落葉松色深まる晩秋の八ヶ岳西麓(2019.11.12~17)

冷え込む事も多くなってきた11月中盤。

秋の歩みがゆっくりとした今年ですが、それでも山里の秋は深まってきています。

冠雪した晩秋の八ヶ岳再び雪が降った八ヶ岳山頂部。

朝になって雲が晴れた後、山頂部は白く冠雪していました(2019.11.12)

湧き上がる釜無川沿いの雲海冬の訪れを告げる、八ヶ岳から吹き下ろす強い風と雨。

雨交じりの朝、釜無川沿いに延びる雲海から雲が沸き上がっています。

釜無川から昇るダブルレインボー日射しが差し込んでい来ると、釜無川沿いから鮮やかな虹が立ち上がってきました。

うっすらともう一重の虹が掛かる、ダブルレインボー(2019.11.14)

週末を迎えて、眩しいほどの日射しが降り注ぐ昼下がり。

南アルプスの山裾を埋める落葉松もぐっと濃く色付いてきました(2019.11.15)

刈り入れが終わった圃場越しに望む朝の八ヶ岳。

落葉松色に染まる山裾もぐっと色濃くなっています。

刈り取られた蕎麦畑と雲巻く南アルプス赤く染まる刈り取られた蕎麦畑。朝から風が強く、南アルプスの上空は雲が巻いています。

落葉松林と南アルプス車が行き交う道から深く入った小邑にある、江戸時代から続く屋敷跡から望む南アルプス。

周囲に植えられた落葉松も色濃くなっています。

南アルプスの落葉松黄葉刈り入れの終わった圃場の先に広がる南アルプスの山並。

尾根筋に当たる日射しが晩秋の落葉松を照らし出します。

釜無川から望む落葉松の黄葉八ヶ岳の裾野、七里岩から釜無川沿いに下っていくと、目の前を黄葉に包まれた山並が迫ってきます。

銀杏の黄葉と八ヶ岳釜無川を対岸に渡って山道を進むと、八ヶ岳を遠望する事が出来ます。

広大な裾野を西側に延ばす八ヶ岳山麓。裾野は濃い落葉松色に染まっています。

ススキの向こうに並ぶ山裾の落葉松。

八ヶ岳の遠望と落葉松林釜無川が南アルプスの山懐へと別れた後、更に北へと小さな集落を進んでいくと、落葉松林越しに八ヶ岳の全景を見渡す事が出来ます。

牧草地の落葉松林午後の日射しを浴びると牧草地沿いの小路。

稜線沿いの落葉松林牧草地越しの稜線に沿って植えられた落葉松と交互に延びる落葉樹たちの黄葉。

落葉松の黄葉に染まる八ヶ岳西麓びっしりと植えられた落葉松の黄葉に染まる八ヶ岳の裾野。普段は見上げるような八ヶ岳も、釜無川の対岸側から望むと、深々とした落葉松林に包まれる全容が見えてきます。

落葉松色に染まる入笠山振り返って、落葉松の黄葉に包まれる入笠山の麓。

僅かに見えていますが、既に頂上付近ではスキー場の人工降雪が始まっています。

稜線から民家ぎりぎりまで落葉松林が迫る入笠山側の麓。

午後の日射しを浴びる、黄葉した落葉松の木。

遥か遠く、釜無川の谷筋の向こうに仙丈ケ岳のシルエットが映ります。

落葉松色の渓谷から仙丈ケ岳深い渓谷となった釜無川の上流部。

深々とした渓谷の更に向こう側までびっしりと落葉松が植えられた山裾の更に先に仙丈ケ岳を望みます。

夕暮れの八ヶ岳と落葉松夕暮れが近づく八ヶ岳西麓。

ぐっと色濃くなる落葉松が西日を浴びています。

紅色に染まる八ヶ岳の落葉松黄葉日没を迎えた夕暮れ。

南アルプスの山際に日が沈む直前、山裾を覆う落葉松の黄葉はうっすらと紅色に染まります。

落葉松の黄葉が色濃くなる夕暮れの一瞬に起きる彩。

紅色に染まる八ヶ岳の落葉松黄葉21分も経たないうちに、日射しは西へと去り、山裾の落葉松林は夕暮れの中へと沈んでいきます。

空の青が夜の闇へと落ちていく晩秋の夕暮れ。

11月も後半戦。ゆっくりと暮れていく八ヶ岳山麓の秋ですが、日が暮れると気温はあっという間に5℃を下回ります。落葉松の色付きが濃くなると、そろそろ冬の足音が聞こえて来そうです。

