今月の読本(特別編)「長野電鉄百年探訪」(今尾恵介:著 信濃毎日新聞社出版部:編 長野電鉄共同企画)世界に繋がり地域に根差す。社会と文書、人びとが語る地方私鉄象徴の百年史

今回ご紹介する一冊は通常の書籍フォーマットとちょっと異なりますので、特別編として。

今年の5月に創立100周年を迎えた長野電鉄。先ごろ、百周年を記念するかのように営団地下鉄(東京メトロ)日比谷線から2代目となる譲渡を受けた車両導入がニュースとして流れていましたが、近年のスノーモンキーブームや東京圏で活躍していた特急車両の大胆な導入。主要都市圏以外ではほぼ唯一の「地下鉄」路線があり、登山鉄道にも迫る急こう配を擁する路線網など、地元の方のみならず、鉄道ファンの皆様にとっても興味深い私鉄かと思います。

一方で、近年続いた路線網の大幅縮小、スキーブーム凋落による自社の地盤、観光開発の本拠地であった志賀高原からの段階的な撤退、鉄道の運行自体も退潮の傾向が続いています。

内外共に厳しい状況の中で迎えた100周年を記念して刊行された一冊。このような企業の記念誌は多くの場合、取引先関係者や地元の図書館、ごく一部の好事家の方が手に取るに過ぎない特殊な刊行物になることが多いかと思いますが、地方出版でも大変積極的な刊行を続けている信濃毎日新聞社との共同企画という形で、広く一般向けの書籍として刊行されたこの本。

今回は「長野電鉄百年探訪」(今尾恵介:著、信濃毎日新聞社出版部:編、長野電鉄共同企画 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

前述のように、連年積極的な新刊の刊行を続ていける信濃毎日新聞社。多彩なジャンルの作品群を擁していますが、中でも特徴的な「鉄道」「近代遺産」をテーマにした作品群。本作も、それらの作品で執筆を手掛けられる、信濃毎日新聞、内山郁夫氏の編集、執筆によるもの(表紙には記載されませんが巻末に記載されています。因みに、印税は入らないとのこと…。ご本人によりますと、お値段を安くできる理由だそうです)。更に本作では「信州観光パノラマ絵図」でも監修を務めた、大変多くの地図関係の著作で知られる今尾恵介氏が、今回は本編前半の執筆も手掛けています。

今尾氏のファンの方には、巻末に掲載された雰囲気たっぷりで描かれる直筆の「長野電気鉄道長野線 線路縦断面図」だけでも大満足されるであろう1冊。長野在住の方、信濃毎日新聞の刊行物を手に取られた事がある方であれば、村松昭氏が描く巻頭の長野電鉄鳥瞰図も楽しい、バラエティに富んだ装丁。内容の方も大変興味深いところがあります。

大きく3つのテーマに分かれる本書、今尾恵介氏の書下ろしによる、長野電鉄の創業から発展期に行政機関と交わされた公文書の文面と当時と現在の地図、写真を交えて語る、長野電鉄路線敷設の本質を探る前半。内山郁夫氏の執筆による信濃毎日新聞社に掲載された長野電鉄に関する記事と時代の世相を交えた、新聞記事から読む、地元が見つめた長野電鉄の姿。同氏の著作でもある「長野県鉄道全駅」とリンクする形で綴る、長野電鉄全駅(廃止駅を含む)紹介、配線図、鉄道遺構、年表、戦前の観光鳥瞰図の紹介までをぎゅっと詰め込んだ中盤。そして後半は約70頁を割いて掲載される、信濃毎日新聞社長野電鉄が募集した百周年記念の思い出エッセイ・作文コンテスト応募作から、長野市在住の文学研究家、堀井正子さんが選んだ作品の紹介ページ(編集担当の内山郁夫氏より募集主体について誤りのご指摘を頂きました、訂正致します)。

各テーマごとに描かれる内容については本書を手に取ってお読みいただきたいと思いますが、私がとても印象的だった点は、歴史的な経緯から浮かび上がる、地元に密着のようで、実はほんの少し離れた印象もある長野電鉄という存在の位置づけ。

御承知の方も多いかと思いますが、創業者である神津藤平は河東地域でも現在の拠点である県都、長野でもなく、佐久出身の人。その路線免許も元は佐久鉄道が現在の中部横断道を思わせる遠大な計画を抱いて取得したもの。そして、路線敷設のモチベーションとなったのは、当時の信州を象徴する産業で輸出の花形であった養蚕、製糸業のため。敷設当初から地域の足として以上に、産業のため、更には株主に反対されようとも貫いた志賀高原(この名称も神津の地元の地名から拾ったとも)開発。域外、海外からの観光客の誘致、飯山鉄道と争いながら目指し続けた野沢温泉、十日町方面への路線延長の展望。ワンマン経営者らしく、当時の地方私鉄の中でもかなり野心的な計画推進の背景に見える、設計上かなり無理をした湯田中への路線延長を果たす一方、地元の反対による渋温泉、野沢温泉への路線延伸中断、未完という微妙な食い違い。

