今月の読本「サケをつくる人びと」(福永真弓 東京大学出版会)人と社会を重層的に描く、宮古・津軽石の地域史と近現代水産増殖歴史に霞む水面の向こう側

興味を持った一冊を本屋さんで拾い集めながら読み続ける日々の中。

今年最初の本は、表題を見て是非買って読んでみたいと思っていた一冊。しかしながら、その内容には大いに悩まされる一冊でもありました。

サケをつくる人びと今回は「サケをつくる人びと」(福永真弓 東京大学出版会)をご紹介します。

食べ物や生き物、特に魚類が大好きな私にとって、川と海を行き来する「脂鰭」を持った鮭・鱒の一族は特に興味を引く存在。特に鮭については、水産資源として重要なだけではなく、東日本、北海道(アイヌ)において民俗学的にも特異な存在にあることはよく知られているかと思います。

本州における鮭の多く遡上する場所としても知られる宮古、津軽石に幼少時代の所縁を持つ著者による、水産資源としての著述内容である事を匂わせる副題の付くこの一冊。書店に並ぶ一般書としてはかなり高額(6000円超)かつ、大型のA5版で本文も450ページを超えるという、昼休みと就寝前の数時間という限られた読書時間と、趣味のお小遣いの中から月々の読書代を捻りだす身としては、おいそれと手を出せる領域の本ではありません(買うの、辛かった)。それでも表題に期待する所が大であったため、本屋さんで手に取ってさらっと読んでみたのですが、これはちょっと苦しいことになりそうだという予感を秘めてレジに向かうことになりました。

魚類、水産学の本ということですと、読み物系であっても大抵は左綴じ右開きで横書きで書かれた本というイメージが強いのですが、本書はその版型には不釣り合いな右綴じの左開き、縦書きで綴られる、人文学系の書籍を思わせるスタイルを採っています。そして、綴られる内容も装丁の通り、人文系の視点に立った記述であることが濃厚に伝わってきます。著者は版元さんと同じ大学に所属されていますが、所謂学際領域と呼ばれる分野に属される方。その所属学部が標榜される姿のままに、近現代の東北から北海道における鮭の人工ふ化増殖の歴史的な推移を水産学から引く一方、国際情勢や政治的な背景を織り込みながら、ご自身にとってゆかりの地である、津軽石の地域史の中にある鮭漁、増殖の歴史というふたつのテーマをバインドしていきます。

本文中では江戸時代から現在へと著述は進められていくのですが、双方の物語が交互に描かれていくなかで、重複する内容が繰り返し語られ、時代描写もその都度巻き戻されて書かれていくため、記述内容が冗長でお世辞にも通読性が良いとは言えません。その結果、同じような内容が重複するたびに章立ての前後の関連性を繰り返し指摘す事となり、さらには著者が掲げるある種のビジョンがその都度文中で繰り返され続けるため、一冊を冒頭から読み進めながら、文章の流れや行間にある著者の意図や背景を認識したいという読み方を採るには煩雑過ぎて極めて苦しかったという事を述べておきたいと思います。

本質的には宮古、津軽石川を軸に置いた、鮭の増殖とその環境、周囲にある人々の物語へ近現代の水産増殖史を添えながら描くという手法でよかったと思われるのですが、あとがきにもあるように著者の指向性はそれを許さず、結果として著者は単線的な著述になったと述べていますが、地域史と水産増殖史の二つのテーマを著者のもう一つの想いで編み上げる、三つの物語が同時並行で描かれることになっています(さらにもう一本(いや二本でしょうか)の軸を置こうとしたようですが)。かなりのボリュームを持つ一冊である一方、二つの主軸(正確には三つでしょうか)がそれぞれに描かれていくため何とも消化不良な感が拭えない内容。その著述にも少し考えさせられるところがあります。

表題にあるような水産増殖としての長い歴史を有する、水産学や生物学的な鮭の物語を読んでいこうと思うと、どちらかというと当時の時代背景や社会的な要請、政治的な背景を描く(北洋漁業の転進と増大する鮭の増殖、ふ化増殖と対立軸に置く栽培漁業)事に力点が置かれている水産学、水産史、研究者の人物史としての内容。一方、宮古、津軽石を舞台にした江戸時代から続く津軽石川を軸に置いた鮭漁とふ化増殖の歴史。漁場としての川、湾内の漁獲権の争いから始まった遡上河川としての津軽石川の保全から、漁業者にとっての川の利権としての人工ふ化事業への傾斜。戦後の漁協の統合を通した宮古湾全体の地域史、人物史と描かれる内容は、近現代の水産増史へとバインドされる際にも、同じ内容が章立てで分断されてしまっていることもあり、登場する人々が大きく行き交う姿の背景を描く際にも折角の積み上げられてきた著述が生かしきれない、相互の連動性へ繰り返し繰り返し文中で指摘し続けなければならない、分離しがちな筆致に終始します。

そして、本書を読んでいてどうしても引っかかっていた点。前述の二つのストーリーを織り込むために著者が繰り返し述べ、最後に一章を立てて述べられる視点の向こうに映らない、主題であるはずの「鮭の姿」。