今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

11月を過ぎて冷え込んでくると、暖かい料理が恋しくなる頃。

白い湯気を上げる鍋の向こうに赤々とした足と甲羅が並べられる映像に思わず唾を呑みこんでしまう方(特に女性の皆様)は少なくないかもしれません。

主に、北陸から関西、山陰地方で好んで食されるズワイガニ。地域によって越前ガニや松葉ガニなどとも呼ばれ、この時期には初セリの話題がニュースで流れ、冬の間は各地からツアー客が水揚げがある漁港だけでなく周囲の温泉地にまで押し寄せるシーンがテレビなどで多く採り上げられますが、実はズワイガニが名物になったのは戦後も大分後の昭和40年代辺り。そのきっかけから現在の姿までを食文化史として綴る珍しい一冊が刊行されました。

今回ご紹介するのは「カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語」(広尾克子 西日本出版社)です。

著者はこの手の書籍では時折お見受けする経歴をお持ちの方。社会人としてのキャリアを長く積まれた後、大学(関西学院大学)に再度入学して今回の著作に繋がる研究に入られた方。生粋の研究者という訳ではなく、その筆致には一般人目線とでもいうべき研究者の方の著作にありがちな特定の概念に固執する感が薄い、現状を良心的に追認しつつもその経緯を学術的視点で検討していこうというスタンスで描かれていきます。

ライフワークだと称される、著者の大好物でもあるズワイガニの食文化史を研究する為に、会社人を辞した後に研究者の道へと入られた著者。略歴から拝察すると御年70歳の筈ですが、その筆致は大好きな事を語る方々によく見られる、その想いを伝える事の嬉しさが溢れ出ているかのようです(但し、其の味覚を知らない、ズワイガニに冷淡な関東人に対する、京都、大阪出身の著者にありがちな、やや見下した表現が繰り返される点は辟易させられますが)。

主にズワイガニを好んで食べる中京、北陸以西の方々に向けて書かれた感もある(版元さん自体も地元大阪に強い矜持を持たれているようです)本書、そのため通常なら最初から順繰りに読んでいく事が最も良い筈なのですが、無知で野暮な関東の人間にとっては第4章のズワイガニの日本史から巻頭へと巻き戻して読まないと、妙な偏見を生み出してしまう恐れが生じます。

即ち表題にも滲み出る、研究者としての著者の主たる論考となる、大阪都市部におけるズワイガニ食文化とその発祥としての「かに道楽」の存在が余りにも大きく捉えられてしまうため、冒頭に掲載されるその論考の要旨から読み始めてしまうと、食文化史としての地域性や広がりが、いち企業人の経済活動から派生して全て生まれたかのような誤解を生じさせる恐れを抱いてしまいます(それでも、関東圏にずっと在住する私にとっても、子供の頃からラジオのCMで聴き続けた「獲れ獲れピチピチ蟹料理♪」とその普及力が図抜けていた事は認めざるを得ません)。

水深の深い場所に生きるズワイガニを日本人が漁獲できるようになったのは、沖合における漁法に革命をもたらした刺し網漁が生まれた江戸時代以降(著者はその考察で、何故南方の魚であるシイラが一緒に描かれていたのかに疑問を挟んでいますが、シイラと沖合漁法の伝播性については「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)で論じられている内容)、食されていたのも比較的海岸から近い場所に限られていた事が判ります。そして、鯛などと同じく立派な姿が持て囃されたのでしょうか、当時から贈答品であった事を認めていきます。

