今月の読本「刀の明治維新」(尾脇秀和 吉川弘文館)帯刀から廃刀まで、武装と虚栄の狭間を綴る近世史

今月の読本「刀の明治維新」(尾脇秀和 吉川弘文館)帯刀から廃刀まで、武装と虚栄の狭間を綴る近世史

日本では銃刀類を所持する事は法律で厳しく規制されていますが、太平洋の向こう側、アメリカでは様々な議論や悲劇的な事件が繰り返されつつも決して全面規制には至らない理由に「所持する権利と自己防衛」という論点が繰り返し述べられている事は、よく知られていると思います。

時に野蛮なと捉えられるアメリカでの銃の所持。では日本では昔から武士以外は武器を持つ事も、それを使用する事もなかったなどという筈は無いかと思います。

何時の頃からか武装することを止めた日本人。今回ご紹介するのは、その変遷を近世史として俯瞰で教えてくれる一冊です。

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館の歴史文化ライブラリーより、7月の新刊から「刀の明治維新」(尾脇秀和 吉川弘文館)です。

著者の経歴を見るとおやっと思ってしまいます。仏教系大学で学位を修められていますが、その専攻は近世の農村と百姓の研究。本書の表題だけに着目してしまうと、今年は多数の新刊が各社から刊行されている、幕末から明治維新期を扱った作品の一環とも見えますが、本書の過半は江戸開府以前から幕末までの記述で占められており、より広範な近世史として捉えられる一冊になっています。

200ページ前後が多い本シリーズの中では少しボリュームのある260ページオーバーの前後編に近い形で綴られる本書。明治維新を境にその内容は大きく変わりますが、著者が着目するテーマは一貫しています。刀を帯びる(=帯刀)という意味合いと、庶民は武装していたのかという二つの扱いが混乱している点を整理したうえで、近世史におけるその推移を追っていきます。

刀を帯びる事の事例を拾うに当たり、著者が選んだ場所は幕府の法令が明確に示される江戸と、旧来からの因習が江戸期に入っても強く残る京、そして都市部との比較としての農村と言う三つの舞台を比較していきますが、冒頭である通説に対する否定を述べていきます。

即ち、秀吉の刀狩によって民衆が刀の所持を放棄し、それによって兵農分離が進んだという教科書的な見方は極めて限定的であると明確に否定し、江戸幕府は刀を保持することを否定しておらず、旅行時や特に農村において刀を帯びる事は明治の廃刀令が出されるまで営々と続いていた事を明示します。その上で、武士以外の刀を携帯する様式を規制したのは、傾き者対策の一環として、都市部における町人と武家の識別を行う事(=帯刀、二本差し)から始まったと指摘します。市中の風俗対策として始まった制度、従って幕府としては町民や農民が刀を帯びる事を全く否定はしておらず、そのような意味では西部開拓時代同等、自力救済的な武装を容認していた事が判ります。但し、威圧的な形で刀を帯びる事自体が風紀を乱すと見做された経緯からも、その形態には様々な規制が掛けられ、アメリカの銃規制そのままに、長大な刀から脇差として寸法が狭められていく過程を、刀剣の形態や携帯する方法の変化から示していきます。

また、本書で極めて興味深いのが、前述のような経緯を更に補完する為に京における事例を添えていく点です。近世の特徴として為政者たちの支配領域の重複が数多ある中、支配する側としては相互の干渉を嫌う一方、その立ち位置故に双方に従属せざるを得なかった、旧来の支配家の差配による朝廷の行事や神事、仏事に携わる市中の町民(広義の地下官人)や郷士(土佐の郷士とは異なる、由緒のある農家)に対して、非常帯刀という、その職務に当たる時だけ帯刀を許すという、回避手段を設けた点を示しています。

武士とその他の人々を峻別し、それを苗字帯刀と言う形で示すようになったのは漸く元禄を越えた辺り、更には前述の人々や修験者など例外が数多くあった事を示し、此処に初めて武士だけではない、現代で云う公職に限りなく近い身分を示す「帯刀人」という、新たな階層が生まれた事を見出していきます。

