今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

ブラタモリの人気と高校の地理必修化を目前に控えた昨今、本屋さんの書棚にはこれまでになく多くの地理関係の書籍が並ぶようになってきました。

そんな中で刊行された大判のこの本。ちょっと興味深い切り口でそのポイントを捉える一冊です。

今回は、普段とちょっと異なる一冊、「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会編 信濃毎日新聞社)を簡単にご紹介します。

地方出版社の中でもオリジナリティあふれる企画と、高品位な装丁と編集、美しい製版を伴った大手出版社に引けを取らない作品を積極的に送り出している信濃毎日新聞社。今年も年初早々から民俗学、信仰をテーマとした作品で注目を浴びる本も刊行されていますが、こちらも注目すべき内容を備えています。

地理ファンの皆様の中では既に多くの方が活用されているであろう電子版の地理院地図今昔マップ。本書は二つの特徴をそのまま紙の書籍に持ち込んだ一冊ですが、書籍ならではの大きなポイントがあります。Webの場合、解説もほぼなく比較と表示だけですので、その背景や地形図の読み方を知らないままに、だだ表示される地図を見ただけで要領を掴める方はかなり限られるはずです(クラスターの方は…ぜひどっぷりで)。

特にはじめて地形図と向き合う方にとっては、まずはその見方や身近なテーマから捉えていきたいところ。本書は、そんなこれから地理、地理学(自然/人文双方)を学んでいこうという方々に向けた、長野県をテーマにした53のストーリーを、2枚(複数枚のテーマもあり)の地図の比較で読み解きながら学んでいく一冊。

編者の長野県地理学会は地元教員の方も多数参加されているグループ。そのような教育者の方々を含めた執筆陣の知見と、地元地方紙である信濃毎日新聞社が培ってきた歴史的な取材写真、資料をフル活用して、明治から戦前の地図と現行の地理院地図を並べて比較したうえで、読み解きのポイントを示していきます。

冒頭は地理院地図の読み方、地形の読み方の解説。

本書で初めて地理院地図に触れる方も多いかもしれませんから、説明は絶対に必要ですね。地図を漫然と眺めてしまうと折角の気付きも見逃してしまうかもしれません。

そして、昔の地図が左、現在の地理院地図が右に表示された各テーマのページ。開発、発展、変容の3つの章に分けられたそれぞれのテーマは2~4ページほどでフォーマットが統一されていますが、その表記は流石は新聞社さんといったところでしょうか、イラストや写真、統計資料のグラフなどを挿入した版組は、図面に合わせ視覚効果を得られるようにページごとに変幻自在、所謂「まとめ系」サイトにあるような固定フォーマットでトピックスが垂直方向に延々と続く形では怠惰になってしまう解説も、アクセントを付けた書籍ならではの凝った版組なら飽きることなく見続ける事が出来ます。

主に中学生や高校生を念頭に置いた飽きさせない多彩なフォーマットを擁する本書ですが、固定された表記も存在します。塗枠で囲まれ、コンパスマークが添えられる「読図ポイント」。そして「今・昔」と添えられた地図記号のピックアップ。前述のように、どうしても地形図を見比べるだけではピンとこない点も、ポイントを示すことで理解の入り口を広げようという編者達の意図が見えてきます。

美しく印刷された地形図と見比べる際に確認しておきたいポイントを押さえた上で添えられた記事を読んでいくと、その地で何が起きていたのか、どんな歴史が育まれてきたのかが明瞭に浮かび上がってきます。特に地元に住まわれている方であれば頷くことも多いであろう内容。社会科の学習を念頭に置いているためでしょうか、長野県の特徴に繋がるテーマとなる、林業、養蚕、製糸業、精密機械、高原野菜、観光業など、農業を含む主に産業史的な発展のお話が多いのですが、決して良い事ばかりが書かれている訳ではありません。

先般の水害も思い起こさせる、三六災害をはじめとする災害の爪痕とその復旧の跡。大規模な耕作地開拓、工業団地の造成、高原リゾートの開発には広大な山林、従前の自然環境減少という側面が常に付きまとい、高度成長期を過ぎて過疎化が進む中山間地域からは人の痕跡が地図上からも失われていく様子がじわじわと伝わってきます。

明治から現在まで、信州、長野県の産業の発展が明瞭に刻まれる地図上の変遷ですが、私にとって印象的だったのが、どんなに画一的な開発が進んでも、その中に過去から続く人々と自然が残した痕跡は明瞭に残り続けるという点。