信越線の屋代を起点にしていたことも大きいかと思いますが、志賀高原と往年の「塩の道」北國街道と対立関係にあった、脇往還だった河東地域(江戸時代に遡る微妙な関係は「一茶の相続争い」(岩波新書)もどうぞ)をベースに、対東京、そして海外へと視野を広げる鉄道にとってある意味後付的な長野延伸と、必要に迫られて整備する事となる村山橋の架橋、高度成長期の長野駅前「地下鉄化」。

興味深いことに、どちらの工事に対しても長野電鉄サイドはかなり出費を渋っていた事が当時の記事にも記されており、村山橋は県道に併設する形で工事費の負担を県と折半(施工認可自体も当時の知事であった、その昔「せめてなりたや殿様に」と謡われた、日本一の大地主、酒田・本間家の長男、本間利雄の口利きと)、地下化の際も高架化との差額は全額県の負担でどうにか妥結の上で着工という、県都、長野を代表する地元の鉄道というイメージから少し離れる、あくまでも河東地域、志賀高原を地盤とした私企業、都市部の大手私鉄すらも見据えた辣腕のデベロッパーであったことが滲み出ています。

地域輸送だけにはとどまらない長野電鉄の歴史。一世を風靡した製糸業凋落の跡を埋めたのも海外を含む観光客の入れ込みと軍靴の音が響き始める硫黄鉱山からの鉱石輸送という、どちらもやはり外の世界へと繋がり求める事。その姿は、オリンピック輸送のため部分的であれいち早く国際化に対応し、ウィンタースポーツに代わってインバウンド需要を一手に担うようになったスノーモンキー人気に対しても迅速に反応し、世界的なムーブメントの潮流に乗せた手腕からも伺えます。

一方で、本来の本線格であった屋代から中部縦断鉄道の夢破れた木島への路線を失い、傍系的な路線であった長野から信州中野までがメインとなった現在の長野電鉄。当時の地方私鉄としては明らかにオーバースペックだった筈の鉄製架線柱を多用した直流1500V電化と国鉄線同等の建築限界は、ラッシュ時の輸送力の確保と首都圏私鉄からの譲渡車両の運行を容易にさせ、建設当時はお荷物的であったかもしれない長大な村山橋でボトルネックとなる千曲川を一気に渡り、地下区間を含む市街地は全線複線で整備された現在の長野線は、ラッシュ時の大量輸送を担い、待たずに乗れる高頻度運転を実施するという、他の地方都市を走る私鉄が失ってしまった自動車、バスに対する利便性を今も維持しています。

その歴史的な推移には地方私鉄の盛衰という影の姿と、今も脚光を浴びて活躍し続ける光の部分の双方が織り込まれた、地方私鉄の歴史を映し出す鏡ともいえる長野電鉄の百年物語。

研究者、記者、そして利用者。それぞれの立場で100年の歴史を多角的に捉える本書は、その姿を鉄道ファンの皆様だけではなく、日頃使われている地元住民の皆様の興味と想いに応え、更には近代産業史、地域史、観光史としての側面も捉える事が出来る大変貴重な一冊。

長野県外では鉄道関係の書籍に強い特定の書店か、全国を巡回する地方新聞社の出版フェアなど限られた機会にしか手に取ることが出来ない本かもしれませんが、お手に取られる機会があれば、是非、ご覧頂ければと思います。

廃止直前になって漸く訪れる事の出来た、最初で最後の屋代線探訪の際に立ち寄った、現在もその姿を残す綿内駅の駅舎。

実は、綿内駅や同型でこちらも残されている信濃川田駅の駅舎の形は、類型となる中央本線(大八廻り)の川岸駅とほぼ同時期(一年違い)の建築。同様の駅舎は大分数が少なりましたが、中央西線の塩尻-木曽福島間や、以前は飯田線にも複数存在していました(同じ編者の方が手掛けられた、信濃毎日新聞社から刊行されている「長野県鉄道全駅」もご覧ください)。明治終盤から大正期における地方小駅の典型例をほぼそのままの姿で残す貴重な綿内駅の駅舎。長野電鉄の沿線には現役を含めて当時の鉄道の面影を伝える貴重な構造物が今でも数多く残されています。

今月の読本「景観からよむ日本の歴史」(金田章裕 岩波新書)景色から景観、著者と共に歩く古地図から繋がり変わり続ける社会を映す景観史へ

今月の読本「景観からよむ日本の歴史」(金田章裕 岩波新書)景色から景観、著者と共に歩く古地図から繋がり変わり続ける社会を映す景観史へ

近年特に盛り上がっているブラタモリの人気や、それ以前からの文化人の方々による好奇心を集めた「路上観察」、更にはよりライトなスタイルで語られる「町歩き」。いずれにしても、その地で時間を掛けて育まれてきた大地の姿、風景から、人の営みや文化の息吹を感じ取る事を醍醐味とする、ちょっとした大人の楽しみといった感じの強いテーマですが、学問的には人文地理学がカバーする分野。

