土曜の夜に美術と建築の楽しさを教えてくれた19年間に感謝を(遂にリニューアルを迎える「美の巨人たち」)2019.3.31

土曜の夜に美術と建築の楽しさを教えてくれた19年間に感謝を(遂にリニューアルを迎える「美の巨人たち」)2019.3.31

昨夜の放送で、何の前触れもなく次回からのリニューアルが伝えられた、テレビ東京系で放送されている「美の巨人たち」(以前の番組紹介はこちらのアーカイブサイトのアドレスにリダイレクトされています)。

先週の予告から疑問を抱いていた、何でこのタイミングで広重なんだろう、しかもテーマは東海道五拾三次の終点、京都という不安。番組が始まると更に正蔵が広重役を請け負うとはちょっとおかしいなと思いながらラストに至って確信を得た後の予告。

2000年4月から始まった放送が20年目を前にしてあっさりとリニューアルと言う形で終焉を迎えた瞬間。呆気にとられて暫し思考停止となった中でSNSを眺めはじめると、視聴されていた多くの皆さんも同じように動揺を隠せないコメントを残されていたのがとても印象的でした。

思えば、今シーズンは久しぶりにモデュロール兄弟が登場していましたし、絵画警察でも不穏なセリフが述べられたり、年が明けてからも奇妙なタイミングで若冲の特集とちぐはぐなイメージが付きまとっていましたが、やはりと言うべきか遂にと言うべきでしょうか、その時が来たようです。

落ち着いた時間が流れる土曜日夜の放送、酒類会社による一社提供番組(実際にはスタート時は異なりますし、最後の2年間は2社提供)。小話を多用したスタイルや、専門家を立てての我々が知らない見方、考え方を教えてくれる構成。知的好奇心の高い若い社会人層をターゲットにした設定。更には番組末期に行われた番組の若返り、若者や女性層へのアプローチを狙った番組内容のライト化と出演者の追加。その姿は終了間際のちぐはぐ感までも含めて、少し前に終了した東京FM系列(JFN)で放送されていたSuntory Saturday Waiting Bar AVANTIとそっくりであった事が判ります(AVANTIの最末期も構成分割しての実質2社提供でしたね)。

数々の小話を彩って来た名シリーズ(絵画警察、モデュロール兄弟、桜子さん…etc)、出演者たちの舞台も喫茶店や古書店など、大人の雰囲気を漂わせる少しノスタルジーを感じさせる雰囲気を作り出す事に注力していたように思えます。

そして、少しエッジが効き過ぎて滑る事もままあった小話を引き締めて、美の鑑賞へと誘ってくれる、落ち着いた小林薫さんのナレーション(時には出演者たちを宥めたりも)は、19年に渡る番組のイメージを決定付けていたように思えます。

番組を彩り、美術鑑賞と建築の妙を伝えてくれた数々のギミック(ラストシーズンには制作者のご紹介もあったAOKIT、大好きでした)。豊富な経験が生かされた海外ロケーションでは、他の番組が取材しても叶わないであろう貴重なシーンの撮影も数々であったかと思います(作者を演じる事になる現地での出演者さんとの調整も大変だったのではと)。

更に、前述のAVANTIではないですが、この番組が誇る選曲の素晴らしさ。手元にある500回記念の際にリリースされたアルバムのライナーノーツを書かれているのは、何と初代のプロデューサーの方。その伝統が番組の根底に脈々と受け継がれているのは、番組のHPで毎回使用されたBGMのタイトルとアルバム情報が掲載され続けている点からも明らかかと思います(番組終わった後で楽曲チェックするのも楽しみでした)。

良質な音楽に乗せて、限られた時間の中で一つの作品を楽しくも丁寧に解説してくれる、貴重な土曜夜の30分間。特に美術作品の紹介はEテレの日曜美術館(時に作品が寸でのタイミングでバッティングする事も)もありますが、建築関係の作品が紹介されるのは殆ど唯一と言っていい番組(それだけに、モデュロール兄弟がライトな建築ファンに与えた影響は絶大だったはずです)。

私自体もこの番組が無ければライトの作品もコルビュジエにも興味を持たなかったかもしれませんし、自由学園、聴竹居や日土小学校を知る事も無かったでしょう(末期には次回が建築関係の放送と知ると、何時も録画スタンバイ状態でした)。絵画でも、ほとんど知識が無かった近代アメリカの作家たち、ホッパーやフュークス、モーゼスが大好きになったのも番組のおかげです。

そして、何時も写真を撮影している御射鹿池をモチーフにした「緑響く」しか知らなかった東山魁夷の作品を観るために東山魁夷館(長野県信濃美術館)に赴き、彼の絶筆となる「夕星」に出逢い、唐招提寺の襖絵、ヨーロッパ取材旅行の作品に圧倒され、すぐ近くに作品が収蔵されている事すら知らなかった犬塚勉の作品を観る機会を得られたのも、この番組、放送を観る事が出来たおかげです(放送翌週の週末、作品が収蔵されている旧日野春小学校の校庭が県外ナンバーの車で埋め尽くされていたのを観て、番組の影響力の大きさと視聴者の皆様の旺盛な行動力に驚きました)。

