伊那谷の食文化を伝える二つの企画展(伊那市創造館「蕎麦は正義」と伊那市高遠町歴史博物館「ふるさとごはんの300年」)へ

伊那谷の食文化を伝える二つの企画展(伊那市創造館「蕎麦は正義」と伊那市高遠町歴史博物館「ふるさとごはんの300年」)へ

強い風が吹く春分の日から、春霞の中、穏やかで暖かな日となった連休二日目。

人出の少ないこの春ですが、折角なので少し足を延ばしてこれまで寄る事の出来なかった場所へ。

高速道路を1時間ほど。両岸の山裾や天竜川沿いを抜ける道筋は幾度も通っているのですが、入り組んだ街路へと入る事の少ない伊那谷の市街地。その中心部にある県合同庁舎の裏手にあるモダンな建物。

昭和初期に地元で製糸工場を興した人物がその全額を負担して建築されたとされる、閉館までの長期に渡り民間運営とされた私立図書館、旧上伊那図書館。片倉館を設計した森山松之助が基本設計を手掛け、飯田にある追手町小学校を設計した黒田好造が実設計を行ったとされる、虚飾を廃した昭和モダンのシンプルで味わい深い造形が美しい建築。現在は伊那市創造館として、学習教育施設に生まれ変わっています。

内部は改装されて学習室と展示スペース、多目的ホールとされた伊那市創造館。

今日は、こちらの「蕎麦は正義」展を見学にやってきました。

薄暗い展示スペースの中に飾られた、家庭で使われていたという蕎麦打ちの道具。実は本展で明確に蕎麦と伊那谷の関係性を伝える展示物は、こちらと石臼、蕎麦粉を捏ねる鉢の各一点のみ。壁面にガラスケースが連なる展示室ですが、ほぼすべての展示ケースは、こちらのようながらんとした解説パネルで占められます。

そして、展示の内容もちょっと掲げられたテーマとは離れた内容。しかしながら伝えたいと願うイメージは明確です。

伊那谷の行者そばこそが、そばの発祥であると表明したいという願い。それにもかかわらず、伝統的な家庭料理(蕎麦が打てなければ嫁に行けないとされたという)故に、伊那の市街地には殆ど蕎麦屋が発達しなかったという事実。一方で、保科正之の会津転封により伊那から伝わったとされる会津地域における高遠そばの発展と、その元祖として逆輸入する形で有名になったお隣の高遠そば。全国に広まったご当地蕎麦の存在。それらに対して地域活性化の新たな一手としての蕎麦の活用を目指す、地元伊那(この場合は「旧伊那市」)の活動を伝える展示。

高遠そばの繋がりで親善交流を続ける会津若松や全国各地のご当地そば、地元伊那、高遠の蕎麦店マップなどのパンフレットが豊富に並べられ、何やら観光や産業振興のPRを見ているような気分になってきますが、当館のスタンスを考えれば尤もな展示内容かなと改めて思いながら。

息が詰まるくらいに暗く圧迫感のある展示スペースに煌々と明るいガラスケースというちょっと秘密めいた展示エリア。パネル展示なら室内照明自体も明るくした方がよいのではないかとも思ってしまいますが、実は真っ暗な展示室の奥にある休憩スペースにはちょっとしたお楽しみも。

昭和43年に、信州に所縁を持つとされる看板を受け継ぐ、麻布十番にある永坂更科布屋太兵衛が制作した「蕎麦絵巻」その全巻が壁一面と卓の上に飾られています。

遙か古代から当時の蕎麦屋(もちろん更科の暖簾分けのお店を中心に)と蕎麦の産地の分布を重ねた全国地図を巻末として、時代ごとの世相に描かれた蕎麦の姿を綴る錦絵風の大作。暗くちょっと息苦しい空間ですが、この作品を眺めているだけであっという間に時間が過ぎてしまいます。

実は1階の展示室でも「信州伊那谷の美味しい昆虫」というミニ展示(こちらもパネル展示です)が行われており、企画展と合わせて地元の食文化に触れられる機会となっています。

