今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

今月の読本「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)「優秀生」たちが抱く、こそばゆい程にソリッドな想いを受け止める本達と陽だまりの場所へ

本を読みますか。

私はこの本を仕事の昼休みの時間にこつこつ読んでいましたが、学位持ちすら珍しくないスタッフが何十人も集うこの場所でも、お昼休みに本を広げる人はまず居ない。いわんや文芸関係の話題など雑談でも決して出てくることは無いという現実。

本離れが叫ばれて久しい昨今で、自分の周りにある現実と、この本に描かれた、まるで高度成長期を思わせる(内容は間違いなくこの数年の出来事なのですが)、ノスタルジーで古びたアルバムの片隅に残された写真のような物語のギャップに戸惑いながら読み進めた一冊。

今月の読本、「高校図書館デイズ」(成田康子 ちくまプリマー新書)をご紹介します。

著者は札幌近辺の高校で長年に渡り司書を務められた方。表題からすると一見して司書さんが其処に集った学生たちを紹介していく体裁に見えますが、内容は少々異なります。

13人の高校生(卒業生を含む)たちそれぞれが自分の言葉で話し始める体裁を採った物語。ある種の文集に近い感じで纏められた物語達は、著者の手によって描かれてますが、その内容は全て本人たちに内容を読んでもらって纏め直したもの。実質的には13人の高校生たちが自ら綴った高校生時代を語る一ページとして捉えられるようになってします。

それぞれの登場人物たちは「今時」で「普通」の高校生とはちょっと異なります。読書感想コンクールで賞を取ったり、ビブリオバトルで東京の決勝大会に挑んだり、文集に寄稿したり、中学の頃から作家を目指していたり、帰国子女だったり…。著者の職場である図書室に集った彼らは、図書委員(図書局員と呼ぶ)であったり、他の部活と掛け持ちであっても本を求めて図書室に良く訪れていたりと、既にこの場所に集う前から何らかの形で本との結び付きを持った生徒達です。そこで語られる本達も所謂文芸書が殆どで、最も同年代で読まれるであろう「活字」であるラノベはおろか、漫画や実用書、歴史や学術系の書物が触れられる事は殆どありません(中には、飯間浩明さんの著作に興味を抱く、文字に魅せられた辞書好きといった極めて個性的、いや将来有望すぎる生徒も)。そのような意味では、既に本を読む事を普段のワンシーンに取り込んでいる、あまり一般的とはいえない生徒たちの読書物語なので、この本を以て読書離れの昨今に対して何らかの表明を行おうとか、読書のきっかけを提示しようとかという、読書に対する遅ればせながらの啓蒙を意図する感じはみられません。

現在を啓蒙するより遥かに遠い過去、まるで昭和という時代にその場所で語られたであろう、文芸に触れた若者の余りにもソリッドでナイーブな反応をそのままに集めた文集のような体裁に纏め上げた著者。本シリーズが岩波ジュニア新書と並んで学生層までをターゲットとした作品を揃えているために余計に感じるのですが、その綴られた内容が余りにも現実離れした内容、いいえ、懐古的なテーマとエピソードを敢えて拾い出しているような感触に強い違和感を感じたのでした。

それでも、クラスや部活といった時間軸で拘束されたり、固定化された仲間であったり、学生ゆえの成果を求められる場とは異なる、図書室という緩やかに生徒が集う特別な時間と空間、その空気を作り出す、全ての生徒に対してニュートラルな立場を採れる司書という立場。ソリッドな想いをダイレクトにぶつけてくる生徒たちと、それを優しくも何処かに誘導する訳ではなく、ありのままに受け止めようとする著者。自らの豊富な読書経験と、豊かな物語が詰まった図書室という空間を最大限に生かして、物語と出会う広がりを与えてあげる事で、少しずつその想いが豊かさを増し、着地点を自ら見つけ出していく生徒の瑞々しい言葉たちを、なるべく損なうことなく拾い上げていこうとしていきます。

皆一芸に秀でた「優秀生」ならではの抱える想いに、彼らが手にした本と物語がどう響き合い、応えて来たのか。著者の読書への想いと生徒たちの想いが交わる暖かい場所、図書室を舞台に綴られた物語に、もう絶滅してしまったかと思っていたそんなシーンが、北の大地でしっかりと今も息づいている事を確かめながら。ちょっとピュアすぎる登場する生徒たちのその想いに、眩しさと羨ましさを感じつつも(年ですなぁ)、物語を読むってこんな事だったよねという、原点を再び思い出させてくれる一冊です。