前述のように、その規制が始まった段階から複雑な例外が設けられていた帯刀と帯刀する人々。幕府が安定してくると、早くもその例外を通じて帯刀を求め始める人が現れてきます。始めは前述の京における非常帯刀と同じ、元来町民身分でありながら幕府の役を務めていた家の当主が、規制によって生じた(差)を埋める事を求めて運動を始めます。町民と武士を識別する為に生み出された、見える形での差を示す帯刀。既に武器としての役割を果たさなくなった帯刀が生み出す、今度は視認による身分差、家格差、優越感。更には火事場、大工や水主等の現場作業における上下関係を威圧として示すため、標識としての帯刀が渇望されていく様子が描かれていきます。

田中丘隅の言葉を借りて、他者に対する優越感を生み出すその悪弊を指弾する意見に同意を示す著者は、これ以降に頻発される(田沼時代から増加するという見解に対して、そのように見做せると)褒賞や対価を伴う利権化した「名字帯刀」に対して苦々しい想いを隠さず、更には由緒を捻じ曲げてでも帯刀する格式を求める人々に対して否定的な想いを込めて、その推移を虚栄と弛緩と捉えて述べていきます。また、褒賞を受けて権利を得た町民たちだけでなく、武家奉公人としての職務を離れた者や神人、医師、鋳物師等の旧来の免許制度の延長に帯刀を求める人々が刀を帯びる姿から、江戸時代は武士だけが刀(=帯刀、二本差し)を帯びるというイメージとは大きく異なり、多くの町民や農民たち、更には女性であっても護身のためには当然として、普段は腰に帯びなくても仏事や神事ではいずれも威儀を正すために刀を差し、数多の武士以外の帯刀人も都度に合わせて帯刀をしていた事を示していきます。

自己防衛のための武器と言う位置付けから大きく離れて、威儀やステータスとして刀を持つ事は当たり前のように記される江戸期から、明治維新期に入るとその姿は大きく変わっていきます。所謂廃刀令をピークに段階的に規制される刀の所持。その意義を検討する中で、著者は興味深い視点を提示していきます。すなわち、明治新政府にとっての廃刀令の端緒は、幕末に弛緩した帯刀の権利を制限する過程で生まれたと見做していく点です。表面上は四民平等を謳いながらも、実質的には新たな官吏とそれまでの権利を保持する士族、その他の平民と言う3段の階層構造を持ち込む事で、旧来から続く、藩と幕府、武家と町民、更には公家や地下官人、神社寺院などの複雑に入り組む階層構造と、顕彰や一種の公職としての地位の清算を狙った政策。この政策の完成された姿としての、士族を含む官吏以外のすべての市民の武装を取り除く(所持までは否定されていない点に注意)事で、平等化したことを視覚的にも示す廃刀令。

ここで更に興味深い点が、刀を携帯するという、江戸時代にはステータスとされた権利を旧弊の象徴として意味づけを置換していく過程で、著者が福沢諭吉を持ち出す点です。曰く、「斬捨御免」と言う言葉自体、彼が生み出した造語であり、旧弊の象徴として、その武具である刀を保持する事への、幕末期の世情を踏まえた嫌悪感を醸成させたと見做していきます。加えて、官吏の洋装化が帯刀の不便さを助長させ、官吏側から常時帯刀の解除を求める請願が集まって来た点を捉えて、最終的には帯刀だけではなく刀(=武器)を保持する事自体に否定的な世情を生み出した上での廃刀令に至った点を当時の新聞記事などを援用しながら解説していきます。

戦国の混乱期から長く続いた全員武装状態から、現在まで続く自衛手段を含めて日常的に非武装となった日本人。その過程で生じた「帯刀」という名の、識別子がどのように変化していったのかを辿る本書。著者は刀狩りから続く偃武の完成が武装を放棄させたと見做す視点に明確な否定を示し、むしろ江戸時代を通じて遥か彼方に遠ざかっていた武装する意味合いを再び目の当たりにする事になった、白刃が斬り交わされた幕末維新期の不穏で殺伐とした状況への嫌悪感が、個人が武装するという中世末から連綿と続く状況の否定を容易に受け入れる素地となったと指摘します。

廃刀令によって生み出された物、それは近世と言う封建身分制最後の時代にその象徴として捉えられる感もある帯刀に重ねられた虚飾に対しての否定ではなく、その本質であった武装するという姿が否定された結果、初めて武器を持たない市民と言う現代の姿が生まれた事を示唆します。