本書を冒頭から読んでしまうと、独り「かに道楽」の存在を通して現在のズワイガニが西日本で普く食される事や、ややもすれば日本のカニ食文化を生み出したかの様にすら捉えられてしまいますが、本書を通してお読み頂ければ判るように、漁獲され始めてから実際に戦後の高度成長期に普及する段階に至るまでに、既に中部、西部日本海沿岸地域では、オスは高級な贈答用から少し鮮度の落ちた物はタラバガニの代用品としての缶詰材料として、コウバコガニ(メス)やミズガニ(脱皮直後のもの)は地元で安価に消費されていた事が判ります。

その上で、本書のメインテーマとなる、戦後の高度成長期に入った後に訪れた、関西圏の都市住人達に供された「日本海の名産品としての味覚、ズワイガニ」が生み出すイメージ戦略の物語が展開されます。

著者の主たる研究テーマである「かに道楽」による大阪、道頓堀を舞台にした、関西都市圏におけるカニ食の広まりと、その立役者となった料理法「かにすき」が生み出された背景(直接の考案者で板前だった方が、現在では同グループから暖簾分けする形で展開するチェーンの社長でかつ、チェーン店にとっては物量的に欠かせない北海道からのカニ調達を担っているという点も興味深いです)や、仕入れルートの拡大と技術革新による季節を問わないカニ料理の提供実現といったビジネス史としても興味深い内容が綴られていきます。

(大阪都市圏における)カニ料理文化を生み出したと言って過言ではない「かに道楽」の存在。著者はその先に西日本を中心に広がる、現代のカニ食文化の中核を担う「カニツーリズム」が存在する点を指摘します。

本書の中核をなす部分、社会人時代の著者の経歴(日本旅行に勤務)が存分に生かされる、生き生きとした筆致で綴られる、メインに据える柴山漁港を始め、福井から鳥取までの日本海沿岸で漁獲される各地の漁師、仲買人、名士と目される地元関係者、そして各地の宿泊関係者への精力的な取材内容からある事実が浮かび上がってきます。そのツーリズムの姿は現在のフードツアーで標榜される「地産地消」や「小さな経済活動」といった地域経済を支えるためのものというイメージとは全くかけ離れた「都会の経済資本とイメージ戦略が生み出した、作られた名産品の消費活動」であるという点です。

前述のようにその漁獲の開始時点から高級な贈答用として用いられた、姿形の映えるズワイガニ。高度成長期の経済成長の波に乗って高級志向を持ち始めた大阪圏都市住民の胃袋を掴んだチェーン展開されるカニ料理店で味を知った人々や、ディスカバージャパンをはじめとした、都市住人へ向けた地方への観光キャンペーンの切り札としてのズワイガニの存在が浮かび上がってきます。贈答品や地方出身者からの話などでズワイガニの存在、味覚を知った、美食で知られた人々は早くも戦前からその味わいを求めて地方へと下る事があったようですが、高度成長期に入ると、この手のテーマでは必ず引き合いに出される開高健を始めとする作家たちや著名人と称される方々が本や雑誌で度々紹介することで、本来カニ料理を全く知らなかった都市住人に対しての人気に拍車がかかったようです。更には前述の「かにすき」自体が、漁獲があった地元の料理法ではなく、「かに道楽」で食した来訪客の要望や、働いていた人々が地元に持ち帰った調理法(かに道楽の創始者自体が現在も但馬地方で盛業中の観光開発企業創業者の兄弟で、その一部門が当初の「かに道楽」)が定着したものであると指摘します。

