今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

近年では殆どいなくなってしまった、川の恵みを糧として主な収入を得る「職漁師」(この言葉自体、海の漁師さんに対してはあまり使いませんよね)。しかしながら昭和の終わりから平成の始めにかけては依然として多くの河川の傍で漁を生業とする人々が暮らしていました。

現在でも川の漁が続いていることで度々テレビ等でも取り上げられる四国、四万十川。そのすぐ隣に流れる仁淀川で職漁師をされていた方の元へ、当時、繰り返し訪れて取材した内容を連載していた記事を纏めた一冊。長らく絶版になっていましたが、この度、版元を変えてヤマケイ文庫へ収蔵されることになりました。

今回ご紹介するのは「仁淀川漁師秘伝 弥太さん自慢ばなし」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ:聞き書き ヤマケイ文庫)です。

原著は小学館のアウトドア雑誌「BE-PAL」の姉妹紙として2008年まで刊行されていた、雑誌「ラピタ」に連載されていた「弥太さん自慢ばなし」を纏めて2001年に刊行された本ですが、巻末にありますように、今回の収蔵に当たって大幅に加筆修正、再編集がなされています。特に著者のかくまつとむさんが刊行後も気にされていた「土佐弁」聞き起こしに対する表記への懸念について、山と溪谷社さんの配慮もあったのでしょうか、今回の版を起こすに当たって、高知在住の山本明紀さんによる全面的な方言考証が加えられ、生き生きとした著者の筆致はそのままに、ダイレクトに土佐弁が脳内に響き渡るかのように生まれ変わっています(長らく広島の方と一緒に仕事をしていた私の脳内再生では、広島弁混じりになってしまい…)。

取材当時の1990年代後半でも殆どいなかったとされる「職漁師」であった、仁淀川の河畔、越智町に在住された取材対象の宮崎弥太郎氏。父親から引き継いだ職漁を50年以上に渡って続けられていた方ですが、そのフィールドは河川を跨ぎ、季節に合わせて河口のアオノリから山中深くのモクヅガニ獲りまで実に幅広く、特定の魚種を狙い、河畔に腰を据えて漁を行う川漁師というイメージを大きく覆していきます。

掲載していたアウトドア雑誌のスタイルに相応しい、川全体をフィールドとした氏の職漁師としての姿を2年間に渡り取材した著者と編集者グループ。彼らを息子のように迎え入れて、自らの歩みを少し誇りながら「企業秘密」と茶化しながらも、同道を許してその一端を披露する土佐人らしい鷹揚さ、氏の人となりが考証を受けて蘇った口語体の土佐弁で文中一杯に広がります。

雑誌の連載記事がベースという事で、最初は全体のイメージがちょっと捉えづらかったのですが、原著の版元さんが小学館という事を考えると腑に落ちる、魚種、職漁毎に纏められた仁淀川の職漁辞典というべき一冊。各章で語られるように、著者たちが持ち込んだ図鑑に対して、それぞれの魚たちの特徴やその漁の姿を述べていくスタイルが用いられ、前田博史氏の写真と遠藤俊次氏によるイラストを豊富に添えて、改めて職漁としての視点からその違いを明確に示していきます。図鑑を持ってフィールドに出た「アウトドア」な著者たちの先にある、研究者や釣り師達が伝える著述の更に先にある、フィールドの達人が見た本当の姿を語る言葉を拾い続ける著者たち。その語られる内容には、前述の著述とは大きく異なる点も見えてきます。

アウトドアブームであったバブル崩壊後の1990年代後半に取材された、その遥か前から川と向き合い続け、生活の糧としてきた氏が語る姿と、現在の川や水辺という淡水をフィールドとされる方々が発信される内容。川をテーマにした著述として本質的にはその内容に違いはない筈なのですが、アプローチや見据える姿には大きな違いが見えてきます。

高度成長期から大きく曲がり角を迎えた中で、共に変わり続けた川面を生活の糧として生き続けてきた氏が語る変遷する漁の姿。しかしながら、氏はその中で一方的な変化が起きていたことを表する事はありません。清流とも称される仁淀川といえども時代と共に川が変わり、移入されてきた魚たちが加わり、漁の姿も獲れる魚も往時と比べると減少してきていることを明確に述べていきますが、職漁師故にその変化に応じて漁自体も変えていく。父親から引き継いだ漁の姿も自ら変えながら(この工夫や道具類のお話を拾うスタイルは、連載誌のテーマに繋がる「大人の秘密基地」的で、連載当時人気があった事を伺わせます)貪欲に漁を目指していく姿を捉えていきます。それ自体が糧としての対象ではない「フィールド」化してしまった現在の川や淡水を扱った著作や発言とは根本的に異なる視点。自らが糧としている場所に対する自負とその変化を受容しつつ、実生活の一部として語りかける内容には、現在の論調で失われてしまった着目点が生き続けているように思えてなりません。

その印象が最も強かったのが、全編で述べられる漁の餌として繰り返し登場する「ミミズ」の存在と、地域を貫く仁淀川の存在を語り続ける段。

川の魚たち、蟹たち、アオノリさえも、多くは川だけで生きるのみならず、海と行き来をすることで次の世代に生命を繋ぐ。山に木がある事で川の流れが穏やかになり、川に沿った田畑を潤す。本来は湿地をその揺りかごとしていた魚たちは、川から引き込まれた、人が拓いた水田と水路もうまく使いこなして命を繋いでいく。テトラポットや堰堤が出来れば、それに合わせて増えていく魚も現れ、蟹たちは高巻きしながら登り、そろりそろりと下っていく。川辺に広がる畑や草地に溢れるミミズたちの匂いは彼らの鋭敏な嗅覚を刺激し、夜な夜なその匂いを辿って徘徊する。

職漁師達は、彼らの生きる姿を鋭敏に捉え、その特徴を把握して工夫を凝らし知恵を働かせて漁を営みますが、全てが自然で天然、無垢であることを絶対としない。川の流路が変わればそれに合わせて仕掛けを変え、網を張り罠を埋める先を選び出していく。河原の姿が変われば、漁をする魚種が変わり別の漁の姿が生まれる。堰堤や用水路も其処に集まる魚たちが一斉に通るタイミングともなれば、一時、大漁を約束してくれる大切な漁場へと変わる。孫達に漁を継がせる気はないが、自身や息子と同じように幼い頃から水辺、川と親しみを持つ機会を与え続ければ、自然と理解できることがある。

変わりつつもその恵みを糧とする職漁師への聞き取りは、50年を経てもまだ知らないことがあると語る、上流でのオコゼ(アカザ)釣り名人の元へ向かう段で終わりを迎えますが、綴られていく物語はその時代、その地に生きた人々だけが語れる内容。

本編の主人公となる宮崎弥太郎氏は原著の刊行後、2007年に亡くなられており、既に文章でしか伝わることがないその物語ですが、職漁師達、そして彼らが生きた場所を語る時に思い起こしたい一冊。その場所は人が水面と楽しくも真摯に向き合い、糧とする場であった事を記録する物語を。