今週、貴方が手に取った一冊は、どんな思いを語りかけていますか。

 

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今月の読本「桜風堂ものがたり」(村山早紀 PHP研究所)本と書店員さんが織りなす6つの物語が編み上がる時、一冊の本へ想いは結ばれる

今月の読本「桜風堂ものがたり」(村山早紀 PHP研究所)本と書店員さんが織りなす6つの物語が編み上がる時、一冊の本へ想いは結ばれる

New!(2017.4.15) :

New!(2017.1.18) : ご紹介しております村山早紀さんの小説「桜風堂ものがたり」が、本年度の本屋大賞、最終ノミネートの10冊に選ばれました。

本屋さんの日常を応援したいと願って描かれた作品が、多くの書店員さんの心を動かしたようです。今度は本屋さんの事を愛してやまない、より多くの皆様に、本作品をご覧頂ける事を願っております。

 

 

夏過ぎに発売の噂を聞き、秋には本屋さんに並んだとの話を聞いていたのですが、この僻地では本屋さんを転々と巡っても手に取る事が出来ず。

テーマ故、いや本を買う時の矜持として、なるべく一度は目を通してから手にしたい、どんな想いでこの本を書かれているのか、エッセンスだけでも読み取って、チラ見でもいいから中身を見てから買いたいという想いには勝てず、いたずらに時だけがどんどん過ぎ去ってしまいました。

制作支援メンバーズとして応援していた、映画「この世界の片隅に」の完成を見届けるために、久しぶりに地上に降りた(八ヶ岳南麓から東京に向かうと、正に天空から地上に降りる心地)際に、漸く立川のオリオン書房(ノルテ店さん)で出会う事が出来ました。既に第3版まで進んでいた事に少々驚きながらも、面陳だったことにちょっと喜びながら手にした一冊。じっくり読ませて頂きました。

桜風堂ものがたり今月の読本、「桜風堂ものがたり」(村山早紀 PHP研究所)です。

常々、本屋さんや書店員さんへの想いをSNS等で発信されている著者。これまでも作品の中でその思いの片りんを描いていましたが、遂に本屋さんを舞台とした長編小説としての一冊に結実したようです。

長編小説と書きましたが、その様相はちょっと異なるようです。どちらかというと短編作品が多い著者ならではなのでしょうか、主人公である書店員の若者の物語と登場人物毎に組まれたエピソードが、章ごとに折り重ね、編み込まれるように綴られていきます。一つ一つがサイドストーリー的な体裁を持つ、本と本屋さんを巡る6つの物語。主人公が勤めていた街中の百貨店に構える古参の書店とその同僚が描かれる3つのストーリーと、主人公が向かう先となる、山里の小さな書店とそこに集う人々の物語。そして、物語の背景と軸となる、主人公に繋がる二人の人物の物語が織り込まれていきます。表向きには幼げで少しメルヘンチックなストーリーや、著者にしては珍しく男性同士のやり取りがメインとなるストーリーも出てきますが、それぞれの物語は、著者特有の旋律を奏でていきます。

諦念とその思いを禊ぐ、贖罪の物語。

物語は結末においても解放されず、その余韻を残したまま、次のステージへと向かうようなそぶりを見せています(これは、著者が何時も述べるように、続編への伏線を残すことを意図しているようです)。ある往年の名脚本家が久しく忘れられたころに刊行する、一冊の本への想いに編み上げられるそれぞれの物語。その発端となる主人公とその本との巡り合い、繋がりの起点がやや弱いかなとも思わせますが、どうやら本編において、主人公である青年の物語は、それぞれの登場人物によって語られる物語のキーシチュエーションとして、または橋渡し役、プラットフォームに徹しているとも思えてきます。

そして、物語を動かしていく駆動力、トリガーとしては、著者が日ごろお世話になり、憧れ、時として戦場とまで述べる「本屋さん、書店員さん」の舞台裏がふんだんに描かれています。実際に本屋さんにインタビューして描かれたその側面、書架やPOPへの入れ込みや日常的な仕事ぶりの描写はかなり力が入っており、非常に興味深い一方、例えば名物書店員さんとして…と言われても、はてと首を捻ってしまう、内輪話的に見えてしまう時があるのも事実です(文芸誌とかに疎いせいですかね)。