私にとっても身近な生活の場でもある諏訪湖の周辺。

江戸時代からの干拓による圃場化によって、その湖面は旧地図の作られた昭和六年時点でほぼ現在と同じ面積にまで狭まっていますが、干拓地の上にくねくねと集落(上・中・下の金子)を繋ぐように引かれた、自然堤防上の道筋と集落、そして排水路でもある河道の位置は現在でも驚くほど変化がありません。

現在の居住地と比べると集住していたことがわかる一方、旧来の道筋や集落の痕跡は今でも地図上で、そして車や徒歩で周辺を巡ると明瞭に分かる。人々が住んできた場所、選んできた場所や道筋、自然が作り出す川筋の意味は、歳月を重ねて刻み込まれていくことが地図を見比べることで改めて理解できるような気がします(人文学系、考古学の発掘研究成果によると、これら集落の場所は概ね鎌倉期以降に固定化が進むとされています)。

美しく製版された地形図と分かり易く丁寧な解説を読みながら、自分たちが住んでいる場所の昔と今の繋がりを理解する。編者達は、その更に一歩先に、今度は紙の地図を片手に、自分たちの住んでいる場所を実際に歩いて実感してほしいという願いを込めていきます。

この本から地形図と地理が好きになってくれる人が一人でも増えてくれたらいい、地形図を入り口に地元の歴史と産業にもっと興味を持ってもらいたいという願いを編み込んだ素敵な一冊。長野県外の本屋さんで入手することはちょっと難しいかもしれませんが、地図、地形図を眺めるのってこんなに楽しいんだという体験の入り口として、ご興味があれば是非ご一読を。

今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

本屋さんに並んでいる日本史の書籍。時代史であったり、著名な人物像を描く内容が多いかと思いますが、特定のテーマ、地域に絞った内容の書籍もまた多く並んでいます。

所謂郷土史、地域史とも呼ばれる分野ですが、読者にとって最も身近な歴史を伝えてくれる本達。そのようなジャンルの一冊として、少し珍しい切り口を持ったシリーズが刊行されました。

新しい古代史へ2文字文化の広がり

今回ご紹介するのは、山梨日日新聞の紙面に連載されたコラムを全三冊のシリーズとして刊行(予定)される「新しい古代史」の中から「新しい古代史へ2 文字文化のひろがりー東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)をご紹介します。

前述のように、2009年から2018年までの約9年間に渡って新聞紙面上に連載されたコラムを増補、再編集して刊行されるシリーズ。全編を前山梨県立博物館館長の平川南先生が一人で執筆されています。著者の専門分野である古代史に特化して、テーマ毎に3巻に分けて刊行される予定のうち、本書はその中軸を担う1冊。著者は「自治体史」の可能性を願って綴った事を冒頭に記していますが、副題に示されるように「東国・甲斐からよむ」とされており、地域史としての領域を逸脱することが想定されています。

各都道府県、市町村にそれこそ数多存在する歴史館、考古館、博物館の展示を見ていて常に疑問に思う点。特に考古学的なテーマを前提に置いた展示で首を傾げる事が多い事として、出土物自体の解説には他の地域との連携性や時代の前後性を強く示す一方、「おらが村のお宝」ではないでしょうが、その中で如何にも中核や枢要を担っているかのような、他と比べて突出的な出土品であるという表現を付されている点、自らの地域性に殊更の優位性を綴る(京都、奈良、大阪は別の意味もあるので)解説に奇妙さを感じないわけではありません。

本書も県域紙である山梨日日新聞の連載記事(なぜこの本が出版部も持つ同社から刊行されなかったのかは首を捻る点ですが…愛読している版元さんから刊行された事に感謝しております)、しかも他県と比べても強固に纏まった郷土意識を有する土地柄故に同様の懸念があったのですが、むしろそのような懸念を大きく裏切る内容の幅広さを具えています。

新聞の連載記事という事で一つの話題について僅かに4~10ページ程。フルカラーで非常に多くの写真も併せて掲載している事もあり、特定のテーマを深堀出来る構成ではありません。むしろ博物館の展示と解説ボードをそのまま本に収めた様な感もある本書ですが、テーマに挙げられた「文字」という着目点(帯の書体にも滲み出ています)が自治体史という範疇を許さない、広大な視点を与えてくれることを明瞭に示しています。

全3章で綴られる内容はテーマ毎に纏められている一方、連載時期が前後している部分もあり、一貫した通読性がある訳ではありません。更に、シリーズを通貫する筈の甲斐、山梨をテーマとした内容は本書の半分を割り込み、北東アジアから広く日本国内、南は大宰府から北は多賀城までという広範な地域を舞台に描かれていきます。もちろん著者にしてもそれでは自治体史の体裁を逸脱しすぎてしまうと考えられたのでしょうか、山梨県内の出土例/事例についてはご自身も現地に赴いて、発掘内容や心象を添えながら丁寧に著述されています。