企画展はここまでですが、伊那市創造館の展示ハイライトは実はこちら。

いずれも国指定の重要文化財となる、神子柴遺跡から出土した石器の展示と、顔面付釣手形土器の展示エリア。

和田峠のお膝元、下諏訪の博物館や諏訪地域の博物館でも見かけることが少ない、削り出した跡が克明に分かる、見事に黒光りする黒曜石の石器が放つ迫力には思わず目が釘付けになります。

そして、この施設一番のお宝でもある、御殿場遺跡から発掘された顔面付釣手形土器。

展示ケースの裏側にも入れるようになっているため、その背後に施された複雑な造形もじっくりと眺めつつ驚かされる逸品。土曜日のお昼前のひと時、来訪者のいない館内を暫し独り占めで楽しんでしまいました。

一般開放はされていませんが、中央構造線を有する多様な地質を擁する当地の岩石標本など多彩な収蔵物も擁する、産業・観光振興や多目的学習施設としての位置づけを有する伊那市創造館。入館は無料、幕末から明治中期にかけて伊那谷を転々と寄宿しながら詠み続けた漂泊の歌人、井上井月を顕彰する展示室以外、撮影は可能です。

そして、天竜川を渡って車を走らせること20分ほど。白銀の南アルプスをバックに穏やかな午後の日差しを受けてエメラルドグリーンに輝く、満々と水を湛える高遠ダムの畔。

市街地にある伊那市創造館から一変して、同じ市内でも歴史溢れる街並みを誇る観光都市、城下町高遠を代表する観光スポットの一つでもある伊那市高遠町歴史博物館

先ほどの伊那市創造館とは打って変わって、風光明媚な湖畔を望む斜面に建てられた如何にも近世をテーマにした美術館風の佇まい。そのせいでしょうか、こちらの入館料は有料(因みに、入館受付が高遠城址のお城ご朱印状(御城印)の受付でもあるのですが、結構高いのだと…。)、周囲の資料館、美術館などとの共通料金制もない点は、観光地故でしょうか。高遠町という表記をいまだに残すことからも、同じ市内でもかなり異なる印象を受けます。

お約束の、館内の離れにある、絵島囲屋敷(復元)

そして、伊那市創造館と決定的に異なる点は、高遠ダムの湖畔を望むロビーを含めて館内が全面撮影禁止である点。最近の博物館の状況を鑑みるとちょっと不思議にも思えてきますが、展示内容も一般的な公立の歴史博物館のイメージとは少し異なる、低い天井と多人数を同時に収容できる広々とした動線で主に近世、近代初頭の高遠に遺された武具や書画、藩校進徳館に繋がる所蔵品や在学した地元出身者の遺品をガラスケース内で展示するという、古美術品の美術館といった雰囲気が濃厚に漂う施設。

今回の特別展は、そのような施設の雰囲気とだいぶ異なるテーマとなる「ふるさとごはんの300年」展。

写真撮影は出来ませんが、こちらのように展示内容と出展目録(期間中の展示替えを想定されているのでしょうか、一部未展示と思われる掲載品もあり)のパンフレットが用意されており、展示内容や意図が明確に把握できるよう配慮されています。

今回の展示のきっかけとなった、一昨年から杖突峠の麓、藤沢の集落にある農業レストラン「こかげ」で提供を始めた、参勤交代で伊那に入部する際、藩主が必ず最初に立ち寄ったとされる御堂垣外宿本陣、藤澤家に残された献立を元にして作られた「殿様御膳」。この成果を広く紹介する事を目的とした活動の一環として、レシピの復元にも協力した博物館サイドが実現した展示企画であることが冒頭で述べられていきます。

博物館で「食」の展示は難しいのでは?と思ってしまいますが、模型と復元調理の写真を合わせて紹介する事でそのイメージを何とか伝えようという思いが伝わる展示内容。実は展示を見ていくと料理の復元というテーマ以上の姿が浮かび上がってきます。それは、高遠、伊那谷の歴史を重んじる風土に支えられた、豊富に残された古文書たちが語りだす、当時の食生活、残された食文化の姿。

