八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の山麓にはいろいろな生き物が生息していますが、中でも人気があるのは清里に国内唯一の専門博物館もあり、冬季になるとその愛らしい冬眠中の寝姿がTVで放映される事が風物詩となっている、ヤマネ。このヤマネ人気の火付け役でもあり、その保護活動にも長年に渡って携わってきた方が、同じ八ヶ岳西麓の富士見町に在住されている写真家(ご本人は自然写真家と称されています)、西村豊さんです。

40年にならんとする写真家としての活動の中で、これまで多くの写真集や絵本の刊行、幾度かの展覧会も催されてきましたが、今回、その集大成となる個展が開催されています。

清里へのメインストリート、国道141号線から脇道に入って、高原野菜を栽培する畑を抜けた先の深い森の中に忽然と現れる、コンクリートの地肌を生かしたモダンな美術館。国内でも数少ない、芸術写真を専門に扱い、保管することを目的としたアーカイブとしての役割も持つ、清里フォトアートミュージアムです。

今回の大規模個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」。本ミュージアムで現在稼働中の展示スペース2室すべてと、一部の廊下までもを利用した大規模なもの。展示セクション数24、総展示作品数200点以上と云う、氏にとってもその制作活動の集大成といえる展示内容になっています。

美術館ですので、もちろん内部は撮影禁止。エントランスに設けられたキッズコーナーで遊ばれているお子さんたちを横に、展示室に入っていきます(以下の内容はプレスリリース、パンフレットも参考に綴らせて頂きます、著作の書影はAmazonにリンクしています)。

展示の順番はテーマごとに並べられていますが、ほぼ氏の制作年度を追うような形になっています(著作の刊行に合わせて制作されているため)。展示内容は順路順に以下のようになっています

第一展示室

  • ホンドギツネの子ども
  • きつねかあさん
  • 商品の詳細
    • 氏の出世作。現在の作品と比べると明らかに素朴で、距離感も遠く、撮影技術にも限界が感じられますが、それ以上に近年の作品と比べて深い愛情を感じてしまうのは、ちょっとした贔屓でしょうか
  • ニホンヤマネの「ヤマネさん」
  • 商品の詳細
    • 氏の代表作たちが一堂に揃います。数々の絵本や写真集、現在ではネットでも数多く流れている、ヤマネファンの方なら必見の作品たちを、大画面の美術作品として眺められる数少ないチャンス。氏の撮影コメントもしっかりと読みたいところ
  • 「赤ちゃんヤマネ、お山にかえる」
  • 商品の詳細
    • 氏のもう一つの側面でもある、ヤマネの保護活動。その記録写真の一部が公開されています。生後僅かな状態で保護された子どもや、人工飼育の様子など貴重な写真の数々が公開されています

インターセクション、廊下

  • 「しぶがき」
  • 商品の詳細
    • 最近では多く採り上げられるようになった、圧倒的な数の干し柿を軒下に吊るすシーンの写真。その先鞭をつけたのも氏の作品群です。今回はそのうちの何枚かをインターセクションとして展示されています。写真を表現する際のテーマの一つとなる色合いと陰影。暖かなそのグラデーションと光の微妙なバランスを描き出すための試行錯誤の成果は、印画紙で焼いた本制作ではより一層明確に浮かび上がってきます。初冬の光と実りの嬉しさを実感させる軒先の向こうに続く透明なオレンジ、実に魅力的です

第二展示室

  • 「ニホンリス」
  • 商品の詳細
  • 「よつごのこりす」
  • 商品の詳細
    • 近年、氏が精力的に撮影を進めているニホンリス。前回、富士見高原ミュージアムで展示された作品群たちを含めてその後4冊の絵本となったシリーズ作品のうち、絵本に掲載されなかった分を含めて、数多くの作品が展示されています。現行作品故の配慮でしょうか、これらの展示は写真サイズもやや小さく、フィニッシュも美術館用の本制作とはちょっと異なっているように思えます(第一展示室の作品の多くは額装ですが、こちらはボード貼り)。俊敏な動作を押さえたり、実物も展示されているオニグルミを時間を掛けて丹念に歯で削っていく際に飛ばす切り屑すらも捉えるスピード感のある作品たちはデジタル撮影(前回の展示の際には、EOS5D+300mm f2.8にテレコン2段で撮影されている事を、不幸にも落下してしまった機材と共に展示、紹介されていました。修理不可となった際にカウントされていたシャッター数は実に10万ショット以上、膨大な労力の先に作品が造られている事を実感します)に切り替わっており、極めてシャープで、ダイナミックレンジを一杯に使った、ハイライトは明るく、コントラストはやや浅めという、華やかで今時の仕上がりになっています
  • 「あしあと(混合展示、展示室外にも)」
  • 商品の詳細
    • 作品としては異なりますが、地元の小学生たちと共に富士見の山野に入って、動物たちの活動の息吹を感じてもらうという活動のワンシーンを含めて、冬の野生動物たちがどんな活動をしているのか、足跡から見出してみませんかというテーマ。雪に足を取られてお腹をバフンと、雪に埋めてしまったキツネの足跡、同じような跡を見た事があるので、思わず笑ってしまいました
  • 「ニホンジカ」
  • キツネの「ごんちゃん」
  • 商品の詳細
    • このふたつの作品群は、書籍としては未発表になります。如何にも地元でスナップ的に撮影された作品たちですが、それ故に、同じ地で生活する身としては、現実感を以て見つめてしまいます(シカが大群衆で山から下り、用心深いキツネでも、夜になれば道を駆け抜ける姿は日常ですから)。時に、あっけなく野生が目前で繰り広げられるのが八ヶ岳山麓、その現実もしっかりと見据えています
  • 「ごだっ子の田んぼ」
  • 商品の詳細
    • 野生動物、小さな生き物たちを扱った作品が多い氏にとって、珍しい作品ではありますが、前述のように地元の小学生との深い繋がり合いを持って活動を続けています。その活動の一端を収めた絵本作品から、印象的な数点の写真が展示されています。諏訪の皆様なら馴染み深い冬季の田圃リンク、星空の下に広がる青々とした透明な圃場は良く知る場所ですが、厳冬の夜にはこんな景色があったのかと、改めて見つめ直させられます。日常を深く、愛情を持って見つめる事の大切さ