歴史文化ライブラリーらしいテーマの中に、当時の識者の言に託して要所に著者の想いを織り込みながら。江戸期における為政者側の認識や視点がやや見え難い点がちょっと残念なところもありますが、興味深い著者の視点が豊富に盛り込まれた、余りに当たり前のようで実は充分に理解されていない歴史上のポイントとして、改めて考え直してみたくなる一冊です。

 

熱暑から台風襲来へ(2018.7.24~29)

熱暑から台風襲来へ(2018.7.24~29)

連日の暑さが続くこの夏。

農作物への影響が懸念されるほどの暑さが続いていましたが、そんな酷暑にも変化が出て来たようです。

少しひんやりした、何時もの夏が思い出される涼しい風が吹く朝。

昼間の暑さはまだ続いていますが、夜は25℃を下回るようになり、かなり凌ぎ易くなってきました(2018.7.24)

夕方で少し頭を垂れてしまっている向日葵たち。明日の朝に向けてなのでしょうか、みんな日暮れと反対方向の東側を向いています。

今年の暑さは向日葵にとっても少々酷なようです。

熱い今年の夏、夕暮れの空は毎日のように紅色に染まっていきます。

日が沈んで少し涼しい風が吹く、富士見のショッピングモールから望む西の空(2018.7.25)。

異例の東から台風が迫るという驚きの空模様に翻弄される週末。週末に予定されていた夏のイベントが次々と中止になる中、午後になって風が強まってきた八ヶ岳を望む東の空には僅かながら青空が覗いていました(2018.7.28)。

夜半から明け方に風雨が強まった八ヶ岳南麓。当地に移り住んでからかなり経ちますが、台風らしいしっかりとした風雨が初めて訪れたと実感した今回。

夜が明けると、南アルプスを覆っていた分厚い雲が強い風に吹き流されていきました。

出穂の時期を迎えた圃場の向こうに広がる、眩しい台風一過。しかしながらこの後、天気は不規則に変わり続けた日曜日。

今年の天候は本当に不思議な推移を見せていますが、そんな中でも作物たちは刻々と季節の変化を捉えていくようです。

 

 

 

真夏の霧ヶ峰、夕暮れ(2018.7.22)

真夏の霧ヶ峰、夕暮れ(2018.7.22)

熱波が列島を覆い留まり続けるこの夏。

例年であればクーラーすら殆ど必要としないこの八ヶ岳南麓でも、夕立も殆ど無く、連日の30℃オーバーや35℃まで上がるとなると、流石に萎えてきます。

車載温度計が35℃を越えた昼下がりの八ヶ岳南麓を抜けて、一気に標高1800m、霧ヶ峰を望む高台へ。

大きく広がる青空を雲がどんどんと流れていきます。

涼しい風が吹く草原。気温は24℃と別天地の心地よさに包まれます。

山裾の奥に広がる夏の雲の向こうに夕日が沈み始めると、空の色は徐々に黄金色に染まりはじめます。

草原の上で青空と夕暮れの色が交わる時。

山裾に張り付いていた雲が夕日と共に一気に吹き流されていきます。

黄金色からオレンジへと色合いを変えていく夕日。

南の空に浮かぶ入道雲も夕日に照らされていきます。

熱波に覆われた山並みが夕日に霞んでいきます。

空を渦巻く雲と、オレンジ色に染まる山裾。

夕日が山裾を覆う雲の向こうに落ちる頃。

沸き立つ入道雲も夕日に染まります。

暑い一日が山裾の向こうに送られていきます。

長い長い夕暮れが過ぎていきます。

空には高く半分の月が昇っていきます。

夕暮れの欠片が残す残滓が色付き始めました。

輝く光と熱を与え続けた太陽はすっかり山の向こうに。

そして、空は太陽の残した色で染まっていきます。

燃えるような夕暮れに染まる霧ヶ峰。

また明日も暑くなりそうです。

 

今月の読本「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)物理学史で綴る、数学が描く神の法則と残された摂理への想い

今月の読本「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)物理学史で綴る、数学が描く神の法則と残された摂理への想い

1963年創刊の新書シリーズ、講談社のブルーバックスは、科学が大好きな方にとって、学生時代から常にその何冊かを手元に置き続けたシリーズだと思います。急速な進化を遂げる分野を扱うシリーズのため、扱われる内容も編集方針も大きく変化していく中、デザインを含めて、テーマ選定もリニューアルが頻繁になってきたブルーバックスとしても、ちょっと意外に思われる一冊をご紹介します。

