緑の季節から移り変わる空へ(2018.5.24~26)

緑の季節から移り変わる空へ(2018.5.24~26)

天気の移り変わりが徐々に早くなってくる5月の末。

空の色も薄く霞んで、一足早く夏を思わせる天気が続きます。

山里の圃場。田植えのシーズンも最盛期。

夜半まで降っていた雨が止んで、明け方に南アルプスへ掛かっていた雲海が少しずつ山並みから離れていきます。

クリアーな空となった夕暮れ。

宵の明星を残してどっぷりと日が西に沈んだ後、カエルの大合唱が響く圃場には涼しい風が吹いています(2018.5.24)。

寒暖の差が大きく、宵の内は綺麗に晴れていても、朝になると雲に覆われれる事が多い5月の末。朝になると、圃場の上には強い風に流された雲の尾がたなびいていきます。すっかりと雪渓が痩せた甲斐駒をバックに(2018.5.25)。

気温が上がって午後になると雲が沸き立ってきた八ヶ岳西麓。

標高が1300mを越える八ヶ岳自然文化園と農業実践大学校の間に広がる白樺林の中でレンゲツツジガ咲き始めました。何時もより2週間ほど早く満開まで進んだレンゲツツジの花。季節の進むペースに翻弄される今年の春でした。

梅雨を迎える頃、高原野菜にとっては夏の収穫を前に苗を植え付けるシーズン。

遠くに沸き立つ、少し早い入道雲を望みつつ、原村の名産、セロリ(地元ではセルリーと呼ばせます)畑でも苗の植え付けが真っ盛りです。

日没を迎えた諏訪湖。長くなった陽射しが塩嶺の向こうに沈んでいきます。

青空とオレンジ色の日射しが湖面で交わる時刻。

陽射しが山並みに完全に沈む前、湖面を染める空の色はパープルが混じるオレンジから、琥珀色に移り変わっていきました。

夜半になると空は雲に覆われ通り雨が過ぎていった週末。そろそろ梅雨の季節です。

 

山里の緑(2018.5.14~20)

山里の緑(2018.5.14~20)

変わりやすい天気が続く5月。

夏を思わせる暑い日が来たかと思うと、翌日には掛け布団にしがみ付くほどに冷え込む朝がやってきます。

落ち着かない天候にも拘わらず、それでも山里の季節は着実に進んでいきます。

雑木林の緑が眩しく輝く、雨上がりの朝(2018.5.14)。

里の近くの圃場も田植えが始まって、水面には若々しい苗が綺麗に並んでいきます(2018.5.18)。

緑の絨毯が広がる甲斐駒を望む圃場。

麦秋を前に、青々とした麦の穂が風に揺れています。

甲斐駒をバックに青々とした麦の穂を。あと半月ほどすると刈り入れになります。

振り返ると雲が晴れた八ヶ岳。

午後の陽射しを浴びて若草色に輝く小さな麦畑。

眩しい日差しを浴びる、麦畑の向こうに聳える八ヶ岳。

山裾の緑も大分深まってきました。

西側に向かうと、空には筋雲が目立ち始めます。

八ヶ岳の上空は、高い高い青空。

谷戸に延びる水田の向こうに八ヶ岳を望んで。

薄雲に覆われ始めた西の空。

夕方にはどんよりとした曇り空になってきました。

 

今月の読本「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)江戸の科学技術を育んだ技巧者ネットワーク列伝

今月の読本「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)江戸の科学技術を育んだ技巧者ネットワーク列伝

実質的には長く鎖国状態にあった江戸時代の日本。それにもかかわらず、幕府も各藩も、更には民衆ですらも開国後の急速な海外から流入する言語や文化、道具や技術に柔軟に対応したように見えます。享保の改革以降に禁書政策が弛められた成果が大きい事には論を待ちませんが、それらの書籍を使いこなし、実際に自らの力に変えていった多くの人々によって、その素地が培われていたはずです。

今回ご紹介するのは、珍しい切り口でその伏流の一端を伝記として語る一冊「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)です。

