今月の読本「大坂 民衆の近世史」(塚田孝 ちくま新書)近世大坂の褒賞書上げが社会学に映す姿

この本を読み終わったのは昨年末なのですが、未だに整理が付かずに悩んでいる一冊。

近世史の本として括るべきなのか、それとも表題に示しましたように、社会学として捉えればよいのか、著者のこれまでの著作歴からはある程度想定できたのですが、読後感の極めて微妙な感触に悩み続けています。

今回ご紹介するのは、「大坂 民衆の近世史」(塚田孝 ちくま新書)です。

大まかな内容については著者が序章で述べている通りで、褒賞と民衆の歴史を綴る事を標榜されています。しかしながら、一方の狙いである現代の褒賞制度への繋がりは、終章でほんの僅かに語られるだけで余りにあっさりと着地してしまいます。また、褒賞を行う側の意図については殆ど言及されていません。では、民衆の歴史としての著述はと言うと、ここで採り上げられる内容はあくまでも江戸時代の褒賞に関する書上げの内容を検討した物であり、著者も指摘しているように、ある程度フォーマット、パターンに則っての成文、採り上げられた事例である事が判ります。ここで再び首を捻ってしまうのが、著者の捉え方が、そのパターニングから、住民一般の生活傾向を捉えようという趣旨が勝っており(眼病の傾向が強い等を文脈からあからさまに匂わす点は典型例として)、これも褒賞と同じで、名もなき人々の歴史を掬い取るという冒頭の趣旨と微妙なずれを感じさせてしまいます。

では本書はどの部分に焦点を当てているのでしょうか。第一部として詳細に述べられる近世大坂の成立期における町屋の展開、拡充検討から始まる内容は、第二章の褒賞を受ける人々の境遇によるパターニングから、第三章でその生業へと話を進めていきますが、分類過程も分析も、前述の序章の内容とも帯にあるような「人情と渡世」というような内容からも、やはりかい離があるようです。

むしろ、本書を読んでいて妙に腑に落ちた点。それは、近世における居住環境、職能集団の姿や、薬種商、歌舞伎役者の家や沽券の継承。更には、遊女、茶立女の奉公と実家の関係など、業種や生活環境、経済状態の変化による居住空間の変化などをセグメンテーションとして見せる、近世大坂における住民たちの姿を、褒賞書上げの記録を用いて社会学的な分析を加えようという趣旨に思えてきます。

その中でも印象的であった、女性と男性の職種に関する論述。針子や洗濯などの女性のみが就く仕事には、雇う側も雇われる側も上記のセグメントを緩やかに横断出来る一方、男性の職種には厳密な職能集団であったり、居住空間や所属する組、店子の関係など、社会的な枠組みに強く規制されながらも、困窮者の一時扶助的な職種としての「番太郎」「髪結」の存在が見いだされる等、大きな差がある事を見出しています。一方で、借家であっても女性の戸主は認められておらず(故に、名義的な縁組や離縁も)、褒賞を受ける条件にも所謂忠孝を尽くした点を強調するという、封建的な影響も色濃く見えてきます。

近世大坂を舞台にした、書上げという記録に基づく社会学的な分析。その結果を詳述する本書は、近世の民衆の姿を社会構造として浮かび上がらせる基盤となるデータを示すというテーマを充分に満たす一方で、冒頭や巻末で繰り返し著者が掲げた、本当に示したかったと思われる内容からは、距離感を感じてしまった一冊。

断片的な記録の更にその一片から、社会構造の一端は解き明かせても、人々に寄り添う物語を再構成していくというアプローチの難しさを実感しながら(それが学問かという根源的な問題を含めて)、未だにページをめくり直しながら悩み続けています。

 

 

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