本の律令制や王都を参考にしたともされる律令や兵制、都の構造について、確かにその影響を強く受けている点を指摘する一方、唐における外藩と内属国の扱いと王に与える称号の違いから、契丹や遼などの北方騎馬系民族として包括される扱いとは異なる、比較的内属国に近い位置付けを与えられていた事を見出します。更には、彼らが独自の文字を持たず、漢字を用いた点からも、実質的には中華帝国の冊封体制に準じる(年号は独自のため)位置にある、北方騎馬系民族に対する東方からの牽制勢力の一翼を担っていたとの位置付けを見出していきます。

その一方で、遥かに三国志「東夷伝」まで遡り、伝統的に北狄と称されたその土地は、東夷と称された半島、そして倭の諸国とは決定的に認識が異なっていたと指摘します。この事実は、冊封を奉じた半島の諸国や高句麗、その後に統一を果たした新羅の勢力が及んだ範囲と、交錯する渤海とでは異なる民族的アイデンティティ、むしろ更に北方に存在した黒水靺鞨との類似性を示唆します。

中華帝国の一翼を担う一方で、更に北方の遊牧民側(但し、渤海が勢力を伸張させた時代は現在より温暖な気候であったとみられています)の立場に近い極めて微妙な渤海の位置付け。著者はその位置付けを雄弁に物語る手掛かりとしての、彼らが残した交易の跡を追い求めます。

東北地方に集中的に残る、7世紀の遺跡から発掘される錫製品。北方の地で育まれる体格の優れた馬、そして渤海と一時的に対立した唐の前線基地である節度使が、「熟銅」の交易だけは禁止しないように中央に対して請願を出していたという点を見出し、当時の唐王朝にとっても、渤海が重要な銅の産地であった事を指摘します。

北方の優れた産物を集散させる諸民族。更には、彼らが渤海使として日本に訪れた際に引き連れたとされる首領たちもその実は商客であるとの当時の認識も添えて、彼らの求心力が商業的なもの、交易による利を供せられるかによって支配体制が左右されるとの認識を提示ます。中でも本書では、他の研究者の指摘を引用して、その本質として、狩猟、漁撈民はその生産物の農耕民との交換の必要性から、一般的に交易民であるという、核心を突く一説を提示します。ユーラシア東方における政治的な求心力を農業的な集散と見るか交易による利益と見るかで分かれるという根源的な認識。一方で、同じ北方遊牧民族でも、独自の文字を持つなどアイデンティティの明確化を見せていた契丹は、後に燕雲十六州を得る事で、自らを中華帝国の一部へと転換させたと指摘します。

後に清朝を生み出すことによって、中華帝国としてのアイデンティティの一部として埋没していた「満州」を再発見した、戦前の東洋史が残した足跡を辿りながら、渤海をテーマに北東ユーラシアにおける位置付けの再構築過程を示す本書。複雑な歴史の推移同様に、複合的な内容が、それこそテーマを縦横に展開されるために、一度読んだ程度では容易に全容を把握できる内容ではありません(門外漢なので更に)。

この本を手掛かりに、巻末に掲載する関連書籍を跋渉しながらも、もう少し読み込んでみたい、歴史著述、理解の奥深さへと誘うような一冊です。

なお、著者は非常に寡作な方で、提示される参考文献を含めて、主著と見做せる一般書籍が見当たりません。中華帝国たる隋、唐自体また北方遊牧民族が発祥であるという視点は、契丹、奚の扱いを含めて、講談社学術文庫から現在刊行が続いているシリーズの一冊、「興亡の世界史 シルクロードと唐帝国』(森安孝夫)を、本文中で繰り返し引用されています。

冬至が明けた夕暮れに(2017.12.23)

昨日は冬至。一年で一番日射しが短い日です。

例年以上に冷え込んでいる12月、でも冬至を越えた今日は上着が要らないくらい、少し暖かな夕暮れとなりました。

西日が足早に南アルプスの向こうに沈む頃、甲斐駒の上空から、羽のような雲が舞い上がってきました。

大きく空を渦巻く様に流れ込む夕暮れの雲。遠く富士山の上空にまで掛かっています。

山の向こうに落ちる短い陽射しを追って、三日月も西へと沈んでいきます。

甲斐駒から羽を広げるように伸びる雲が、碧い色を落としていく夕暮れの空に広がっていきます。

どっぷりと杖突峠の向こうに沈んだ陽射しが残す、冬空の残照。

足元に広がる諏訪盆地の街並みに、明かりが灯りはじめます。

赤く染まる夕暮れの空。クリスマスを控えた週末の夕暮れ、街を往く人々は、足早に家路へと向かいます。

暖かいとはいえ、標高1000mを越える圃場は日が沈むとすぐに氷点下に。

明日の晩は、ホワイトクリスマスを予感させる降雪の予報が出ています。

 