あとがきにも綴られる、多大な労力を掛けて津軽石で多くの方に取材された人物、地域史としての内容(ほんの少し民俗学的な視点も差し挟んで)。ご本人の研究分野である水産増殖史から浮かび上がる戦前、戦後の水産行政と急激なふ化増殖による、北洋から沿岸への水揚げのコンバート、そして社会学、倫理学としての学術的な視点。自然環境や社会性への問いかけと、その中でも人を介することなしに生きることはできないという、強い暗示を込めた漁獲物としての鮭へ対する永続性への想い。それぞれの著述に対して著者はまだまだ書き足りないことを訴えていますが、相対的に見ても一般書としては大きなボリュームを割いて書かれる本書。その内容は歴史的な推移であり、社会的な構造変化の物語であり、その中に生きた人々の物語。その枠組みの中にテーマを形作るはずの「鮭の姿」が浮かび上がってこない。もちろん、あらゆる場所で「鮭・鱒」という単語は用いられるのですが、著者がどんなに繰り返し述べられていても、それらは研究対象としての「もの」以上に読み手には映らない。著者が述べ続ける、人が介在することを前提とした「わたしたちのもの」という、漁業を描くとすれば当然とはいえある種独善的な視点。鮭と人という二項における片側、地域と人の推移、水産業としての時代要請、人にとっての環境や未来を描く姿へと想いを馳せていきますが、もう片方にある、水面の向こう側で人の手が介在されようが、環境が激しく改変されようが自らの生を以て生き抜き、自律的に変化してるはずの鮭・鱒の姿。彼らの変化をあまり捉えることなく、研究対象物「もの」としてのままで思考停止してしまっているように思えてならなかったのです。

本書の謝辞にも綴られている宮内泰介氏や農学ではない、食と農業史を標榜されて活発な執筆・講演活動をされている藤原辰史氏の著作に通じる視点を感じる、社会学、倫理学としての人文系の方々が読みたい、議論されたいと思われているであろうシナリーとビジョンを示される著者の筆致。彼らの学術的なスタンスがそうさせるのでしょうか、その内容にはテーマに置かれている「もの」に対する視点が余りに「褪めて」おり、人や社会、描きたいと願う人の未来の姿ばかりが浮かび上がってきてしまうようにも思われます。

地域史でも水産学でもない、著者の所属される研究分野である学際領域という姿が目指す内容、実際に本書で描かれる内容と、鮭と人との関わり合いを双方の視点から読んでみたかったと思う中で、その小さくないギャップに苛まれながらページを閉じた次第です。

 

今月の読本「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)先鋭と多様性、花卉ブリーダーが説く篤農家と育種家が手を携えて進む商品作物の未来

今月の読本「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)先鋭と多様性、花卉ブリーダーが説く篤農家と育種家が手を携えて進む商品作物の未来

本屋さんに魅力的なタイトルの作品が大挙して入荷してくる年末のシーズン。

じっくり読む時間が取れるとはいえ限られた読書時間の中、どれを読もうか何時も迷ってしまいますが、まだ仕事納め前だし、まずは軽めに新書でもと思って手に取ったこの本。軽めなその表題を裏切る印象的な一冊となりました。

日本の品種はすごい

今回は「日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語」(竹下大学 中公新書)をご紹介します。

副題を添えないと趣旨が判らないくらい、如何にも流行の表題の付け方ですが、更に綴られる内容はその表題からはかなり異なる印象を受けます。著者は元、大企業(キリン)の花卉育種部門を立ち上げられた方。現在は団体職員を務められていますが、社会人人生の大半を企業の「育種家」(ブリーダー)として過ごされた方。副題に表される「うまい」、即ち食用農作物(作物)のお話ともかなり離れた経歴をお持ちの方です。

花卉ブリーダーの方が何故に作物のお話をと、表題と副題を見ただけでは首を捻ってしまいますが、著者の執筆意図は明白です。その「うまい」作物たちの元を生み出す「育種家」と、商品作物として市場に送り出す事に尽力した「篤農家」達の物語を綴る事。

本書は、専門書籍以外ではかなり珍しい、農作物生産を影のように支える育種家と種苗メーカーサイドの視点で、商品としての農作物の発展を捉えていきます。

大学の研究者や公立の農業試験場関係職員の立場では忖度もあって書きにくい、作物の商品名(種苗品名)や種苗メーカーの名前をストレートに書くことを憚らない、種苗商品としての価値やその趨勢を統計資料や歴史的な記録から語りながらも一歩引いた視点で評価する事が出来る。同業者であっても育成する植物の種類が大きく離れる著者所以の視点で描かれていきます。

本書で紹介される「作物」たち。前半はジャガイモ、ナシ、リンゴ。世界的な作物と果樹、日本固有の果樹が取り上げられていきますが、何れも著者のブリーダー経験に近い分野。花卉ブリーダーに与えられる世界的な賞を受けた事もある著者ならではの、世界市場における農産品改良の歴史を見据えた視点を添えて綴られる内容は、同種の本でもなかなか語られない内容。農産物輸入自由化という外圧に抗し続ける、各地の農業試験場による効率的で収量が得られる品種への改良と、それを上回る規模とスピードで育種と配布を行う、日本のジャガイモ農業を支える柱石ともなっているカルビーの存在。江戸時代から続く果樹育成者達の品種改良への意欲は、文明開化を迎え、海外からの品種と改良技術の導入によって大きく花開く一方、研究者、育種家達が作り出した「作品」を、商品作物として作りこなして実際に収穫し、利益に結び付ける事が出来るようになるまで粘り強く向き合い続けた「篤農家」達の存在があった事を示していきます。