久しぶりに番組のアルバムを聞きながら、数々のシーンを思い出す夜。

一社提供番組と言う豊穣な世界が生み出したその姿は、美術館に飾られた絵画の如く、視聴者の皆様の番組への深い想いと共に、時代のワンシーンへと収められていくようです。

次回予告で登場された出演者の皆様や次のテーマ選曲を拝見すると、正にEテレがそのまま移ってきたかのようなラインナップと構成となるリニューアルにちょっと驚きながら。でも、テレビ東京の前身と制作会社(日経映像)を考えれば、制作サイドとしてはお互いに影響を与え合う程に両者は極めて近い間柄にある事も事実(日曜美術館の方は4月からアシスタントが柴田祐規子アナに変わって、2年目となる小野正嗣さんの趣向がより前面に出て来そうですね)。

その前身の姿を今に伝える貴重な枠が、土曜の夜と言う誰もが視聴しやすい時間帯で継続してくれたことにまずは安堵しながら。リニューアルした番組がより楽しく、美術と建築を理解するための入口としての役割を果たし続けて下さることを願って。

素敵な番組を届けて下さったスタッフの皆様と、19年に渡って土曜夜の一時を穏やかなナレーションで紡ぎ続けて下さった小林薫さんに感謝を。

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15年の時を経て再びライチョウの展示を開始した大町山岳博物館へ(2019.3.17)

15年の時を経て再びライチョウの展示を開始した大町山岳博物館へ(2019.3.17)

今月の15日から全国5箇所の施設で開始された、人工孵化、飼育のライチョウ公開。

これまで動物園で観る事が出来なかった高山に住むライチョウの姿を一目見ようと多くの方がこの週末に動物園を訪れたようですが、その中で少し異なった雰囲気での公開を迎えた施設があります。

昼前になって時折吹雪き始めた、大町市にある市立大町山岳博物館

今回公開を迎えた施設の中で、唯一2004年まで長期に渡る低地での繁殖活動を実施していた場所。2015年から開始された域外保全活動に於いて、環境省の支援の元で再び繁殖活動を再開、実に15年振りの再公開を迎えました。

雪雲の下に沈む大町の市街地を望む、博物館3階の展望デッキより。

お天気が良ければ、北アルプスの大パノラマが楽しめる格好の場所(写真撮影用にレンズを外に向けられる小窓が付いています)なのですが、残念ながら今日は雪雲の中。

そして、シーズンオフのこの時期ですと数台の車がぱらぱらと止まっているだけの筈の駐車場が…実は建屋の裏側まで満杯に。吹雪の中、スタッフの方が誘導に走り回るという驚きの光景を目にする事になりました。

今日は、今回の公開再開を記念して開催された特別講演を聴講にやってきました。

講師は本邦初(ご本人談)のライチョウ研究で学位を取得した小林篤氏。ライチョウ研究の第一人者、中村浩志先生と共に研究されている方で、昨年刊行された「ライチョウを絶滅から守る! 」(しなのき書房)の共著者でもあります。

他の施設と大町山岳博物館が大きく異なる点、それは地元北アルプスの自然を象徴する鳥であり、前述のように過去にも長く(20年以上)に渡ってこの場所を拠点としてライチョウの低地における飼育に挑戦していたというベースを市民の皆様が共有されている事です。

今回の講演会もその中核を担う山岳博物館の会員組織(山博友の会)の皆様が会場運営に当たり、聴講する側も県が活動を展開するライチョウサポーターズの皆様等、熱心な方々が多く集まられたようです(参加者の年齢層が広く、何より女性の方が多いのに驚きました)。

地元報道各社の取材が入り、定員80名が満席となる盛況の中で行われた講演。内容自体は前述の著作を読まれた方であれば御承知の内容が殆どかと思いますが、南アルプスで行われているゲージ保護の動画が紹介(雛たちが殆ど人手を介さずに連なって自らゲージに戻っていく)されると、会場から一斉に歓声が上がっていました。

ライチョウの生態とこれまでの活動の推移を示した後で、直近の保護活動、人工繁殖に極めて大きな示唆を与えることになる、親の盲腸糞から腸内細菌を雛が取り入れている事を確認した最新の報告まで、丁寧な解説がなされていきましたが、今回の講演会で少し驚いたのが、講演後の質疑における演者の方が述べる率直な見解の数々。

質問される方も流石に良くご存知のようで、スライドには用意されない最直近の話題、しかも当事者としては微妙な問題が含まれる内容だと思うのですが、自らの見解としてはっきりと述べて下さったのは、とても好感が持てるところでした。

