今月の読本「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)バックヤードを担い続けた先駆者の情熱と想いは、みんなのための「水族館学」へ

今月の読本「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)バックヤードを担い続けた先駆者の情熱と想いは、みんなのための「水族館学」へ

地下に専門書が並ぶ松本の某書店さんは、ついつい長居がしたくなってしまう、山籠もりのしがいのある書棚がとてもうれしいお店。

そんな山籠もりの途中、生物関係の書棚で偶然見つけた一冊。多くがブルーを基調にした海洋生物の書籍の中でもひときわカラフルな装丁にちょっと驚きながら手に取ったその本は、なんと大学出版部の刊行書籍。版元故に、お値段はページ数の割にはかなりお高いのですが、ちょっと立ち読みしたその内容に強く惹かれて、購入して一気に読んでみた次第。

今月の読本、今回は「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)をご紹介いたします。

著者の鈴木克美先生は、戦後の水族館の変遷をバックヤードで身を以て体験し続け、現在の水族館人気を底辺から支え、リードをされてきた方。そのキャリアの中で3つの時代を画する水族館の開館当初や立ち上げに携わり、その後、本書籍の版元である東海大学の付属海洋科学博物館の館長、教授を務めるという、水族館、そして水族の飼育と研究にも多大なる功績を残された方です。また、日本で最初期のスキューバ(アクアラング)の実践者でもあり、日本に於ける水中写真の開拓者として、更には教育者として数多くの著作を上梓されています。

そんな著者がこれまでの足取りを綴ったエッセイ集である本書。本文の内容に合わせて描かれたカラフルな挿絵と共に、流石に多くの著作を手掛けられた流麗でありながらも、一本筋の通った筆致に身を委ねて読んでいくと、これまでの水族館に対する情熱と想い、そして未来の水族館に対する強い期待と希望の念が切々と伝わってきます。

現在まで続くアミューズメントとしての水族館の幕開けを告げた江ノ島水族館における開館当初からの飼育事情。掲げられた看板や開設者の想いとは裏腹のバックヤードの姿には、現在も多くの水族館に共通する課題がこの時点で生まれていた事を示しています。動物園と違い、飼育する水族や餌すらも自ら調達、飼育する必要がある水族館。動物園と共に設置準拠法は博物館法となるため、当然のように社会教養施設であり、学芸員を擁する研究、教育施設であると判断されそうですが、実際には動物園以上に当初からアミューズメント施設としての側面が強く前面に押し出されてしまいます(特に水族という括りでは、ペンギンや海獣、更には水生植物や無脊椎動物まで扱うため、フィールドが広大故に研究テーマとなりにくい)。

そのような想いが更に大きくなるのが、設計段階から手掛けた金沢水族館。陸上生物と異なり、水中生物、特に海水生物を飼育、展示するためには水がなにより大事。当時としては画期的な動物園や娯楽施設も擁するヘルスセンターという名のテーマパークのいちパビリオンとして、山の上に建てられた水族館で水族たちが安定して暮らせる水質、水量を常に確保するための技術検討から取り組む事になります。更には展示する魚を確保する為に必要となる潜水技量や捕獲技術、運搬技術、餌の開発と、時には技術者としての側面すら求められます。試行錯誤の中で生み出された、熱帯魚を展示の目玉として中核に置く展示スタイル、現在の水族館で用いられる飼育、保全手法の多くは、地域振興をテーマに掲げて当時日本中に増加した各地の水族館のネットワークを通じて、あまねく普及していった結果であることを述べていきます。

展示に特色を出すため、更には地域密着をアピールするために、自ら潜水技術を身に着けて水族館で展示する魚達を追う中で(実際には、日本海の魚は飼育も難しく、地味でお客さんの興味をあまり引けなかったと)、あらゆる協力を受けることになる、各地の水産試験場や、大学の臨海実験場。水産大学を卒業しているとはいえ研究者とは異なる道を歩んできた著者に、これら研究所の研究員たちは、その着目点や水族館ならではの環境、ある意味では研究施設が羨む飼育環境での観察結果に強い興味を示し、著者に対してそれらの成果を報告として纏める事を勧めていきます。果たして水族館の「社員」の身分でそのような研究に足を踏み入れる事が出来るのか、迷いながらも撮影した水中写真の発表を続け、水族館での業務の傍らに纏めた内容を研究者の方の好意で掲載を続けるうちに、更なる想いが芽生えたようです。

子供の頃から水辺の生き物が大好きで、何時も川に出掛けては追いかけていた少年時代からの想いを水族館というフィールドで描き始めた著者が更なる高み、アミューズメントとしての楽しさ、学習の入口としての役割はそのままに、研究としての水族館へ進む道程を次に見つけようとしていきます。

著者がその想いを叶えるために建築工事の真っ只中にやって来た3つ目の水族館。それは現在でも珍しい、研究の片手間ではなく広く一般の入場者を受け入れる事を念頭に設置された大学付属の水族館。大学の先生達が設計に加わった理想主義的な設備設計に手を焼き、設置直後から大学生の実習も受け入れることになったために当初は大変だったようですが、現在の視点で見ても大規模な一辺10m、深さ6m、水量1000tというメイン水槽を擁するその施設を最終的には館長として切り盛りしていく事になります。

