今月の読本「鳥瞰図!」(本渡章 140B)一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎と時代を眺望するパノラマ

今月の読本「鳥瞰図!」(本渡章 140B)一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎と時代を眺望するパノラマ

鳥瞰図という言葉をご存知でしょうか。

最近ですと、カーナビの表示モードに「バードビュー」と名付けられたモードがありますが、高いところから地上を俯瞰で表現する描画手法を指して呼ばれます。

類似な物として地下鉄の駅や地下街の立体的な通路案内であったり、都市や住宅団地の街路の案内板にもみられますが、その名称を直接指し示す場合には、バブル期以前の牧歌的な観光地の案内図、駅などに掲げられたちょっと懐かし目の観光案内入りの路線図、観光地を紹介する広告看板にも良く見られた手法が相当するかと思います。

最新の表現手法としても使われる一方、ちょっとノスタルジックな感じも受ける鳥瞰図。日本におけるその成立の推移を綴る一冊をご紹介します。

今回は「鳥瞰図!」(本渡章 140B)のご紹介です。

本書は大阪、中之島のタウン誌「月刊島民」からスピンオフした市民講座「ナカノシマ大学」の講座内容を再編集して一冊の書籍に纏めた物。著者は所謂エディター出身で地図に関する複数の著作を有される方です。本書が主題として掲げる鳥瞰図と、その画法を掲げて大正の広重、超広重と称した一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎をご存知の方であれば、講座、そして刊行の経緯に納得されるかもしれません。

初三郎が世に出るきっかけを掴んだ一枚、後の昭和天皇が皇太子時代に乗車した京阪電車の車内に掲げられた、初三郎が描いた路線案内図。東京に持ち帰って学友に分かちたいという言葉を賜った事が世間に喧伝される事で一躍有名となった、中之島をホームグラウンドとしている現在の京阪電鉄とそのスポンサードを受けるタウン誌。作品を描いた初三郎を紹介するに最も相応しいタッグ(それでも幻の前作制作の経緯は判らなかったと、残念)で、鳥瞰図の誕生からその描かれた姿を綴ります。

短時間で要領良く話す事が求められる講座の内容をベースにした著作。初三郎の物語と鳥瞰図の始祖から成立、現代に至る画法の変化について、コンパクトにテンポよく描かれていきますが、本書では特に二つの視点に着目しています。

一つ目には、所謂遠近法の受容から始まり、最密に都市構造を俯瞰で表現する手法として海外からもたらされた画法と、日本古来からの大和絵の画法の複合形態から初三郎の作品に繋がるダイナミックな鳥瞰図法に繋がる経緯を表現手法として解き明かしていきます。超広重を標榜するに相応しい遠近法を逆用する様なパノラマ感、画面周囲から外れる物(特に路線や道路、地名)を画面の淵にねじ込んで表現してしまうダイナミックなギミック。そして、路線を真っ赤な直線で描き、クライアントの建物はスケールを無視して精細に描き込む一方、その他の風景や町並みは煩雑になるくらいならおざなりにしても構わないと割り切る。理論的表現や言語解釈よりも視覚的な直感性を重んじる日本人がとても好む、主題を強調する一方、それ以外を極力省略して画面を際立たせる浮世絵や現代の漫画、アニメーションに通じる大胆なデフォルメ感。

海外から伝わった技法と日本人が培ってきた画法が交じり合って生まれた鳥瞰図と言う特異な表現手法とそれを編み出した才気煥発する初三郎。地図好きの方にとっても楽しい解説が続きますが、本書が素晴らしい点はその背景を近代の社会史に問いかける点です。

冒頭から述べられる「飛行機の時代」という時代背景から呼び起こされた、空からの眺望がすぐそこまで手に届くようになった、実態感を伴った憧れ。眼下の大地を矢の様に突き進み都市と郊外を結ぶ電車。広がる国土、更には大陸まで伸びる町と街を網の目の様に結ぶ鉄路と航路。地上に繰り広げられる新たな繋がりを描き込むための鳥瞰図。そこに地形を詳細に正確に描く、正確に理解させるための地図の描画手法とは全く異なる、時代背景や社会を描き込むための鳥瞰図の姿を見出していきます。

鮮やかに描かれた鳥瞰図を更に時代を追いながら詳細に観ていくと、大正デモクラシーから躍進する当時の時代背景にもう一つの飛行機の時代、徐々に軍靴が響いてくることが見えてきます。戦争の惨禍の先に鳥瞰図と言う手法自体が萎んでいく中、その悲劇を忘れてはならないと描かれた異色の作品「HIROSHIMA」駆け足気味の本書ですが、初三郎の想いが注ぎ込まれたこの一作に対しては一節を立てて丁寧に紹介されています。

そのルーツが近代の産業化の華ともいえる都市図と博覧会の図録であることを見出した著者は、描かれた内容や鳥瞰図に埋め込まれた企業の広告から(鳥瞰図自体も宣伝媒体)、鳥瞰図を通して時代背景を見出していきます。初三郎が導き出した、時代を空からの視点で大きく包み込むように描き込む鳥瞰図の在り方。その深い関わり合いは、画法を洗練されながら近年まで活躍された大阪万博の鳥瞰図(大阪万博メモリーズ)を描いた石原正氏から、息づく街の姿を等角投影を用いて細密に、実態感を込めて描き込んでいく青山大介さんの作品へと受け継がれているようです。

その時代にしか描けない、時代の視点を地図として描き込んでいく鳥瞰図の世界。江戸時代から現代まで、豊富に掲載された作品たちが描くパノラマだけが魅せてくれる眺望感の中に、どんな時代の風景が見えるでしょうか。

本書のメインテーマとなる鳥瞰図絵師、吉田初三郎。本作は前述のとおり著述自体が大坂をベースにしているため紹介される内容も比較的関西寄りとなっていますが、初三郎自身は全国を廻って膨大な作品(1600点を越えると)を残したことで知られています。

中でも急速な近代化と観光開発が進められた信州、長野県は当時盛んだった養蚕業、観光地開発をセットにした鉄道のPRのために多くの鳥瞰図が作成され、その一部が長野県立歴史館に常設のアーカイブとして収蔵されています。

初三郎の名品でもある、東洋一の絹の街、シルク岡谷の繁栄を今に伝える「岡谷市鳥瞰図」とライバルの金子常光が描いた「諏訪湖大観」の競演を始め、製本される紙質にまで拘って信州のパノラマ地図を網羅した、鉄道関連にも造詣が深い、地元信濃毎日新聞社の内山郁夫さんが本編を執筆した「信州観光パノラマ絵図」と、同アーカイブを中心とした作品群を展示した、長野県立歴史館で平成23年に開催された企画展「観光地の描き方」図録から、長野電鉄に招聘された際に撮影された、志賀高原方面で取材中の吉田初三郎の写真(長野電鉄所蔵)。この図録は博物館らしく非常に美しい仕上がりで、当時のままに眩しい程に鮮やかな色彩で描かれる鳥瞰図たちを見る事が出来ます。なお本図録には、先ごろ「草津温泉の社会史」を上梓された、近現代の観光地の歴史にも詳しい、群馬大学の関戸明子先生が「吉田初三郎の鳥瞰図に描かれた信州の温泉」と題して、当館が所蔵する横4mにも及ぶ初三郎直筆の大作「長野県之温泉と名勝」原画制作の経緯と読み解きの解説文を寄稿されています。

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