本展で紹介される復元料理は、食材の点からも、調理法や調味料の製造手法の点からも残念ながら何処まで行っても当時の味には迫れない(このあたりのお話は、日本の中世、近世食文化史、醸造技術史の研究をされている吉田元先生の著作をご参考頂ければ)事は明確にしておく必要があるかと思いますが、だからといって古文書に書かれた内容には些かの影響を与える事ではありません。むしろ、豊富に残された古文書に綴られた食材の数々がどのように伊那谷の山深くまで伝わってきたのかを考えると、一膳一膳の品書きと復元された献立の姿に思わず唸ってしまいます。

殿様御膳や伊能忠敬の測量隊が伊那谷を通過した際の献立(残っているのか!)、宴席での本膳の品書きなど、帳面として残されていた膳の姿が読み下し文を添えて飾られていますが、殿様御膳といっても現在の食卓の姿と比べると極めて質素なもの。しかしながら炊き合わせには松茸が添えられていたり、川魚や焼玉子、名産で献上品ともなっていた岩茸が含まれるなど、当時としてはもてなしの膳であったことがわかります。また、寒冷な土地柄を示すように干瓢、豆腐、茸、山菜、漬物など地の物や貯蔵に適する食材が積極的に使われる一方、貴重な青菜は保存して周年で用いられたと指摘されています。

そして、何よりも驚くのが魚類の多さ。川魚がふんだんに食膳に上るのは理解できますが、目を引くのは数多くの海の魚、魚介類。海苔から始まり烏賊、鰤(イナダ)、鰺、鯔、鮭に、明らかに足の速そうな鯖に鯛、更には鮪、海老!!(海の海老だけでなく諏訪湖からは小海老を取り寄せていたと)。

更には伊能忠敬達に供されたとされる献立には、学芸員の方は簡素なと評していますが、岩茸や赤魚(ハヤ)の魚てん(天ぷらか)、など山の幸だけではなく、遙か伊那谷の奥、高遠の膳に奈良漬や鯔、更には琵琶湖から近江商人の手を経て運ばれてきたと推察する江鮭(ビワマス)と、これ程の賄いが出来たのかと感嘆してしまいます(後日請求する金額もしっかり述べられていますが…人数も相応だったこともあり、流石によいお値段)。

大きな街道から外れた山里の小さな城下町というイメージを完全に払しょくする、豊かな財力を有する町民たちに支えられた藩庁と、その豊かさを物流面で支えた中馬業の発展、更には高遠の城下町でそれらの荷を継立てする際に、更に北方の松本に対しても相互に海産物の余剰品売買が行われていたことを示唆する、列島を縦断する物流ルートが構築されていたことが示されます(伊那の方々が今もイナダ(鰤)を珍重されるのは、明らかに飛騨越えの日本海ルートに通じる鰤街道からの流入があった事を示していますね)。

山間部であっても豊かな経済力を背景に物流が支えた饗応の膳。その一方で、当地から送り出される食材についても本展では語られていきます。各地から江戸表に運ばれ、公儀への献上品として、要路への付け届けとして贈られた特産品。本展が秀逸なのは、これらの献上品の集荷や帳面の史料を提示するとともに、公儀への披露を行った事を返答する老中奉書の現物も展示されている点。江戸時代の歴史にご興味のある方であれば、披見した相手が判らなくても、直筆の花押が添えられた奉書主となる老中の名前だけでも、その時代がすぐわかってしまうのではないでしょうか(此処で田沼意次の老中奉書に巡り合うとは…感涙でした)。

豊富に所蔵する古文書を駆使した近世の膳から見る伊那谷の姿を示す前半部分。後半の展示は少し詰めた形で近世以降の姿を示していきます。品書きには表れてこない、しかしながら絵図や地誌からは明確に分かる狩猟者達の存在、山仕事の食事で使われる「めんぱ」と呼ばれた、一昔前のお弁当箱にも繋がる小判型、丸形の、抱えるほどの大きさのあるご飯を入れるお櫃からアルマイトのお弁当箱に給食の食器(見学者の方が展示を見ながら自分たちが使っていたものとの違いに声を上げられていたのも印象的)。そして伊那谷という気候、風土が生み出す食の姿はB級グルメから給食と食育への想いまで。