では、その変遷を遥か時を重ねてみた場合、その端緒から現代に繋がる片鱗を辿ると、どのような姿が見えてくるのでしょうか。

今回は、歴史的な景観の変化を史学、歴史地理学の分野として長年に渡って研究されてきた方による、新たな視点を示す一冊をご紹介します。

景観からよむ日本の歴史」(金田章浩 岩波新書)です。

著者の金田章浩先生は京都大学名誉教授で、現在は京都府立大学の理事長を務められる方。長年、京都を拠点として歴史地理学、特に古代史における律令制とその基盤となった条里制の制度と実際を古地図の読み解き、特に描画、彩画方法やそこに記された記述のわずかな違いから、当時の社会構造の一端を明らかにする研究を進められてきた方です。

京都を中心に主に日本海側の沿岸や近畿一円、西日本におけるそれら残された古地図に描かれる姿から、当時の社会の姿と現代にまで続く地理的な痕跡を結び付けてきた著者。意外な事に、著者は一時期オーストラリアにおける歴史地理学の研究も行っており、今回の一冊は、その時に抱いた思いを日本をテーマにして投影した一冊だとされています。

アボリジニ―達による生活の姿と、西欧の人びとが入植する以前の自然。それから200年以上、既に歴史的な景観となったオーストラリアの街並みに立った著者に沸き起こった微妙な感触。人の営みと自然が織りなす景色という認識と食い違う、その歴史が断絶する植民地、西欧の生活を規範とした営農、近代都市としての風景に、より人が積極的に変えていく風景と生活に対して「景観」という言葉を当てはめ、その推移を歴史的に捉える「景観史」として、現代に投影される姿を見出していこうとします。

著者による日本の景観史ガイダンスとなる一冊。全部で5章に渡って綴られるその内容は、景観史の前提となる著者の研究歴の一端と、実践例として著者が訪ね歩いた各地の訪問記が織り込まれた体裁となっています。

手軽に読める事をテーマとする新書とはいえ、淡々として、かつ、隙のない硬質な著者の文体はテンポが掴みにくく、ゆっくり順を追いながら読み進めることになりますが、新書版ゆえの構成上気になる点は、著者も理解されてのこと。解題として、最終章とあとがきがでその意図する所が述べられていますので、まずは気にせずに読み進められることをお勧めします。

著者の研究のメインテーマとなる時代ごとの古地図の読み解き。伊能図以前に見られる日本の古地図が、国土の輪郭や自然環境を明示する目的ではなく、優れて「土地所有権」の争論を調停し、より自らに有利となる事実を残すために描かれ続けてきたことが分かります。その中に示される自然環境の表現や図示される内容、縮尺に認められる認識が及ぶ範囲の違いなどからは、時代ごとにそれらを描いた、用いた人々の認識の変化が投影されていることを示します。その一方で、歴史的な検証では近年多用される事が多くなっている「絵画、図絵」については、その詳細な描画と細密さの中から時代性を読み取れる点で高く評価する一方、描画上のスケール感のずれや鳥瞰図的手法に見られるデフォルメ感、特定な場所を遮蔽する表記。前述の古地図、特に寺社関係の古地図に伝統的にみられる、重要度に鑑み位置関係を時に無視した描画方法が用いられる点から、景観の認識において、その利用はより慎重を期す必要がある事を明示します。

地形から土地利用まで、多様な用途に応える現代の地形図と異なり、所要の目的を果たすために描かれた地図。一方で著者はその目的を果たすべき人々がいた事に着目します。本書における出色のテーマとも思える、景観史を演じた人物と場所に着目する珍しい切り口の段。

その人物たちが生きた時代、出自や立場はそれぞれですが、現在の地図にまで刻み込まれた、意志を持って景観を作り出した人々。前述のように、単に景色や人と自然といった場合、その景色の中には地質学、自然地理学的な成因に拠る景色が認められる一方、それらを活用しながら、時には人為的に改変しながら、人の手によって生み出された景色と、それらを基盤として生活する人々の営みが作り出した姿。著者の言う景観が生み出されていく姿を当時の時代背景、歴史に尋ねながら地図上に示していきます。

往時の人びとの営みを古地図から読み解き、大地に刻み込んだその姿の片りん、今も生き続ける姿を見出す著者。そのアプローチは更に、フィールドへと歩み出していきます。

3つのテーマで10数か所の場所を探訪する小編で綴られる後半。著者の認識とは少々異なり、前述のような人文地理学にご興味のある方や町歩きをされる方にとっては、特に有名な場所が取り上げられているかと思いますし、その内容には前述のテーマとして既に多く語られている内容も含まれているかと思います。