著者のこれまで培ってきた水族館運営手腕と潜水技量、水中写真の技術に、多くの水族館員や大学の研究者、そしてこの場所を研究の一ステップとして選んだ海洋学部の学生たちの活躍により、その特異な位置づけを持った水族館は徐々に発展を遂げていったようです。深海から一気に立ちあがる駿河湾の環境が生み出す特色ある魚達の展示への挑戦、同じ湾内にベースを構える水族館同士の協力、更には地元の漁師の方々との紆余曲折を経ながらの協力体制の確立は、全てが上手くいった訳でも、成功したわけでもありません。特に、著者が現役を退いた後に他の水族館で続々と達成された飼育成功の話(例のマグロの話やマダラや深海魚、ジンベイザメ等々)については、殆どやっかみ同然の言葉を述べていく(反対に、現在まで飼育が上手くいっていない魚種に対しては、すわ当然といったちょっと大人げない反応も)点は、水族館のバックヤード一筋に情熱を傾けてきた自負の裏返しでしょうか。

そのような中でも、本書に於いて著者が力を入れて描き出す部分は、水族館がある意味最も得意とする繁殖における観察成果。雌雄同体や変体など、今でさえ比較的よく知られてきましたが、当時は非常に珍しい事例だと見做されてきた繁殖行動が、水族館での粘り強い飼育と観察の成果として次々と見出されてきます。本書の白眉と言えるかもしれません、本書が上梓される前の2012年までに戦後日本の水族館職員で在職中に学位を得た30本の学位請求論文リストが掲載された1頁。その7番目には、著者自身が東京農業大学から授与された際の学位請求論文名も掲載されています。金沢水族館時代に得た好意の延長に、更に着任してから約10年の研究を積み重ねた末に得た学位。アミューズメント施設として、または社会教育施設としての水族館に所属する職員が研究を行い、学位を請求することが果たして妥当なのか、内容が学位に相応しい水準と研究題材と言えるのか。学位を得た後で教授職を務めた研究者として、そのような疑問に対して、きっぱりとこう回答しています。

<引用ここから>

二千七百種もの魚を常に飼って、いつも施設が稼働している水族館には、水産研究以前の自然研究の材料が得られる。水産利用に役立つ学問といった狭い考え方にこだわらなくてもいいのではないか。

「研究する水族館」といっても、小難しい水族館にするのがいいわけではない。漠然と眺めて珍しく楽しければそれでいい水族館から、意外な知識と出会いを喜んでもらえる、もう一つの深い水族館へ、「ダーウィンが来た!」とまではゆかなくても、驚きを与える水族館へ、サイエンスを楽しく説明できる水族館へ。そこで生まれたオリジナルなナチュラル・ヒストリーが平易に語られる水族館もほしい。

<引用ここまで>

既に開設から40年以上の歳月が流れた、著者が最後に手掛けた水族館は、その想いに応える場としての役割を今も果たそうとしている筈です。昨今ではカリスマともいうべき水族館プロデューサー、中村元さんは、アミューズメントでなければ水族館は意味がないと常々述べられていますが、その一方で、ご自身が公開している日本の水族館を紹介するホームページで、著者が手塩にかけてきた水族館を評してこう述べています。

「なによりも、この水族館の魚類たちは、特別に状態がよく、どれも太りすぎずやせすぎず、傷もなく大きく成長し、なぜかしら色落ちもしていない。素人目にも分かるほどの飼育技術の高さに好感が持てる。」

この水族館を併設する大学の海洋学部からは、毎年多くの卒業生たちが全国の水族館に旅立っていく。そのゆりかごとしての役割を担い続けるこの水族館の施設やアミューズメント性は最先端ではないかもしれませんが、長年に渡って培ってきた、学研を兼ね備えた採取、飼育、繁殖、運営技術は、きっと全国の水族館を泳ぐ水族たちを魅せる「アミューズメント」の底辺としての役割を果たしている。その底辺を支えるために必要な技術と、学問的素養、継続的な研究。著者が望んでやまない「水族館学」はきっと皆さんも大好きな、水塊の先に繰り広げられるワンシーンをこれからも担い続けている礎となる筈です。

世界一、魚が大好きな日本に、世界でもとびっきりの楽しい水族館と、それを支える水族館学が培われていく事を願いながら。

 

今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

本を読みますか。

私はこの本を仕事の昼休みの時間にこつこつ読んでいましたが、学位持ちすら珍しくないスタッフが何十人も集うこの場所でも、お昼休みに本を広げる人はまず居ない。いわんや文芸関係の話題など雑談でも決して出てくることは無いという現実。

本離れが叫ばれて久しい昨今で、自分の周りにある現実と、この本に描かれた、まるで高度成長期を思わせる(内容は間違いなくこの数年の出来事なのですが)、ノスタルジーで古びたアルバムの片隅に残された写真のような物語のギャップに戸惑いながら読み進めた一冊。