暖かな日差しを受けて膨らみを増す、春を待つ名物の高遠桜。

今年は桜まつり開催の中止が決まり、何時もの年よりちょっぴり静かな桜のシーズンを迎える事になる春の高遠。桜を眺めた後にちょっと寄り道して、食という形の残らない、でもしっかりとその地に息づく人々の暮らしを伝える記憶に触れてみてはいかがでしょうか。

 

嬬恋村のキャベツ畑にて(2019.8.13)

このページは全くの個人的に好きで撮っているカットのみですのであしからず。

嬬恋村のキャベツ畑2019_1浅間山をバックに。

嬬恋村のキャベツ畑2019_2

もう一枚、浅間山をバックに。

嬬恋村のキャベツ畑2019_3

時折、雲の切れ間が覗く昼下がり。嬬恋村、千俣。

嬬恋村のキャベツ畑2019_4草津白根山を望むキャベツ畑を何枚か。

嬬恋村のキャベツ畑2019_5雲がどんどんと流れていきます。

嬬恋村のキャベツ畑2019_6一面にキャベツが広がる、嬬恋村を象徴する姿。

嬬恋村のキャベツ畑2019_7緑に染まる夏の一コマ。

リニューアル1周年を前に、上越市立水族博物「うみがたり」へ(過去の記憶と未来のアミューズメントを繋ぐ場所)2019.6.15

リニューアル1周年を前に、上越市立水族博物「うみがたり」へ(過去の記憶と未来のアミューズメントを繋ぐ場所)2019.6.15

天候が目まぐるしく変わる梅雨の6月。

昨晩から雨が降り続く八ヶ岳南麓を離れて、北へ向かいます。

上越市立水族博物館全景途中、激しい雨と強い風にハンドルを取られながら高速道路を走り続ける事、3時間。雨が上がり、少し暑さすら感じられる日本海を望む浜辺に建つ、2018年に3回目となる新築での改装成った、上越市立水族博物館。近年の美術館のようなコンクリートの打ち放しとガラス張りを組み合わせたモダンな外観。「うみがたり」との愛称が付けられています。

こちらが以前の水族館外観。90年代に増築されていますが、如何にも昭和の雰囲気を漂わせるレトロな佇まい。現在は解体されて駐車場となっています。

2年前の閉館の際に訪れて以来、改めて訪問しようと決めていたのですが、リニューアルから丁度1年を経て、漸く訪れる事が出来ました。

上層階から下へ向かって動線を引く、近年の博物館などでも多く用いられるレイアウトコンセプトを採用するため、エスカレーターで登る最上階の3階がエントランスになります。エントランス前に広がる、日本海を同一視線の延長で望むテラス。この水面自体がメインの大水槽の水面そのものとなっています。

では、館内を少しご案内。各所の案内表示(サインシステム)にはこのようにペンギンのデザインが採用されています。

先ほどの日本海テラスの下に廻り込むと、メインの大水槽を横から眺める事になります。スロープで下りながら水面近くに群有する魚の群れから徐々に底に住む魚、水中トンネルへと、水深を下げながら眺めていく事になります(反対側に下段から眺めている方が映っていますね)。

下段側に廻り込むと、このように水中から水面を眺めるような形になります。

従来あった大水槽の様に全面アクリル張りというスタイルではなく、コンクリートの海底を囲う様に組まれた要所の壁にアクリルの大きな覗き窓を取り付けて水槽として構成していくスタイル。水槽の容積は大きいですが、このように分割することでアクリル面の面積(=コスト)を抑えているようです。

日本海を1/10000スケールに表現することを狙った、水槽のコンセプトを示す解説板。休日で多くの見学客の方が訪れていましたが、薄暗い通路に黒地の解説板という事もあり、読まれている方は意外と少ないようです。

洞窟をイメージした水槽上端の窪みには狙った通りなのでしょうか、サメたちが住みついているようです。

メンテナンス用の意図もあるのでしょうか、大水槽を支える天井にはこんなカッティングも。

以前の大水槽。バブル期に構想された事もあるかと思いますが、当時国内で最も厚さのある巨大な一枚物のアクリル板を用いた正面と、エスカレーターで上下できる2層構造というパノラマ感を優先した水柱スタイルの巨大水槽。飼育されている魚達は変わらなくても、水槽から伝わるイメージは大きく変わりました(ちなみに熱帯魚水槽を思わせるアクアブルーとイエローの水中照明色は、指定管理者制度が導入された最末期に変更されたものです)。