どんなに筋の良い品種でも、育種家と篤農家のコンビネーションによる成果が多くの生産者に受け入れられた時に初めて「農作物」に成り得る。更には彼らがどんなに良い品種だと思っていても、色味や食感、サイズと言った市場であるバイヤー、購買する人々のニーズに合わなければ「商品」として成功を収める事はない。企業ブリーダーとして育種の最前線に居た著者ならではの視点でその趨勢を綴っていきます。その上で、近年特に問題視されている農産品の原種流出に対して、日本を代表する世界的な品種となった一方、中国での生産量が日本国内の実に35倍にも達した「ふじ」を例に採り憤りを示しつつ、何故種苗法の改正が必要であるのかを論じていきます(ここで、育種家の皆様には品種交換という理論がある事を伺わせます)。

著者の専門分野の周辺に位置する前半から、後半は少し離れた作物へと移っていきます。ダイズ、カブ、ダイコン。伝統野菜としての品種や味覚、利用法を紹介する一方、前半のような育種家達、公立の農業試験場(ダイズの「エンレイ」(塩嶺ですね))の活躍の物語から、今や大企業となったタキイ、サカタといった種苗メーカーが送り出す種苗品種の話へと移っていきます。

著者が勤めていた企業がブームの後押しをした「だだちゃ豆」の栽培拡大。僅かにしか収穫されない「丹波黒大豆」に対して県外で大量に生産される同系品種たち。そして、僅か数%の生産にまで縮小した「三浦大根」に取って代った、西からの刺客「青首大根」普及の理由と、それでも満足しない、コンビニという名の巨大バイヤーの意向に合わせた「青くならない」青首大根の開発。伝統野菜と称される品種の中にも、数多くの品種が代替としてのF1品種へ入れ替わっている事を明示します(諏訪の伝統野菜、上野大根も、F1品種化する事で一定規模の品質/収量を確保している点は否定する事は出来ません。詳しくは本書も参考文献として用いている「地域を照らす伝統作物」(川辺書林)もご参照ください)。

商品であることと同義的に農家にとっての収入源たる農作物について廻る厳しい課題。安定した収量とブレの少ない品質、害虫への抵抗力と早生化の強い要望。時代と共に移り変わっていく顧客の嗜好、栽培する側の労力や収入、地力の維持。このお話に差し掛かると、当然のようにF1品種(雑種強勢)による種苗品種化の話へ進む事になるのですが、ここで少し興味深い点が著者が雑種強勢(F1)の農業分野における最初の適用例として養蚕と外山亀太郎を取り上げる点。養蚕に多少ご興味のある方であればご存知かと思いますが、著者は意外にも植物研究者達がその事を軽視しているのではないかとの指摘を添えています。

そして、F1品種を語る際に避けて通れない事象について、著者は二つの点を指摘します。まず、F1品種が在来品種を駆逐してしまうのではないかという疑念について、雑種強勢を生み出すためにはその親となる世代の多様性と精緻な育種技術こそが大事であり、在来品種の遺伝多様性の重要度を最も理解しているのはむしろ育種家達であると断言します。その上で、F1品種に嫌悪感を示す方々に対して、商品作物の価値を論じえない「アンチ」なだけだと評してしまいます。もし本書の副題を伝手に、伝統作物、品種への思いや育種政策に対する何らかの反論が描かれていると考えられて手に取られた方には失望を通り越して不満を呈されるかもしれない著述ですが、その原因が著者が指摘する在来品種がF1品種に駆逐される事へ危機感を感じているのではなく、著者が明らかにしているように、F1品種が精緻な栽培技術と豊富な原種のコレクションなくして作り出す事が出来ない、それ故に種苗を管理し提供する主体が公から民へと移る事に強い不安を感じているのではないかと…閑話休題

種苗家、種苗メーカーという主に作物の品種を作り出す側の視点で描かれてきた本書ですが、最後の1章はかなり様相が異なります。野菜という範疇にも捉えにくい「ワサビ」。伝統的な生産地においても、累代の篤農家であっても御し得る事が極めて困難、いえ、未だ作物として安定的な品種となっていないのではないかとの疑念を滲ませながらその推移を綴る著者。実際に現地の農家の方との話しを織り交ぜながら、その気難しさと不安定な品質理由について判っている範囲での技術的な見解を示していきます。その中で、著者の専門分野であるクローン育成苗を利用して農業分野外から参入した「海の見えるワサビ園」話の先に乱立したワサビクローン苗ビジネスの実態を添えて、農業生産者と商品作物に何が求められるかを冷静に見つめていきます。

著者の経験がふんだんに生かされた本書は、単なる美味しい作物の物語に留まらず、広くアグリビジネス、種苗ビジネスの一端を伝える内容を中軸に織り込んだ、新書という一般の読者に読まれる本としては極めて珍しい一冊。年々美味しくなる果物、野菜たちの裏側にある、ビジネスとしての商品作物創出という過酷な世界の中で、種苗家と農業を支え続ける人々が紡ぎ出すもう一つの物語を教えてくれるようです。

今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

11月を過ぎて冷え込んでくると、暖かい料理が恋しくなる頃。

白い湯気を上げる鍋の向こうに赤々とした足と甲羅が並べられる映像に思わず唾を呑みこんでしまう方(特に女性の皆様)は少なくないかもしれません。

主に、北陸から関西、山陰地方で好んで食されるズワイガニ。地域によって越前ガニや松葉ガニなどとも呼ばれ、この時期には初セリの話題がニュースで流れ、冬の間は各地からツアー客が水揚げがある漁港だけでなく周囲の温泉地にまで押し寄せるシーンがテレビなどで多く採り上げられますが、実はズワイガニが名物になったのは戦後も大分後の昭和40年代辺り。そのきっかけから現在の姿までを食文化史として綴る珍しい一冊が刊行されました。