まず、著者の珍しい経歴に驚かされます。ニコラ・テスラ(エジソンと直流/交流送電で争った人物、磁束密度の単位Tの元になった)の日本における顕彰活動を続けている方、およそ本書の執筆内容と異なるような感覚もありますが、時代背景的には同じ産業革命から近代工業が勃興する時代に生きた人物。チャールズ・バベッジ(階差機関の発明者)を扱った著作もある、近代初頭の工業技術に関して、造詣が深い方です。魅惑の付録が発売の度に大きなおともだちの心(とお財布)を鷲掴みにするシリーズのWeb版、学研が主宰する「大人の科学.net」に連載した記事に、登場人物を大幅に増やして書籍化した一冊。その人物選定には、前述の経歴がいかんなく発揮されています。

  • 関孝和
  • 平賀源内
  • 司馬江漢
  • 志筑忠雄
  • 橋本宗吉
  • 高橋至時
  • 国友一貫斎
  • 宇田川榕菴
  • 田中久重
  • 緒方洪庵
  • 川本幸民

出生年別に並べてみましたが(冒頭に年譜が付いています)、知らない人ばかりで、なんで有名なこの人が居ないのと首をかしげる方が多いのではないでしょうか。一方で、著者の略歴を踏まえ、その連載元のテーマをご存知の方であれば、納得の人選がラインナップされています。

その選定には学者や文人というより、むしろ技巧派揃いの職人列伝といった雰囲気が濃厚に漂います。内容のほうも人物伝と言うより「学研 おとな偉人伝」といった筆致で綴られており、時折称揚が過ぎたり、筆が上ずり気味なくらいにのめり込んで綴られる内容に、少し微笑ましくなってしまう事もあります。特に田中久重、国友一貫斎といった技巧派(からくり師)を扱った部分は特にそのような感触が強いですし、平賀源内や司馬江漢に対する技巧者を越えて先取りしすぎたプロモーター的な人物への強い情景、橋本宗吉の紹介に至っては、完全に著者によるオマージュで綴られます。

個々の人物像に惚れ込んでいないとなかなか描けない熱のこもった筆致。それ故に、要所では突っ込んだ内容も描かれますが、全体としては読物風な内容に留まる点は致し方なところもありますし、表題だけを見て手に取られた方にはその人物選定を含めて物足りなさが感じられるかもしれません。

しかしながら、本書を通して読んでいくとある点に気が付かれるはずです。本文中ではテーマごとに並べられていますが、時代ごとに彼らを並べ、その書かれている内容、繋いできた知識、著作、人物関係を俯瞰していくと、幕末から明治に至るまで、綺麗に彼らの系譜が繋がっていく事になります。登場する彼ら一人一人が直接的に出逢っていた訳ではありません。現代より遥かに交通事情が悪く、情報伝達や出版事情に至っては雲泥の差があった江戸時代。僅かな伝手や人と人を繋ぐネットワーク、表現が良くないかもしれませんが「徒弟制度、学閥、閨閥」といった人の繋がりの中で脈々と受け継がれてきた技術や知識が、当時の学問的共通基盤、儒学をベースに普く彼らの中で行き渡っていった先に、明治以降の海外からの文化、技術の受け皿としての素養が育まれていた事がはっきりと判るかと思います。

彼らが活躍する源泉となる情報と文物のネットワークを構築し、先進的な思考を伝えるプロモーターとしての役割を果たした源内と、そのネットワークに学問と言う重み付を与えて、現代の大学制度に至る教育を通して技術者を生み出す基盤を作り上げた洪庵。その中を埋めていく、特異な技量と旺盛な好奇心、不断の努力で技術水準を上げていった江漢、宗吉、一貫斎、久重。学問的な素地を高めて、鎖国や言語といったハンデを乗り越える足場を築き上げていった孝和、忠雄、至時、榕菴。そして、現代の科学技術への橋渡し役を務めた幸民。