此処までであれば戦後高度成長期の昔話なのですが、バブル全盛期を社会人として駆け抜けた著者の筆致は更にもう一歩踏み込んだ内容を綴っていきます。既に「かに道楽」が全国へと広がっていくタイミングで深刻な資源不足に陥っていた中部、西部日本海のズワイガニの調達難とコスト上昇を救った北海道とロシア(当時のソビエトも含む)からの氷冷、冷凍ズワイガニの存在。著者は当時はそのような事を気にする事は無かったと肯定的に捉えていますが、所謂カニツーリズムという存在自体が、当初の極僅かな期間を除いて、慢性的にこれら地域外や輸入品のカニを用いて物質的に補い(殆ど置換し)つつも、「目の前の海で獲れた冬の日本海の味覚」というイメージを繰り返し再生産することで、バブル崩壊後の現在まで、経済性という視点でその流れを定着させ、実質を伴わないという事実すら消費者に容認させていった事を、漁獲が無い一方で、世界から客を呼び込む日本を代表する一大カニツーリズムの拠点として再生した城崎温泉の例から示すばかりではなく、地元漁師たちやその資源を各地から集散させる仲卸の見解を含めて肯定する論調へと集約していきます。

本書の極めて特徴的な部分と言っていいかと思いますが、魚食文化を語る類書で示される地域性を重視した食文化史としての視点よりも、大きく観光経済論に寄せた論調で貫かれる本書。

結果として、地元で水揚げされた物でも、仲卸や(一瞬だけ語られる)日本人バイヤーが海外から調達するズワイガニでも味覚で劣る事がなければ同じズワイガニであるという、正に消費者目線としての発想を添えていきます。その上で、安価で量を追求する従来型のカニツーリズムは(実際に参加して)曲がり角に来ているとの認識を示すと共に、著者のようにその味覚に魅せられた「リピーター」が、家族ぐるみで代を重ねて(所得水準が上がって)通い詰める、提供するズワイガニにこだわる宿泊施設もまた存在する事を指摘します。

そのような議論は、近年のロシアによる輸出規制の強化に伴う調達難から生じる調達国の多様化に対する、地物回帰と価格の安いハコガニ、ミズガニへのシフト、地元で揚がるベニズワイガニ活用へと向かっている点を地元の若手経営者たちの発言から拾う一方、各水揚げ地におけるタグを取り付ける事による画一的な地域ブランド化と仲買人等の目利きによる品質の乖離に疑問を呈し、終章におけるTAPとIQに関する漁業者や仲買人からの疑念へ同意を示すなど、商品経済としてのズワイガニを存在の前提に置く、著者の研究に携わる経緯や取材対象に対する指向性を強く印象付ける内容が見受けられます。

研究へと踏み出した経緯そのままに「カニという道楽は珠玉の文化」とその姿を称揚して止まない著者による、やや傾倒的な内容に終始する本書ですが、販売やツーリズムといった消費を軸に特定の一漁獲種(魚じゃないですね)をテーマに深堀した極めて珍しい一冊。食文化の本として捉えるのにはやや躊躇いがありますが、経済系新聞社の出版物をイメージさせる、関西を舞台にした戦後の観光開発、フードビジネスの一側面を読むという捉え方をすればとても楽しい一冊です。

落葉松色に染まる八ヶ岳西麓の一日(2019.11.8~9)

例年よりかなり遅い秋の足取り。

11月に入って漸く秋らしい穏やかな空模様が終日続く様になってきました。

少し暖かくなった夜明け前の空。

空がゆっくり明るくなり始める頃、風が吹き始め、雲が尾を曳いていきます。

うっすらと赤みを帯びる、日の出前の甲斐駒と麓の山並み。

11月になってぐっと遅くなった夜明けを迎えた東の空。

風に流された雲が、ほんのりと桃色に染まります。

朝焼けとなった朝、山裾を赤く染め始める甲斐駒。

日の出から10分ほど経った後、甲斐駒の山肌を覆う落葉松の黄葉を赤々と染める朝焼け。

早朝の急な出勤途中、日が昇り始めるほんの僅かな時間に(2019.11.8)