  • 中央アルプスで発見された個体は北アルプスに生息する群である事は把握できているが、実際にどこから飛来したかはわかっていない(多分乗鞍岳だろうと)
  • 中央アルプスへの移植については今後の検討に委ねられる(中村先生は実施したいと考えている)。現行の活動は5年計画で本年度で終了する事になっている
  • 火打山でのイネ科植物の除去については、当該群の生息数が極めて少なく、標高が低いという特殊な場所故の施策であり、火打山以外で実施する予定はない
  • ライチョウの生息群全てが絶滅に瀕している訳ではない。北アルプスの群は比較的安定ているが、特にゲージ保護を行っている南アルプスの群は減少が著しく、このままであれば絶滅する可能性がある
  • 南アルプスの群が減少している理由はゲージ保護を採用した理由である捕食者の影響もあるが、高山植物の減少、特にシカの食害が著しい。但し、全ての高山植物が激減している訳ではなく、巷間に伝えられるような話は登山道沿いなど限定的(それほどでもないと。サルのライチョウ捕食写真の件を含めて、少々センセーショナルに扱われているというニュアンスを演者の方から感じました)。もう一つはより大きな話なので、と
  • (山小屋周辺での捕食者を捕える罠の設置を認めるなど)国立公園は石一つ葉一枚動かさないという環境省のスタンスは徐々に変わりつつある
  • 腸内細菌のうち、有用な菌の分離、精製が出来ないか研究を続けている(宮野典夫前館長だったと思いますが、博物館側からの補足として、飼育個体でも雛の段階で親鳥の糞を食させる検討をしていると)。これが出来ないと、飼育個体を自然に放鳥した時に自然の食性に対応できなくなる恐れがある(朱鷺とは違う)。こちらの研究は今後にご期待くださいとの力強い発言も

館内の2階にある、この博物館が長年手掛けてきたライチョウ飼育、研究の経緯を辿るコーナーに新たに設けられた、現在のフィールドで保護、研究活動の全般を紹介するボード。今回ご紹介されていた内容が解説されています。

今回公開が始まったライチョウは、博物館の裏側にある付属園で飼育されています(こちらの付属園への入場は無料、館内の展示を見学する場合は入場料が必要です)。

雪が舞う中、付属園のスバールバルライチョウ舎の前で、講演会参加者の皆さんに説明する大町山岳博物館の館長さん。

ちょっとおネムのスバールバルライチョウ。

別のタイミングで撮影した1枚。ライチョウ飼育の事前検証の為に飼育を開始したこちらのスバールバルライチョウですが、ライチョウと見比べて違いが判るでしょうか。

そして、以前は飼育員さんの作業用プレハブ小屋が建っていた場所に、こんな立派な展示用飼育舎が建ってしまいました(驚)。奥の大きな建屋が、展示用の飼育舎です。

見学入口にはこのように域外保全活動の取り組みを示す解説板が用意されています。

この奥が展示場所なのですが…えーっと、他の展示施設の写真などを拝見していると、共通する展示場所のセンスには発注主様の…(以下自主規制)。

窓の向こうに雪が降る中、沢山の見学者に見つめられて落ち着かないのでしょうか、時にゆったりとポーズをとってくれるスバールバルライチョウに対して、右へ左へと忙しく動き回る、1羽だけ展示される事になった人工孵化から飼育されているライチョウの雌。

彼女の前途に、再び北アルプスの峰々を優雅に歩くライチョウ達の姿が見られる日が来る事を願って。

今回の人工孵化個体の公開は、環境省の主導日本動物園水族館協会との協定に基づき5箇所の施設で同時に実施されています。

大町山岳博物館での展示は、当面の間は毎日11時から15時までです。

もし機会があれば、お近くの施設で是非ご覧頂き、四季を通じて姿を変えていく愛らしい姿とその向こうにある彼女たちが生活する生息環境にも、少し思いを巡らせて頂ければと。

彼らが住まう南アルプスの麓より、今年の繁殖も成功を願って。

縄文の街で映画「縄文にハマる人々」を(私だけの自分を映し出す1万年のドキュメント)2018.11.25

縄文の街で映画「縄文にハマる人々」を(私だけの自分を映し出す1万年のドキュメント)2018.11.25

New!(2018.11.26) : 今週末30日からの岡谷での上映が決定したようです。縄文を熱く語り続ける人々の言葉を是非スクリーンで。

今年は国宝土偶や各地の土器を一挙に集めて国立博物館で開催された縄文展に多数の来場者が押し掛け、マスメディアや書籍などでも多くの縄文に関するテーマが扱われた年でした。

主に美術やサブカルチャーサイドで大いに盛り上がった「縄文ブーム」とも呼べるムーブメント。その一方で苦言を呈される論調も出てくるのは、このテーマがより普遍的に扱われるようになってきた証拠。そんな中で登場したこの作品、パンフレットのデザインやPR内容からは正に今回のブームの落とし子のような感触を受けますが、果たしてどうでしょうか。

茅野駅に直結する形で建てられた、美術館とホールを兼ね備えた茅野市民館。

公開から4ヶ月を経た11月末の連休最終日。松本で映画上映活動を続けているプロジェクトが茅野に出張上映する形で実現した、映画「縄文にハマる人々」を観に、八ヶ岳南麓から足を延ばしてやってきました(とは言っても、茅野へは日常的に行き来しているのですが)。

収容780席を誇る、近年のミニシアターに慣れた人間からすると驚きの大ホールですが、2回公演の1回目で日曜日の朝10時開演と言う事で、観客は100人少々とこじんまりとした入り。多くは年配の方々ですが、如何にもな方もちらほらと…という形で上映スタート。

102分の上映時間の後に舞台に上がった、監督である山岡信貴さんのトークが30分ほど続きましたが、大変残念なことにトークの間もぱらぱらと席を立たれる方が続く状態に。12時には終わるだろうと踏んでいた方が多かったようなのでそのギャップからとも思われましたが、縄文文化の本拠地を自負するこの街の皆様とその上映内容のギャップもやはりあったようにも感じられます。

