今月の読本「飯田線ものがたり 川村カネトがつないだレールに乗って」(太田朋子・神川靖子 新評論)その普段に寄り添う偉大なるローカル線の偉大な物語と小さな物語は、新たに見つめ直す合唱劇の先へ

今月の読本「飯田線ものがたり 川村カネトがつないだレールに乗って」(太田朋子・神川靖子 新評論)その普段に寄り添う偉大なるローカル線の偉大な物語と小さな物語は、新たに見つめ直す合唱劇の先へ

出版不振が叫ばれて久しいですが、日本には多くの書籍を刊行する、多様な出版社さんがまだまだ多く存在する一方、その出版社さんの数を遥かに上回る「本を出してみたい」と願い、実際に地道に資料を集め、構想を練り、試行錯誤をしながら原稿をまとめ、何度もダメ出しを受けながらも、何とか刊行のチャンスを狙ってひたすら努力を続けている方々も数多いらっしゃるかと思います。更には、そんなチャンスに恵まれなくとも、何とか一冊を綴りたいと願って自主出版や私家版として自費出版される方すら、決して少数ではない筈です。

そんな中で、地元の書店さんでふと見かけた一冊。やや素朴な仕上がりながらも明らかに自費出版とは違う、美しい写真のカバーが掛けられ、巻頭にはふんだんに用意されたカラー写真、定価とISBNコードが打たれた正規の刊行物。そして、著者は偶然にもこの書籍を執筆することとなった、地元で暮らす二人の女性。あとがきの著者紹介を読んだ限りでは、表紙に書かれた表題とはちょっと噛合わないこの組み合わせに、逆に興味を持って手に取る事になりました。

今月の読本「飯田線ものがたり 川村カネトがつないだレールに乗って」(太田朋子・神川靖子 新評論)のご紹介です。

まず、本書が書かれるきっかけから驚かされます。鉄道ファンで多少なりとも地方鉄道の歴史に知見をお持ちの方、特に本書のテーマとなった飯田線に少しでも興味をお持ちの方であれば、アイヌの鉄道測量技師、川村カ子ト(こちらの方が一般的な表記ですね)ほど著名な人物はいない筈です。しかしながら、沿線である佐久間に30年も在住していた著者、地元の小学校の教員を務めていた著者の夫ですらその人物を知らなかった、更にはかなりの高齢の方以外、地元の方にとっては全く無関心の人物であったという事実。

ある人物から舞い込んできた相談を受けて、初めてこの事を知った著者が次に起こしたアクション、川村カ子トを題材にして以前に作られた合唱劇をプロデュースして、その舞台である、水窪で上演することになります。水窪での上演に際して広報担当としてパートナーとなったもう一人の著者と二人で綴ったのが本書。前後半でパートを分けて描かれる物語からは、全く未知の状態から川村カ子トを軸に、自分たちの生活に寄り添ってきた飯田線そのものへの理解を深めていく過程が見えてきます。そこには、旅行者や好事家、鉄道ファンや行政の方が綴る物語とは全く違った視点に溢れています。

前半では、合唱劇の舞台準備に際して訪れた旭川での川村カ子トの記念館を訪れた訪問記と、三信鉄道の最深部、三河川合-天竜峡間の実際の測量、敷設作業にまつわる物語が綴られます。刊行物に掲載されるのは初めてと思われるものを含めて、当時の貴重な写真も豊富に掲載されています。但し、このページをご覧になるような方は既に好事家に片足を踏み外していらっしゃるかと思いますので、カ子トの業績やアイヌに対する差別的な扱いについては改めて説明不要かと思います。そのような中で、1960年に再び招待されて北海道から佐久間を訪れた時の模様(既に自らが切り開いたルートが佐久間ダムの湖底に沈んでいると聞いて驚いたそうです)を今でも克明に覚えている古老のお話や、その沈んだルート(水上から接近)やそこにあった生活、夏焼の集落を訪れた著者の綴る物語には、地元に在住している方だからこそ語れる内容であることはもちろんなのですが、それ以上に、ついこの間まで知らなかった、刻まれ続けたその土地だけの歴史物語再発見への驚きと、その想いがさらに地元への愛着へと昇華していく心象が綴られていきます。

