今月の読本「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)憧れ続けた旨味を磨き上げる原点を南蛮貿易の先に追って

今月の読本「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)憧れ続けた旨味を磨き上げる原点を南蛮貿易の先に追って

日本人の味覚にとって、甘みは旨味とも評されるように、醤油と塩がベースの調味料に対してコクと照りを与える砂糖は、その入手が難しかった時代から今に至るまで、ちょっとした背徳感(お腹周り…)を持ち合わせながらも、憧れ続ける調味料、味覚だと思います。

そんな味覚の王様ともいえる砂糖ですが、お店で一般的に売られている上白糖がほぼ日本固有の物である事をご存知の方はあまり多くないかもしれません。砂糖をいっぱい使うイメージがあるアメリカ等で一般に砂糖と表現されるのはグラニュー糖。上白糖はグラニュー糖より甘味が強いことが知られており、精製後にわざわざ未精製の原料糖を添加しています。そして日本固有の砂糖としてとくに有名な和三盆。こちらも真っ白なと表現されますが実際には遠心分離で蜜を飛ばすグラニュー糖には及ばず、やはり転化糖成分が多いことが判っています。

日本人が愛してやまない旨味のカギが、他の西洋諸国と少し異なる点を追いかけ始めると、実は日本における製糖技術の歩みが見えてくることになります。

今回ご紹介するのは、その足取りと、僅かばかりに残った当時の製法を海外にまで追った貴重な記録を合わせて一冊にまとめた「日本の砂糖近世史」(荒尾美代 八坂書房)です。

著者は大学で学術博士号を取得された南蛮文化の研究者。戦国末期から幕末の開国に至るまで、オランダや清の船舶で輸入される物資の多くが砂糖だったことはよく知られているかと思いますが、日本人が好んで購入した砂糖が、手間暇かけて精製した白砂糖より、精製の甘い粗糖や黒砂糖だったことが当時の貿易史料などから判ってきています。貿易相手のオランダなどにとっては安価な粗糖が高額な白砂糖よりはるかに高く売れるという、濡れ手に粟の構図が続く日本との貿易(だからこそ出島に押し込められてでも貿易関係を継続する価値があったとも)。もちろん日本にとって、特に貿易による銀の流出に悩む幕府にとって砂糖の国産化は是が非でも実現する必要がある重大テーマだったと言えます。

本書は、その砂糖の国産化にあたっての経緯を、主に幕府主導による国産化の先駆を担った、大師河原の名主、池上家に残った記録を軸に描いていきます。あの田村藍水(と平賀源内)が実際に試作を行った記録を含む、江戸時代中期から幕末にかけてのサトウキビの栽培から黒砂糖、そして和三盆に至る砂糖国産化の記録を丹念に追跡、鹿児島から幕府の手を経て、または民間で全国へとその製造方法が広まっていく足取りを史料で追える範囲で広範に辿っていきます。

この追跡過程で著者が疑問を持った点。黒砂糖についてはいずれも同じような製造方法で広まっていきますが、一方で白砂糖のほうは異なった様相を見せていきます。日本伝統の砂糖製造方法として紹介される、日本酒や醤油などの発酵醸造製品を作る際の絞り取りに使われる押し船を応用した和三盆の製法が確立する前段階。現在の遠心分離で蜜の成分を除ける方法を使わずに砂糖を白くする方法として、漏斗による重力で蜜を滴下させる手法と併せて、蜜を含んだ砂糖に土を被せると白砂糖が得られるという記録が出てきます。

俄かに信じられない、土を被せると蜜が混ざった糖蜜が白くなるという史料の記述。ここで著者は大阪、泉南という商業が盛んで温暖な気候を有する、しかも江戸時代に砂糖の生産が行われていたとう記録が残る場所における発掘成果から確かな証拠を得る事になります。縄文土器の深鉢の底を抜いてしまったような素焼きの土器。植木鉢にしては自立する事が出来ず用を成さないこの出土物を疑問に思った考古学者の相談を受けて現物を確認した著者は、遂に確信を得ることになります。これこそが糖蜜を重力で落下させる際につかう漏斗「瓦漏」に違いないと。しかしながら、出土物からはこの瓦漏と組み合わされたであろう土を被せたという証拠を得る事は出来ません。

著者のイメージが史料と発掘成果との間で交わる先に描かれる更なる物語は、南蛮交易のルートを追って海の向こうに飛躍します。著者の研究におけるスタート地点、ベトナム中部での調査旅行において、これら史料の内容および発掘成果とほとんど同じ砂糖の製法が依然として残っていることを突き止めます。南蛮文化研究者の面目躍如ともいうべき、当時の貿易から見いだされる砂糖の生産地であったベトナム(当時の交趾)。本書の執筆から19年を遡る当時、依然としてその製法を使い続けているという作業場で見せられたのは文献と発掘物にそのまま直結する内容。糖蜜を漏斗に入れた後、土を被せてその上から水で土を濡らして重力による水分の滲出によって蜜を鉢の底から抜き取って漂白する工程を目の当たりにすることになります。ここで著者は水分の滲出だけではなく、被せた土がからからに乾くまで放置し続ける点に着目して、藍水の残した実験の史料と照らし合わせた上で、毛細管現象によって蜜の成分が土に吸着されるのはないかとの仮説を述べていますが、当時のベトナムで行った再現例ではあまり上手く示せていないようです。