江戸時代を通じた、彼らが培った技術とネットワークの蓄積に思いを馳せるとき、どんな情報でも瞬時に集められる現代の我々が見失ってしまった本当の価値が見えて来る。本書の元となった「大人の科学」シリーズが標榜するテーマとも交差する、その原点を見つめ直す一冊です。

 

今月の読本「白神山地マタギ伝」(根深誠 ヤマケイ文庫)変わり続ける自然遺産の中を生きる過去と今を結ぶ一頁

今月の読本「白神山地マタギ伝」(根深誠 ヤマケイ文庫)変わり続ける自然遺産の中を生きる過去と今を結ぶ一頁

日本における世界自然遺産登録の先駆となった白神山地。そこは古くから山を生活の糧として生きてきた「マタギ」と呼ばれる人々が暮らす場所でもありました。

白神山地の北側、青森県の目屋に暮らしていたマタギ、故・鈴木忠勝氏は最後の伝承マタギとも称されますが、彼を死の直前まで取材し続けた、同じ弘前に生まれたアルピニストの著者による一冊の本がこの度、文庫に収蔵されて広く刊行されることになりました。

今回ご紹介するのは「白神山地マタギ伝」(根深誠 ヤマケイ文庫)です。略歴をご覧頂ければ分かりますように、著者は著名なアルピニストにして白神山地の自然保護運動の先頭に立って活躍された方。数多くの山岳関係の著作も有されています。

その中で今回、この作品が文庫化されたのは、ちょっとしたブームになっている山の伝承や怪異関係の本でヒットを飛ばした版元さん方針の一環だったのかもしれません。本書にもそのような物語が数多く語られていますし、特に白神山地の秋田側で聞き伝えられた内容については前述のシリーズとなる一作「マタギ奇談」と直接内容が重複する部分も含まれます。

では、本書がそのような「マタギ」の伝承を守り続けた方が炉端で語るような物語が淡々と綴られているのかといいますと、かなり様相が異なります。氏と同じ津軽出身者で、山歩きを熟知した著者に通じる思いがあったのでしょうか、著者の弁によると、兄弟や息子(マタギではありません)にすら語らなかったと称する、今は完全に失われた、山での生活や猟の姿を語る言葉を克明に汲み取っていきますが、本書のもう半分はそれとは異なる思いが綴られていきます。

全国的に見ても極めて稀な、2度にわたるダム水没に直面した地元の姿に対して、暗側面を突くルポルタージュが綴られる冒頭。マタギの伝承物語が始まるであろうと思う読者のややもすればファンタジーな想いを即座に挫くような内容から始まる本書ですが、表題と写真から手に取った、マタギ達に伝えられてきた山で暮らす人々の姿を彼らの言葉で語られると考えていた読者に対して、著者の経歴は単純にはそれを許さず、随所にこのような切り口の筆致を加えていきます。特に本書の冒頭と後半は、その表題とは異なる、別の一冊にも思えるほどに著者の白神山地そして、地元の山々やそこに暮らす人々への表裏を併せた想いを綴ります。

自然保護活動の先にやって来た、山での生活自体を否定する、保護という名のもとに行われる入山規制と彼らが残してきた山での暮らしの痕跡、杣小屋の消滅。「マタギ奇談」においても最後で語られる内容と同じことが、かの地を歩き慣れた著者によってより克明に、実態感を以て描かれていきます。山で暮らす人々が行き交うことで維持されてきた杣道の脇に立つ木々に刻まれた、自らが歩いた跡を示す痕跡。当たり前のように語られる、魚止めの滝の上流に彼らによって放たれ、その場所を新たな生きる場所として代を重ねて育まれ続けるイワナたち。山と麓の人々を繋ぎ現金収入の糧ともなった、正に「山師」たちと鉱山の存在を菅江真澄の踏破した足取と事績に乗せて綴る。メインのテーマになるであろう、クマを狩り、山に生きる姿自体にも、現在の我々が考える「狩猟」「ハンター」とは全く別の世界、流儀の中に生きていたと述べていきます。