サイト開設5周年のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.12.23

サイト開設5周年のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.12.23

雪の降る2012年12月末に綴り始めた本ページ。今週末で、開設5周年を迎える事になりました。

SNSを始めた先に綴り始めた本ページ。唯、日々の想いを残していくとどんな風になるのかなぁと、漫然と始めてみたのですが、いつの間にかこんな所まで来てしまいました。

今朝の時点で公開中のコンテンツ数は562、アクセス数は累積で58万弱、暖かくなって桜が咲く頃には60万アクセスに達するのでしょうか。無料サイトの為に広告が表示されているかと思いますが、当の本人はアフェリエット等に興味が無く(画像データのストレージは有償で借りています)、時間もお金も浪費しての、完全に自分の好きな事を(時に裏モードも)追いかけた記録を綴ってきた本サイトが、これほどまでご覧頂けるとは、正直、考えていませんでした。

そんな何の役に立つのか判らない、趣味丸出しの本サイトを訪れて下さって、そして暖かいコメントを残して頂きました皆様に、深く御礼を申し上げます。

それでは恒例で、この一年の本サイトへのアクセス状況をネタバレでご紹介です。

サイト開設からこれまでの、アクセス数の推移です。

50万アクセス到達時にちょっとこぼれ話的にお伝えしましたが、今年の2月に某超巨大検索エンジンさんのアルゴリズム変更の影響が、こんな辺鄙なサイトでも露骨に響くという、明白な証拠でしょうか。私自身はWordPress.comのユーザー共有を殆ど使用していないのでWordPress readerからのアクセスは非常に少なく、本サイトへのアクセスは(ロボットによる自動学習を含めて)約2/3が検索サイトからのようです。

2014年7月からの月毎のアクセス推移の推移をご覧頂ければ、その効果がよく判るかと思います。ヒット率を引き上げるためには継続的なコンテンツの提供、それも多くの新規閲覧者を引き入れるタイムリーなテーマでコンテンツを出し続けないと、こうなりますよという、典型例を見せて頂いている気分です。Webで収益を得ている方にとって、多分検索サイトとは一衣帯水なのだなぁと、しみじみ感じた一年でした。

データを確認していてちょっと興味深かったのが、例年100アクセス/年以下のFacebookからの閲覧が今年は急増した点。後ほど理由の方はご紹介しますが、Facebookの共有ユーザー間における連帯の強さを見た思いです。

今年1年のアクセスランキングです。ホームページへの直接閲覧が約36000アクセス/年、初掲載が実に2013年の2月に遡る、トヨトミレインボーストーブを紹介したページ2本でしめて16000アクセス程度です(中の人じゃないよ!でも、某ホームセンターで石油ファンヒーターの使用可能標高表示が復活したのは、この記事が理由かも?)。一番下のコンテンツで約250アクセスほどです。グリーンのラインで示したコンテンツが今年新たに掲載した分です。

流石に旧型SX4を紹介したページや、当初は多数のアクセスの有ったFM番組の最終回への想いを綴ったページへのアクセス数は低下してきた一方(それでも今年新たに掲載したコンテンツよりアクセス数多いのです)、意外だったのが美ヶ原の放送用電波塔たちと、信越放送のマウンテントップ方式開闢の石碑を紹介しているページ。類似の紹介ページは複数あるかと思いますし、もっと専門的に書かれているページもありますが、美ヶ原に訪れた方なら誰もが気になるその威容、掲載以来、例年多くの方にご覧頂けているようです。

今年のビーナスライン冬季閉鎖直前に訪れた際の写真を。人が織りなす様々なドラマが眠る天空に広がるこの大地。幾度訪れても想いが募る場所です(今年は吹雪いていてちょっと大変でしたが)。

昨年は、余り新しいコンテンツをご覧頂けなくてと、こぼしていたかと思いましたが、総アクセス数が大きく減少した今年、実は新規ページをご覧頂いた件数が確実に増えていた事に気が付きました。これも巨大検索エンジンさんの描き出す技故なのか、ちょっと興味深い結果になったので、ページを執筆した際の心境を含めてご紹介です。

まず、驚きの3番目(ホームページを除く)にランクされたのが、鹿避け笛(鹿笛)の記事。八ヶ岳界隈に居住されている方にとっては常々、苦労が絶えないテーマですが、実に多くの方が困られているのだという事を実感した次第です。なお、取り付けた後も相変わらず鹿さんには街中、山中を問わずしょっちゅうお会いしますが、幸いなことに私も愛車SX4も無事である事を、ここにご報告させて頂きます!