今月の読本、「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)をご紹介します。

著者は札幌近辺の高校で長年に渡り司書を務められた方。表題からすると一見して司書さんが其処に集った学生たちを紹介していく体裁に見えますが、内容は少々異なります。

13人の高校生(卒業生を含む)たちそれぞれが自分の言葉で話し始める体裁を採った物語、ある種の文集に近い感じで纏められた物語達は、著者の手によって描かれてますが、その内容は全て本人たちに内容を読んでもらって纏め直したもの。実質的には13人の高校生たちが自ら綴った高校生時代を語る一ページとして捉えられるようになってします。

それぞれの登場人物たちは「今時」で「普通」の高校生とはちょっと異なります。読書感想コンクールで賞を取ったり、ビブリオバトルで東京の決勝大会に挑んだり、文集に寄稿したり、中学の頃から作家を目指していたり、帰国子女だったり…。著者の職場である図書室に集った彼らは、図書委員(図書局員と呼ぶ)であったり、他の部活と掛け持ちであっても本を求めて図書室に良く訪れていたりと、既にこの場所に集う前から何らかの形で本との結び付きを持った生徒達です。そこで語られる本達も所謂文芸書が殆どで、最も同年代で読まれるであろう「活字」であるラノベはおろか、漫画や実用書、歴史や学術系の書物が触れられる事は殆どありません(中には、飯間浩明さんの著作に興味を抱く、文字に魅せられた辞書好きといった極めて個性的、いや将来有望すぎる生徒も)。そのような意味では、既に本を読む事を普段のワンシーンに取り込んでいる、あまり一般的とはいえない生徒たちの読書物語なので、この本を以て読書離れの昨今に対して何らかの表明を行おうとか、読書のきっかけを提示しようとかという、読書に対する遅ればせながらの啓蒙を意図する感じはみられません。

現在を啓蒙するより遥かに遠い過去、まるで昭和という時代にその場所で語られたであろう、文芸に触れた若者の余りにもソリッドでナイーブな反応をそのままに集めた文集のような体裁に纏め上げた著者。本シリーズが岩波ジュニア新書と並んで学生層までをターゲットとした作品を揃えているために余計に感じるのですが、その綴られた内容が余りにも現実離れした内容、いいえ、懐古的なテーマとエピソードを敢えて拾い出しているような感触に強い違和感を感じたのでした。

それでも、クラスや部活といった時間軸で拘束されたり、固定化された仲間であったり、学生ゆえの成果を求められる場とは異なる、図書室という緩やかに生徒が集う特別な時間と空間、その空気を作り出す、全ての生徒に対してニュートラルな立場を採れる司書という立場。ソリッドな想いをダイレクトにぶつけてくる生徒たちと、それを優しくも何処かに誘導する訳ではなく、ありのままに受け止めようとする著者。自らの豊富な読書経験と、豊かな物語が詰まった図書室という空間を最大限に生かして、物語と出会う広がりを与えてあげる事で、少しずつその想いが豊かさを増し、着地点を自ら見つけ出していく生徒の瑞々しい言葉たちを、なるべく損なうことなく拾い上げていこうとしていきます。

皆一芸に秀でた「優秀生」ならではの抱える想いに、彼らが手にした本と物語がどう響き合い、応えて来たのか。著者の読書への想いと生徒たちの想いが交わる暖かい場所、図書室を舞台に綴られた物語に、もう絶滅してしまったかと思っていたそんなシーンが、北の大地でしっかりと今も息づいている事を確かめながら。ちょっとピュアすぎる登場する生徒たちのその想いに、眩しさと羨ましさを感じつつも(年ですなぁ)、物語を読むってこんな事だったよねという、原点を再び思い出させてくれる一冊です。

今週、貴方が手に取った一冊は、どんな思いを語りかけていますか。

 

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

普段は人影すらほとんど見る事のない、県道沿いに建つ廃校となって暫くの時を経た小さな小学校。

この週末、生徒たちの歓声が途絶え、人の息吹を失ったようなこの場所(地元注:コスプレ撮影に敷地を提供している時もあるらしい)に、大挙して人が押し寄せ、警備員が配置され、誘導の案内係が路地に立つという、ちょっと驚きの風景が展開しました。

5月の終わりにTV東京系で放映された「美の巨人たち」。絵画ファンだけでなく、建築好きの方にも好まれる、時にディープでユーモアあふれるアプローチで作品たちを紹介する番組ですが、その番組に一風変わった作品が登場しました

多摩の小学校で図画工作の教員を務めながら画業をこなしていた、画家というより典型的な学校の美術の先生の風貌を持った作家の、僅か38年に過ぎない人生で描いた、ある一枚の作品。その作品は現在、写実をテーマにした展覧会で各地を巡回中ですが(番組スタッフにとって痛恨だったのが、同じ展覧会の特集をNHKの日曜美術館で採り上げた直後だった点、幸い作品は被っていませんでしたが)、風景写真を楽しむ身として、その描写と光の陰影に妙に親近感が湧いたのでした。この光の捉え方こそが、写真を撮る時に狙っていた雰囲気そのものだと。

