年の瀬の点描(2019.12.8~31)

例年になく暖かな年末を迎えたと評される今年ですが、訪れる冬の季節。景色も冬の装いへと移り変わっていきます。

西の空を焦がす夕暮れ。日没の時間はぐっと早くなり、初夏の頃には塩嶺に沈む夕日も、この季節は諏訪盆地の南端、杖突峠へと下っていきます。

ぐっと冷え込む八ヶ岳の山懐。標高1300m超、冬の訪れを告げる八ヶ岳美術館前をメイン会場とする、原村のイルミネーション。

遙か遠くに諏訪の街明かりを望む山腹に連なる、冬の暗闇を照らし出す、ひんやりと涼しげなブルーのイルミネーションが麓のペンション街へと続いていきます(2019.12.8)

日没を過ぎて空の色が徐々に闇へと落ちていく頃。入笠山に連なるスキー場の夜間照明が暗い稜線に浮かび上がります。もうすぐ一年で一番日差しが短くなる頃(2019.12.15)

暖かい年の瀬の日々が続きましたが、それでもカレンダーは最後の1枚。スキー場や観光関係の皆様をやきもきさせていた冷え込みがようやくもたらされた月曜日の朝。雪雲を舞い上げる甲斐駒。

冬景色になった圃場の向こうに広がる、雪化粧をした南アルプスの山並み。

冬のシーズンらしい雪景色は嬉しいはずなのですが、圃場を覆うのはずっしりと湿った重たい雪。県境を越えた辺りでは積雪が20cm近くに達するこの時期にしては珍しい春先のような雪の降り方に、地元の方は首を傾げるばかりです(2019.12.23)

年の瀬へ向けて徐々に冷え込む日も増えてきた八ヶ岳山麓の山里。

暖冬の影響もあって、降った雪がすぐに解けて消えてしまう八ヶ岳の南麓側ですが、年も押し迫って漸くの雪化粧となってきました。

冷たく澄んだ空気に包まれる朝、新雪を戴く八ヶ岳の姿。まだ空の青さは浅いですが、それでも冬の訪れを実感させます。

乾いた冬の圃場越しに望む甲斐駒も、しっかりと雪渓に覆われていきます(2919.12.28)

雪雲が西から迫る夕暮れ。

昼間の青空から徐々に夜の帳に落ちる深い碧へと移り変わる中で。西麓から望む八ヶ岳はすっかり冬の装いとなっています(2019.12.29)

朝から降り始めた雪が雨へと変わった午後。圃場を覆っていた雪は解け、重たく空を覆う雲が切れると、南アルプスの山裾が見え始めます。

やがて、日没を迎えて雲海の向こうに、雪化粧した入笠山の山裾と、スキー場の夜間照明が浮かび上がります。暖かな晦日の夕暮れ(2019.12.30)

雨が上がった大晦日の明け方。

濃い霧が立ち込め、雲海に覆われた釜無川の谷筋から八ヶ岳の裾野へと登っていくと、雲海の上には再び雪化粧をした甲斐駒と鳳凰三山の山並みが見えてきました。

日の出の時刻を過ぎて朝日が雲海に差し込む暖かな大晦日の朝。

気温が10℃を上回る、信じられないような暖かさとなった大晦日ですが、寒気が流れ込んできた午後になると八ヶ岳颪が吹き始め、山々は再び雲に覆われてきました。

西の空へと日が沈んだ後、急激に冷え込む中、僅かに残る夕日が高い空の雲を染めていきます。

一巡した干支が再び子年に戻る夜。

年を重ねる毎に年々早くなっていく過ぎ去る日々を思い起こしつつ。どうか暖かくして良い年の瀬をお過ごしください。

今月の読本「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)先鋭と多様性、花卉ブリーダーが説く篤農家と育種家が手を携えて進む商品作物の未来

今月の読本「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)先鋭と多様性、花卉ブリーダーが説く篤農家と育種家が手を携えて進む商品作物の未来