例年、多くの方にご覧頂く小淵沢駅の臨時列車時刻表、そしてバスの時刻表。今年はその小淵沢駅に大きな変化がありました。7月に開業した新駅舎開業までの日々と想い出を綴ったページにも多くご訪問頂きました。取り敢えず建屋とエントランスだけ夏の観光シーズンに間に合わせようと突貫工事で仕上げた感もある、開業以来の改築とも云われる新駅舎のオープン。開業直後に指摘が出て来た利便性の問題についても、周辺の観光施設へ向かうバスの一時待機場所の設定、行き過ぎた体面上のエコロジーが生み出した、夜間に無人になると真っ暗になってしまう、通路に奥まった待合室も照明が点灯するようになり、地域交通の伝手を繋ぎ止める最後の手段である、マイクロバスや路線バス、自家用車や各観光施設及びペンション等などからの迎えの車すら新駅に乗り入れられないという致命的な欠点は、年末までに漸く整備中のロータリーが完成する事で解消に向かう算段が見えてきました。

その一方で、ロータリーの用地を捻出する為に解体された旧駅舎。このシーンが望めなくなるのは少し寂しいのですが、新年からは行き交う列車のバックに、ダイレクトに八ヶ岳が遠望できるようになります。

そして、今年を象徴する様なページたち。刊行数の多寡に関わらず、お気に入りの(もしくは難物の)一冊をご紹介できればとの想いで書き始めた、読んでいる本の紹介。時にレア物新刊紹介として検索エンジンから辿られる方もいらっしゃいますが、今年ご紹介した中で上記に掲載している3冊は極めて特徴的なアクセスの動き、即ち、著者の方に直接ご紹介を頂いたor著者の方もしくは関係者の方のFacebookによる紹介でアクセス数が伸びたという、これまでとは違うパターンが生じた点です。

これまでも、著者や訳者の方にご挨拶を賜る事が幾度かありましたが、今回ご紹介した本、特に後続の2冊に関しては、私自身へのフィードバック等はなく、純粋に引用して頂いているサイト内や、Facebook内で拡散、閲覧が繰り返されていたようです。そのような意味で、ちょっと狐につままれたような感もありますが、ご覧頂きました皆様のご興味に対して、一助となっていれば幸いです。

形はともあれ、もし本サイトをご覧になって、本屋さんでお手に取って、更には購入されて読まれるという機会があるのであれば、本が好きで、より多くの方に本に興味を持って頂きたいという一心で、拙い文章を曝している恥ずかしい身としては、殊更に嬉しい限りです(ステマですかとか、何処かの出版社さんの中の方ですか、などのようなご照会を頂く時がありますが、お小遣いの範疇でコツコツと買って、仕事の合間と就寝前に読書時間捻出している程度、更にはこんな酷い文章、ど素人に決まっているでしょ!)。

SNSでRTしているくせに買ってないじゃないかとのご指摘もあるかと思いますが、お財布事情以上に「お願いです、版元の皆様、どうか本屋さんに入れて下さい!」。見かけた場合、ほぼ確実に買って読んでおりますので。そんな中で、面白かった本が評価されると、読んでいた本人も実は嬉しいのですよという例を、今年、古代歴史文化大賞を受賞された「タネをまく縄文人」ご紹介のページアクセス推移でお見せします。

最後に、年末になって余りにも急な知らせに驚いてしまった事を。

多くの方にページの方をご覧頂いたようですが、年少の頃から大好きだった、脚本家の島田満さんが今月、急逝されました。いきなりあのような文面をつらつらと書き並べると、貴方何者なのと思われたかもしれませんが、ネットなどが誕生する以前からその作品を追いかけていた、少し年上のお姉さんのような、本当に大好きな脚本家さんでした(殆どの資料を昨年自宅を整理した際に処分してしまったのですが、掲載した写真はその中で唯一残していた、クリーミィマミ脚本陣揃ってのインタビュー記事からです)。

本ページでも紹介させて頂いている、小説家の村山早紀さんを知ったのも、島田さんがシリーズ構成を手掛けられた作品の原案協力をなさっていた事から(その後になって、同じメンバーが手掛けていたひとつ前の作品が、今、私が住んでいる場所を舞台設定に使っているよと教えられて、慌てて見直すことに)。恐縮なことながら、毎年カレンダーを頂いてしまっているトラッシュスタジオ様と佐藤好春さん知るきっかけとなったのも、ジブリから日本アニメーションに復帰した佐藤好春さんがキャラクターデザインを手掛けられて、島田さんが全話の脚本を書かれた、世界名作劇場「若草物語ナンとジョー先生」本放送の際に感銘を受けたからです。このページで、時に大西洋やアメリカ北東部、中西部をテーマに扱った本の紹介が散見されるのも、彼女の作品や、それ以前から続く世界名作劇場の作品たち、更にはそれらの原作となる物語達に幼少期から親しくし接してきたその先に、今の自分の興味が色濃く残っているためだとの想いもあります。