新書という限られたページ数と紙面寸法、印刷表現の中、素人故に大変だったとの言葉を残しつつ、地形図の掲載とその説明を端折ってでも、自らが撮影した写真をふんだんに掲載する事に拘った。フィールドに赴き、その場で感じ取る事の大切さを、著者の想いを込めて実例で示していきます。

砺波の散村を扱った部分で最後に綴られる一文。遠望する姿から、散村の景観を変えつつある、当時の地域にとって産業の根幹であった農業の構造改革を目指した圃場整備が、実は車社会と工業化という更なる産業構造の変化に対応する一助となった一方、本来持っていた生活と生業の一体化という基本構造を大きく変化させた事を指摘する著者。地形図だけでは読み切れない、その場に立つことによって、彼の地に生活する人々の姿を垣間見ることによってはじめて分かる、「景観」の変化を捉える着目点、景観史への誘い。

今年はなかなかに出掛ける事が難しい状況が続きますが、街角で、道程の途中で一時、足を止めて、景色の向こうに見える人々が織りなしてきた歴史と風景、景観に想いを馳せてみるのも楽しいかもしれません。

今月の読本「三浦按針 その生涯と時代」(森良和 東京堂出版)パイロットであり続けたいと願った航跡に映る貿易の姿

今月の読本「三浦按針 その生涯と時代」(森良和 東京堂出版)パイロットであり続けたいと願った航跡に映る貿易の姿

明治維新より前の時代、日本で語られる「西欧人」として、もっとも有名な人物の一人である三浦按針こと、ウィリアム・アダムス。先般NHKで放送された、かなり議論を呼ぶ内容を伴った歴史ドキュメンタリーにおいても重要なキーパーソンとして登場した、江戸時代初頭における日本の外交政策を決定づけた人物としても扱われることが多いかと思います。

あらゆる同時代を扱った書籍でも紹介される人物ですが、意外なことに纏まった人物伝となるとあまり見かけない、その前歴を含めて謎を伴った青い目をしたサムライ。今回、歿後400年に合わせる形でその評伝が刊行されました。

今回は「三浦按針 その生涯と時代」(森良和 東京堂出版)をご紹介します。

一般向けの歴史書としてはかなりボリュームのある総ページ数380、装丁を含めて一見すると訳書のようにも見えますが、著者は玉川大学の付属高校及び大学で教鞭を執られた方。その筆致にも経歴が色濃く伺える、まるで高校の歴史教科書を読んでいるかのような、角の取れた丁寧な言葉遣い、抑揚を抑えた筆致で淡々と綴られていきます。

著者の前著となる「リーフデ号の人びと-忘れ去られた船員たち」を受ける形で綴られれる、前著で描き切れなかったアダムス自身の物語を綴る事を熱望した先で上梓された一冊。その内容には、淡白な筆致とは対照的に、数多に流布するアダムスに対する論評や風評とも取れるその足跡に対して、自身の探求心から沸き起こる疑念とその検証結果を繰り返し、繰り返し文中に挿入していきます。

巻末に横書きで並べられた参考文献の数々がその検証過程を雄弁に伝えてくれる、著者が渇望した、自らの手による三浦按針の人物像と航海の検証録として結実した一冊。その内容には三つのテーマが含まれているように思えます。

前半の約1/3が日本に来航する前のアダムスの足取り、リーフデ号とその艦隊による航海の記録。日本に辿り着いた後はほぼ時間軸に沿ってアダムスの足取りが描かれますが、どちらかというと著者にとってのメインテーマである、数多あるアダムスに対する論評や、帰国願望、北方航路探検、家族や人間関係など議論(話題)となるテーマ毎に綴る、著者による検証結果。そして、全般を通して背景に描き込まれる、西欧諸国の世界戦略とその中を跋扈する「海賊国家」オランダ勃興の道程。

三つのテーマそれぞれにおいて、国内の研究者以上に海外の研究者による見解に対して議論を加える事で、アダムス自身の動きを対日本、対徳川家康という内的な視点に留めず、広く東西の時代史の中における動きとして見出していきます。その結果、著者の検証結果は何れにおいても「ミニマリスト」とあとがきで自嘲する内容となっていますが、それだけに、アダムスの人物像と当時の外交史を見据えた場合、最も穏当で必須な内容で綴られていることになります。

特に、全般の歴史の流れで捉えた場合、アダムスの日本への航海と日本に到着してからの西洋船の建造とメキシコへの航海、更には彼自身が行った朱印船貿易、そのいずれにも彼自身が与したオランダ、生国、イギリス以上に当時のスペインとの関係が色濃く浮かび上がることがわかります。

本書でも終盤で検討が加えられているように、アダムス自身がオランダとイギリスによる日本貿易が始まる際に最も重要なキーパーソンであったことは疑いようのない事実ですが、彼自身はオランダの商館には属せず、イギリス商館との関係も、商館の一員というより、家康の側近、更には徳川将軍家の御家人としての特別な立場が生み出す、自らが奉書主となる朱印船貿易の商売上の提携という側面が強いように見受けられます。確かに両国の商館に対して取次のような立場で特段の配慮を与えるような動きも見せていますが、それ以上に、家康の元を離れてでも彼自身が貿易に携わることを重視していたように見受けられます。

