サイト開設5周年のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.12.23

サイト開設5周年のご挨拶(ご訪問頂きましたすべての皆様に改めて感謝を)2017.12.23

雪の降る2012年12月末に綴り始めた本ページ。今週末で、開設5周年を迎える事になりました。

SNSを始めた先に綴り始めた本ページ。唯、日々の想いを残していくとどんな風になるのかなぁと、漫然と始めてみたのですが、いつの間にかこんな所まで来てしまいました。

今朝の時点で公開中のコンテンツ数は562、アクセス数は累積で58万弱、暖かくなって桜が咲く頃には60万アクセスに達するのでしょうか。無料サイトの為に広告が表示されているかと思いますが、当の本人はアフェリエット等に興味が無く(画像データのストレージは有償で借りています)、時間もお金も浪費しての、完全に自分の好きな事を(時に裏モードも)追いかけた記録を綴ってきた本サイトが、これほどまでご覧頂けるとは、正直、考えていませんでした。

そんな何の役に立つのか判らない、趣味丸出しの本サイトを訪れて下さって、そして暖かいコメントを残して頂きました皆様に、深く御礼を申し上げます。

それでは恒例で、この一年の本サイトへのアクセス状況をネタバレでご紹介です。

サイト開設からこれまでの、アクセス数の推移です。

50万アクセス到達時にちょっとこぼれ話的にお伝えしましたが、今年の2月に某超巨大検索エンジンさんのアルゴリズム変更の影響が、こんな辺鄙なサイトでも露骨に響くという、明白な証拠でしょうか。私自身はWordPress.comのユーザー共有を殆ど使用していないのでWordPress readerからのアクセスは非常に少なく、本サイトへのアクセスは(ロボットによる自動学習を含めて)約2/3が検索サイトからのようです。

2014年7月からの月毎のアクセス推移の推移をご覧頂ければ、その効果がよく判るかと思います。ヒット率を引き上げるためには継続的なコンテンツの提供、それも多くの新規閲覧者を引き入れるタイムリーなテーマでコンテンツを出し続けないと、こうなりますよという、典型例を見せて頂いている気分です。Webで収益を得ている方にとって、多分検索サイトとは一衣帯水なのだなぁと、しみじみ感じた一年でした。

データを確認していてちょっと興味深かったのが、例年100アクセス/年以下のFacebookからの閲覧が今年は急増した点。後ほど理由の方はご紹介しますが、Facebookの共有ユーザー間における連帯の強さを見た思いです。

今年1年のアクセスランキングです。ホームページへの直接閲覧が約36000アクセス/年、初掲載が実に2013年の2月に遡る、トヨトミレインボーストーブを紹介したページ2本でしめて16000アクセス程度です(中の人じゃないよ!でも、某ホームセンターで石油ファンヒーターの使用可能標高表示が復活したのは、この記事が理由かも?)。一番下のコンテンツで約250アクセスほどです。グリーンのラインで示したコンテンツが今年新たに掲載した分です。

流石に旧型SX4を紹介したページや、当初は多数のアクセスの有ったFM番組の最終回への想いを綴ったページへのアクセス数は低下してきた一方(それでも今年新たに掲載したコンテンツよりアクセス数多いのです)、意外だったのが美ヶ原の放送用電波塔たちと、信越放送のマウンテントップ方式開闢の石碑を紹介しているページ。類似の紹介ページは複数あるかと思いますし、もっと専門的に書かれているページもありますが、美ヶ原に訪れた方なら誰もが気になるその威容、掲載以来、例年多くの方にご覧頂けているようです。

今年のビーナスライン冬季閉鎖直前に訪れた際の写真を。人が織りなす様々なドラマが眠る天空に広がるこの大地。幾度訪れても想いが募る場所です(今年は吹雪いていてちょっと大変でしたが)。

昨年は、余り新しいコンテンツをご覧頂けなくてと、こぼしていたかと思いましたが、総アクセス数が大きく減少した今年、実は新規ページをご覧頂いた件数が確実に増えていた事に気が付きました。これも巨大検索エンジンさんの描き出す技故なのか、ちょっと興味深い結果になったので、ページを執筆した際の心境を含めてご紹介です。

まず、驚きの3番目(ホームページを除く)にランクされたのが、鹿避け笛(鹿笛)の記事。八ヶ岳界隈に居住されている方にとっては常々、苦労が絶えないテーマですが、実に多くの方が困られているのだという事を実感した次第です。なお、取り付けた後も相変わらず鹿さんには街中、山中を問わずしょっちゅうお会いしますが、幸いなことに私も愛車SX4も無事である事を、ここにご報告させて頂きます!

例年、多くの方にご覧頂く小淵沢駅の臨時列車時刻表、そしてバスの時刻表。今年はその小淵沢駅に大きな変化がありました。7月に開業した新駅舎開業までの日々と想い出を綴ったページにも多くご訪問頂きました。取り敢えず建屋とエントランスだけ夏の観光シーズンに間に合わせようと突貫工事で仕上げた感もある、開業以来の改築とも云われる新駅舎のオープン。開業直後に指摘が出て来た利便性の問題についても、周辺の観光施設へ向かうバスの一時待機場所の設定、行き過ぎた体面上のエコロジーが生み出した、夜間に無人になると真っ暗になってしまう、通路に奥まった待合室も照明が点灯するようになり、地域交通の伝手を繋ぎ止める最後の手段である、マイクロバスや路線バス、自家用車や各観光施設及びペンション等などからの迎えの車すら新駅に乗り入れられないという致命的な欠点は、年末までに漸く整備中のロータリーが完成する事で解消に向かう算段が見えてきました。

その一方で、ロータリーの用地を捻出する為に解体された旧駅舎。このシーンが望めなくなるのは少し寂しいのですが、新年からは行き交う列車のバックに、ダイレクトに八ヶ岳が遠望できるようになります。

そして、今年を象徴する様なページたち。刊行数の多寡に関わらず、お気に入りの(もしくは難物の)一冊をご紹介できればとの想いで書き始めた、読んでいる本の紹介。時にレア物新刊紹介として検索エンジンから辿られる方もいらっしゃいますが、今年ご紹介した中で上記に掲載している3冊は極めて特徴的なアクセスの動き、即ち、著者の方に直接ご紹介を頂いたor著者の方もしくは関係者の方のFacebookによる紹介でアクセス数が伸びたという、これまでとは違うパターンが生じた点です。

これまでも、著者や訳者の方にご挨拶を賜る事が幾度かありましたが、今回ご紹介した本、特に後続の2冊に関しては、私自身へのフィードバック等はなく、純粋に引用して頂いているサイト内や、Facebook内で拡散、閲覧が繰り返されていたようです。そのような意味で、ちょっと狐につままれたような感もありますが、ご覧頂きました皆様のご興味に対して、一助となっていれば幸いです。

形はともあれ、もし本サイトをご覧になって、本屋さんでお手に取って、更には購入されて読まれるという機会があるのであれば、本が好きで、より多くの方に本に興味を持って頂きたいという一心で、拙い文章を曝している恥ずかしい身としては、殊更に嬉しい限りです(ステマですかとか、何処かの出版社さんの中の方ですか、などのようなご照会を頂く時がありますが、お小遣いの範疇でコツコツと買って、仕事の合間と就寝前に読書時間捻出している程度、更にはこんな酷い文章、ど素人に決まっているでしょ!)。

