梅雨の狭間で、点描(2019.5.30~6.14)

雨のシーズンを迎えた八ヶ岳山麓。

今年は晴れている時は真夏のような暑さとなりますが、雨が降り出すと一転、とても寒い梅雨寒の日々が続きます。そんな日々の点描を。

晴れ渡った朝。田植えを終えた圃場に雪渓を残す甲斐駒と南アルプスの山並みが映り込みます(2019.5.30)

昼過ぎまで降り続いた冷たい雨が止んだ後。

雨上がりの澄んだ山の空気を通して、夕日が雲と圃場を照らし出していきます(2019.6.8)。

雨が止んで雲が開き始めた朝の圃場。

一年で一番日射しが強いこの季節、圃場と山の緑と青空のコントラストが一際、鮮やかになります(2019.6.11)

緑に染まる御射鹿池肌寒さで少し早く目が覚めた早朝。

ちょっと早起きで何時もの場所、奥蓼科、御射鹿池へ足を延ばします。

揺らめく湖面の向こうに広がる浅い緑に染まる落葉松林。日が差し込む前の一時。

徐々に日射しが差し込んできた湖畔。

レンゲツツジの蕾も大分膨らんできたようです。

暫くすると、湖面にも朝の日射しが差し込んできます。木々の緑が水面の緑へと映し返られていくようです。

山を下ると谷戸の圃場に眩しい朝日が映り込み始めます。

雨上がり、緑にむせぶ圃場の向こうには雲海を纏う八ヶ岳。

山裾に長々と雲海を纏う南アルプスと入笠山。

圃場の緑と青空のコントラストも眩しい朝。

八ヶ岳を望む蕎麦畑では早くも蕎麦の花が咲き始めています。

田植えがひと段落した八ヶ岳南麓、梅雨に入ると少しずつ蕎麦畑の準備も始まります(2019.6.13)

振替でお休みとなった金曜日の午後。

雲が出てきた八ヶ岳東麓を廻り込んで八千穂高原へ。

白樺林を覆うレンゲツツジの花が咲き始めています。

レンゲツツジの花はそろそろ見頃、群落毎に咲き誇る花たち。

緑の小路をゆっくりと歩いていきます。

大きなミズナラの木。何故か「ブナ子さん」という愛称が付けられています。

浅い午後の日射しと通して、周囲の木々と共に緑に染まる老木。

再び白樺林へ。

平日の午後、時折、雉の鳴き声だけが響くひっそりとした白樺林の中で精一杯に咲き誇るレンゲツツジ。

梅雨の合間に咲き誇る一瞬の華。

明日は大荒れの天候となる予報です。

 

 

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暑くなった新緑の日々(2019.5.22~25)

5月も終盤、初夏の心地の中、各地で田植えが進む八ヶ岳山麓ですが、昼と夜の寒暖が大きな今年、週末には真夏日寸前まで気温が上がるようになってきました。

雨上がりの朝、雲が取れはじめた南アルプスの山並みを映す圃場。緑が眩しくなってきました。

雲が晴れた夕暮れ、西の空に残る霞を焦がす残照が圃場を照らしています(2019.5.22)

暑くなった金曜日の昼下がり。

すっかりと緑が濃くなった桜並木の向こうに、雪渓が薄くなった甲斐駒が顔を覗かせています。

新緑の山裾を纏う甲斐駒。

強い日射しを浴びて雪渓と新緑がコントラストが眩しく輝きます(2019.5.24)

土曜日になって更に暑くなってきた昼下がり。

緑濃くなる麦たちも、眩しい日射しを受けて輝きます。

暑さに追い立てられるように高原へ。

野辺山の牧草地は心地よい風が吹いていますが、既に25℃を越えて夏日になっています。

牧草地帯を移動していくとヤマナシの木でしょうか、満開の花を咲かせています。

雪渓が薄くなってきた八ヶ岳東麓。標高1400mを越える山裾の落葉松林も新緑に染まり始めています。

牧草地帯を進んでいくと落葉松林が目の前に広がり始めます。

新緑の落葉松の向こうに頭を覗かせる八ヶ岳。

まだ若い落葉松の新緑たち。

落葉松林の脇を流れる沢。渓畔林も軽やかな新緑に染まり始めています。

沢筋を越えて再び牧草地帯へ。

落葉松林が連なる先に午後に日差しを浴びる八ヶ岳。

牧草地の隣に広がる高原野菜の畑はこれからの耕作シーズンに向けた準備の最中。真っ白なビニールの帯が雲一つない空の下に広がります。

眩しい日射しの下、ちょっと暑くなった午後の高原ですが、心地よい風が牧草地を吹き抜けていきます。

麓に降りる途中、緑濃くなる落葉松林で覆われる谷筋。

何時もより更に太陽の眩しさを感じさせる、暑くなった5月最後の週末の午後。

明日は更に暑くなる予報です。

 