科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)です。

著者の三田一郎先生は学生時代に両親と共にアメリカに居住し、そのままアメリカの大学、研究機関(フェルミ国立加速器研究所に在籍されていた事もあります)を経て、日本の大学での教職に就かれた方。日本でも有数の素粒子物理学者ですが、もう一つの顔として、クリスチャンとして教会の協力助祭(終身助祭)を務められている方でもあります。

本書は、もう一つの顔としての側面、クリスチャンとしての視点からみた、自らの業績にも繋がる、連綿と続く数学と物理学の歴史を人物史として読み解きながら、その発見に至る経緯の中で、彼らがどのように神の存在と向き合っていたのかを描いていきます。同じようなテーマの本は人文書にも何冊かあるかと思いますし、その著者がクリスチャンでる事も珍しくはないかとは思いますが、本書は日本人の物理学者、しかも聖職にある方による一冊と言う点が極めて珍しいかと思います。

ブルーバックスと言うフォーマットを考慮して、科学的視点は充分に盛り込みながらも極力平易に説かれる、コペルニクスから始める物理学の推移を綴っていく本書。日本人には判りにくいクリスチャンとしてのキリスト教の教義について冒頭の一章を割いて解説されますが、この内容から、本書はある重要な視点で貫かれている事が判ります。章末に死海文書の発見と修復の経緯を敢えて採り上げて、聖書の写本に対する異常なまでの正確さから説き起こしていく、信仰心としての神の存在と、その姿が綴られた聖書は、教会という組織や宗教という人が為した存在とは峻別して扱わなければならないという点。これらを渾然と扱ったり、両者を取り違えて扱うと、これまで多く述べられてきた科学者と信仰と言うテーマそのものを読み誤ってしまうという事が、本文中で繰り返し見出されていきます。

聖書に描かれていた内容から出発して自然法則を見出していく中、彼らは決して神の存在やその業を否定はしていません。むしろ、聖書を鵜呑みし、誤った理解に基づいた、人の集まりである教会や宗教者達がその想いを歪めてしまった事を指摘します。ギリシャ哲学による極めて科学的な視点で捉えられていた内容が、ローマ文化による変質と低迷を迎えた先に誤った理解へと導かれてしまったことを、ガリレオ裁判の経緯から明確にしていきます。その先にある、自然法則を神の言葉である数学としての方程式で表していくニュートンと、観測によってその姿を捉えようとしていくケプラー。測定、観測技術の進歩と共に、その事象へと繋がる原理を描く数学と、目の前に捕えた事象を表現するための数学という二つのアプローチが出てきますが、物事の根源へ至る想いは変わりません。其処には彼らの想いの側に常に神の存在が意識され続けた事を示していきます。そして、聖書に描かれた内容と実際との違いに触れる一方で、聖書としての神から与えられた啓示の捉え方が変わっていく、その過程で聖書の説く倫理観自体には何ら変わりはない事を明示していきます。

此処までは古典物理の上でのお話。丁寧に描かれる物理学的な記述も高校卒業程度の理解力で付いていく事が出来ますが、大きな曲がり角であるアインシュタインを扱う章からは、扱われる事象も、そのテーマに挑んだ科学者たちの神に対する認識も大きく変わっていく事になります。神の業ともいうべき、聖書に描かれた数々の説話を一つ一つ乗り越えていく過程から、神の摂理そのものに触れ、更には神の否定へと突き動かされる姿に迫っていく事になります。

この先の内容について、一応、物理学的な事象について理解できなくても読み進められるように配慮はされていますが、極力易しく表現されているにしても、直近のテーマについては第一人者の一人である著者ですら難解なとコメントせざるを得ない領域まで物理学的な議論を進めていく本書。ちょっと敷居が高くなっていく後半、本文は著者の専門でもある素粒子物理学の展開とアインシュタインや彼に続く科学者たちの理論展開と言うテーマに譲って、本書のテーマとなる科学者と神と言う内容はコラム的に取り纏められていきます。中でも本書の白眉と言える、著者の訳による物理学の巨星たちが語る神と物理学が葛藤する相克の断片を綴る「ソルベイ会議の夜」と呼べるであろう妙録と、晩年のディラックの変心。神の業を表現する手法である数学を用いて解き明かした先に、この宇宙における物理法則と言う形でその為し得た全容を描けるというスキームを受容していく姿を採り上げていきます。