サトウキビを絞った目の前で煮詰め、漏斗に入れて、重力を頼りに何か月も放置して被せた土から染み出す水を使って蜜を抜くという手法自体、流石に現在はベトナムでも絶えてしまい、製法再現は不可能になってしまったようですが、その一方で従来の製法で作られた砂糖の風味をわざわざ再現する製品が根強く作り続けられていることを改めての取材で目の当たりにする著者。グラニュー糖に糖蜜を加えて擂鉢状の容器で溶かしてから改めて蜜を抜きながら固めるという、当時の製法の雰囲気までも再現して同じ名前で売られるドン・ムンと呼ばれる砂糖の塊。そのまま食したり、料理の材料として使われるようですが、そのこだわりを見ていると、日本人も上白糖という名称を付けて、わざわざ工業的に蜜を含ませた砂糖を日常的に使い続けているという事実を思い返してしまいます。

日本人が愛して止まない旨味を作り出すハーモニーが、当時の作り方から営々と私たちの舌を捉えて離さない点に少し驚きながらも、丁寧に探求された記録からその驚きの製法の原点にまで辿ることができる魅力的な一冊。版元さんらしくあくまでも史学として纏められた内容ですが、歴史が大好きで食にも興味がある方にはきっと楽しく読めるかと思います。

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今月の読本『ものと人間の文化史 醤油』(吉田元 法政大学出版局)歴史と技術で綴る、モンスーンが生んだ大豆と麦が醸し出す発酵調味料

今月の読本『ものと人間の文化史 醤油』(吉田元 法政大学出版局)歴史と技術で綴る、モンスーンが生んだ大豆と麦が醸し出す発酵調味料

法政大学出版局が刊行を続けている叢書シリーズ「ものと人間の文化史」。

動植物や作物、身の回りの道具、そして食材といった、極めて身近な素材をテーマにしているにも関わらず、読み物や雑学本といった形態ではなく、学術レベルに近い水準を以て日本の歴史と文化の中で位置づけていくという、他に類例を見ない作品群です。年数冊というゆっくりとしたペースで刊行が続くシリーズ、毎年新刊を楽しみにしているのですが、今年初めての配本は、これまで何冊かの著作を読ませて頂いて非常に感銘を受けた著者が、シリーズ2冊目として手掛けた一冊です。

ものと人間の文化史 180 醤油』(吉田元 法政大学出版局)をご紹介致します。

著者の吉田元先生は発酵醸造学の専門家。しかしながら、その略歴に示されますように、長く京都に所在する仏教系大学で教鞭を執られていました。農学博士の学位を有され、水産試験場での勤務経験を持つ、人文学部の元教授という特異な経歴。更には、著者の専門分野には科学技術史と言うもう一つの肩書が添えられています。

歴史としての食文化の底辺できわめて密接な関係にある発酵、醸造。その双方を文化史と技術史として同時に語れる稀有な研究者である著者は、これまで主に日本酒に関する歴史についての書籍を執筆されていました。

初めての単著、現在は講談社学術文庫に収蔵されている「日本の食と酒」を執筆していた時から温めていた、日本酒と並ぶ日本の食文化に深く根付く発酵食品である醤油と、味噌。前著でもいずれは研究を進めたいとの想いを述べていらっしゃいましたが、そのテーマを扱うに最も相応しい叢書の一冊として、今回上梓される事になったようです。

あとがきにも述べられていますように、著者の食文化史としての研究のベースとなっているのは戦国時代の奈良興福寺で書き継がれてきた「多聞院日記」(及び、歴代の山科家当主が残した日記群)。そこで述べられている日本酒(諸白)の創始と、味噌から醤油への架け橋となる変遷を伝える記述のうち、味噌の成立からの推移を軸に構成されたのが本書です。しかしながら、本書の構成は著者の指摘を遥かに上回る広範な内容を含んでいます。

東アジア特有のモンスーンと呼ばれる湿度が高く腐敗が早く進む気候。その腐敗の原因を逆手にとって旨味と保存の力に変えていくという、アジア圏に広く存在する発酵調味料たち。中でもカビの力を借りて発酵させた穀物をベースとした発酵物の上澄みを調味料として用いる群のひとつとなる醤油。著者にとって以前からの研究テーマに繋がる魚類を使った発酵調味料である魚醤との違いから綴り始める本書は、その元となった味噌と共に、どのように現在の形に至ったのかを述べていきますが、更に日本の醤油を語るためには欠かせない別の視点も、本論を述べるのと同じくらいの分量を割いて述べていきます。

江戸時代から続く、つい最近まで日本酒には叶わなかった広範な海外輸出とその受容、現地生産に至るまでの道筋。日本酒で殊更にオリジナリティを以て述べられる、火入れと呼ばれる低温殺菌法が、その密封技術の未熟さと併せて限界があった事を、鎖国中にも拘わらず東南アジアで日本製醤油が広まっていた状況やその品質、開国後のイギリスでの受容と風味を犠牲にした高温殺菌に頼らざるを得なかったことを、欧米に残る記録から明確にしていきます。また、利用法の違い(ステーキソースの原料が主)もあって北米では化学分解による代用品が先に普及した結果、本来の醸造製品である醤油が現在のようにあまねく世界中で愛用されるまでには非常に長い紆余曲折があった事を示します(此処で述べられる、戦後の新式2号醤油成立の経緯と醤油の世界展開への繋がりは必見)。

次に、明治以降の近代工業化と醸造業の関わり合いについて、著者は敢えてその失敗例としての日本醤油株式会社の早醸法とその工業化の破たんを例に採り、発酵醸造製品の工業化と大量生産への早急な転換の難しさを述べていきます。その一方で、日本の醸造業に対して、一部に残る品質に寄与しない旧主的な製法には技術者としての疑問を挟んでいきます。記録に残る製法や現在でも継承されている伝統手法を述べる際にも、その手法が品質、味覚に対してどのような効果を与えるのか、材料配分や栄養素、実際に再現をされる際に必要となる発酵過程の検証を技術的な観点で繰り返し行っていきます(但し、それによって再現された物は当時と同じ物かは検証できないと釘を刺します)。