良いお天気が続く土曜日の昼下がり。

西へと廻り始めた日射しで赤銅色に染まる、落葉松に覆われる八ヶ岳の裾野。

八ヶ岳山中でも落葉松の密度が非常に高い西麓の西岳と網笠山周辺。

びっしりと山肌を埋める落葉松の木々が黄葉に染まります。

午後の日射しをいっぱいに浴びる立場川沿いの落葉松林。

やはり例年よりかなり遅めの黄葉、まだ緑を残す木が多く見られます。

日当たりのよい道路沿いの高台に並ぶ落葉松達は綺麗な黄葉を魅せてくれます。

一気に標高を上げて1400m程の八ヶ岳牧場裏側へ。

高い空、まだ緑を湛える牧草地沿いに落葉松並木が続きます。

眩しい西日に浮かび上がる甲斐駒のシルエットと黄金色の光を通す落葉松の黄葉。

既に晩秋11月ですが、白樺も僅かに黄葉する葉を残しています。

高く広がる秋空の下、色付く落葉松の黄葉を眺めながら八ヶ岳の山腹を進んでいきます。

黄葉する落葉松林を中腹まで一気に突き抜けている防火帯越しに望む八ヶ岳。

八ヶ岳を象徴するかのような秋の色です。

山腹を西へと進む中、振り返ると落葉松達が傾きかけた西日に照らされて輝き始めます。

再び西麓まで戻ると、夕日を浴びてオレンジ色に染まる落葉松林を望む事が出来ます。

柔らかな夕暮れの空の下、圃場に並ぶ稲わら越しにゆっくりと暮れていく夕空の移り変わりを暫し眺めながら。

秋らしい良いお天気が続く今週は明日も快晴の予報。

実に8月以来とも云われている週末両日の好天の中、八ヶ岳山麓を包み込む落葉松達の黄葉はもう暫く続きそうです。

落葉松色に染まる八ヶ岳東麓(野辺山から晩秋の大河原峠へ)2019.11.4

11月の3連休。

一日中曇り空となった日曜日から引き続いて、雲が多めな月曜日。

それでも日差しが差し込む八ヶ岳の山裾。ピークを迎えた落葉松の黄葉を眺めに。

雲が多めな八ヶ岳東麓、野辺山。

落葉松色に包まれる男山の前に広がる牧草地も秋の装い。

日射しが差し込んでくると、落葉松の黄葉が輝き出します。

黄葉する落葉松に包まれる森。

昼下がりの薄日に浮かび上がる落葉松の木。

高い秋空の下、黄葉した落葉松の木が高く空へと伸びています。

周辺の山々も紅葉に包まれる八ヶ岳東麓。

谷筋を抜ける林道を下ります。

色とりどりの紅葉に染まる渓谷沿い。

日射しが差し込むと、落葉松の黄葉が輝き出します。

八ヶ岳の裾野を東に廻り込んで、標高2000mを越える大河原峠へ。

めっきり登山客の少なくなった峠の駐車場には静寂が広がります。

蓼科山を望む大河原峠。

頂上付近は勢いよく雲が流れていきます。

北側の谷筋から湧き上がる雲の群れ。

すっかり葉を落とした落葉樹たちを潜り抜けてを雲が上がってきます。

谷筋から湧き上がる雲と山から差し込む日射しが交わる中、最後の黄葉を残す落葉松たちが輝きます。

一気に雲に呑まれていく大河原峠。

暫くすると、日射しが薄くなった雲を通って抜け始めてきます。

雲に囲まれる落葉松の木々。

湧き上がってきた雲が通り抜けていくと、再び日射しが戻って落葉松の黄葉を輝かせます。

雲と日差しがせめぎ合う大河原峠。

撮影している最中にシャッターを押す指がかじかんでくる程の寒さ、車載温度計は3℃を指していました。既に晩秋から初冬に入りつつある八ヶ岳山中です。

蓼科スカイラインは標高の高い場所まで別荘地があるため通行が可能でしたが、大河原峠から蓼科、女神湖方面は通行止め。

再び折り返して佐久方面に下ります。

雲に包まれる周囲の落葉松はしっとりとした黄葉の色に染まっています。

遥か先まで山裾を覆う落葉松の黄葉。

乏しい日差しの中で黄金色に染まる落葉松たち。