氏の代表作でもあり、当館の収蔵品(前述のように、当館は国内外の作品性の高い写真を末永く保存することも設立の趣旨としており、同じく自然写真で著名な宮崎学氏の作品や、鉄道写真家の広田尚敬氏の作品も当館のアーカイブとして収蔵されています)ともなっているヤマネの写真や、近年精力的に撮影を続け、絵本を刊行されたニホンリス、そして出世作となった「ホンドギツネ」など、絵本作家としての作品も多数展示されていますが、実際の印画紙で焼いた状態で眺めるのは絵本とは全く違う世界。その撮影条件の厳しさ故に、焼き付けサイズは決して大きくはありませんが、本館やLCVが所蔵する作品の中には大伸ばしで圧倒される写真もあります。

全ての漢字にルビが打たれ、語りかけ、興味を持って貰えるように疑問形で綴られる解説文。お子さんでも見やすいようにと、少し低めに並べられた写真たちの展示スタイルは、実に本展示がお子さんとそのご家族に向けた、氏の活動スタンスをそのまま展示スタイルにも反映されているかのようです。

賑やかにおしゃべりしながらの観覧が続く、モダンで芸術性の高い美術館で催される写真展とはちょっと異なる雰囲気も、親御さんとお子さんの会話にちょっと耳を傾けながら作品を観ていく事で、新たな魅力が発見できるかもしれません。氏が望む、子供の視線に立った、発見する楽しさを伝えようとする想い。それは、伝えようと願う子ども自身のリアクションに委ねられている筈だからです。

そして、1970年代から始まる氏の作品群。その遍歴には、現在の写真撮影、写真美術や急激に進化を続ける撮影技術、装備の進展が凝縮された感すらあります。極限の環境下で撮影を続けるため、撮影技術はもとより、機材性能の限界を超えて撮影することが求められる自然写真。出世作であるホンドギツネの作品とニホンリスのそれを比べれば一目瞭然ですが、撮影に対する余裕度(ニホンリスでは背景に映る四季折々の彩なす色までも捉えようとされています)はもとより、俊敏な動きをレンズの前に留め、鮮やかに、シャープに仕上がった作品たちは、同じ写真作品とは俄かに言えないほどのクオリティの差が生じています(もちろん、味わい云々の話は別として)。

そのような急激な進化を遂げた自然写真の中で、氏が願ってやまない、子供の視点に立った発見する楽しさを伝えたいという想い。更に進化した機材と氏の円熟した撮影技量が、子供たちの好奇心を掻き立て、更に自然への興味へと繋がる架け橋となる事を願いつつ。できれば、そろそろ「大きなおともだち」に向けた作品も発表して欲しいかななどと、勝手な願いも重ねて。

最後に、最も気に入った一枚は、八ヶ岳ブルーを背景に、厳冬の雪原に僅かに顔を覗かせたススキの傍らに佇む、一頭のホンドギツネ。サイズも小さく、明瞭とはとても言えない古い作品ですが、厳冬の眩しい日差しを受けて毅然と虚空に顔を上げるその佇まいに、生きているという強い意志が宿っているように思えてなりません。心を捉えて離さない一枚でした。

西村豊「八ヶ岳 生きもの ものがたり」

2017年7月1日(土)~12月3日(日) 7,8月は無休

清里フォトアートミュージアム(北杜市高根町清里)

アーティストトークは7/30(日)と8/5(土)、いずれも午後2時から。

チャリティートークは9/2(土)午後2時から、ゲストは脳学者の篠原菊紀氏(定員120名。要予約、チャリティー参加費が別途必要)

 

 

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さようなら、小さくとも全てが揃っていた趣ある山間の駅舎(今日で利用終了となる小淵沢駅、旧駅舎)2017.7.2

さようなら、小さくとも全てが揃っていた趣ある山間の駅舎(今日で利用終了となる小淵沢駅、旧駅舎)2017.7.2

昨日から信州DCが始まり、小海線には久しぶりの専用観光列車「HIGH RAIL」運行も始まった、中央本線の小淵沢駅。

実は、本日(7/2)を以て、長らく使われてきた駅舎の利用が終了、隣接地に建設された新しい駅舎に移転することになりました。

中央本線の特急停車駅でもひときわ小さな駅舎。

つい数年前に駅舎右側に建てられた、お土産物を扱うショップが出来るまでは、待合室と駅蕎麦しかない、本当に小さな駅でした。左側は駅事務所です。

2014年の豪雪直後の小淵沢駅。まだ除雪が進んでおらず、駅前には雪が積み上げられています。

駅前には小さなロータリーが設けられており、すぐ隣にあるタクシー会社の車が常に配車されており、こんな状態で駅に降り立っても、すぐにタクシーで移動することが出来る点は、誠に心強い限りでした。

山間の小駅ですが、小海線の始発駅でもあり、中央本線の山梨と長野の境界に位置する駅。普段の列車運行でも、この駅で多数の折り返し列車が設定されており、深夜に渡る貨物列車の交換、そして特急「あずさ」は1本を除いてすべて、「スーパーあずさ」も半数は停車する、中央本線における運転の要衝でもあります。スペースは狭いですが、5本の発着線を有する本格的な交換駅です。

小さな待合室スペースと使い込まれたベンチ。

冬場になるとストーブが置かれるために、ベンチの前にはスペースが空けられています。降雪や大雨、強風などの気象条件で頻繁に遅延が発生する、高尾以西の中央本線。付近の学校に通学する生徒と併せて、この待合室が一杯になってしまう事も少なくありません。

小さいとは言いながらも、有人改札を有し、みどりの窓口もちゃんとある小淵沢駅。列車の接続や運行トラブル時の説明、不慣れな観光客の方に丁寧に対応する駅員さんの存在は実に頼もしいです。みどりの窓口開設時間外でも指定席を取れる指定券自動券売機は、あずさ回数券を常用する地元民にとって、急ぎの上京の際に何時でも指定席を取れる貴重な存在でもあります。

駅弁を販売する「丸政」が運営する駅蕎麦のお店。

こんな山間の小駅ですが、駅を行き交う人を温かく迎えてくれています。

駅蕎麦の食券機。こんな山奥の駅にも拘らず、下の方にずらっと並ぶトッピングメニューに驚かされます。そして、一番右下に設けられた「持ち込み容器」のボタン。こちらで購入した蕎麦を列車内に持ち込む事が出来るのです(地元の方はおかずとしてトッピングだけ買って持ち帰るという技も)。実は駅舎の新築工事が始まる以前には、ホームにも駅蕎麦の売店があり、旅行客の方や地元の高校生などが、持ち込み容器を手に慌てて列車に乗り込むシーンが良く見られたものです。