全編に流れる書店員さんへの熱い思いと、本と本屋さんへの危機感を滲ませながら、厳しい中でもそこを愛し、生活の場とする登場人物たちが一冊の本に結び付く時、物語は終点に向かって力強く動き出していきます。それぞれのパートに分かれたストーリーが一つの物語に収れんするとき。それぞれが抱き続けた諦念は決して解放されることも、赦しを受けることもないかもしれません。特に主人公は舞台すら新たなステージが与えられますが(SNSとブログという極めて薄い繋がり合いから描き起こす点は、正にファンタジーでしょうか)、背景に色濃く描きこまれた彼自身の物語は、そのまま著者の創作が集う場所、風早の街に、ほかの紡ぎかけた物語と一緒に留め置かれているようです。

貴方は決してちっぽけな存在ではない。貴方の想いに直接応えてあげる事は出来なくても、貴方の想いをあなたの側で分かち合ってあげる事が出来なくても、たとえ僅かで、か細い繋がりであっても、その先には貴方の事をこんなに想っている人たちがいるんだよと、伝えながら。

融けない余韻を残しながらも、みんなの想いを乗せた本が送り出されるフィナーレーの舞台を、それぞれの見せ方、アプローチで飾った登場人物たちは、次の物語へステップを踏んでいく。更に厳しくなる環境の中でも、本と本屋さんと書店員さんの日々は再び巡り続ける。

本と、本屋さんと、書店員さんがそこにいる限り続いていく物語に描かれたエピソードと煌めき、僅かばかりの奇跡を一冊の本として昇華した本書が、これからも、その「本屋さん」が育み続ける物語の一ページであることを願って。

<おまけ>

本ページでご紹介している、村山早紀さんの著作を。

今月の読本「竜宮ホテル 水仙の夢」(村山早紀 徳間文庫)寄り添うその想いは静かに満ちていく

今月の読本「竜宮ホテル 水仙の夢」(村山早紀 徳間文庫)寄り添うその想いは静かに満ちていく

ホームの八ヶ岳南麓を暫く離れている間、大好きな本が無い生活を続けていると活字欠乏症(あ、その間も英文タイプ文面は嫌だという程読まされるのですが)が頭をもたげてきます。

それでも時間に余裕ができると、スマホでちょっと長めの記事などをひたすら読み続けて欠乏症の解消を図るのですが、やっぱり紙の本をゆっくりとめくらないと満たされない。本と活字と向き合うという心地よさが何よりも自分にとって必要なことを痛感する日々を送っていたのでした。そして、久しぶりに南麓に帰ってくると、次の出国までの間にひたすら本屋さんで本を買い込んでいる自分がいました、失った何かを埋めるが如く。

そんなタイミングで、本屋さんの書棚から鷲掴みにして手に取った(ごめんなさい)今回の一冊は、本好きの方(活字偏執性な私は除外)にも深く愛されている作家さんの最新作からご紹介です。

竜宮ホテル 水仙の夢竜宮ホテル 水仙の夢」(村山早紀 徳間文庫)です。

著者の一連の作品群「風早の街」を舞台にしたシリーズの第3巻。前の2巻は主人公である響呼をメインに置いたストーリーを軸に、竜宮ホテルに集う登場人物それぞれの物語が展開されていきますが、インターミッション的な第3巻目は少々様相が異なってきます。

冒頭から、前作「魔法の夜」のエピローグに続くような、ひなぎくのモノローグから始まり、全4話で構成されるそれぞれの物語を貫くような一貫したストーリーは用意されていません。むしろ、これまでの2巻で語られてきた伏線を回収するようなストーリーと、少々唐突的に差し込まれたサイドストーリーが語られていきます。

その辺りの事情はあとがきをご覧頂ければと思いますが、一見、繋がりが無いように見える個々のストーリーに対して、主人公の響呼の描かれ方はシリーズの3巻目としての明白な位置づけがなされているように思えます。

1巻目では自分の力に怯え、自らを恨み、心の殻に閉じこもりがちな響呼が、竜宮ホテルのメンバーと触れ合うことで、少しずつ心を開いていく。自らの居場所、自分を慕ってくれる存在を得ていく。2巻目ではまだぎこちないところを見せながらも、自分を慕ってくれるひなぎくの姉として、そして自らの力と向き合う事で、今度は自らの心、触れ合いを求めていく人々の想いに応えていく。そして3巻目である本書は、自らの心からもう一歩踏み出して、自分の事を親しく思ってくれる人の心に寄り添っていく姿を描いていきます。