そして、番組を見ている間に調べていると、なんと目と鼻の先にある場所で展示を行っているという事が判り、番組の終わりには、実際にその準備風景まで撮影されていた事に驚いたのでした。

これは何としても観に行かなければと、仕事の締め切りとにらめっこしながら訪れた展示会最後の週末土曜日の午後。そこには、明らかに番組を見たであろう県外ナンバーの車が大挙して押し寄せていたのでした。

長坂と日野春の間に立つ、つい最近廃校となった旧日野春小学校。

現在施設を管理している団体はちょっと格好良い名称を付けて呼んでいますが、現役時代を知っている地元民としては、矜持を以てこの名称で呼ばせて頂きます。普段は人気のないグラウンド、今日は臨時駐車場として開放されており、多くの県外ナンバーの車が並んでいました(午後2時の時点で軽く数十台)。

画家、犬塚勉の絵画展。校舎の中に入ると、2階に進むように案内されます。

手作り感溢れる絵画展の受付案内。

如何にも学校という掲示板に張られた、絵画展のパンフレット。

このパンフレット、地元の各所にも置かれていたようですが、スーパーの掲示コーナーに置かれていた分は、この絵画展のパンフレットだけ払底しており、皆様の注目度の高さが伺えます。

もちろん絵画展ですので撮禁ですから、写真は展示会場の扉の部分だけ。校舎2階の3つの教室が展示場所として用いられていました。

<絵画展は終了していますが、ここからはネタバレです>

まず最初の部屋に入ると自画像が出迎えてくれますが、暗幕を掛けた教室は真っ暗で、各絵画の上に取り付けられた小さなスポットライト(2つ)が絵を照らし出すスタイルで統一されています。

絵画自身が持つ配光方向とスポットライトのセッティングが全く合っていないので、少々首を傾げながら(ポイントを探しながら)眺める事になったのですが、私を含めてTVを見て初めて作品を知った方々にとってはちょっと衝撃的な一部屋目の展示です。そこに描かれたのは、何とも言えない抽象画の数々。しかも多数の目や二重丸に包まれた抽象画たちが南欧を思わせる暖色系でややくすんだ色彩で描かれています。その絵画が何を意味するのか、俄かには判らないのですが、ふと、人目を極端に気にする、人の評価に敏感な方だったのかなとも思わせてしまう、ちょっと異質な、でも道化の絵などは如何にも南欧テイストにありそうな絵画たちに意表を突かれたのでした(略歴にあるように、一時期、アンダルシア、カタルニアに遊学していたようです)。

そして、1部屋目の最後になると、その描かれる画は急激に変化を遂げます。ソリッドに岩脈の陰影を取り込もうとするその絵は、抽象画から大きく写実指向へと移り変わっていきます。

二部屋目に入ると、その画業の急激な変化が見えてきます。徹底的に書き込まれた緑。草木の一本一本まで捉えようとする意志を画面いっぱいに満たしていく様な勢いで描き込まれていきます。そして、写真を撮る時に願う陰影感をそのまま絵で表現しきってしまったような繊細な描写を見せる絵画たち。

後から続々と訪れる観覧される方々に、真っ暗な教室の中でどんどん抜かれつつもじっくりと眺めていると、妙な事に気が付きます。それは、画面の下側に明らかに「光の蹴られ」が認められる事。

写真を撮られる方ならよく判ると思います、画面一杯にプレーンな絵を作ろうとした際に、絞りと周辺光量、フレーミングのバランスでどうしても手前側の足元付近に暗部とボケが出来てしまうミス。「6月の栗の木の下より」や「林の方へ」に特に感じるのですが、その仕上がりから写真を見ながら作品を描いているのではないかという感触、更には「写真を描いてしまっている」という微妙な違和感。

その一方で、同じ部屋に並んで飾られていた「山の暮らし」。単に斧を入れた後の大きな丸太を描写しているようにも見えますし、その光線の使い方や描写はリアルに映るかもしれません。でも、この丸太にはあるべきものが描写から殆ど省かれてます。斧の切り口に描かれるべき丸太の年輪、一方でまるで風景そのものを写し撮るような細密な描写を描きながら、もう一方では明らかな省略による主題の絞り込みを意図している。

その違和感をはっきり理解したのは、最後の部屋に飾られていた、番組でも採り上げられていた「縦走路」の制作エピソード。ご覧になられた皆様が感嘆の声を上げて見惚れているその精緻な描き込みを見せる作品は、キャンバスの横に張られた自らが撮影した写真を横にしながら一気に描き上げたもの。そこには、確かに画家がその場に立って感じた風や日の匂いが込められている筈なのですが、どうしても精巧に描かれた、表現したかった写真の風景を細密に、印象を込めて再現するに留まっているような感じがしたのでした。

