今月の読本「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)バックヤードを担い続けた先駆者の情熱と想いは、みんなのための「水族館学」へ

今月の読本「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)バックヤードを担い続けた先駆者の情熱と想いは、みんなのための「水族館学」へ

地下に専門書が並ぶ松本の某書店さんは、ついつい長居がしたくなってしまう、山籠もりのしがいのある書棚がとてもうれしいお店。

そんな山籠もりの途中、生物関係の書棚で偶然見つけた一冊。多くがブルーを基調にした海洋生物の書籍の中でもひときわカラフルな装丁にちょっと驚きながら手に取ったその本は、なんと大学出版部の刊行書籍。版元故に、お値段はページ数の割にはかなりお高いのですが、ちょっと立ち読みしたその内容に強く惹かれて、購入して一気に読んでみた次第。

今月の読本、今回は「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(鈴木克美 東海大学出版部)をご紹介いたします。

著者の鈴木克美先生は、戦後の水族館の変遷をバックヤードで身を以て体験し続け、現在の水族館人気を底辺から支え、リードをされてきた方。そのキャリアの中で3つの時代を画する水族館の開館当初や立ち上げに携わり、その後、本書籍の版元である東海大学の付属海洋科学博物館の館長、教授を務めるという、水族館、そして水族の飼育と研究にも多大なる功績を残された方です。また、日本で最初期のスキューバ(アクアラング)の実践者でもあり、日本に於ける水中写真の開拓者として、更には教育者として数多くの著作を上梓されています。

そんな著者がこれまでの足取りを綴ったエッセイ集である本書。本文の内容に合わせて描かれたカラフルな挿絵と共に、流石に多くの著作を手掛けられた流麗でありながらも、一本筋の通った筆致に身を委ねて読んでいくと、これまでの水族館に対する情熱と想い、そして未来の水族館に対する強い期待と希望の念が切々と伝わってきます。

現在まで続くアミューズメントとしての水族館の幕開けを告げた江ノ島水族館における開館当初からの飼育事情。掲げられた看板や開設者の想いとは裏腹のバックヤードの姿には、現在も多くの水族館に共通する課題がこの時点で生まれていた事を示しています。動物園と違い、飼育する水族や餌すらも自ら調達、飼育する必要がある水族館。動物園と共に設置準拠法は博物館法となるため、当然のように社会教養施設であり、学芸員を擁する研究、教育施設であると判断されそうですが、実際には動物園以上に当初からアミューズメント施設としての側面が強く前面に押し出されてしまいます(特に水族という括りでは、ペンギンや海獣、更には水生植物や無脊椎動物まで扱うため、フィールドが広大故に研究テーマとなりにくい)。

そのような想いが更に大きくなるのが、設計段階から手掛けた金沢水族館。陸上生物と異なり、水中生物、特に海水生物を飼育、展示するためには水がなにより大事。当時としては画期的な動物園や娯楽施設も擁するヘルスセンターという名のテーマパークのいちパビリオンとして、山の上に建てられた水族館で水族たちが安定して暮らせる水質、水量を常に確保するための技術検討から取り組む事になります。更には展示する魚を確保する為に必要となる潜水技量や捕獲技術、運搬技術、餌の開発と、時には技術者としての側面すら求められます。試行錯誤の中で生み出された、熱帯魚を展示の目玉として中核に置く展示スタイル、現在の水族館で用いられる飼育、保全手法の多くは、地域振興をテーマに掲げて当時日本中に増加した各地の水族館のネットワークを通じて、あまねく普及していった結果であることを述べていきます。

展示に特色を出すため、更には地域密着をアピールするために、自ら潜水技術を身に着けて水族館で展示する魚達を追う中で(実際には、日本海の魚は飼育も難しく、地味でお客さんの興味をあまり引けなかったと)、あらゆる協力を受けることになる、各地の水産試験場や、大学の臨海実験場。水産大学を卒業しているとはいえ研究者とは異なる道を歩んできた著者に、これら研究所の研究員たちは、その着目点や水族館ならではの環境、ある意味では研究施設が羨む飼育環境での観察結果に強い興味を示し、著者に対してそれらの成果を報告として纏める事を勧めていきます。果たして水族館の「社員」の身分でそのような研究に足を踏み入れる事が出来るのか、迷いながらも撮影した水中写真の発表を続け、水族館での業務の傍らに纏めた内容を研究者の方の好意で掲載を続けるうちに、更なる想いが芽生えたようです。

子供の頃から水辺の生き物が大好きで、何時も川に出掛けては追いかけていた少年時代からの想いを水族館というフィールドで描き始めた著者が更なる高み、アミューズメントとしての楽しさ、学習の入口としての役割はそのままに、研究としての水族館へ進む道程を次に見つけようとしていきます。

著者がその想いを叶えるために建築工事の真っ只中にやって来た3つ目の水族館。それは現在でも珍しい、研究の片手間ではなく広く一般の入場者を受け入れる事を念頭に設置された大学付属の水族館。大学の先生達が設計に加わった理想主義的な設備設計に手を焼き、設置直後から大学生の実習も受け入れることになったために当初は大変だったようですが、現在の視点で見ても大規模な一辺10m、深さ6m、水量1000tというメイン水槽を擁するその施設を最終的には館長として切り盛りしていく事になります。

著者のこれまで培ってきた水族館運営手腕と潜水技量、水中写真の技術に、多くの水族館員や大学の研究者、そしてこの場所を研究の一ステップとして選んだ海洋学部の学生たちの活躍により、その特異な位置づけを持った水族館は徐々に発展を遂げていったようです。深海から一気に立ちあがる駿河湾の環境が生み出す特色ある魚達の展示への挑戦、同じ湾内にベースを構える水族館同士の協力、更には地元の漁師の方々との紆余曲折を経ながらの協力体制の確立は、全てが上手くいった訳でも、成功したわけでもありません。特に、著者が現役を退いた後に他の水族館で続々と達成された飼育成功の話(例のマグロの話やマダラや深海魚、ジンベイザメ等々)については、殆どやっかみ同然の言葉を述べていく(反対に、現在まで飼育が上手くいっていない魚種に対しては、すわ当然といったちょっと大人げない反応も)点は、水族館のバックヤード一筋に情熱を傾けてきた自負の裏返しでしょうか。