山間の小さな駅ながら、小淵沢駅の知名度を全国的に高めているのが、こちらのお弁当「高原野菜とカツの弁当」駅弁としては異例の生野菜のサラダをメインに据えるという英断が大人気となり、昭和40年代から現在でも販売が続く、全国的にも長寿を誇る名物弁当です。

小さな駅舎ながら、特急列車が1~2時間ごとに停車する小淵沢駅。駅前には終電までタクシーが待機し、みどりの窓口では駅員さんが直接乗降客の応対を行い、駅蕎麦と駅弁が揃う、昔ながらの旅行するための駅としての全てが揃った、現在の縮小を続ける地方の鉄道事情から考えると、とても恵まれた駅であった事が判ります。

新しい観光列車の運行が発表され、鉄道による観光の復権が唱えられる一方、地方の鉄道利用には厳しい側面もあります。今回の小淵沢駅新駅舎運用開始と足並みを揃えるかのように実施された周辺駅の無人化、委託解除。お隣の長坂駅は一日の乗降客数では小淵沢駅と遜色が無く、3月までは特急停車駅でみどりの窓口も設置されていましたが、いずれも廃止となり、無人駅となってしまいました。

そして、新しい駅舎が完成を迎える小淵沢駅。

広くなったエントランスとアプローチを得た代わりに、これまでの商店街と離れた場所に設けられた入口。今日執り行われる竣工式典準備が進む土曜日の夕方、傍らで感慨深そうに駅舎を眺める地元商店街の方が印象的でした。私がこの駅に降り立った頃には既に俎上に上り、非常に長い間、紆余曲折を経てきた小淵沢駅の新駅舎建築。その間の経緯は此処では述べません。

竣工前日となって駅名標に火が灯された小淵沢駅新駅舎。これまであった駅蕎麦のお店と待合室は、改札が設けられる駅の2階となり、丸政直営となる売店と市の観光案内所は1階に入居することになっています。

元々1日1000人強の乗降客。建屋は大きく立派になりましたが、駅を利用される方が使われるスペースは、これまでとそれほどには大きく変わることは無い新しい小淵沢駅です。

木の温もりと甲斐駒と八ヶ岳の両方のパノラマが楽しめる事をウリにした、この新しい駅舎が、訪れる多くの方々に愛される事を願いながら。

明日の朝には目の前のロータリーと共に閉鎖される小淵沢駅の旧駅舎。上記のリンクで朝日新聞さんが取り上げていますように、この駅舎は解体される運命にあります。

見納めとなってしまう今日、中央本線開業以来とも伝えられる山間の小さな駅舎にお別れを告げに訪れようと思います。

7/2午後10時35分、お迎えで訪れた、最後の小淵沢駅、旧駅舎待合室の姿を収めました。既に指定券券売機は取り外され、構内には引っ越し作業に携わる工事関係者の方々が多数集まってきています。

この後、11:14発の上り甲府行き最終列車が出発の最終、0時38分着の小淵沢止まりの下り終電を迎えて、この駅舎は利用終了となります。これまで長らくの間、ありがとうございました。

最終の甲府行き上り列車がプラットフォームに到着した小淵沢駅。新エントランス側から新しい駅舎を遠望。明日の朝、この場所から新しい旅の物語が育まれ始めます。

<追記:2017.7.6>

旧駅舎が閉鎖になって4日、当初の混乱も少しずつ収まり始めた小淵沢駅前。

車の通行量がめっきり減った、旧駅舎前を通り過ぎようとすると、ちょっと様子が変わっていました。

子供の手で書かれたであろう色とりどりのイラストと、「ありがとう」の文字。

気になって、ネットを調べてみると、こんな記事がupされていました。

昨日のうちに地元の幼稚園の園児たちが描いたようです。既に今日の朝から解体準備工事が始まった小淵沢駅の旧駅舎。9月の末までの予定で解体が済んだ後、新しいロータリーと駐輪場(計画図ではバスの発着場もこちらに出来ます)が整備される予定になっています。

旧駅舎最後の一枚として。

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

普段は人影すらほとんど見る事のない、県道沿いに建つ廃校となって暫くの時を経た小さな小学校。

この週末、生徒たちの歓声が途絶え、人の息吹を失ったようなこの場所(地元注:コスプレ撮影に敷地を提供している時もあるらしい)に、大挙して人が押し寄せ、警備員が配置され、誘導の案内係が路地に立つという、ちょっと驚きの風景が展開しました。

5月の終わりにTV東京系で放映された「美の巨人たち」。絵画ファンだけでなく、建築好きの方にも好まれる、時にディープでユーモアあふれるアプローチで作品たちを紹介する番組ですが、その番組に一風変わった作品が登場しました

多摩の小学校で図画工作の教員を務めながら画業をこなしていた、画家というより典型的な学校の美術の先生の風貌を持った作家の、僅か38年に過ぎない人生で描いた、ある一枚の作品。その作品は現在、写実をテーマにした展覧会で各地を巡回中ですが(番組スタッフにとって痛恨だったのが、同じ展覧会の特集をNHKの日曜美術館で採り上げた直後だった点、幸い作品は被っていませんでしたが)、風景写真を楽しむ身として、その描写と光の陰影に妙に親近感が湧いたのでした。この光の捉え方こそが、写真を撮る時に狙っていた雰囲気そのものだと。

そして、番組を見ている間に調べていると、なんと目と鼻の先にある場所で展示を行っているという事が判り、番組の終わりには、実際にその準備風景まで撮影されていた事に驚いたのでした。

これは何としても観に行かなければと、仕事の締め切りとにらめっこしながら訪れた展示会最後の週末土曜日の午後。そこには、明らかに番組を見たであろう県外ナンバーの車が大挙して押し寄せていたのでした。

長坂と日野春の間に立つ、つい最近廃校となった旧日野春小学校。

現在施設を管理している団体はちょっと格好良い名称を付けて呼んでいますが、現役時代を知っている地元民としては、矜持を以てこの名称で呼ばせて頂きます。普段は人気のないグラウンド、今日は臨時駐車場として開放されており、多くの県外ナンバーの車が並んでいました(午後2時の時点で軽く数十台)。

