今月の読本「古代史講義」(佐藤信:編 ちくま新書)15講のガイダンスが誘う、未来の教科書を見据えた古代史へのパスポート

ちょっと意外な刊行に驚いた一冊。

毎月新刊が刊行される新書の中で古代史に関連する書籍は少ない訳ではありませんが、珍しい15名もの執筆陣を揃えた講義スタイルの編集。編者の佐藤信先生を始め、執筆される方々は皆、当該分野における第一線級の研究者です。では、そんな古代史概論の狙いはどの辺りにあるのでしょうか。

今回は「古代史講義」(佐藤信:編 ちくま新書)をご紹介します。

本書は時代順に邪馬台国から平泉までという、およそ新書がカバーする範囲を遥かに超える広範な時代を「古代」と定義して、15名の研究者が時代順にそれぞれ1つずつのテーマを担当して執筆されています。

ページ数が約280ですから、1テーマ当たり20頁弱、更には各テーマの最後には必ず一文を添えた参考文献を複数冊紹介する形態を統一して採っていますので、実際の分量はさらに少なくなります。

僅かなページ数をやりくりしながら描く内容は、各執筆者にある程度裁量を委ねているようで、口語体から物語風、呟き混じりで少し崩し気味の文体からかっちりした学術書流儀の記述まで。かなりのバリエーションに富んでいますが、いずれのテーマにも二つの共通点があるようです。

一つ目は、高校の歴史授業を受けたレベルで充分に理解できる内容である事。その授業を通じて多くの方々が学んできたであろう「通説」となっている内容に対して、現状の議論や研究課題が如何に変化してきているのかを明示する点です。

二つ目には、古代史と聞くとどうしても「発掘成果」か、「残された史料」のどちらか一方に傾斜して取り扱われる事例が散見されますが、編者たちは双方のバランスと取った、考古学と文献史学双方の知見を重ね合わせる事で、より妥当性のある見解を提示することを念頭に置きます。

従って、本書は読者にとっての新たな知見を提供することを前提としていますが、その提供される内容は、これが決定版、確定事項などというような紋切り型で提示されるものではありません。取り扱われる内容も、現時点でも盛んに議論されている内容であったり、確定的な事は全くわかっていない(古代史の特徴として、たった一つの出土史料がこれまで研究者達が営々と築き上げてきた仮定、史論、文化論を一瞬で吹き飛ばしてしまう事も多々あります)内容もあえて取り上げています。

むしろ本書はそれら巷間に伝わる、教科書をベースにした「通説」や、多彩な著述者が想像の羽を広げて描く物語と考古学/文献史学の中間線を往く書籍などで、まるで確証が得られたかのように論じられる内容に対して、前提となる考え方、通史としてのこれまでの議論を踏まえた上で、最新の研究成果、知見を以て、それらの定義に妥当性の尺度を当てはめ、是正を求め、現在の議論の方向性を示す点にあります。

時間軸を違えつつも、読者となる我々がいずれも同じように通過する故に、どうしても「通説」を生み出す起点となってしまう教科書記述に対して、是正されるべきこれまでの旧説を明示しつつも、最新の議論を提示した上で、古代史故に、これらの議論は常に塗り替えられることを念頭に置きながら綴る、15編のガイダンス。

私の勝手な解釈ですが、ある程度各章の内容には編纂のパターンが認められます。

a.歴史上の争点(or話題の書籍)に着目したテーマ

1.邪馬台国から古墳の時代へ

3.蘇我氏とヤマト王権

14.平将門・藤原純友の乱

多くの刊行物や議論があるテーマを扱ったセクション。述べられる内容も、通説についての現時点での論点を述べる内容が中心となります。有名な通説について、読まれた後で、どのような認識の変化が得られるでしょうか。

b.ヤマト(倭)、日本の文化に関する内容に着目したテーマ

5.平城京の実情

8.遣唐使と天平文化

12.国風文化と唐物の世界

15.平泉と奥州藤原氏

文化的な側面を捉えたセクション。本書で一番華やかな部分ですが、実は一番議論に慎重を要する内容が詰まっています。とりわけ声高に唱えられる事のある、文化的な独自性や逆の追従性について、著者達はどちらも慎重な見方が必要であることを訴えます。

c.政治史、特に軍事的な点に着目したテーマ

2.倭の大王と地方豪族

4.飛鳥・藤原の時代と東アジア

6.奈良時代の争乱

9.平安遷都と対蝦夷戦争

教科書などではもっとも多く採り上げられるであろう、争乱と戦争の記述。発掘成果も添えた最新の研究成果と議論には、特に記紀の記述をベースとした著述に対して、慎重な再検討を求めていきます。

d.政治史、特に行政に着目したテーマ

7.地方官衙と地方豪族

10.平安京の成熟と都市王権

11.摂関政治の実情

13.受領と地方社会

本書の中では一番地味なテーマですが、教科書を始め歴史著述を行う際に、これら基盤となる内容がどれだけ踏まえられているかで、著述内容の精度や背景の豊かさに大きな差が生じてきます。そのような意味で、特に地方の行政組織と人員構成、摂関政治の本質については、旧来の考え方と大きく変わってきており、改めて理解を深めておきたいところです。中でも、編者の佐藤信先生が担当された部分は、文献史学の検討結果を考古学的成果とダイレクトに紐付けて見せることで、立体的な歴史著述を成立させる、流石に読ませる内容です。

なお、本書は前述のように全ての章末に参考文献が掲載されており、本書をターミナルとして、それぞれに興味を持たれた内容へ更に進んで欲しいという執筆陣の想いが込められています(編者の佐藤信先生と、坂上康俊先生、川尻秋生先生の著作は特にお勧めです)。

お気に入りのテーマは見つかりましたでしょうか、ご自身の「通説」を試してみたいテーマは有りましたでしょうか。

それでは本書をパスポートに、古代史探訪のフライトへ。

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