今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

本ページでもご紹介している、今やほとんど失われてしまった、川をその生業とする人々の語る物語を、同じく川をフィールドとする釣り人のとして、同じ視線で、同じ河畔、溪に共に佇みながら、丹念に聞き取っていった記録と貴重な写真で綴った一冊「職漁師伝」(農山漁村文化協会(農文協))。その原点ともなった、当時の雑誌連載記事を一冊に纏めた書籍がありました。

著者が多くの原稿を出稿されていた山と溪谷社から丁度平成と年号が改まった後、バブル崩壊の足音が忍び寄ってきた平成二年(1990年)に刊行された『溪語り・山語り』(戸門秀雄)が、遂に新生ヤマケイを打ち立てる起点となったヤマケイ文庫に収蔵される事になりました。

編集者の方もこのように推されている一冊。山に纏わる物語や、山村、そして川、渓流釣りに関する書籍は数多ありますが、実際に一緒に溪を歩きながら、更には山の中に掛けられた小屋での語り合いを記録された物語は、民俗学を掲げる方々が一瞬で霞んでしまう程の、山で、川で暮らす人々が工夫を凝らした道具に対する知見と豊かな説話を積み重ねており、ニュートラルな筆致と併せて、他に追従を許さない独特の著述感「日本の溪と山を語る」世界を築き上げています。

本書が更に嬉しい点は、「職漁師伝」では表題の関係上割愛された、広範な川と山に関わりながら生きる人々の物語が語られる点。上田の伝承毛鉤に相木村の計算漁、伊那谷の虫踏み、そして井伏鱒二と下部の床屋さんの物語。一度聞いてみたかった、地元に残る川の物語が続々と描かれていて、多少なりとも地理感のある方であれば、活字を追うだけで、その風景が浮かび上がって来るようです。

更には、尾瀬の風物詩となった背負子さん発祥の物語に、カーボン竿を敢えて手中にする竿師・正勇作氏の苦闘、そして今最も話題となっている熊たちと山の人々の物語。山と川に纏わる実に広範な物語が描かれていきます。

このように書くと、30年近く前に刊行された本を通して、単にノスタルジーに浸るための一冊にも見えてしまいますが、著者の筆致の素晴らしい点は、ノスタルジーに留まらず、その先への想いを込めて、実情を述べていく点。著者が最も気に掛け続けている、最初に取り上げられる雑魚川と広範な奥志賀の山中で活躍した、往年の職漁師の系譜を継ぐ人々が先頭を走る渓流保護の実情や、魚止めの滝の上に住まうイワナ、そして山女と名のつく山村の川で交じり合うヤマメとアマゴ。会津も更に奥地の檜枝岐、そこらか更に渓流の奥深くに構えた山椒魚獲りの燻製小屋にまで大学の研究者と呼ばれる方々が押し掛けて大量の山椒魚の燻製を入手していく(発育不良の治療薬になるらしい)という、山里の物語が、最先端の話題にも繋がる事を示していきます。

そのスタンスは文庫化に当たっても貫かれ、全15本のテーマで語られる全てのお話について、数行ずつとはいえ最新の動向を載せいています。その中で、漁の規模が小さくなったり人が入れ替わりつつも、殆どのテーマに於いて30年近くを経た今でも、人々と山と川との関わり合いが続いている事を確認していく点は、本書が正に今に繋がる一冊である事を雄弁に語るかのようです。

山と川の流れがある限り、人がその場から去らない限りきっと続いていく物語の、失われようとする一面と、今もしっかりと息づいていることを再確認させてくれる本書、もし少しでも山や川に思い出がある方であれば、きっと楽しく、そしてちょっと懐かしくもその姿に、彼らの生き様に、今に力強く生き続けている物語に励まされる一冊かもしれません。

溪語り・山語りと職漁師伝

<おまけ>

本ページより関連する書籍のご紹介。

今月の読本「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)生物学が社会学へと繋ぐ、生態系サービスという名の架け橋は

今月の読本「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)生物学が社会学へと繋ぐ、生態系サービスという名の架け橋は

今年もこのシーズンがやって来ました。

近頃では年間を通して話題に上る事もありますが、やはりピークは盛夏のひと時。庶民の贅沢、夏の滋養の源としてもてはやされたのは既に昔、今や自然環境保護のシンボルに掲げられるようになったその魚が、一時に大量に流通する土用の鰻のシーズンです。

食として、漁獲や養殖として、更には生態の神秘について昨今色々と語られていますが、本書はその先へのアプローチを求めて上梓された一冊のようです。

ウナギの保全生態学今月の読本、「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)のご紹介です。

この耳慣れない「保全生態学」という言葉。はじめににもあるように、分量の割には決して安価とは言えない、しかも版元さん故もあって専門書のコーナーに置かれるであろう本書を手に取られる方にとっては、本書の1,2章で述べられる、ウナギの生態や巷間で喧伝される事柄については既にご承知かと思います。ウナギの生態と生息環境についての問題点、そして経済活動上の問題や課題をコンパクトに判りやすくまとめていますので、これらの問題点について理解するための取っ掛りとしても充分有用な一冊です(お値段が許せば)。

その上で本書のキーワードとなる保全生態学という言葉、昨今随分増えてきた、何でも詰め込めば良いと言わんばかりの表記に時に首を傾げてしまう、大学の新たな学科名の一形態にも思えてしまいますが、実際はどうなのでしょうか。

表紙にわざわざコーディネーターとして名前を連ねられている、著者の研究上の指導者である鷲谷いづみ氏が寄稿した巻末辞をご覧頂ければそのアプローチが判るかと思います。生物学がそのフィールドを広げて、広くその生息環境、更には生息環境に関与する社会的な構成にまで議論を広げていくために用いられる、幅広い領域をカバーする名称としての保全生態学。その象徴として、資源的にも有用かつ貴重であり、海と川を行き交い、魚類としては極めて長命を誇るこの奇妙な魚が最も相応しいと感じた著者の想いが述べられていきます。

アリストテレスを持ち出すまでもなく、このようなアプローチを突き詰めていくと最後は哲学に行き着くのは、もはや必然ではありますが、保全生態学はまだもう数歩手前、生物学がそのフィールドを研究室の水槽やフィールドでの調査活動からもう一歩進んで、社会的な価値やインパクトを与える事が出来るのかという道程を模索しているようにも思えます。その中で著者が用いるのが「生態系サービス」という聴き慣れない言葉。環境、経済に対して影響する区分を表を用いてその構成要素を示していますが、ちょっと首を傾げてしまうかもしれません。