SNSでRTしているくせに買ってないじゃないかとのご指摘もあるかと思いますが、お財布事情以上に「お願いです、版元の皆様、どうか本屋さんに入れて下さい!」。見かけた場合、ほぼ確実に買って読んでおりますので。そんな中で、面白かった本が評価されると、読んでいた本人も実は嬉しいのですよという例を、今年、古代歴史文化大賞を受賞された「タネをまく縄文人」ご紹介のページアクセス推移でお見せします。

最後に、年末になって余りにも急な知らせに驚いてしまった事を。

多くの方にページの方をご覧頂いたようですが、年少の頃から大好きだった、脚本家の島田満さんが今月、急逝されました。いきなりあのような文面をつらつらと書き並べると、貴方何者なのと思われたかもしれませんが、ネットなどが誕生する以前からその作品を追いかけていた、少し年上のお姉さんのような、本当に大好きな脚本家さんでした(殆どの資料を昨年自宅を整理した際に処分してしまったのですが、掲載した写真はその中で唯一残していた、クリーミィマミ脚本陣揃ってのインタビュー記事からです)。

本ページでも紹介させて頂いている、小説家の村山早紀さんを知ったのも、島田さんがシリーズ構成を手掛けられた作品の原案協力をなさっていた事から(その後になって、同じメンバーが手掛けていたひとつ前の作品が、今、私が住んでいる場所を舞台設定に使っているよと教えられて、慌てて見直すことに)。恐縮なことながら、毎年カレンダーを頂いてしまっているトラッシュスタジオ様と佐藤好春さん知るきっかけとなったのも、ジブリから日本アニメーションに復帰した佐藤好春さんがキャラクターデザインを手掛けられて、島田さんが全話の脚本を書かれた、世界名作劇場「若草物語ナンとジョー先生」本放送の際に感銘を受けたからです。このページで、時に大西洋やアメリカ北東部、中西部をテーマに扱った本の紹介が散見されるのも、彼女の作品や、それ以前から続く世界名作劇場の作品たち、更にはそれらの原作となる物語達に幼少期から親しくし接してきたその先に、今の自分の興味が色濃く残っているためだとの想いもあります。

近年ではファミリー向けの作品での脚本参加が多かった中で、意外ともいえる明らかにコアな男性アニメファン向け作品へのシリーズ構成、脚本としての立て続けの参加に驚きながら、今やSNS等で瞬時に伝わる完成した作品の放映後の評判の高さ。シリーズを通貫させるテーマ性や深くキャラクターを掘り起こしていく卓越した描写力には、放映が1年に渡るのが当たり前だった往年のオリジナル作品や、原作のストックが無くなっても放映を止められない大作のアニメ化作品における、オリジナリティと原作のテイストを最大限に引き出す、脚本家の方々が培ってきたテクニックと思考力が遺憾なく発揮されているように思えます。女性向け作品で絶大な支持を集める、同年代で同じ女性脚本家の金春智子さんが回顧されていたように、作品の想いを汲み取りながら、突っ込み過ぎるぐらいに、更に掘り込んでキャラクターの魅力を引き出していくシナリオたちがもう見られなくなるのは、とても寂しい事です。

少し脱線してしまいました。

この文書を書きながら、唸りながら横で来年度のカレンダーに使う写真のセレクションを続ける師走の午後。

今年も色々な事がありましたが、このような辺鄙なサイトにご訪問頂き、ご覧頂きました皆様に改めて感謝と御礼を申し上げます。

大好きな八ヶ岳を間近に望むこの場所で、ゆっくりと一歩ずつ。

 

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7年ぶりのアルバムは、綴り続けたストーリーと、お帰り!のPOPなメロディが心地よく奏でる、CooRie「セツナポップに焦がされて」

7年ぶりのアルバムは、綴り続けたストーリーと、お帰り!のPOPなメロディが心地よく奏でる、CooRie「セツナポップに焦がされて」

New!(2018.1.11) : Real Soundのインタビューにrinoさんが登場しています。

変わり続けるサウンドと、変わらない音楽への想いをたっぷりと語っています。CooRie/rinoさんの楽曲にご興味を持たれた方は、是非ご一読を。

 

<本文此処から>

るっと一巡して聴いた後にふと、あの頃何をしていたんだろうか等と思い浮かべながら…。

2010年10月にリリースされたアルバム「Heavenly Days」から7年。10周年を迎えた年にリリースされたベストアルバム「Brilliant」以降も、メインステージであるD.C.シリーズ以外ではメロディメーカーとしての活動が続いたCooRie(rino)が、2枚のセルフカバー、そして昨年は久しぶりの単独名義となるシングルのリリースを経て、遂にオリジナルアルバムのリリースが叶ったようです。

CooRie6枚目のオリジナルアルバム「セツナポップに焦がされて」です。

ネット配信が当たり前になって、CDはおろか、音楽自体にお金を払う事すら否定的な雰囲気が漂う中での新譜リリース。さまざまな想いが詰まったであろうアルバムの1曲目を聞いた瞬間、心の中で、思わず「お帰り!」と声を掛けてしまいました。

アニソン歌手がもてはやされた最中でデビューを飾った同時代の多くのアーティスト、ボーカリストの方が活動を縮小、休止する中、その後に登場してきた多くのアーティスト、声優の方々に楽曲を提供するサウンドメーカーとしての立場を確立した先に、再びリリースする機会が巡ってきたオリジナルアルバム。そこには、物語に寄り添う為に生み出される、ストーリー性を強く感じされる楽曲と、メロディメーカーとして、更にはボーカリストとしての想いを載せて奏でる曲が一緒になって織り込まれているようです。

CooRieには欠かせない、D.C.のイメージを受け継ぐサウンドたち。メロディメーカーとしてのストーリーを感じさせる華やかな楽曲。デビュー当時のイメージを、よりクリアーで元気なPOPチューンに仕上げたバンドサウンドの新録。そして、スタイリッシュに生まれ変わった、今のCooRieが奏でるサウンドの到達点を見せる、4種類の楽曲編成となるこのアルバム。

アニメーション用の楽曲らしく華やかな音作りは引き続き求められる一方、艶やかな装飾を纏った楽曲から、よりクリアーに、よりピアノの旋律を際立たせるようなアレンジ、楽曲編成への方向転換。心を震わせるドラマチックなテーマを奏でるストリングスの豪華な楽曲から、デビュー当時のやや素朴で牧歌的なサウンドへの回帰は、現在のアレンジ、レコーディングの進化を受けて、その心地よいメロディはそのままに、より鮮やかに生まれ変わっていきます。

そして、年齢と共に急速に衰えると云われる、女性ボーカルの宿命に対して、元々声量に恵まれているとはいえない(ビブラートするボーカルと評される方もいらっしゃいますね)中で、こつこつと取り組み続けたボイストレーニングの成果を見せる、初めてのアカペラへの挑戦。サウンドテイクも、ボーカルもまだまだ進化し続ける事を示しながらも、その心地よいサウンドに再び浸れる嬉しさを感じながら。

収録全曲のご紹介です。

1.エクレア

 作詞 :rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • 思わず「お帰り!」と心の中で声を掛けてしまったオープニング。CooRieの気持ち良いメロディを、最新のレコーディング、サウンドで聴ける嬉しさが詰まった、そして、ドキッとさせられれる歌詞は此処までやって来たシーンをちょっと振り返るような一曲です。

2.セツナポップに焦がされて

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • アルバムリード曲。シンプルな中にもサウンドメイクと演奏に拘ったようですが、歌詞へ込めたサウンドメーカーとしての想いにも触れたい一曲です。