このような製法技術的な視点を更に追求していくと、その発祥に遡る事になるのは必然。本書でも著者が実際に訪問した台湾の例を含めて、その発祥である中国大陸、戦前の旧満州や朝鮮半島における歴史的な発展の経緯や製法の違いに視点を広げていきます。日本の醤油の進化と全く同じ、旨味の元となる全窒素量を効率的に上げつつ、高級品をじっくりと引き出す初回から、原料を徹底的に使い尽くす複数回の絞りと品質の差(醤油になぜ等級が生じるのかを製法から教えてくれます)、清浄な水が得にくい中で、如何に効率的に発酵に結びつけるか、よく言われるばら糀と箱糀の利用法も発酵学的に見た場合なぜ異なってくるのか。その結果として生じる、日本の醤油と台湾、中国大陸、朝鮮半島の大豆発酵調味料とで微妙に異なる味覚の根底にある、アルコール由来成分の残留差。溜り醤油の元としての中国の醤油と言う視点から一歩踏み込んで、大豆発酵食品全体の製法として見ていくと、麦の使い方、その付加方法を発展、改良した先に、現在広く普及している濃口醤油が成立している事が明確に見えてきます。そこには、日本の食文化を語る多くの書籍で引用される和漢三才図絵の味噌、醤油に関する記述の多くが、実は本草綱目をほぼそのまま引用しており、その結果として日本に於ける味噌、醤油の成立における製法の解明が混乱し、歪められている点を、元となる大陸の製法から辿る事で明らかにしていきます。

造りの歴史や技術的視点から見る、醤油の歴史。最後に述べられる世界的な醤油の需要拡大と相反する国内での需要低迷。その一方で、醤油に対する味覚は地域毎の特色が明確に残っており、近代化を進めながらも伝統的な手法も堅持する溜り醤油ならではの製法や味わいへ特別な想いを示し、未だに手作りによる製法を継承し続けるキッコーマン御用蔵での醸造に、敬意とその未来を想う著者。そのような状況下で生産量を倍増させる勢いにある、長い試行錯誤の末に辿り着いた密封タイプ容器開発による開封後の劣化防止策に高い評価を与えます。

遥か昔から続く、モンスーン気候特有の腐敗を味方に付けた発酵醸造食品故に、保存性が良い事から見逃されがちな、風味の劣化や保存法にややもすれば無頓着(これは依然として酒類、特に日本酒)になる醸造家達への研究者としての厳しい眼差しも示す著者。

日本食と食文化を下支えする名脇役にして世界に広がる調味料となった醤油は、決して過去からそのままに伝えられたわけではなく、その製法も利用法も時代と共に刻々と変化していく事を歴史的な展開から導いていく本書。食文化は止まることなく、常に技術革新を伴いながら変わりつつあることを改めて教えてくれる一冊です。

著者の作品を何点か。ご紹介に載せきれませんが、本書を含めて、著者の作品は、特に室町時代から近代まで、ベースとなった京都を中心に、実に豊富な視点で食文化についても語られています。

本書は主に醸造技術を軸に食文化を添える形で綴っていますが、産業史としての近現代の醤油醸造業の発展にご興味のある方へ、吉川弘文館の歴史文化ライブラリー「日本の味 醤油の歴史」(林玲子 天野雅敏:編)もご紹介しておきます。

今月の読本「日本人ときのこ」(岡村稔久 ヤマケイ新書)日本人と松茸の素敵な関係は里山の開発と共に

今月の読本「日本人ときのこ」(岡村稔久 ヤマケイ新書)日本人と松茸の素敵な関係は里山の開発と共に

秋の到来を味覚から告げてくれるのも、新米や栗、果物もいいですが、やはりとびきり嬉しいのは庶民的な秋刀魚に、秋の味覚の王者たる松茸。今年はどちらも不振を極めて寂しい便りが伝わってきていますが、いずれも秋の味覚に欠かせないもの。では、なぜ数ある椎茸類のうち、松茸が味覚の王様になったのか、歴史を紐解いてみると、興味深い物語が隠されています。

今回ご紹介するのは「日本人ときのこ」(岡村稔久 ヤマケイ新書)です。

一般の書店において微妙な扱われ方をされる場合が多いヤマケイ新書。特に装丁がグリーンのシリーズは、ブルーの装丁が施されたアウトドア、登山、釣りといった山と溪谷社のメインストリームとは少しテーマの離れた自然科学的なテーマを扱っており、本屋さんでの扱われ方もバラバラ。ブルーバックスと一緒に並んでいたり、丈のある図鑑用の書棚の脇にそれこそ申し訳なさそうに置かれるなど、結構不遇な扱われ方をしているかもしれません。

そんなあまり目立つ事のない新書シリーズですが、送り出されるラインナップは学術的側面を具えていたり、社会問題にまで通じる等、実に興味深く、何時も新刊を楽しみにしていたりします。特に今回の一冊はその版元さんのイメージとはかなりかけ離れる「日本史」をテーマに置いた一冊。著者の経歴を拝見すると、実は松茸をテーマとして2冊も同じ版元さんから本を出されている事が判ります。従いまして、本書は「きのこ」を表題に置いていますが、その内容は圧倒的に松茸のお話、詩歌で詠われ、物語で語られる姿を綴り、その印象を語る筆致で占められています。特に平安後期から近世までは一貫して松茸のお話に終始します(なお、近世に入ると本草学と菌類図譜でみる、きのこの形態識別と毒の有無に対する認識の違いや、椎茸の榾木の作り方の進化といった現代に繋がるきのこのお話も豊富に語られます)。