人文社会学へのアプローチとして生物学側から提示された枠組み(フレームワーク)なのだと思いますし、その範疇が広く社会全般をカバーしている事はよく判ります。また、その象徴として声なきウナギを掲げる点は理念としては理解できます。一方で、主にサービスの受益者として、その枠組みの観察者として登場する生物学に対して、同じフィールドを経済活動として実際にサービスを供与すべき側に立つであろう水産学から見たとすれば、その捉え方はちょっと外的目線かつ、社会活動的側面が強く出ている気もします(これは理学と工学の分野でも同じことが言われています)。

そのような感覚を最も強く感じたのが、少ないページ数(本文140頁、参考文献を除けば130頁弱)の中で1割を費やして述べる、漁業法第127条(義務放流)に言及する部分。生態学の研究者の方々の多くが、漁獲制限を含む経済的な側面を指摘して(更には水産学に対して)統計的な資源量の調査の不備を指摘される度に引っ掛かる点でもあるのですが、一方で職漁者(特に内水面)にとっては、農業従事者が農地を所有し、里山を入会として管理しているのと同様に、職漁の場もまた同じであるという点が欠落しているように思えるのです。占有面である農場や圃場に対して公害抑止の観点で議論が求められる場合はありますが、それ以外の農耕や収穫に対して第三者の議論が持ち込まれる事はあまりないかと思います(本書では圃場整備による流路の固定化について言及していますが)。一方で、水面に対して完全な占有所有権を設定できず、川や海などが多くの場合、共用すべき空間、資源として認識されているが故に、一方的な漁獲が許されず、持続可能性が求められるが故にこのような条文が用意されており、逆に言えば、職漁者にとっては自らの漁獲の補償の範囲内の責任を有するに過ぎないとも捉えられます(減反やTPPのお話は別としたいですが、ことウナギに関しては、当事者から見れは同じように映る点があるのかもしれません)。

農業者にとっては自らの収穫や自らが所属する社会性の範疇における責任を有するのに対して、職漁者だけが自らの漁獲に対する弁済と規制のみならず、遥かに広範囲な責任を、自らが所属する社会性の外に対してまで負わなければいけないのであれば、その生物学からのアプローチは少々厳しすぎるようにも見受けられます。このような着目点において、職漁者自らが自然遡上を促したり、漁獲削減を含む活動を起こす例も既に出てきており、海洋水産物に関しては行政によるより強力な、資源調査や補償を含む禁漁等の資源回復策が試みられています(その活動には水産学系だけではなく、生物学系の研究者の方が多数協力されているのも事実です)。

その中で、著者が自然の生態を遡る事は既に困難になっていると評するように、コンクリート固めの養殖池然と化してしまった各地の湖沼や河川に於いてこれらの実現を図るためにどうすればよいのか。著者は保全生態学が望むテーマに則り、持続可能な社会の追及を標榜し、市民、そして国際的なステークスホルダーによる協業や意思の集約といったスケールの大きな議論に進む事を望んでいるようですが、その中に河川の水産資源を日々の生業として生きている方々の影があまり見えてこない点に、幾ばくかの違和感を感じながら。

その一生の多くの時間を淡水の影響を受ける水域で過ごすことが求められるが故に、極めて馴染み深い魚種故に環境変化の象徴として捉えられるようになりつつあるウナギ。一方で研究者にとっては、そのヌルヌルとした体のように捉える事を容易に許さず、分らないことだらけ故に、もしかしたら細分化の極限に行こうとする生態学的、分類学的な研究の狭路から、生物学の研究者自らが抜け出すための道筋を描き出そうとしている一冊なのかもしれません。

夕暮れの諏訪湖とシジミの放流実験看板時に「養殖池」とも揶揄される諏訪湖で実施されている、人工砂洲でのヤマトシジミの放流実験湖畔にて。

シジミを始め、江戸時代以降、繰り返し続けられてきた、各地から移植された魚介類によって漁撈が成り立っている諏訪湖。同じく移植されてきたワカサギの採卵事業は、今や日本中の湖沼におけるワカサギ供給の中核を担うようになっています。

この湖にも以前はウナギが遡上しており、対岸の岡谷市は今でもウナギを始め淡水漁獲物料理を名物としていますが、ウナギは完全に養殖頼り。それでも、職漁者や養殖業者が、これらのサイクルの最先端にある事で成り立っている事実を忘れないために。

<おまけ>

本ページでご紹介している関連する書籍を。

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今年もこれから夏に向けて、あらゆる意味で再び話題となりそうな魚、ウナギ。

世界中のウナギを掻き集めて消費している日本人にとって、これから目の前で繰り広げられる狂想曲と、産卵場所探しや生育環境、更には人工養殖と飽くなき研究へのまい進。ウナギにまつわる物語の殆どがこの国にいれば把握できてしまうように思えてきますが、果たしてどうでしょうか。

サーモン、タラと並んで世界中の人々が好んで食する珍しい魚であるウナギ。その神秘に満ちた一生と特異な姿、人をも凌駕する長寿を誇る生態に魅せられたのは日本人だけではない筈。

そんな想いを改めて思い起こさせる一冊をご紹介します。

自然科学関連で、他の版元さんには見られないユニークな本を送り出してくる築地書館さんの最新刊からご紹介です。

ウナギと人間今月の読本、「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳)です。

本書を手に取られ、表紙や裏表紙に書かれた概要を読まれた多くの方は、おやっと思われるかもしれません。

著者があとがきで述べているように、そしてあとがきでまだ書き足らない想いを埋めるかの如く綴るヨーロッパにおけるウナギ料理の話や、ウナギのヤスのコレクションの雑感に観られるように、本書は当初、訳本に多くあるウナギをテーマにした広範囲な分野をカバーする文化史、生態学を纏めた一冊にする意図があったようです。日本の著作では珍しい、しかしながら訳本では当然とも見做される科学と文化の双方をカバーするウナギの概説書としての体裁。ところが、11年にも渡る取材の結果纏められた本書は、そのいずれにも当てはまらない内容へと着地しています。