近年ではファミリー向けの作品での脚本参加が多かった中で、意外ともいえる明らかにコアな男性アニメファン向け作品へのシリーズ構成、脚本としての立て続けの参加に驚きながら、今やSNS等で瞬時に伝わる完成した作品の放映後の評判の高さ。シリーズを通貫させるテーマ性や深くキャラクターを掘り起こしていく卓越した描写力には、放映が1年に渡るのが当たり前だった往年のオリジナル作品や、原作のストックが無くなっても放映を止められない大作のアニメ化作品における、オリジナリティと原作のテイストを最大限に引き出す、脚本家の方々が培ってきたテクニックと思考力が遺憾なく発揮されているように思えます。女性向け作品で絶大な支持を集める、同年代で同じ女性脚本家の金春智子さんが回顧されていたように、作品の想いを汲み取りながら、突っ込み過ぎるぐらいに、更に掘り込んでキャラクターの魅力を引き出していくシナリオたちがもう見られなくなるのは、とても寂しい事です。

少し脱線してしまいました。

この文書を書きながら、唸りながら横で来年度のカレンダーに使う写真のセレクションを続ける師走の午後。

今年も色々な事がありましたが、このような辺鄙なサイトにご訪問頂き、ご覧頂きました皆様に改めて感謝と御礼を申し上げます。

大好きな八ヶ岳を間近に望むこの場所で、ゆっくりと一歩ずつ。

 

7年ぶりのアルバムは、綴り続けたストーリーと、お帰り!のPOPなメロディが心地よく奏でる、CooRie「セツナポップに焦がされて」

7年ぶりのアルバムは、綴り続けたストーリーと、お帰り!のPOPなメロディが心地よく奏でる、CooRie「セツナポップに焦がされて」

New!(2018.1.11) : Real Soundのインタビューにrinoさんが登場しています。

変わり続けるサウンドと、変わらない音楽への想いをたっぷりと語っています。CooRie/rinoさんの楽曲にご興味を持たれた方は、是非ご一読を。

 

<本文此処から>

ぐるっと一巡して聴いた後にふと、あの頃何をしていたんだろうか等と思い浮かべながら…。

2010年10月にリリースされたアルバム「Heavenly Days」から7年。10周年を迎えた年にリリースされたベストアルバム「Brilliant」以降も、メインステージであるD.C.シリーズ以外ではメロディメーカーとしての活動が続いたCooRie(rino)が、2枚のセルフカバー、そして昨年は久しぶりの単独名義となるシングルのリリースを経て、遂にオリジナルアルバムのリリースが叶ったようです。

CooRie6枚目のオリジナルアルバム「セツナポップに焦がされて」です。

ネット配信が当たり前になって、CDはおろか、音楽自体にお金を払う事すら否定的な雰囲気が漂う中での新譜リリース。さまざまな想いが詰まったであろうアルバムの1曲目を聞いた瞬間、心の中で、思わず「お帰り!」と声を掛けてしまいました。

アニソン歌手がもてはやされた最中でデビューを飾った同時代の多くのアーティスト、ボーカリストの方が活動を縮小、休止する中、その後に登場してきた多くのアーティスト、声優の方々に楽曲を提供するサウンドメーカーとしての立場を確立した先に、再びリリースする機会が巡ってきたオリジナルアルバム。そこには、物語に寄り添う為に生み出される、ストーリー性を強く感じされる楽曲と、メロディメーカーとして、更にはボーカリストとしての想いを載せて奏でる曲が一緒になって織り込まれているようです。

CooRieには欠かせない、D.C.のイメージを受け継ぐサウンドたち。メロディメーカーとしてのストーリーを感じさせる華やかな楽曲。デビュー当時のイメージを、よりクリアーで元気なPOPチューンに仕上げたバンドサウンドの新録。そして、スタイリッシュに生まれ変わった、今のCooRieが奏でるサウンドの到達点を見せる、4種類の楽曲編成となるこのアルバム。