何百年もの間、ひたすらその想いに寄り添い続けた人と語り合う中で、その憎しみの邂逅に触れていく。自分の想いの支えとその結末をそっと受け止める。人の想いの強さ、苦しさをそっと傍らで聞き届ける。そして、大切な人のどうしようもないやるせなさをじっと見つめ、側に居てあげる。彼女がずっと否定してきた、でも本当は欲しかった、彼女が竜宮ホテルで、風早の街で出会った人々との絆が深まる中で、物語も降りしきる雪が降り積もり、一面を白く覆い包むように少しずつ深まっていくようです。そこには表紙に描かれた絵のように、冒頭のモノローグと終章のモノローグでフォントを使い分けているように、響呼に寄り添うひなぎくの成長も描かれていきます。まだちょっと勇み足もあるようですが、今度は自分が誰かの為に寄り添えるようにと願いながら、その願いの先にある想いにも触れながら。

そして、今回はサイドストーリーらしく、前2作と比べると著者自身が執筆中に抱いていたであろう想いがよりいっそう濃くストーリーの中に描き出されているようです。

著者にとって最も身近な場所である、海に浮かぶ空港と白いレースのベールをかぶったご婦人が日曜日になると行き交う坂の街、その坂の上にある椿の木に寄り添う小さな本屋さんへの愛しい想い。著者が大好きなデジタルガジェットを生み出す光速の奔流の中で、「魔法」を操り、生み出す人々への畏敬と葛藤への想い。流れ来る人々、彼らを迎え入れる人々がお互いに抱く、複雑で時には残酷な想い。そして最後まで伏せられていた、前後で交錯していくストーリーが無ければ読むのを少々躊躇ってしまう想いの結末を織り込みながらも、「陰の気が集まり、静かに休らう場所」、竜宮ホテルに集う登場人物たちそれぞれの想いは昇華しつつ、ほんの少し寄り添うという言葉の意味を変えながら、ストーリーは4巻目となる次のステージへと進んでいくようです。

読まれた方の心にその想いが響く時、その魔法使いたちが集い、彩なす物語は、きっとあなたの中にある「魔法」そのものでもあるはずだから。

竜宮ホテルシリーズ本編第三話「見えない魔法」へのオマージュとして。その世界が最も輝いていた時、世界で初めてサービス開始に漕ぎ着けた3G携帯電話の実用第一号モデルを一緒に(第一期試験サービスのモニター故に所有している、試験後に回収された端末の代替として頂いたN2001、もう時効だと思うので)。登場人物のシチュエーションと自分の直近の事情の余りの近似性に素直に驚きつつ、もしかしたら、ほんの少しその想いに寄り添えたかもしれないという勝手な妄想を重ねて。

<おまけ>

 

今月の読本「かなりや荘浪漫 星をめざす翼」(村山早紀 集英社オレンジ文庫)その苛まれた想いを遂げる道筋で

今月の読本「かなりや荘浪漫 星をめざす翼」(村山早紀 集英社オレンジ文庫)その苛まれた想いを遂げる道筋で

クリスマスを越えて、周囲はすっかり年の瀬モードの週末。

少し華やかな雰囲気が漂う世間様とは裏腹に、風邪をこじらせ、頭痛に悩まされ、鼻水を垂らしながら布団を被り続ける状態に嫌気が差してくると、どうしても本に逃げ出したくなる。

布団を抜け出し、暗がりの中でストーブを抱えてがっつりと歴史関係の書籍などを読んでいたら、頭痛が倍増してきたので、鎮痛剤飲みつつ、少し気休めにと積読状態にしてあった一冊に手を伸ばしてみます。

かなりや荘浪漫 星をめざす翼新ジャンルノベル系の集英社オレンジ文庫に書き下ろされた、村山早紀さんの新作「かなりや荘浪漫 星をめざす翼」です。

本作は昨年春に刊行された、「かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち」の続編となる一冊。著者のあとがき通り、一年を経ずして続編が登場しました。そして、本作のあとがきにもありますように、更にもう一冊の続編が予定されています。

かなりや荘に集う登場人物たちの紹介と、主人公となる茜音が、かなりや荘の一員となるまでを綴ったアプローチとしての一作目に続く、茜音とその周囲に集う人たちの物語を、主人公の茜音から少し離れて、親友であるモデルのユリカ、敏腕編集者の美月とその周囲の人物から描いてきます。

前作で語りきれていない登場人物がいる中、本作では更に登場人物が増えていくのですが、彼らの登場する舞台はこれまでの作品と少し様相を変えてきています。著者の作品で用いられる一貫した舞台である、かなりや荘がある風早の街をベースとしながらも、本作ではその舞台構成から少し離れて、出版社の会議室や、飲み屋のカウンター、そして神楽坂の小さな本屋さんと(エピローグではK王プラザホテルと思われる場所も)、更にコンパクトな舞台を用意しての、近接感のあるセリフのやり取りが前作以上に際立ってきます。