著者は著名なアングラーであり、パタゴニアの創業者とコラボレーションを行うナチュラリストとしての側面も有する、自然科学関連ではかなり著名な方(本書の取材に於いても、ナショナルジオグラフィック協会の支援を受けた事が記されています)。多くの生物に関する著作を有する彼が本書で辿り着いた地平は、ウナギの物語ではなく、ウナギを挟んで語り合う著者と登場人物たちの人と人の物語。

冒頭と中盤に分けて描かれるサルガッソでの産卵場所の追跡や、シラスウナギのバイヤーの遍歴、中間に差し挟まれた、現:日本大学の塚本教授との語り合いの部分だけ見ていると、ライターの方が書かれた、良くあるウナギの不思議物語を読んでいるかにも思えてきます(塚本教授の印象を傍点付きで語る著者の視点には、氏の著作を複数読んだ身として深く同意するところです)。ウナギの生態や食材としてのウナギ、更には研究の物語など魚が好きな方なら思わず喜んで読んでしまう内容も豊富述べられています。

その一方で、3章から始まる(訳注を見ると、原著では3,4章で一つの章だったようです)マリオとウナギの物語を読んでいくと、その民俗学的なアプローチとルポルタージュ的な体裁の記述に困惑されるかもしれません。民俗学的なテーマを掲げた本では良く見られる、取材する側と取材される側の葛藤や迂遠に引きずり回させる回答への道筋、相手に徐々に呑まれていく著者とすっきりしない結末など、ウナギの生態や物語を知りたいと思われる方にとっては、時に苦痛すら感じる内容かもしれません。更には、アメリカの人里離れた川縁で大きな簗を毎年のように組み直しては、秋の増水時期に降下するウナギを待ち望む世捨て人のような燻製作りの男との会話、そして登場人物たちに誘われるように向かったポンペイでのウナギの伝説を追い求め、夜な夜なサカウに浸っていく著者と、そのアプローチに興味を抱き協力する若いCSPの職員。

ここまで読んでいくと、本書が単にウナギの物語を語っているとは思えなくなってきます。初めは乗り気ではなかった、あまり興味のなかった11年前の著者と、溢れるばかりの書き切れない内容をあとがきに綴り、それでも興味が留まるところを知らないと述べる著者。ウナギに魅せられていった著者と、おなじように著者が訪れた世界中の場所で、ウナギに興味を持ち、惹かれ、魅せられ、研究され、信仰し、神聖視し、恐怖し、稼ぎ、食し、育む…著者と交わった人々の物語。

春になると、金が舞い飛び密漁を含め多くのシラスウナギが東アジアに集結し、熱暑の時を迎えると、極東の島国に集められたウナギたちは鮮やかな手つきでかば焼きに仕立て上げられる。一方で、紫外線照明が降り注ぐ研究室ではシラスウナギの稚魚が水槽の中を舞い、雄ばかりの奇形ウナギにホルモン注射を与え続け、南の海では「科学者」でありつづけたい男たちが政府の資金でその産卵場所を嬉々として追う。

秋になれば、ニューヨークの奥地の川では黙々とひと夏をかけて巨大な簗を仕掛けた男が息子と二人、嵐の到来を待ちわび、南半球では、何十年もの間、川や湖で過ごして巨大に育ったウナギたちが満つる時を悟るかのように砂洲を越えて海に帰る時を男たちが見守る。その横で彼ら、彼女らが紡いできた物語に寄り添うかのように、窪地の水たまりに潜む巨大なウナギに餌をやり、時に手を差し伸べ、さするように愛おしむ人々。学問として語り継ぐことを決心した次の担い手たち。そして、南の島で自らの起源と生誕を来た道をその不思議な生き物に重ねて物語を編み、そっと伝えていく人々。

ウナギを介して交わった人と人の物語を編み重ねて綴られた本書は、その未だ生態の全容も判らず、生まれいづる場所すら容易に明かそうとしない、ウナギ自身の神秘のベールのように、著者の秀逸な筆致に載せて、大洋のようなその世界の広さを往きつつ、大海を渡って河口に辿り着いたシラスウナギを掬うかのように、僅かに捉えた事実をほんの少しだけ我々に垣間見せてくれるかのようです。

 

<おまけ>

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今月の読本「行商列車」(山本志乃 創元社)鉄路が繋ぐアキンドという名の商売の本質を描く二つのストーリー

今月の読本「行商列車」(山本志乃 創元社)鉄路が繋ぐアキンドという名の商売の本質を描く二つのストーリー

朝の登校時間、そのおばさんは何時も伊皿子坂の脇を背中が見えないほどの野菜を背負って登っていました。やおら荷を解き始める何時もの場所、定位置でもあった路地を入った坂の途中が商売の場所だったのでしょうか。

今から数十年前、バブル経済で潤う林立するオフィスビルの谷間に依然として残る下町風情溢れる街角で見られた大都会東京の朝の一ページ。そんな彼女たちが行き来する手段は何時も足元を行き交う地下鉄、その路線を経由して房総の地から早朝に送り出されれる「行商列車」でした。

昨年末に刊行された際に是非読んでみたいと思っていた、今や風前の灯火となった行商列車をテーマにした一般書では珍しい一冊を、半年を経てGWに漸く書店で手に取る事が出来ましたのでご紹介させて頂きます。

行商列車行商列車 <カンカン部隊>を追いかけて」(山本志乃 創元社)です。

著者は旅の文化研究所という聴き慣れない団体に所属される研究員の方(近畿日本ツーリスト、現近鉄グループのシンクタンクだそうです。出典は本書の版元さんでもある創元社の鉄道手帳編集部のブログより)ですが、本書をご覧頂ければ判りますように、主に日本の庶民文化史をテーマに研究をされている方です。本書は佐倉にある国立歴史民俗博物館の展示リニューアルを機会に(このパターン、どっかで観たような…縄文のあの本ですね)行った取材の記録と、著者の出身地でもある鳥取県歴史編纂事業の際の取材の記録を1冊の本に纏めたものです(もう一つは後ほど)。