ペンギンのオブジェに誘われて、暗い水族館部分を抜けていきます。

スロープを降りて明るいテラスに戻ると、3面のデジタルサイネージがお出迎えしてくれます。

本館のもう一つのテーマである、世界最多の飼育数を誇る、マゼランペンギンの展示スペース、冒頭で彼らの故郷であるアルゼンチンにおける保護活動の様子が紹介されます。全面ガラス張りのテラス、豪雪地帯に立地する水族館らしく、屋内からでも楽しめるよう、冬季の見学者への配慮が伺えます(窓の下には空調が仕込まれているようです)。

テラスの外は彼らの故郷、パタゴニアの海岸を模した景観展示を採用しており、プールへ上り下りが出来る岩山や産卵のための巣となる穴倉が多数用意されています。

砂山の上でのんびりと寛ぐマゼランペンギンの夫婦。解説の方によると、つがいの絆は長く続くそうです。

時折、順路に当たるウッドデッキの上を、プールから上がって巣に戻るペンギン達が歩いていきます(縦横無尽に横断するのを防ぐため、後になってプランターを置いたようです)

時にはこんな風に、見学者の前を横切るシーンも観られます。生態展示の中に人が迷い込むシーンを作り出す、そんな試行錯誤の一端です。

群れとなってプールの上で泳ぐマゼランペンギン達。

以前のマゼランペンギンの展示スペースを建屋の屋上から撮影した物ですが、意外な事に、展示スペースは殆ど変らず、オープンスペースだったプールの水面に至ってはむしろ狭くなっている印象すら与えます。

テラスの壁に掲示された、この場所を象徴する解説。1993年から始まった(旧)上越市立水族博物館におけるコロニー形成を狙った多頭飼育によるマゼランペンギンの飼育実績と現地・パタゴニアとの連携を示す解説パネル。

100羽を超えた繁殖を達成し、すみだ水族館をはじめ各地の水族館に送り込まれ、その後も近親交配を防ぐために全国の水族館と相互に移動されるマゼランペンギンたちの母体となった旧水族館における飼育成果。大きな実績を有するその飼育の経緯や現在の保護活動の様子はデジタルサイネージを使ってリピートで流されていますが、こちらも余り足を止める方はいない様子。そして世界最多を誇る一方で、意外なほど狭い展示スペース(バックヤードがどの程度のスペースなのかは判りかねますが)。

じつは、この展示エリア、施設所有者である上越市でも指定管理者である八景島でもない、地元有力土建会社社長の私費による全額寄付で整備された、本館の付帯施設(テラスにその故の記載がされています)。旧水族館の実績を繋ぐ姿は少し不思議な形で次へと紡がれたようです。

そのような意味で少し不思議な感触を受けながら1階に降りると、迷路のような通路の先に置かれた、ちょっと寂しい生態と保護活動への寄与を紹介する展示ケースたち。

展示ケースへ通じる通路を折れ曲がると、ペンギンたちのプールを水中から眺める事が出来る、やや狭い回廊になっています。

水中をスムーズに上下にホバリングするマゼランペンギン(後ろ足で浮力のバランスを取っています)。

面積方向では狭くなった印象を受けますが、建屋2階分の深さが取られたため、彼らの泳ぐ姿から新たな発見が生まれる、新しいマゼランペンギンの展示スペース

群泳でのシーンを水中側から眺められるのはこの水族館の大きなポイント。

多数の飼育実績に裏打ちされた多頭飼育によるコロニー内の多様性を魅せる生態展示と、断面構成のレイアウトによって、これまで以上に彼らの様々な姿を見る事が出来るようです。

此処までで一周ですが、以前の展示と見比べながら、ちょっと悩みながらもう一周してみます。

(ご注意:一度1階まで下ってしまうと、エントランスまで戻らない限り、上の階に上るためには中央のエレベーターを利用する以外手段がないようです。1階エレベーター前は渋滞状態)。