そのような中でも、本書に於いて著者が力を入れて描き出す部分は、水族館がある意味最も得意とする繁殖における観察成果。雌雄同体や変体など、今でさえ比較的よく知られてきましたが、当時は非常に珍しい事例だと見做されてきた繁殖行動が、水族館での粘り強い飼育と観察の成果として次々と見出されてきます。本書の白眉と言えるかもしれません、本書が上梓される前の2012年までに戦後日本の水族館職員で在職中に学位を得た30本の学位請求論文リストが掲載された1頁。その7番目には、著者自身が東京農業大学から授与された際の学位請求論文名も掲載されています。金沢水族館時代に得た好意の延長に、更に着任してから約10年の研究を積み重ねた末に得た学位。アミューズメント施設として、または社会教育施設としての水族館に所属する職員が研究を行い、学位を請求することが果たして妥当なのか、内容が学位に相応しい水準と研究題材と言えるのか。学位を得た後で教授職を務めた研究者として、そのような疑問に対して、きっぱりとこう回答しています。

<引用ここから>

二千七百種もの魚を常に飼って、いつも施設が稼働している水族館には、水産研究以前の自然研究の材料が得られる。水産利用に役立つ学問といった狭い考え方にこだわらなくてもいいのではないか。

「研究する水族館」といっても、小難しい水族館にするのがいいわけではない。漠然と眺めて珍しく楽しければそれでいい水族館から、意外な知識と出会いを喜んでもらえる、もう一つの深い水族館へ、「ダーウィンが来た!」とまではゆかなくても、驚きを与える水族館へ、サイエンスを楽しく説明できる水族館へ。そこで生まれたオリジナルなナチュラル・ヒストリーが平易に語られる水族館もほしい。

<引用ここまで>

既に開設から40年以上の歳月が流れた、著者が最後に手掛けた水族館は、その想いに応える場としての役割を今も果たそうとしている筈です。昨今ではカリスマともいうべき水族館プロデューサー、中村元さんは、アミューズメントでなければ水族館は意味がないと常々述べられていますが、その一方で、ご自身が公開している日本の水族館を紹介するホームページで、著者が手塩にかけてきた水族館を評してこう述べています。

「なによりも、この水族館の魚類たちは、特別に状態がよく、どれも太りすぎずやせすぎず、傷もなく大きく成長し、なぜかしら色落ちもしていない。素人目にも分かるほどの飼育技術の高さに好感が持てる。」

この水族館を併設する大学の海洋学部からは、毎年多くの卒業生たちが全国の水族館に旅立っていく。そのゆりかごとしての役割を担い続けるこの水族館の施設やアミューズメント性は最先端ではないかもしれませんが、長年に渡って培ってきた、学研を兼ね備えた採取、飼育、繁殖、運営技術は、きっと全国の水族館を泳ぐ水族たちを魅せる「アミューズメント」の底辺としての役割を果たしている。その底辺を支えるために必要な技術と、学問的素養、継続的な研究。著者が望んでやまない「水族館学」はきっと皆さんも大好きな、水塊の先に繰り広げられるワンシーンをこれからも担い続けている礎となる筈です。

世界一、魚が大好きな日本に、世界でもとびっきりの楽しい水族館と、それを支える水族館学が培われていく事を願いながら。

 

今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

本を読みますか。

私はこの本を仕事の昼休みの時間にこつこつ読んでいましたが、学位持ちすら珍しくないスタッフが何十人も集うこの場所でも、お昼休みに本を広げる人はまず居ない。いわんや文芸関係の話題など雑談でも決して出てくることは無いという現実。

本離れが叫ばれて久しい昨今で、自分の周りにある現実と、この本に描かれた、まるで高度成長期を思わせる(内容は間違いなくこの数年の出来事なのですが)、ノスタルジーで古びたアルバムの片隅に残された写真のような物語のギャップに戸惑いながら読み進めた一冊。

今月の読本、「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)をご紹介します。

著者は札幌近辺の高校で長年に渡り司書を務められた方。表題からすると一見して司書さんが其処に集った学生たちを紹介していく体裁に見えますが、内容は少々異なります。

13人の高校生(卒業生を含む)たちそれぞれが自分の言葉で話し始める体裁を採った物語、ある種の文集に近い感じで纏められた物語達は、著者の手によって描かれてますが、その内容は全て本人たちに内容を読んでもらって纏め直したもの。実質的には13人の高校生たちが自ら綴った高校生時代を語る一ページとして捉えられるようになってします。

それぞれの登場人物たちは「今時」で「普通」の高校生とはちょっと異なります。読書感想コンクールで賞を取ったり、ビブリオバトルで東京の決勝大会に挑んだり、文集に寄稿したり、中学の頃から作家を目指していたり、帰国子女だったり…。著者の職場である図書室に集った彼らは、図書委員(図書局員と呼ぶ)であったり、他の部活と掛け持ちであっても本を求めて図書室に良く訪れていたりと、既にこの場所に集う前から何らかの形で本との結び付きを持った生徒達です。そこで語られる本達も所謂文芸書が殆どで、最も同年代で読まれるであろう「活字」であるラノベはおろか、漫画や実用書、歴史や学術系の書物が触れられる事は殆どありません(中には、飯間浩明さんの著作に興味を抱く、文字に魅せられた辞書好きといった極めて個性的、いや将来有望すぎる生徒も)。そのような意味では、既に本を読む事を普段のワンシーンに取り込んでいる、あまり一般的とはいえない生徒たちの読書物語なので、この本を以て読書離れの昨今に対して何らかの表明を行おうとか、読書のきっかけを提示しようとかという、読書に対する遅ればせながらの啓蒙を意図する感じはみられません。

現在を啓蒙するより遥かに遠い過去、まるで昭和という時代にその場所で語られたであろう、文芸に触れた若者の余りにもソリッドでナイーブな反応をそのままに集めた文集のような体裁に纏め上げた著者。本シリーズが岩波ジュニア新書と並んで学生層までをターゲットとした作品を揃えているために余計に感じるのですが、その綴られた内容が余りにも現実離れした内容、いいえ、懐古的なテーマとエピソードを敢えて拾い出しているような感触に強い違和感を感じたのでした。

それでも、クラスや部活といった時間軸で拘束されたり、固定化された仲間であったり、学生ゆえの成果を求められる場とは異なる、図書室という緩やかに生徒が集う特別な時間と空間、その空気を作り出す、全ての生徒に対してニュートラルな立場を採れる司書という立場。ソリッドな想いをダイレクトにぶつけてくる生徒たちと、それを優しくも何処かに誘導する訳ではなく、ありのままに受け止めようとする著者。自らの豊富な読書経験と、豊かな物語が詰まった図書室という空間を最大限に生かして、物語と出会う広がりを与えてあげる事で、少しずつその想いが豊かさを増し、着地点を自ら見つけ出していく生徒の瑞々しい言葉たちを、なるべく損なうことなく拾い上げていこうとしていきます。