 

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

緑濃くなる新緑の中で(2019.5.17~19)

GWから暫くの時が過ぎて、日常が戻りつつある5月の中旬。

観光客の方もぐっと減った八ヶ岳山麓。新緑のシーズンも徐々に深まってきました。

里近くに広がる雑木林。雨上がりの林の中で躑躅の花が咲き始めています。

林の中に差し込む光に浮かび上がる躑躅の花。新緑の緑の中、朱色に染まる躑躅の群落が点々と広がります(2019.5.17)

雨は降らないまでも曇りがちで強い風が吹き続けた週末。

漸く日射しが戻ってきた日曜日の午後、落葉松林は新緑の色を濃くしていきます。

午後の日射しを浴びる落葉松と白樺の新緑。

少し、林の中に入ってみます。

緑が濃くなってきた落葉松と赤松が混じる森の中。

日当たりのよい落葉松林の緑はすっかり濃くなってきました。

広葉樹が混じる緑のトンネルを抜けていきます。

広葉樹と赤松がコントラストを作る午後の林の中。

鬱蒼とした林の中、でも新緑のシーズンは明るい日射しが差し込んできます。

軽やかな落葉松の緑も午後の日射しを林の中に通してくれます。

落葉松林の中で花を開く山桜。

迷路のように続く緑のトンネルを次々と抜けていきます。

午後の日射しの中、新緑に染まる落葉松林。

日射しが西に傾き始めると、林の中は新緑と影のコントラストが生まれ始めます。

緑と緑のコントラスト。明るい林の中、新緑の時だけに楽しめる輝き。

空高く雲が巻く、強い風が吹き続ける日曜日の夕暮れ。

田植えが進む圃場に綺麗に並ぶ苗を夕日が照らし出します。

天気は下り坂、そろそろ梅雨の走りを迎える八ヶ岳山麓です。

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

信州の真ん中より少し右下、八ヶ岳の麓に湖面を開く諏訪湖を中心とした一帯は、古から伝わる様々な歴史が今も脈々と息づいている土地です。

中でも最も有名なのは、二つの国宝土偶を擁する核心の地としての縄文文化、そして御柱祭を核に据えた諏訪信仰でしょうか。

いずれも古代から続く歴史ロマンと神秘性を秘めた物語の数々。そんな環境の中でも核心中の核心、諏訪大社の上社前宮と本宮の中間点、高部で幼少から青年時代を過ごした建築家がその故郷の地に建てた一連の建築物、諏訪信仰の伝統を今に伝える神長官守矢史料館と隣接する茶室たち。その姿は佇まいまでも含めて奇妙奇天烈を通り越して、アートなのか少々ふざけた大人の遊戯なのか首を傾げてしまう方もいらっしゃるかと思います。

今回の一冊は、そんな建築群を設計した建築家(建築史家)が敢えて問う、我々が住まう建物に仕掛けられた歴史の妙を教えてくれる一冊です。

増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)のご紹介です。

改めての説明は不要かと思いますが、著者は現在、江戸東京博物館の館長を務められる、ユニークな語りと視点で建築家と言うフィールドを大きく超えた活躍をされている方。専攻である近代日本の建築物調査研究の先に、文化人の密やかな楽しみであった路上観察というジャンルをその著作と活動から私たちのコミュニケーションとしてのテーマへと送り出し、気軽に触れられるまでに押し広められた方です。

軽快な語り口と、時に無邪気さすら感じる筆致を縦横に操る氏の著作には多くのファンがいらっしゃるかと思いますが、本書は筑摩書房から刊行されていた雑誌、その後、大成建設の社内報へと媒体を変えながら綴れられた、氏の専門分野である建築をテーマにした連載記事を纏めてちくま新書として刊行された一冊の文庫収蔵版。実は連載のメインテーマであった(筈の)日本の住宅史というテーマは、今回の文庫収蔵に当たって書き起こされた巻末「日本の住宅の未来はどうなる?」に少し真面目な筆致で纏め込まれているため、帯に書かれた内容を端的にチェックしたい方は、20ページ程の増補部分だけを読まれれば充分なのかもしれません。

しかしながら、本書の真骨頂はやはり本文の筆致。表紙を手掛けられる南伸坊さんのイラストが示すように、如何にもインテリ芸術家肌風の著者が、その姿の通り縄文文化と日本の建築の関係について高い志を以て思索する内容にも見えますが、さにあらず。むしろ、二頭身キャラのような滑稽な土偶のボディとおかっぱ頭のコンビネーションが見せる様に、愉しく痛快に、時に脱線しながら日本建築のポイントを暗側面を含めて鋭く突いていきます(テーマに沿った挿絵も南伸坊さんが1話ごとに描かれるという、何気に超・豪華版です)。