従って、表紙に掲載される近鉄の鮮魚列車だけに注目して読んでしまうと、内容がかなり異なるのでちょっと困惑してしまうかもしれません。本文でも述べられているように、鮮魚列車の取材は以前にトラブルがあったようで、取材には最も有利と見做される著者の経歴にも拘らず、国立の博物館が行う収録作業(本書には、随所に当館所属の記録者の方が撮影された記録写真が掲載されています)にも拘わらず、組合を通したオフィシャルな取材は拒絶されてしまっています。そのため、本書では近鉄の鮮魚列車自体の取材はほんの僅か、むしろそのテーマに掲げられた<カンカン>を伝手に話を聞かせてもらえるようになった、松坂在住で鮮魚列車を使って大阪に通ってお店を開かれているご夫婦への個人的な取材記(実際の鮮魚列車への取材も撮影も、組合の幹部であったこの方の手引きで潜り込ませてもらっている)となっています。

所謂柳行李では水物を扱う水産物の行商で困った事になる荷扱いへの対処として、更には保健衛生上の要請から生み出された、ブリキ缶に水抜き穴の栓を取り付けたカンカンと呼ばれた行商行李。今では発泡スチロールに変わってしまいましたが、当時はこの箱の底に簀子を敷いて更に2段重ねで魚が入れられるように中子を入れていたという、モノを起点にした民俗学者らしい、実際の写真を掲載しての詳しい使い方の解説も述べられていきます(宮崎の事例でみられる保健所の合格シールが毎年交付されていた事実は、行商とはいえれっきとした一商店として扱われていた貴重な証拠)。

荷物も多く他の客とのトラブルにも繋がりかねない、このような商材を扱う事から各地で結成された行商人の組合と、それに対して鑑札を発行し、車内の専用区分や車両の設定などの特段の配慮を行った鉄道会社、国鉄(本書で扱われる倉吉線に対して、表現上の影響でしょうか、著者は繰り返し軽便鉄道(更には拡大地図に私鉄の記号を使うのは、創元社らしからぬ点)という言葉を使いますが、軽便線由来で設備は劣化していても国鉄線、しかも末期でも舞台となった倉吉-西倉吉間では10往復程度の便数があった事には言及しておきます)。細々とながら専用の列車を今でも走らせるほどに一時は拡大した鉄道を使った行商という職業は、何より職漁の不振と、プラザ合意と大店法の制定、そして国鉄分割民営化に伴う鉄道利便性の低下が、彼ら、彼女らの活躍の場を狭めていったのでしょうか。本書ではあくまでも民俗学に徹する為か、インタビューを行ったそれぞれの方がお辞めになったいきさつは語られますが、総論としてのその終末への路程は言及されません。

むしろ、本書では終焉を迎えつつあるその業種への哀愁を語るのではなく、インタビューから採録された、その業種の発展に至った経緯を述べていく事に注力していきます。

本書の中核を成す部分。二つのストーリーには直接的な繋がりはありませんし、近鉄の行商列車を使われている取材対象の方は大阪の中心部に店を持ち、一方の鳥取で取材された元行商の方は地方都市の辺縁部を廻る個別訪問型と営業エリアも業態も大きく異なります。鉄道で運ぶというキーワード以外全くつながらない二つのストーリー。しかしながら彼らのビジネススタイルと、その商売に携わる経緯には明確な共通点を見出せます。

いずれも主たる商売を持っていながら、または別の所に家を構えていながら敢えて鉄路を伝手に商売に出る。大阪の中心部と地方都市である倉吉の辺縁部という逆のポジショニングですが、其処に需要があり、その需要と供給を繋ぐ線として鉄道があった事を見出していきます。個々の需要は小さくてもバラエティに富んでいる、扱っている商材も決して地の物、前の浜で獲れたものだけではなく地方市場での買い入れや時には行商列者の中でお互いの商材を取引する。数多に広がるお客さんの需要、リクエストにこまめに応じて小口で受ける。人一人が持てる範囲での商売故に一日に扱える商材の数(=売上)には限りがあるが、その分リスクも小さく、逆に毎日毎日通う事で量の不足(これは購入側にとっても同じ、既に冷蔵庫が各家庭に普及し始めた段階)を補っていく。

そこには数多の商材からお客さんに自由に選ばせるために、資本と在庫を蓄積し、輸送路を確保し、膨大な物流を常時全国的に維持するという、現在の流通手法とは逆を行く発想が明瞭に記録されているようです。

そして、これらの商売を支えた「アキンド」と鳥取では呼ばれた行商の方々。多くが女性であった点において、本書では述べられませんが、所謂専業主婦と呼ばれる消費と育児を主に担う階層の存在が、実に戦後高度成長期以降のほんの1~2世代程度の時代でしか見いだせない事を雄弁に物語っているようです。日々の生活費、仕事の道具や材料、土地や家の購入資金は確かに男の稼ぎに一方的に負うところであった事は事実かと思います。しかしながら、晴れの席での装いであったり、子供のお菓子やお小遣い、そして養育資金といった間接的な支出は、彼女たち自らがこつこつと蓄えた財布が補っていた事がインタビューから見えてきます。

鉄路が繋いだドアtoドア、人to人のコミュニケーションを介した商取引。ここまで読んでいくと、現在の中山間地域で課題となっている、購買困難層の発生原因も少し見えてくるような気がします。そもそも動脈すら細かった物流網の更に最末端を担っていた彼女たち行商。血栓状態を起こして方々で通わなりつつある、現在の圧倒的な物流網の末端に目を向けた場合、人材の活用も含めて、その歴史的事実を再度見直す必要が生じてきているのかもしれません(このようなお話は本書では語られません。日本の近現代民俗学を扱った本で少し寂しいのが、社会学の隣接学問にも拘わらず、多くの記述が過去完了形で語られる点)。

偶然の繋がりを手繰り寄せるように、忘れ去られつつあるこのような商売の姿を丁寧に追って、失われる前に記録として残すことに注力した、鉄道とカンカンを梃に人とモノの流れを民俗学の立場から位置付けていこうという、表題帯にも書かれたオンリーワンを標榜するに相応しい本書の中核に対して、明確に毛色の異なる5章の魚食文化と地域性の議論。著者があとがきで述べているように、載せておきたいという想いは理解しますが、唐突な挿入は前後の議論を断絶しており、著者の想いとは裏腹に無理やり流行の魚食文化論へ寄り添わせようとした結果、折角の流通文化史として貴重な本書の位置づけをむしろ歪めてしまった感もある点は、少々残念でもあります。