新書として手に取りやすい形に纏め直した感もある今回の一冊。しかしながら前著ではメインであった富士山を離れて、本書では江戸時代以前はほぼ一貫して西国、京都がその舞台となります。古くは奈良時代の歌に詠まれたヒラタケから始まり、平安時代になると徐々に唄や史料に見えてくる松茸。室町から安土桃山の頃になると、京都の周辺ではそれこそ大量に松茸が採れたことが史料から判ります。特に、戦国期に入って物資が窮乏する京都における公家や宮家の皇子までも山に分け入り松茸を嬉しそうに追い、巧く収穫にありつければ、縁者に差し入れたりその場で酒盛りを始めてしまう等々、日記に描かれるその姿は、厳しい生活の中でも微笑ましくさえあります。更には、この種の日本の食生活の歴史を綴る書籍では外す事の出来ない史料である、山科家三代の記録から拾われた戦国時代の公家の食事ときのこの登場の仕方、そして醤油の発生による調理、保存方法の変化についても述べられていきます。

近世にはいって江戸が政治だけではなく文化の中心としての繁栄を遂げる頃、数々の唄や読み物に登場するきのこ達の中で、奇妙なことに松茸を珍重するのは京都をはじめ西国が中心であり、江戸ではハツタケが売られるばかりで、松茸はあまり出回っていなかったことが判ります。そして、京都に於いても今や超高級品である丹波の松茸は、江戸時代に於いては卑しまれていた事が判ります。

印象的に語られる与謝蕪村が宇治田原で詠んだ歌の一節。宇治拾遺物語に引っ掛けてなぜヒラタケが物語に出て来るのに、松茸は出てこないのかと訝しがる点に、本書のもう一つのテーマが隠されています。

それは松茸の生育と深くかかわりのある背景。現在、松茸の生産量の6割を占める長野県、その生育場所は程よく手入れのされた山裾のアカマツ林であることは常に云われ続けている事かと思います。モンスーン気候の影響を受ける東北以南の日本列島において森林の極相は広葉樹林であり、アカマツのような針葉樹は遷移の序盤に先駆種として現れる樹種。そのような樹木が山林に存在するのは、その生育場所自体が何らかのかく乱を受け続けている証拠になります。

京都を中心として歴史上、人々の記録の中に営々と綴られてきた松茸。実は、大規模な木造建築によって広葉樹を切り出した後に生育したアカマツがあったからこそ松茸が豊富に採れたのではないかと、最新の植物学と分析考古学の研究結果を紐解きながら述べていきます。大規模な寺社、都作りの度に伐り出される木材。杣として伐り出された伐採地は、伐り出す樹木が無くなると、杣山としての後山から里山としての農耕付随地へ転換していきます。完全な農耕地へ転換する前の秣取り等で人手が頻繁に入る、木々がまばらとなった山に良く育つのが松茸。都の周囲で刈り出す木が無くなる度に、更に遠くから木材を伐り出すため、松茸の取れる場所も徐々に京都から離れていったことが残された記録、唄や物語からはっきりと見出す事が出来ます(今や長野がその里山を最も豊富に持つ場所になったのでしょうか)。

日本人が愛してやまない愛おしいそのきのこが、実は日本人、特に都の人々の暮らしとその環境に密接に関わって来たと知れば、その貴重さと共に、自然に生きる生物ではなく、日本人の暮らしと共生してきた生き物であるという実感が湧いてこないでしょうか。

未だ人工栽培できない、自然のままにしか生きられないようなその生き物が、実は人の手を借りなければ育つ事すらままならないという点にちょっとした愛おしさすら感じながら、きっと京に暮らした人々も、そんな自分たちの生活に寄り添ってきた愛すべき「きのこ」への想いを今に至るまで綴って来たのでしょうか。

本書と併せて読みたい、京都周辺における里山の成立と歴史的な発展を、本書と全く同じアプローチで(引用原典はどちらも同じです)詳述する「里山の成立」(水野章二 吉川弘文館)。そして、時代史の研究では極めて有名な山科家三代の日記から、敢えて日々の食事の記載だけを抜き出して詳細に検討を加えた上で、日本の食生活と食文化の萌芽を読み解くという、貴重かつ、この分野では極めて先駆的なアプローチであったため、本書を始めあらゆる日本の食文化史の書籍で引用される名著「日本の食と酒」(吉田元 講談社学術文庫)。どちらも本ページでご紹介しています。

 

今月の読本「食品サンプルの誕生」(野瀬泰申 ちくま文庫)そのアイコン化の華を生んだ日本人の感性

今月の読本「食品サンプルの誕生」(野瀬泰申 ちくま文庫)そのアイコン化の華を生んだ日本人の感性

最近は大分減ってしまいましたが、食堂やレストランの店先を賑やかに飾っていた食品サンプルの数々。今や食玩や河童橋のおみやげとしてのアクセサリーの方が有名になってしまっているかもしれませんが、バブル崩壊前後の頃は、ごくごく当たり前に街中のワンシーンとして溶け込んでいた懐かしいその姿を追った、本邦初とも言われる、食品サンプル誕生と発展の物語を語る一冊が、この度、文庫化されました。

収蔵されたレーベルは、居酒屋文化に関する多くの著作を収蔵する、ちくま文庫。流石だなぁと思いつつ、さっそく手に取って読んでみました。

今月の読本、7月ラストの一冊は「食品サンプルの誕生」(野瀬泰申 ちくま文庫)のご紹介です。

まず、本書の初版は2002年に刊行されており、今回の文庫化までに15年の歳月を経ています。従って、時代背景を綴る部分については、現在の状況とだいぶ異なっている点を理解する必要があります。特に四章で語られる、韓国及び中国における食堂の様子や提供される食べ物の傾向、食品サンプルへの取り組みなどは現在の状況と全く異なります。また、日本の外食産業における食品サンプルの比重や、店頭における文章によるメニュー説明と食品サンプルの比較の部分などは、当時の状況とだいぶ変わっているかと思います。上海の取材記で著者が述べているように、食べ物、特に外食のメニューは時代と共に変わっていく姿を端的に示すものでしょうから、この辺りの時代差は当然と考えなければなりません(表紙の写真自体が、既にノスタルジーを感じますよね)。