そんな複雑な想いを真っ暗な部屋の中で抱きながら、その隣に掲げられていた絵を見た瞬間、生まれ始めていた疑問は一気に氷解したのでした。

「縦走路」に満足された皆様が足早に過ぎていく中、私が足を留め続けた一枚の絵「ブナ」(写真は購入したクリアファイルの一部分です、本当の色合いはもっと複雑で素晴らしい)。

晩秋から初冬の午後を思わせる背景の雑木林に差し込む光線感、落ち葉を照らし出すその描写はリアルを越えて、この空間を実際の光線を用いて演出されている事を感じさせる一方、その自然な演出には全くの嫌味を感じさせず、まさにその場に佇んでいるかに思えてきます。そして、中央に悠然として描かれるブナの大木。先ほどの「山の暮らし」にあるように、その描写は一見リアルに思えますが、写実を脱して抽象へと再び回帰する段階を示しているかのようです。

多摩の自然と触れ合い、多くの山岳登山を通じて得た実体験と写真を通した写実を細密画で描き切った先に見つけた、新たな抽象の世界。リアルに描いたのでは得られない、絵画だけが辿れる木の温もりや肌の心地を遂に捉えはじめているかのようなこの作品に強く心を打たれたのでした。

そして、この絵画の裏側に展示されていた一連の未完成作品たち。その構想スケッチだけではどのような世界観を求めていたのかは知る由もありませんが、残された未完成の作品の中央に置かれた一つの巨石の姿には、既に緑の草木を描いていた時の細密さとは別の物が宿っています。細密さを極めた光の描写の更に先に描こうとしていた、背景を作り出す未だ未完成の水の流れの表現、既に意志を持った描写へと進みつつあった、主題を示す石の描写に見られる抽象への回帰が交わろうとしていた矢先に山に逝った画家が本当に求めていたその先は、もしかしたら残されたご家族を含めて誰にも判らないのかもしれません。

真っ暗な教室から外に出ると、眩しい光が射す廊下の先に、「犬塚勉のまなざし」という手作りの表札が掲げられた、複製原画(販売品のようです)と故人の遺品などが飾られた談話室風の教室があります。こちらは絵画展と違って常設のようですが(違っていたらごめんなさい)、木々の向こうに甲斐駒を望む窓から流れ込む涼しい風と明るい日差しに溢れ、穏やかな空気の流れるこの場所こそ、画家の作品を飾るに相応しい環境ではないかと等と想いを巡らせながら。

TVでも紹介されていたように、引き戸を外した押入れと、部屋の隅に置かれたイーゼルを前に深夜に及ぶ制作に励んでいた画家の姿を良く知るご家族が、制作中の雰囲気を伝える想い、最密な作品をじっくり楽しんでもらうための環境として、更には作品の保護の為に暗くした部屋で展示されていた事は理解できるのですが、雄大な八ヶ岳の懐に抱かれた、緑と日差し溢れるこの場所では、せめて明るい雰囲気で作品を眺める事が出来たら、もっと絵を見る事自体が楽しくなったのではないかなどと、ちょっと考えながら。

画業の半ばで逝ってしまった画家が絵に対してどのような境地に立ちたかったのか。前半の作品に多く添えられた画家自身のコメントが末期になると途絶える中で、その余りにも短い期間の間に急速に移り変わった作風からは容易には読み解く事は出来ませんが、そのような画家の画業全般を知って欲しいというご家族の展示意図は充分に感じられた展覧会。

流石に観覧される方が殺到したらしく、在庫していた画集も払底中(どうも、前回NHKで採り上げられた際に行っていた展覧会「純粋なる静寂」の際に作成したノベルティ群を継続して使用していたようです)のようですので、その画業の広がりを知る手掛かりが今一歩の状況ではありますが、いずれまたこの場所で作品を観る機会を得たいと切に願っています。

画家や作品にご興味のある方は、ご家族が開設されている公式ホームページに一部の作品が紹介されていますので、是非ご覧頂ければと思います。

 

 

 

 

 

季節は梅雨へ(2017.5.29~6.12)

仕事の都合で遠出が出来ない日々。

それでも、季節の移り変わりを留めたく、朝夕の僅かな時間を捻出してはシャッターを切り続けていました。そんなカットのうちから何枚かを。

遅れていた田植えも進んで、周囲の圃場は全て苗が植え揃えられました。

水面に映る山並みが望めるのも、もう僅かな期間です(5/29)。

梅雨入り前の夕暮れ、圃場に一条の光が差し込みます。夕日が西の空に沈んだ後、山並の向こうで雲が真っ赤に染まっています。

日射しが無くなると急に寒くなるこのシーズン。鮮やかな空の色とは対照的に、山から吹く冷たい風には肌寒さを感じます(6/4)。

梅雨を迎えて、少しウェットな南アルプスの空に雲が流れていきます。若々しい緑に包まれた圃場では、稲がすくすくと育っているようです。

圃場の脇では自家用でしょうか、早くも夏蕎麦の花が咲き始めています。最近特に増えてきたこのシーズンの蕎麦の栽培。新蕎麦までの繋ぎ需要もあるようです(6/9)。

今にも雨が降り出しそうな東の空を背に西に向けて車を走らせると、梅雨時とは思えない、鮮やかな夕暮れの空が広がっていました。日暮れを迎えると半袖では涼しいほどの梅雨寒の日々が続きます(6/11)。