山梨県の古代史を綴る一方で、その通貫するテーマを描くためには是が非でも必要であった文字文化の「ひろがり」。コラム形式のために重点が見えにくいのですが、著者が研究に直接携わった部分には相応の力点が注がれており、その著述からある程度テーマの要点が見えてきます。

第一部として纏められる「文字を書く」。文字を書くためのフォーマット、素材となる木簡や筆、硯。単純な文字が書かれた土器に込められた想いは甲斐の出土物単独で理解することは出来ず、その伝来から変化と言った考古学が最も得意とする形態的な編年分類を重ねて理解することが求められます。中でも非常に興味深かったテーマは、徳川光圀を引き合いに出しながら、土器に記された墨書に残る特殊な漢字、則天武后が定めたとされる則天文字が其処に残されている例を紹介する段。出土品の時代確定に用いるだけではなく、その背景を金石文から篆書、隷書へと繋げながら為政者による権力の存在を指摘する点は、出土物の歴史的背景を矮小化せずに広く視点を持つ事を求める考古学らしい読み解き方を感じさせます。また著者の研究テーマでもあった定木の利用法解明とその背景となる和紙と硯、墨の利用に対する歴史的な展開は、専門的な研究書はもちろんあるのかと思いますが、このような一般向けの書籍でその一片を見せて下さる点はとても貴重かと思われます。

文字を綴るための前提を記す第一部を受けた第二部は、少し寄り道気味な内容も含まれる「人びとの祈り」。経典埋納の壺に刻まれた人物名の驚くような広がりや相撲人とアーリア人系の顔が描かれた木簡(本当に甲斐に在住していたとすると、その背景含めて実に愉しいですね)といった文字として残された記録の側面も綴られますが、主に文字に込められた呪術的な側面を取り上げていきます。特に山梨県在住の方には興味深いであろう道祖神としての丸石、男根のお話は、文字からはやや離れてしまいますが、仏教伝来以前の日本の在来信仰的な捉え方や仏教受容後の変形ではなく、韓国、扶餘の出土例を通じて、仏教文化と並立する大陸文化に通じる点を指摘します(私も現地を訪れた事があります)。その上で、朝鮮半島で出土した椀に鋳出された文様も、国内で出土した土器に刻まれ、墨で書かれた文様も、民俗学で述べられる五芒星や海女の呪い模様と同じものであり、道教に繋がる点を指摘することで、古代史から認められる姿が、広くアジア各地で遥か現代にまで繋がっている事を示していきます。

そして、本題の舞台から遥かに離れた多賀城碑と上野三碑から綴り始める第三部「文字文化のひろがり」。著者の専門分野が存分に発揮される、3回連続で綴られた多賀城碑偽作説の再検証から重要文化財への指定の根拠となった周辺の発掘調査の結果と、上野三碑を世界記憶遺産へと推す根拠とした、半島文化と大和王権、北方文化が交錯した事実を現在まで伝え続ける石碑がなぜピンポイントにこれらの土地に残されたのか(意外な事に、戦後の高度成長期から現在に至るまで、日本国内で新たな石碑の発掘例は皆無との事)を説き起こしていきます。また、著者の専門分野でもある漆紙文書がなぜ時代を越えて残る事が許されたのか、更にはその分析に威力を発揮した赤外線カメラによる古文書分析の威力を綴る部分は、考古学の研究が発掘や類型調査だけではなく、最新の測定、分析技術を巧く活用する事で更なる進化を得られる点を明確に示します(お線香で煤けた先祖のご位牌の文字を確認して欲しいという地元の方からの依頼も。県立博物館も色々大変ですね)。

限定的な碑文の分布から文字文化が明らかに遅れて伝わったと想定される日本列島。その後に生み出された万葉仮名と平仮名への変遷を綴る段で本書は終わりますが、大幅に加筆された最終盤の内容が本書のハイライト。ニュースでも大きな話題となった、ほぼ完全な形で出土した仮名文字による歌が刻まれた土器(甲州市ケチカ遺跡出土「和歌刻書土器」)。この土器の読み解きを行った解読検討委員会の委員長を務めた著者によるその検討結果と、併論となったいきさつが前後約30ページに渡って綴られていきます。