日射しが分厚い雲に遮られる中、JAXAの深宇宙探査用アンテナ建築の為に切り拓かれた場所から落葉松に覆われる山腹を望みます。

JAXA美笹深宇宙探査用基地局既に火が入ったパラボラアンテナの周囲には多くの作業をされる方がいらっしゃいました。

麓に降りてから再びぐるっと八ヶ岳の裾野を北へ廻り込んで、蓼科山の東側へ。

夕方になって雲が切れ始めた、落葉松林の向こうに柔らかな夕日を受ける蓼科山の山容を望んで。

目まぐるしく空模様が変化した八ヶ岳東麓、麓の山里へも晩秋への足音が徐々に聞こえてきているようです。

秋色に染まる午後の山裾(野辺山から川上村へ)2019.11.1~2

大きな台風が襲来し、その後も強い雨が降る日が続いた10月。

月末になると漸く天気も安定して、秋らしい空が広がるようになってきました。

ぐっと冷え込んで、気温が5℃を下回るようになった11月はじめの朝。

雲一つない秋空の下、中腹より上側が落葉松色に染まる八ヶ岳。

圃場を縦横に巡らせるようにはざ掛けされた稲藁の向こうに八ヶ岳を望んで。

はざ掛けが片付けられると、里では少しずつ冬支度が進んでいきます(2019.11.1)

薄雲が広がる土曜日の朝。

浅い日射しが差し込む八ヶ岳を望む牧草地もすっかり秋の景色となってきました。

南八ヶ岳の標高1300mを越える場所まで上がってきましたが、今年の秋はゆっくりとした足取り。

落葉松の黄葉はまだ始まったばかりです。

高い秋空の下、強い風を受けて八ヶ岳の上空で渦を巻く雲。

多くの圃場では収穫が終わった野辺山の高原野菜畑ですが、最後の収穫まではあともう少し。裾野を染める落葉松の黄葉も色濃くなりつつあります。

強い風で雲が吹き流された昼下がりの八ヶ岳東麓、南牧村。

緑が広がる圃場の向こうでは落葉松林が色付いています。

野辺山の台地の上から千曲川の川筋に下ると、紅葉に囲まれた山並の向こうに特徴的な男山の姿が見えてきます。

災害で運休となっていた、千曲川沿いにある小海線の佐久広瀬駅。

先般の台風ではかなりの増水となっていたはずですが、幸いにもレールが走る築堤までは水が上がってこなかったようです。

佐久広瀬の駅から海ノ口までの間で渓谷となる千曲川沿いの山々は紅葉が大分進んでいます。

佐久広瀬駅の裏手、刈り取られていない稲穂に眩しい午後の日射しが差し込んでいます。

川平の集落から望む男山。

今年は紅葉が遅れ気味ですが、頂上部の広葉樹たちの紅葉とこれから黄葉を迎える落葉松のコントラストが綺麗に出ていました。

男山を撮影していると、目の前を昨日から運転を再開した小海線の列車が野辺山方面へ向けて上っていきました。

先般の台風で多数の線路損傷個所が生じた小海線、約半月を経て漸く全線復旧しました。

午後になって抜けるような秋晴れの空となってきた八ヶ岳東麓、川上村。

高原野菜の収穫が終わって、乾いた大地が広がる向こう伸びる稜線は鮮やかな紅葉に包まれています。

西日をたっぷりと浴びる落葉松林。

周囲の山々もそれぞれに色付いていきます。

裾野の落葉松と頂上まで埋め尽くす広葉樹たちの彩の競演。

西日を浴びて嫋やかな裾野を広げる女山。

甲信国境に位置する信州峠の麓は紅葉もそろそろ終盤。

秋の足取りは一歩ずつ進んでいます。

再び台地の上に戻って川上大橋から望む、西日を浴びる男山。

落葉松に覆われる八ヶ岳の裾野と異なり、色とりどりの紅葉に包まれる千曲川東岸、秩父山塊に続く山々は、ゆっくりと秋の色を深めていきます。

夕暮れ、再び八ヶ岳の西麓に戻って。

夕暮れの残照を追う様に、月が甲斐駒の向こうに沈んでいきます。

午後から気持ちの良い秋空の天気となった土曜日。明日は再び天気が崩れる予報です。