ぐっと冷え込んだ朝。鮮やかな梅雨晴れの空の下、刈り入れを間近に控えた麦畑が視界いっぱいに広がります。こちらは出来るだけ雨が降らないうちに刈り入れてしまいたいであろう、麦秋を迎えた麦畑(6/12)。

梅雨空とはちょっとイメージが違うかもしれませんが、これも季節の一ページ。夕暮れを迎えて再び雨模様となってきた八ヶ岳南麓は、これから本格的な梅雨のシーズンを迎えます。

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

中央構造線沿いには、幾つかのジオパークが控えていますが、その最も判りやすいポイントとして挙げられ、色々な解説でも採り上げられるのが「露頭」ではないでしょうか。

有名な観光地になっている糸魚川は良く知られているところですし、かの大鹿村の某博物館界隈には、国道152号線沿いに(この場合は正しくは酷道と書くべきですね)2つの露頭が控えています。

大鹿村に比べるとちょっとマイナーなのが、伊那市内の旧高遠と旧長谷にある露頭。長谷(溝口露頭)に関しては、それでも美和湖の畔にあり、駐車場が完備されていますので、道の駅(ここの手作りパン、特にクロワッサンは絶品です)に寄る序にでも訪れる事が出来ますが、それらに比べると圧倒的にマイナーな露頭がもう一つあります。

杖突街道を杖突峠から高遠に抜けていく途中、もう少しで高遠という場所にあるガソリンスタンド(エネオス)を抜けたすぐ先に、このような看板が立っています(本当は、この先100m程の所にもっと立派な案内看板が立っているのですが、左折すると、短い区間ですがいきなりすれ違い絶対不可の1車線道路に連れ込まれるので、個人的には多少なりとも道幅のあるこちら側から入る方がお好みです)。

暫く走ると、このように案内看板が見えてきます。案内に従って路地に入ろうとすると…。

中央構造線、板山路頭のゲート前

何とゲートで封鎖されています。なにやらゲートに書かれているのでもう少し近寄ってみましょう(道幅狭いので、路駐せずに奥へ)。

「ご自由にお入りください」の表示です。ちょっとほっとして、ラッチを外して中に車を進めます(お願い:ゲートの掲示にも書かれていますように、お帰りの際には「必ず」ゲートのラッチを閉めて下さいますよう、お願い致します。ゲート付き進入可の林道と同じルールですね)。

ゲートを開けたら、チェーンを左右のポールに引っ掛けておけばOKです。ゲート奥の右手が駐車スペースになります。

駐車スペースに用意された周辺案内看板。露頭までは約80mと至近です。

では、てくてくと歩いてみましょう。

ほんの数分歩くと、このように案内看板が見えてきます。すでにこの位置からでも露頭の様子が判りますね。

立派な案内看板が用意された、中央構造線、板山露頭。今まで中央構造線の露頭は5カ所見てきましたが(南アルプスジオパーク内はこれでコンプリートです。あ、程野は麓を通過しただけだった)、一番丁寧に解説された看板ではないでしょうか。こういう看板が糸魚川にも”露頭の目の前”に欲しいのですが…。

北川露頭のような、頭上遥か高くから目の前に迫ってくる圧倒的な露頭ではありませんが、高さは3m弱、視線の正面で見られて、はっきりと判りやすい露頭です。

露頭のアプローチ路の途中で見られるのですが、左側の脆く崩れた岩肌には植生が見られますが、右側の黒い岩肌には植生があまり見られません(僅かに松が岩に食い込むように生えているだけです)。脆く風化しやすい地質では定着するのは本来難しいですが、根を張る事は出来るためにこのような違いが生まれるようです。

南アルプスジオパーク内にある5つの露頭のうち、板山以外の4つは露頭自体の見学が終わればジオサイトとしての見所としてはそこまでですが、板山露頭の場合には、もう二つ、お楽しみが用意されていました。