画家、犬塚勉の絵画展。校舎の中に入ると、2階に進むように案内されます。

手作り感溢れる絵画展の受付案内。

如何にも学校という掲示板に張られた、絵画展のパンフレット。

このパンフレット、地元の各所にも置かれていたようですが、スーパーの掲示コーナーに置かれていた分は、この絵画展のパンフレットだけ払底しており、皆様の注目度の高さが伺えます。

もちろん絵画展ですので撮禁ですから、写真は展示会場の扉の部分だけ。校舎2階の3つの教室が展示場所として用いられていました。

<絵画展は終了していますが、ここからはネタバレです>

まず最初の部屋に入ると自画像が出迎えてくれますが、暗幕を掛けた教室は真っ暗で、各絵画の上に取り付けられた小さなスポットライト(2つ)が絵を照らし出すスタイルで統一されています。

絵画自身が持つ配光方向とスポットライトのセッティングが全く合っていないので、少々首を傾げながら(ポイントを探しながら)眺める事になったのですが、私を含めてTVを見て初めて作品を知った方々にとってはちょっと衝撃的な一部屋目の展示です。そこに描かれたのは、何とも言えない抽象画の数々。しかも多数の目や二重丸に包まれた抽象画たちが南欧を思わせる暖色系でややくすんだ色彩で描かれています。その絵画が何を意味するのか、俄かには判らないのですが、ふと、人目を極端に気にする、人の評価に敏感な方だったのかなとも思わせてしまう、ちょっと異質な、でも道化の絵などは如何にも南欧テイストにありそうな絵画たちに意表を突かれたのでした(略歴にあるように、一時期、アンダルシア、カタルニアに遊学していたようです)。

そして、1部屋目の最後になると、その描かれる画は急激に変化を遂げます。ソリッドに岩脈の陰影を取り込もうとするその絵は、抽象画から大きく写実指向へと移り変わっていきます。

二部屋目に入ると、その画業の急激な変化が見えてきます。徹底的に書き込まれた緑。草木の一本一本まで捉えようとする意志を画面いっぱいに満たしていく様な勢いで描き込まれていきます。そして、写真を撮る時に願う陰影感をそのまま絵で表現しきってしまったような繊細な描写を見せる絵画たち。

後から続々と訪れる観覧される方々に、真っ暗な教室の中でどんどん抜かれつつもじっくりと眺めていると、妙な事に気が付きます。それは、画面の下側に明らかに「光の蹴られ」が認められる事。

写真を撮られる方ならよく判ると思います、画面一杯にプレーンな絵を作ろうとした際に、絞りと周辺光量、フレーミングのバランスでどうしても手前側の足元付近に暗部とボケが出来てしまうミス。「6月の栗の木の下より」や「林の方へ」に特に感じるのですが、その仕上がりから写真を見ながら作品を描いているのではないかという感触、更には「写真を描いてしまっている」という微妙な違和感。

その一方で、同じ部屋に並んで飾られていた「山の暮らし」。単に斧を入れた後の大きな丸太を描写しているようにも見えますし、その光線の使い方や描写はリアルに映るかもしれません。でも、この丸太にはあるべきものが描写から殆ど省かれてます。斧の切り口に描かれるべき丸太の年輪、一方でまるで風景そのものを写し撮るような細密な描写を描きながら、もう一方では明らかな省略による主題の絞り込みを意図している。

その違和感をはっきり理解したのは、最後の部屋に飾られていた、番組でも採り上げられていた「縦走路」の制作エピソード。ご覧になられた皆様が感嘆の声を上げて見惚れているその精緻な描き込みを見せる作品は、キャンバスの横に張られた自らが撮影した写真を横にしながら一気に描き上げたもの。そこには、確かに画家がその場に立って感じた風や日の匂いが込められている筈なのですが、どうしても精巧に描かれた、表現したかった写真の風景を細密に、印象を込めて再現するに留まっているような感じがしたのでした。

そんな複雑な想いを真っ暗な部屋の中で抱きながら、その隣に掲げられていた絵を見た瞬間、生まれ始めていた疑問は一気に氷解したのでした。

「縦走路」に満足された皆様が足早に過ぎていく中、私が足を留め続けた一枚の絵「ブナ」(写真は購入したクリアファイルの一部分です、本当の色合いはもっと複雑で素晴らしい)。

晩秋から初冬の午後を思わせる背景の雑木林に差し込む光線感、落ち葉を照らし出すその描写はリアルを越えて、この空間を実際の光線を用いて演出されている事を感じさせる一方、その自然な演出には全くの嫌味を感じさせず、まさにその場に佇んでいるかに思えてきます。そして、中央に悠然として描かれるブナの大木。先ほどの「山の暮らし」にあるように、その描写は一見リアルに思えますが、写実を脱して抽象へと再び回帰する段階を示しているかのようです。

多摩の自然と触れ合い、多くの山岳登山を通じて得た実体験と写真を通した写実を細密画で描き切った先に見つけた、新たな抽象の世界。リアルに描いたのでは得られない、絵画だけが辿れる木の温もりや肌の心地を遂に捉えはじめているかのようなこの作品に強く心を打たれたのでした。

そして、この絵画の裏側に展示されていた一連の未完成作品たち。その構想スケッチだけではどのような世界観を求めていたのかは知る由もありませんが、残された未完成の作品の中央に置かれた一つの巨石の姿には、既に緑の草木を描いていた時の細密さとは別の物が宿っています。細密さを極めた光の描写の更に先に描こうとしていた、背景を作り出す未だ未完成の水の流れの表現、既に意志を持った描写へと進みつつあった、主題を示す石の描写に見られる抽象への回帰が交わろうとしていた矢先に山に逝った画家が本当に求めていたその先は、もしかしたら残されたご家族を含めて誰にも判らないのかもしれません。

真っ暗な教室から外に出ると、眩しい光が射す廊下の先に、「犬塚勉のまなざし」という手作りの表札が掲げられた、複製原画(販売品のようです)と故人の遺品などが飾られた談話室風の教室があります。こちらは絵画展と違って常設のようですが(違っていたらごめんなさい)、木々の向こうに甲斐駒を望む窓から流れ込む涼しい風と明るい日差しに溢れ、穏やかな空気の流れるこの場所こそ、画家の作品を飾るに相応しい環境ではないかと等と想いを巡らせながら。