今回ご紹介するのは「カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語」(広尾克子 西日本出版社)です。

著者はこの手の書籍では時折お見受けする経歴をお持ちの方。社会人としてのキャリアを長く積まれた後、大学(関西学院大学)に再度入学して今回の著作に繋がる研究に入られた方。生粋の研究者という訳ではなく、その筆致には一般人目線とでもいうべき研究者の方の著作にありがちな特定の概念に固執する感が薄い、現状を良心的に追認しつつもその経緯を学術的視点で検討していこうというスタンスで描かれていきます。

ライフワークだと称される、著者の大好物でもあるズワイガニの食文化史を研究する為に、会社人を辞した後に研究者の道へと入られた著者。略歴から拝察すると御年70歳の筈ですが、その筆致は大好きな事を語る方々によく見られる、その想いを伝える事の嬉しさが溢れ出ているかのようです(但し、其の味覚を知らない、ズワイガニに冷淡な関東人に対する、京都、大阪出身の著者にありがちな、やや見下した表現が繰り返される点は辟易させられますが)。

主にズワイガニを好んで食べる中京、北陸以西の方々に向けて書かれた感もある(版元さん自体も地元大阪に強い矜持を持たれているようです)本書、そのため通常なら最初から順繰りに読んでいく事が最も良い筈なのですが、無知で野暮な関東の人間にとっては第4章のズワイガニの日本史から巻頭へと巻き戻して読まないと、妙な偏見を生み出してしまう恐れが生じます。

即ち表題にも滲み出る、研究者としての著者の主たる論考となる、大阪都市部におけるズワイガニ食文化とその発祥としての「かに道楽」の存在が余りにも大きく捉えられてしまうため、冒頭に掲載されるその論考の要旨から読み始めてしまうと、食文化史としての地域性や広がりが、いち企業人の経済活動から派生して全て生まれたかのような誤解を生じさせる恐れを抱いてしまいます(それでも、関東圏にずっと在住する私にとっても、子供の頃からラジオのCMで聴き続けた「獲れ獲れピチピチ蟹料理♪」とその普及力が図抜けていた事は認めざるを得ません)。

水深の深い場所に生きるズワイガニを日本人が漁獲できるようになったのは、沖合における漁法に革命をもたらした刺し網漁が生まれた江戸時代以降(著者はその考察で、何故南方の魚であるシイラが一緒に描かれていたのかに疑問を挟んでいますが、シイラと沖合漁法の伝播性については「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)で論じられている内容)、食されていたのも比較的海岸から近い場所に限られていた事が判ります。そして、鯛などと同じく立派な姿が持て囃されたのでしょうか、当時から贈答品であった事を認めていきます。

本書を冒頭から読んでしまうと、独り「かに道楽」の存在を通して現在のズワイガニが西日本で普く食される事や、ややもすれば日本のカニ食文化を生み出したかの様にすら捉えられてしまいますが、本書を通してお読み頂ければ判るように、漁獲され始めてから実際に戦後の高度成長期に普及する段階に至るまでに、既に中部、西部日本海沿岸地域では、オスは高級な贈答用から少し鮮度の落ちた物はタラバガニの代用品としての缶詰材料として、コウバコガニ(メス)やミズガニ(脱皮直後のもの)は地元で安価に消費されていた事が判ります。

その上で、本書のメインテーマとなる、戦後の高度成長期に入った後に訪れた、関西圏の都市住人達に供された「日本海の名産品としての味覚、ズワイガニ」が生み出すイメージ戦略の物語が展開されます。

著者の主たる研究テーマである「かに道楽」による大阪、道頓堀を舞台にした、関西都市圏におけるカニ食の広まりと、その立役者となった料理法「かにすき」が生み出された背景(直接の考案者で板前だった方が、現在では同グループから暖簾分けする形で展開するチェーンの社長でかつ、チェーン店にとっては物量的に欠かせない北海道からのカニ調達を担っているという点も興味深いです)や、仕入れルートの拡大と技術革新による季節を問わないカニ料理の提供実現といったビジネス史としても興味深い内容が綴られていきます。

(大阪都市圏における)カニ料理文化を生み出したと言って過言ではない「かに道楽」の存在。著者はその先に西日本を中心に広がる、現代のカニ食文化の中核を担う「カニツーリズム」が存在する点を指摘します。

本書の中核をなす部分、社会人時代の著者の経歴(日本旅行に勤務)が存分に生かされる、生き生きとした筆致で綴られる、メインに据える柴山漁港を始め、福井から鳥取までの日本海沿岸で漁獲される各地の漁師、仲買人、名士と目される地元関係者、そして各地の宿泊関係者への精力的な取材内容からある事実が浮かび上がってきます。そのツーリズムの姿は現在のフードツアーで標榜される「地産地消」や「小さな経済活動」といった地域経済を支えるためのものというイメージとは全くかけ離れた「都会の経済資本とイメージ戦略が生み出した、作られた名産品の消費活動」であるという点です。