本屋さんに魅力的なタイトルの作品が大挙して入荷してくる年末のシーズン。

じっくり読む時間が取れるとはいえ限られた読書時間の中、どれを読もうか何時も迷ってしまいますが、まだ仕事納め前だし、まずは軽めに新書でもと思って手に取ったこの本。軽めなその表題を裏切る印象的な一冊となりました。

日本の品種はすごい

今回は「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)をご紹介します。

副題を添えないと趣旨が判らないくらい、如何にも流行の表題の付け方ですが、更に綴られる内容はその表題からはかなり異なる印象を受けます。著者は元、大企業(キリン)の花卉育種部門を立ち上げられた方。現在は団体職員を務められていますが、社会人人生の大半を企業の「育種家」(ブリーダー)として過ごされた方。副題に表される「うまい」、即ち食用農作物(作物)のお話ともかなり離れた経歴をお持ちの方です。

花卉ブリーダーの方が何故に作物のお話をと、表題と副題を見ただけでは首を捻ってしまいますが、著者の執筆意図は明白です。その「うまい」作物たちの元を生み出す「育種家」と、商品作物として市場に送り出す事に尽力した「篤農家」達の物語を綴る事。

本書は、専門書籍以外ではかなり珍しい、農作物生産を影のように支える育種家と種苗メーカーサイドの視点で、商品としての農作物の発展を捉えていきます。

大学の研究者や公立の農業試験場関係職員の立場では忖度もあって書きにくい、作物の商品名(種苗品名)や種苗メーカーの名前をストレートに書くことを憚らない、種苗商品としての価値やその趨勢を統計資料や歴史的な記録から語りながらも一歩引いた視点で評価する事が出来る。同業者であっても育成する植物の種類が大きく離れる著者所以の視点で描かれていきます。

本書で紹介される「作物」たち。前半はジャガイモ、ナシ、リンゴ。世界的な作物と果樹、日本固有の果樹が取り上げられていきますが、何れも著者のブリーダー経験に近い分野。花卉ブリーダーに与えられる世界的な賞を受けた事もある著者ならではの、世界市場における農産品改良の歴史を見据えた視点を添えて綴られる内容は、同種の本でもなかなか語られない内容。農産物輸入自由化という外圧に抗し続ける、各地の農業試験場による効率的で収量が得られる品種への改良と、それを上回る規模とスピードで育種と配布を行う、日本のジャガイモ農業を支える柱石ともなっているカルビーの存在。江戸時代から続く果樹育成者達の品種改良への意欲は、文明開化を迎え、海外からの品種と改良技術の導入によって大きく花開く一方、研究者、育種家達が作り出した「作品」を、商品作物として作りこなして実際に収穫し、利益に結び付ける事が出来るようになるまで粘り強く向き合い続けた「篤農家」達の存在があった事を示していきます。

どんなに筋の良い品種でも、育種家と篤農家のコンビネーションによる成果が多くの生産者に受け入れられた時に初めて「農作物」に成り得る。更には彼らがどんなに良い品種だと思っていても、色味や食感、サイズと言った市場であるバイヤー、購買する人々のニーズに合わなければ「商品」として成功を収める事はない。企業ブリーダーとして育種の最前線に居た著者ならではの視点でその趨勢を綴っていきます。その上で、近年特に問題視されている農産品の原種流出に対して、日本を代表する世界的な品種となった一方、中国での生産量が日本国内の実に35倍にも達した「ふじ」を例に採り憤りを示しつつ、何故種苗法の改正が必要であるのかを論じていきます(ここで、育種家の皆様には品種交換という理論がある事を伺わせます)。

著者の専門分野の周辺に位置する前半から、後半は少し離れた作物へと移っていきます。ダイズ、カブ、ダイコン。伝統野菜としての品種や味覚、利用法を紹介する一方、前半のような育種家達、公立の農業試験場(ダイズの「エンレイ」(塩嶺ですね))の活躍の物語から、今や大企業となったタキイ、サカタといった種苗メーカーが送り出す種苗品種の話へと移っていきます。