イルカショーが始まる時間となったので、再びオーシャンビューとなる3階へ。敷地外とはいえ、視線の向こうに横たわる電線と電柱がとても残念。

ショーの開始直前、遊び道具であるブイを放すように担当飼育員の方が何度もゼスチャーを送っているのですがなかなか放してくれず、餌は使わず何とか引き剥がそうと奮闘する事数分、満員立ち見で膨れ上がったスタンドの皆様からも笑い声が聞こえてきていましたが…これも演技だったのかも。

ショーが終わった後。こちらのプールも大水槽同様に2層構造になっていて、2階のフロアーから水中が眺められるようになっています(降雪時の展示やショーにも対応するためのようです)。何故か目をつぶって仰向けになって泳いでいる事の多い2頭。

撮影しているとこちらに気が付いて、目を見開いて様子を伺ってくることもありました。

ショーの内容はご覧頂いて、という感じかと思います(入館料にはマリンショーの観覧料も含まれています。マリンショーは本館の運営母体である八景島で20年以上前に観て以来かも)。ただ近年の議論にかなり敏感になっているのでしょうか、パフォーマンスを優先するより、人とコミュニケーションを取れる彼らの知性の素晴らしさを訴え、ラストの演技では飼育員の方と一緒に水中で演技を行う事で、一緒に楽しんでいる、彼らは人のパートナーと成り得るというイメージを観客の方に持ってもらいたいというメッセージを感じる内容でした。

大水槽へ下るスロープの通路反対側の壁には小さな水槽が幾つも埋め込まれています。汽車窓形式の水槽は以前の水族館のイメージをそのまま伝える、日本海と日本の魚達を紹介する水槽群。トップバッターでメバルたちが出迎えてくれるのですが、どうしても視線の正面にある大水槽の揺れる水面と水中を往く群泳する魚達の姿の方へ行ってしまうようで、工夫を凝らした水槽にも足を止めてくれる方が少ないようです。

壁側の小さな水槽には、日本海を往く魚達として新たなテーマに加えられたアユやサケといった降海性を持つ魚達の稚魚も展示されていました(こちらはサケの稚魚、常時展示とはいかない筈ですが)。

以前の汽車窓水槽の姿。円柱レイアウトがそのまま大水槽を囲む通路の壁側にお引越ししたような感じです。

こういう渋い擬態展示、とても小さな水槽なのですが、結構好きです。

所謂「タコツボ」そのまんま。

多数ある小さな水槽のメンテナンスは大変だろうなと思いますが、開館からまだ1年足らずにも拘わらず、多数の水槽で縁の黒塗り塗装が剥がれ、所によっては漏水箇所から塩が吹き出すなど、ちょっと気になる施設状態です。

そして、以前は数少ない生態展示を見せてくれていたニッコウイワナの水槽。スペースは少し小さくなったようですが、淡水コーナーのメインとして水流を与えた形での展示が継続されていたのは嬉しかったです。

以前のニッコウイワナの水槽。水流に向かって泳ぐ習性がよく判る展示でした。

1階のピロティ前にある企画展示スペースには、現在話題となっている海洋ゴミ、マイクロプラスチックに関する啓蒙展示も行われていました(記者の方が取材に入っていたようです)。

やはり海を臨む事が大きな楽しみなのでしょうか。

県外ナンバー、特に長野、松本ナンバー(中には諏訪ナンバーも)が多くみられる駐車場を後にして、午後になって眩しい日射しが差し込んできた梅雨晴れの日本海。

吹き続ける強い潮風を受けつつ、波立つコバルトブルーの海の眩しさに暫し魅入りながら。

これまでの旧水族館が培ってきた飼育、繁殖活動の先に、最新の機能的な展示メソッドを与えて新たなアミューズメント施設として生まれ変わった、新・上越市立水族博物館「うみがたり」。

展示メソッドが進むほどに解説や説明へ意識を繋ぎ止めるのが難しくなるのかな等と考えつつ、水塊を強くイメージさせる暗い大水槽を巡るスロープの先に対を成す、日差し溢れる眩しいテラスのソファーで寛ぐ見学者の方々と、その向こうで寛ぐマゼランペンギン達の姿に色々と想いを重ねながら。