ディラックの変心を採り上げた著者の想い。その想いは著者自身が50代に差し掛かってから改めて信仰に立ち返ったと述べている転機に繋がるもの。著者の研究における転機にある、ディラックの反粒子と、反物質に対してほんの僅か多く存在した物質から全てが生まれたとする仮定に対する、その僅かさの中に神の摂理を見出したことへの感慨を述べていきます。本書の帯にはノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生の一言が添えられていますが、著者が信仰への想いを告げた際に小柴先生が応じた懸念に対する回答として綴られた内容とも思える、科学者としての著者が神の差配を感じた瞬間。

歴代の科学者たちの最後に登場する、無神論者として評されるホーキングの態度とその研究成果について、専門家である著者が検証を加えながら(想定される読者が理解できるぎりぎりの範疇で)、過剰なまでの神を否定する思考に対する裏返しとして、強い神の存在への意識があったのではないかと評する、素粒子物理学者、クリスチャンとしての著者。最後に綴る、神の存在が思考停止と盲従を生む源泉であるという議論に対して、自ら学び、理解する事を旨として掲げた科学者として、そのような事は決してありえないと強い否定を述べた上で、むしろ何処までも手の届かない神の存在こそが、謙虚にその摂理を一つ一つ自然現象として解き明かしていく原動力となり得ると記して筆を置きます。

神の言葉である数学を操り、同じく神の啓示である聖書の忠実な注釈者、伝達者である事を願う助祭としての著者が、科学者たちが捉えようとしていた内容と、其処に込められた神の存在への想いとを綴る、少し前のブルーバックスのフォーマットを思わせる、より科学的な読み物としての側面にフォーカスした一冊。

後半を読みこなすのはちょっと大変ですが、優しく丁寧に書かれた宇宙物理学の歴史としても楽しく読める一冊の行間に込めた、著者の神への想いに触れながら夏の夜空に広がる星空に思いを馳せると、科学者達が追い求めたその姿が今までとは違って見えて来るかもしれません。

暑かった連休の夕暮れ(2018.7.16)

暑かったこの3連休。

例年以上に人の出が多かった山から少し離れて、日中は自宅で過ごしていましたが、少し涼しくなった夕暮れになって、漸く外に出てみます。

鮮やかな琥珀色に輝く夕暮れの空。

熱を帯びた太陽が山裾へとゆっくりと沈んでいきます。

夕暮れの日射しに照らし出される南の空で沸き立つ雲。

長く暑かった陽射しが、西の空に送り出されていきます。

薄紅色に染まる八ヶ岳の上空。

日が沈むと山から風が吹き始め、俄かに湧いてきた入道雲が名残の夕焼けに色付いていきます。再び西の空に振り返ると、真っ赤に染まる雲。

暑かった連休の余韻を伝えるような、燃えるような夕暮れ。

自宅に戻ると、空には稲光が走り、山からは雨雲が迫ってきているようです。

蔵と鏝絵への想いを伝える、高原の小さな宝箱(原村郷土館「まてのくら」)

蔵と鏝絵への想いを伝える、高原の小さな宝箱(原村郷土館「まてのくら」)

標高が1000mを越える場所も多いここ、八ヶ岳山麓でも気温が30℃を越えた連休初日。

外に出掛けたくなくなるような暑さですが、今日はちょっとお出かけです。

連休を利用したクラフト市の開催で、周囲の細い道にまで路駐の車が溢れ出している八ヶ岳自然文化園横をすり抜けて、散々迷いながら別荘地帯をウロウロしていると、目の前に美しく整備された海鼠壁の土蔵が見えてきました。

土蔵の前に積み上げられた藁。この地域独特の、少し地面から持ち上げられた積み方が蒲の穂みたいでちょっと可愛らしいです。

正面に廻り込みます。

トタンぶきの古民家と土蔵が並ぶ、原村郷土館です。

昨年から改修が行われていたこちらの土蔵、今日から新たに郷土館の展示施設「まてのくら」としてリニューアルオープンになりました。

午前中に行われていたお披露目式の余韻が残る、花が飾られた土蔵の入口。郷土館の母屋になる古民家の縁側では、式典とイベントが終わって、ちょっとまったり気分で寛ぐ地元の奥様方が話に花を咲かせています。