TVでも紹介されていたように、引き戸を外した押入れと、部屋の隅に置かれたイーゼルを前に深夜に及ぶ制作に励んでいた画家の姿を良く知るご家族が、制作中の雰囲気を伝える想い、最密な作品をじっくり楽しんでもらうための環境として、更には作品の保護の為に暗くした部屋で展示されていた事は理解できるのですが、雄大な八ヶ岳の懐に抱かれた、緑と日差し溢れるこの場所では、せめて明るい雰囲気で作品を眺める事が出来たら、もっと絵を見る事自体が楽しくなったのではないかなどと、ちょっと考えながら。

画業の半ばで逝ってしまった画家が絵に対してどのような境地に立ちたかったのか。前半の作品に多く添えられた画家自身のコメントが末期になると途絶える中で、その余りにも短い期間の間に急速に移り変わった作風からは容易には読み解く事は出来ませんが、そのような画家の画業全般を知って欲しいというご家族の展示意図は充分に感じられた展覧会。

流石に観覧される方が殺到したらしく、在庫していた画集も払底中(どうも、前回NHKで採り上げられた際に行っていた展覧会「純粋なる静寂」の際に作成したノベルティ群を継続して使用していたようです)のようですので、その画業の広がりを知る手掛かりが今一歩の状況ではありますが、いずれまたこの場所で作品を観る機会を得たいと切に願っています。

画家や作品にご興味のある方は、ご家族が開設されている公式ホームページ(2017.7.3注記:サイトが移動しています。こちらのリンク先で新しいサイトにジャンプできます)に一部の作品が紹介されていますので、是非ご覧頂ければと思います。

 

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

中央構造線沿いには、幾つかのジオパークが控えていますが、その最も判りやすいポイントとして挙げられ、色々な解説でも採り上げられるのが「露頭」ではないでしょうか。

有名な観光地になっている糸魚川は良く知られているところですし、かの大鹿村の某博物館界隈には、国道152号線沿いに(この場合は正しくは酷道と書くべきですね)2つの露頭が控えています。

大鹿村に比べるとちょっとマイナーなのが、伊那市内の旧高遠と旧長谷にある露頭。長谷(溝口露頭)に関しては、それでも美和湖の畔にあり、駐車場が完備されていますので、道の駅(ここの手作りパン、特にクロワッサンは絶品です)に寄る序にでも訪れる事が出来ますが、それらに比べると圧倒的にマイナーな露頭がもう一つあります。

杖突街道を杖突峠から高遠に抜けていく途中、もう少しで高遠という場所にあるガソリンスタンド(エネオス)を抜けたすぐ先に、このような看板が立っています(本当は、この先100m程の所にもっと立派な案内看板が立っているのですが、左折すると、短い区間ですがいきなりすれ違い絶対不可の1車線道路に連れ込まれるので、個人的には多少なりとも道幅のあるこちら側から入る方がお好みです)。

暫く走ると、このように案内看板が見えてきます。案内に従って路地に入ろうとすると…。

中央構造線、板山路頭のゲート前

何とゲートで封鎖されています。なにやらゲートに書かれているのでもう少し近寄ってみましょう(道幅狭いので、路駐せずに奥へ)。

「ご自由にお入りください」の表示です。ちょっとほっとして、ラッチを外して中に車を進めます(お願い:ゲートの掲示にも書かれていますように、お帰りの際には「必ず」ゲートのラッチを閉めて下さいますよう、お願い致します。ゲート付き進入可の林道と同じルールですね)。

ゲートを開けたら、チェーンを左右のポールに引っ掛けておけばOKです。ゲート奥の右手が駐車スペースになります。

駐車スペースに用意された周辺案内看板。露頭までは約80mと至近です。

では、てくてくと歩いてみましょう。

ほんの数分歩くと、このように案内看板が見えてきます。すでにこの位置からでも露頭の様子が判りますね。

立派な案内看板が用意された、中央構造線、板山露頭。今まで中央構造線の露頭は5カ所見てきましたが(南アルプスジオパーク内はこれでコンプリートです。あ、程野は麓を通過しただけだった)、一番丁寧に解説された看板ではないでしょうか。こういう看板が糸魚川にも”露頭の目の前”に欲しいのですが…。

北川露頭のような、頭上遥か高くから目の前に迫ってくる圧倒的な露頭ではありませんが、高さは3m弱、視線の正面で見られて、はっきりと判りやすい露頭です。

露頭のアプローチ路の途中で見られるのですが、左側の脆く崩れた岩肌には植生が見られますが、右側の黒い岩肌には植生があまり見られません(僅かに松が岩に食い込むように生えているだけです)。脆く風化しやすい地質では定着するのは本来難しいですが、根を張る事は出来るためにこのような違いが生まれるようです。

南アルプスジオパーク内にある5つの露頭のうち、板山以外の4つは露頭自体の見学が終わればジオサイトとしての見所としてはそこまでですが、板山露頭の場合には、もう二つ、お楽しみが用意されていました。

一旦、駐車場まで戻って、案内板に従って、左側の細い道(階段)を登っていきます。

急な斜面の墓地を抜けると、目の前の視界が開けてきます。正面には、戦後、高遠城内から移築されたと云われる鳥居が立っています。

鳥居を抜けてすぐ先に小さな石柱で区切られた広場が見えてきます。

広場に入ると、狭い谷間を抜ける杖突街道とは一線を画す空の広さ。一気に視界が広がってきます。

正面には比較的最近に建てられた神楽殿。私の住んでいる場所もそうですが、この地方は神楽や農村歌舞伎(すぐお隣の大鹿はとくに有名ですね)の伝統が色濃く残っています。

神楽殿の裏手には、小奇麗な社殿が建っています。昭和23年にこの地に遷された、殿宮神社と呼ぶそうです。

そして、境内の裏手には、足元に杖突街道を見下ろすパノラマが広がります。

殿宮神社から見渡す、杖突街道と中央構造線の解説板。

解説板と同じカットを。杖突峠に向けてうねるように登っていく街道筋と中央構造線、そして左右の山並みの違いが判るでしょうか。

暫し周囲の山々の絶景を堪能した後で、今度は山側の遊歩道を降りていきます。

途中、眩しい新緑のトンネルを抜けていきます。

ぐるっと下っていくと、谷筋の窪地にレンゲツツジの群落が出来ています。

建てられた石柱を見ると、どうやら植樹したようです(三葉ツツジと彫られていますが、案内板にもあるようにレンゲツツジですね)。

下まで降りて、レンゲツツジの群落を。丁度シーズンを迎えて満開となっていました。

非常に綺麗に整備された中央構造線、板山露頭。要所に掲示されているように、南アルプスジオパークの登録に向けた一連の整備事業に依る所が大きいようです。

お天気の良い週末の土曜日、しかもレンゲツツジが見頃という絶好の訪問タイミングにも拘わらず、私が滞在していた小一時間ほどの間に訪れた方は残念ながらゼロ。国道沿いからこんなに近くて、しかも整備されて見やすい場所なのですが、なかなかに難しいジオパーク。杖突街道を見下ろせる貴重な高台に至るにしても、僅かに歩く事、5分ほどです。