皆一芸に秀でた「優秀生」ならではの抱える想いに、彼らが手にした本と物語がどう響き合い、応えて来たのか。著者の読書への想いと生徒たちの想いが交わる暖かい場所、図書室を舞台に綴られた物語に、もう絶滅してしまったかと思っていたそんなシーンが、北の大地でしっかりと今も息づいている事を確かめながら。ちょっとピュアすぎる登場する生徒たちのその想いに、眩しさと羨ましさを感じつつも(年ですなぁ)、物語を読むってこんな事だったよねという、原点を再び思い出させてくれる一冊です。

今週、貴方が手に取った一冊は、どんな思いを語りかけていますか。

 

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

何時もとはかなり毛色の違った一冊。

所謂、葬式檀家と言われる一群に属する私ですが、子供の頃から彼岸には両親の実家に当たる墓参を欠かさなかった母親に付き添い、その一方、やはり母親の影響で地元にあった小さな長老改革派教会の日曜学校にも僅かな年数ですが通い、(既に頭の片隅にしか残っていませんが)聖書も一通り読んでいたという、今時の日本人としてはマイナーな子供時代を過ごしていたせいでしょうか、神社仏閣や教会、自身は無くても信仰する宗教を持つという事に違和感を全く持たずに大人になったような気がします。

それでも、新井白石が好きな私にとって、キリスト教と信仰する方々はやはり彼岸の存在。歴史としての旧約聖書や新約聖書から繋がるローマ時代の歴史、絶大な影響力と特異な国家としての位置づけを今に至るまで保持するバチカン/ローマ法王(教皇)には強い興味があっても、その信仰に振り返ることは無かったと思います。

そんな中で手にした今回の一冊。この選書シリーズ特有の表題や帯の仰々しさはさておいて、ちょっと気になる「孤独」とキリスト教というテーマに惹かれて読んでみる事にしました。

今月の読本、「キリスト教は役に立つのか」(来住英俊 新潮選書)です。

前述のテーマにあるように、本書は神学書でもなければ、キリスト教の教義を綴った本でもありません。著者はローマカトリックの修道司祭(即ち独身です)ですが、社会人になった後に洗礼を受けて司祭への道を歩んでおり、その起点に於いては家族との大きな葛藤があった事も冒頭に述べられています。そのような葛藤を抱えながらキリスト者(この単語を全文で貫いていらっしゃいますので、それに従います)としての歩みを経る道程を振り返りながら綴られる本書は、著者の信仰への道をそのまま投影しているかのようです。社会的、文化的、歴史的にもキリスト教世界とはかけ離れた位置である日本に於いて、どのようにその道筋を綴れば良いのか。著者はその想いを二つのキーワードに込めて語りかけます、孤独と、それに寄り添う想いとしての神の存在。二つの間を繋ぐキリストという存在。信仰的に描くと強固な拒絶反応を示されるでしょうし、教義のお話や聖書の章句をいきなり並べるにも受容される環境が無い中で、精いっぱいのアプローチ方法として選んだ設定。全部で50の説話として綴られたその内容には、まるで中骨を抜いてしまったような印象を受けるかもしれませんが、要所にはしっかりとその想いが込められているようです。

冒頭から始まる、神の存在とそれに向き合うことの意味合い。願う事、悩みを告げる事、感じ、折り合う事。旧約聖書からの引用を用いて、そんな想いに意外なほどのユーモアを以て、人間臭く(すみません)応えて来たのかを示していきます。ただ、流石に三位一体については、これ以上はと述べて議論を避ける点について、日本人を相手にした場合にはどうにも解釈が苦しくなるのは、江戸時代も現在もあまり変わらないようです。その上で、プロテスタントとローマカトリックとの違いなのでしょうか、何に付けてもまずは肯定してみようという想い、あくまでも前向きに、大らかに包み込んでいく感覚を前面に示していきます(カルヴァンの予定説については微妙な表現を付与して本文で言及されますが、このおおらかなポジティブシンキングは少女パレアナにも繋がるような気がするので、プロテスタントだからその逆という考えは正しくないかもしれません)。その一方で、あくまでも修道司祭の方が書かれた物であり、そのおおらかさの揚げ足を取るような視点に対しては、突如として厳しい筆致で臨んでいる点も否定できません(第22節)。

ここまでは、あくまでもイメージに入る前の更に前段階。第2章からは具体的に信仰を身に着けるというイメージを考えていきます。第1章でイメージが湧かなかった方、感じるところが無かった方には苦しい内容になるでしょうし、イメージが湧いた方でもその位置づけ、考え方は容易に納得できるものではないかもしれません。特に自己との相対性を論じる部分は、相当の心根を持たなければ辿り着く事は出来ない領域に入っていると思います(著者自身も、ボーン・アゲインではなく、特に日本人にとってはゆっくりと、少しずつと述べています)。そんな中で一際目を惹いたのが第33節の部分。本書の核心と言える部分ではないでしょうか。本来であれば交わる事のない二人が暫し他愛もない事を語り合う。その他愛もない会話が生まれる事自体が、きっと始まりに繋がると強く暗示しているように思えます。何も自分の主義主張を振りかざす必要もなく、ひたすら聞き役に徹する必要もない。飲み屋の会話ではないですが、そんな些細な関わり合いの積み重ねがきっときっかけになると思えてならないのです。もしかしたら著者はそのような交わりのきっかけとなる場所としての、自身の教会を位置づけることを望んでいらっしゃるかもしれません(アメリカのメガチャーチには、説教以外の部分でそのような側面を強く感じます)。

その上で、3章に綴られた内容を読んでいくと、なるほどと理解に至る事が出来ます。著者が暗示するように、それを以てキリスト者に至る事は(特に日本では)叶わないかもしれません。しかしながら、人との関わり合いのスタートとして、そのきっかけとして、更にその先に見えてくる、紙の上に書かれた事、頭の中で考えを巡らせた事ではなく、確かな手応えとしての「共に生きること」へのアプローチとして、キリスト者である著者が語りかけてくる内容はきっと何かの気付きを与えてくれるはずです。

その上で、著者が伝えたいと願う気づきの先は、帯に付されたように、これらの想いと交わる事が無い、孤独の中に生き、自らの内にひたすら埋没していく人々への想いへと繋がっていくように思えます。やるせない想いを一人抱え込んでいる人が求める渇望感と、その空虚さの間にも神の存在と、それを繋ぐであろうキリストという存在があるという事と伝えたいという著者の想い。もしかしたら、そのような想いを抱き続けている方は本書を手に取る方々と対極に位置しているのかもしれませんが、その想いを届ける事は出来るでしょうか。