著者の想いとはちょっと異なった見方になってしまうかもしれませんが、鉄路という広く大衆に便益された交通手段を伝って、本当の末端の物流と限りなく個人に依拠する商売を成立させた行商という姿を再構成していくという、無二のテーマを掲げて描かれた、著者の優れた取材能力が遺憾なく発揮された、生きたインタビューを詰め込んだ本書。その内容には、大きく曲がり角を曲がった先を見いだせない、でも決して失う事は出来ない、生きていくためのモノの取引を支えていくためのカギとなる豊かな知見を含んでいるとの想いを抱いて。

行商列車と移動販売車がゆく本書と併せて読んでいた本「移動販売車がゆく」(宮下武久 川辺書林)。こちらは地元のライターの方が洒脱に、やや皮肉交じりに描く、南信の町にある運送会社が始めた移動販売車に纏わる物語を描いた一冊。本書を読んでいると、その姿とお客さんに求められるものが、倉吉における行商の彼女たちに求められた内容、商売の姿とそっくり同じである事に驚かされます(商材は地場のスーパーとは異なり名古屋で調達、売りはその名古屋の市場から直送するふっくらと大きなアサリ、個別に必要な物を聞いて届けるだけではなく、移動販売中に商材が不足したり、お客さんが欲しがるものが出てくると、巡回はそのまま続けつつ、別の軽自動車を飛ばしてバイパス沿いのナショナルチェーンや地場のスーバーで買い足して僅かな手間賃を乗せて販売するetc.)。そして、なぜそのような商売が困難に直面しているのか、更には何処に問題を抱えているのかが両書を読んでいくと浮かび上がって来るようです。

<おまけ>

本ページでご紹介している関連する書籍を

今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)信州の畔に根付くその赤い籾への疑問を追って

今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)信州の畔に根付くその赤い籾への疑問を追って

眼前一杯に水田が広がる、豊葦原の瑞穂の国。日本を象徴するように使われる言葉ですが、その情景が僅か200年ほどの歴史しか有さない事に思いを巡らせる方はいらっしゃるでしょうか。

水田越しに甲斐駒をブランド米と呼ばれるモチモチの白米、特定の名称でお米の品種が広く呼ばれるようになる前にお店の真ん中に並んでいた、「標準価格米」が片隅に追いやられてから僅か数十年しかたっていない事を思い出される方はもう少ないかもしれません。

そして、黄金色の籾に真っ白な粒といったお米とちょっと様相の異なる、長い禾に少し赤みを帯びた籾と小粒のお米をご存知の方はもはや希少なのかもしれません。

ブランド米の品質を全国で争う現在、丁寧に丁寧に育て上げられる稲たちが穂を伸ばすその田圃の畔で、誰にも気が付かれずに、いいえ今やその品質を脅かす駆除すべき雑草として信州の畔から駆逐されつつある、同じ稲なのに余りにも扱いの異なる「赤い米」への疑問を解く旅へ誘ってくれる一冊の紹介です。

赤米のたどった道今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)です。

著者は長野県内の複数の大学で教鞭を執られる、主に中世史を専攻される研究者。大学を卒業後、数十年を経て取得された学位請求に関連すると思われる主著で論じられる二つのテーマを、「大唐米」というキーワードで結びつけ編んだ一冊となっています。大唐米自体を論じる前半と、溢籾と呼ばれるようになったそのお米が引き起こした騒動の経緯を語る後半に、南北朝期の播磨国矢野荘における年貢収納の史料研究を挟み込んでいるため、読んでいると前後の繋がりがちょっと希薄になる事があります。著者があえてこのような構成と論考を用いて明確化したい点は、なぜ赤米(大唐米)だけが別扱いされてきたのか、そして次の時代にはしっかりと農村に根を下ろしたそのお米たちの元となった籾を誰が普及させる事になったのかを想定することにあります。

赤米の歴史を辿るように思える本書ですが、冒頭で語られるように著者の疑問の大前提は、ここで採り上げられる大唐米、そして現在に残る赤米が、中国宋代に発祥を持つインディカ系に属する占城米ではなく、ジャポニカ系の一種ではないかという点にあります。しかしながら、著者による大唐米の遺伝的な考察や、地域的な広がり、形状から見た判断等の農学的なアプローチは冒頭で早々に放棄されてしまいます。一方で、著者は一貫してこれらの赤米が白米と異なる扱いを受けてきたという、史料上の事実を梃に、専門の歴史学的視点で白米とは違う、赤い米たちの歴史をとらえていきます。

水田で耕作される「白米」に対する疑問を、班田収授の絶対的な水田不足から問い始め、その穴埋めたる「陸稲」そして、「赤」の札書きが残る米の種類の記載へと興味を広げていきます。集水、貯水、湛水、排水技術が未熟な近世以前において、現在のような安定した水量を確保できる水田は、安定した流量と穏やかな流れを有する河川に対して僅かに低い土地に限られ、微高地や扇状地には水は届きにくく、湛水地は深田や沼地、果てには洪水の常襲地帯となるはず。そのような限られた水田で作られた「白米」は、既に近世史でも語られるように、食糧として日常の食生活を維持できるほどの大きな収量を期待できなかったことを見出していきます。

厳しい耕作条件の「白米」に対して、熱帯に比べて気温も低く、決して水田農耕に適しているとはいない日本の農耕環境でもしっかりと実りをもたらす(但し、脱粒性は強い)お米。食味は悪くても、早生でいち早く収穫できるため、秋口に襲ってくる風雨にやられる前に実収をもたらす貴重な赤いお米。農民たちにとって主たる収穫物である「白いお米」は口に出来なくても、田圃の畔を取り囲むように植えるという隙間農耕でも実りをもたらしてくれるありがたいそのお米は、一方でその籾を持ち込んだ荘園領主たちの切実な収量確保という一面も持っていたようです。

鎌倉から南北朝、そして室町期と在地おける実権と実収(実際の所領も)を徐々に衰退させていった荘園領主たちにとって、その減収を少しでも補う方策として、例え売価が低くても、勧農が行き届かず放置気味の荒田の状態になってでも収量が望める赤米(ここで大唐米という言葉が史料として出て来ます)を積極的に導入したのではないかとの暗示を述べていきます。