3.Rearhythm -Album ver-

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アーケードゲーム「crossbeats REV.」使用楽曲)

  • ミュージックゲーム用に作られた楽曲です。制約が少し緩やかなためでしょうか、アニメーション用の楽曲に対して、少しサウンドメーカーとしての想いを重ねて込んで奏でる、このアルバム全体を通じて感じる、気持ち良さに溢れた一曲です。

4.愛しさの雫

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.S.-Dal Segno-」ボーカルミニアルバムより)

  • CooRieにとって欠かせないD.C.の楽曲。シリーズを通じたサウンドテイストと、ゲームミュージックらしい華やかさの中にもしっとりとしたバラードを歌い込んでいくボーカルに包まれていきます。

5.終わらないPrelude

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖(アルバムオリジナル)

  • ストーリーを奏でる事を求められるアニメーション用の楽曲というジャンルに対する、ドラマを作り上げるサウンドテイクを見せる一曲。デビュー当時からエンディングの歌姫的だったCooRieの今の姿を見るような想いです。

6.HAPPY CRESCENDO

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.C.Ⅲ With You ~ダ・カーポⅢ~ウィズユー」ボーカルミニアルバムより)

  • ストレートにD.C.の楽曲なですが、どちらかというとエンディング担当だったCooRieがオープニングを歌うとこうなるのという、ミニアルバムで最初に聴いた時は大丈夫かなぁとも感じた一曲。この曲のボーカリストとしての精一杯な感じが、後ほど紹介するアカペラへの想いに繋がったのでしょうか。

7.フラクタル

 作詞:rino 作曲:長田直之 編曲:長田直之(アルバムオリジナル)

  • このアルバムで、編曲だけではなく、唯一作曲もCooRieのオリジナルメンバーだった長田直之さんに委ねた曲(作詞は全てrinoさんです)。melodium2で感じた予感、オリジナルCooRieのサウンドが、今のサウンドメイクを纏って、鮮やかに帰ってきたようです。とにかく気持ちの良い、アルバムの中でもお気に入りの一曲です。

8.春風とクリシェ

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:安瀬 聖(PCゲーム「D.C. Ⅱ Dearest Marriage ~ダ・カーポⅡ~ ディアレストマリッジ」より)

  • 今回収録の楽曲の中では一番古い曲になります。あの頃のCooRieを思い出しながら。rinoさんが奏でるD.C.の楽曲たちは何時聴いてもしっとりと優しい想いにさせてくれるようです。

9.MISTY LOVE

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:chokix(PCゲーム「D.C.Ⅲ DreamDays~ダ・カーポⅢ~ドリームデイズ」より)

  • 7曲目のフラクタルと並んで、サウンドメーカーとしてのrinoさんのサウンドテイクが全面に押し出された曲。キラキラとした華やかさはないですが、スタイリッシュに、クリアーなサウンドとメロディをバックに奏でるボーカルをじっくりと楽しみたい一曲です。漸くこのサウンドを詠える様になったという想いすら感じられます。

10.キミとMUSIC -Album ver-

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:長田直之(アーケードゲーム「crossbeats REV.」使用楽曲)

  • こちらもサウンドゲーム用の楽曲ですが、陽だまりの午後を心地よくさせてくれそうな、ちょっと懐かしさも感じる、優しいメロディの世界へと誘ってくれる一曲。

11.VOICE SONG

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:rino(アルバムオリジナル・アカペラ)

  • 挑戦と仰るアカペラの一曲。その第一歩はCooRieの新しい世界を垣間見せてくれるようです。出来栄えの方は是非アルバムをお手に取って。

12.BON-BON

 作詞:rino 作曲:rino 編曲:浅田祐介(TVアニメ「田中くんはいつもけだるげ」EDテーマ。同名シングルより)

  • 音楽の森を往くCooRie劇場の開幕を告げる一曲は、このアルバム唯一のシングルカット曲。シングルリリース時に別のページでもご紹介しています。

この7年の間、落ち込む事も多かったのですが、何時も側に居てくれたサウンドに、再び幸せな形で巡り合えた事に心から感謝しながら。

 

アルバムジャケットイラストを手掛けられた、さんがInstagramで紹介されています(2017.12.26追記)。

 

脚本家、島田満さんの訃報に接して(2017.12.16)

脚本家、島田満さんの訃報に接して(2017.12.16)

今晩だけは、普段と違う形で綴らせて頂きます。

昨日、脚本家の島田満さんがお亡くなりになられたとの報道が伝えられました。

島田さんは、30年以上に渡って主にTVアニメーションの脚本を手掛けていらっしゃった方です。

ジュエルペットてぃんくる☆制作前に作られていた、ご本人による作品歴の紹介と、制作前後に開設されていたブログのリンクを掲載しておきます。現時点では閲覧可能です。

脚本家としての制作の背景について参照されたい方は、同じくジュエルペットてぃんくる☆のBD/DVDでライナーノーツも執筆されている、漫画研究家/ライターの泉信行さんによる『アニメ脚本家・島田満さんのお仕事と、イマジナリーフレンドの関係』(ピアノ・ファイア)をご覧ください(12/17追記)。

ジュエルペットてぃんくる☆制作スタッフのメンバーで、キャラクターデザインを担当された伊部由起子さんが中心となって放送終了直後に作成された、東日本大震災のチャリティーを目的とした同人誌『Twinke★magic!』に、島田さんが書き下ろされた、オリジナルのショートストーリー『星降る丘のデラ』が掲載されています。こちらから読む事も出来ます。共著では、角川つばさ文庫『ちえりとチェリー』が電子書籍版を含めて現在も入手可能ですが、中古書籍以外で現在読む事が出来る、ご本人が書かれた数少ないテキストです(12/23追記)。

皆様がご存知の作品では、世界名作劇場の「若草物語ナンとジョー先生」及び、「ロミオの青い空」の全話脚本や、Dr.スランプ、ドラゴンボール、ONE PIECE、るろうに剣心といった著名作品、更にはオリジナルとなるジュエルペットてぃんくる☆、ゲーム原作のリトルバスターズ、昨年から今年に掛けては、若手アニメーター育成から派生したリトルウィッチアカデミアの映画及びTVシリーズの脚本、シリーズ構成を手掛けられており、現在NHKの教育テレビで放映されている『うっかりペネロペ』でもシリーズ構成と脚本を手掛けられています。

9月に、秋から始まった『うっかりペネロペ』でシリーズ構成を担当される事をSNSでご本人が伝えられていましたが、その後、ご本人からの発信が滞るようになり心配しておりましたが、本日、ご親族の方から上記の内容が伝えられております。

本当に最後の最後で、くだらないリプに丁寧にご返信頂いた立場としては慙愧に堪えないところではありますが、ここに謹んでご冥福をお祈りする次第です。

私にとって島田さんの脚本との出会いは、遥か昔に遡る「クリーミィマミ」の時代。オリジナル作品らしく凝ったシナリオが散りばめられた作品の中で、一際に可愛らしさの感じられるMr.ドリームのストーリーに魅せられたのが初めての出会いだったと思います。

その後に続く、うる星やつらにおける「純情きつね」と、しのぶが登場するシナリオや、「ハイスクール奇面組」での可愛らしいシナリオなど、どちらかというと少女趣味的なシナリオを書かれる方(当時は美人脚本家という触れ込みもありました)だなという、イメージが当初は強かったと思います。