心象的な表現を極力避ける筆致で綴られる本書において、著者が感慨を込めて綴る、何よりもパイロット(航海士)であり続ける事を願ったアダムス。その人生の航海において常に隣り合うスペインの存在。

流暢であったかは疑問もあるようですが、スペイン語を巧みに操り、宣教師や貿易関係者からは家康への交渉チャンネルを阻み、虚報を耳打つ最大の障壁と見做されたアダムス。その一方で、彼が建造した2隻目の船は、本人の意図に関わらず、日本の近海で遭難したスペイン船の船員と日本人商人たちを乗せて太平洋を横断し、アカプルコへ向かうことになりますが(当地で買い取られ、再び太平洋航路で使用されたことを示して、造船技師ではなかったが彼が優秀な技術者としての資質を備えていた事を示します)、向井将監忠勝の質問に対しては、何故日本がフィリピンを攻略しないのかと逆に質問を返しています。貿易上のライバルと見做され、伝道と貿易で先行していたポルトガルに対しても、新教と貿易の後発という意味でライバルであったオランダ、イギリスの双方に対しても対立軸に位置したスペイン。

その姿は、彼が日本に辿り着く切っ掛けとなったリーフデ号の航海の記録にも明瞭に表れてきます。

貿易船と称されたリーフデ号とその艦隊。しかしながら、積み荷の内容と航海の目的、その辿った先々での行動を見ていくと、私掠船にも等しい、現地で交易(実際には交易は殆どなく、紛争と略奪に次ぐ略奪。僚船の中には力尽きて投降も)をしながら、航海を続けていく。その交易する相手こそスペインが切り開いた、海岸部に点在する拠点であり、航路(最終的にはモルッカ諸島を目指していたが、途中で日本を経由する計画に切り替えた)。時には船すらも乗り替えながら、現地で必要な物資、食料を交易と称して調達しながら大海原を進む、海賊そのものであった当時の航海。それを運用面で司る「パイロット」としてアダムスが希求する姿。

一貫して穏当な筆致を堅持する著者にしてなお表記する、オランダに対する「海賊国家」という表現と、アダムス自身もその渦中に飛び込んだ倭寇崩れの朱印船貿易実態の一端、その後の南アジアにおける3か国による激しい紛争。そこから距離を置く徳川幕府の動きを辿っていくと、表面上はともかく、当初から決して穏便な貿易を求める姿ではなかったことが滲み出ます。

著者が示した当時の西欧諸国や南アジアにおける貿易の姿が、やや古い視点に基づくのか、それとも現在の貿易の海といった議論が穏当に過ぎるのか。俄かには判断できませんが、西欧を起点にした冒険航海的な視点から辿り、その渦中に生きたアダムスの姿を描く本書。

前述のように、本書自体は突出した論調を備えているわけではありませんが、その中で丁寧に綴られる、彼自身が遺した言葉と、彼を評する言葉の狭間が世界史の中でどのような位置に見出されるのか。近年積極的に議論されるようになってきた、戦国時代から江戸時代初頭の外交史、キリシタン関係の書籍と併せて読むと、より明確に見えてくるようです。

今月の読本「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)海洋の提督が遺した知られざる息子が指し示す、知の大海原を導くコンパスローズ

今月の読本「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)海洋の提督が遺した知られざる息子が指し示す、知の大海原を導くコンパスローズ

スペイン・セビリアのセビリア大聖堂に付属するコロンブス図書館(コロンビーナ図書館)。海外の図書館の事について興味のある方ならご存じかもしれませんが、その名が示す通り、コロンブスに関する書籍、史料を収めた図書館。しかしながらその名前がイメージする所とはちょっと異なる人物とその蔵書が数多く含まれています。

セビリア大聖堂からコロンビーナ図書館が引き継いだ蔵書の中核をなすのは「コロンブスの「息子」が西ヨーロッパを回って蒐集した、当時ヨーロッパ最大の個人蔵書の遺された一部」であるということです。

本書の帯にあるように、扱われるテーマとなるのはコロンブスの次男。放蕩の息子であったスペイン貴族の血を引く長男で、インディアス提督となったディエゴ・コロンの陰に隠れるような私生児としての存在でありながら、イザベル女王の宮廷に小姓として入り、のちに当時のヨーロッパで覇権を築いたカール大帝に側近として仕えた宮廷政治家。マゼランの世界周航達成後に噴出した、かの有名なトルデシーリャス条約境界論争において、スペイン側代表の一員として会議を主導したスペイン主席航海士代理。そして、少年時代に父親であるコロンブス最後の大西洋航海に同行し、間近でその姿を見続けてきた肉親として自らペンを執って書き残した、現在でも議論が続く有名なコロンブス提督伝を執筆した人物。