前述のようにその漁獲の開始時点から高級な贈答用として用いられた、姿形の映えるズワイガニ。高度成長期の経済成長の波に乗って高級志向を持ち始めた大阪圏都市住民の胃袋を掴んだチェーン展開されるカニ料理店で味を知った人々や、ディスカバージャパンをはじめとした、都市住人へ向けた地方への観光キャンペーンの切り札としてのズワイガニの存在が浮かび上がってきます。贈答品や地方出身者からの話などでズワイガニの存在、味覚を知った、美食で知られた人々は早くも戦前からその味わいを求めて地方へと下る事があったようですが、高度成長期に入ると、この手のテーマでは必ず引き合いに出される開高健を始めとする作家たちや著名人と称される方々が本や雑誌で度々紹介することで、本来カニ料理を全く知らなかった都市住人に対しての人気に拍車がかかったようです。更には前述の「かにすき」自体が、漁獲があった地元の料理法ではなく、「かに道楽」で食した来訪客の要望や、働いていた人々が地元に持ち帰った調理法(かに道楽の創始者自体が現在も但馬地方で盛業中の観光開発企業創業者の兄弟で、その一部門が当初の「かに道楽」)が定着したものであると指摘します。

此処までであれば戦後高度成長期の昔話なのですが、バブル全盛期を社会人として駆け抜けた著者の筆致は更にもう一歩踏み込んだ内容を綴っていきます。既に「かに道楽」が全国へと広がっていくタイミングで深刻な資源不足に陥っていた中部、西部日本海のズワイガニの調達難とコスト上昇を救った北海道とロシア(当時のソビエトも含む)からの氷冷、冷凍ズワイガニの存在。著者は当時はそのような事を気にする事は無かったと肯定的に捉えていますが、所謂カニツーリズムという存在自体が、当初の極僅かな期間を除いて、慢性的にこれら地域外や輸入品のカニを用いて物質的に補い(殆ど置換し)つつも、「目の前の海で獲れた冬の日本海の味覚」というイメージを繰り返し再生産することで、バブル崩壊後の現在まで、経済性という視点でその流れを定着させ、実質を伴わないという事実すら消費者に容認させていった事を、漁獲が無い一方で、世界から客を呼び込む日本を代表する一大カニツーリズムの拠点として再生した城崎温泉の例から示すばかりではなく、地元漁師たちやその資源を各地から集散させる仲卸の見解を含めて肯定する論調へと集約していきます。

本書の極めて特徴的な部分と言っていいかと思いますが、魚食文化を語る類書で示される地域性を重視した食文化史としての視点よりも、大きく観光経済論に寄せた論調で貫かれる本書。

結果として、地元で水揚げされた物でも、仲卸や(一瞬だけ語られる)日本人バイヤーが海外から調達するズワイガニでも味覚で劣る事がなければ同じズワイガニであるという、正に消費者目線としての発想を添えていきます。その上で、安価で量を追求する従来型のカニツーリズムは(実際に参加して)曲がり角に来ているとの認識を示すと共に、著者のようにその味覚に魅せられた「リピーター」が、家族ぐるみで代を重ねて(所得水準が上がって)通い詰める、提供するズワイガニにこだわる宿泊施設もまた存在する事を指摘します。

そのような議論は、近年のロシアによる輸出規制の強化に伴う調達難から生じる調達国の多様化に対する、地物回帰と価格の安いハコガニ、ミズガニへのシフト、地元で揚がるベニズワイガニ活用へと向かっている点を地元の若手経営者たちの発言から拾う一方、各水揚げ地におけるタグを取り付ける事による画一的な地域ブランド化と仲買人等の目利きによる品質の乖離に疑問を呈し、終章におけるTAPとIQに関する漁業者や仲買人からの疑念へ同意を示すなど、商品経済としてのズワイガニを存在の前提に置く、著者の研究に携わる経緯や取材対象に対する指向性を強く印象付ける内容が見受けられます。

研究へと踏み出した経緯そのままに「カニという道楽は珠玉の文化」とその姿を称揚して止まない著者による、やや傾倒的な内容に終始する本書ですが、販売やツーリズムといった消費を軸に特定の一漁獲種(魚じゃないですね)をテーマに深堀した極めて珍しい一冊。食文化の本として捉えるのにはやや躊躇いがありますが、経済系新聞社の出版物をイメージさせる、関西を舞台にした戦後の観光開発、フードビジネスの一側面を読むという捉え方をすればとても楽しい一冊です。

今月の読本「アルコールと酔っぱらいの地理学」(明石書店)呑む、酔う、呑まない事。そのベクトルを人文地理学の座標で示すコンパス

今月の読本「アルコールと酔っぱらいの地理学」(明石書店)呑む、酔う、呑まない事。そのベクトルを人文地理学の座標で示すコンパス

またしても不思議な一冊に巡り合ってしまいました。

テーマに惹かれたのは確かなのですが、果たして地理学で呑む事とは何ぞやと悩みつつ、内容を想像しつつ手にとって、読み始めたこの本。正直に言って、読みこなすのは非常に厳しかったです(未だに読み切った、という感触は希薄です)。

決して小難しい内容と言う訳でも、文章が難解と言う訳でもありません。共同訳者の皆様と、版元さんの粘り強い翻訳、校訂作業積み重ねの結果、一般書籍として充分平易で読みやすい内容となっているかと思います。しかしながら、その平易な文章で綴られた内容に、別の意味で苦しめられ、考えさせられる一冊でもありました。

今回ご紹介するのは「アルコールと酔っぱらいの地理学」(著:マーク・ジェイン、ジル・バレンタイン、サラ・L・ホロウェイ/訳:杉山和明、二村太郎、荒又美陽、成瀬厚 明石書店)のご紹介です。

原著は2011年にイギリスで刊行された、学術論文をベースに要約として纏められた書籍。冒頭に著者陣から日本語訳刊行にあたっての紹介が述べられていますが、のっけからそのスタンスに驚かされてしまいます。曰く、アルコール・スタディーズには地理学が欠落している、と。そのことを西洋、イギリスと北米を基軸とした文化圏に基底を持つ執筆者たちは、訳本と言う形で広く世界に対して訴え、議論を求めるきっかけとなる事を願います。