そのようなイメージを一新されたのが、世界名作劇場への参加。ピーターパンの冒険に続く、「若草物語 ナンとジョー先生」における、登場人物にじっくりと寄り添いながら、全話に渡って丁寧に物語を描いていくシナリオ展開は、多くの方に印象を残した「ロミオの青い空」(この題名のインスピレーションも島田さんが出されたと楠葉監督が述べられています)の全話脚本に繋がっていきます。

この時点で、世界名作劇場を代表する脚本家との名声を得た島田さんですが、一方で「家なき子レミ」の脚本を事情により途中降板、結果として長年に渡った世界名作劇場が一旦幕を閉じるという苦渋を味わうことになったのも事実です。

その後、前述の週刊少年ジャンプ原作の作品群のアニメ化におけるスタート段階の脚本チームに加わり、現在まで続く人気のけん引役を果たす一方、ご本人が得意とされる、よりファミリーなテーマに基づいて、その作品をとても愛されていた「とっとこハム太郎」、そして「アンパンマン」の映画2作の脚本を手掛ける等、多方面な活躍をされていました。

その延長にある、現在のアニメファンの方々に繋がる作品たち。少女漫画原作の元気あふれるストーリーに、奥行きのあるしっかりとした骨組みを持たせることで通算3年に渡るシリーズに育て上げた「しゅごキャラ」、深夜アニメとしては異色のハートフルなシナリオを美しい映像で魅了した「ななついろドロップス」、同じスタッフが集結して、土曜の朝に一年に渡って放送された、販促アニメとしては異例のストーリーを優先させたプロット、錬り込まれたシナリオ、高水準な作画で少女の成長を丁寧に描き切った「ジュエルペットてぃんくる☆」。

これら作品によって培われた魅せるストーリーの成果は、早いサイクルでよりコアなユーザー層に向かうアニメーション作品の中で、ややもすれば古いテイストとも捉えられるスキームが、逆に物語に深い重みを与える事を印象付ける事になります。ゲーム原作で、決してアニメーションでは実現できないであろうと云われた登場人物毎に組まれたシナリオを、娘さんと一緒になってご自身でゲーム全シーンを制覇した上で書き上げ、見事に3クールのTVアニメーション作品のシナリオとして、何ら欠けることなく一本の作品として纏め上げた「リトルバスターズ」。更には、最終局面に於いて、苦悩されている発言を残しつつも、物語のストーリーに確固たる骨子を与える事に意を砕かれた「リトルウィッチアカデミア」。

そのキャリアに於いて、常に最前線で活躍されて、「現場で最も年齢が高く」と直近では述べられながらも、若手クリエーターの輪の中に入って更なる創作活動に邁進されていた島田さん。

既に病魔に侵されていた事がご家族の方から伝えられていますが、その中でも精力的に最後まで執筆をされていた作品は、現在も放映されています。

アニメーション作品に於いて、脚本家は後方に配されて表立っての姿がなかなかに見えにくい事が多いのですが、その中でもずば抜けた才覚(演出家志望であった片鱗は、時に「シナリオディレクター」という称号を与えられる点からも伺えます)と、作品に寄り添って魅力を引き出そうとする不断の努力から生まれた脚本たち。多くのファンの方が感銘を受けられて「島田満さんの脚本回」と呼ばれるようになっていたのは、誰しもがそのアニメーションという、動画が主役である作品をしっかりと裏から支えてくれるストーリーを描いてくれるという期待と、その現実を叶え続けて下さった結果だったかと思います。

これからも多くの作品を描き続けて下さると願っていた中での訃報。新たな作品を目にする事は出来なくなってしまいましたが、心に残る、数多くの作品を残して下さったことに感謝しながら、改めてご冥福をお祈りいたします。

女の子は誰でもステキな魔法使い!

貴女の残した魔法が、何時までもみんなの心を照らし続ける燈火でありますように。

2017.12.16

一年ほど前、掲載していた写真に直接「素敵ですね」と、お返事を頂いたページの一枚。30年来の一ファンとして、個人的にも大切な思い出です。

八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の山麓にはいろいろな生き物が生息していますが、中でも人気があるのは清里に国内唯一の専門博物館もあり、冬季になるとその愛らしい冬眠中の寝姿がTVで放映される事が風物詩となっている、ヤマネ。このヤマネ人気の火付け役でもあり、その保護活動にも長年に渡って携わってきた方が、同じ八ヶ岳西麓の富士見町に在住されている写真家(ご本人は自然写真家と称されています)、西村豊さんです。

40年にならんとする写真家としての活動の中で、これまで多くの写真集や絵本の刊行、幾度かの展覧会も催されてきましたが、今回、その集大成となる個展が開催されています。

清里へのメインストリート、国道141号線から脇道に入って、高原野菜を栽培する畑を抜けた先の深い森の中に忽然と現れる、コンクリートの地肌を生かしたモダンな美術館。国内でも数少ない、芸術写真を専門に扱い、保管することを目的としたアーカイブとしての役割も持つ、清里フォトアートミュージアムです。

今回の大規模個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」。本ミュージアムで現在稼働中の展示スペース2室すべてと、一部の廊下までもを利用した大規模なもの。展示セクション数24、総展示作品数200点以上と云う、氏にとってもその制作活動の集大成といえる展示内容になっています。

美術館ですので、もちろん内部は撮影禁止。エントランスに設けられたキッズコーナーで遊ばれているお子さんたちを横に、展示室に入っていきます(以下の内容はプレスリリース、パンフレットも参考に綴らせて頂きます、著作の書影はAmazonにリンクしています)。

展示の順番はテーマごとに並べられていますが、ほぼ氏の制作年度を追うような形になっています(著作の刊行に合わせて制作されているため)。展示内容は順路順に以下のようになっています

第一展示室

  • ホンドギツネの子ども
  • きつねかあさん
  • 商品の詳細
    • 氏の出世作。現在の作品と比べると明らかに素朴で、距離感も遠く、撮影技術にも限界が感じられますが、それ以上に近年の作品と比べて深い愛情を感じてしまうのは、ちょっとした贔屓でしょうか
  • ニホンヤマネの「ヤマネさん」
  • 商品の詳細
    • 氏の代表作たちが一堂に揃います。数々の絵本や写真集、現在ではネットでも数多く流れている、ヤマネファンの方なら必見の作品たちを、大画面の美術作品として眺められる数少ないチャンス。氏の撮影コメントもしっかりと読みたいところ
  • 「赤ちゃんヤマネ、お山にかえる」
  • 商品の詳細
    • 氏のもう一つの側面でもある、ヤマネの保護活動。その記録写真の一部が公開されています。生後僅かな状態で保護された子どもや、人工飼育の様子など貴重な写真の数々が公開されています

インターセクション、廊下

  • 「しぶがき」
  • 商品の詳細
    • 最近では多く採り上げられるようになった、圧倒的な数の干し柿を軒下に吊るすシーンの写真。その先鞭をつけたのも氏の作品群です。今回はそのうちの何枚かをインターセクションとして展示されています。写真を表現する際のテーマの一つとなる色合いと陰影。暖かなそのグラデーションと光の微妙なバランスを描き出すための試行錯誤の成果は、印画紙で焼いた本制作ではより一層明確に浮かび上がってきます。初冬の光と実りの嬉しさを実感させる軒先の向こうに続く透明なオレンジ、実に魅力的です