全39話で綴られる、建築に用いられるパーツごとに分けてその成り立ちからなぜそのように使うのと言った素人には判りにくいポイント、更には東西を含む世界の建築との比較を添えながら、日本の建築の特異性と歴史的な一般性の双方を解説していきます。連載の一部が企業の社内報だったという事情もあるかと思いますが、時にちょっと奔放過ぎるかなとも思われる筆捌きも見られる軽快なタッチで綴るその内容。特に著者の学生時代(諏訪清陵高校のOB)の武勇伝は今であれば完璧にアウト!となってしまう内容も含まれますが、自らの失敗談や史料館に使う素材集めで行き着いた、鋳物師屋に住まわれた板金屋さんによる最後の割り板の技、自分の子どもたちとの「家づくり」から考えた、家に住まう事の原点などいったエピソードも巧みに話のテーマに組み込む、著者一流の読者を楽しませる仕掛けがそこかしこに設けられています。

そして、本書の狙いである日本の建築に対する入門としての側面。著者は「マイケンチク学」になってしまったと述べられていますが、その奔放さの先に日本の建築学自体が体系構築の過程にあるという研究者としての認識、さらに日本の建築自体も長い長い歴史的な過程を経て織り込まれた、体系を意識しない体系である点を指摘します。日本の住居に特有の姿、地面から上げられた床を持つ一方、わざわざ土足を脱いでその床に上がり、床の上では履物を用いない居住形態。唯でさえも可居住面積が少ない山がちな狭い国土の筈なのに、歴史上、長々と続く平屋主体の建屋。建屋の構造と逆を行く御柱を始めとする天に届かんとする柱を空に向けて建てようとする意識、深々とした傾斜の草葺きの屋根に土を盛り花を咲かせる特異な屋上構造。

軽妙に綴られる解説を読み進めていくと、縄文の息吹を伝え、太古の信仰を内に秘めた諏訪社の社叢に挟まれる高部で育まれた著者の想いが、思想や歴史面だけではなく、実践としての神長官守矢史料館を始めとした同地に建てられた建築群、著者の建築物に込められたコンセプトの中に、鮮やかにその輪郭として浮かび上がってきます。防寒としての竪穴式住居と掘り込まれた土間と囲炉裏、草葺きの屋根。心地よい風が抜け湿気を払う避暑としての高床式住居に平面性を美しく保つプレーンな床(それ故に近代に入ってからの照明への拘りや収納下手?の原因も)。天と地上の間を覆う膨大な森林の樹冠を貫き、天まで意思を伝えんとする柱がそれを支える。

文化の辺境である極東の島国に蓄積されていった、世界の建物の歴史が辿った残滓たちが形作り、意識の根底で様式となっていった日本の建物。その姿が明治の文明開化と共にどのように「住宅」へと変化していったのかを、近代建築で用いられるパーツを頼りに後半では綴っていきます。著者の専門分野である近代建築史を下敷きに、採り入れられた洋風とそれでも残る床暮らしの奇妙な同居。その先で勃発した戦後民主化と大量な住宅供給を求められた公団住宅(「団地」という言葉の発祥も含めて)成立の途上で奇妙な邂逅を遂げる事になる、LDKの記号に込められた住宅内における中心軸の客間から「ダイニングキッチン」への大胆な移動、家の主の交代を告げる時。著者はその変遷を焚き火を囲む縄文への回帰とほんの少しの揶揄を込めて述べていきます。

研究者の方が執筆する建築学入門と聞くと、間取りや様式、小難しい哲学が延々と述べられるのではないかと身構えてしまいますが、実践を含めて愉快に綴られる本書はそのエッセンスを著者ならではの日本の建築史(マイケンチク学)から伝えながら、氏の作品の本質に迫るきっかけを与えてくれる一冊。

是非この本を手に、八ヶ岳の裾野に広がる縄文遺跡と国宝土偶たちを愛でた後、諏訪大社、そして氏の作品たちに会いに来ませんか。

普段の生活の中で、建築家と建築がどんな想いを語りかけているのか、そんな視点を与えてくれる入口として。

 

水面と新緑溢れる山里で(2019.5.8~11)

4月の末からイベント続きの日々が過ぎ去った後。

何時もの静けさを取り戻した八ヶ岳の山懐にある山里は初夏の心地になってきました。

ぐっと冷え込んだ朝ですが、GWを過ぎると標高1000mを越える圃場も水が引かれはじめます。

今年はまだ雪が多く残る甲斐駒。

山裾の落葉松林も緑に染まり始めています(2019.5.8)