トークで述べられていたように監督は縄文遺跡や文化とは縁遠い、奈良県の出身。本作の制作も、何れ使えるだろうというスタンスによる折々のインタビュー蓄積の過程から映画化を視野に入れ始めたと述べられており、当初から本作を作るために取材を重ねてきたわけではない事を認めています。

13章に分けて、26人の「縄文」を自らのテーマとした人々の語りで、それこそあらゆる角度から「縄文」という認識を積み重ね確認していく、極めて真っ当な自己検証型のドキュメンタリー。そこには、縄文ブームに乗るかのようなカラフルなポスターや紹介されるコメントとは全く異なる、彷徨いながら帰着点を探す、制作者が自らに課したテーマを辿るロードムービーが描かれていきます。

自らの考え方、縄文への想いをそれこそ滔々と語り続ける登場人物達と対極をなす、水曜日のカンパネラ、コムアイさんの高いキーで甘く乾いたナレーションに乗せて響く、デジタルな傍観者としての醒めた視線。まるで縄文をテーマにしたドキュメント72時間を観ている気分にさせられる時間が過ぎていきます。次々と登場する方々が語る内容に、「縄文の」文化や考古学、「縄文」をモチーフとしたテーマにご興味を持たれている方であれば、余り疑問を持たれないかもしれませんが、その範疇の外にある制作者の視点は、熱っぽく語る彼らの話を積み重ねてもなお、疑問を抱えたままに進んでいきます。その疑問は縄文文化の核心とも称されるこの地に住む私にとっても依然として溶けないもの。解のない問題を解き続け、答える事のない世界に対して向けられる、如何にも解でありそうな事を事実であるとして語り、時に学問として述べ続ける事に対する素朴な疑問。

制作者の視点は上映後のトークそのままに、ラストカットに添えられた映像で表現されるように、作品中で常によろよろと揺れ動き続けているようにも見えますが、終盤に向けて徐々にピッチを伸ばしながら、キャッチーなフレーズのナレーションを減らしながら探し続けた着地点は映像作家らしい、言葉では届かないものとしての、自らが縄文からインスパイアされた現代を映し出す映像詩。

その結論に対してはご覧になられた方によって色々な意見があるかと思いますが、辿り着いた事を示す際に添えられた「言葉では届かない」というイメージとは真逆の、登場されてきた方々が雄弁に述べる言葉の数々を聞き続けてきた中でふと思った事。

縄文に魅せられ、縄文をテーマにされる方々が語るほどに「言葉では届かない」その先に、私にしか見えない、私だけの自分を映し出しているのだという感触。その中の一つとしての、制作者が縄文というテーマの向こうに、映像作家としての自らの世界を映しだすまでのアプローチを綴った作品だと思えてきました。

一万年の過去から未来まで、私だけの思いを私の形で映し出せる、時の向こうにあるもう一つの世界の入口へ。

 

諏訪市博物館の特別展「日本最古!?諏訪で発見された300年前の押し葉・押し花」と講演会(科学と実学の端緒を示す貴重な発見へ)

諏訪市博物館の特別展「日本最古!?諏訪で発見された300年前の押し葉・押し花」と講演会(科学と実学の端緒を示す貴重な発見へ)

先月、国立科学博物館で公開された、諏訪市在住の方が所蔵されていた江戸時代中期の押し葉・押し花の展示。NHKの全国ニュースでも報道されていたように、現時点で国内最古の年代が確定できる押し葉・押し花と認知されているようです。

国立科学博物館との共同研究という形で発表された今回の発見。先行展示となった東京から所有者が在住する諏訪へ戻され、今回寄託を受けることになった諏訪市博物館での凱旋展示が始まりました。

駐車場に掲示された案内看板。エントランスに向かう通路の両脇にも幟が立ち並び、今回の展示に向けられた博物館の意欲が伺えます。

講演会が始まる20分ほど前に到着したのですが、何時もは閑散としている駐車場が満車になろうかという程の入り具合。連休とはいえ、ちょっと驚きながら館内へ。

展示は1週間前から始まっていたのですが、本日(9/22)は今回の収蔵と分析を指揮し展示の監修も行った、国立科学博物館の鈴木一義先生の講演会を聴講する為に訪れました。

三連休初日の土曜の午後、地元マスコミの取材も入り、ロビーには人が溢れ定員50名に対して急遽増席を行う程の盛況となった講演会。登壇者のプロフィールが館長から紹介されると、一瞬、きょとんとされている聴講者の方が多かったようです。

歴史学か自然科学の研究者が紹介されるのかと構えていると、所縁として語られるのはお隣の下諏訪町にある儀象堂(現:しもすわ今昔館おいでや)の中庭に据えられた巨大な水運儀象台の復元プロジェクト。江戸時代の学問や技術史にご興味のある方でしたら「からくり人形」復元でも知られる、近世、近代の技術史研究者の方です。