その中で、著者の作品に特有の、全ての登場人物がそれぞれに相手を想う心と、その想いの強さ故に逆に苛まれる自身との折り合い(邂逅)を求めていく物語が本作でも語られていきます。独白が続く、側に居てくれる人への溢れる想いと、それに応えられない、その事自体に委縮してしまい本心を明かす事の出来ない登場人物達。エピローグとして掲載された(3部作となったので、スペース的に余裕が出来たからでしょうか)茜音の母であるましろのストーリーは、ほぼ全編を通して彼女のそのような想いを独白で綴っていきます。許せない自分と、温かく許してくれて居場所を与えてくれる、かけがえのない人々と、それに対して冷淡と嘲笑を以て迎える人々。その狭間で苛まれながらも、生への眩しさを見せてくれる、何時も自分の側に居てくれる、もう一つのかけがえのない存在への想い。

しかしながら、これまでの作品と読み比べてみると、少し明るさも感じさせる本作。茜音を始めとする本編の登場人物、そしてましろのストーリーにしても、その旋律の過程と未来は決して明るものではないのですが、何処か未来を感じさせる、その先にある明るさを滲ませる筆致で描かれている点が、諦念だったり切迫感の中からストーリーを立ち上げて来た、これまで読んできた著者の作風と少し違ってきているように思えてなりません(私自身が、その間に著者が良く描く、逃げ遂せない「死」を目前にしたことも影響しているかもしれません)。

更には著者自身の独白でしょうか、編集者である美月の言葉を借りて、昨今の出版不況厳しさの中で本を送り出す人々に対する想いと、それを受け取ってくれる読者に向けたメッセージが織り込まれていきます。デジタルガジェットやSNSを好む著者らしい表現で、こう語っていきます。

「自分の好きな作品を買い求め、支持していく事で、作品を応援することができる。これは「魔法」なのかも知れない。ささやかで、でもたしかに、自分の望む、良い方へと世界を変えてゆく魔法」

その隣にいる大切な人を想うように、その想いに応えられない事を悩むより、僅かでもその想いが自分に向けられている事を心底感謝し、励みにし、そして再び前を向いて歩いていけるように。

その「想い」という小さな魔法は、あなたの側には居なくても、あなたには見えなくても、何処かであなたを励まし続けているのだから。

本作も続編が予定されているため、彼らの想いがどのように昇華されていくのか未だ不透明ですが(著者の作品の場合、続編が途絶える場合もあるので、全てが語り尽くされる事が無い場合もあります)、あとがきによれば著者の中では既にそのストーリーが着々と育ちつつあるようです。

P1060268八ヶ岳颪が吹き付ける、雪雲が晴れつつも雪が舞う真冬の陽だまりの午後に読んでいたその本の先に、登場人物達と共にゆっくりと育ちゆく新たなストーリーが、春の陽だまりのように暖かく、そしてしっかりと前を見据えた物語として、再び読者の前に現れてくれることを願いつつ。

kanariyasou_romanこれまで読ませて頂いた文庫本達と、ちょっとお遊びで…。

 

今月の読本(特別編)映画「ちえりとチェリー」とノベライズ版「ちえりとチェリー」(中村誠、島田満:共著 伊部由起子:絵 角川つばさ文庫)

今月の読本(特別編)映画「ちえりとチェリー」とノベライズ版「ちえりとチェリー」(中村誠、島田満:共著 伊部由起子:絵 角川つばさ文庫)

New!(2015.10.1):映画ちえりとチェリーの公式サイトがリニューアルしました。

Chieri and Cherry top2

依然として劇場公開情報は掲載されていませんが、プレイベント的に東京国際映画祭での公開が決定しました。詳細は公式サイトにて。

 

いつも本ページで扱っている書籍とは異なるスタイルの作品のご紹介です。

本ページのサイドバーでご紹介している、映画「ちえりとチェリー」。

ちえりとチェリー

日本では数少ないパペットアニメーション(人形アニメ)製作者でもあり、脚本家、グラフィックデザイナーにして、大手アニメーション企画、制作会社のプロデューサーでもある中村誠さんによるオリジナルパペットアニメーション作品。