既に文字資料が揃いはじめた時代の出土物ですが、僅か31文字の来歴を知るには余りにも不足。しかしながらこの読み解きを果たす事は、日本における仮名文字の発達の過程を知るため極めて重要な契機。土器編年法から始まり文字の形、綴られた歌の内容とその読み解きといった、考古学と文献史学、美術史と国文学がまさにがっぷり四つで組み合った結果が初学者にも伝わるように丁寧に説明されていきます。未だ歴史書の中で本件を扱った具体的な著作が無い中で、唯一無二の一般向け解説。本書の巻末、実は本連載の掉尾を飾る(翌月の2018年3月掲載分を以て館長離任により連載終了)、地域史を開拓する地道な発掘成果はまた、全体史を大きく動かす力を持っている事を雄弁に示す紹介内容。

甲斐、山梨という山深く狭い地域で語られる歴史が、その範疇の中だけで語られるのではなく、広く世界に繋がっている事をまざまざと示すシリーズ中でも白眉な一冊。甲斐・山梨の古代史に興味がある方だけではなく、広く古代史、考古学がどのように歴史を捉えようとしてるのかを理解するためのきっかけを、文字という共通な文化の基盤を通じて具体的な事例から多面的に、しかも判り易く、丁寧に教えてくれる一冊です。

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

安曇野のナチュラリストと称され、豊科町に居を構えた山岳写真家、細密画家。高山蝶の研究でも知られる田淵行男氏は、数多くの著作を残されていますが、その多くが山岳写真や蝶、昆虫類の画集や写真集で占められています。

三十数冊になる著作の中で表題と共にひときわ異彩を放つ一冊、著者唯一のエッセイ集と称される一冊が、この度文庫に収蔵される事になりました。今回は「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)をご紹介します。

本書のあとがきを読んでいくと、その成立には長い紆余曲折とそれこそ一冊の本が書けてしまうくらいの著者が執筆に腰を据えるまでのエピソードが添えられています(この辺りの経緯は、数年前に制作されたNHKのドラマや、同じ版元から刊行された「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」を読んだ方が良いのかもしれません)。

実に戦前から1980年代初頭までに渡る、雑誌に寄稿されたコラムを含む一連の執筆作品を30年近く書き溜めた書き下ろしに追加して再編集したエッセイ集。山小屋でのいびきや山中での河畔の音は顕著に気になると回想するように、やや神経質で完璧主義者で知られた著者らしい、歳月の推移を感じさせない簡潔でかつ、透徹な文体で綺麗に整理、再編成された、著者自らが監修する、山岳、自然観察語録と呼べる一冊に仕上がっています。

こう書いてしまうと、ちょっとお堅い印象を持たれてしまうかもしれませんが、後半は版元さんが今もっとも得意とされている山の怪談・奇談のオンパレード。特に本物の山師たちとの山小屋での一夜の話など背筋どころか首筋まで寒くなりますが、山でしか体験する事が出来ないちょっとユーモラスな内容も綴られていきます。

写真や絵で表現することを旨とする著者による、文章を連ねる事でその想いを表現する本書。山での貴重な経験から始まり、著者の主たるテーマとなる高山蝶と密接な関係にある高山の花や樹木たちを語る前半。浅間山への想いと大雪山の調査行を中軸に置き、後半は前述の怪談・奇談やご本人のごく身近な山での心象と言ったエッセイらしい内容を集めて、一編十数頁で纏められた短文がテーマごとにぎっしりと詰め込まれています。

著者をご存知の方であれば、全編を通して読むという形より、むしろご興味に近い、気に入られたテーマの章をつまみ食い的に読まれる方がより楽しめる編集スタイル。今回の文庫版収蔵に当たり、ページ数の都合(丁度400頁、ジャスト1000円への配慮でしょうか)で残念ながら6編がカットされており、その中には「山とカメラ」が含まれているのは、山岳写真に関する想いを綴る部分があまり多くない本書にとって痛恨ではありますが、より多くの方に著作を手に取って頂くにはやむを得ない処置だったようです(親版の編集者の方が外部の編集者として今回も協力、解説で経緯を述べられています)。

表題にある著者のテーマカラー「黄色いテント」を背負い、山での単独行動を好み、山岳写真を撮りながら、貴重な高山蝶の観察、収集を続けた、日本のナチュラリスト創世記を生きた著者の活動。

偶然に出会ったライチョウ親子の縦列をハイマツの中に追いかけ、アルビノの高山植物を探し求め、行き交う道沿いに連なる木々に名を付け枯れ木となった先まで愛おしく観察する。山中でビバークしながら撮影のチャンスを待つ間も山々の移り変わる姿に目を配り続け、咄嗟の変化から得た機会を物にした大きな充足感に満たされる想い。添えられる写真と無駄のない透き通った筆致で描かれる山を往く姿を綴る文章は、何処までも澄んだトーンに満たされています。