高遠にお越しの際のほんのちょっとの寄り道として(実はこの先の小豆坂トンネルを抜けると長谷に通じており(反対側はかの有名な廃集落、芝平からラフロードを登り富士見方面に抜ける事が出来ます)、桜のシーズン、杖突峠側からの渋滞を避けて、逆サイドの美和湖側からアプローチするための抜け道だったりもします)、更にはこの先に繋がる”酷道”ツアーの付け合せに如何でしょうか。

中央構造線、板山露頭の周辺地図です(地理院地図を使用しています)。

<おまけ>

一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

今を遡る事10数年前。

国内業務に戻った後、最初に主担当として受け持った顧客先が立地していたその地には、幾度となく足を運んだものでした。

目の前には燦々と太陽が降り注ぐ見慣れた太平洋と異なり、何処までも深く濃い群青が広がる日本海の海と空をバックに佇む、少し古びたその水族館の前を通るたびに、何れは仕事を忘れてじっくりと訪ねてみたいと、厳しい仕事の僅かな隙間に幾度となく願ったものでした。

その後、自らの立場も住む場所も変わり、かの地に行く事自体が憚られるようになってからも、あの時の想いは心のどこかで燻っていたようです。ニュースで流れていた指定管理者制度の導入と新水族館の建築。そしてあの時、強い印象を残した現水族館の解体という知らせを聞いて、休館前の最後の日に、再び足を運ぶことにしました。

実に13年ぶりに訪れた直江津の海辺に立地する、上越市立水族博物館。

最終日となった5/14には記念式典が催される事になっているようです。

外装は2010年に魚が群有する陶器のパネルを取り付けるなど改装されていますが、本館は1980年に建築された、最近の水族館ブームから見れば、かなり古い施設と言えるかもしれません。

玄関に掲示された休館のお知らせパネル。

ロビーに置かれた、直江津港で採集されたヤシの実と古い新聞記事。

既に2015年からは指定管理者として横浜八景島が運営しており、職員の皆様の垢抜けた対応と、古びたエントランスに置かれたこの水槽のギャップが、今回の休館理由を何となく教えてくれるようです。

館内に掲示された休館を伝えるポスターと水族館新聞。殊更にキャプションされる指定管理者の名称に若干の違和感を感じながら。では、館内に入ってみましょう。

エントランスを入って最初のフロアーに位置する「トロピカルランド」。

1980年のオープン当初はメインとなる水槽であったはずですが、現在の視点で見ると奥行きもなく、照明の色合いを含めて少々古めかしい雰囲気も漂います。

この水槽でメインを張るイトマキエイ。奥行きが無い(岩の後ろにはすぐ壁が見えています)のでちょっと窮屈そうですが、それでも薄暗いフロアーに浮かび上がる、開館当時の流行に添ったパノラマ水槽は、今見ても魅力的です。

トロピカルランドの裏側には、「世界の海のさかなたち」と題された水槽群が熱帯、温帯、寒帯の3フロアに控えています。

当時一般的であった(江ノ島も、下田、油壺にしてもそうでした)、汽車窓スタイルの小さな水槽が真っ暗な壁を埋める展示形態。既に作動しなくなっている例も多い筈ですが、こちらの水族館はちゃんと水槽Noと飼育魚種の表示パネルも動作している点が、古びてはいても、実に丁寧に扱われてきた事を教えてくれます。

こちらは温帯の水槽群。

それぞれが今では家庭用レベル(趣味の方なら尚更)でもあるかもしれないサイズの水槽ですが、飼育魚数がかなり多いので、窮屈を通り過ぎで、よくぞ飼育できているなと、逆に感心してしまう程です。少数の大水槽より、このような小さな水槽を多数管理する方が、余程手間が掛かるのではないでしょうか。

こちらが寒帯の水槽群。前の2つのフロアーに対して、流石に日本海をテーマにした水族館らしく、やや大きめの水槽を配置しています。センターに位置するのはもちろん、カニです。

汽車窓スタイルの水槽が並ぶ中で、ほんの僅かでも生態展示をとの想いからでしょうか、フロアの終わりに設置されたニッコウイワナとアメマスの水槽だけは、照明も明るく、水流を与える事で、流れに逆らって群泳する彼らの姿を見る事が出来ました。

実を言いますと、開館当時の水族館フロアはここで終わり。よくある地方の動物園などに併設された水族館の規模をちょっと上回る程度でしょうか。

階段を上って2階に上がると、特等席に位置するのが、重要文化財でもある、地引網に使われた「どぶね」。その向かいには古びたマルチスクリーンシアターが設置されています。そして、一部で話題にもなっていた、懐かしい科学実験遊具が並ぶコーナーと、如何にもという感じの休憩室と売店。下のフロアーに勤務されている方々と明らかに異なる職員の方が切り盛りするそのフロアーは、施設名にあるもう一つの表題である「市立博物館」である事を色濃く滲ませています。

少し気を取り直して、デッキに出ると、心地よい海風が吹き抜けています。

足元には、ペンギンプールが広がっています。

屋上デッキから望む日本海と、建屋の外に設置された収容200人ほどの屋根付きスタンドを有するマリンスタジアム。夏場になると提携水族館からイルカと飼育員が派遣されて、イルカショーが行われていました。今日の休館式典の会場でもあります。

屋外プールの全景。実はこれらのプールは開館してから大分経った1993年に増設されたもの。

ここに、本水族館が長い議論の末に、(結果的には北陸新幹線の開通に間に合わなかったものの)新たな施設へと飛躍することになるきっかけとなった、飼育されている動物達がいるのです。

昼下がりの陽射しを一杯に受けてエメラルドグリーンに輝くペンギンプール。

幅にすれば僅かに10m程に過ぎませんが、このプールと、そしてここで飼育されているマゼランペンギンたちこそが、この水族館を日本海有数、いや日本のみならず世界的にも著名な水族館としての名声を得るきっかけとなった舞台なのです。