著者が勤めていた企業がブームの後押しをした「だだちゃ豆」の栽培拡大。僅かにしか収穫されない「丹波黒大豆」に対して県外で大量に生産される同系品種たち。そして、僅か数%の生産にまで縮小した「三浦大根」に取って代った、西からの刺客「青首大根」普及の理由と、それでも満足しない、コンビニという名の巨大バイヤーの意向に合わせた「青くならない」青首大根の開発。伝統野菜と称される品種の中にも、数多くの品種が代替としてのF1品種へ入れ替わっている事を明示します(諏訪の伝統野菜、上野大根も、F1品種化する事で一定規模の品質/収量を確保している点は否定する事は出来ません。詳しくは本書も参考文献として用いている「地域を照らす伝統作物」(川辺書林)もご参照ください)。

商品であることと同義的に農家にとっての収入源たる農作物について廻る厳しい課題。安定した収量とブレの少ない品質、害虫への抵抗力と早生化の強い要望。時代と共に移り変わっていく顧客の嗜好、栽培する側の労力や収入、地力の維持。このお話に差し掛かると、当然のようにF1品種(雑種強勢)による種苗品種化の話へ進む事になるのですが、ここで少し興味深い点が著者が雑種強勢(F1)の農業分野における最初の適用例として養蚕と外山亀太郎を取り上げる点。養蚕に多少ご興味のある方であればご存知かと思いますが、著者は意外にも植物研究者達がその事を軽視しているのではないかとの指摘を添えています。

そして、F1品種を語る際に避けて通れない事象について、著者は二つの点を指摘します。まず、F1品種が在来品種を駆逐してしまうのではないかという疑念について、雑種強勢を生み出すためにはその親となる世代の多様性と精緻な育種技術こそが大事であり、在来品種の遺伝多様性の重要度を最も理解しているのはむしろ育種家達であると断言します。その上で、F1品種に嫌悪感を示す方々に対して、商品作物の価値を論じえない「アンチ」なだけだと評してしまいます。もし本書の副題を伝手に、伝統作物、品種への思いや育種政策に対する何らかの反論が描かれていると考えられて手に取られた方には失望を通り越して不満を呈されるかもしれない著述ですが、その原因が著者が指摘する在来品種がF1品種に駆逐される事へ危機感を感じているのではなく、著者が明らかにしているように、F1品種が精緻な栽培技術と豊富な原種のコレクションなくして作り出す事が出来ない、それ故に種苗を管理し提供する主体が公から民へと移る事に強い不安を感じているのではないかと…閑話休題

種苗家、種苗メーカーという主に作物の品種を作り出す側の視点で描かれてきた本書ですが、最後の1章はかなり様相が異なります。野菜という範疇にも捉えにくい「ワサビ」。伝統的な生産地においても、累代の篤農家であっても御し得る事が極めて困難、いえ、未だ作物として安定的な品種となっていないのではないかとの疑念を滲ませながらその推移を綴る著者。実際に現地の農家の方との話しを織り交ぜながら、その気難しさと不安定な品質理由について判っている範囲での技術的な見解を示していきます。その中で、著者の専門分野であるクローン育成苗を利用して農業分野外から参入した「海の見えるワサビ園」話の先に乱立したワサビクローン苗ビジネスの実態を添えて、農業生産者と商品作物に何が求められるかを冷静に見つめていきます。

著者の経験がふんだんに生かされた本書は、単なる美味しい作物の物語に留まらず、広くアグリビジネス、種苗ビジネスの一端を伝える内容を中軸に織り込んだ、新書という一般の読者に読まれる本としては極めて珍しい一冊。年々美味しくなる果物、野菜たちの裏側にある、ビジネスとしての商品作物創出という過酷な世界の中で、種苗家と農業を支え続ける人々が紡ぎ出すもう一つの物語を教えてくれるようです。

博物館/美術館の展示物って撮影できるのでしょうか(八ヶ岳山麓界隈の場合)

博物館/美術館の展示物って撮影できるのでしょうか(八ヶ岳山麓界隈の場合)

一部の施設ではSNS等を利用したPR手段の一環として積極的に推奨される事もある、博物館/美術館の展示物撮影。しかしながら、著作権上の問題や様々な理由で撮影禁止の表示を出していたり、明確な表記がなされていない施設もあり、時にトラブルとなる事もあるようです。