少し標高の低い圃場ではいよいよ田植えが始まりました。

標高が高い場所が故の短い稲作シーズン。農家の皆様にとっては一日も無駄にできない日々が始まります(2019.5.9)

周囲の新緑も日々、緑豊かになっていきます。

新緑の圃場と甲斐駒新緑をバックに水が張られた圃場に映る甲斐駒の山並み。

緑と水のコントラストが眩しい5月の朝(2019.5.10)

週末、沸き立つ雲に覆われる甲斐駒。

好天を期待したのですが、朝から雲が空を覆い風も強く吹く昼下がり。偶然にも空には彩雲が掛かっていました。

ちょっと天気が崩れそうなので、遠出はせずに近くをお散歩。

汗ばむほどの暑さとなった午後の日射しを浴びる、南アルプスを望む圃場に広がる麦畑。まだ浅い緑に覆われています。

若い麦の穂まだ瑞々しい緑を湛える麦の穂。

標高の高いこの地で麦秋を迎えるのは1ヶ月ほど後、梅雨入り間際です。

暑さを避けて標高を上げて八ヶ岳の山懐に飛び込むと、牧草地の先には新緑の中に山桜が花を咲かせています。

牧草地沿いで花を咲かせる山桜。

牧草地の向こうには落葉松林が広がります。

新緑に染まる落葉松の小道落葉松林の中に延びる林道。

落葉松の新緑見上げると、浅い青空の下、軽やかな緑に染まる落葉松の新緑。

心地よい風が吹く中、何時までもこの景色の下を歩き続けたくなります。

八ヶ岳牧場、本場の新緑林道を進んでいくと、開けた新緑の牧草地の中に放たれた牛たち。こちらにアイコンタクトしている一頭も。

5月から10月中旬に掛けて、この場所では麓の酪農家から委託された雌牛達がのびのびと放牧されます。

更に涼を求めて、八ヶ岳西麓を横断して茅野市側、多留姫の滝へ。

新緑に包まれる滝の音に暫し、耳を傾けます。

夕暮れの圃場1午後も3時を過ぎると、八ヶ岳から真っ黒な雲が降りてきて、夕立のような雨が降った八ヶ岳南麓。

日没を迎えて、雲が取れはじめると、鮮やかな夕日と空が圃場の水面に映ります。

夕暮れの圃場日が西の山並みに沈み、空の雲が流れ去ると、山里の渚にも夕凪が訪れます。

5月も初旬で既に夏日となった週末。一雨降って、少し涼しくなってきました。

桜と落葉松の新緑新緑の緑と圃場を満たす水面の美しさを愛でれるのは5月始めの、GW明けの僅かな期間。田植えが始めると山里は次のシーズン、梅雨を前にした麦秋へと向かいます。

 

まだ浅い新緑の中で(2019.5.5)

今年のGWも終盤戦。

沸き立つ雲に夕立と、季節はすっかり初夏の装いになってきました。

それでも標高の高いこの界隈はまだ春と夏の狭間、漸く緑が眩しくなる頃合いです。

まだ浅い落葉松の緑に包まれる千代田湖の湖畔。長いお休みとあって多くの皆さんが湖畔でキャンプやバーベキューを楽しんでらっしゃいます。

峠を下り、谷筋に拓かれた松倉の集落へ。

満開の鮮やかな菜の花畑の向こうに、ピンクに彩られた山肌が現れます。

落葉松の植林地が崩落したか伐り出された後に植えられたのでしょうか。躑躅が山肌を覆う様に花を咲かせています。

杖突峠から高遠に下る谷筋を越えて更に西に林道を進むと、箕輪ダムへとたどり着きます。

ダムサイトから望む下流側。午後の日射しを浴びて鮮やかな新緑を輝かす落葉松林が谷筋を覆います。

谷筋を通る林道脇に咲く山桜。

山桜は咲き始めると同時に若葉が芽吹き始めます。若草色と薄い桜色が午後の日射しに交じり合う頃。

落葉松の新緑に包まれる沢筋。ここはダムの建設と共に住む人が居なくなった場所、地理院地図にすら字名が記される事がなくなりましたが、ダム建設の見返りとして拓かれた林道の脇には人が住んでいた跡が今もくっきりと残されています。

落葉松の緑。まだ瑞々しい芽吹きの色です。

芽吹きの色に染まる落葉松林。気温が20℃を越えて少し暑いくらいですが、せせらぎの音が響く落葉松林は涼しい風が吹き抜けていきます。