その上で、本書が極めて貴重なのは、日本独特の食品サンプルがなぜ生まれたのか、その誕生の経緯をほとんど唯一、検証を含めて明らかにした一冊である点です。

本書の著者は日経新聞の記者の方。元々は九州地方における地域毎のローカルフードの変遷を追いかけていた際に、実際の料理を確かめる手間を少し端折るために、食堂に飾られた食品サンプルの比較を始めたことがきっかけであったと、今回の文庫化に際して添えられたあとがきで述べられています。

全文に渡って通貫する「日経の文屋さん」らしい筆致が遺憾なく発揮される、食品サンプル発祥を追い求める物語。その後、現在の食品サンプル業界を牽引する会社の社長さんとの巡り合いから、解説用の小冊子を手掛ける事になった際に改めて追跡をし直した、その原点を探し出す取材記は出色と言える内容です。最終的な結論として辿り着いた三つの始まりの人物と、一つの始まりの展示場所。食品サンプルを商業ベースに乗せた大阪から始まった物語は、その発祥と言えるデパートの食堂を辿って東京へ、そして食品サンプルそのものの発祥を訪ねて京都へと舞台を移していきます。阪急、白木屋、そして島津製作所へと続いていく物語は、戦前の日本にも確かに存在した、現在と比べれば質素ではありますが、ちょっとしたぜいたくが出来るようになった、デパートにおける「お食事」、外食の繁盛を切り盛りするための、アイデアに溢れた施策の先にあった事を教えてくれます。

そのアイデアこそが、食堂でメニューを選ぶ際に、言葉や文章を駆使する訳でもなく、実物も用いずに、効率的にイメージを抱かせるための道具としての食品サンプル。更には、テーブルでの煩雑な収受を省く食券による事前購入との組み合わせて、狭い食堂のスペースで圧倒的に効率的な回転率を確保していたことを、当時の資料から分析していきます。

そして、著者はなぜ日本人だけがこのようなアイデアを受容しえたかを検討していきます。本書のもう一つの白眉、日本人の食事のメニューに対するこだわりの分析と食品サンプルの必要性を重ね合わせていきます。

そこには、大衆化と言えるメニューの汎用化の先に、複雑で難解なバリエーションをこまごまと作り出すことをオリジナリティと踏まえる、日本人特有の感性。同じ商品でも土地ごとに全く異なる名称を名付けてしまう、細やかなローカライゼーション。更には、文章を読まず、無意識のうちにイメージで物事を理解しようとする民族性が潜んでいると、ヨーロッパ、とくにフランス料理のメニューやオーダーの方法との比較から鋭い指摘を繰り出していきます。バリエーションと名称の説明を省く手っ取り早い方法、ビジュアルでその差を明確に示すために、本来は料理のイメージを迅速に持たせるための存在だった食品サンプルが、バリエーションの微妙な差を表現すべくどんどん先鋭化していったと事を見出していきます。著者はそれらの延長として、これも日本人特有と言われるロボットへの愛着(昨今の深層学習AIに対する衝撃を殊更唱えるのも日本人ですよね)と同様に、それらの鮮やかな技巧への憧憬の心が、食品サンプルの進化を更に推し進めたとしていきます。

確かに、食品サンプルも食玩も、そのような技巧に魅せられる点は多々あるかと思います。しかしながら、どちらもギミック。本書が上梓された直後から急激に進化を遂げた食玩も、当時は極めて幼稚な技巧に留まっていたはずです。そのように考えると、技巧に魅入る以前に、日本人にとってこれらのギミックが響く点がきっとあるのだと思います。それは、漫画やアニメーションと全く同じ、記号化、単純化された状態から元の姿を自在にイメージするベースを持った、アイコン化への共感。著者が述べるように、食品サンプルのラーメンに載せられるネギはビニールチューブの輪切りに過ぎず、浮かべられた海苔は黒いゴワゴワとしたビニールシートに過ぎません。食品サンプルを見た多くの欧米人の反応の通り、それらは凄くよく出来たギミックではあるが、ギミックであってそれ以上では決してない。しかしながら、私にも、確かに食堂のガラスケース越しに、スープに浮かぶシャキシャキしたネギの歯ごたえを思い起こし、海苔から発する海の香りを感じる事が出来てしまうのです。

デフォルメ化され、アイコンとなったその姿から、豊かなイメージを湧かせる一方、単なる単純化に飽き足らず、細々とディテールやバリエーションに拘り、微細な差異に一喜一憂する。折角単純化、記号化した物を、再び微細に先鋭に分別して仕上げていく日本人の両極端なその姿をまざまざを示す好例が食品サンプルなのかもしれません(逆に、プロトコルや標準規格の制定、デザインシステムや統一的なフォントセットの構築が大の苦手なのは、よく言われる通りですね。言葉を介さずイメージで語るため、共通認識に微妙なずれが常に付きまとう)。

終章で語られるように、本来は迅速にイメージさせるための記号化、デフォルメであった筈の食品サンプルは、冒頭の写真にあるように、もはや本物を超越するほど(本物では出来ないシチュエーションすら作り出す)のリアリティを有しており、その技術と同じような道筋に、現在の食玩たち、そして日本人が好む、限りなく現実で現実ではない、独特なリアリティの構築という世界観が存在することは論を要さないと思います。

日本人が作り出した、イメージをアイコン化する手法の華である食品サンプル。いまや食堂のガラスケースは空っぽというお店も多くなってしまいましたが(初期の食品サンプルは材質の制約もあり、照明や日射によって劣化することもあり、当初からレンタルが一般的だったそうです)、本書が刊行された時点では想定もし得なかった新しいステージを得たその技法は、日本人の感性が求める限りに何処までも先鋭化していくのかもしれません。