更に時代が進んで江戸時代。大阪に蔵屋敷が立ち並び、各国の米が市場で比較される段階に至ると、今度は収量は優れても食味に劣る赤米たちは駆逐の対象となっていきます。江戸患いと呼ばれた脚気が顕著に表れてくる程に白米が都市部に集中し始め、漸く庶民の日常にも「白いお米」が上るようになった時代。それでも、著者のフィールドである信州、松本藩の事例では、その不利な条件(籾が落ちてしまい禾が長いので、籾で収納した場合目減りが激しい)にも拘わらず農民たちが赤米での収納を続け、藩庁側も容認せざるを得なかったことを見出していきます。そこには、高地冷涼で扇状地故に水に恵まれなかった信州、そして松本平の厳しい条件があったことを認めていきます(信州の他藩でも、収納した赤米たちは廻米せずに地元での消費に充てていたという貴重な知見も)。水の町とも呼ばれる安曇野に張り巡らされた用水網が整備されたのは、漸く近代の足音が聞こえ始めた江戸末期。水の便は解消しても気候の厳しさゆえ、確実な収穫と生活を守るためでしょうか、その後も昭和の初期に至るまで、これら溢籾と呼ばれた品種が信州では作りつづけられたことを明らかにしていきます。

領主には嫌われつつもしっかりとその土地と農民たちに育まれた赤い米たち。その歴史は亀ノ尾に始まる寒冷に強い白米の登場と、今に続く、その系譜を継ぐ品種たちの粘り強い改良の中で、今や逆に圃場を埋める優良品種の単一性を阻害する雑種として駆逐される運命にあるようです。

著者が傍証として語る、神前としての白米の神聖視、日本人の優越性と白米至上主義といった論点はここでは置いておきたいと思いますが、美しく整備された水田に広がる見渡す限りの稲穂たちと、美味しい白米という、もはや共有感ともいえる幻想に対して、もう少し歴史的に見直す必要がある事を問う一冊。

黄金色の景色1その広がる圃場と稲穂が、どのように今日まで受け継がれてきたのか、本書を読みながら、今一度想いを馳せてみては如何でしょうか。

赤米のたどった道と類書たち本書と一緒に読んでいた本たち。

本書と特に関連が深い本として、農学としての稲にご興味のある方には「イネの歴史」(佐藤洋一郎 京都大学学術出版会)、江戸時代の農耕については、同じ史料から豊富に引用された「江戸日本の転換点」(武井弘一 NHKブックス)、同じ東寺の荘園である、備中国新見荘における室町中期の在地支配を史料から丁寧に掘り起こした「戦乱の中の情報伝達」(酒井紀美 吉川弘文館)、そして、本書の巻末でも繰り返し言及される「稲の大東亜共栄圏」(藤原辰史 吉川弘文館)は近代日本に於ける稲の品種改良と東アジア圏への展開に関して要領良く纏められた一冊、特にお勧めです。

 

今月の読本「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)日本海を舞台に鱪を追い川崎船を駆って樺太へと北上する漁民と、豊穣の底魚への想いを

今月の読本「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)日本海を舞台に鱪を追い川崎船を駆って樺太へと北上する漁民と、豊穣の底魚への想いを

以前から読みたかった一冊。

お魚関係の本が大好きで、色々買い漁りますが、日本で刊行される魚関係の本の多くは、経済関係か自然科学の研究者の方が執筆される、資源的な話であったり、生物学的な話に終始して、文化的な話がどうしても欠落してしまいます。

海外の訳本では、その関わり合いが比較的希薄な筈の魚類に於いても、文化的な側面を語るのが当たり前にも拘らず、世界に冠たる魚食文化、漁撈史を有するはずの国から送り出される本がこのような特定の内容に終始するのは少々寂しいお話。

そんな中で、文化史を軸にして、物の歴史を語るというユニークなポジショニングと、そのテーマの豊富さから一目置かれるであろう叢書に、法政大学出版局が刊行を続けている「ものと人間の文化史」というシリーズがあります。

非常にマイナーかつ、お値段も決して安くはないため、手に取るには躊躇するシリーズなのですが、扱っているテーマとその内容は、無二の存在。今回の一冊も漸くの想いで購入したのですが、期待に違わない素晴らしい内容でした。

ものと人間の文化史 鱈ものと人間の文化史171 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)です。

著者の赤羽正春氏は本シリーズの第一回配本であった、須藤利一氏の「船」に傾倒して研究者の道を歩み始めた方。本シリーズでの著作も既に5冊を数え、6冊目となる本書は、これまで温めてきたご自身の研究者としての発端となった「船」と、これまでもシリーズで語ってきた「漁撈、狩猟」という二つのテーマを同時に語る、集大成として最も相応しい素材としての「鱈」に行き当たったであろう様子が伺えます。

本書は表題である鱈を語るにあたって、二つの機軸を設定しています、一つは漁場を行き来し、追い求めるための道具としての「川崎船」、二つ目は漁撈を行う仕掛けとしての「底延縄漁」。どちらも、鱈漁を語るには欠かせないファクターであったとして、その経緯を示しながら、鱈漁の発展を描いていきます。

産卵期になると海岸に大挙して押し寄せるが、漁獲期として僅かな時間しか得られない、本来は漁獲の難しい底魚である鱈と底鱈(スケソウダラ、本当は魚偏に底という漢字が使えます)。その漁獲が難しい魚が、偶然にも16世紀頃にヨーロッパとアジアの両端で底延縄漁という、新しい漁法を以て勃興します。沖を回遊する鱪を追った漁で使われた延縄に重石を組み入れて(ヨーロッパではガラスの浮を併用したフカセとして)、海底近くに仕掛けを這わせるその漁法を編み出す事で、これまでは漁獲することが困難であった底魚が沖合深くの海底に豊富に存在することに気が付くことになります。

更には、その漁は地元の強固な権益で守られた入会がある沿岸から離れた、未開拓の荒れた沖合での船を操りながら行うもの。これまでの沿岸漁で使われていた船では足も遅く、波に呑まれて役に立ちませんが、ここで新しい船形が登場することで、沖合での漁、そして入会に影響を受けない沖合を転々としながら、各地で水揚げを下ろしていくという、現在の遠洋漁業に繋がるスタイルが生まれていきます。著者はそのいずれも大陸との繋がり、特に船形については、朝鮮出兵による影響を強く受けた、半島由来の軍船の設計手法がそのままスケールダウンして、川崎船と呼ばれる船形が成立したと指摘します。