水槽の中を生きよい良く泳ぎ回るマゼランペンギンたち。

この水族館は日本最大、実に126羽ものマゼランペンギンを飼育しており、多くの仲間たちを日本中の水族館に旅出させている、世界的にも傑出したペンギンの飼育技量を有する水族館なのです。

では、飼育熱心だからお堅い場所かと思えば全く逆で、一日何度か実施されるお食事タイムには希望者全員(全員ですよ、全員!)がこんな目の前のデッキから直接ペンギンに餌を与えられる(ケンカになるから、手渡しではなくちょっと投げて下さいね、と)という、流石は市営というフレンドリーさも兼ね備えている点が、この水族館の実に素晴らしい点ではないでしょか。

狭いスペースながらも多くのペンギンが飼育されている事で、これだけの群泳を目の前で堪能出来る(シャッターチャンスもそれこそ幾らでも、後は腕の問題…)貴重な空間。もちろん、群れで暮らす彼らにとっても、飼育環境以外はより自然な姿の筈です。

 

休館前の最後のショーが終わった後、まだまだ食欲旺盛なペンギンたちが餌に群がる中、摂食の様子を観察しながらフリッパーに付けられたNoのカウントを取っていく飼育員さんたち。このような地道な積み重ねが、日本最大の飼育数の実績を支えているのだと実感しながら(見学デッキで、元飼育員さん?だったのでしょうか、以前の事を良くご存知の方が関係者の方とフリッパーのNoを指しながら談笑されていたのが印象的でした)。

マリンスタジアムに設けられた休館記念式典会場に掲げられた横断幕。

休館を聞いて駆け付けた多くの来館者で満員立ち見となったスタンドに手作り感溢れる休館式典と対照的な、来賓者の皆様の微妙さを通り越した挨拶については、ここで述べるのは止めておきます。

式典が終わって再び館内に戻ると、最後のショーが各所で始まっていました。

円筒形の本館部分に接続する形で設置されている「マリンジャンボ」こちらも、屋外のプール同様にバブル崩壊直後の1993年に増設されたもの。餌の周りに遊泳しているのはアジなのですが、まるで熱帯水槽のようなコバルトブルーと黄色系の照明が、魚たちの色を熱帯魚のように見せており、微妙な印象を与えます。

エスカレーターが設置され、フロア2層分を貫く、全方向から見る事が出来る大きな回遊式水槽「マリンジャンボ」。地方の市営水族館としては当時としても破格の設備だったと思われます。そして、熱帯水槽を思わせる照明とショーのスタイルを持ち込んだのは、現在の指定管理者である横浜八景島(この点は、資料でも、前述の来賓発言でもきっちり述べられています。ちなみに、元の照明はパンフレットの写真に掲載されています)。今回の休館により取り壊されてしまうという、当時日本最大の板厚を誇るアクリル板を用いた大水槽。実はこの水槽が設置された年が、奇しくも八景島シーパラダイスのオープンと同年であると聞くと、最後に挨拶に立った、八景島から派遣されてきた現在の館長の言葉が皮肉にも聞こえてくるのは私だけでしょうか。

そして、休館1時間前となる午後4時。びっしりと人で埋まったメインロビーの壁面を彩る、民営から数えて80数年、5代目となるこの施設が開館してから37年間メインを張ってきた円弧型水槽「トロピカルランド」で、全施設を通しての最後のショーが終わりました。

遠く妙高を望む海辺の水族館。

隣では、新しい水族館の建屋建設の真っ最中です。6月頃までにはオープンとなる予定だそうです。

休館記念式典に参加した全員に配られた、この水族館を象徴するマゼランペンギンの羽が織り込まれたしおりと、館内の片隅に静かに置かれていた(式典でも配られていましたが)、こちらも指定管理者とは程遠い、市の推進部署が制作した、手作り感溢れる、カラープリンター印刷のこれまでの歩みと、来年度の完成告知パンフレット。

新しい施設のパンフレットを見ると、これまでのアットホームな雰囲気とは異なり、最先端の展示メソッドをふんだんに盛り込んだ、通年実施可能なマリンショーを軸に置いた、美しいギャラリーのような施設になるようです。なにやら敷居が高くなりそうですが、それでも、これまで待望して止まなかった、「展示数でも日本一を目指す」マゼランペンギンの生態展示が同時に実現することは、水族館が好きな方にとっても、其処に暮らす彼らにとっても望ましい事。

駐車場に戻ると、案内看板を片付けるスタッフジャンパーを着た方々が撤収作業を始めていましたが、そこには明らかに水族館のフロアーに居たスタッフや飼育員とは年齢層の異なる方々が。2階のフロアにいらっしゃった職員の方を含めて、次のオープンの際にはどのようになされているのだろうかなどと考えながら。

水族館を取り巻く環境が激変する中、多くの個性的な水族館が林立する日本海、そして新潟エリアに於いて、それこそ日本だけではなく世界に誇る美しくも「育てる水族館」として、これまで培ってきた実績の先に新たなスタートを切る事を願いつつ、長年の想いを果たして、夕暮れ前の日本海を後にしました。

落穂ひろいですが、飼育されていた生き物たちのうち、メインであったペンギンと海獣は系列の三津および八景島シーパラダイスにそれぞれ一時的に移されていますが、展示コンセプトが大きく変わる為でしょうか、多くの飼育されていた生物たちは戻ることなく上記2館および各地の移譲先に留まるようです。

500,000アクセス到達のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.5.4

500,000アクセス到達のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.5.4

2012年の12月からスタートした本サイト。

開設から約四年を経て、遂に500,000アクセスに到達しました。

こんな辺鄙で、大して情報がある訳でもなく、ちょっとヘタレの写真と本の紹介しかないようなサイトですが、多くの皆様にご覧頂けているようで、只々、驚くばかりです。

時に本サイトからの引用が意外な場所で流れていたり、掲載した写真が別名義で転載されていたりと、ネットらしいアクシデントもありましたが、こちらは個人的な興味とその道程をただ綴るだけ。そんな個人的な書きつけが、皆様の隙間を埋めるほんの少しのお役にたてれば、それはもう望外の喜びです。

何時も暖かいコメントを寄せて頂くフォロアーの皆様、SNSを通じてフォローして頂いております皆様、全てのご覧頂きました皆様に改めて感謝を申し上げます。

 