その一方で、噴火中の浅間山火口まで3度も登頂し、山ではザックに入れる程のその山体を模した大きな石を拾っては自宅に持ち帰り、現在では許さない高山蝶を僅かな手続きで採取する一方、ケルンの林立には苦言を呈し、古の静かだった山への懐かしみを込めた筆致。特に執筆当時の登山ブームに辟易する一方で安易な登山者たちへの警句を発し、今でも議論が絶えない高山の絶滅危惧種たちへの接し方やその行動には、現在であれば自制を求められるどころか、社会的な非難を浴びる事は免れない内容も綴られています。流石に刊行年が1985年と自然環境保護や登山の安全性を強く叫ばれるようになった頃であり、著者は文中でその蛮行を反省する記述を添える一方、自然環境への眼差しまでも曲げるつもりは無い事をはっきりと述べていきます。

既に著者の時代でも減少が著しかった高山植物やその植物たちや木々を生活の糧とする高山蝶。その一方で容易に餌を得る事が出来る登山者たちの残飯を執拗に狙い続ける大雪山のヒグマとテントに襲来する鳥達、シマリス。一度餌を与えると小屋の中まで侵入してくるキタキツネ。著者からの手渡しで容易に餌を採る北岳のイワヒバリ。

静かな山の姿を独り占めしたいという、先駆者としてのちょっとした我儘心も見え隠れする一方、その自然の中に人が踏み入れれば容易に取り込まれていくことを包み隠さず述べる筆致。中盤の一節「コリヤス幻想」とそれに続く著者のベースである北アルプスを離れて大雪山での調査行から沸き起こった想い。そのような姿を全否定してしまう風潮に対して「自然は遠くにあって思うもの」にしてしまってよいのかという、山に抱かれ続けた著者の真摯な想いが述べられていきます。

山中に往く事を良しとし、抱かれつつ見つめ続けた雄大な姿をカメラで、愛おしく観察を続けた蝶たちを細密な絵筆で捉え続けた著者の眼差しが文章として綴られる一冊。自ら踏破し、山々に抱かれた先で向き合った繊細にして透き通った視点は、自然を愛でつつも常に折り合いを付ける事を求められる現在を生きる我々にとっても変わらない示唆を与え続けてくれます。

著者が終の棲家とした、豊科(現在の安曇野市)にある田淵行男記念館。実は田淵行男賞を受賞した写真家さんの受賞記念展示を見に行くために訪れたのですが、記念館に展示された当時の赤外写真と添えられる透徹な言葉にすっかり圧倒され、魅了されてしまったのが、著者を知る切っ掛けでした。

本書の解説において原著の担当編集を務めた方が絶賛する、生誕100年記念の展示会の為に制作された図録「生誕100年記念 ナチュラリスト・田淵行男の世界」(東京都写真美術館:2005)。展示会が開かれていた地階の展示室真横にある閲覧コーナーで、見学者の足並みが途切れるまで読み耽っていました。

どうしても欲しくなって購入した手元にあるこの一冊、実は田淵行男記念館で販売されていた最後の一冊です(職員の方から伝えられました)。小雪が舞う中、かなりの後ろめたさを抱えながら帰路に就いた事を今でも思い出す、ちょっとほろ苦い思い出。全く足元にも及びませんが、著者も足繁く通った同じフィールドでカメラを手に取る私にとって、写真が何を伝えるのかという意味を今も語りかけてくる、大切な一冊です。

 

今月の読本『信州を学ぶ 日常生活からひもとく信州』(長野県立歴史館編 信濃毎日新聞社)信州学のスタートは郷土史を越えて広がる視点を添えて

今月の読本『信州を学ぶ 日常生活からひもとく信州』(長野県立歴史館編 信濃毎日新聞社)信州学のスタートは郷土史を越えて広がる視点を添えて

New!(2019.9.4):こちらでの紹介が遅くなってしまいましたが、長野県立歴史館による信州学シリーズ。全3巻が完結しました。2巻目の「広い世界とつながる信州」はちょっと発散気味でしたが、執筆者の皆様の現状を見据えた視線と、歴史を扱う研究者として未来へとその想いを伝えたいという願いが込められた3巻目「新たな時代にはばたく信州」。大きな歴史の小さな断片としてではなく、地域史、地方史が大きな歴史へと映し出す姿を追ったシリーズ、是非ご一読ください。

本書とほぼ同じ執筆陣が手掛けて、シリーズ完結のすぐ後に刊行された「古地図で楽しむ信州」(笹本正治:編著 風媒社)内容的にも本書の地図解説版という位置付けになる一冊です。