今回新たに設けられた解説板。元々は村役場の書庫であった事が記されています。改装前の姿はパンフレットに掲載されていますが、元は役場の建物らしく、腰回りが黒羽目の地味な土蔵。これまで収蔵庫として使われてきましたが、今回、建物外観を含めて、村がテーマとして掲げた「鏝絵」を紹介する施設として生まれ変わりました。

そのような経緯なので、解説板自体も土蔵の壁の下地構築方法である「木舞」の技法を用いて作られています。ちょっとしたアイデアが嬉しいですね。

蔵の入口です。

頭を垂れる稲穂の鏝絵に、構えの上には米俵の鏝絵が乗せられた可愛らしい意匠。

入口の左右はタイル張りとなって、元の意匠とは大分変わっていますが、原村で土蔵が増えてきたのは実は養蚕の繁栄により富が蓄えられてきた明治以降。現在でも細々とですが新築もあるという土蔵の、移り変わっていく意匠を取り入れたと理解してよいかと思います。

北側の壁です。水切りには沢山の実を付ける葡萄が鏝絵で描かれています。この意匠には葡萄が名産であった甲州、信州の面影が見て取れます。

丑鼻の鏝絵は可愛らしい宝尽くし。顔が向こうを向いてしまっていますが、巾着には可愛らしい鼠が添えられています。

蔵の裏側です。美しい海鼠壁と、鏝絵で描かれた、豊穣と子宝を願う竹と雀の可愛らしい意匠。

蔵の南側です。

こちらも縁起の良い布袋様と大黒様が舞い踊る丑鼻の鏝絵。ご覧頂ければ判りますように、伝統的な手法とモチーフを用いながらも、スタイルを墨守するのではなく現代的にアレンジして装飾されている点が大きな特徴。廃れてしまった過去の文化財の修復ではなく、今を生きる技法としての伝承を願っている事が判る、今回の外観改修です。

内部に関しては、撮影禁止札もなく、展示品も撮影しようかとも思ったのですが、今回は入口から覗いた部分だけ(地元ボランティアの方が母屋の方にいらっしゃるのですが、学芸員の方は常設開館となる、山の上にある八ヶ岳美術館の方にいらっしゃるようです)。

1階は、土蔵の作り方から始まって、鏝絵の紹介や技法、地元の職人さんを顕彰する記録が展示される、ミニ博物館になっています。2階は地元の家庭から提供された古い生活道具の収蔵庫。キャプションシートは付けられていますが、ちょっと雑多に集められた感もある、村の人々にとっての宝物たち。

外は夏の眩しい陽射しですが、壁に掛けられた振り子時計が緩やかに時を告げる標高1200mの蔵の中は、ひんやりとしてノスタルジックな空気に包まれています。

折角なので、他の施設もちょっと覗かせて頂きます。

こちらが母屋。移築した古民家をそのまま展示場所とした郷土館の本館です。

移築直前の姿である昭和30年代の生活空間をそのまま残す、懐かしい土間の風景。高い天井と開け放たれた開放的な空間は、外の暑さを忘れるほどの涼やかな風が吹き抜けていきます。

土間から一段掘り下げられた馬屋。

当時の農耕器具がずらりと並べられています。民俗学にご興味のある方には堪らない展示だと思いますが…私のつたない知見では全く歯が立たずです(情けない)。

座敷の方にも上がれるようなのですが、機織りの体験が出来る施設となっており、ボランティアの方が地元の皆様と談笑されていらっしゃったので、撮影は此処まで(欄間、ちょっと見てみたかったかも)。

母屋の外には藁打ち小屋。

物語などでは農閑期の夜更けに土間で人が藁を打っている様子が描かれますが、昭和30年代をテーマにしたこの場所ではちょっと異なります。既に藁打ちも人力ではなく水力やモーターなどで動力化されており、母屋とは別棟に藁打ち機が設けられていた例がある事を教えられます。

母屋に隣接して設けられた展示室。中央に置かれた機織用具を取り囲むように、養蚕道具がずらりと並べられています。いずれも明治から戦後期にかけて実際に使われていた物。当時の養蚕による繁栄が、豪勢な蔵の建築と鏝絵が広がるきっかけとなっていました。今や産業としての意義は失われ、技能伝承や種の保存のために僅かに維持されているに過ぎない当地の養蚕。涼しい高原の風が吹く薄暗い部屋の中に、往年の繁栄を伝える貴重な資料が眠る場所です。