それでは、恒例のネタばらしとして、これまでのアクセスランキングをWordpress.comの解析エンジンのデータで見ていきたいと思います。

上位の皆様のラインナップです。

一番下で約2300アクセスになります。

やはり、AvantiHeart of  Sunday、実質的なトップアクセスであるレインボーストーブ(中の人じゃないですからね!)といった例年アクセスの多いテーマは、情報が古くなっても引き続きご覧頂く方が多いという、検索エンジンの学習能力機能が強く働いているのがよく判ります。その中でも、昨年ブラタモリで大きく取り上げられた赤色立体地図に関するテーマは、放送中から大きくアクセス数を伸ばし、現時点でも24時間アクセス数では最大を記録しています(流石に1時間アクセス数が1000件を超えてくると驚きを通り越します)。

また、情報が少ない中で、アクセスを集めているのがBlackberry Passport。既に販売は終了しており、Blackberry自体も端末の開発からは手を引いていますが、未だにご興味を持たれる方が多くいらっしゃるようです。同様な理由でアクセスが多いSX4や、中古価格が高騰しているらしいLumix GM5と併せて、ご使用のユーザー様に於かれては末永くお使い頂ける事を願っております。

同じような理由で、行政系の観光案内から非常に冷たい扱いを受けている小淵沢駅に関連する情報には、引き続き多くの皆様のアクセスがあるようです(昨年度は中の方も真田丸関連含めて積極的に発信されていたのですが、拠点故にどうしても「東側」軸ですね。今年は冷え冷え….)。7月には長々と紆余曲折を経た末に、遂に新駅舎が竣工する小淵沢駅。可能な限り、タイムリーに情報をアップできるようにしたいと考えています。

そして、一番下になってしまいましたが「ザ・ベストテレビ」。昨年は、「ふたりの桃源郷」と、「人生フルーツ」という、TVドキュメンタリーの名作が立て続けに映画化、それぞれが受賞を果たすという、民放発のドキュメンタリーが再び見直される機会が訪れる、嬉しい一年でもありました。

ここまでで、1000アクセスちょっとなのですが、例年更新の小淵沢駅の小海線臨時列車時刻表以外、2016年に新たに登録したテーマが一つもない!という、かなり悲しい結果となってしまいました(この一年で新規登録したテーマのアクセストップは、何と「Oppo F1」。東南アジアからのアクセス数が伸びまくりです)。

そんな中で、ちょっと嬉しかったのが、課題図書のネタ探し目的とはいえ「ルイス・ミショー」をご紹介したテーマを多くの方にご覧頂けた事でしょうか。これをきっかけに、多くの皆様が訳書に触れられる事が出来ればと願っております(大抵訳書って、テーマも身近でないばかりか、活字も小さく分厚いので、それだけで敬遠されてしまうのですよね)。

検索エンジン様の影響力が最も反映されるアクセスキーワードのランキングです。

まぁ、判りやすいのですが、今回目立つのが、やはり「仙境都市」。数年来掲載しているテーマを検索数で一気に抜き去るところは、流石にあの方の影響力は凄まじいですね(2項目セットで2000件程、全体で3000件弱と、ネタばらししておきますね)。

そして、多くのブロガーの皆様、特にアフェリエット等を運営の原資とされている方(当方は持ち出しです)にとって、少なからずの影響があったのかもしれません、2月に実施された検索エンジン様のポリシー変更。Wordpress.comはデフォルトでAMP対応になっているので、影響は少ないと思われましたが、前年比でアクセス数を比較すると、投稿数を絞っていた事情もありますが、2月以降がっつりと下がっている事が判ります。

別にコピペサイトではないのですが、こんな部分でも検索サイトの強い影響下に置かれている事が判りますね。なお、10月と11月になるとアクセス数が急上昇するのはもちろん、他のサイトからの迂回アクセスを含めて「御射鹿池」観光ガイドページと化しているからでしょうね。

そんな訳で、ぼちぼちと呟き、撮り続けながら彷徨う本サイトですが、この地に留まり続けた刻の記録として、もう暫く続けられればと考えています。

♪ふとした時に気付くもの

居場所を探してた 私 ここにいたい♪

♪いまこの一瞬が続いてく

大切な場所が此処にある だからいくよ♪

大好きなCoorieの歌詞から(アルバム、トレモロより、いろは)

 

改めて、ご覧頂きました全ての皆様に感謝を。

静かなGWの一コマを、小さな春の夕暮れ(2017.4.30)

静かなGWの一コマを、小さな春の夕暮れ(2017.4.30)

GWの徒然を綴る中、ふと思うのが、これだけの一大観光地とはいえ、地元の皆様の生活と、観光でお越しになった皆様との接点というのは意外なほど薄いという事。

インターの周囲やアウトレットモール、観光施設が集積する場所では、それはもう都会が引っ越してきたような騒ぎですが(コンビニとかスーパーもね。買い物、ちょっと困る時も)、地元の商店街を下り、路地を一本入ると、普段と変わらない日常が淡々と流れています。

そんな落差にちょっと複雑な想いを抱きながら、夕暮れの集落を抜けていくと、何時も気になる場所にちょっと足を止めてみたくなります。

甲斐駒を望む台地の縁に並ぶ集落の端。

すぐ先には深い谷戸が広がり、どん詰まりの小さな丘の上に立派に枝を広げる桜が、最後の春を謳歌しています。

足元には供養塔が並ぶこの場所。崖の縁という事もあって、心地よい風が吹き抜けています。

夕日を浴びる大きな山桜の木。ねじれるように幹を伸ばす桜の木が多いですが、この一本は青空の下、すくっと立ちあがっています。

真っ白な花びらと、僅かに緑色を帯びた花弁。印象的な姿です。

桜の木を振り返ると小さな祠。少し近づいて覗き込むと、遠く西日の先に立つ御嶽山を祀った、御嶽講の石碑である事が判ります。

北側には八ヶ岳。

真っ直ぐに八ヶ岳を見つめる松の木の根元には、たくさんの馬頭観音が眠っています。

集落の外れに位置するこの場所、畦道を少し入ると、木々に隠れるように小さな表示板が取り付けられており、「血取場」と記されています。

その昔、牛馬が弱った時に、悪い血が病気を引き起こしていると考え、その血を抜いた場所に与えられた名称を持つこの場所。その実は屠殺場であったかもしれないと思わせる、集落の果て、暗い谷戸の縁に立つこの丘を見守る3つの山と数々の石碑たちが、地元の方々にとって畏敬を持つ大切な場所であったのかもしれないなどと思いながら。

夕暮れになって、風が凪いでくる頃。山里の春は足早に次の季節に向かいます。