全国でも有数の博物館/美術館の集積地帯である八ヶ岳山麓界隈でも状況は全く同じで、各施設に訪れた際に、かなり躊躇する事があります。

参考までに、これまで訪れた事のある公立施設(博物館/郷土館/考古館)の撮影の可否について、判る範囲で掲載しておきます(状況は随時変化しますので、無用なトラブルを防ぐためにも、可能な限り現地でご確認いただくことをお勧めします)。

公式な内容ではありませんので、本ページの内容を以て各施設へ問い合わせるのはご遠慮願います。現状と認識が変わっている部分があれば、御指摘頂けますと幸いです(各施設には2013~2019年の間に訪れています)。

  • 韮崎市民俗資料館
    • 撮影可能です(蔵座敷公開時に学芸員さん同伴で)
  • 小海町高原美術館
    • 展示内容によって変わるようです(北欧の灯り展は「個人的な利用に限り撮影可」でした)。安藤忠雄設計による建屋や庭、展示場所以外の屋内撮影は可能です
    • 小海町高原美術館
  • 小諸高原美術館
    • 撮影不可です
  • 南牧村美術民俗資料館
    • 民俗資料館部分は撮影可能、美術館の部分は展示内容によって変わるようです(訪問時の展示は撮影不可でした)
  • 北杜市郷土資料館
    • 撮影可能です
  • 北杜市考古資料館
    • 撮影可能です
  • 井戸尻考古館
    • 撮影可能です(大抵の場合、学芸員さんが一緒に廻ってくださいますので、ご確認ください)
  • 富士見町高原のミュージアム
    • 撮影不可です
  • 八ヶ岳美術館(原村民俗考古館)
    • 美術館部分、考古館部分を含めて展示物は全面撮影禁止です。公式HP記載の通り、村野藤吾設計による建屋に関しては撮影が許可されています。但し、屋内の撮影については展示物をフレームに入れ込まない形でも撮影前に必ず確認を取ってください(屋外で彫刻が映り込んだ場合、現状では黙認です)。企画展の際などに特例で撮影が許可される場合もありますが、利用は個人の学習目的に限られるそうです。詳しくは原村教育委員会にご相談ください
  • 原村郷土館
    • 撮影可能です
  • 尖石縄文考古館
  • 茅野市八ヶ岳総合博物館
    • 撮影の可否については係員の方にご相談ください
  • 神長官守矢史料館(未確認)
  • 茅野市美術館(未確認)
  • 諏訪市博物館
    • 第一展示室(歴史展示)は現在撮影不可です
    • 第二展示室(近代及び藤森栄一記念コーナー、片倉館からの寄贈品)は撮影可能です
    • 企画展示室は殆どの場合撮影不可ですが、連動企画などで特別に撮影が許可される場合もあります(事前告知あり)
  • 諏訪市美術館(未確認)
  • 諏訪市原田泰治美術館(未確認)
  • 市立岡谷美術考古館(未確認)
  • イルフ童画館
    • SNSコーナーが設けられており、SNSマークが表示されたエリア内では撮影、SNSへのUpが可能です。展示作品は撮影不可です
  • 下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館(未確認)
  • しもすわ今昔館おいでや(星ヶ塔ミュージアム 矢の根や)
    • 撮影可能です

なお、此処で表記される「個人」には、解釈上としてSNS等による不特定多数に向けた発信は含まれないと理解して下さい。

岡谷、イルフ童画館のSNS撮影コーナー(武井武雄の再現仕事場)にて。

最近では美術館でも(個人利用に限り)撮影許可を出されている例も増えてきました(小海町高原美術館にて)。特に美術館の場合、許諾関係で難しい点もあるかと思いますので、訪れた際には極力図録も購入しているのですが、差し障りの無い範疇での撮影も認めて頂けると嬉しいですし、イルフ童画館のようなSNSコーナーというのも一つの妥協策かもしれません。