冒頭の国立科学博物館が調査協力を行うまでの経緯と今回の収蔵に当たっての史料の分析、保存処置に関する説明。虫食いも殆ど無く、実際に展示を見ても驚くほど鮮やかな墨跡が残る点は、諏訪と言う冷涼で乾燥した土地で江戸時代から蔵の中に保存されいた事が長期の保存に繋がったと紹介されています。その一方で今回発見された史料から僅かに遅れる享保9年の記録が残る京極家に伝えられた物が既にあり、今回の発見が諏訪という土地だからという地元贔屓的な視点はあまり持たない方が良さそうです(展示に添えられて掲示されていた内容と寄託者のお知り合いの方々がおしゃべりしている内容を聞いていると、30年前に蔵から出して色紙にテープで張って額装にして、ご自身の経営する会社で飾っていたとの事。保存措置から発表まで約1年を掛ける事になったのも、一部の史料の出自が不明確となったのも、その際の処置にあるような…)。

今回の発見。前述のように江戸時代の植物標本(プロジェクトチームで同定を担当した植物学担当の方によると、採集部分が標本の要件を具えていないので「西洋科学」的には標本とは見做せないため、あくまでも押し葉・押し花だと)は数多存在し、今回の発見より更に古いと見做される標本例の話も多数持ち込まれるそうですが、決定的に異なる点を指摘しています。それは

「採集年と採集場所、採集者が史料に付され、その記録の確証が取れている点」

科学にとって記録が為されているという事が如何に大事かというお話を起点に、中華圏における本草学を受容して日本で発展した本草学とその後の蘭学の受容、幕末以降の近代科学技術への驚くほどの順応性を見せた際の、日本の本草学先駆性を西洋科学との時間軸的な対比から説き起こしていきます。

曰く、リンネの分類法が発表された時代と、今回の発見はほぼ同年代であり、その後の将軍徳川吉宗による国内物産振興政策に基づく本草学の発展と蘭学の受容があったからこそ、シーボルトが来日した際に、当時の儒学をベースにした素養の上に築かれた蘭学の知識を持った学者たちには、既に彼の学識を充分に受け止める素地が出来上がっていたと指摘します。日本の科学技術が明治以降の文明開化によって西洋からもたらされたという視点に対して真っ向から異議を唱える見解。既に記録収集の作法を身に着けていた日本の本草学が蘭学を受容した先で科学への橋渡し役となった宇田川榕菴に繋がるのか。蘭学者の系譜を綴る線表の解説を聞いていると、その発端に今回の発見が繋がるのかが今後の大きな研究課題となりそうです。

そしてもう一つのお話、日本人がこれらの採集をどのような想いを以て行っていたか。色や形への命名法を比較しながら、「物の名前」で分類を行おうとする日本人と「分類する記号としての名称」を行う西洋の手法、その延長にある細密に分類していくことを基盤とする科学と、実際に作られた物、技法や手法への視点を重視する本草学の先に花開いた日本のオリジナリティとの違いを、実学という言葉を使って技術者の立場から見つめていきます。パトロンとしての王侯貴族の好奇心を満たすための科学と、領民に安寧を与える事を学者たちに求めた歴代将軍や大名の、領土的野心を放棄した先で代を継いで自らの領地をより良くしていくという意義の先に見る実学と言う視点には疑問を挟まない訳でもない(氏は徳川家の関連団体で評議員を務めているそうです)ですが、氏の研究テーマとしての日本の技術史と言う意味では(逆説的には基礎科学、原理や法則軽視という意味でも)とても良く理解できる講演内容。

展示会場は撮禁、発表直後の速報段階での今回の公開となったため、図録等の準備もまだの状況でしたが、渋江隼之丞や藩主である諏訪忠虎の動きと史料が対比できるように配慮された、国立科学博物館の協力による同定作業の結果をまとめたシートが配られています。

展示内容は、今回発見された史料(前述の状態から洗浄、復元処置を受けた後に、収蔵庫に収めやすいようにでしょうか、セットごとに書付と組み合わせでボードに留め具で嵌められて収容された押し葉・押し花)を中心に、採集者である渋江隼之丞の出自やその後に新知取立てとなった際の石高、藩内での職制を示す史料(これらが他家の史料から読み解ける点が、実に諏訪における史料保存が良い証拠)。更には、今回の講演者である鈴木一義先生の影響を多分に受けたと思える、江戸時代の本草関連書籍の展示(貝原益軒の大和本草?だったと思いますが、一組み揃いで中央に一段高く飾られていたのは如何にもといった感じで、特に印象的でした)。明治期以降の霧ヶ峰における植物採集の記録など、本草から植物学へと言うテーマを強く印象付ける展示内容になっています。

講演会の後に会場から出ていかれる方々のおしゃべりに耳を傾けていると、多く参加されていたご年配の女性の方を始め、明らかにこの講演会を目当てにされていた植物や自然環境、郷土史にご興味のある方には肩透かしだったのかな、と思わせる反応も(私はヨーロッパを含む近世技術史も大好きですので、とても楽しかったです)。

確かに植物学的な知見や歴史的背景といった点では明らかにベクトルの異なるお話でしたし、日本史や地域史としての視点で採集や発見の経緯を聞きたかった方にとっては物足りなさも感じた内容だったかもしれません。しかしながら、発見から漸く速報としての展示に漕ぎ着けたばかりの今回の特別展。現在の環境では情報のスピードを競うのは研究成果や博物館の展示も全く同じで、まずは史料の保存状態を万全にして日本最古との学術的なお墨付きを与え、その貴重な記録が江戸時代中期と言う、西洋に伍して極めて早い段階で築かれたという事実を定義づける事の周知を第一とした今回の展示。