第二展示室

  • 「ニホンリス」
  • 商品の詳細
  • 「よつごのこりす」
  • 商品の詳細
    • 近年、氏が精力的に撮影を進めているニホンリス。前回、富士見高原ミュージアムで展示された作品群たちを含めてその後4冊の絵本となったシリーズ作品のうち、絵本に掲載されなかった分を含めて、数多くの作品が展示されています。現行作品故の配慮でしょうか、これらの展示は写真サイズもやや小さく、フィニッシュも美術館用の本制作とはちょっと異なっているように思えます(第一展示室の作品の多くは額装ですが、こちらはボード貼り)。俊敏な動作を押さえたり、実物も展示されているオニグルミを時間を掛けて丹念に歯で削っていく際に飛ばす切り屑すらも捉えるスピード感のある作品たちはデジタル撮影(前回の展示の際には、EOS5D+300mm f2.8にテレコン2段で撮影されている事を、不幸にも落下してしまった機材と共に展示、紹介されていました。修理不可となった際にカウントされていたシャッター数は実に10万ショット以上、膨大な労力の先に作品が造られている事を実感します)に切り替わっており、極めてシャープで、ダイナミックレンジを一杯に使った、ハイライトは明るく、コントラストはやや浅めという、華やかで今時の仕上がりになっています
  • 「あしあと(混合展示、展示室外にも)」
  • 商品の詳細
    • 作品としては異なりますが、地元の小学生たちと共に富士見の山野に入って、動物たちの活動の息吹を感じてもらうという活動のワンシーンを含めて、冬の野生動物たちがどんな活動をしているのか、足跡から見出してみませんかというテーマ。雪に足を取られてお腹をバフンと、雪に埋めてしまったキツネの足跡、同じような跡を見た事があるので、思わず笑ってしまいました
  • 「ニホンジカ」
  • キツネの「ごんちゃん」
  • 商品の詳細
    • このふたつの作品群は、書籍としては未発表になります。如何にも地元でスナップ的に撮影された作品たちですが、それ故に、同じ地で生活する身としては、現実感を以て見つめてしまいます(シカが大群衆で山から下り、用心深いキツネでも、夜になれば道を駆け抜ける姿は日常ですから)。時に、あっけなく野生が目前で繰り広げられるのが八ヶ岳山麓、その現実もしっかりと見据えています
  • 「ごだっ子の田んぼ」
  • 商品の詳細
    • 野生動物、小さな生き物たちを扱った作品が多い氏にとって、珍しい作品ではありますが、前述のように地元の小学生との深い繋がり合いを持って活動を続けています。その活動の一端を収めた絵本作品から、印象的な数点の写真が展示されています。諏訪の皆様なら馴染み深い冬季の田圃リンク、星空の下に広がる青々とした透明な圃場は良く知る場所ですが、厳冬の夜にはこんな景色があったのかと、改めて見つめ直させられます。日常を深く、愛情を持って見つめる事の大切さ

氏の代表作でもあり、当館の収蔵品(前述のように、当館は国内外の作品性の高い写真を末永く保存することも設立の趣旨としており、同じく自然写真で著名な宮崎学氏の作品や、鉄道写真家の広田尚敬氏の作品も当館のアーカイブとして収蔵されています)ともなっているヤマネの写真や、近年精力的に撮影を続け、絵本を刊行されたニホンリス、そして出世作となった「ホンドギツネ」など、絵本作家としての作品も多数展示されていますが、実際の印画紙で焼いた状態で眺めるのは絵本とは全く違う世界。その撮影条件の厳しさ故に、焼き付けサイズは決して大きくはありませんが、本館やLCVが所蔵する作品の中には大伸ばしで圧倒される写真もあります。

全ての漢字にルビが打たれ、語りかけ、興味を持って貰えるように疑問形で綴られる解説文。お子さんでも見やすいようにと、少し低めに並べられた写真たちの展示スタイルは、実に本展示がお子さんとそのご家族に向けた、氏の活動スタンスをそのまま展示スタイルにも反映されているかのようです。

賑やかにおしゃべりしながらの観覧が続く、モダンで芸術性の高い美術館で催される写真展とはちょっと異なる雰囲気も、親御さんとお子さんの会話にちょっと耳を傾けながら作品を観ていく事で、新たな魅力が発見できるかもしれません。氏が望む、子供の視線に立った、発見する楽しさを伝えようとする想い。それは、伝えようと願う子ども自身のリアクションに委ねられている筈だからです。

そして、1970年代から始まる氏の作品群。その遍歴には、現在の写真撮影、写真美術や急激に進化を続ける撮影技術、装備の進展が凝縮された感すらあります。極限の環境下で撮影を続けるため、撮影技術はもとより、機材性能の限界を超えて撮影することが求められる自然写真。出世作であるホンドギツネの作品とニホンリスのそれを比べれば一目瞭然ですが、撮影に対する余裕度(ニホンリスでは背景に映る四季折々の彩なす色までも捉えようとされています)はもとより、俊敏な動きをレンズの前に留め、鮮やかに、シャープに仕上がった作品たちは、同じ写真作品とは俄かに言えないほどのクオリティの差が生じています(もちろん、味わい云々の話は別として)。

そのような急激な進化を遂げた自然写真の中で、氏が願ってやまない、子供の視点に立った発見する楽しさを伝えたいという想い。更に進化した機材と氏の円熟した撮影技量が、子供たちの好奇心を掻き立て、更に自然への興味へと繋がる架け橋となる事を願いつつ。できれば、そろそろ「大きなおともだち」に向けた作品も発表して欲しいかななどと、勝手な願いも重ねて。

最後に、最も気に入った一枚は、八ヶ岳ブルーを背景に、厳冬の雪原に僅かに顔を覗かせたススキの傍らに佇む、一頭のホンドギツネ。サイズも小さく、明瞭とはとても言えない古い作品ですが、厳冬の眩しい日差しを受けて毅然と虚空に顔を上げるその佇まいに、生きているという強い意志が宿っているように思えてなりません。心を捉えて離さない一枚でした。

西村豊「八ヶ岳 生きもの ものがたり」

2017年7月1日(土)~12月3日(日) 7,8月は無休

清里フォトアートミュージアム(北杜市高根町清里)

アーティストトークは7/30(日)と8/5(土)、いずれも午後2時から。

チャリティートークは9/2(土)午後2時から、ゲストは脳学者の篠原菊紀氏(定員120名。要予約、チャリティー参加費が別途必要)

 

 

さようなら、小さくとも全てが揃っていた趣ある山間の駅舎(今日で利用終了となる小淵沢駅、旧駅舎)2017.7.2

さようなら、小さくとも全てが揃っていた趣ある山間の駅舎(今日で利用終了となる小淵沢駅、旧駅舎)2017.7.2

昨日から信州DCが始まり、小海線には久しぶりの専用観光列車「HIGH RAIL」運行も始まった、中央本線の小淵沢駅。

実は、本日(7/2)を以て、長らく使われてきた駅舎の利用が終了、隣接地に建設された新しい駅舎に移転することになりました。

中央本線の特急停車駅でもひときわ小さな駅舎。

つい数年前に駅舎右側に建てられた、お土産物を扱うショップが出来るまでは、待合室と駅蕎麦しかない、本当に小さな駅でした。左側は駅事務所です。

2014年の豪雪直後の小淵沢駅。まだ除雪が進んでおらず、駅前には雪が積み上げられています。

駅前には小さなロータリーが設けられており、すぐ隣にあるタクシー会社の車が常に配車されており、こんな状態で駅に降り立っても、すぐにタクシーで移動することが出来る点は、誠に心強い限りでした。