本書を読んでいて思い出した一冊『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(斎藤環 ちくま文庫)。本書の終章で語られる、最も親密な関係としての人生のパートナーの大切さを語る部分以外において、驚くほどの相似性を見出す事が出来ます。すなわち、自分にとって安心できる状態を得る事が自己の確立にとって極めて大切だという事をどちらも指摘しようとしています(自我の確立と相対化)。その上で、本書に於いては無限大の相対化である神を相手として、その間を取り持つイエスと共に歩むという形を一つの解決策として示しているように思えますし、両書共にその先に人と交わり続ける事の困難さを克服する為に必要な道筋を述べているように思えます(ぼっちの私には、どちらも耳の痛い話が満載、なおかつ正論なので苦痛の極みではあるのですが)。

今月の読本「外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)生物多様性の対極にある西の島国から発する、人が為す意味付けの反意

今月の読本「外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)生物多様性の対極にある西の島国から発する、人が為す意味付けの反意

最近特に話題となる事が多い、この単語。

我々の日常生活でも、気に掛けるシーンが随分あるかもしれません。

そのようなきっかけ、気づきを得た場合、我々が感じる感覚、感触が複数の人々の間で奇妙に同期したとき、大きなムーブメントとなって社会や行政が大きく動き出す時があります。特にネット社会と叫ばれるようになった昨今、そのようなムーブメントが巨大な力を得た時、言語的、物理的な暴力となって、制止出来ない暴走に繋がる事すらあります。

そんな時、複数の見解、カウンターとなる見解を持ち得る事は、物事を客観的に判断する際に特に大切な事。たとえ反対意見であっても、傾聴に値することには真摯に向き合う必要がある筈です。奔流の如く流れ込んでくる情報を捉える時に重要なのは、即断せずにより良く多く読む事。依然豊かな出版環境に恵まれた極東の島国には、多くの出版社と優れた翻訳者の方々が存在する事で、世界中の知識を母国語で触れられるチャンスがたくさん存在しています。

今月の読本は、そんな時にカウンター的な見解を大上段に掲げて論争を挑んだ、ある英国の植物学者が2冊目として上梓した、イギリス人らしい、物事を見る、考える側面を痛烈に突く一冊のご紹介です。

外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)です。

邦訳題名より、よほど原題の方がその内容を痛烈に表しているようです(邦訳:ラクダは何処から来たか。答えは北米原産で、自然繁殖しているのはオーストラリアのみです)。

本書は、2011年に雑誌「ネーチャー」に掲載された論文「生物を出生地で裁くなかれ」を執筆した18人の共同研究者を代表して、英国シェフィールド大学で教鞭を執る著者が、一般向けにその趣旨を、敢えて対抗する議論へぶつける形で執筆した物です(なお、前述の論文を発表した直後、実に141人の研究者が連名で反論の書簡を発表したそうです)。イギリス人らしいウィットと厳しいジョークが最大限に似合うであろうテーマ構成、文体がこれでもかと続く本書を読み抜くには、そのページ数を含めて(本文288ページ)、ナイーブでせっかちな、更に読書時間も限られている日本人にとって、たとえ手に取ったとしても読み抜くにはかなりハードルが高い一冊かもしれません(訳書であるという点も加味すれば尚更)。更に、読者がこのテーマに期待する何らかの結論について本書は一切語ってくれないどころか、その期待する結論なるものを読者が安易に持たない事を著者は切実に望んでいます。

ではなぜ、このような暴論を企てるような一冊を送り出したのか(正確には2冊目)。それは著者の経歴を考えると良く判ります。著者の専門は植物学で趣味はガーデニング。良く知られているように、徹底的な環境の人為改変が進んだため、世界で最も在来種が少ないとされる(約1500種、高尾山の一つでそれを遥かに上回るとよく比較されます)島国、英国。その反動として、自然保護政策や在来種管理では世界的に最も進んだ政策を展開しており、更にはそれらに携わる研究者の数も他国を圧倒しています。そのような環境で教鞭を執り、庭園を愛する著者があらゆる事例を通して述べていく事、それは所謂外来種による影響と言われる一連の研究結果やデータ、マスコミ等で伝えられる報道の大部分が、アイコンとしての外来種に囚われ、短絡的に着目しすぎているという点を明確にするためです。

まず、著者は外来種に対する最もインパクトのある活動である駆除について、孤島やサッカー場程度の面積までであれば効果があると認めますが、それ以上の範囲に広がった外来種を駆除することは現実的にも経済的にも不可能であると述べていきます(それ以上の範囲で行った駆除効果と環境変化とを分離して評価する事は出来ないと)。更に、人為的な駆除の限界を悟った場合に導入される外敵の導入による撲滅についても、単純な確率計算上の結論同様に、導入した場合の16%については定着に成功する可能性があるが、その場合でも撲滅は出来ず、せいぜい共存する程度であると明確に突き放します。つまり、一度入ってきた外来種を人為的に駆逐することはほぼ不可能であると看破します(それでも膨大な資金と安全性評価の時間を投じて、日本から外敵種の導入を図る実験を進めている例を紹介します)。

一方で、その侵入から定着についての視点も明確に述べており、大英帝国時代に世界中にまき散らしたヨーロッパの動植物の導入記録(従って、年号まで確定できてしまう。ヨーロッパ内での移植種でも同じ)から、100個体未満であれば定着がおぼつかない一方、それを越えると、適当な環境が存在すれば確実に定着が進むと指摘します。また、導入を伴わない侵入の場合、その種の遺伝的多様性は極めて貧弱であり、適応出来た場合は一気に増加する一方、何らかの阻害要因が生じた場合には一気に減少に転じるという、増加と減少の特異性(中にはナミテントウのように、パージングという小個体群特有の超越法を具えている例も)が付きまとう点も指摘していきます。