本書は、これらの実績を積む過程で彼が遺したもう一つの物語を綴ることになります。

今回は「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)をご紹介します。

本書の原題、The catalogue of shipwrecked books.(Young Columbus and the Quest for a Universal Library.)訳者の方による表現では「海に沈んだ本の目録」といったところで、本文でも描かれる、コロンブスの息子、エルナンド・コロンがベネチアで蒐集した1000冊以上の本や版画をスペインに送り届ける際に船が難破して沈んでしまったエピソードから名付けられていますが、もう少し深いテーマが添えられています。

著者はイギリス、ケンブリッジ大学に所属する中世ヨーロッパ文学の研究者。巻末に解説が掲載されている、エルナンド・コロンが執筆した「コロンブス提督伝」に記述される、現在でも議論の多いコロンブスがスペインに現れる以前の経歴のうち、特に議論が多い冒険譚的な著述を綴る部分について、他の著述者による後年の挿入ではないかという意見に対して、前述の彼が遺した蔵書と目録を調べ上げる中で、本人による他の書籍からの挿話であることを明らかにした人物です。

コロンブスの息子が自らの父親の業績に瑕疵を与えないように、明白な役割を与えられた人物として綴られる伝記の中で唯一残された、主題から逸脱する筆致に息子であるエルナンドの想いを見出した著者。本書では著者が見出したエルナンドの姿と足取りを追って幼少時代から綴り始めますが、一つの大きなテーマを当てはめていきます。

本書の邦題に繋がるテーマ。彼が父親であるコロンブスの死去後に着々と積み上げ、晩年には加速度的に増加した書籍と版画の蒐集。その数、実に15000点とも20000点とも伝えられていますが、その中に多く含まれるルネサンス期を象徴する印刷製本で大量に刊行された、下世話な風物を描いた小冊子や版画の類。言語的にも母国語のスペイン語に留まらずラテン語やギリシャ語、アラビア語、宮廷人として仕えたカール大帝の広大な版図にも通じるヨーロッパ各国の幅広い言語が含まれており、当時のバチカンを含む教会や修道院、大学等が所蔵する書籍とは大きく異なる、あらゆる出版物、手稿を集めようとした痕跡が残されています。

表題だけを見ると、これらの書籍コレクション(500年を経て尚、4000冊ほどが伝わる)をテーマとした内容にも見えますが、著者の視点はさらに別の指向を求めていきます。残された蔵書と共に伝わる、蔵書の記録やエルナンドが残した記録、その記述内容。のちに初期の司書とも捉えられる彼の元で書物の整理に当たっていた人物たちが語るその手法。どのように蒐集された書籍たちを「識別」していくかという方法論に興味の焦点を当てていきます。

コロンブスにとって最大の支援者であったイザベラ女王の王宮に小姓として入った後、父親との第四回目の航海に同行し、辛くも生き残り再びスペインに戻ったエルナンド。父の死後、復権を果たした腹違いの兄であるディエゴの名代を担うためにスペイン王室の宮廷人として活動を続け、父が獲得した新大陸での権利を争う論争、裁判を続けるために、ヨーロッパ中を移動し続ける帝国の王座と共に、またバチカンの法院での審理に出席するためにローマへと、晩年の5年ほど以外の殆どの期間、スペイン国内にとどまらず、広く西ヨーロッパの各地を転々と移動し続けながら、書籍の蒐集を続けていきます。

著者はコロンブスの継承者たちの利益を代弁する人物として王座と共に移動するエルナンドの姿に、各王国の状況や神聖ローマ帝国、ローマ教皇の動き、更には(残された蔵書からごっそりと抜けているために判断はできないとしているが)エラスムスの思想への格別の共感とルターから始まる宗教改革の影響、トマス・モアの作品と収集された小冊子類に残された当時の風刺に見られる思想的な共通性などを挿入する事で、ルネサンス晩期の歴史的な背景が同時に見えるように著述を進めます。文学研究者の方らしい配慮ともいえる内容ですが、その中で稀代の書籍蒐集者としてだけ捉えられるエルナンドの業績に対して、更にもう一つの側面を与えていきます。

海洋の提督と称されたコロンブスの息子、2度目の大西洋横断の帰路では船団のカピタン・ヘネラルを称し、スペインの海外事業を取り仕切る通商院の首席航海士代理を後に務め、当時のポルトガルから最新の海図と測量技術を密かに奪取する事すらも使命とした航海士としての側面。更には途中で挫折した「スペインの描写」と称した、封建領主の力が強かった当時としては余りにも先進的であった詳細なスペイン地理誌編纂の着手という、宮廷政治家、地理学者としての側面。