山間の小駅ですが、小海線の始発駅でもあり、中央本線の山梨と長野の境界に位置する駅。普段の列車運行でも、この駅で多数の折り返し列車が設定されており、深夜に渡る貨物列車の交換、そして特急「あずさ」は1本を除いてすべて、「スーパーあずさ」も半数は停車する、中央本線における運転の要衝でもあります。スペースは狭いですが、5本の発着線を有する本格的な交換駅です。

小さな待合室スペースと使い込まれたベンチ。

冬場になるとストーブが置かれるために、ベンチの前にはスペースが空けられています。降雪や大雨、強風などの気象条件で頻繁に遅延が発生する、高尾以西の中央本線。付近の学校に通学する生徒と併せて、この待合室が一杯になってしまう事も少なくありません。

小さいとは言いながらも、有人改札を有し、みどりの窓口もちゃんとある小淵沢駅。列車の接続や運行トラブル時の説明、不慣れな観光客の方に丁寧に対応する駅員さんの存在は実に頼もしいです。みどりの窓口開設時間外でも指定席を取れる指定券自動券売機は、あずさ回数券を常用する地元民にとって、急ぎの上京の際に何時でも指定席を取れる貴重な存在でもあります。

駅弁を販売する「丸政」が運営する駅蕎麦のお店。

こんな山間の小駅ですが、駅を行き交う人を温かく迎えてくれています。

駅蕎麦の食券機。こんな山奥の駅にも拘らず、下の方にずらっと並ぶトッピングメニューに驚かされます。そして、一番右下に設けられた「持ち込み容器」のボタン。こちらで購入した蕎麦を列車内に持ち込む事が出来るのです(地元の方はおかずとしてトッピングだけ買って持ち帰るという技も)。実は駅舎の新築工事が始まる以前には、ホームにも駅蕎麦の売店があり、旅行客の方や地元の高校生などが、持ち込み容器を手に慌てて列車に乗り込むシーンが良く見られたものです。

山間の小さな駅ながら、小淵沢駅の知名度を全国的に高めているのが、こちらのお弁当「高原野菜とカツの弁当」駅弁としては異例の生野菜のサラダをメインに据えるという英断が大人気となり、昭和40年代から現在でも販売が続く、全国的にも長寿を誇る名物弁当です。

小さな駅舎ながら、特急列車が1~2時間ごとに停車する小淵沢駅。駅前には終電までタクシーが待機し、みどりの窓口では駅員さんが直接乗降客の応対を行い、駅蕎麦と駅弁が揃う、昔ながらの旅行するための駅としての全てが揃った、現在の縮小を続ける地方の鉄道事情から考えると、とても恵まれた駅であった事が判ります。

新しい観光列車の運行が発表され、鉄道による観光の復権が唱えられる一方、地方の鉄道利用には厳しい側面もあります。今回の小淵沢駅新駅舎運用開始と足並みを揃えるかのように実施された周辺駅の無人化、委託解除。お隣の長坂駅は一日の乗降客数では小淵沢駅と遜色が無く、3月までは特急停車駅でみどりの窓口も設置されていましたが、いずれも廃止となり、無人駅となってしまいました。

そして、新しい駅舎が完成を迎える小淵沢駅。

広くなったエントランスとアプローチを得た代わりに、これまでの商店街と離れた場所に設けられた入口。今日執り行われる竣工式典準備が進む土曜日の夕方、傍らで感慨深そうに駅舎を眺める地元商店街の方が印象的でした。私がこの駅に降り立った頃には既に俎上に上り、非常に長い間、紆余曲折を経てきた小淵沢駅の新駅舎建築。その間の経緯は此処では述べません。

竣工前日となって駅名標に火が灯された小淵沢駅新駅舎。これまであった駅蕎麦のお店と待合室は、改札が設けられる駅の2階となり、丸政直営となる売店と市の観光案内所は1階に入居することになっています。

元々1日1000人強の乗降客。建屋は大きく立派になりましたが、駅を利用される方が使われるスペースは、これまでとそれほどには大きく変わることは無い新しい小淵沢駅です。

木の温もりと甲斐駒と八ヶ岳の両方のパノラマが楽しめる事をウリにした、この新しい駅舎が、訪れる多くの方々に愛される事を願いながら。

明日の朝には目の前のロータリーと共に閉鎖される小淵沢駅の旧駅舎。上記のリンクで朝日新聞さんが取り上げていますように、この駅舎は解体される運命にあります。

見納めとなってしまう今日、中央本線開業以来とも伝えられる山間の小さな駅舎にお別れを告げに訪れようと思います。

7/2午後10時35分、お迎えで訪れた、最後の小淵沢駅、旧駅舎待合室の姿を収めました。既に指定券券売機は取り外され、構内には引っ越し作業に携わる工事関係者の方々が多数集まってきています。

この後、11:14発の上り甲府行き最終列車が出発の最終、0時38分着の小淵沢止まりの下り終電を迎えて、この駅舎は利用終了となります。これまで長らくの間、ありがとうございました。

最終の甲府行き上り列車がプラットフォームに到着した小淵沢駅。新エントランス側から新しい駅舎を遠望。明日の朝、この場所から新しい旅の物語が育まれ始めます。

<追記:2017.7.6>

旧駅舎が閉鎖になって4日、当初の混乱も少しずつ収まり始めた小淵沢駅前。

車の通行量がめっきり減った、旧駅舎前を通り過ぎようとすると、ちょっと様子が変わっていました。

子供の手で書かれたであろう色とりどりのイラストと、「ありがとう」の文字。

気になって、ネットを調べてみると、こんな記事がupされていました。

昨日のうちに地元の幼稚園の園児たちが描いたようです。既に今日の朝から解体準備工事が始まった小淵沢駅の旧駅舎。9月の末までの予定で解体が済んだ後、新しいロータリーと駐輪場(計画図ではバスの発着場もこちらに出来ます)が整備される予定になっています。

旧駅舎最後の一枚として。

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

その先にあるリアルと抽象の行く末を見届けたかった画業が辿った道筋を(旧日野春小学校で開催された犬塚勉の絵画展)

普段は人影すらほとんど見る事のない、県道沿いに建つ廃校となって暫くの時を経た小さな小学校。

この週末、生徒たちの歓声が途絶え、人の息吹を失ったようなこの場所(地元注:コスプレ撮影に敷地を提供している時もあるらしい)に、大挙して人が押し寄せ、警備員が配置され、誘導の案内係が路地に立つという、ちょっと驚きの風景が展開しました。

5月の終わりにTV東京系で放映された「美の巨人たち」。絵画ファンだけでなく、建築好きの方にも好まれる、時にディープでユーモアあふれるアプローチで作品たちを紹介する番組ですが、その番組に一風変わった作品が登場しました

多摩の小学校で図画工作の教員を務めながら画業をこなしていた、画家というより典型的な学校の美術の先生の風貌を持った作家の、僅か38年に過ぎない人生で描いた、ある一枚の作品。その作品は現在、写実をテーマにした展覧会で各地を巡回中ですが(番組スタッフにとって痛恨だったのが、同じ展覧会の特集をNHKの日曜美術館で採り上げた直後だった点、幸い作品は被っていませんでしたが)、風景写真を楽しむ身として、その描写と光の陰影に妙に親近感が湧いたのでした。この光の捉え方こそが、写真を撮る時に狙っていた雰囲気そのものだと。