これらの動物、植物学的な定着/放散過程について、専門家としての明確な視点を与えていく一方、本書はより根源的な外来種の問題点を指摘します。

それは、外来種と枠組み付ける物が何処まで行っても「人為的」選択の結果である事。在来か外来かの定義は全く以て後天的(イギリスの場合は15世紀以降、アメリカは物凄く判りやすく、コロンブスの「発見」1492年で線を引く。日本ならさしずめ、ペリー来航でしょうか)であり、生物学的な論拠とは言えない点。在来種より目立つ事、その特性として一気に増えるために目立つ事、自国原産、「在来」種というその地に住む人々の感性で容易に変化する枠組みである事。経済性を阻害する種である事(これは雑草や、漁獲、養殖を阻害する種であれば、在来種ですら容易に外来種と曖昧になる)。それが、人為的導入種であれば、その益害(当初の想定を逆転して害が上回ると判断された場合は更に)によって簡単に逆転してしまう事を示していきます。

更には、これらの外来種の在来種への影響について、多くの事例から生物多様性との相反に基づき、2項対立で評価を行う多くの外来種の影響評価には誤りがあり、環境系全体で俯瞰した場合、外来種が他の種類の植生を圧倒するのは一時的であり、その後の植生は多くの場合、外来種が侵入する前より豊かになる(特に外来種が侵入する様な脆弱な環境では)点を採り上げて、外来種の問題も、逆の立場となる在来種の場合でも、その種を用いたスケープゴートとして祭り上げている点に強く警鐘を鳴らしていきます。この議論を推し進めた先に、過去に環境が殆ど人為的に改変された英国らしく、在来種が本当に絶滅の危機に瀕しているのであれば、それが地球環境の変化によって生じる大きな変化の過程で生じていると判断できるのであれば、現在の生息場所に拘らず生息可能な場所へ人為的に移植することを否定してはならないと、その適用可能性の例までも示します。

著者は『沈黙の春』やダーウィニズムを採り上げて、それらに逆行する様な外来種を魔女狩りのように駆逐するために膨大な資金と労力を投じ、人為的な区分によって作られた在来種だけを囲い込むように保護する活動や、それらに対して学術的に不均等な示唆を与える事に対して、リンネ、ダーウィン以降が積み上げてきた自然科学に対する逆行だと強く非難し、我々は外来種の侵入を予測制御できる「聖杯」などを手にする事は出来ず、生態学に過剰な期待を持つことを止めてほしいと、研究者への過大な期待を持たれる事すらも拒否します。

あらゆる事を拒否してしまう本書。では、著者の本当の想いは何処にあるのでしょうか。

それは、要所要所に伏せられていますが、かつて世界を蹂躙した英国人だから立ち得る境地。外来種がはびこる場所、外来種が辿るルート、そして外来種を駆除しようとする場所。全てに於いて、其処に人の存在が介在している点です。ネイティブアメリカンが入植者たちが通った道筋を称して「白人の足」と呼んだように、ミツバチを「イギリスの羽虫」と呼んだように。人によってもたらされた自然の改変を、果たして人が御し得るのか。それが如何に難しい事かは多くの事例が示していますし、本書に於いても外来種の駆除の殆どが無駄に終わる点を明確に示していきます。その一方で、本書の原著題名に示されるように、著者が指摘するように、古生物学における知見から行けば、人が有する時間軸が変化として捉えている事象はスナップショットに過ぎず、環境の激変と捉えられる事象も、捉えらた時点における過程の微分を述べているに過ぎません。森林更新に極相がある一方、極相自体も時に一斉に更新される事は既に指摘されており、そのスタート時点において最も優勢なのは、外来種や在来種という枠組みではなく、極限的な環境に適応した先駆種であるに過ぎません(これは山の崩落地に落葉松がしがみ付く様にヒョロヒョロと育っている様子を見た事があれば、容易に理解できるはず)。そのような人為的な環境破壊を含む極限的な環境、更には農地やコンクリートで固めた護岸など限定的な環境に、人と一緒に(靴や衣服、作物種子を媒介に)渡ってきた外来種が優先して優勢となるのは当然であり、これを以て外来種が悪で、在来種が正であるという2元論は稚拙であるという点を、しっかり理解して欲しいという想い。

人がその営為を為す限り、その活動に付いてくる外来種の放散は決して止まらず、一度侵入した外来種はその環境の中で多様性の一翼として調律されるまでは、人為的な放伐はほぼ無力である事を明白に示し、その上で、過剰な発言や偏向、無意味な対策への浪費に対して、例え研究者が相手であっても、厳しい警鐘を鳴らす本書。

著者が願う、外来種の問題をより深く議論するテーブルに着くためには、イギリスの皮肉たっぷりに、黄金の時代にしがみ付いたと称する、時代が造ってきた時計の針を逆戻りさせるのではなく、もう一つの得意である、スコッチのようにじっくりと時をかけて、まだまだ数多くの議論と検証を闘わせ続けなければならないようです。

誰もがその議論に振り回されないよう、しっかりとした足腰を鍛えるための一冊として。

 

<おまけ>

本書に関連する書籍をご紹介します。

今月の読本「列島を翔ける平安武士」(野口実 吉川弘文館)遥か九州から武士の勃興を眺める時、その世界は京・東国を飛び出し列島を駆ける

今月の読本「列島を翔ける平安武士」(野口実 吉川弘文館)遥か九州から武士の勃興を眺める時、その世界は京・東国を飛び出し列島を駆ける

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館さんの「歴史文化ライブラリー」3月の新刊は、これまで多数の中世武士、特に東国の武士たちを扱った一連の研究と著作で知られる野口実先生の最新作からご紹介します。

今月の読本「列島を翔ける平安武士」(野口実 吉川弘文館)です。

まず、あとがきに目を通すと、著者の中における本書の微妙な立ち位置が言及されています。一度は完成した原稿が暫く日の目を見なかった事、最終的に著者の奉職先であった京都女子大学を退任された後の上梓となった事、更にはその記述には著者の研究者、教員としての生活に於ける様々な想いが込められている事。

既に著者の作品を読まれた事がある方であれば、その感触は判ると思います。千葉に生まれ、房総平氏の研究でも知られる著者のスタンスが、同時期の研究者の著作と比べると極めてニュートラルな立場を採っていた点に気が付かれるはずです。既に過去のものになりつつありますが、草深い東国の開拓農民から勃興してきた野蛮で無学な武力が、軟弱な京の公家社会を刷新して、新たな大地たる東国、鎌倉に清冽たる新政体「幕府」を築き、中世の幕が上がるという、私が学生時代には依然として通用した視点に対して、明確にそれを正す方向での著作を上梓され続けた点です。但し、このような点を採り上げると、ではやはり京都に拠点を置かれているから、所謂体制論的な立場なのですかと問い返されそうなのですが、そのような体制論であったり王権論とは一線を画した立場で議論を進める点が、著者の論旨の大きな特徴ではないかと思います。