先般、一般公開に向けたクラウドファンディングで無事に目標額に到達、スローシネマという新しい興行形態で全国を巡る劇場公開が実現することになりました。

今回ご紹介するのは、本作の劇場公開を前にノベライズ版として刊行された一冊です。

文庫版ちえりとチェリーちえりとチェリー」(中村誠、島田満:共著 伊部由起子:絵 角川つばさ文庫)です。

この角川つばさ文庫というシリーズ、本ページをご覧頂く方には馴染みのないレーベルかもしれません。

数多くのレーベルを抱える角川グループが刊行するノベライズのうち、最も低年齢層向けに用意されたレーベルがこちらのつばさ文庫。本文の漢字にはすべてルビが振ってあり、文字サイズも大きめ、イラストもふんだんに載せられている、主に小学校中学年までの読者を想定した作品群が収められたレーベルです。

所謂ジュニア文庫と呼ばれるジャンルの中でも低年齢向けと見做されるレーベルの一冊ですが、執筆者の皆さんはそんな作品の執筆陣とはちょっと毛色の違ったメンバーが集まっています。

メインライターの中村誠さんは、映画版の原作者にして脚本と監督を担当。ロシアと共同で製作したチュブラーシカのリメイク&新作版の監督と言えばご存知の方もいらっしゃるかもしれません。もしくは、アニメファンの方には賛否両論を巻き起こした劇場版AIRとCLANNADの脚本家と言った方が判りやすいかもしれません。

そして、もう一人の執筆者は島田満さん。映画版でも共同で脚本を手掛けられていますが、アニメーションを中心としたキャリア数十年のベテラン脚本家(女性です)。Drスランプ、うる星やつら、るろうに剣心といった往年の名作から、初期のワンピースやドラゴンボールといった大タイトルの脚本を数多く手掛ける一方、劇場版アンパンマン(2作品)、世界名作劇場「若草物語ナンとジョー先生」と「ロミオの青い空」の全話脚本を一人で手掛けられたという、多彩なキャリアを有する方です。

そして、イラストを手掛けるのは伊部由起子さん。映画版のキャラクターデザインを共同で手掛けられていますが、本職はSDキャラと謂われる二頭身キャラや可愛らしい少女を得意とするアニメーターの方で、何作かのTVシリーズでキャラクターデザイン、総作画監督を務められていらっしゃいます。

映像作品のノベライズというと、本編と異なる作者や作家の方が手掛けられる例が多いのですが、本作では映画版のメインスタッフがそのままノベライズを手掛けられるという点でも珍しいことかもしれません。

そして、本作のスタッフ(更には、映画版の主演を務める声優さん)にはある共通点があります。本作を応援しようと決めた理由でもあるのですが、詳しくはこちらをご覧頂ければと…。

ちえりとチェリー挿絵田舎のおばあちゃんの家にお母さんと一緒にやって来たちえり。好奇心旺盛だけど人見知りで、ちょっと臆病な小学六年生。そんな彼女の傍らには何時も大切にしているぬいぐるみ「チェリー」がいっしょに居ます。想像力豊かなちえりが生み出す世界の中では、大人の背丈ほどに大きくなって、話が出来るようになるチェリー。ちえりが困った時には何時も傍らに居て言葉を掛けてくれます。

母子家庭で育った彼女がやって来た古いおうちは、亡くなったお父さんの育った家。法事のためにやって来た彼女は早速、従妹たちとすれ違いを起こしてしまいます。一人法事に行く事から取り残されてしまったちえり、でも好奇心旺盛な彼女はチェリーと一緒に大きなおうちの中へ探検に出掛けてしまいます。

おとうさんが昔住んでいたおうちの中をチェリーと一緒に巡るちえり。懐かしくも悲しい思い出と、亡くなったおとうさんが世界一といつも励ましてくれた、彼女の溢れる想像力が重なり合って生み出された世界の狭間で、ちえりは大切なこと、かけがえのない想いを見つけ出していきます。自分の弱さや恐怖が生み出しているもの、儚くも小さな命の火、そしていつも自分をそっと支えてくれる暖かい想い。

彼女がその想いを受け止めて、一歩踏み出す時、何時も側に居てくれたチェリーと一緒に唱える合言葉、

「いーつーもー。いっしょ」

そして想いを繋げた先に訪れるもう一つの物語…、

少し古い日本の面影を感じさせる、ファンタジックな舞台設定の中、主人公ちえりの視点で少女が自ら一歩踏み出す想いを遂げるまでを語るノベライズ版。原作者で監督の中村誠さんによれば、映画版とはちょっと視点を変えて描かれているとの事ですが、果たして映画版ではどのように描かれるのでしょうか。

残念ながら遠方のため試写に参加することは叶いませんが、白箱版(一応、出資者?)で観られることを楽しみに、そして、スローシネマとして、いずれこの片田舎のスクリーンでも観られる機会が巡ってくる事を願って。