 

今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

本ページでもご紹介している、今やほとんど失われてしまった、川をその生業とする人々の語る物語を、同じく川をフィールドとする釣り人のとして、同じ視線で、同じ河畔、溪に共に佇みながら、丹念に聞き取っていった記録と貴重な写真で綴った一冊「職漁師伝」(農山漁村文化協会(農文協))。その原点ともなった、当時の雑誌連載記事を一冊に纏めた書籍がありました。

著者が多くの原稿を出稿されていた山と溪谷社から丁度平成と年号が改まった後、バブル崩壊の足音が忍び寄ってきた平成二年(1990年)に刊行された『溪語り・山語り』(戸門秀雄)が、遂に新生ヤマケイを打ち立てる起点となったヤマケイ文庫に収蔵される事になりました。

編集者の方もこのように推されている一冊。山に纏わる物語や、山村、そして川、渓流釣りに関する書籍は数多ありますが、実際に一緒に溪を歩きながら、更には山の中に掛けられた小屋での語り合いを記録された物語は、民俗学を掲げる方々が一瞬で霞んでしまう程の、山で、川で暮らす人々が工夫を凝らした道具に対する知見と豊かな説話を積み重ねており、ニュートラルな筆致と併せて、他に追従を許さない独特の著述感「日本の溪と山を語る」世界を築き上げています。

本書が更に嬉しい点は、「職漁師伝」では表題の関係上割愛された、広範な川と山に関わりながら生きる人々の物語が語られる点。上田の伝承毛鉤に相木村の計算漁、伊那谷の虫踏み、そして井伏鱒二と下部の床屋さんの物語。一度聞いてみたかった、地元に残る川の物語が続々と描かれていて、多少なりとも地理感のある方であれば、活字を追うだけで、その風景が浮かび上がって来るようです。

更には、尾瀬の風物詩となった背負子さん発祥の物語に、カーボン竿を敢えて手中にする竿師・正勇作氏の苦闘、そして今最も話題となっている熊たちと山の人々の物語。山と川に纏わる実に広範な物語が描かれていきます。

このように書くと、30年近く前に刊行された本を通して、単にノスタルジーに浸るための一冊にも見えてしまいますが、著者の筆致の素晴らしい点は、ノスタルジーに留まらず、その先への想いを込めて、実情を述べていく点。著者が最も気に掛け続けている、最初に取り上げられる雑魚川と広範な奥志賀の山中で活躍した、往年の職漁師の系譜を継ぐ人々が先頭を走る渓流保護の実情や、魚止めの滝の上に住まうイワナ、そして山女と名のつく山村の川で交じり合うヤマメとアマゴ。会津も更に奥地の檜枝岐、そこらか更に渓流の奥深くに構えた山椒魚獲りの燻製小屋にまで大学の研究者と呼ばれる方々が押し掛けて大量の山椒魚の燻製を入手していく(発育不良の治療薬になるらしい)という、山里の物語が、最先端の話題にも繋がる事を示していきます。

そのスタンスは文庫化に当たっても貫かれ、全15本のテーマで語られる全てのお話について、数行ずつとはいえ最新の動向を載せいています。その中で、漁の規模が小さくなったり人が入れ替わりつつも、殆どのテーマに於いて30年近くを経た今でも、人々と山と川との関わり合いが続いている事を確認していく点は、本書が正に今に繋がる一冊である事を雄弁に語るかのようです。

山と川の流れがある限り、人がその場から去らない限りきっと続いていく物語の、失われようとする一面と、今もしっかりと息づいていることを再確認させてくれる本書、もし少しでも山や川に思い出がある方であれば、きっと楽しく、そしてちょっと懐かしくもその姿に、彼らの生き様に、今に力強く生き続けている物語に励まされる一冊かもしれません。

溪語り・山語りと職漁師伝

<おまけ>

本ページより関連する書籍のご紹介。

今月の読本「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)生物学が社会学へと繋ぐ、生態系サービスという名の架け橋は

今月の読本「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)生物学が社会学へと繋ぐ、生態系サービスという名の架け橋は

今年もこのシーズンがやって来ました。

近頃では年間を通して話題に上る事もありますが、やはりピークは盛夏のひと時。庶民の贅沢、夏の滋養の源としてもてはやされたのは既に昔、今や自然環境保護のシンボルに掲げられるようになったその魚が、一時に大量に流通する土用の鰻のシーズンです。

食として、漁獲や養殖として、更には生態の神秘について昨今色々と語られていますが、本書はその先へのアプローチを求めて上梓された一冊のようです。

ウナギの保全生態学今月の読本、「ウナギの保全生態学」(海部健三 共立出版)のご紹介です。

この耳慣れない「保全生態学」という言葉。はじめににもあるように、分量の割には決して安価とは言えない、しかも版元さん故もあって専門書のコーナーに置かれるであろう本書を手に取られる方にとっては、本書の1,2章で述べられる、ウナギの生態や巷間で喧伝される事柄については既にご承知かと思います。ウナギの生態と生息環境についての問題点、そして経済活動上の問題や課題をコンパクトに判りやすくまとめていますので、これらの問題点について理解するための取っ掛りとしても充分有用な一冊です(お値段が許せば)。

その上で本書のキーワードとなる保全生態学という言葉、昨今随分増えてきた、何でも詰め込めば良いと言わんばかりの表記に時に首を傾げてしまう、大学の新たな学科名の一形態にも思えてしまいますが、実際はどうなのでしょうか。