ここで、著者は現在の「マタギ」という言葉自体への疑問を投げかけていきますが、本書で語られる鈴木忠勝氏自身も一時期サハリンに出稼ぎに出ており、著者はマタギの世界に入ったと綴る熊撃ちも、本来であれば父親のように何れかのマタギに弟子入りして伝えられるものを、自ら覚えたとされています。そのような意味では、本書で語られる彼自身の生き様も、刻々と変わっていく時代の中の一ページであり、著者が訴えかけ、帯に冠される「伝承マタギ」とはまた別の姿なのかもしれません。

白神山地を愛し、守ることに情熱を傾け続ける著者による、最後のマタギが残した言葉を借りて綴られる、奥深い奥羽の山々に生きる人の記憶を、そのままの形で今に繋げようと願う一冊。その想いと現実を伝える事は決して簡単な事ではないかもしれませんが、本書を手に取られる方にとって、さまざまに伝えられる自然遺産と其処に暮らす人々の姿に、もう一つの見方を与えてくれる一冊です。

 

緑の日々に(2018.5.11~12)

緑の日々に(2018.5.11~12)

例年になく春の訪れが早かった今年ですが、ここにきて少し足踏み。

水曜日から木曜日に掛けては、山では積もるほどに雪が降り、麓に住む我々でもストーブのお世話になるほど冷え込みました。

気温が3℃まで下がった、降雪翌日の朝。

田植えを待つ穏やかな圃場の水面に、南アルプスの山並みが映り込みます。

新緑と雪渓のコントラストが眩しい朝の甲斐駒。

標高950mとかなり標高が高いこの圃場。暫くの間水を張った後、水が温むのを待っての田植えとなります(2018.5.11)。

翌日、空は一面に雲で覆われてきました。

まだ日差しの残る昼下がりの野辺山。緑に染まる牧草地の向こうに、先日の降雪で再び雪化粧を施した八ヶ岳の稜線が伸びていきます。

標高1300mの高原地帯。海ノ口別荘地も新緑に染まりはじめました。秋の紅葉シーズンと並んで華やかに彩られるエントランス。

八ヶ岳の東側に廻り込むと、青空が見え始めました。

強い風に煽られる雲が流れていく、八千穂レイク。

標高1600mのこの場所も、周囲は緑に覆われてきました。

軽やかな新緑に包まれる森の中へ。

午後の陽射しを受けて輝き出す、八千穂高原の白樺林。

眩しい新緑に染まる白樺の木々。

新緑の軽やかな緑に包まれる森の中を辿る遊歩道を歩いていきます。

2年前の氷雪害によって一部がなぎ倒されて閑居地となってしまった白樺林。それでも、残ったミズナラの木の周りに白樺の新緑が見え始めています。

若々しい色に染まる落葉松の幼樹たち。

白樺林の中で、周囲の白樺を圧倒して枝を伸ばす一本の木。ミズナラのブナ子と名付けられています。

まだ芽吹き始めたばかりですが、遊歩道の中に置かれたベンチに座って、その姿に暫し見惚れてしまいます。

白樺の木々に包まれて花を咲かせる。トウゴクミツバツツジ。

この一本だけがいち早く花をいっぱいに咲かせていました。

午後の陽射しを浴びて咲き始めたトウゴクミツバツツジ。開花をしているのは園地の中でもほんの僅か。見頃はまだこれからです。

白樺林を抜けて、落葉松の新緑が続く小路を往きます。

日差しが戻って青空の下に伸びる、落葉松の新緑。

緑の光が差し込む落葉松の林内。

軽やかで陽射しを一杯に通し込む落葉松の若葉。

眩しい緑が森の中に溢れています。

傾き始めた午後の陽射しを一杯に受ける落葉松の新緑。

清々しい高原の風と溢れる新緑を満喫する午後。

麦草峠を越えて、八ヶ岳の西側に下って来ると、再び空は雲に覆われ始めました。

日差しが降り注ぐと少し暑いくらいの、例年より気温が高い今年。標高1000mを越える圃場でも一足先に田植えを始めた場所がありました。秋空のようなうろこ雲に包まれた夕暮れ。明日は天気が崩れそうです。