桜の木に囲まれた、原村郷土館「まてのくら」。

少し賑やかになる夏の高原リゾートの中で、7月から9月の僅かな日数しか公開されていない穴場中の穴場ですが、ひっそりと、着実な「まて」として、その姿を未来へと伝えていく事を願って。

解説パンフレットです。今回、新しく右側のパンフレットが作成されたようですが、郷土館開設までの様子も収められた左側のパンフレットの内容も味わい深いです。

【原村郷土館と併設の「まてのくら」】

開館期間 : 7月から8月の月曜日以外の毎日(海の日は開館、翌日の火曜日が休館)、9月の土曜日曜祝日(開館日は毎年若干の変更があるようです)

開館時間 : 9:00から17:00(入館は16:30まで)

入館料 : 母屋共々無料(母屋の方で開催される機織り体験等も無料ですが、織り上げた布をお持ち帰りの際には実費が必要となります)

敷地内や建物外観は通年で見学可能です。

満開の枝垂桜に囲まれる原村「まてのくら」(2019.5.5)開館期間外ですが、敷地内には自由に立ち入る事が出来ます。

原村郷土館の場所のご案内(別荘地の奥まった場所にあり、案内看板はありますが、小さくて判りにくいです)。

麓側の八ヶ岳エコーラインからは、「上里」の交差点を上がって、「もみの湯」を過ぎた次の交差点を左に入って200m程。

山側の鉢巻道路からは、八ヶ岳美術館(郷土館の本館扱い、阿久遺跡で出土した縄文土器や発掘史料などはこちらで展示されています)前の交差点を下って、「もみの湯」より一本上の交差点を右に入って200m程。八ヶ岳自然文化園や八ヶ岳農業実践大学校方面からも同様に、自然文化園下の道を抜けてから、同じ道を下ります。

駐車スペースが限られていますので、改装中の樅の木荘の駐車場に車を置いて、徒歩で山側に道を50m登って「交差点の反対側」に案内看板が見えた場所を左に曲がり、200m程歩いても到着出来ます。(駐車場にある案内看板は、立ち位置と地図の方向が正反対に書かれている酷い代物だったりします)。

八ヶ岳山麓は早くも夏本番(2018.7.11~14)

余りにも早い梅雨明けから、大雨の日々を越えて、連日の猛暑がやって来た7月中旬。

既に気温は30℃を越え、真夏の盛りを迎えたかのようです。

八ヶ岳を望む朝の蕎麦畑。

刈り入れ直前まで伸びた蕎麦の向こうに裾野を伸ばす八ヶ岳へ向けて、雲が打ち寄せていきます。

こちらは今が伸び盛り、花を咲かせ始めた蕎麦畑の向こうに、雲を抱く夏の甲斐駒。

気温が高く湿度も高いこのシーズン、朝8時頃になると山は雲に覆われ始めます(2018.7.11)。

夜露が降りた朝。雲が湧き始めた八ヶ岳の上空には複雑な雲が尾を曳いています。

圃場の稲穂もぐんぐん伸びて、もうそろそろ花を咲かせる頃(2018.7.13)。

朝から快晴となった連休最初の土曜日。

緑の圃場の向こうに広がる眩しい夏空の昼下がり。

午後になると山並みから雲が湧き始めますが、この程度では可愛らしいくらい、麓では雷雨までには至りません。

空を包み込むように広がる夏の雲。

標高1200mの抜けるような夏空。気温は30℃近くまで上がっていますが、開け放たれた古民家の軒を抜ける風には清々しさがあります。

緑の圃場の向こうに広がる八ヶ岳を覆う雲たち。

真夏の八ヶ岳山麓らしいシーンが広がります。

瑞々しい緑が眩しい高原のセルリー畑。伸びやかな霧ヶ峰の稜線上に、ぽっかりと夏の雲が浮かんでいます。

八ヶ岳のから伸びる雲。夏の雲は見る角度と日差しによって刻々と姿を変えていきます。

日射しが西に傾き始めると、山から湧き出した雲は徐々に里へと下っていきます。

日射しはまだ厳しくとも、少し凌ぎ易くなってきます。

空一面が茜色に染まる夏の夕暮れ。

陽炎のように揺らめく、山の端の雲を染める夕日。

日射しがどっぷりと山の向こうに沈んで漸く涼しくなり始めた圃場。西の空も帳が降り始めます。30℃を越える事が珍しい山里なのですが、今年はいきなりの高温に。暫くは暑い日々が続くようです。