表紙にわざわざコーディネーターとして名前を連ねられている、著者の研究上の指導者である鷲谷いづみ氏が寄稿した巻末辞をご覧頂ければそのアプローチが判るかと思います。生物学がそのフィールドを広げて、広くその生息環境、更には生息環境に関与する社会的な構成にまで議論を広げていくために用いられる、幅広い領域をカバーする名称としての保全生態学。その象徴として、資源的にも有用かつ貴重であり、海と川を行き交い、魚類としては極めて長命を誇るこの奇妙な魚が最も相応しいと感じた著者の想いが述べられていきます。

アリストテレスを持ち出すまでもなく、このようなアプローチを突き詰めていくと最後は哲学に行き着くのは、もはや必然ではありますが、保全生態学はまだもう数歩手前、生物学がそのフィールドを研究室の水槽やフィールドでの調査活動からもう一歩進んで、社会的な価値やインパクトを与える事が出来るのかという道程を模索しているようにも思えます。その中で著者が用いるのが「生態系サービス」という聴き慣れない言葉。環境、経済に対して影響する区分を表を用いてその構成要素を示していますが、ちょっと首を傾げてしまうかもしれません。

人文社会学へのアプローチとして生物学側から提示された枠組み(フレームワーク)なのだと思いますし、その範疇が広く社会全般をカバーしている事はよく判ります。また、その象徴として声なきウナギを掲げる点は理念としては理解できます。一方で、主にサービスの受益者として、その枠組みの観察者として登場する生物学に対して、同じフィールドを経済活動として実際にサービスを供与すべき側に立つであろう水産学から見たとすれば、その捉え方はちょっと外的目線かつ、社会活動的側面が強く出ている気もします(これは理学と工学の分野でも同じことが言われています)。

そのような感覚を最も強く感じたのが、少ないページ数(本文140頁、参考文献を除けば130頁弱)の中で1割を費やして述べる、漁業法第127条(義務放流)に言及する部分。生態学の研究者の方々の多くが、漁獲制限を含む経済的な側面を指摘して(更には水産学に対して)統計的な資源量の調査の不備を指摘される度に引っ掛かる点でもあるのですが、一方で職漁者(特に内水面)にとっては、農業従事者が農地を所有し、里山を入会として管理しているのと同様に、職漁の場もまた同じであるという点が欠落しているように思えるのです。占有面である農場や圃場に対して公害抑止の観点で議論が求められる場合はありますが、それ以外の農耕や収穫に対して第三者の議論が持ち込まれる事はあまりないかと思います(本書では圃場整備による流路の固定化について言及していますが)。一方で、水面に対して完全な占有所有権を設定できず、川や海などが多くの場合、共用すべき空間、資源として認識されているが故に、一方的な漁獲が許されず、持続可能性が求められるが故にこのような条文が用意されており、逆に言えば、職漁者にとっては自らの漁獲の補償の範囲内の責任を有するに過ぎないとも捉えられます(減反やTPPのお話は別としたいですが、ことウナギに関しては、当事者から見れは同じように映る点があるのかもしれません)。

農業者にとっては自らの収穫や自らが所属する社会性の範疇における責任を有するのに対して、職漁者だけが自らの漁獲に対する弁済と規制のみならず、遥かに広範囲な責任を、自らが所属する社会性の外に対してまで負わなければいけないのであれば、その生物学からのアプローチは少々厳しすぎるようにも見受けられます。このような着目点において、職漁者自らが自然遡上を促したり、漁獲削減を含む活動を起こす例も既に出てきており、海洋水産物に関しては行政によるより強力な、資源調査や補償を含む禁漁等の資源回復策が試みられています(その活動には水産学系だけではなく、生物学系の研究者の方が多数協力されているのも事実です)。

その中で、著者が自然の生態を遡る事は既に困難になっていると評するように、コンクリート固めの養殖池然と化してしまった各地の湖沼や河川に於いてこれらの実現を図るためにどうすればよいのか。著者は保全生態学が望むテーマに則り、持続可能な社会の追及を標榜し、市民、そして国際的なステークスホルダーによる協業や意思の集約といったスケールの大きな議論に進む事を望んでいるようですが、その中に河川の水産資源を日々の生業として生きている方々の影があまり見えてこない点に、幾ばくかの違和感を感じながら。

その一生の多くの時間を淡水の影響を受ける水域で過ごすことが求められるが故に、極めて馴染み深い魚種故に環境変化の象徴として捉えられるようになりつつあるウナギ。一方で研究者にとっては、そのヌルヌルとした体のように捉える事を容易に許さず、分らないことだらけ故に、もしかしたら細分化の極限に行こうとする生態学的、分類学的な研究の狭路から、生物学の研究者自らが抜け出すための道筋を描き出そうとしている一冊なのかもしれません。

夕暮れの諏訪湖とシジミの放流実験看板時に「養殖池」とも揶揄される諏訪湖で実施されている、人工砂洲でのヤマトシジミの放流実験湖畔にて。

シジミを始め、江戸時代以降、繰り返し続けられてきた、各地から移植された魚介類によって漁撈が成り立っている諏訪湖。同じく移植されてきたワカサギの採卵事業は、今や日本中の湖沼におけるワカサギ供給の中核を担うようになっています。

この湖にも以前はウナギが遡上しており、対岸の岡谷市は今でもウナギを始め淡水漁獲物料理を名物としていますが、ウナギは完全に養殖頼り。それでも、職漁者や養殖業者が、これらのサイクルの最先端にある事で成り立っている事実を忘れないために。

<おまけ>

本ページでご紹介している関連する書籍を。

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今月の読本「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳 築地書館)その神秘の魚は人と人が交わる中で密やかに物語を語り出す