深く長い歴史を積み重ねてきた諏訪の地。旧家が多く残り、厳しい寒さの一方で恵まれた保存環境にあるこの地で、今回に続く新たな発見はまだまだ続くはず。今回の発見成果を歴史や科学の一端として語るにはまだまだ時間が必要な事でしょう。

更なる研究の先にどんな事実が見いだされるのか。諏訪の地に戻ってきたその史料たちが更なる知見を与えてくれるように、大切に保管される環境と多くの方々に周知される機会が得られたことをまずは喜びながら。

諏訪市博物館の特別展「日本最古!?300年前の諏訪で発見された押し葉・押し花」10/14までです。

 

この夏、緩やかな旋律に委ねる快適音楽へご案内「GONTITI あまんちゅ!~あどばんす~」オリジナルサウンドトラック

この夏、緩やかな旋律に委ねる快適音楽へご案内「GONTITI あまんちゅ!~あどばんす~」オリジナルサウンドトラック

もう、一曲目のウクレレの「ぽろろ~ん」でやられてしまう。

日射しも眩しく暑くなってくるシーズン、せめて聞こえてくるサウンドだけでも心地よくなりたいもの。

特に高原に住まう身としては、暑さを吹き飛ばすロックというより、風に乗って流れてくるような爽やかなサウンドが欲しくなります。

そんな事を考えながらふと耳に「留まった」サウンド。試聴で聞いてみたらどの曲も心地よさに溢れていて、思わずCDを買い込んでしまいました。

「GONTITI あまんちゅ!~あどばんす~」オリジナルサウンドトラックです。

作品自体は、6月まで放送されていたTVアニメーション作品のサウンドトラック。楽曲を担当するのは何とGONTITIさんです。

是枝裕和監督作品への楽曲提供でも知られる、今年結成40年を迎えるイージーニスリングの大御所でもあるアコースティック・デュオが何でアニメーションのサントラを(多分、ヨコハマ買い出し紀行以来ではないかと)、しかもレーベル違いだぞ(GONTITIさんはEPICソニー、本作はビクター)等と思いながらも、サウンドプロデューサーさんが、同じ原作者、総監督さんでアニメーション化を手掛けたARIAと同じ方と聞いて納得。作品のサウンドに拘る総監督さん(奥様が劇伴演出を担当されます)と高いクオリティのサウンドトラックを指向される音楽制作さんのコラボレーションからの依頼により、レーベルを超えての参加となったようです。

実際には2作目となる今回のアルバム、前回の第一弾の際にも楽曲自体は少し聞いていたのですが、その時にはちょっとピンとこなかったのが事実。作品自体も「日常ドキドキ」といった明るさを前面に掲げていたためでしょうか、楽曲を含めて、ややせっかちでちょっと疲れてしまうイメージが強かったので積極的に聞いてみようという意識があまり働きませんでした。

第二期の放映開始に際して語られた総監督さんのインタビューと、その後のGONTITIさんのインタビュー内容でもその辺りの事が語られており、軌道修正となった本作。楽曲にも、コケティッシュな演出も得意とされる女性監督さん(本作ではシリーズごとに別の監督さんを置かれています)のちょっと抑えた演出にも、その変化が色濃く表れています。

GONTITIさんはアコースティックギターデュオですが、舞台を彩る様々なシーンに合わせる必要があるサウンドトラックの場合にはそれだけでは不足。ギターをメインとしながらも、メインメロディに載せて様々なパターンの楽曲が用意されます。特に全幅の信頼を置いているという、ピアノの黒木千波留さん演奏、ピアノアレンジによる楽曲には、明らかに前作であるARIAのサウンドトラックの影響が強く感じられます。そして、インタビューでも繰り返し述べられていた「間延びしてしまう」とそのオーダーに危惧するほどスローにしつらえ直された旋律は、むしろ四季それぞれに鮮やかに彩られた伊東の海と空の下で、緩やかに流れる時を紡ぐように奏でていくようです。

美しい二人のギターセッションを響かせる曲(#3,21,24)、小気味よいシンセサイザーによるアクセントで如何にも海のリゾートサウンド然とした楽曲(#4,16,18)から、テンポよく歩いていくドラムスで刻む曲(#19)、峠の我が家を思わせる夕暮れをイメージした曲(#6,22)、GONTITIのメロディはそのままに、前作ARIAのイメージにも重ねて奏でられる緩やかなピアノの旋律(#8,23)とワルツ(#13)。インタビューでも答えられていますが、自身のアレンジでありながら、フルオーケストラの演奏に委ねてミックスダウンを行った、メインテーマを用いたグランドエンディングとなるエピローグ(#25ラスト)。本作のボーナストラック、ゲスト収録となる窪田ミナさんの手による、神秘的なコーラス曲(#11)まで。

海辺の町、伊東、伊豆高原を舞台にダイビングをテーマにした作品のサウンドトラックですが、広々とした緑が広がる高原の景色にも似合う、この夏をきっと快適にしてくれる、穏やかな心地の良いサウンドたち。

ちなみに、私のお気に入りの一曲は、ちょっと?夢見心地のシーンで使われた、シンセサイザーの音使いにも懐かしさを感じさせる、#12.CHAKOMONです。フィルム全体を包むまったりとした雰囲気と、ふわっとした跳躍感のバランスの良さが楽曲と見事にリンクする、シリーズの中で一番のお気に入り回でもあります。