New!(2015.10.31):ハロウィンで盛り上がる週末に素敵なプレゼント。遂に製作応援のリターンでもあるDVDとノベルティが到着しました!これからじっくり拝見したいと思います。

ちえりとチェリー、プロジェクト支援御礼のお品物

<関連リンク>

今月の読本(番外編)「かなりや荘浪漫」(村山早紀 集英社オレンジ文庫)新ジャンル文庫が送る一作目は、小劇場の舞台を観るような、想いが赦しへと昇華するストーリーのプロローグを

今月の読本(番外編)「かなりや荘浪漫」(村山早紀 集英社オレンジ文庫)新ジャンル文庫が送る一作目は、小劇場の舞台を観るような、想いが赦しへと昇華するストーリーのプロローグを

New!(2015.10.31):あとがきで著者より予告が出ていましたが、本書の続編「かなりや荘浪漫 星めざす翼」が11/20に刊行されることになりました。本ページが番外編とありますように、イントロダクション的であった本作。2巻目では徐々にストーリーの中核に進んでいくようです。

 

かなりや荘浪漫 星をめざす翼

2巻目「かなりや荘浪漫 星をめざす翼」のご紹介は、こちらから。

 

<本編此処から>

これまでも各社から複数のシリーズが登場していた、新刊としての文芸作品の文庫シリーズ。

これまでであれば、ライトノベルかファンタジーノベルとして扱われていたであろう、これらの作品群が、昨年の新潮社による大々的な参入を受けて、いよいよボーダレスになって来たようです。

そんな新ジャンル文庫に今回参入したのが集英社。新潮社が男性読者寄りでライトノベルタッチのラインナップを揃えてきた事に対抗したのでしょうか、女性読者寄りのファンタジーノベル基調のラインナップを投入するようです。

初回配本となった今回のラインナップのうち、こちらのページでもご紹介したことのある村山早紀さんの新刊をご紹介します。

かなりや荘浪漫かなりや荘浪漫」(村山早紀 集英社オレンジ文庫」です。

著者があとがきで述べているように、本書はシリーズ化を前提とした1巻目としての体裁をとっているようです。そのため、ストーリー的には主人公である茜音の物語の導入部分が語られるに過ぎません(そのような意味で、番外編です)。

著者の多くの作品が舞台とする風早の街。

本作品も、風早の街にある洋館を改装したアパート「かなりや荘」に集う、心にいくばくかの想いを抱えて暮らす人々の物語が綴られます(今後もそのはず、です)。今回のお話では、著者特有のゆっくりとした導入部で語られる、独白としての茜音の物語や風早の街に巡らされた伏線はあまり使われませんが、次回作以降で徐々に明らかにされていく事でしょう。

そして、ストーリーは明らかに以前の作品である「竜宮ホテル」のテイストを反映したもの。ファンタジーノベル系の読者層に合わせて、少し主人公たちの年齢層を下げて親しみやすさを与えてはいますが、描こうとしている方向性はほぼ同じ。

風早の街を舞台に、其処に居る事に疑問を抱えた登場人物たちの傷ついた想いと、願いと祈りが赦しへと昇華していく物語。

そんな姉妹のような両作品ですが、読んでいくと少し違った見え方もしてきます。舞台がアパートという事もあるのでしょうか、これまでの著者の作品より少し登場人物たちへの距離感が縮まっているような感じをうけます。竜宮ホテルがすこし大きな舞台かスクリーンに映し出される映画の演技を見ている感じがするのに対して、本作ではアパートのダイニングに、そして茜音がこの後に暮らすことになる部屋に入れ替わりで登場する人物たちの息遣いが感じられる、小劇場の舞台で演じられる群像劇を観ているような感触を受けます(本当は感触も息遣いも感じない筈の登場人物も)。これは後半に向かってテンポを上げていく著者の筆致に委ねられる点が大きいかと思いますが、読んでいて親近感が湧いてくる、嬉しい変化かもしれません。

そして、竜宮ホテルとは大きく異なる点。それは、竜宮ホテルが著者と同じ「文章(本)」を以てストーリーが開かれていくのに対して、本作では著者の憧れでもある「絵(漫画)」でストーリーを紡いでいく物語である点でしょうか。そこに重ねる想いは、著者の作品を通して語られる「時を越えて、想いを未来へ届ける事」。

本作の今後の展開は、作品の骨子としては出来上がっているようですが、著者のあとがきのようにまだ未確定のままのようです。著者の想いが、新しい文庫シリーズを支える作品として続いていく事を願いながら。