権利関係の厳しい企画展の展示でも、横浜市歴史博物館「道灌以後の戦国争乱」では、メインイメージの前で撮影できるコーナーが設けられていました。

長野県立信濃歴史館でも、撮影禁止マークが表示されていない展示物について撮影は許されています。

今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

本屋さんに並んでいる日本史の書籍。時代史であったり、著名な人物像を描く内容が多いかと思いますが、特定のテーマ、地域に絞った内容の書籍もまた多く並んでいます。

所謂郷土史、地域史とも呼ばれる分野ですが、読者にとって最も身近な歴史を伝えてくれる本達。そのようなジャンルの一冊として、少し珍しい切り口を持ったシリーズが刊行されました。

新しい古代史へ2文字文化の広がり

今回ご紹介するのは、山梨日日新聞の紙面に連載されたコラムを全三冊のシリーズとして刊行(予定)される「新しい古代史」の中から「新しい古代史へ2 文字文化のひろがりー東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)をご紹介します。

前述のように、2009年から2018年までの約9年間に渡って新聞紙面上に連載されたコラムを増補、再編集して刊行されるシリーズ。全編を前山梨県立博物館館長の平川南先生が一人で執筆されています。著者の専門分野である古代史に特化して、テーマ毎に3巻に分けて刊行される予定のうち、本書はその中軸を担う1冊。著者は「自治体史」の可能性を願って綴った事を冒頭に記していますが、副題に示されるように「東国・甲斐からよむ」とされており、地域史としての領域を逸脱することが想定されています。

各都道府県、市町村にそれこそ数多存在する歴史館、考古館、博物館の展示を見ていて常に疑問に思う点。特に考古学的なテーマを前提に置いた展示で首を傾げる事が多い事として、出土物自体の解説には他の地域との連携性や時代の前後性を強く示す一方、「おらが村のお宝」ではないでしょうが、その中で如何にも中核や枢要を担っているかのような、他と比べて突出的な出土品であるという表現を付されている点、自らの地域性に殊更の優位性を綴る(京都、奈良、大阪は別の意味もあるので)解説に奇妙さを感じないわけではありません。

本書も県域紙である山梨日日新聞の連載記事(なぜこの本が出版部も持つ同社から刊行されなかったのかは首を捻る点ですが…愛読している版元さんから刊行された事に感謝しております)、しかも他県と比べても強固に纏まった郷土意識を有する土地柄故に同様の懸念があったのですが、むしろそのような懸念を大きく裏切る内容の幅広さを具えています。

新聞の連載記事という事で一つの話題について僅かに4~10ページ程。フルカラーで非常に多くの写真も併せて掲載している事もあり、特定のテーマを深堀出来る構成ではありません。むしろ博物館の展示と解説ボードをそのまま本に収めた様な感もある本書ですが、テーマに挙げられた「文字」という着目点(帯の書体にも滲み出ています)が自治体史という範疇を許さない、広大な視点を与えてくれることを明瞭に示しています。

全3章で綴られる内容はテーマ毎に纏められている一方、連載時期が前後している部分もあり、一貫した通読性がある訳ではありません。更に、シリーズを通貫する筈の甲斐、山梨をテーマとした内容は本書の半分を割り込み、北東アジアから広く日本国内、南は大宰府から北は多賀城までという広範な地域を舞台に描かれていきます。もちろん著者にしてもそれでは自治体史の体裁を逸脱しすぎてしまうと考えられたのでしょうか、山梨県内の出土例/事例についてはご自身も現地に赴いて、発掘内容や心象を添えながら丁寧に著述されています。

山梨県の古代史を綴る一方で、その通貫するテーマを描くためには是が非でも必要であった文字文化の「ひろがり」。コラム形式のために重点が見えにくいのですが、著者が研究に直接携わった部分には相応の力点が注がれており、その著述からある程度テーマの要点が見えてきます。