そして、番組を見ている間に調べていると、なんと目と鼻の先にある場所で展示を行っているという事が判り、番組の終わりには、実際にその準備風景まで撮影されていた事に驚いたのでした。

これは何としても観に行かなければと、仕事の締め切りとにらめっこしながら訪れた展示会最後の週末土曜日の午後。そこには、明らかに番組を見たであろう県外ナンバーの車が大挙して押し寄せていたのでした。

長坂と日野春の間に立つ、つい最近廃校となった旧日野春小学校。

現在施設を管理している団体はちょっと格好良い名称を付けて呼んでいますが、現役時代を知っている地元民としては、矜持を以てこの名称で呼ばせて頂きます。普段は人気のないグラウンド、今日は臨時駐車場として開放されており、多くの県外ナンバーの車が並んでいました(午後2時の時点で軽く数十台)。

画家、犬塚勉の絵画展。校舎の中に入ると、2階に進むように案内されます。

手作り感溢れる絵画展の受付案内。

如何にも学校という掲示板に張られた、絵画展のパンフレット。

このパンフレット、地元の各所にも置かれていたようですが、スーパーの掲示コーナーに置かれていた分は、この絵画展のパンフレットだけ払底しており、皆様の注目度の高さが伺えます。

もちろん絵画展ですので撮禁ですから、写真は展示会場の扉の部分だけ。校舎2階の3つの教室が展示場所として用いられていました。

<絵画展は終了していますが、ここからはネタバレです>

まず最初の部屋に入ると自画像が出迎えてくれますが、暗幕を掛けた教室は真っ暗で、各絵画の上に取り付けられた小さなスポットライト(2つ)が絵を照らし出すスタイルで統一されています。

絵画自身が持つ配光方向とスポットライトのセッティングが全く合っていないので、少々首を傾げながら(ポイントを探しながら)眺める事になったのですが、私を含めてTVを見て初めて作品を知った方々にとってはちょっと衝撃的な一部屋目の展示です。そこに描かれたのは、何とも言えない抽象画の数々。しかも多数の目や二重丸に包まれた抽象画たちが南欧を思わせる暖色系でややくすんだ色彩で描かれています。その絵画が何を意味するのか、俄かには判らないのですが、ふと、人目を極端に気にする、人の評価に敏感な方だったのかなとも思わせてしまう、ちょっと異質な、でも道化の絵などは如何にも南欧テイストにありそうな絵画たちに意表を突かれたのでした(略歴にあるように、一時期、アンダルシア、カタルニアに遊学していたようです)。

そして、1部屋目の最後になると、その描かれる画は急激に変化を遂げます。ソリッドに岩脈の陰影を取り込もうとするその絵は、抽象画から大きく写実指向へと移り変わっていきます。

二部屋目に入ると、その画業の急激な変化が見えてきます。徹底的に書き込まれた緑。草木の一本一本まで捉えようとする意志を画面いっぱいに満たしていく様な勢いで描き込まれていきます。そして、写真を撮る時に願う陰影感をそのまま絵で表現しきってしまったような繊細な描写を見せる絵画たち。

後から続々と訪れる観覧される方々に、真っ暗な教室の中でどんどん抜かれつつもじっくりと眺めていると、妙な事に気が付きます。それは、画面の下側に明らかに「光の蹴られ」が認められる事。

写真を撮られる方ならよく判ると思います、画面一杯にプレーンな絵を作ろうとした際に、絞りと周辺光量、フレーミングのバランスでどうしても手前側の足元付近に暗部とボケが出来てしまうミス。「6月の栗の木の下より」や「林の方へ」に特に感じるのですが、その仕上がりから写真を見ながら作品を描いているのではないかという感触、更には「写真を描いてしまっている」という微妙な違和感。

その一方で、同じ部屋に並んで飾られていた「山の暮らし」。単に斧を入れた後の大きな丸太を描写しているようにも見えますし、その光線の使い方や描写はリアルに映るかもしれません。でも、この丸太にはあるべきものが描写から殆ど省かれてます。斧の切り口に描かれるべき丸太の年輪、一方でまるで風景そのものを写し撮るような細密な描写を描きながら、もう一方では明らかな省略による主題の絞り込みを意図している。

その違和感をはっきり理解したのは、最後の部屋に飾られていた、番組でも採り上げられていた「縦走路」の制作エピソード。ご覧になられた皆様が感嘆の声を上げて見惚れているその精緻な描き込みを見せる作品は、キャンバスの横に張られた自らが撮影した写真を横にしながら一気に描き上げたもの。そこには、確かに画家がその場に立って感じた風や日の匂いが込められている筈なのですが、どうしても精巧に描かれた、表現したかった写真の風景を細密に、印象を込めて再現するに留まっているような感じがしたのでした。

そんな複雑な想いを真っ暗な部屋の中で抱きながら、その隣に掲げられていた絵を見た瞬間、生まれ始めていた疑問は一気に氷解したのでした。

「縦走路」に満足された皆様が足早に過ぎていく中、私が足を留め続けた一枚の絵「ブナ」(写真は購入したクリアファイルの一部分です、本当の色合いはもっと複雑で素晴らしい)。

晩秋から初冬の午後を思わせる背景の雑木林に差し込む光線感、落ち葉を照らし出すその描写はリアルを越えて、この空間を実際の光線を用いて演出されている事を感じさせる一方、その自然な演出には全くの嫌味を感じさせず、まさにその場に佇んでいるかに思えてきます。そして、中央に悠然として描かれるブナの大木。先ほどの「山の暮らし」にあるように、その描写は一見リアルに思えますが、写実を脱して抽象へと再び回帰する段階を示しているかのようです。

多摩の自然と触れ合い、多くの山岳登山を通じて得た実体験と写真を通した写実を細密画で描き切った先に見つけた、新たな抽象の世界。リアルに描いたのでは得られない、絵画だけが辿れる木の温もりや肌の心地を遂に捉えはじめているかのようなこの作品に強く心を打たれたのでした。

そして、この絵画の裏側に展示されていた一連の未完成作品たち。その構想スケッチだけではどのような世界観を求めていたのかは知る由もありませんが、残された未完成の作品の中央に置かれた一つの巨石の姿には、既に緑の草木を描いていた時の細密さとは別の物が宿っています。細密さを極めた光の描写の更に先に描こうとしていた、背景を作り出す未だ未完成の水の流れの表現、既に意志を持った描写へと進みつつあった、主題を示す石の描写に見られる抽象への回帰が交わろうとしていた矢先に山に逝った画家が本当に求めていたその先は、もしかしたら残されたご家族を含めて誰にも判らないのかもしれません。

真っ暗な教室から外に出ると、眩しい光が射す廊下の先に、「犬塚勉のまなざし」という手作りの表札が掲げられた、複製原画(販売品のようです)と故人の遺品などが飾られた談話室風の教室があります。こちらは絵画展と違って常設のようですが(違っていたらごめんなさい)、木々の向こうに甲斐駒を望む窓から流れ込む涼しい風と明るい日差しに溢れ、穏やかな空気の流れるこの場所こそ、画家の作品を飾るに相応しい環境ではないかと等と想いを巡らせながら。