<おまけ>

本ページでご紹介している村山早紀さんの作品を。

今月の読本「オオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)一枚のお札を巡る、谷戸から山へと昇る繋がりの物語と、不思議な一方向感

今月の読本「オオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)一枚のお札を巡る、谷戸から山へと昇る繋がりの物語と、不思議な一方向感

数年前の新刊以来、書評やネットでの評判、書店でのpopなどを通して、随分評判になっているのだなと、思いながらもなかなか手に取る事はなかった一冊。

たまたた茅野の書店で、著者が主宰するプロダクションの次回作「ものがたりをめぐる物語」のPR用として刊行された、諏訪の風物を扱った小冊子「そもそも」と一緒に置かれていたために、手の取った次第(ちなみに、私が「そもそも」を手にした書店は、プロダクションの公式サイトの取り扱いでは紹介されていません。所謂観光スポットではなく、地元の方が最も身近に手に取れる場所なのに…ちょっと残念)。

オオカミの護符とPR誌そもそもオオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)です。

この物語を巡るアウトラインを述べるのは、映画として、TVのスペシャル番組として、そして現在では溢れんばかりに流れる情報ソースの中で色々と語られれていると思いますので、今更かと思います。

著者の人となりと、その溢れる好奇心。川崎北部の谷戸を故郷に持つという妙な親近感(私の本籍は川崎の中部辺りにあり、先祖を辿ると多摩川の川渡しの家系に繋がる事を、幼い頃によく聴かされた)と、登場する地名の懐かしさから、少し嬉しくなりながら読み進めていたのですが、巻末に行くに従って微妙な感触を持ち始めます。

一枚の札を巡る著者の想いが、オオカミへの信仰という一側面を離れて、秩父の山々そのものの信仰へ向かって収斂していく過程の描写は見事で、納得させるものがあります。しかしながら、同時に語られる、失われようとしている谷戸や山里における慣習や、風俗への想いに著者が満たされていく様子を読んでいくうちに、何故か7000戸にも達するという、現在の谷戸に住む人々が、筆致の中から徐々に消え去られていく様な感触を得てしまったことです。それでも、著者は要所で配慮を示す筆致を入れていますが、その想いの馳せる先は、一途に山へと延びていき、今の里に住む人々への想いには、なかなか戻ってこないようです。

その上で、著者は里で農耕を行う「お百姓さん」が山へ山へと集っていく、そして山で彼らを迎え入れる風物について、失われないうちにという強い想いを込めて、精力的に取材を続けていきます。また、そのお札を奉り、彼らに対して供物を捧げた人々の営みについても、著者の経験と取材を通して述べられていきますが、何故、山の人々がそのお札を里に配る必要性があったのかという事が、すっぽりと抜けているように思えたのでした。著者は里の「お百姓さん」が、農作物の豊作と天候の安定を願ってそれを求めた事を丁寧に説明されていますが、そもそも御師にしても山から下って来るものであり、講はその御礼として組織されるものの筈。そこには山の側から求められる、経済的な結びつきが生じていたはずなのですが、本書では最後まで述べられることはありません。

図らずも直近で読ませて頂いていた、本書(文庫版)でも解説を書かれてる内山節氏の著作で、著者が指摘している点と同じ点に着目します。山の生活における「稼ぎ」と「仕事」。そこには山里の暮らしが山里だけでは完結しえない事を明確に示しています。「稼ぎ」としての経済活動。川の流れ、峠に沿った往来との関わり合いがあって初めて山里の生活が成り立つことを述べています。著者はその中で「仕事」としての側面に強く印象付けられたようですが、一方でほとんどの生活が「稼ぎ」の場となっている現在の里にも、何らかの想いは宿っている筈なのですが、その想いを描くことは本書の範疇を越えてしまうようです。

そして、内山節氏が著書で暗示するように、現在の山里の「稼ぎ」の場が「公共工事」であることも。

繋がりを求めて描かれた、著者の山へ対する強い希求の念の一方にある、山の人々が欲したであろう里との繋がりが語られることのない本書を読みながら、少しばかりの困惑を感じながら頁を閉じた次第です。

諏訪を起点にして語られる、次作「ものがたりをめぐる物語」が、山深い信州から飛び出して、東京へ、そして世界へ向かって活路を見出していった諏訪の人々の物語を汲み取ってもらえる事を。その昔の御師たちが、全国を廻って彼らの想いと、人々の想いを繋ぐ役割を果たし続けた事が汲み取られることを、(それこそ勝手に)願って。

<おまけ>

本書に関連するテーマの書籍を、本ページからご紹介。