第一部として纏められる「文字を書く」。文字を書くためのフォーマット、素材となる木簡や筆、硯。単純な文字が書かれた土器に込められた想いは甲斐の出土物単独で理解することは出来ず、その伝来から変化と言った考古学が最も得意とする形態的な編年分類を重ねて理解することが求められます。中でも非常に興味深かったテーマは、徳川光圀を引き合いに出しながら、土器に記された墨書に残る特殊な漢字、則天武后が定めたとされる則天文字が其処に残されている例を紹介する段。出土品の時代確定に用いるだけではなく、その背景を金石文から篆書、隷書へと繋げながら為政者による権力の存在を指摘する点は、出土物の歴史的背景を矮小化せずに広く視点を持つ事を求める考古学らしい読み解き方を感じさせます。また著者の研究テーマでもあった定木の利用法解明とその背景となる和紙と硯、墨の利用に対する歴史的な展開は、専門的な研究書はもちろんあるのかと思いますが、このような一般向けの書籍でその一片を見せて下さる点はとても貴重かと思われます。

文字を綴るための前提を記す第一部を受けた第二部は、少し寄り道気味な内容も含まれる「人びとの祈り」。経典埋納の壺に刻まれた人物名の驚くような広がりや相撲人とアーリア人系の顔が描かれた木簡(本当に甲斐に在住していたとすると、その背景含めて実に愉しいですね)といった文字として残された記録の側面も綴られますが、主に文字に込められた呪術的な側面を取り上げていきます。特に山梨県在住の方には興味深いであろう道祖神としての丸石、男根のお話は、文字からはやや離れてしまいますが、仏教伝来以前の日本の在来信仰的な捉え方や仏教受容後の変形ではなく、韓国、扶餘の出土例を通じて、仏教文化と並立する大陸文化に通じる点を指摘します(私も現地を訪れた事があります)。その上で、朝鮮半島で出土した椀に鋳出された文様も、国内で出土した土器に刻まれ、墨で書かれた文様も、民俗学で述べられる五芒星や海女の呪い模様と同じものであり、道教に繋がる点を指摘することで、古代史から認められる姿が、広くアジア各地で遥か現代にまで繋がっている事を示していきます。

そして、本題の舞台から遥かに離れた多賀城碑と上野三碑から綴り始める第三部「文字文化のひろがり」。著者の専門分野が存分に発揮される、3回連続で綴られた多賀城碑偽作説の再検証から重要文化財への指定の根拠となった周辺の発掘調査の結果と、上野三碑を世界記憶遺産へと推す根拠とした、半島文化と大和王権、北方文化が交錯した事実を現在まで伝え続ける石碑がなぜピンポイントにこれらの土地に残されたのか(意外な事に、戦後の高度成長期から現在に至るまで、日本国内で新たな石碑の発掘例は皆無との事)を説き起こしていきます。また、著者の専門分野でもある漆紙文書がなぜ時代を越えて残る事が許されたのか、更にはその分析に威力を発揮した赤外線カメラによる古文書分析の威力を綴る部分は、考古学の研究が発掘や類型調査だけではなく、最新の測定、分析技術を巧く活用する事で更なる進化を得られる点を明確に示します(お線香で煤けた先祖のご位牌の文字を確認して欲しいという地元の方からの依頼も。県立博物館も色々大変ですね)。

限定的な碑文の分布から文字文化が明らかに遅れて伝わったと想定される日本列島。その後に生み出された万葉仮名と平仮名への変遷を綴る段で本書は終わりますが、大幅に加筆された最終盤の内容が本書のハイライト。ニュースでも大きな話題となった、ほぼ完全な形で出土した仮名文字による歌が刻まれた土器(甲州市ケチカ遺跡出土「和歌刻書土器」)。この土器の読み解きを行った解読検討委員会の委員長を務めた著者によるその検討結果と、併論となったいきさつが前後約30ページに渡って綴られていきます。

既に文字資料が揃いはじめた時代の出土物ですが、僅か31文字の来歴を知るには余りにも不足。しかしながらこの読み解きを果たす事は、日本における仮名文字の発達の過程を知るため極めて重要な契機。土器編年法から始まり文字の形、綴られた歌の内容とその読み解きといった、考古学と文献史学、美術史と国文学がまさにがっぷり四つで組み合った結果が初学者にも伝わるように丁寧に説明されていきます。未だ歴史書の中で本件を扱った具体的な著作が無い中で、唯一無二の一般向け解説。本書の巻末、実は本連載の掉尾を飾る(翌月の2018年3月掲載分を以て館長離任により連載終了)、地域史を開拓する地道な発掘成果はまた、全体史を大きく動かす力を持っている事を雄弁に示す紹介内容。