 

まだ浅い新緑の中で(2019.5.5)

今年のGWも終盤戦。

沸き立つ雲に夕立と、季節はすっかり初夏の装いになってきました。

それでも標高の高いこの界隈はまだ春と夏の狭間、漸く緑が眩しくなる頃合いです。

まだ浅い落葉松の緑に包まれる千代田湖の湖畔。長いお休みとあって多くの皆さんが湖畔でキャンプやバーベキューを楽しんでらっしゃいます。

峠を下り、谷筋に拓かれた松倉の集落へ。

満開の鮮やかな菜の花畑の向こうに、ピンクに彩られた山肌が現れます。

落葉松の植林地が崩落したか伐り出された後に植えられたのでしょうか。躑躅が山肌を覆う様に花を咲かせています。

杖突峠から高遠に下る谷筋を越えて更に西に林道を進むと、箕輪ダムへとたどり着きます。

ダムサイトから望む下流側。午後の日射しを浴びて鮮やかな新緑を輝かす落葉松林が谷筋を覆います。

谷筋を通る林道脇に咲く山桜。

山桜は咲き始めると同時に若葉が芽吹き始めます。若草色と薄い桜色が午後の日射しに交じり合う頃。

落葉松の新緑に包まれる沢筋。ここはダムの建設と共に住む人が居なくなった場所、地理院地図にすら字名が記される事がなくなりましたが、ダム建設の見返りとして拓かれた林道の脇には人が住んでいた跡が今もくっきりと残されています。

落葉松の緑。まだ瑞々しい芽吹きの色です。

芽吹きの色に染まる落葉松林。気温が20℃を越えて少し暑いくらいですが、せせらぎの音が響く落葉松林は涼しい風が吹き抜けていきます。

 

晩秋の彩の中へ(2018.11.2~3)

八ヶ岳から初雪の便りが伝えられると、山麓でも落葉が始まり秋も終盤。

少し南に下がって、名残の秋色を探して。

八ヶ岳山麓より谷筋を挟んで南西側に位置する南アルプスの北端、杖突峠の裏側にある千代田湖。

ぐっと色を濃くした落葉松が日差しに輝いています。

対岸の落葉松林の中、雲が多めながら時折青空が顔を覗かせる昼下がり。

落葉の進んだ落葉松の葉が明るい林の中で輝きます。

落葉松と広葉樹のコラボレーション。

深まる秋色です。

八ヶ岳周辺は雲が多めでしたが、杖突峠を越えて高遠側に下ると、まるで夏のような雲が浮かぶ青空。

例年より季節の移り変わりが少し遅い、緑が僅かに残る落葉松の黄葉に包まれる松倉の集落。

松倉の集落を過ぎて高遠の方に下っていくと、小さな廃校跡が見えてきます。

使われなくなった校門へと上がっていく石段の両脇に植えられたモミジが色付き始めていました。

重なり合う様に色を成すモミジの紅葉。

心地よい風が吹く午後、まだ色付き始めの紅葉は爽やかな感じさえ受けます。

青空の下、彩が溢れる木の下で暫し。

再び峠を下ると、午後の陽射しを浴びる落葉松に覆われた山々は黄金色に輝き出しています。

足早に夕暮れが訪れる晩秋。

眩しい西日をいっぱいに受けて輝く落葉松林。

落葉松林をバックに輝く白樺の木。森の中が華やかな黄金色に包まれます。

足早に西の山並みに沈んでいく夕日を受けて、最後の輝きを見せる落葉松たち。

山を下ると落葉松色に染まる山並みが、夕日に照らされています。

日が落ちてぐっと色を濃くする八ヶ岳西麓、西岳の裾野。

どっぷりと日が沈むと、ほのかな紅色に染まる山裾。

紅葉シーズンも最終盤を迎えて、華やかな落葉松色に染まる晩秋の八ヶ岳山麓。既に明け方は0℃近くまで冷え込む中、落葉松が葉を落とすとそろそろ冬の足音が聞こえてきます。

梅雨の晴れ間に、美ヶ原(2018.6.24)

梅雨の晴れ間に、美ヶ原(2018.6.24)