アニメーション用の楽曲らしく華やかな音作りは引き続き求められる一方、艶やかな装飾を纏った楽曲から、よりクリアーに、よりピアノの旋律を際立たせるようなアレンジ、楽曲編成への方向転換。心を震わせるドラマチックなテーマを奏でるストリングスの豪華な楽曲から、デビュー当時のやや素朴で牧歌的なサウンドへの回帰は、現在のアレンジ、レコーディングの進化を受けて、その心地よいメロディはそのままに、より鮮やかに生まれ変わっていきます。

そして、年齢と共に急速に衰えると云われる、女性ボーカルの宿命に対して、元々声量に恵まれているとはいえない(ビブラートするボーカルと評される方もいらっしゃいますね)中で、こつこつと取り組み続けたボイストレーニングの成果を見せる、初めてのアカペラへの挑戦。サウンドテイクも、ボーカルもまだまだ進化し続ける事を示しながらも、その心地よいサウンドに再び浸れる嬉しさを感じながら。

収録全曲のご紹介です。

1.エクレア

 作詞 :rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • 思わず「お帰り!」と心の中で声を掛けてしまったオープニング。CooRieの気持ち良いメロディを、最新のレコーディング、サウンドで聴ける嬉しさが詰まった、そして、ドキッとさせられれる歌詞は此処までやって来たシーンをちょっと振り返るような一曲です。

2.セツナポップに焦がされて

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • アルバムリード曲。シンプルな中にもサウンドメイクと演奏に拘ったようですが、歌詞へ込めたサウンドメーカーとしての想いにも触れたい一曲です。

3.Rearhythm -Album ver-

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アーケードゲーム「crossbeats REV.」使用楽曲)

  • ミュージックゲーム用に作られた楽曲です。制約が少し緩やかなためでしょうか、アニメーション用の楽曲に対して、少しサウンドメーカーとしての想いを重ねて込んで奏でる、このアルバム全体を通じて感じる、気持ち良さに溢れた一曲です。

4.愛しさの雫

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.S.-Dal Segno-」ボーカルミニアルバムより)

  • CooRieにとって欠かせないD.C.の楽曲。シリーズを通じたサウンドテイストと、ゲームミュージックらしい華やかさの中にもしっとりとしたバラードを歌い込んでいくボーカルに包まれていきます。

5.終わらないPrelude

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖(アルバムオリジナル)

  • ストーリーを奏でる事を求められるアニメーション用の楽曲というジャンルに対する、ドラマを作り上げるサウンドテイクを見せる一曲。デビュー当時からエンディングの歌姫的だったCooRieの今の姿を見るような想いです。

6.HAPPY CRESCENDO

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.C.Ⅲ With You ~ダ・カーポⅢ~ウィズユー」ボーカルミニアルバムより)

  • ストレートにD.C.の楽曲なですが、どちらかというとエンディング担当だったCooRieがオープニングを歌うとこうなるのという、ミニアルバムで最初に聴いた時は大丈夫かなぁとも感じた一曲。この曲のボーカリストとしての精一杯な感じが、後ほど紹介するアカペラへの想いに繋がったのでしょうか。

7.フラクタル

 作詞:rino 作曲:長田直之 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • このアルバムで、編曲だけではなく、唯一作曲もCooRieのオリジナルメンバーだった長田直之さんに委ねた曲(作詞は全てrinoさんです)。melodium2で感じた予感、オリジナルCooRieのサウンドが、今のサウンドメイクを纏って、鮮やかに帰ってきたようです。とにかく気持ちの良い、アルバムの中でもお気に入りの一曲です。

8.春風とクリシェ

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖(PCゲーム「D.C. Ⅱ Dearest Marriage ~ダ・カーポⅡ~ ディアレストマリッジ」より)

  • 今回収録の楽曲の中では一番古い曲になります。あの頃のCooRieを思い出しながら。rinoさんが奏でるD.C.の楽曲たちは何時聴いてもしっとりと優しい想いにさせてくれるようです。

9.MISTY LOVE

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.C.Ⅲ DreamDays~ダ・カーポⅢ~ドリームデイズ」より)

  • 7曲目のフラクタルと並んで、サウンドメーカーとしてのrinoさんのサウンドテイクが全面に押し出された曲。キラキラとした華やかさはないですが、スタイリッシュに、クリアーなサウンドとメロディをバックに奏でるボーカルをじっくりと楽しみたい一曲です。漸くこのサウンドを詠える様になったという想いすら感じられます。

10.キミとMUSIC -Album ver-

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アーケードゲーム「crossbeats REV.」使用楽曲)

  • こちらもサウンドゲーム用の楽曲ですが、陽だまりの午後を心地よくさせてくれそうな、ちょっと懐かしさも感じる、優しいメロディの世界へと誘ってくれる一曲。

11.VOICE SONG

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:rino(アルバムオリジナル・アカペラ)