甲斐、山梨という山深く狭い地域で語られる歴史が、その範疇の中だけで語られるのではなく、広く世界に繋がっている事をまざまざと示すシリーズ中でも白眉な一冊。甲斐・山梨の古代史に興味がある方だけではなく、広く古代史、考古学がどのように歴史を捉えようとしてるのかを理解するためのきっかけを、文字という共通な文化の基盤を通じて具体的な事例から多面的に、しかも判り易く、丁寧に教えてくれる一冊です。

急ぎ足で訪れた初冬の彩(2019.11.20~12.1)

お天気が安定して暖かな日が続いた11月の八ヶ岳南麓。しかしながらカレンダーはもうすぐ最後の1枚。これまでゆっくりとした足取りで進んでいた季節は、急に冬の訪れを告げています。

穏やかに晴れ渡った朝。

雪渓が薄くなる甲斐駒の裾野を、深い飴色になった落葉松の黄葉が染めていきます。

銀杏の黄葉と甲斐駒例年であれば11月の始めには色付く銀杏の黄葉も、2週間近く遅い彩となりました(2019.12.20)

紅葉と冠雪する甲斐駒これまで良いお天気の続いていた八ヶ岳南麓ですが、冬の始まりを告げる曇り空が続く中で、真冬並みの氷点下5℃を下回るまでに急激に冷え込んだ朝。南アルプスの山並は真っ白な雪化粧となりました。

まだ紅葉が残る谷戸の圃場の向こう、雪煙を上げる雲が晴れていきます。

中腹が帯のように白くなった八ヶ岳。

どうやら雪というより、山を覆った雲が残した霧が木々に凍り付く霧氷が降ったようです。

紅葉と冠雪する甲斐駒211月とは思えない白さとなった甲斐駒と南アルプスの山並。

遥か南の鳳凰三山まで白くなっています。

冬空と落葉松の黄葉ゆっくりとした秋の足跡を残す、黄葉する落葉松並木。

冠雪する甲斐駒と落葉松の黄葉落葉松の黄葉越しに冠雪する甲斐駒を。

ゆっくりとした足取りの秋から急に冬を迎えた朝に(2019.11.29)

紅色の八ヶ岳一気に冷え込むシーズンへと入った八ヶ岳山麓。

夕暮れになるとほんのりと紅色に染まる雪渓を望めるシーズンとなってきました(2019.11.30)

初冬の御射鹿池1寒さが少し和らいだ日曜日。

穏やかな日差しを受ける午後の奥蓼科、御射鹿池。

周囲の落葉松林はすっかりと葉を落としています。

初冬の御射鹿池3上流からの水の流れが少なくなり、とろんと緩やかに揺れる湖面には、葉を落とした落葉松の木々が映り込んでいきます。

初冬の空と白樺まだ初冬の柔らかな空の色の下、すっかりと葉を落とした白樺の木々。

初冬の御射鹿池2シーズンオフとなって静かな湖畔。

緩やかな湖面に映り込む落葉松の木々。雪と氷に湖面が閉ざされる前に訪れる穏やかな時間。

日暮れの早くなる12月。山を下ると既に傾きかけた西日を浴びる八ヶ岳の山並。

夕暮れの日射し暫くすると、落葉松林の向こうにゆっくりと夕日が沈んでいきます。

夕暮れに染まる八ヶ岳夕日を浴びて輝く八ヶ岳の雪渓。

夕暮れに空を焦がす雲振り返ると西の空に延びる雲が夕日に赤々と焦がされています。

駆け足で訪れた初冬の彩は西の空へと移っていきます。

夕暮れに沈む月夕日に染まる南アルプスへと沈んでいく、4番目の月。

少し暖かい夕暮れですが、日が沈むと気温は0℃近くに。季節は巡り、しっかりと冬がやって来た八ヶ岳山麓です。