心を編み、彼方へと水面を飛び立ち再び静かに舞い降りる。清々しい旅するアコースティックサウンド(「宇宙よりも遠い場所」オリジナルサウンドトラック)

New!(2018.12.9)

選評者のコメントもこの作品の特性をとても良く捉えているようです。各種の配信サービスで観る事も出来ますので、未見の方は是非。

 

仕事に行くにも買い物をするも、もちろん写真撮影も…何をするにもまずは車に乗らないことには始まらないのが、田舎暮らしの現実。

車に乗っている時間が長くなるとどうしても恋しくなるのが、音楽。特に仕事の行き帰り等でリラックスして運転したいときには、お気に入りのサントラなどを車内で流しておきたくなります。

最近はリリースの数が大分減ってしまったのですが、CDやDLでぽつぽつとサントラを買っている中で、お気に入りとなった一作の紹介です。

今年の1月から3月まで放送されていた、こちらのアニメーション作品のサントラ

作品については色々な形で語られているかと思いますが、オリジナルシナリオで放映当初はあまり注目されていなかった作品。私自体も制作協力として国立極地研究所が携わっていた(というか、作品自体そちら方面からの告知で知ったくらい)ので視聴を始めたのですが、女子高生が民間南極観測隊員として南極を目指すというファンタジーにも拘わらず、極地研の全面協力による現実感を伴った舞台設計と、家族や大人の隊員たちとの関係も描く事で虚構感とのバランスを取りつつ、ち密に描き込まれるストーリー、同じくらいにファンタジーに現実感を持たせる美しい背景描写。往年の作品(バイファムを思い出してしまいました)を思わせる、愛らしくも安心して見続けられるキャラクター造形。あくまでもエンターテイメントとしての視聴者を楽しませる作品の中に、自分の過去を振り返りながら心の機微という形で彼女たちを表現したいと願った女性監督さんが、繊細な演出に織り込む想いが結実した、近年稀に見る良い作品になっていたかと思います。

その現実感と心の機微をサウンド面から支えていたのが、絶妙なタイミングで映像に差し込まれていく、藤澤慶昌さんが手掛ける挿入歌とサウンドトラックたち。

アルバム2枚組相当、OP/EDのボーカルなしアコースティックバージョンを含む全48曲という、13話のTVシリーズとしてはかなりのボリューム。同一のメロディラインで、ちょっと聞いただけでは、あれ、同じ?と思う曲の微妙なアレンジの違い(1-14. ちょっと待ちなさーい!、1-15. 待って待って待ってー!や、1-21. き”も”ち”わ”る”い”…、1-22. あ”ー…のように)を聴き比べるのも、サントラならではの楽しみ。

思わずコスモ…(禁則事項)となった、1-1.南極の太陽で始まるDisc1は主に日常の場面を扱った楽曲たち。ちょっとコケティッシュで楽しそうな、様々な場面を鮮やかに彩る曲。1-6.憩いの自動販売機、1-7.井戸端会議、1-12.軽く死ねますね、1-13.まあなんとかなるんじゃない?等の日常ドラマでもよく使いそうな楽曲も多く収録されていますが、1-2.青春の始まりから1-5.通いあうココロまで、1-9.夕暮れの帰り道のような、伸びやかでアコースティックな楽曲には強く惹かれます。中には、1-11.南極少女のような、少しミステリアスな感じを出す曲や、1-20.何か隠していることはなぁい?といった、作品中で一番?背筋の寒くなる、ここ一番のシーン(おたま、ぺしぺし…です)で使われたホラータッチの曲も織り込まれています。

後半は日常を離れてドラマチックな舞台へと誘う曲たちが続きます。

場面の余白を埋めていくかのようにギターの音色とコーラスが響く、遠くへ旅立つ思いを伝える1-24.大人からのYellからDisc2へ続くアコースティックな楽曲たちは、日常を飛び出したその先に描かれる風景。

光輝く水面を蹴って羽ばたいていく飛翔感が気持ち良い、作品のテーマメロディとなる楽曲の2-15.Bon Voyage! ~Main Theme~、次の場面をゆっくりと押し開けていく2-4.見つけた答えから、2-5.私たちは必ず南極に行く。組み合わされる、落ち着いた雰囲気を醸し出す1-23.確かめたいことがあるからと、1-25.忘れ形見。スケール感を感じさせる楽曲が、ロードムービーとしての雄大な旅の一ページを思い起こさせてくれます。

そして、2-9.消せない記憶をピークに、2-7.もう届かないから、2-13.失われた命まで続く、物語の底辺に据えられた伏流を辿る楽曲。この作品のもう一つのテーマ、独りでは融けない暗く蠢き揺れ動く心が織りなす綾をじっくりと表現しているかのようです。

そして、クライマックスで印象的に使われた、2-6.最後まで諦めないの、疾走しつつも低く抑え込まれる感情。伏線を回収するその後の場面で、悲しさを埋める様に奏でられる、ボーカルを添えられた、2-23.またね。

旅の果てに行き着いたシーンを振り返るように、本編を閉じるシーンで使われた2-20.きっと忘れないを聴いていると、ひとつの旅路がゆっくりと終わりを迎えていく事を感じさせてくれます。

日常から遥か彼方に旅立つ飛翔感と、心の機微に寄り添う繊細な想い、そして再び日常に舞い降りるまでを凛とした清々しいアコースティックな楽曲たちで彩るこのアルバム。海からはるか離れた山里を行き交う時でも、その楽曲たちが奏でる心地よさは、いささかも変わる事はありません。

収録曲の一覧です。旅路の先に、どんなシーンを思い出されるでしょうか。

Disc 1

1. 南極の太陽

2. 青春のはじまり

3. のんびり昼下がり

4. 朝が来た

5. 通いあうココロ

6. 憩いの自販機前

7. 井戸端会議

8. よっし始めようか!