  • 挑戦と仰るアカペラの一曲。その第一歩はCooRieの新しい世界を垣間見せてくれるようです。出来栄えの方は是非アルバムをお手に取って。

12.BON-BON

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:浅田祐介(TVアニメ「田中くんはいつもけだるげ」EDテーマ。同名シングルより)

  • 音楽の森を往くCooRie劇場の開幕を告げる一曲は、このアルバム唯一のシングルカット曲。シングルリリース時に別のページでもご紹介しています。

この7年の間、落ち込む事も多かったのですが、何時も側に居てくれたサウンドに、再び幸せな形で巡り合えた事に心から感謝しながら。

 

アルバムジャケットイラストを手掛けられた、さんがInstagramで紹介されています(2017.12.26追記)。

 

脚本家、島田満さんの訃報に接して(2017.12.16)

脚本家、島田満さんの訃報に接して(2017.12.16)

今晩だけは、普段と違う形で綴らせて頂きます。

昨日、脚本家の島田満さんがお亡くなりになられたとの報道が伝えられました。

島田さんは、30年以上に渡って主にTVアニメーションの脚本を手掛けていらっしゃった方です。

ジュエルペットてぃんくる☆制作前に作られていた、ご本人による作品歴の紹介と、制作前後に開設されていたブログのリンクを掲載しておきます。現時点では閲覧可能です。

脚本家としての制作の背景について参照されたい方は、同じくジュエルペットてぃんくる☆のBD/DVDでライナーノーツも執筆されている、漫画研究家/ライターの泉信行さんによる『アニメ脚本家・島田満さんのお仕事と、イマジナリーフレンドの関係』(ピアノ・ファイア)をご覧ください(12/17追記)。

ジュエルペットてぃんくる☆制作スタッフのメンバーで、キャラクターデザインを担当された伊部由起子さんが中心となって放送終了直後に作成された、東日本大震災のチャリティーを目的とした同人誌『Twinke★magic!』に、島田さんが書き下ろされた、オリジナルのショートストーリー『星降る丘のデラ』が掲載されています。こちらから読む事も出来ます。共著では、角川つばさ文庫『ちえりとチェリー』が電子書籍版を含めて現在も入手可能ですが、中古書籍以外で現在読む事が出来る、ご本人が書かれた数少ないテキストです(12/23追記)。

皆様がご存知の作品では、世界名作劇場の「若草物語ナンとジョー先生」及び、「ロミオの青い空」の全話脚本や、Dr.スランプ、ドラゴンボール、ONE PIECE、るろうに剣心といった著名作品、更にはオリジナルとなるジュエルペットてぃんくる☆、ゲーム原作のリトルバスターズ、昨年から今年に掛けては、若手アニメーター育成から派生したリトルウィッチアカデミアの映画及びTVシリーズの脚本、シリーズ構成を手掛けられており、現在NHKの教育テレビで放映されている『うっかりペネロペ』でもシリーズ構成と脚本を手掛けられています。

9月に、秋から始まった『うっかりペネロペ』でシリーズ構成を担当される事をSNSでご本人が伝えられていましたが、その後、ご本人からの発信が滞るようになり心配しておりましたが、本日、ご親族の方から上記の内容が伝えられております。

本当に最後の最後で、くだらないリプに丁寧にご返信頂いた立場としては慙愧に堪えないところではありますが、ここに謹んでご冥福をお祈りする次第です。

私にとって島田さんの脚本との出会いは、遥か昔に遡る「クリーミィマミ」の時代。オリジナル作品らしく凝ったシナリオが散りばめられた作品の中で、一際に可愛らしさの感じられるMr.ドリームのストーリーに魅せられたのが初めての出会いだったと思います。

その後に続く、うる星やつらにおける「純情きつね」と、しのぶが登場するシナリオや、「ハイスクール奇面組」での可愛らしいシナリオなど、どちらかというと少女趣味的なシナリオを書かれる方(当時は美人脚本家という触れ込みもありました)だなという、イメージが当初は強かったと思います。

そのようなイメージを一新されたのが、世界名作劇場への参加。ピーターパンの冒険に続く、「若草物語 ナンとジョー先生」における、登場人物にじっくりと寄り添いながら、全話に渡って丁寧に物語を描いていくシナリオ展開は、多くの方に印象を残した「ロミオの青い空」(この題名のインスピレーションも島田さんが出されたと楠葉監督が述べられています)の全話脚本に繋がっていきます。