一旦、駐車場まで戻って、案内板に従って、左側の細い道(階段)を登っていきます。

急な斜面の墓地を抜けると、目の前の視界が開けてきます。正面には、戦後、高遠城内から移築されたと云われる鳥居が立っています。

鳥居を抜けてすぐ先に小さな石柱で区切られた広場が見えてきます。

広場に入ると、狭い谷間を抜ける杖突街道とは一線を画す空の広さ。一気に視界が広がってきます。

正面には比較的最近に建てられた神楽殿。私の住んでいる場所もそうですが、この地方は神楽や農村歌舞伎(すぐお隣の大鹿はとくに有名ですね)の伝統が色濃く残っています。

神楽殿の裏手には、小奇麗な社殿が建っています。昭和23年にこの地に遷された、殿宮神社と呼ぶそうです。

そして、境内の裏手には、足元に杖突街道を見下ろすパノラマが広がります。

殿宮神社から見渡す、杖突街道と中央構造線の解説板。

解説板と同じカットを。杖突峠に向けてうねるように登っていく街道筋と中央構造線、そして左右の山並みの違いが判るでしょうか。

暫し周囲の山々の絶景を堪能した後で、今度は山側の遊歩道を降りていきます。

途中、眩しい新緑のトンネルを抜けていきます。

ぐるっと下っていくと、谷筋の窪地にレンゲツツジの群落が出来ています。

建てられた石柱を見ると、どうやら植樹したようです(三葉ツツジと彫られていますが、案内板にもあるようにレンゲツツジですね)。

下まで降りて、レンゲツツジの群落を。丁度シーズンを迎えて満開となっていました。

非常に綺麗に整備された中央構造線、板山露頭。要所に掲示されているように、南アルプスジオパークの登録に向けた一連の整備事業に依る所が大きいようです。

お天気の良い週末の土曜日、しかもレンゲツツジが見頃という絶好の訪問タイミングにも拘わらず、私が滞在していた小一時間ほどの間に訪れた方は残念ながらゼロ。国道沿いからこんなに近くて、しかも整備されて見やすい場所なのですが、なかなかに難しいジオパーク。杖突街道を見下ろせる貴重な高台に至るにしても、僅かに歩く事、5分ほどです。

高遠にお越しの際のほんのちょっとの寄り道として(実はこの先の小豆坂トンネルを抜けると長谷に通じており(反対側はかの有名な廃集落、芝平からラフロードを登り富士見方面に抜ける事が出来ます)、桜のシーズン、杖突峠側からの渋滞を避けて、逆サイドの美和湖側からアプローチするための抜け道だったりもします)、更にはこの先に繋がる”酷道”ツアーの付け合せに如何でしょうか。

中央構造線、板山露頭の周辺地図です(地理院地図を使用しています)。

<おまけ>

緑の中へ(2017.5.27)

雨上がり、風は強いながらも上々なお天気となった土曜日。

少しずつ冬物を片付けた後、陽射し一杯の午後に出掛けます。

午後の陽射しが差し込む明るい落葉松の人工林。

軽やかな緑が、森の中を染め上げます。

落葉松に囲まれて、黄緑色の新緑を装いう白樺の木。

緑の小路を進んでいきます。

緑に染まる、千代田湖の湖畔。テントを持ち込んで、ランチを楽しむ皆様が湖畔にちらほらと見られました。名物のレンゲツツジ開花はもう少し先。

緑に染まる森の中で包まれる昼下がり。

千代田湖の森を抜けて、谷筋を下ると、一番奥に位置する集落、松倉へ。田植えの済んだ新緑の棚田の向こうに杖突街道に下る谷筋が見えています。

緑の苗の間を抜ける漣。山里に広がる小さな海辺のワンシーン。

長く、長くなった日射しが西に傾く頃、綺麗に植えられた苗が広がる伊那谷のある小さな圃場にて。奥に広がる木々とのコントラストが楽しめるのも、このシーズンならでは。

5月らしい、気持ちの良い風が伊那路を抜けていきます。

 

 

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

何時もとはかなり毛色の違った一冊。

所謂、葬式檀家と言われる一群に属する私ですが、子供の頃から彼岸には両親の実家に当たる墓参を欠かさなかった母親に付き添い、その一方、やはり母親の影響で地元にあった小さな長老改革派教会の日曜学校にも僅かな年数ですが通い、(既に頭の片隅にしか残っていませんが)聖書も一通り読んでいたという、今時の日本人としてはマイナーな子供時代を過ごしていたせいでしょうか、神社仏閣や教会、自身は無くても信仰する宗教を持つという事に違和感を全く持たずに大人になったような気がします。

それでも、新井白石が好きな私にとって、キリスト教と信仰する方々はやはり彼岸の存在。歴史としての旧約聖書や新約聖書から繋がるローマ時代の歴史、絶大な影響力と特異な国家としての位置づけを今に至るまで保持するバチカン/ローマ法王(教皇)には強い興味があっても、その信仰に振り返ることは無かったと思います。

そんな中で手にした今回の一冊。この選書シリーズ特有の表題や帯の仰々しさはさておいて、ちょっと気になる「孤独」とキリスト教というテーマに惹かれて読んでみる事にしました。