本書はそのような大きな歴史論(体制論)に固執することなく、出来るだけ史料から読み解ける、実際の登場人物たちの動きからその流れを読み解こうとしていきます。従って、表題と異なり本書を通貫する様なストーリーであったりテーマが明確に設定されている訳ではありません。特に人物を離れて京都七条町の職人集住に関する記述は、全体のテーマから見ると大分かい離が認められますが、著者の提示しようとするストーリーを彩るためにはどうしても必要な内容だったようです。

著者が描こうとするテーマ、それは石井進氏の前述のような体裁の色濃い「辺境としての東国から勃興する」とする歴史展開を乗り越え、下向井龍彦氏の著作(日本の歴史07 武士の成長と院政 講談社学術文庫)にもみられるように、中央から下向し、その貴種性と地方の反乱を鎮圧する為に乱発された勲功賞で得た権能を加える事で、在地との強い絆と利権を築きつつも、引き続き中央での関係を維持しつつ勢力を積み上げていく、武士の姿を描く事にあります。

そこには、草深い無学の輩等ではなく、権門の家使としての側面と、在地における所領管理、いざという時には国衙の兵力や私兵を従えて戦闘に挑むという、極めて実践的な能力が試される、中央での出世には見放されたとしても、実務能力が極めて高い人々が集っていた事が判ります(本書の冒頭で描かれる藤原保昌のような簒奪者や、為朝のような正に暴れん坊ももちろん居ますが)。そして、本書で著者が最も描きたかった点。これまでの「東国」中心の武士研究に対して、前述の視点を相対化させる行為。東国の武士研究でも中核に位置した著者自身が、本書の成立に至るまでの20年近くに渡って取り組みを続けた模索の結果としての、九州、特に島津荘の成立と拡大における武士の動きと貿易の痕跡を現地で研究を続ける研究者と交流を図る事で、東国と京都という二元的な視点、又は、大宰府-京/福原-平泉という公家文化に対抗する東国、鎌倉の武家という対峙系とは異なる、より普遍的な武士の成長に対する視点を導き出すことです。

著者はこの視点を実証する為に、敢えて自らの長い研究テーマでもあり、如何にも東国武士の代表である千葉常胤を採り上げ、源平合戦における源範頼を支えながら転戦した九州における戦歴とその転戦地に設定された地頭職の成立、更には京都に戻った後の治安活動や、鎌倉に居を構え全国に広がった所領を管理する都市型領主となった後の千葉氏の活動を通して、名字の地たる在地にしがみ付く東国武士というステレオタイプを明確に否定していきます。

そして、九州の南端に構えられた島津荘を中心とした、摂関家の金城湯地となった南九州。この島津荘を始め肥後、南九州を席巻した為朝の所業を荒唐無稽と一刀両断することはせず、それ以前から下向していた薩摩平氏(平安武士という言葉と併せて本書で初めて出てくる呼称でしょうか)達による、東国と同じような騒乱が生じていた事を紹介していきます。結果として、それらの鎮圧を担った勢力が、東国同様にその後の武士として勃興していく事は論を待たないかと思います。列島の南北で勃発した反乱とその鎮圧。大宰府を舞台にした刀伊の入寇。これらの鎮圧に伴いもたらされる勲功による栄爵を纏っての在地への定着、国衙官職を含む利権化の流れは東国だけに限定して起きたわけではない事を遥か南九州の事例を示す事で明確化していきます。

在地化と足並みを揃えるかのように肥大化する南九州の荘園群。その成立以前に遡って、王朝国家内での摂関家の勢力推移を重ねる事で、時代が下がるにつれて極めて重要な収益源、貿易拠点として成長していったことが示されていきます。当時の交易品として極めて重要であった火薬の原料となる硫黄が取れるこの地が、大宰府、神崎荘と並ぶ海外、特に南洋貿易の拠点であった事を発掘成果から明らかにし、南洋特有の檳榔、螺鈿がこの地から京、そして平泉に至ったと考えられると述べていきます。勿論、平泉からはその代わりに、知られているように馬、黄金、そして海獣や毛皮や猛禽類の羽など武具として、交易資金として必要な物資が送られる訳ですが、ここで著者は東国における近年増えてきた中世期の遺跡発掘事例や、前述の千葉常胤が滞納していた貢納を一度に納めた際に積み上げた膨大な量の金を以て、これらの平泉文化に付随する王朝国家的な文化が東国やその交易路をスルーしてピンポイントに平泉に花開いたという、王朝国家の一種理想郷を平泉に見出し、東国、武家の文化的な低さを殊更に指摘する視点に対して明確に否定を示し、その交易路においても、同程度の文化的な浸透があったはずだとの認識を示していきます。

その上で、京を情報や文物ネットワークの交差点と見做し、京を起点に全国に向けて下向し、代を重ねつつも、色々な事情を以て武士としてこの地を行き交う事となった人々のネットワークの動き、悪い言い方をすれば欲望の離散集合の頂点に源平合戦があったと見做していきます。

京都で奉職し、第一線を退いた直後で上梓することとなった本書は、東国武士の研究者としての一方の史観と、自らが在する地におけるもう一方の史論に対する双方の疑念を九州の地に視点を置く事で、ネットワークという新たなテーマ設定によって相対化、より普遍的な視点を見出すことを目指した一冊。冒頭で述べたように各章ごとに別々の登場人物が語られるため、小テーマを集めたやや散漫な印象を受ける部分もありますが、昨今の地理学を組み合わせた繋がる歴史著述に対して、これまで培ってきた豊富な研究成果より具体的な視点を与える著述は実に楽しく、史論で語られる著述では欠落することが著しい発掘成果による史料補完への言及と併せて、中世の入口となるこの時代の著述がこれから更に発展していく事に期待を持たせる一冊です。

第一線の教壇から下る事で、今後は研究、著述により一層の注力を図る事が出来るであろう著者の更なる一冊に期待しながら。

<おまけ>

本書に関連する書籍を、本ページよりご紹介します。

今月の読本「シリーズ古代の東国1,2」(若狭徹、川尻秋生 吉川弘文館)考古学と文献資料が交差する時、古代から続く尚武の地、坂東・東国の輪郭が浮かび上がる

今月の読本「シリーズ古代の東国1,2」(若狭徹、川尻秋生 吉川弘文館)考古学と文献資料が交差する時、古代から続く尚武の地、坂東・東国の輪郭が浮かび上がる

毎年、意欲的に新たなシリーズを送り出してくる吉川弘文館さん。

本年も、既に「天皇の美術史」が各方面で話題となっていますが、その陰に隠れてしまってちょっと存在感が薄くなってしまったシリーズとして「古代の東国」全3巻が刊行されています(刊行中です)。