ここまで長々と書いてきましたが、著者が語りたいと願ったメインテーマ。エルナンドが残した蔵書とそれに添えられた「目録」をどのように作り出していったのかを知るためには、前述の内容を全て辿ることが求められます。神聖ローマ皇帝として西ヨーロッパ全体にその影響力を行使したカール大帝時代の宮廷人にして、新世界を押し開いた「提督」の息子。旧世界の知識の中心地ローマと、ルネサンスの息吹とイスラム世界の空気を存分に浴びるベネチアでの滞在。次の時代の幕開けを担う震源地となるイングランド、低地地方とドイツが生んだ思想。更には父親であるコロンブス同様にその恩恵を深く受けた、知識を大衆化する事に決定的な役割を果たした印刷物、海図へも繋がる版画への強い想い。

新世界という扉が開かれ、ルネサンスから宗教改革という中世のキリスト教世界が培ってきた世界観、知識の集積体系自体が全面的に見直される時代背景の中を生きた、当時最先端の数学、天文学の知識と技術を理解する航海士にして、東西の歴史と実体験としての新世界の知識をも併せ持つ宮廷人が編み出した知の羅針盤。それは現在の図書館、更には無限の奔流とも思えるネットワーク社会に溢れる情報を検索する際にカギとなる考え方。

現在ではデジタル化されて図書館の片隅に眠る、私が図書館に入り浸っていた頃には入り口の一番良いスペースを占めていた、アルファベット順による配列から始まり、概要を示す「目録」、題材を示す「目録」そして「著者・科目一覧」という図書館における書籍分類の基礎となる考え方を生み出した、言語、時代、世界感に囚われない知識の体系化と集積を生涯のテーマとした人物のレガシー。そして、訳者の方が記念に覚えておいて欲しいと書き添えた、訳本らしいボリュームを有する本編約390ページを読破された方だけが思わず膝を打つことになる、当たり前すぎて全く意識する事がなくなっている「あること」。

ルネサンス期に生まれつつあった新たな知識を集積する理論体系を、航海士、地理学者(言語学者としての側面も)としえて捉え直したロジックは、姿を変えながらも今を生きる我々の中に脈々と伝えられているようです(著者はテクノロジーの進化を得て、500年を経て漸くその姿に追い付いたと。ネットワークを軸とした集団知の追求を生涯のテーマとした、私が敬愛するダグラス・エンゲルバートの知に対する考え方にも通じる内容です)。

確かに、その蒐集された内容が彼にとって危急の(そして彼自身は全く報われることがなかったという皮肉を含めて)問題、父親であるコロンブスがスペイン王室と取り交わした約束の履行と、代理人としての大西洋の向こう側に居る兄が継承したその遺産と権利の恢復と保持。更には、汚辱に塗れ失意のうちに亡くなった偉大な父親の功績を再び称揚するために必要となる証拠資料を取り揃える必然性から生じた部分があるにしても、他愛もない小冊子の蒐集など大半は自らの知的好奇心がさせたもの。

中世の世界に溢れ出した印刷技術がもたらした知識の記憶を留め置き、新たに開かれた世界の姿を書き加えながら膨らみ続ける共通の世界知の(言語という姿で)集積を目指した、当時のコスモポリタンが見据えた知の大海原を漕ぎ往く海図と指し示すコンパスを生み出す過程を添えた物語。

膨大な背景を個人史と時代史の中に織り交ぜながら綴られていく一冊。一気に読み進められる内容ではなかったですが、著者の強い思いを感じながら、中世ヨーロッパ史に添えられた一人の人物ともう一つの物語をリフレインを掛けながら一歩ずつ着実に読ませる内容。

表題に興味を抱かれたコロンブス(父親の方)の人物像や航海の姿、美しい中世の図書館や書籍に惹かれる方には少しイメージが異なる部分もあるかもしれませんが、その中で培われた、現在でも褪せる事のない、知の集積とそのアプローチを人物像から描き出すという実に興味深いテーマに触れられる一冊です。

今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

ブラタモリの人気と高校の地理必修化を目前に控えた昨今、本屋さんの書棚にはこれまでになく多くの地理関係の書籍が並ぶようになってきました。

そんな中で刊行された大判のこの本。ちょっと興味深い切り口でそのポイントを捉える一冊です。

今回は、普段とちょっと異なる一冊、「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会編 信濃毎日新聞社)を簡単にご紹介します。

地方出版社の中でもオリジナリティあふれる企画と、高品位な装丁と編集、美しい製版を伴った大手出版社に引けを取らない作品を積極的に送り出している信濃毎日新聞社。今年も年初早々から民俗学、信仰をテーマとした作品で注目を浴びる本も刊行されていますが、こちらも注目すべき内容を備えています。

地理ファンの皆様の中では既に多くの方が活用されているであろう電子版の地理院地図今昔マップ。本書は二つの特徴をそのまま紙の書籍に持ち込んだ一冊ですが、書籍ならではの大きなポイントがあります。Webの場合、解説もほぼなく比較と表示だけですので、その背景や地形図の読み方を知らないままに、だだ表示される地図を見ただけで要領を掴める方はかなり限られるはずです(クラスターの方は…ぜひどっぷりで)。