今年もこれから夏に向けて、あらゆる意味で再び話題となりそうな魚、ウナギ。

世界中のウナギを掻き集めて消費している日本人にとって、これから目の前で繰り広げられる狂想曲と、産卵場所探しや生育環境、更には人工養殖と飽くなき研究へのまい進。ウナギにまつわる物語の殆どがこの国にいれば把握できてしまうように思えてきますが、果たしてどうでしょうか。

サーモン、タラと並んで世界中の人々が好んで食する珍しい魚であるウナギ。その神秘に満ちた一生と特異な姿、人をも凌駕する長寿を誇る生態に魅せられたのは日本人だけではない筈。

そんな想いを改めて思い起こさせる一冊をご紹介します。

自然科学関連で、他の版元さんには見られないユニークな本を送り出してくる築地書館さんの最新刊からご紹介です。

ウナギと人間今月の読本、「ウナギと人間」(ジェイムズ・プロセック:著 小林正佳:訳)です。

本書を手に取られ、表紙や裏表紙に書かれた概要を読まれた多くの方は、おやっと思われるかもしれません。

著者があとがきで述べているように、そしてあとがきでまだ書き足らない想いを埋めるかの如く綴るヨーロッパにおけるウナギ料理の話や、ウナギのヤスのコレクションの雑感に観られるように、本書は当初、訳本に多くあるウナギをテーマにした広範囲な分野をカバーする文化史、生態学を纏めた一冊にする意図があったようです。日本の著作では珍しい、しかしながら訳本では当然とも見做される科学と文化の双方をカバーするウナギの概説書としての体裁。ところが、11年にも渡る取材の結果纏められた本書は、そのいずれにも当てはまらない内容へと着地しています。

著者は著名なアングラーであり、パタゴニアの創業者とコラボレーションを行うナチュラリストとしての側面も有する、自然科学関連ではかなり著名な方(本書の取材に於いても、ナショナルジオグラフィック協会の支援を受けた事が記されています)。多くの生物に関する著作を有する彼が本書で辿り着いた地平は、ウナギの物語ではなく、ウナギを挟んで語り合う著者と登場人物たちの人と人の物語。

冒頭と中盤に分けて描かれるサルガッソでの産卵場所の追跡や、シラスウナギのバイヤーの遍歴、中間に差し挟まれた、現:日本大学の塚本教授との語り合いの部分だけ見ていると、ライターの方が書かれた、良くあるウナギの不思議物語を読んでいるかにも思えてきます(塚本教授の印象を傍点付きで語る著者の視点には、氏の著作を複数読んだ身として深く同意するところです)。ウナギの生態や食材としてのウナギ、更には研究の物語など魚が好きな方なら思わず喜んで読んでしまう内容も豊富述べられています。

その一方で、3章から始まる(訳注を見ると、原著では3,4章で一つの章だったようです)マリオとウナギの物語を読んでいくと、その民俗学的なアプローチとルポルタージュ的な体裁の記述に困惑されるかもしれません。民俗学的なテーマを掲げた本では良く見られる、取材する側と取材される側の葛藤や迂遠に引きずり回させる回答への道筋、相手に徐々に呑まれていく著者とすっきりしない結末など、ウナギの生態や物語を知りたいと思われる方にとっては、時に苦痛すら感じる内容かもしれません。更には、アメリカの人里離れた川縁で大きな簗を毎年のように組み直しては、秋の増水時期に降下するウナギを待ち望む世捨て人のような燻製作りの男との会話、そして登場人物たちに誘われるように向かったポンペイでのウナギの伝説を追い求め、夜な夜なサカウに浸っていく著者と、そのアプローチに興味を抱き協力する若いCSPの職員。

ここまで読んでいくと、本書が単にウナギの物語を語っているとは思えなくなってきます。初めは乗り気ではなかった、あまり興味のなかった11年前の著者と、溢れるばかりの書き切れない内容をあとがきに綴り、それでも興味が留まるところを知らないと述べる著者。ウナギに魅せられていった著者と、おなじように著者が訪れた世界中の場所で、ウナギに興味を持ち、惹かれ、魅せられ、研究され、信仰し、神聖視し、恐怖し、稼ぎ、食し、育む…著者と交わった人々の物語。

春になると、金が舞い飛び密漁を含め多くのシラスウナギが東アジアに集結し、熱暑の時を迎えると、極東の島国に集められたウナギたちは鮮やかな手つきでかば焼きに仕立て上げられる。一方で、紫外線照明が降り注ぐ研究室ではシラスウナギの稚魚が水槽の中を舞い、雄ばかりの奇形ウナギにホルモン注射を与え続け、南の海では「科学者」でありつづけたい男たちが政府の資金でその産卵場所を嬉々として追う。

秋になれば、ニューヨークの奥地の川では黙々とひと夏をかけて巨大な簗を仕掛けた男が息子と二人、嵐の到来を待ちわび、南半球では、何十年もの間、川や湖で過ごして巨大に育ったウナギたちが満つる時を悟るかのように砂洲を越えて海に帰る時を男たちが見守る。その横で彼ら、彼女らが紡いできた物語に寄り添うかのように、窪地の水たまりに潜む巨大なウナギに餌をやり、時に手を差し伸べ、さするように愛おしむ人々。学問として語り継ぐことを決心した次の担い手たち。そして、南の島で自らの起源と生誕を来た道をその不思議な生き物に重ねて物語を編み、そっと伝えていく人々。

ウナギを介して交わった人と人の物語を編み重ねて綴られた本書は、その未だ生態の全容も判らず、生まれいづる場所すら容易に明かそうとしない、ウナギ自身の神秘のベールのように、著者の秀逸な筆致に載せて、大洋のようなその世界の広さを往きつつ、大海を渡って河口に辿り着いたシラスウナギを掬うかのように、僅かに捉えた事実をほんの少しだけ我々に垣間見せてくれるかのようです。

 

<おまけ>

本ページでご紹介している関連する書籍を。