公衆衛生と社会学で語られる当該分野の学術的成果に対して、人文地理学者として内容への不満と検討の欠落を明確に述べた上で、その状況に乗り遅れてしまったことへの焦燥感を滲ませながら、人文地理学を用いた分析手法を以て、これまでの飲酒に対する議論の再検証を行い綴られる本書。その筆致は何処までも人文地理学者の視点、思考で貫かれているようです。

前述しましたように、平易な筆致にも拘わらず読みこなすのに長時間を要する事となった本書に通貫する、人文地理学という学問規範による視点。その範疇と視点の置き方が私が理解していた地理学の領域を遥かに超えている事に、驚きと戸惑いを受けながら読み進めることになりました。

テーマに対する地理学者としてのスタンスを示す序章と実際に地理学に相応しいセグメントの取り方となる、都市や田園をテーマにした1,2章。確かにイギリスと言う地理的遠隔性と社会構造に対してある程度理解が無いと読みにくい内容かもしれませんが、近現代史の一端や社会学的な知見をある程度お持ちの方であれば、決して初見でかつ驚かれる内容が綴られている訳ではない筈です。但し、その着目点が「呑む場所、環境」で貫かれているのは流石に地理学だなと思わせる点もあります。

しかしながら、3章以降はそのような私の理解、読み方を徐々に越えていく内容が綴られていきます。地理学のイメージに繋がる、位置や場所を示すアイコンを軸に語られていく事自体は変わりませんが、その場所が「ホーム」、即ち自宅での飲酒について検討を加えてく部分に入ると、議論の焦点は飲酒の行為自体や酩酊、忌避の検証へと移っていきます。

場所とも異なる、地勢とも地域とも異なる。コミュニティや個々人の飲酒/禁酒という行為を理解する為に、場所と言う基軸を越えて人文地理学が持ち出す手法、それは座標系のようにも見える飲酒という行為そのものを分解して空間座標的にセグメント化していく分別過程。

そのような印象を強く受けたのが4~6章で語られるジェンダーとエスニシティ、そして世代感への議論。共に飲酒に対して懸念や否定感、禁忌というセグメントを嵌められた領域に対して、その中で飲酒を行うという事、または飲酒を退ける事について、飲酒を行う場所やシチュエーションを重ねるように対比しながら、社会性や年齢までを含めてセグメントの中に割り付け、その狭間に落ち込んでしまう部分に対して着目すべき点を示す。

私の理解していた地理学と言う言葉が辿るイメージを大幅に逸脱する内容でありながら、著者達は全くそのようなそぶりも見せず議論を進めていく。そのギャップに苛まれながら更に読み進めていくと、決定的な一文に突き当たりました。

最終盤で語られる、凡そ地理学とは縁遠いテーマとも思える「感情と身体」。その中で、パブに集う老境の男性が抱く想いと繋がりを求める社会性という、如何にも社会学が扱う内容を分析する考察で語られる、

「アルコールがいかに多くの問題をめぐる感情の地理と関係しているのかを示している。」

感情の地理。果たして地理学とはいったい何なんだろうと、読んでいた本を机に置き首を振りながらふと眺めた、表紙の帯に書かれた「居酒屋の戦後史」著者で社会学者の橋本健二先生が捧げた一文、

「地理学は、人間の行動に関することなら何でも研究できる学問だったのだ。」

そのコメントを直視させられた一瞬。

本書をパブや居酒屋のような飲酒と呑む空間に関する概説書として捉えると見えてこない、人文地理学がどのような手法でどんなテーマに向かおうとしているのか、その学問分野に強い矜持を持つ著作と訳者たちが、飲酒と言うテーマを一端として地球の反対側にある呑み人の天国である島国に送り出した、自らの座標軸を示す一冊。そして、投網を手に大海原を漕ぎ進む船のようにも思えてしまうそのテーマの広がりの中で、進むべき針路を示すコンパスとして示された一冊。

場所を基軸にセグメントとして細密に空間化されたその検証手法に対して、飲酒と言う行為に対する、人々の意思、意識が重なり合う場所としての示唆的な全体像を捉えたいと思っていた私自身の想いと、著述される内容の折り合いに悩みながら。

巻末までぎっしりと綴られる著者陣、訳者陣の強い想い。その規範となる人文地理学が掲げる理論構築については判らないことだらけですが、その手法の一端を垣間見る想いを抱いた次第です。

まだまだ暑い日が続きますが、日が落ちて少し凌ぎ易くなった夕暮れ。そちらのカウンターで一杯飲みながら、もう少しお話を聞かせて頂けませんでしょうか。

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

今月の読本「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)これからも此処で。ライターから場外に飛び込んだ「しゃけこさん」が受け継いだ、商うこと、集う場所への想い

今月の読本「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)これからも此処で。ライターから場外に飛び込んだ「しゃけこさん」が受け継いだ、商うこと、集う場所への想い

New!(2018.10.21) : 本作の著者、佐藤友美子さんが10/20のTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」にゲストとして登場されたようです(いきなりカウントが跳ね上がったので驚きました)。只今、放送内容全文を閲覧する事が出来ます。こちらからアクセス。

 

<本編此処から>

いよいよカウントダウンが始まった築地市場の豊洲移転。

でも、豊洲に移るのは魚市場だけで、その周囲に広がる「築地場外」と称される海産物やそれを扱う人々が使う道具、空きっ腹を癒す食事を提供する店が立ち並ぶ一角は、新たに開設された仲卸が集積するビルと共に築地に残る事になっています。