特にはじめて地形図と向き合う方にとっては、まずはその見方や身近なテーマから捉えていきたいところ。本書は、そんなこれから地理、地理学(自然/人文双方)を学んでいこうという方々に向けた、長野県をテーマにした53のストーリーを、2枚(複数枚のテーマもあり)の地図の比較で読み解きながら学んでいく一冊。

編者の長野県地理学会は地元教員の方も多数参加されているグループ。そのような教育者の方々を含めた執筆陣の知見と、地元地方紙である信濃毎日新聞社が培ってきた歴史的な取材写真、資料をフル活用して、明治から戦前の地図と現行の地理院地図を並べて比較したうえで、読み解きのポイントを示していきます。

冒頭は地理院地図の読み方、地形の読み方の解説。

本書で初めて地理院地図に触れる方も多いかもしれませんから、説明は絶対に必要ですね。地図を漫然と眺めてしまうと折角の気付きも見逃してしまうかもしれません。

そして、昔の地図が左、現在の地理院地図が右に表示された各テーマのページ。開発、発展、変容の3つの章に分けられたそれぞれのテーマは2~4ページほどでフォーマットが統一されていますが、その表記は流石は新聞社さんといったところでしょうか、イラストや写真、統計資料のグラフなどを挿入した版組は、図面に合わせ視覚効果を得られるようにページごとに変幻自在、所謂「まとめ系」サイトにあるような固定フォーマットでトピックスが垂直方向に延々と続く形では怠惰になってしまう解説も、アクセントを付けた書籍ならではの凝った版組なら飽きることなく見続ける事が出来ます。

主に中学生や高校生を念頭に置いた飽きさせない多彩なフォーマットを擁する本書ですが、固定された表記も存在します。塗枠で囲まれ、コンパスマークが添えられる「読図ポイント」。そして「今・昔」と添えられた地図記号のピックアップ。前述のように、どうしても地形図を見比べるだけではピンとこない点も、ポイントを示すことで理解の入り口を広げようという編者達の意図が見えてきます。

美しく印刷された地形図と見比べる際に確認しておきたいポイントを押さえた上で添えられた記事を読んでいくと、その地で何が起きていたのか、どんな歴史が育まれてきたのかが明瞭に浮かび上がってきます。特に地元に住まわれている方であれば頷くことも多いであろう内容。社会科の学習を念頭に置いているためでしょうか、長野県の特徴に繋がるテーマとなる、林業、養蚕、製糸業、精密機械、高原野菜、観光業など、農業を含む主に産業史的な発展のお話が多いのですが、決して良い事ばかりが書かれている訳ではありません。

先般の水害も思い起こさせる、三六災害をはじめとする災害の爪痕とその復旧の跡。大規模な耕作地開拓、工業団地の造成、高原リゾートの開発には広大な山林、従前の自然環境減少という側面が常に付きまとい、高度成長期を過ぎて過疎化が進む中山間地域からは人の痕跡が地図上からも失われていく様子がじわじわと伝わってきます。

明治から現在まで、信州、長野県の産業の発展が明瞭に刻まれる地図上の変遷ですが、私にとって印象的だったのが、どんなに画一的な開発が進んでも、その中に過去から続く人々と自然が残した痕跡は明瞭に残り続けるという点。

私にとっても身近な生活の場でもある諏訪湖の周辺。

江戸時代からの干拓による圃場化によって、その湖面は旧地図の作られた昭和六年時点でほぼ現在と同じ面積にまで狭まっていますが、干拓地の上にくねくねと集落(上・中・下の金子)を繋ぐように引かれた、自然堤防上の道筋と集落、そして排水路でもある河道の位置は現在でも驚くほど変化がありません。

現在の居住地と比べると集住していたことがわかる一方、旧来の道筋や集落の痕跡は今でも地図上で、そして車や徒歩で周辺を巡ると明瞭に分かる。人々が住んできた場所、選んできた場所や道筋、自然が作り出す川筋の意味は、歳月を重ねて刻み込まれていくことが地図を見比べることで改めて理解できるような気がします(人文学系、考古学の発掘研究成果によると、これら集落の場所は概ね鎌倉期以降に固定化が進むとされています)。

美しく製版された地形図と分かり易く丁寧な解説を読みながら、自分たちが住んでいる場所の昔と今の繋がりを理解する。編者達は、その更に一歩先に、今度は紙の地図を片手に、自分たちの住んでいる場所を実際に歩いて実感してほしいという願いを込めていきます。

この本から地形図と地理が好きになってくれる人が一人でも増えてくれたらいい、地形図を入り口に地元の歴史と産業にもっと興味を持ってもらいたいという願いを編み込んだ素敵な一冊。長野県外の本屋さんで入手することはちょっと難しいかもしれませんが、地図、地形図を眺めるのってこんなに楽しいんだという体験の入り口として、ご興味があれば是非ご一読を。