なお、本シリーズにも関連する内容ですが、あとがきで笹本先生が書かれているように、地方の教育委員会に所属する博物館職員は一方で教員としての側面も有しており、定期の配置転換による執筆陣の離散によって安定した執筆環境と論述内容を確保できなかった点を述べられています。お読みいただく際には、そのような背景もあるという事を頭の片隅に置いて頂ければと思います。

<本文此処から>

連年オリジナル企画を送り出してくる、長野県を代表する新聞社であり出版も手掛ける信濃毎日新聞社。

今年の新企画は、新たに「信州学」をテーマに据えたシリーズを刊行するようです。

シリーズの概要は明らかにされていませんが、スタートとなる本書は、その入口となる「衣食住」をテーマにした一冊。

今月の読本『信州を学ぶ・足元を探る編 日常生活からひもとく信州』をご紹介します。

本書の編者は長野県立歴史館。前の信州大学副学長で館長を務める笹本正治先生は数多くの中世史に関する著作で知られる方ですが、館長として着任して以来、積極的に県内各地の博物館や美術館での公演を行ったり、これまでの歴史館としては初めての、収集品以外に武田信玄直筆の書状を県の予算で古書店から購入するなど、積極的な歴史普及活動を続けられています。

今回の一冊も、はじめにで書かれているように、大きな歴史の流れに対する単なるパーツとしての地方史、郷土史ではなく、信州の地に生きた人々を主人公とした歴史を記したいとの強い想いを述べられています。

笹本館長率いる歴史館のスタッフ総勢20名を擁して三つのテーマに振り分けて描く本書。流石にこれだけの人数が手掛けますと、内容や記述についてかなりばらつきが出ますが、その中でも一貫した執筆方針を採られているようです。

一つ目には、その記述がどんな時代、テーマであれ、身近な生活と密着した内容であること、二つ目として、特定の時代、専門分野の叙述に留めず、時間的、空間的な俯瞰性を持たせることを意図していることがはっきりと見えてきます。

「衣」であれば、今の地名に繋がる、律令時代の麻の生産から始まり、女子高生の埴輪ルックと寒冷地信州における衣服の特徴へと繋いでいく。「食」であれば、もちろんジビエと諏訪信仰における鹿免食を繋げますが、遥か長崎の卓袱料理と諏訪神社へと着目する。そして本書で出色なのは「住」の項目。古代から近代まで、居住空間や生活拠点に関する内容の中でも、特に近世初頭から近代に着目した部分の筆致は実に魅力的。流石に主編者となる笹本先生が書かれた項は一発で判りましたが、それ以外にも、佐久平を起点に全国に広まった踊念仏と善光寺から始まる信州の芸能と建築の伝統や、山への信仰と街路の方角、雪国における特異な建築条件、特産の菜種油と照明のテーマでは日本で初めての商業油田が長野で成立したことから繋げるなど、歴史的な経緯を近現代に延長させることで見えてくる意外なテーマが目白押し。そこには、人は何故其処を住居としたのかという着目点を突き詰めた先に、雪と山間に閉じ込められたどん詰まりに生きる貧しい人々という、近代までの信州に対するステレオタイプをどんどん打ち消していく様な内容が綴られていきます。

更には、本書が「歴史館」という、博物館や考古館、文学館、歴史民俗館とは異なるスタンスを持った、すべての歴史時代から現代までの時代背景を通貫して描けるスタッフが著述を手掛けたという事を明確に示す点が、要所に織り込まれたコラム。発掘土器は現代の会食のマナーにまで繋がり、信州ならではの塩イカの歴史も現在の製造(実は福井県の三社ですべて生産)や販売傾向といった現代の食文化に直結。そして、信州と長野の呼称に対する微妙な使い分けを歴史的な経緯から探り出すといった、県民の皆様ならちょっと冷や汗が出てくるような小論考まで。

歴史館という、ち密に細分化された現代の歴史研究環境に於いて、ちょっと中途半端にも思える位置付けにある、その場所で活動を続ける方々が思いを込めて綴る、信州を軸に時間と空間を広げていくオムニバスストーリー。本書の性格故に本格的な議論がなされる訳ではありませんが、この一冊をきっかけに信州のことをもっと知ってほしい、その先に広がる世界、時代と必ず繋がっているという事をはっきりと教えてくれる一冊です。

雑学もたっぷりの「信州学」を標榜するに相応しい、次回以降のシリーズも楽しみにしながら。本書が好評の暁には、県立歴史館だけではなく、他の研究機関、博物館、美術館、山岳や観光、技術や工業、スポーツの団体など、信州の歴史/文化全般に渡るシリーズになる事を期待してしまいます。