魚市場の移転が大々的に取り上げられ、数々の関連書籍が刊行される中、ちょっと異色な「場外」を舞台にしたエッセイ。単なる魚河岸物語であればもう何冊も読んでいるので手を出さなかったはずですが、著者の横に吊るされたその姿に釘付けとなって手に取って読み始めると、実に面白い一冊。

今回は「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)をご紹介します。

著者は築地場外で鮭屋を営む女主人。でもその経歴はちょっと異色です。ライター家業に行き詰った先に偶然訪れた年末の築地場外。そこで買い物をしようとした鮭屋の忙しそうな様子に思わずアルバイトを申し出た著者は、その後30年の時を経て、代を継ぎ店の主として商売を切り盛りするようになっていました。時折見かける魚河岸のおかみといった経歴ではなく、店を委ねられた先代の女主人から5年前に入れ替わりで切り盛りを任された小僧上がりの著者。

本書の魅力は、雇われ小僧としての好奇心から覗く魚市場、場外の姿と、現在の商い人として生きる場となる場外、そして糧を与えてくれる鮭への想いの双方が等しく描かれる点。

賄のために歩き回った市場内で見聞きした事、美味しい魚の食べ方。時にあしらわれながらも多くの市場の人々から手ほどきを受けた扱い方のいろはを、そのまま自分の仕事の肥やしとしてしっかりと実に付けていく過程を、自らを振り返りながら綴っていきます。男社会の中でもしっかりと財布の紐を握りしめて帳場のど真ん中で店を切り盛りするおかみさん達に憧れ、魚の知識の無さを懇々と諭されたりもしますが、年月を経て今度は教える側の立場に立ち、市場の歴史を綴る事にもなります。遂には雲上の存在ともいえる生き字引と言うべき往年の旦那衆に話を聞きに行く事になりますが、その際にはライターとしての取材力が遺憾なく発揮されます(ちょっと失敗も込みで)。

ここまでですと普通の魚河岸繁盛物語。しかしながら本書が素晴らしいのは、後半から自らの商売である鮭のことを語り、更にはなかなか語られる事が少ない「場外」の歴史を教えてくれる点です。

東日本大震災を契機に、その扱う商材が送り出されてくる場所への想いからボランティアで被災地に通い始めた著者。その後、各地の鮭を扱う地元へ足を延ばし、普段は電話で、時には市場で顔を合わせる商いの源を届けてくれる漁師達、鮭ならではの美味しさを膨らませる加工を施してくれる人々の元へと足を運んでいきます。表紙で著者の横に吊るされた見事な枯れ方をした南部鼻曲り、震災を乗り越えてその干物を作ってくれる人々にまた商売が支えられている事を実感していきます。

そして、自らが日々商売を行う築地場外に秘められた意外な歴史。既に殆どが鬼籍に入ってしまった開設当初の事を知る方々から聞き取った話と、今は店の奥でどっしりと構える最盛期を知る親父さん、お母さんたちの話を聞きながら、この場所が佃の衆から始まり、日本橋だけではなく、全国から商いのチャンスを狙って集まってきた人々が築き上げた、皆が集う場所であることを再確認していきます。

最後に綴られる、大きな屋台骨である魚市場本体が豊洲に移った先の大きな心配。でも暖簾を受け継ぎ商い人となった著者は商売は戦いだと自らを奮い立たせて今日もシャッターを開けに店に向かいます。

ふらっと寄りかかったその場所で、送り出す人とそれを調理し、食す人の仲立ちとなる矜持を持つようになった30年の歳月の断片に、市場そして場外の歴史と自らの商売、商材への想いを込めて述べるエッセイ。きっと大丈夫、そこに人が集う限り、明日も商売は続く。

著者の手によるカラー写真も豊富に掲載された、築地市場、そしてこれからも残る築地場外、鮭の産地の姿を収めたガイドブックとしても楽しめる一冊。

本書に描かれる、市場、そして場外の歴史的な経緯、大旦那の方々への取材。その執筆には築地をテーマにしたテレビや雑誌、書籍等で頻繁に登場される、大物業会の職員であり、元博物館職員と言う著者と双璧を成す異色の経歴を持つ、築地での普及活動でタッグを組む冨岡一成氏の協力に大きく負っています。魚や市場の知識では師匠筋でも、本書では「しゃけこさん」こと著者には、その容貌からか度々「メカジキ君」と呼ばれ親しまれています。

今月の読本「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)憧れ続けた旨味を磨き上げる原点を南蛮貿易の先に追って

今月の読本「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)憧れ続けた旨味を磨き上げる原点を南蛮貿易の先に追って

日本人の味覚にとって、甘みは旨味とも評されるように、醤油と塩がベースの調味料に対してコクと照りを与える砂糖は、その入手が難しかった時代から今に至るまで、ちょっとした背徳感(お腹周り…)を持ち合わせながらも、憧れ続ける調味料、味覚だと思います。

そんな味覚の王様ともいえる砂糖ですが、お店で一般的に売られている上白糖がほぼ日本固有の物である事をご存知の方はあまり多くないかもしれません。砂糖をいっぱい使うイメージがあるアメリカ等で一般に砂糖と表現されるのはグラニュー糖。上白糖はグラニュー糖より甘味が強いことが知られており、精製後にわざわざ未精製の原料糖を添加しています。そして日本固有の砂糖としてとくに有名な和三盆。こちらも真っ白なと表現されますが実際には遠心分離で蜜を飛ばすグラニュー糖には及ばず、やはり転化糖成分が多いことが判っています。