これまでになかった通史としての東国の古代を扱う、東国の歴史ファンとしては待望久しいシリーズ。山奥の為に遅ればせながら何とか入手して読み続けていましたが、シリーズが2巻までで一休みとなったこのタイミングで少し纏めてみたいかなと考えています。

今月の読本は2巻セットでご紹介です。

古代の東国1 前方後円墳と東国社会」(若狭徹)と、「古代の東国2 坂東の成立」(川尻秋生)です。

このシリーズ、編者となる2巻の著者である川尻秋生先生のシリーズ巻頭辞を読むと、極めて特徴的な位置づけを狙っている事が判ります。まず、中央からみた地方という視点に拘ることなく、あくまでも「東国」の古代史を叙述する為に必要なアプローチをとる事を明確に示している点。そして、古代史故に絶対的に限界のある文献資料、特に文献を残せた側の視点を補う事を目指した、著者グループ全員が考古発掘にも精通し、博物館の展示に携わってきた経験を最大限に生かした叙述を目指す事を明確に表明している点です。

その結果、本シリーズはこれまでの教科書などで扱われる古代史の切り口とは大きく異なるアプローチ、視点を読者に与えてくれます。北関東を中心に展開する古墳の年代評価や出土物、特に豊富な地図による解説を加えた古墳の分布の年代推移を見ていく事で、その後の東山道経由による中央との結び付きを明確に認める一方、出土物の状況から、中央政権と見做せる倭王朝から遥か東方に離れた地でありながら、半島との直接的な結び付きや、直接半島に出兵し、倭の五王の時代には半島からの来訪者の集団が既に定住していた可能性すら見出していきます。東夷として制圧される、後進的な地域ではない、同時代で同じような規模の古墳群を有するのは東国以外では極僅かで、その規模も、副葬品も強く倭王朝の影響を受けながらも、独自の様式も保持していたと見做していきます。残念ながら、この時代では文献資料と出土物が交差する個所はほんの僅か。それでも、考古学が得意とする膨大な様式年代検討に基づき、僅かな接点を見つけながら、記紀の神話をも援用しながら、その先に考古学特有の雄弁な議論を展開していきます。その議論の先には、国内でも極めて稀な古代碑が残り、先進的な仏教寺院の造営や戒壇の設置に見られる、後の時代に現れる下野の先進性の起点が既に古墳時代にあった事を示唆していきます。

著者達が最初に認める東国の姿、それは武勇を以て倭王朝と提携する関係を構築した部族が旧河川筋に勃興、競合していく活気あふれる大地。現代より大幅に広かった低湿地と頻繁に変わる流路、浅間山等の火山噴火によって目まぐるしく変わる地勢の中で、拠点を移ろいながらも巨大な古墳群を残せるだけの実力を有していた事を膨大な発掘成果から見出していきます。その形式は確かに倭王朝から許された形式の模倣であったかもしれませんが、実際に構築する実力を有していなければ実現できないもの。精巧な埴輪や馬具、武具、そして南東北まで伸びる出土物の傾向から、既にこの時点で更にその北に居住する人々との交流、相互の進出があった事を見出していきます。

倭王朝に従属する形ではなく、緩やかな提携と受容の関係にあったと見做す1巻から、中央政権側の文献資料が見いだされはじめる2巻に入るとその枠組みは微妙に変化していきます。シリーズの編者である著者が冒頭でそのような視点に対して「二つの東国像を克服するために」と題したプロローグを用意して議論の帰着点を探っていますが、本シリーズを読まれる多くの皆様にとって、この論考は最も興味を引くのではないでしょうか。3巻の刊行を前に少し前倒しに結論めいた記述もありますが、歴史が好きな方、特に東日本に住まわれて、その地で歴史教育を受けてきた方なら誰しも疑問に持たれる点について、実に示唆的な提示が行われていきます。

蜜月時代と述べる奈良時代迄の東国と古代王朝との関係。その関係にはやはり前時代と同様に特別な関係があったと見做していきます。下野を中心とした先進的な仏教の受容や武蔵に至る大路の構築も、白村江の戦い以降の半島亡命氏族の影響や入植や古代王朝側から見た統一的な中央集権国家の施策と見做す一方で、西国との比較で、更にその先に広がる辺境へ対する入口としての古代王朝の威勢を見せつけるために整えられたとの見解を示していきます。その推移は防人と北方政策の重点がお互いに入れ替わるように行われていく点からも認められるようです。

北方と西海の双方に武力を以て仕える東国。坂東と呼ばれた地域の特異性を見出すために、著者はその研究フィールドである安房国の成立と記紀に述べられる神話を援用しつつ、古代王朝にとって貢納を受ける場所、つまり直轄地ではなく祭祀を併合した地としての特異性を含み続けていたと見做していきます。古代王朝にとって辺境の入口にして兵站基地という、植民地的な様相を示す奈良時代の坂東。古代王朝の影響も強く受け、国分寺や国分尼寺の改築と伽藍配置の方位性から、より中央からの統制が強まっていく事を見出す一方、在地支配、国造や地方豪族の影響が強く残る東国出身者が逆に中央政権に采女や官吏として進出していく様子を文献資料と発掘成果の突合せから認めていきます。中央集権で語られる事の多い中、依然として豪族同士が牽制しあうような状態であった東国に対して、古代王朝が牽制、掣肘をした影響を古墳群の展開から見出し、徐々に増え始める文献資料と木簡などの発掘資料が偶然の交差を認め、列島を東西に動く東国の人々の驚きのストーリーが浮かび上がる時、考古学の醍醐味を味わってほしいとの著者の筆致は鮮やかに躍動します。著者の東国、坂東への想いの筆致は更に、平城京に集まる物資の記録や正倉院に残る品々や貢納物の規定から、坂東から送られた貢納物が決して遅れた産物ではなく、それらの生産を可能とする技能集団の存在や祭祀の面での東国の特異的な立場を改めて拾っていきます。

膨大な発掘成果と、文献資料とのたゆまぬ突合せが生み出す、古代東国を豊かな描写で紡ぎ出す本シリーズは残す所あと1巻。文献資料が大幅に減少し、歴史の空白点ともいえる平安初期に突入していきます。果たして自立する東国が頭をもたげていくのか、それとも中央集権の先兵として北へ北へと押し進む姿が描かれるのか。更には2巻でそのアウトラインが示された東国の姿が、実際にどのような形で中世に引き継がれていくのか。最終巻を楽しみに待ちたいと思います。