今月の読本、「キリスト教は役に立つのか」(来住英俊 新潮選書)です。

前述のテーマにあるように、本書は神学書でもなければ、キリスト教の教義を綴った本でもありません。著者はローマカトリックの修道司祭(即ち独身です)ですが、社会人になった後に洗礼を受けて司祭への道を歩んでおり、その起点に於いては家族との大きな葛藤があった事も冒頭に述べられています。そのような葛藤を抱えながらキリスト者(この単語を全文で貫いていらっしゃいますので、それに従います)としての歩みを経る道程を振り返りながら綴られる本書は、著者の信仰への道をそのまま投影しているかのようです。社会的、文化的、歴史的にもキリスト教世界とはかけ離れた位置である日本に於いて、どのようにその道筋を綴れば良いのか。著者はその想いを二つのキーワードに込めて語りかけます、孤独と、それに寄り添う想いとしての神の存在。二つの間を繋ぐキリストという存在。信仰的に描くと強固な拒絶反応を示されるでしょうし、教義のお話や聖書の章句をいきなり並べるにも受容される環境が無い中で、精いっぱいのアプローチ方法として選んだ設定。全部で50の説話として綴られたその内容には、まるで中骨を抜いてしまったような印象を受けるかもしれませんが、要所にはしっかりとその想いが込められているようです。

冒頭から始まる、神の存在とそれに向き合うことの意味合い。願う事、悩みを告げる事、感じ、折り合う事。旧約聖書からの引用を用いて、そんな想いに意外なほどのユーモアを以て、人間臭く(すみません)応えて来たのかを示していきます。ただ、流石に三位一体については、これ以上はと述べて議論を避ける点について、日本人を相手にした場合にはどうにも解釈が苦しくなるのは、江戸時代も現在もあまり変わらないようです。その上で、プロテスタントとローマカトリックとの違いなのでしょうか、何に付けてもまずは肯定してみようという想い、あくまでも前向きに、大らかに包み込んでいく感覚を前面に示していきます(カルヴァンの予定説については微妙な表現を付与して本文で言及されますが、このおおらかなポジティブシンキングは少女パレアナにも繋がるような気がするので、プロテスタントだからその逆という考えは正しくないかもしれません)。その一方で、あくまでも修道司祭の方が書かれた物であり、そのおおらかさの揚げ足を取るような視点に対しては、突如として厳しい筆致で臨んでいる点も否定できません(第22節)。

ここまでは、あくまでもイメージに入る前の更に前段階。第2章からは具体的に信仰を身に着けるというイメージを考えていきます。第1章でイメージが湧かなかった方、感じるところが無かった方には苦しい内容になるでしょうし、イメージが湧いた方でもその位置づけ、考え方は容易に納得できるものではないかもしれません。特に自己との相対性を論じる部分は、相当の心根を持たなければ辿り着く事は出来ない領域に入っていると思います(著者自身も、ボーン・アゲインではなく、特に日本人にとってはゆっくりと、少しずつと述べています)。そんな中で一際目を惹いたのが第33節の部分。本書の核心と言える部分ではないでしょうか。本来であれば交わる事のない二人が暫し他愛もない事を語り合う。その他愛もない会話が生まれる事自体が、きっと始まりに繋がると強く暗示しているように思えます。何も自分の主義主張を振りかざす必要もなく、ひたすら聞き役に徹する必要もない。飲み屋の会話ではないですが、そんな些細な関わり合いの積み重ねがきっときっかけになると思えてならないのです。もしかしたら著者はそのような交わりのきっかけとなる場所としての、自身の教会を位置づけることを望んでいらっしゃるかもしれません(アメリカのメガチャーチには、説教以外の部分でそのような側面を強く感じます)。

その上で、3章に綴られた内容を読んでいくと、なるほどと理解に至る事が出来ます。著者が暗示するように、それを以てキリスト者に至る事は(特に日本では)叶わないかもしれません。しかしながら、人との関わり合いのスタートとして、そのきっかけとして、更にその先に見えてくる、紙の上に書かれた事、頭の中で考えを巡らせた事ではなく、確かな手応えとしての「共に生きること」へのアプローチとして、キリスト者である著者が語りかけてくる内容はきっと何かの気付きを与えてくれるはずです。

その上で、著者が伝えたいと願う気づきの先は、帯に付されたように、これらの想いと交わる事が無い、孤独の中に生き、自らの内にひたすら埋没していく人々への想いへと繋がっていくように思えます。やるせない想いを一人抱え込んでいる人が求める渇望感と、その空虚さの間にも神の存在と、それを繋ぐであろうキリストという存在があるという事と伝えたいという著者の想い。もしかしたら、そのような想いを抱き続けている方は本書を手に取る方々と対極に位置しているのかもしれませんが、その想いを届ける事は出来るでしょうか。

本書を読んでいて思い出した一冊『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(斎藤環 ちくま文庫)。本書の終章で語られる、最も親密な関係としての人生のパートナーの大切さを語る部分以外において、驚くほどの相似性を見出す事が出来ます。すなわち、自分にとって安心できる状態を得る事が自己の確立にとって極めて大切だという事をどちらも指摘しようとしています(自我の確立と相対化)。その上で、本書に於いては無限大の相対化である神を相手として、その間を取り持つイエスと共に歩むという形を一つの解決策として示しているように思えますし、両書共にその先に人と交わり続ける事の困難さを克服する為に必要な道筋を述べているように思えます(ぼっちの私には、どちらも耳の痛い話が満載、なおかつ正論なので苦痛の極みではあるのですが)。