この時点で、世界名作劇場を代表する脚本家との名声を得た島田さんですが、一方で「家なき子レミ」の脚本を事情により途中降板、結果として長年に渡った世界名作劇場が一旦幕を閉じるという苦渋を味わうことになったのも事実です。

その後、前述の週刊少年ジャンプ原作の作品群のアニメ化におけるスタート段階の脚本チームに加わり、現在まで続く人気のけん引役を果たす一方、ご本人が得意とされる、よりファミリーなテーマに基づいて、その作品をとても愛されていた「とっとこハム太郎」、そして「アンパンマン」の映画2作の脚本を手掛ける等、多方面な活躍をされていました。

その延長にある、現在のアニメファンの方々に繋がる作品たち。少女漫画原作の元気あふれるストーリーに、奥行きのあるしっかりとした骨組みを持たせることで通算3年に渡るシリーズに育て上げた「しゅごキャラ」、深夜アニメとしては異色のハートフルなシナリオを美しい映像で魅了した「ななついろドロップス」、同じスタッフが集結して、土曜の朝に一年に渡って放送された、販促アニメとしては異例のストーリーを優先させたプロット、錬り込まれたシナリオ、高水準な作画で少女の成長を丁寧に描き切った「ジュエルペットてぃんくる☆」。

これら作品によって培われた魅せるストーリーの成果は、早いサイクルでよりコアなユーザー層に向かうアニメーション作品の中で、ややもすれば古いテイストとも捉えられるスキームが、逆に物語に深い重みを与える事を印象付ける事になります。ゲーム原作で、決してアニメーションでは実現できないであろうと云われた登場人物毎に組まれたシナリオを、娘さんと一緒になってご自身でゲーム全シーンを制覇した上で書き上げ、見事に3クールのTVアニメーション作品のシナリオとして、何ら欠けることなく一本の作品として纏め上げた「リトルバスターズ」。更には、最終局面に於いて、苦悩されている発言を残しつつも、物語のストーリーに確固たる骨子を与える事に意を砕かれた「リトルウィッチアカデミア」。

そのキャリアに於いて、常に最前線で活躍されて、「現場で最も年齢が高く」と直近では述べられながらも、若手クリエーターの輪の中に入って更なる創作活動に邁進されていた島田さん。

既に病魔に侵されていた事がご家族の方から伝えられていますが、その中でも精力的に最後まで執筆をされていた作品は、現在も放映されています。

アニメーション作品に於いて、脚本家は後方に配されて表立っての姿がなかなかに見えにくい事が多いのですが、その中でもずば抜けた才覚(演出家志望であった片鱗は、時に「シナリオディレクター」という称号を与えられる点からも伺えます)と、作品に寄り添って魅力を引き出そうとする不断の努力から生まれた脚本たち。多くのファンの方が感銘を受けられて「島田満さんの脚本回」と呼ばれるようになっていたのは、誰しもがそのアニメーションという、動画が主役である作品をしっかりと裏から支えてくれるストーリーを描いてくれるという期待と、その現実を叶え続けて下さった結果だったかと思います。

これからも多くの作品を描き続けて下さると願っていた中での訃報。新たな作品を目にする事は出来なくなってしまいましたが、心に残る、数多くの作品を残して下さったことに感謝しながら、改めてご冥福をお祈りいたします。

女の子は誰でもステキな魔法使い!

貴女の残した魔法が、何時までもみんなの心を照らし続ける燈火でありますように。

2017.12.16

一年ほど前、掲載していた写真に直接「素敵ですね」と、お返事を頂いたページの一枚。30年来の一ファンとして、個人的にも大切な思い出です。

今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)諦めかけた心に響く「ことば」へ込めた想いは今も

今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)諦めかけた心に響く「ことば」へ込めた想いは今も

夜の帳が早くなり、ぐっと冷え込んできた年末。

自宅でほっこりとする時間が長くなるこのシーズン、そんな人たちへ向けて各出版社さんからは続々と新刊が本屋さんに送り出されています。

魅力的な新刊がずらりと並ぶ書棚から手に取った、今年の本屋大賞で最終選考にノミネートされた「桜風堂ものがたり」(PHP研究所)の著者、村山早紀さんが15年以上前に連作されていた作品を文庫として収蔵した一冊をご紹介します。

今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)のご紹介です。

著者の村山早紀さんは、wiki等でご覧頂ければ判りますように、児童文学からキャリアをスタートされた方。本屋大賞への入選で、その名前や作品が多く紹介されるようになりましたが、一般向けの作品群の中で最も良く知られているであろう「コンビニたそがれ堂」(ポプラ社)シリーズ以前は、児童文学に主軸を置かれて執筆活動をされていました(コンビニたそがれ堂も、著名なアニメーター、名倉靖博さん装丁による初版は児童向けです)。