 

今月の読本 写真集「遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 Takuya Tsukahara 信濃毎日新聞社)救い出されたフィルムに刻まれた、清々しく天空に生きる人々の姿

今月の読本 写真集「遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 Takuya Tsukahara 信濃毎日新聞社)救い出されたフィルムに刻まれた、清々しく天空に生きる人々の姿

New!(2019.1.13)

昨日、訪問させて頂きました。

書籍では感じ得ない圧倒的な存在感と、豊かな人々の表情。天空の里の眩しい程の光溢れる情景を写し撮った、60年を経て奇跡的に助け出されたプリントの数々。

眩しい日差し溢れる畑の中で、立ったまま幼子を背負い子守をしながら読書に興じる少女を捉えた一枚。ご自身の姿を映し出されているのでしょうか、老境に差し迫った杖を突いたご老人の方(講演会の最後で質問に立たれた方だったかと)がずっと立ち止まって魅入られていたのが印象的でした。

約100名の方が集まった、前後2時間に渡る講演。

前半の塚原琢哉氏による撮影の経緯とそこに残されたフィルムを思い返す中で語る、長きに渡って欧米諸国、特に東欧で撮影してきた中で培われたであろう、民族と神との契約を次の世代へと受け継ぐことを求める想い。

民俗学者ではないのですがとの前置きの上で語る、遠山郷で生まれ育った飯田市美術博物館の櫻井弘人氏による、中央構造線を添って伸びる修験道の道すじの先に繋がる遠山郷と民俗芸能としての霜月祭りが塚原氏が願う継承の象徴として結び合うお二人の話。

質問に立たれた民俗学研究者の方が述べる、かの地は取材などを断る閉鎖的な背景があった筈、その中で何故このような写真を撮る事が出来たのかとの質問に対して、強くたしなめるように答える、写真家と撮影される人々との強い信頼関係が無ければその距離は縮まらないという、氏の写真家としての強い矜持。それに応えるかのように、氏が撮られた霜月祭りの面や振りを実際に舞って見せた写真に対して、現在でも祭りの時期以外に撮影を許す事はまずない(撮影は春と夏)と、驚嘆の意を示す櫻井氏。更には、その面の作られた時期から判明した、常に一纏まりであったかのように見える下栗の集落が、実は明治31年に大きな分裂を生じていた事を示し、祭りの類似性や時代の前後性を含めた周辺との繋がりと、集落毎の独自性を一連の歴史の中において丁寧な検証をする必要性を示唆する、民間芸能の研究者としての櫻井氏の解説。

写真で示される、車道が切り開かれる前には集落を埋め尽くすように育てられていた麦畑が、厳しい環境の中でも豊かな実りを具えていた事を強く印象付ける。行き止まりの侘しい集落ではなく、南アルプスを越えて井川にも、青崩峠を通じて遠州の秋葉山、そして地蔵峠を越えて南信に繋がる、豊かな山林資源にも恵まれた三遠南信、要衝の地。

いずれも、遠山郷に対する認識を大きく覆すお話がふんだんに語られていきました。

最新のデジタル技術も駆使したであろう、フィルムから起こし直したプリントデータ、全170点(実際には1600コマ程あったうちの助け出せた分だけです)は、飯田市美術博物館に寄贈されていますが、これだけの規模で一堂に会して展示されるのは今後あまりないかもしれません。展示は1/20まで、松本市内中心部に位置する、信毎メディアガーデンです。

 

<本文此処から>

何時とちょっと毛色の違う本のご紹介。

長野県を代表する郷土出版社としての顔を持つ信濃毎日新聞社さんは、これまでも何度かご紹介していますように、地元に密着した、刊行数があまり望めないようなテーマを扱いつつも、妥協のない編集、装丁を施した書籍を送り出されています。

今回のご紹介する最新刊は、そんな作品群の中でもとびきり白眉な一冊。ポーランドを中心に東欧を題材にした作品、特に黒いイコンの一連の作品で世界的にも著名な写真家、塚原琢哉氏が若かりし頃に撮影したフィルムから奇跡的に救い出されたプリントを纏めた一冊です。