TVでも紹介されていたように、引き戸を外した押入れと、部屋の隅に置かれたイーゼルを前に深夜に及ぶ制作に励んでいた画家の姿を良く知るご家族が、制作中の雰囲気を伝える想い、最密な作品をじっくり楽しんでもらうための環境として、更には作品の保護の為に暗くした部屋で展示されていた事は理解できるのですが、雄大な八ヶ岳の懐に抱かれた、緑と日差し溢れるこの場所では、せめて明るい雰囲気で作品を眺める事が出来たら、もっと絵を見る事自体が楽しくなったのではないかなどと、ちょっと考えながら。

画業の半ばで逝ってしまった画家が絵に対してどのような境地に立ちたかったのか。前半の作品に多く添えられた画家自身のコメントが末期になると途絶える中で、その余りにも短い期間の間に急速に移り変わった作風からは容易には読み解く事は出来ませんが、そのような画家の画業全般を知って欲しいというご家族の展示意図は充分に感じられた展覧会。

流石に観覧される方が殺到したらしく、在庫していた画集も払底中(どうも、前回NHKで採り上げられた際に行っていた展覧会「純粋なる静寂」の際に作成したノベルティ群を継続して使用していたようです)のようですので、その画業の広がりを知る手掛かりが今一歩の状況ではありますが、いずれまたこの場所で作品を観る機会を得たいと切に願っています。

画家や作品にご興味のある方は、ご家族が開設されている公式ホームページ(2017.7.3注記:サイトが移動しています。こちらのリンク先で新しいサイトにジャンプできます)に一部の作品が紹介されていますので、是非ご覧頂ければと思います。

 

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

ちょっとマイナーな中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

中央構造線沿いには、幾つかのジオパークが控えていますが、その最も判りやすいポイントとして挙げられ、色々な解説でも採り上げられるのが「露頭」ではないでしょうか。

有名な観光地になっている糸魚川は良く知られているところですし、かの大鹿村の某博物館界隈には、国道152号線沿いに(この場合は正しくは酷道と書くべきですね)2つの露頭が控えています。

大鹿村に比べるとちょっとマイナーなのが、伊那市内の旧高遠と旧長谷にある露頭。長谷(溝口露頭)に関しては、それでも美和湖の畔にあり、駐車場が完備されていますので、道の駅(ここの手作りパン、特にクロワッサンは絶品です)に寄る序にでも訪れる事が出来ますが、それらに比べると圧倒的にマイナーな露頭がもう一つあります。

杖突街道を杖突峠から高遠に抜けていく途中、もう少しで高遠という場所にあるガソリンスタンド(エネオス)を抜けたすぐ先に、このような看板が立っています(本当は、この先100m程の所にもっと立派な案内看板が立っているのですが、左折すると、短い区間ですがいきなりすれ違い絶対不可の1車線道路に連れ込まれるので、個人的には多少なりとも道幅のあるこちら側から入る方がお好みです)。

暫く走ると、このように案内看板が見えてきます。案内に従って路地に入ろうとすると…。

中央構造線、板山路頭のゲート前

何とゲートで封鎖されています。なにやらゲートに書かれているのでもう少し近寄ってみましょう(道幅狭いので、路駐せずに奥へ)。

「ご自由にお入りください」の表示です。ちょっとほっとして、ラッチを外して中に車を進めます(お願い:ゲートの掲示にも書かれていますように、お帰りの際には「必ず」ゲートのラッチを閉めて下さいますよう、お願い致します。ゲート付き進入可の林道と同じルールですね)。

ゲートを開けたら、チェーンを左右のポールに引っ掛けておけばOKです。ゲート奥の右手が駐車スペースになります。

駐車スペースに用意された周辺案内看板。露頭までは約80mと至近です。

では、てくてくと歩いてみましょう。

ほんの数分歩くと、このように案内看板が見えてきます。すでにこの位置からでも露頭の様子が判りますね。

立派な案内看板が用意された、中央構造線、板山露頭。今まで中央構造線の露頭は5カ所見てきましたが(南アルプスジオパーク内はこれでコンプリートです。あ、程野は麓を通過しただけだった)、一番丁寧に解説された看板ではないでしょうか。こういう看板が糸魚川にも”露頭の目の前”に欲しいのですが…。

北川露頭のような、頭上遥か高くから目の前に迫ってくる圧倒的な露頭ではありませんが、高さは3m弱、視線の正面で見られて、はっきりと判りやすい露頭です。

露頭のアプローチ路の途中で見られるのですが、左側の脆く崩れた岩肌には植生が見られますが、右側の黒い岩肌には植生があまり見られません(僅かに松が岩に食い込むように生えているだけです)。脆く風化しやすい地質では定着するのは本来難しいですが、根を張る事は出来るためにこのような違いが生まれるようです。

南アルプスジオパーク内にある5つの露頭のうち、板山以外の4つは露頭自体の見学が終わればジオサイトとしての見所としてはそこまでですが、板山露頭の場合には、もう二つ、お楽しみが用意されていました。

一旦、駐車場まで戻って、案内板に従って、左側の細い道(階段)を登っていきます。

急な斜面の墓地を抜けると、目の前の視界が開けてきます。正面には、戦後、高遠城内から移築されたと云われる鳥居が立っています。

鳥居を抜けてすぐ先に小さな石柱で区切られた広場が見えてきます。

広場に入ると、狭い谷間を抜ける杖突街道とは一線を画す空の広さ。一気に視界が広がってきます。

正面には比較的最近に建てられた神楽殿。私の住んでいる場所もそうですが、この地方は神楽や農村歌舞伎(すぐお隣の大鹿はとくに有名ですね)の伝統が色濃く残っています。

神楽殿の裏手には、小奇麗な社殿が建っています。昭和23年にこの地に遷された、殿宮神社と呼ぶそうです。

そして、境内の裏手には、足元に杖突街道を見下ろすパノラマが広がります。

殿宮神社から見渡す、杖突街道と中央構造線の解説板。

解説板と同じカットを。杖突峠に向けてうねるように登っていく街道筋と中央構造線、そして左右の山並みの違いが判るでしょうか。

暫し周囲の山々の絶景を堪能した後で、今度は山側の遊歩道を降りていきます。

途中、眩しい新緑のトンネルを抜けていきます。

ぐるっと下っていくと、谷筋の窪地にレンゲツツジの群落が出来ています。

建てられた石柱を見ると、どうやら植樹したようです(三葉ツツジと彫られていますが、案内板にもあるようにレンゲツツジですね)。

下まで降りて、レンゲツツジの群落を。丁度シーズンを迎えて満開となっていました。

非常に綺麗に整備された中央構造線、板山露頭。要所に掲示されているように、南アルプスジオパークの登録に向けた一連の整備事業に依る所が大きいようです。

お天気の良い週末の土曜日、しかもレンゲツツジが見頃という絶好の訪問タイミングにも拘わらず、私が滞在していた小一時間ほどの間に訪れた方は残念ながらゼロ。国道沿いからこんなに近くて、しかも整備されて見やすい場所なのですが、なかなかに難しいジオパーク。杖突街道を見下ろせる貴重な高台に至るにしても、僅かに歩く事、5分ほどです。

高遠にお越しの際のほんのちょっとの寄り道として(実はこの先の小豆坂トンネルを抜けると長谷に通じており(反対側はかの有名な廃集落、芝平からラフロードを登り富士見方面に抜ける事が出来ます)、桜のシーズン、杖突峠側からの渋滞を避けて、逆サイドの美和湖側からアプローチするための抜け道だったりもします)、更にはこの先に繋がる”酷道”ツアーの付け合せに如何でしょうか。

中央構造線、板山露頭の周辺地図です(地理院地図を使用しています)。

<おまけ>