夏至を過ぎて、季節も折り返し地点。

徐々に雲が晴れてきた日曜日、雨上がりの空の色に誘われて空の頂へと昇ってみます。

其処は空に手が届くほどに高く、清々しい場所。

多くの観光客の方が訪れるビーナスラインとは反対側に位置する、もう一つの美ヶ原。

美ヶ原林道を登り詰めた先に広がる、思い出の丘。

満開のレンゲツツジと雪を残す北アルプスが迎えてくれます。

此処からは車を置いて、稜線を歩いていきましょう。

涼しい風を受けながら、空に掛かる路を歩いていくと、そこかしこでレンゲツツジの花が迎えてくれます。

遠く浅間山を望む立石峰。

尾根のピークを越えると、レンゲツツジの群落が迎えてくれます。

手が届きそうな雲の下で花を咲かせるレンゲツツジ。

沸き立つ雲の下、天空の路が続いていきます。

梅雨の晴れ間の気持ちの良い午後に、空に一番近い場所で。

緑の日々に(2018.5.11~12)

緑の日々に(2018.5.11~12)

例年になく春の訪れが早かった今年ですが、ここにきて少し足踏み。

水曜日から木曜日に掛けては、山では積もるほどに雪が降り、麓に住む我々でもストーブのお世話になるほど冷え込みました。

気温が3℃まで下がった、降雪翌日の朝。

田植えを待つ穏やかな圃場の水面に、南アルプスの山並みが映り込みます。

新緑と雪渓のコントラストが眩しい朝の甲斐駒。

標高950mとかなり標高が高いこの圃場。暫くの間水を張った後、水が温むのを待っての田植えとなります(2018.5.11)。

翌日、空は一面に雲で覆われてきました。

まだ日差しの残る昼下がりの野辺山。緑に染まる牧草地の向こうに、先日の降雪で再び雪化粧を施した八ヶ岳の稜線が伸びていきます。

標高1300mの高原地帯。海ノ口別荘地も新緑に染まりはじめました。秋の紅葉シーズンと並んで華やかに彩られるエントランス。

八ヶ岳の東側に廻り込むと、青空が見え始めました。

強い風に煽られる雲が流れていく、八千穂レイク。

標高1600mのこの場所も、周囲は緑に覆われてきました。

軽やかな新緑に包まれる森の中へ。

午後の陽射しを受けて輝き出す、八千穂高原の白樺林。

眩しい新緑に染まる白樺の木々。

新緑の軽やかな緑に包まれる森の中を辿る遊歩道を歩いていきます。

2年前の氷雪害によって一部がなぎ倒されて閑居地となってしまった白樺林。それでも、残ったミズナラの木の周りに白樺の新緑が見え始めています。

若々しい色に染まる落葉松の幼樹たち。

白樺林の中で、周囲の白樺を圧倒して枝を伸ばす一本の木。ミズナラのブナ子と名付けられています。

まだ芽吹き始めたばかりですが、遊歩道の中に置かれたベンチに座って、その姿に暫し見惚れてしまいます。

白樺の木々に包まれて花を咲かせる。トウゴクミツバツツジ。

この一本だけがいち早く花をいっぱいに咲かせていました。

午後の陽射しを浴びて咲き始めたトウゴクミツバツツジ。開花をしているのは園地の中でもほんの僅か。見頃はまだこれからです。

白樺林を抜けて、落葉松の新緑が続く小路を往きます。

日差しが戻って青空の下に伸びる、落葉松の新緑。

緑の光が差し込む落葉松の林内。

軽やかで陽射しを一杯に通し込む落葉松の若葉。

眩しい緑が森の中に溢れています。

傾き始めた午後の陽射しを一杯に受ける落葉松の新緑。

清々しい高原の風と溢れる新緑を満喫する午後。

麦草峠を越えて、八ヶ岳の西側に下って来ると、再び空は雲に覆われ始めました。

日差しが降り注ぐと少し暑いくらいの、例年より気温が高い今年。標高1000mを越える圃場でも一足先に田植えを始めた場所がありました。秋空のようなうろこ雲に包まれた夕暮れ。明日は天気が崩れそうです。