9. 夕暮れ時の帰り道

10. いい天気だねー

11. 南極少女

12. 軽く死ねますね

13. まあなんとかなるんじゃない?

14. ちょっと待ちなさーい!

15. 待って待って待ってー!

16. ホッと一息

17. えーっと…え?

18. 無理無理無理!

19. だぁかぁらぁ!

20. 何か隠してることはなぁい?

21. き”も”ち”わ”る”い”…

22. あ”ー…

23. 確かめたいことがあるから

24. 大人からのYell

25. 忘れ形見

 Disc 2

1. ともだち

2. おもいで

3. ひとりぼっち

4. 見つけた答え

5. 私たちは必ず南極に行く

6. 最後まで諦めない

7. もう届かない想い

8. 心に絡まる鎖

9. 消せない記憶

10. 失った親友の面影

11. 溢れ出す想い

12. ぜっこう

13. 失われた命

14. 親友との約束

15. Bon Voyage ! 〜Main Theme〜

16. 任務遂行

17. 状況説明

18. 予感

19. 緊急事態

20. きっと忘れない

21. The Girls Are Alright! 〜Piano Version〜

22. ここから、ここから 〜Piano Version〜

23. またね

個人的に印象深かったのが、操船経験者として実感が湧く、嵐の南極海を往く8話の、1-21. き”も”ち”わ”る”い”…から始まる一連の船酔いのシーン。気持ち悪さとグルグルしていく想いが重なり合う中で、(本当はいけないのですが)暗闇の中、嵐の甲板へと出ていき、その先に広がる「違う日常」へと、その両方を振り切っていく、c/wのOne Stepへと繋げていくシーンが大好きです。

『カヤネズミの「害獣」は濡れ衣だった!』Web記事とカヤネズミ研究者、畠佐代子さんからの映像素材引用への疑問について(2018.3.3)

『カヤネズミの「害獣」は濡れ衣だった!』Web記事とカヤネズミ研究者、畠佐代子さんからの映像素材引用への疑問について(2018.3.3)

2016年7月に産経新聞の西日本発記事のWebページに掲載された、京都在住のカヤネズミ研究者、畠佐代子さん(滋賀県立大環境科学部非常勤講師、全国カヤネズミ・ネットワーク代表)の研究成果。これまで稲を食い荒らす農家にとって害獣だと思われていたカヤネズミが、糞のDNA分析の結果、実は田圃に生えてくる雑草を主に食しており、稲そのものを主食とする訳ではなかったという研究成果が掲載されました。

また、同年10月にNHKの人気動物番組、「ダーウィンが来た!」においても、この研究成果が放送され、大きな反響となりました。

このニュース、とても大きな反響があったために、今でも繰り返し引用される事がありますが、一方で少々困った事も出てきているようです。

2018年2月の末頃より、再び冒頭の記事の引用が拡散したようですが、その中で、上記の例に見るような、あからさまに演出されて撮影された映像が一緒に引用されていたようです。

海外の動物関連の映像ではおなじみのシーンかもしれませんが、これは撮影上の演出を越えた「フェイク」。映像表現としては否定しませんが、研究者の立場から言えば、野生動物本来の生息する姿を故意に歪める事に繋がる、肯定しがたい映像として捉えられるようです。

また、前述の記事の内容についても既に論文掲載となっていますが、時間の経過とともに、内容が若干食い違って理解される様な状況が生まれてきているようです。

以下に、今回の件について、畠佐代子さんご本人が綴られたTLを記載しておきます。

本来、このようなリンクの列挙はtogetterで行うべきでしょうが、個人的な記録の為にも、稀にご訪問頂く書評をご覧になられる皆様の為にも、一連のコメントのTLを本ページでも掲載しておきます。

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また、カヤネズミにご興味のある方は、上記の滋賀県立大学のホームページで公開されているPDFパンフレット『知ってる?田んぼのカヤネズミのくらし』、又は本ページでも概要を掲載させて頂いておりますが、著書『カヤネズミの本-カヤネズミ博士のフィールドワーク報告』(世界思想社) をご覧頂ければと思います。豊富に掲載されている写真から、「カヤネズミ」の名称通り、人の生活に寄り添うように暮らす、彼らの本当の姿に触れて頂ければと思います。

すぐ身近に生息する野生生物への視線とその姿は、キャッチーなコンテンツとしての映像と大きな違いがある事をまずはご理解頂ければと。

書評を通じて相互フォローをして頂いている事もあり、通常とは異なるフォーマットではありますが、今回の経緯の記録として掲載しておきます。