南の暖かい海で鱪を追うための延縄と、半島の戦場を経て伝わったであろう沖合を進む事が出来る川崎船。その二つが交わった場所が日本海。対馬暖流に乗ってやって来る鱪を追う漁民たちが、荒れた佐渡と本土の海を安全かつ迅速に行き来する為に使われる御用船の設計を自らの船に取り込む事で為し得た、沖合から岸に寄せてくる鱈を獲る底延縄漁は、急峻に落ち込む深い海底から産卵のために浅場に上がって来る鱈を待ち構える事で、これまでにない膨大な漁獲に恵まれる事になります。中でも、双方にアプローチをする事が出来た新潟周辺、特に出雲崎でこの漁が大いに発展していった経緯を、綿密な調査に基づいて解説していきます。

著者の説に従えば、それが求められた故に生み出された底魚漁と、漁獲としての鱈と底鱈(イメージで語っている嫌いもありますが)。加工しやすく、干すことで日持ちもする、この膨大な未知の資源を追って、新潟、出雲崎の漁民たちは入会の先に広がる沖合を北へ、北へと進んでいきます。その足取りは、江戸後期の蝦夷地開拓の先駆と足並みを揃えていきます。本書では、明治維新以降、現在に至るまで各地に残る、彼ら漁民の足取りと現在の姿を追う事で、彼ら日本海沿岸出身者が明治維新前後から戦前にかけての北洋漁業を切り開いていった先駆者であった事を見出していきます。今も進出した先の在所では旧出身地毎に纏まった集落を形成し、旧出身地の選挙の際には応援に行くなど、長い年月を経ても、出身地との深い繋がりがある事を記していきます(北海道に定住した2世までは、在所に墓も持たなかったという気概には驚かされます)。

鱈を追った人の繋がりが残るように、その漁法や魚を追い、時には自らが移住していくための移動手段としての漁船もまた、日本海沿岸と深い繋がりがある事が語られます。本書の白眉、延縄漁の詳細な解説や漁場での展開、地域ごとの漁具の特徴、使用する餌の嗜好など、漁撈史としても貴重な内容が語られます。そして、著者の研究者としての立脚点である漁船の変遷についても、小早船から川崎船への変遷や、北海道に渡った川崎船が各地から渡ってきた人々と共にもたらされた船形と組み合わさり、個性は失いながらも完成された和船の最終形態へと集約されていく様は、和船にご興味のおありの方なら非常に興味深い点かと思います(川崎船の設計が、元々は金山御用のため佐渡との往復に用いられた小早船をそのまま1/2にスケールダウンした、幕府の軍船に直結する設計であった話などは著者でなくても、思わず膝を叩いてしまいます。幕末にペリーが来訪した際に、日本の小舟のスピードに舌を巻いたという彼の報告と合わせると、思わず納得してしまいました)。

明治に入って殖産興業が叫ばれる頃、動力船による独航船や底引き網、トロール漁など、新たな手段を得た彼らは、蝦夷から更に北を目指し、樺太、シベリア、そしてアリューシャンへとその舳先を向けていきます。ポーツマス条約による南樺太獲得以前から、入漁という形態で北方で漁を続けた彼ら。その後、領土に編入されたかの地で、蟹工船で有名な蟹漁、日魯漁業のシンボルともなった鮭鱒漁と並んで、無尽蔵とも思える鱈、底鱈漁にまい進していきます。その目的は、外貨獲得。本土で好まれる棒鱈や干鱈の形態とは異なる、欧米、特に鱈を追って大西洋を渡っていった人々の子孫達の国でもある、アメリカで特に好まれるストック・フィッシュとしての加工を施された北洋の鱈たちは、貴重な外貨獲得資源として輸出が続けられます。その癖のない食味はヨーロッパ人にも好まれる(ヨーロッパにおける下層民の食生活と大航海時代の双方における鱈の重要性については、下記にご紹介している「魚で始まる世界史」を是非ご一読の程)一方、ヨーロッパでタラ戦争が勃発したように、その資源は常に争奪の元となる鱈。新たに東洋に位置する北洋からもたらされた豊富な漁獲によって、第一次大戦を前後して飛躍的に輸出量を増やしていきます。

そして、かの地に進出した日本人の姿。時に海軍の支援を受けつつ、漁具から漁船、資材を持ち込むだけではなく、それらを作る職人たちも移り住み、細やかな漁法、水揚げされた漁獲物の扱いに改良を重ねつつ、徹底的に収奪的な漁獲を進めていく。この姿、敗戦後の日本が再び海外に乗り出し世界の市場を席巻し、今は現地生産の名の元に海外移転する工場が採る手法とを些かの変わりが無い事に驚愕します。日本人の特性なのでしょうか、著者もせめてもう少し現地に目を向けた態度を取っていればとの想いを筆致に乗せていきます。

無尽蔵に鱈が居るように思えた北洋の海底、それでも資源が枯渇する度に北上を続けた鱈漁は、漁獲の減少を補うかのように進化した漁船、漁法によって、高度成長期には300万トンという膨大な漁獲を得ていましたが、そのしわ寄せは200カイリ問題を引き起こし、北洋から締め出された結果、既に枯渇が始まっていた日本近海に戻っての漁獲高は年々減少、近年では30万トンを下回る規模にまで縮小しています。その中で、大切な食糧として、そして皆でその漁獲の喜びを分かち合い、年を越せた事に感謝する、漁獲そのものを与えてくれる海に感謝する、そんな素朴な想いを鱈に載せて今でも祀り続ける祭祀への眼差しを、最後に著者は述べていきます。

日本海を鱈を追って南北に駆ける漁民の姿を追う著者の筆は、最後に近世のヨーロッパで起きたバルト海の産物が地中海にもたらされる事によって起きた、ヨーロッパ世界の覇権の移り変わりを述べていきますが、そのような説明が無くとも、豊かな北の海、南極の海へと資源獲得の波が押し寄せたのはまぎれもない事実。その奔流の中で、したたかに、そして畏敬の念を以て漁獲を追い求めた、日本海沿岸を故郷に持つ人々の歩みと、枯渇の縁に立つ、古の豊かな漁獲へ想い、その回復への道筋に想いを馳せながら。

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夏の親不知漁港。此処から北へ向けた海岸に点在する漁村が鱈漁の故郷。

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<おまけ>

本ページでご紹介している、関連する書籍を。

今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志ほか:著 信濃毎日新聞社)虫食王国から贈る、決して無駄にしない究極の地産地消ガイド

今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志ほか:著 信濃毎日新聞社)虫食王国から贈る、決して無駄にしない究極の地産地消ガイド