<おまけ>

関連する書籍を本ページよりご紹介します。

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

版元さんからの刊行案内が出て以来、心待ちにしていた一冊。

金曜の晩に漸く地元書店さんの店先(何時の間にか郷土本コーナーが店舗の奥の方に移っていて、危うく見つけそこなうところでした)で見つけて読み始めましたが、予想を超える素晴らしい仕上がりに、一気に読み進めてしまいました。

地方出版社の衰亡が続く中、まだまだやれる事はあると、意欲的な企画と、地方だから、少部数だからとの妥協を許さない丁寧な制作、編集。大手出版社さんにも全く引けを取らない美しい装丁を施した本を次々を送り出していく信濃毎日新聞社さんが、これまでのコンセプトを更に推し進める形で新たに送り出した一冊。狙ったようなインパクト重視でキャッチーな表題の裏側に描かれる、本当に版元さんの良心に溢れる一冊のご紹介です。

信州の縄文時代が実はすごかったとう本今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

本書の著者、藤森英二さんは、八ヶ岳の東麓、北相木村の考古博物館で学芸員を務めながら、主に長野県下の縄文遺跡に関する研究に従事する研究者。このお名前をご覧になって、本書にご興味を持たれた方はピンとくるのではないでしょうか。縄文研究に大きな足跡を残し、今に至るまで学界において議論を呼び続ける、ある意味において、日本の古代史の視点が世界的な考古学の流れと決定的な違いを見せる結果となった論考を残した人物。在野の考古学研究家と呼ばれた、縄文農耕論を著した藤森栄一氏に繋がる方です。

こう書いてしまうと、まるで縄文農耕論の継承者が描く、本格的な縄文文化論が展開される本のように見受けられてしまいますが、さにあらず。更に言えば、このような紹介自体、あくまでも本書を売り込むためのセールストークのようなものであり、著者の意図する所とは異なっている事を予め述べておかなければなりません。

本書が本当に素晴らしい点、それは八ヶ岳西麓に広がる縄文遺跡をテーマに、学芸員とモデラー(掲載されている写真のフィギュアは全て著者の自作です)という、二つのキャリアを存分に注ぎ込んだ、美しくも丁寧に纏められた、ページの上に描かれる縄文ミュージアムを見事に作り上げた事です(注記:信州と表題されていますが、前述のように八ヶ岳西麓がメインテーマです)。

信州の縄文時代が実はすごかったという本巻末に掲載された多くの協力者の皆様の手助けを受けながら、信州の息の長い学研的な伝統が培ってきた研究者の系譜に連なる著者(出身の明治大学において、戸沢充則氏の薫陶を受けています)が、その中心地からほんの少し離れながらも息吹を肌身に感じるであろう八ヶ岳東麓から俯瞰する、数千年に渡ると云われる八ヶ岳高原で大繁栄した縄文時代の主要な研究テーマを丁寧に解説していきます。

執筆協力の皆様によって集められた美しい画像や、良く錬り込まれた豊富な図案。著者自身の制作によるフィギュアによる美しくも可愛らしいフルカラーのページたち。ページに添えられたキャッチーなフレーズを眺めていると、一見して小中学生向けの所謂副教材ではないかと思えてしまいますが、それは大きな誤りのようです。低年齢向けの語法はあえて避けて、一般の読者を想定した文意と、博物館等の刊行物では当然の配慮である、時代感の指摘やキャプション、補記への配慮は、正に本書が学童向けの入門書に留まることなく、より広範な読者、好事者、歴史ファンの皆様に向けて書かれている事の証。多くの皆様が感じているかもしれません、大好きな博物館、美術館を訪れた後、この感動をそのままに収めた一冊の本が欲しいと思う感触そのままに、本書は仕上げられているかのようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そのテーマ故に入門書としての体裁で纏められていますが、要所に書かれた内容は最新の学術成果も盛り込まれています。本書を読まれる方であれば、一番気になる点についても、最先端の圧痕法(レプリカ法)による知見が盛り込まれており、この一冊で最新の縄文研究の一端に触れる事が出来るように配慮されている点は、更に嬉しいところです。著者はあくまでもこれらの議論に対して、距離を置いた発言をされていますが、その検証手法の発展と新たな知見が現れる事を密かに期待されているようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そして、八ヶ岳の裾野に広がった縄文時代の遺跡で繰り広げられた物語について、考古学的成果から俯瞰していきます。特異な文様を持った縄文土器の分布と伝播、八ヶ岳の縄文文化を象徴する二つの国宝土偶の物語(二つの間の時間軸的な断絶についても)。そして、発展を支えたであろう豊かな生産性と、交易物としての黒曜石からみる、海をも超えて東日本を広く包み込む、広範な縄文人たちの移動する姿。これらの内容は博物館でじっくり見たつもりでも、改めて本という形で眺め直すと、別の見方が生まれて来るようです。そして、現代に生きる私たちもその大きな流れの中で生きている事を実感させられる、縄文海進とあれほど繁栄した八ヶ岳西麓に生きた人々が残した痕跡の消滅。

ここから先は、是非現在の八ヶ岳山麓に訪れて、その息吹を感じて欲しいとの想いから、多くの類書では決定的に欠けている、各所に点在する博物館の展示紹介や訪問ガイドにページを割いている点は、本書が博物館関係者が著述されている点以上に、地元に在住する人間として、更には本書を通じてその地を訪れたいと思う多くの歴史ファンにとって、極めて嬉しい配慮である事を重ねて述べておきたいと思います(双方に於いて絶対的に断絶して扱われる事が多い、隣県の博物館に関しても、特段の配慮を以て記載をして頂いている点については、深い敬意の念を述べさせていただきます。八ヶ岳山麓は東西南北みんな一緒)。

SNSや著者のブログに残された刊行前のコメントを拝見すると、研究者のキャリアとして本を出すのが早すぎたのではないか、刊行自体に無理があったのではないかと悩まれている様子が伺えますが、そんな想いは多分杞憂だったと思いますよと、お伝えしたいです。

これまでになかった、八ヶ岳山麓の縄文時代を美しくも丁寧に綴られた読むミュージアムとして、多くの歴史が好きな方の机上に届けられることを願って。そして、今度のお休みには、その足跡を訪ねて美しく整備された博物館たち、史跡へ訪れてみませんか。

八ヶ岳ブルーの下で4

信州の縄文時代が実はすごかったという本

P1060493<おまけ>

本書に関連する内容を扱ったページをご紹介します。