今回文庫に収蔵された作品も、原著は岩崎書店から児童文学のシリーズとして刊行されたもので、初回の刊行は2001年と今から16年前。その後も刊行を続けて2005年に完結したシリーズに、今回新たなエピソードを追加して一冊に収めたものです。

著者が児童文学者として最も充実していたとあとがきで述べている時代の作品。各版元さんも積極的に推される、所謂「癒し系」と評される現在の著者の作品群から入った方(私も)にはちょっと異色に感じられる作品かもしれません。

比較的ハードな作品も多い徳間文庫としては異例ともいえる、児童文学特有の綴りで主人公である「はるひ」の一人称で語られる冒頭。この手の文体が苦手な方には、字面を追っているだけでこそばゆくなってしまうかもしれませんが、そこは暫し堪えて読み進めて頂きたいところです(章を追うごとに徐々に大人びた口語体に変わっていくのは、著者の意図なのか、その後の執筆活動の影響なのかは判りかねますが、途中に挿入された描き下ろしのエピソードは、ちょっと「おとな」ですね)。

小学校4年生に上がる春に風早の街に引っ越してきた主人公である「はるひ」と、その街にある公園の桜に宿る小さな神様である「アカネヒメ」との出会いから始まる物語は、神様と人外の者たちが見える少女の交流から物語を拓いていくという、児童文学らしい、著者が得意とするファンタジー色が一際に強い作品ですが、暫く読んでいくとある点に気が付くはずです。

著者が描く物語の世界に共通の旋律。それは児童文学がベースであっても、大人の読者に向けた作品であっても不変であるという事。

一見すると可愛らしいファンタジーに見える作品ですが、綴られる全ての物語には共通したテーマが見えてきます。それは、著者の多くの作品で見られる「魔法」であったり、「特別な能力」や、たとえ神様の「奇跡」であっても、その力自身が全てを解決してくれることは決してなく、あくまでも物語の駆動力、ストーリーに添えられる「シーン」に過ぎません。更には、その力は、主人公を始め登場する人々が抱える、「諦め」や「滞った想い」を辿り、向き合った先に初めて導き出され、描き出される点でしょうか。

想いを抱え続けるのは主人公である「はるひ」や家族、登場する人々(登場人物たちのバックボーンは、他の作品をお読みの方であれば、おやっと思われるでしょうか)、神様である「アカネヒメ」も例外ではありません。そして、著者が物語に添える魔法や登場する「人々」は、その想いを解き放つためのエッセンスとして描かれますが、著者が描きたいと願っているのは、その前段階、想いに応えてあげる「ことば」で伝える事への、飽くなき希求のように思えます。

ちょっとした寂しさと好奇心の先に出逢った、「アカネヒメ」に諭されて物語の輪を動かし始める「はるひ」。道端でチョークで絵を描くパフォーマンスを続けながら絵描きへの夢を追う「青空」さんと、友達とけんかをしてしまった「はるひ」は、お互い同士の抱えている思いを分かち合う事で、物語全体を覆う想いが動き始める。小さな神様である「アカメヒメ」の本当の寂しさを知った「はるひ」は、偶然の力を借りて、その想いに応えようと動き出す。

二人から始まった物語は、風早の街に暮らす人々をも巻き込みながら、お互いに伝えられない想いを「ことば」へと変えていきます。若かりし頃に取り残された演出家と女優のすれ違う想い、それを十字架のように背負い続ける娘は、残された想いの力を背に受けて、前へと歩き出す。そして再び、「アカネヒメ」と「はるひ」はお互いの想いを「ことば」に込めて。

第二節「夢見る木馬」で著者は夢が破れそうになった登場人物に、こんな風に語らせます。

<引用ここから>

「世界にはきれいなものがたくさんある。それを、その美しさに気づかない人たちに教えてあげていたら、いつかみんな、世界には壊してはいけないものがたくさんあるんだって、気づかないだろうか?

<引用ここまで>

語りかける事で心が開き、秘めた想いが紡ぎ出され、言葉へと昇華する時、詩編を伴いながら、物語は終わりの時を告げていきます。「ことば」に込めたふたりの想いは、時を越えて、また。

その後に生み出された著者の多くの作品に共通するメッセージとストーリーエッセンスがそっと包み込まれた小さな作品たち。児童文学時代からの著者のファンの方であれば、懐かしさを込めて、一般書から入られた方であれば、その作品の魅力を辿る一ページとして、寒い夜をほんの少し温めてくれるものがたりの中へ。