虫食、この言葉の響きから心地よさを感じる方は決して多くない筈です。

ゲテモノ、未開の食文化、飢えを凌ぐサバイバルフード?どちらにしても、良いイメージがない方の方が圧倒的でしょうか。

そんな中で「わっ、ご馳走だ」と喜んで飛びついてしまう殆ど唯一の人々が信州人。

お土産物屋さんはもちろんの事、普段買い物をするスーパーにすら、佃煮や缶詰が当たり前のように並んでしまう程、ポピュラーな食材です(あ、あと塩烏賊と鯉の煮物or洗いが並べば完璧)。

そんな日本を代表する虫食王国、信州を代表する虫好きがこぞって執筆する、極めてユニークな一冊、信州を代表する地方紙、出版社でもある信濃毎日新聞社が、何と副知事の巻頭言まで取り付ける程の総力?を挙げて挑む快作のご紹介です。

信州人虫を食べる今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志、丸山潔、福本匡志、横山裕之、保科千丈:著 信濃毎日新聞社)です。

熱のこもった太田副知事の巻頭言から既にボルテージ全開、全員信州在住の著者グループが分担制で執筆する本文は、編集段階である程度均質になるように校正されていますが、それでも時に脱線しつつ、信州の食文化の最右翼というべき虫食への想いに溢れた筆致で埋め尽くされていきます。

登場する虫食い物語は全18話。四大珍味と称する、信州人にとってはご馳走ともいえるジバチ(私の住んでる場所では、ヘボと呼びます)、イナゴ、ザザムシ、カイコから始まって、ちょっとありえなそうなイガラやスズメバチ、最終章は信州人でも跨いで通る、普通なら逃げ出してしまう昆虫にも敢えて筆を進めています(巻末の日本で食される昆虫一覧は本邦随一?の珍史料)。

バラエティに富んだ虫食の話題に溢れている本書。表題だけ見ると、極々稀に見かける虫食の本にあるような、ゲテモノ食いチャレンジであったり、食文化的な考察で終わってしまうような感じも受けますが、流石に虫食の公式ガイドブックたる本書はそんな軟弱な内容ではありません。

本書で取り扱われる昆虫たち、そのほぼすべてについて、昆虫類が専門分野である著者達による生物学的な解説と、伝統的な調理法、食し方、現在までの伝承を語るにとどまらず、実際に捕えて、調理して、食すという一連のプロセスをきっちり実践した上で、最後にお味の話と考察に繋がるという、極めて実践的かつ、食べられる昆虫ガイドといった体裁すら有する、ちょっと他ではありえない本格的な虫食いガイドブックとなっています(ちなみに、皆さんが決して食べない、子供たちが大好きな昆虫の王者の試食記は…笑って読みましょう)。

これだけでも充分にお腹いっぱいの内容なのですが、信州人にとっては美味しく頂かなくては済まされない虫食。食べ方にも独特の拘りが見え隠れします。さなぎを食するのは変態を開始する前でなおかつお腹に残った排泄物を出し切った後が良い。昆虫を食べる場合でも、一晩おいて糞を出すのが肝要(これをカマキリなどの肉食系の昆虫が混ざった状態でやると…パラダイス状態に)と熱っぽく語り、スズメバチは怒らせた時が最もおいしい(そんな恐ろしい事を平然と…しかもやっている人たち)と豪快におっしゃる。しかも巣をひっくり返した後は早く食べないと…成虫が巣からにょきにょきと(ぎゃー!)。ザザムシは厳冬期が最も脂がのっているので、寒さをものともせず、氷点下の天竜川の河原で石をひっくり返し続ける。更には昆虫の足は残しておいた方が海老みたいで香ばしい…等々、虫食に嫌悪感をお持ちの方なら呆れる前に卒倒してしまう内容のオンパレードです。

このような書き方をすると、やはりゲテモノ食い本に見えてしまいますが、著者達は一線の研究者でもあり、いずれも信州をこよなく愛していらっしゃる方々。一見ふざけた内容にも見えますが、その中でも注目すべきポイントがあります。それは、味そのものへの想いと共に、昔から虫食いがタンパク質の補給であったり、子供のおやつ代わりであった点は認める一方、所謂カルシウム補給には何の役に立たない(骨、ありませんから)事を指摘した上で、信州人がなぜ虫食に拘るのかを追求している個所でしょうか。

各執筆者それぞれに見解を述べていますが、その根底には、決して物を無駄にしないという信州人の素質が脈々と受け継がれているように思えてきます。田圃の畔に豊富に居たイナゴ、ゲンゴロウ。厳冬期の河原に潜むザザムシ。薪を割り、山林で作業をすれば易々と出会う事が出来る、害虫でもあるカミキリムシ。恐ろしいながらも魅力的なハチたち。そして、養蚕と切っても切れないカイコ、ヤママユガ。いずれも、信州における生活の身近にあって、何時も目の前に一緒にいた昆虫たち。そんな昆虫をちょっとしたおやつとして、そして大事なご馳走として大切に食べ続けてきた、身近なもので使える物は何でも活用しよう、美味しく頂こうという、その土地に寄り添って生きてきた生活の知恵の結晶が虫食い文化であるように思えてきます。

ヘボの巣作り競技(この辺の事情にご興味のある方は、地理学マンガという風変わりなテーマで日本地理学会賞を受賞した「高杉さんちのおべんとう」3巻がお勧め)として扱われる以外、すっかり減少してしまったジバチ(茅ヶ岳の麓では、ヘボを獲らないでくださいという看板がそこかしこに出ています)。今や多くが東北地方から送られてくるイナゴやレッドデータブックに掲載されてしまったゲンゴロウ。僅かな職漁師が細々と採取を続けているザザムシ(僅か25gで1000円以上に)。そして、産業自体が消滅寸前となってしまった製糸の元となるカイコと桑畑。そんな失われつつある信州の環境、文化を継承し、象徴するものが虫食いなのかもしれません。

豊かな虫食い文化を育む信州と信州人の心意気がこもった本書。もしその心意気に胸を熱くされた方は、今度、信州にお越しの際には手始めに、諏訪湖の遊覧船乗り場でバッタソフト辺りからチャレンジしてみては如何ですか?

信州人虫を食べると類書たち<おまけ>

本ページより、関係する書籍のご紹介を。