日本人が愛してやまない旨味のカギが、他の西洋諸国と少し異なる点を追いかけ始めると、実は日本における製糖技術の歩みが見えてくることになります。

今回ご紹介するのは、その足取りと、僅かばかりに残った当時の製法を海外にまで追った貴重な記録を合わせて一冊にまとめた「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)です。

著者は大学で学術博士号を取得された南蛮文化の研究者。戦国末期から幕末の開国に至るまで、オランダや清の船舶で輸入される物資の多くが砂糖だったことはよく知られているかと思いますが、日本人が好んで購入した砂糖が、手間暇かけて精製した白砂糖より、精製の甘い粗糖や黒砂糖だったことが当時の貿易史料などから判ってきています。貿易相手のオランダなどにとっては安価な粗糖が高額な白砂糖よりはるかに高く売れるという、濡れ手に粟の構図が続く日本との貿易(だからこそ出島に押し込められてでも貿易関係を継続する価値があったとも)。もちろん日本にとって、特に貿易による銀の流出に悩む幕府にとって砂糖の国産化は是が非でも実現する必要がある重大テーマだったと言えます。

本書は、その砂糖の国産化にあたっての経緯を、主に幕府主導による国産化の先駆を担った、大師河原の名主、池上家に残った記録を軸に描いていきます。あの田村藍水(と平賀源内)が実際に試作を行った記録を含む、江戸時代中期から幕末にかけてのサトウキビの栽培から黒砂糖、そして和三盆に至る砂糖国産化の記録を丹念に追跡、鹿児島から幕府の手を経て、または民間で全国へとその製造方法が広まっていく足取りを史料で追える範囲で広範に辿っていきます。

この追跡過程で著者が疑問を持った点。黒砂糖についてはいずれも同じような製造方法で広まっていきますが、一方で白砂糖のほうは異なった様相を見せていきます。日本伝統の砂糖製造方法として紹介される、日本酒や醤油などの発酵醸造製品を作る際の絞り取りに使われる押し船を応用した和三盆の製法が確立する前段階。現在の遠心分離で蜜の成分を除ける方法を使わずに砂糖を白くする方法として、漏斗による重力で蜜を滴下させる手法と併せて、蜜を含んだ砂糖に土を被せると白砂糖が得られるという記録が出てきます。

俄かに信じられない、土を被せると蜜が混ざった糖蜜が白くなるという史料の記述。ここで著者は大阪、泉南という商業が盛んで温暖な気候を有する、しかも江戸時代に砂糖の生産が行われていたとう記録が残る場所における発掘成果から確かな証拠を得る事になります。縄文土器の深鉢の底を抜いてしまったような素焼きの土器。植木鉢にしては自立する事が出来ず用を成さないこの出土物を疑問に思った考古学者の相談を受けて現物を確認した著者は、遂に確信を得ることになります。これこそが糖蜜を重力で落下させる際につかう漏斗「瓦漏」に違いないと。しかしながら、出土物からはこの瓦漏と組み合わされたであろう土を被せたという証拠を得る事は出来ません。

著者のイメージが史料と発掘成果との間で交わる先に描かれる更なる物語は、南蛮交易のルートを追って海の向こうに飛躍します。著者の研究におけるスタート地点、ベトナム中部での調査旅行において、これら史料の内容および発掘成果とほとんど同じ砂糖の製法が依然として残っていることを突き止めます。南蛮文化研究者の面目躍如ともいうべき、当時の貿易から見いだされる砂糖の生産地であったベトナム(当時の交趾)。本書の執筆から19年を遡る当時、依然としてその製法を使い続けているという作業場で見せられたのは文献と発掘物にそのまま直結する内容。糖蜜を漏斗に入れた後、土を被せてその上から水で土を濡らして重力による水分の滲出によって蜜を鉢の底から抜き取って漂白する工程を目の当たりにすることになります。ここで著者は水分の滲出だけではなく、被せた土がからからに乾くまで放置し続ける点に着目して、藍水の残した実験の史料と照らし合わせた上で、毛細管現象によって蜜の成分が土に吸着されるのはないかとの仮説を述べていますが、当時のベトナムで行った再現例ではあまり上手く示せていないようです。

サトウキビを絞った目の前で煮詰め、漏斗に入れて、重力を頼りに何か月も放置して被せた土から染み出す水を使って蜜を抜くという手法自体、流石に現在はベトナムでも絶えてしまい、製法再現は不可能になってしまったようですが、その一方で従来の製法で作られた砂糖の風味をわざわざ再現する製品が根強く作り続けられていることを改めての取材で目の当たりにする著者。グラニュー糖に糖蜜を加えて擂鉢状の容器で溶かしてから改めて蜜を抜きながら固めるという、当時の製法の雰囲気までも再現して同じ名前で売られるドン・ムンと呼ばれる砂糖の塊。そのまま食したり、料理の材料として使われるようですが、そのこだわりを見ていると、日本人も上白糖という名称を付けて、わざわざ工業的に蜜を含ませた砂糖を日常的に使い続けているという事実を思い返してしまいます。

日本人が愛して止まない旨味を作り出すハーモニーが、当時の作り方から営々と私たちの舌を捉えて離さない点に少し驚きながらも、丁寧に探求された記録からその驚きの製法の原点にまで辿ることができる魅力的な一冊。版元さんらしくあくまでも史学として纏められた内容ですが、歴史が大好きで食にも興味がある方にはきっと楽しく読めるかと思います。