写真集 遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

写真集ですので、当然ですが内容をお見せする事は出来ませんし、私のつたない言葉で伝えられる範疇は余りにも狭いかと思います。

出来れば手に取ってご覧頂きたいと思いますが、お伝えできる範疇で内容をご紹介いたします。

映画や写真のフィルムを扱われた事がある方なら、話には聞いたことがあるかとは思います、現像後のフィルムが劣化し、溶けてしまったり、霜が降りたように白濁してしまう現象。長年の東欧を中心とした撮影活動を一段落した著者が古い未プリントフィルムの整理を始めた時に発覚した悲劇、その中から辛うじて救い出した400枚ほどのコマには、作品としては未発表ながらも、60年を経た今だからこそ留めておきたい貴重なシーンに溢れている事に気が付きます。

著者の想いに応えて刊行を決断した版元さんにとっても、決して部数が出る本ではない無い事は判っている筈です。しかしながら、本書のページをめくっていくと、単なるアーカイブ、記録写真という範疇を越えて、何だかとても清々しい想いに満たされてくる自分がいる事に気が付きます。

今からちょうど60年前、1958年の遠山郷、下栗。現代に於いても「日本のチロル」と称される、天空に昇らんという地に拓かれた極限の山村。南アルプスの山並みをバックに俯瞰で眺める姿は当時と何も変わらないように見えますが、実際にその地に踏み入れて撮られたプリントには、今とは全く異なる姿が焼き付けられています。

まだ自動車が入れる道は無く、麓の集落までは山道を住民であれば徒歩で1時間、間道の谷に掛けられるのは踏み抜いてしまうような細い間伐材を集めて辛うじて繋いだか弱い木橋。電気が通ったのは著者が訪れる2年前で、依然として主な動力は馬力。水田は僅かに一カ所、重要な収入源であった木材を伐り出す以外、山に張り付くように切り拓かれた段々畑を耕すのも、荷物を運ぶのも、もちろんほぼ全てが人力。

谷から吹き上げる風に抗するように軒先に重ねられた間伐した枝の束と、屋根に載せられた石、小屋のような質素な板張りの家に三世代が寄り添いながら、集落自体も寄り添いながら一体となって暮らす。

何処をどう見ても、厳しい環境に歯を食いしばりながら暮らしているように思えるシチュエーションですが、21歳の著者が40日にも渡って、その地に腰を据えて撮影を続け、辛うじて残った写真には、そんな想像とは正反対の姿が克明に写しだされています。

小さな子から年老いた爺、婆に至るまで、それぞれの役割をきっちり果たしつつも、時に楽しげに、寛ぎつつも、日々の仕事に打ち込んでいく姿。山で見つけた花を背負った木端や自転車に差し込んでお土産として持ち帰る姿には、生活の中に潤いを与えようと願う想いが映し込まれているようです。戦後10年を過ぎて漸く落ち着きを取り戻してきた時代を感じさせる、麓の集落に降りる女性たちの少しお洒落した姿(サンダル履きでよく往復2時間の山道を往けると)や、何でも屋さんに上がって来る商品を楽しそうに品定めする姿からは、どんな僻地の山村も決して孤立することなどなく、規模は小さいながらも、人と物の流れの輪に確実に繋がっていた事をまざまざと見せつけてくれます。

そして、ページの過半を埋める子供達。少し痛んでいますが、金ボタンの学生服にセーラー服の姿を嬉しそうに見せる小学生たち。スリムで足の長い中学生たちは学生服姿で親の仕事を手伝い、子守は女子には限らず、少し年上のお兄ちゃんから姉ちゃん、そして近所の爺まで、手が空いていれば誰でもかまってあげる鷹揚さ。

桃源郷と呼ばれる場所故に、まるで夢でも見ているような気分にさせられますが、まごう事なき60年前にかの地の姿を映した写真。特に、著者が「青い山脈」と述べた印象的な一枚の写真は、本当にモノクロ映画のワンシーンを観ている思いにさせられます。

翻って現在、昨今の「秘境」ブームの頂点に位置する様なこの場所も、実際には三遠南信道の部分的な整備によって、飯田からであれば比較的簡単に訪れる事が出来るようになりました。一方で、多くの子どもたちが行き交っていた集落にあった分校は、自動車が通れる道を整備する代わりに休校となり、現在の子供の数は僅か4人。麓の集落より多くの人口を数えた下栗の居住者も50人を割り込むまでに減少してしまいました。

写真集の最後に綴られる著者による解説文と飯田市美術博物館の学芸員の方による寄稿文。撮影の背景以上に濃厚に書き込まれる民俗的なお話を追いながら、峰々を越えた遥か先に切り拓かれた「神宿る豊かな地」に生きてきた人々を、飾らずに、ありのままにワンシーンとして収めた、この写真集を刊行された意義を想わずにはいられません。

奇跡的に救い出されたプリントたちは、今を生きる私たちに、どのような想いを語りかけてくれるでしょうか。