更に驚きの内容が、川村カ子トが請われて三信鉄道に招聘されたと多くの書籍には書かれていますが、そのような言説を覆す説が述べられている点です。今回の取材の中で、佐久間に今も住まわれている方の祖父で、三信鉄道の保線課長として建設工事にも携わった人物が、北海道拓殖鉄道時代にカ子トと一緒に鉄道施設作業に携わっており、請われたというより、カ子トの方から三信鉄道に従事したいと願い出たと述べていたという記録を残していた事です。あくまでも私家版での著述であり、本人談として伝えられている限りですが、当時としても高額な給金と家族を引き連れての測量であった点でも、決して一方的にアイヌだからとのある種の侮蔑的(能力の高さの裏返しでもあります)な招聘ではなかったかもしれない点は、日本の鉄道史でも有名なエピソードの一側面として、その背景を含めてもっと検証されても良いのではないかと思われます(この先は鉄道史家の領分でしょうか)。

過去からの飯田線に繋がる物語が綴られる前半に対して、後半は現在の飯田線の物語が綴られます。水窪での合唱劇公演を終えた後に始めた飯田線の探訪。一覧表では掲載していますが、全部で94駅ある飯田線の全駅を網羅するのは流石に苦しかったのでしょうか、その中で著者が心に留めた49の駅が、コラムを挟みながら紹介されます。本書のテーマと著者が水窪在住のため南側重視で、旧三信鉄道は全駅と飯田までを重点的に取り上げています。民俗学的にも貴重な三遠南信の山村に残る風物、寄り添う天竜川とダム湖、桜、そして茶畑と、その土地に住む方々にとってかけがえのない、今の姿。有名な下山ダッシュや旧三信鉄道秘境駅の数々など、鉄道ファンの方ならお馴染みのテーマももちろん紹介されていますが、その内容は、取材目的で訪れた場合でもあくまでも鉄道は添え物、著者の興味は別の所にあります。それは、自らがその場所に訪れた際のシチュエーションであったり、一緒にいた人物であったり、車掌さんや、駅で、そして道行く中で巡り合った人々への、また飯田線で会いましょうというという想いを乗せた柔らかな眼差し。鉄道とういうツールを通じて人と人が交わっていく想いを車窓が彩り、自分の心を映し、描き出すという、紀行文やちょっとビジネスライクな各駅の紹介とは異なった、自らの日記を綴るような、自分の住む場所を往く日々の心象スケッチを積み重ねているかのようです。

川村カ子トに出逢わなければ気が付く事が無かった、何時も側に寄り添う鉄路が編み出す昔と今を繋ぐ物語は、そのきっかけを作り出した(冒頭のトリックに戻る訳ですが)版元編集者さんの手により、繋がり合いながら一冊の物語としてこのように手元に舞い降りてきたようです。

版元さんと著者たちの好奇心、その行動力から生まれ始めた地元への想い、マイレールとしての新たな気付きが、豊かな出版環境が残る中で、本書を通じて多くの方に伝わる事を願って。

<おまけ>

長野県下伊那地方事務所が制作した、県内の飯田線各駅を紹介したブログ「魅力満載のローカル線!飯田線」(全35話)には、本書では紹介されなかった分を含めて長野県内の飯田線各駅が紹介されてます。本書とは全く切り口は異なりますが、興味深いお話が満載、併せてご覧頂ければ、更に面白いかと思います。

本ページから信州関連の書籍、南信をテーマにした話題も併せてご紹介します。

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

版元さんからの刊行案内が出て以来、心待ちにしていた一冊。

金曜の晩に漸く地元書店さんの店先(何時の間にか郷土本コーナーが店舗の奥の方に移っていて、危うく見つけそこなうところでした)で見つけて読み始めましたが、予想を超える素晴らしい仕上がりに、一気に読み進めてしまいました。

地方出版社の衰亡が続く中、まだまだやれる事はあると、意欲的な企画と、地方だから、少部数だからとの妥協を許さない丁寧な制作、編集。大手出版社さんにも全く引けを取らない美しい装丁を施した本を次々を送り出していく信濃毎日新聞社さんが、これまでのコンセプトを更に推し進める形で新たに送り出した一冊。狙ったようなインパクト重視でキャッチーな表題の裏側に描かれる、本当に版元さんの良心に溢れる一冊のご紹介です。

信州の縄文時代が実はすごかったとう本今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

本書の著者、藤森英二さんは、八ヶ岳の東麓、北相木村の考古博物館で学芸員を務めながら、主に長野県下の縄文遺跡に関する研究に従事する研究者。このお名前をご覧になって、本書にご興味を持たれた方はピンとくるのではないでしょうか。縄文研究に大きな足跡を残し、今に至るまで学界において議論を呼び続ける、ある意味において、日本の古代史の視点が世界的な考古学の流れと決定的な違いを見せる結果となった論考を残した人物。在野の考古学研究家と呼ばれた、縄文農耕論を著した藤森栄一氏に繋がる方です。

こう書いてしまうと、まるで縄文農耕論の継承者が描く、本格的な縄文文化論が展開される本のように見受けられてしまいますが、さにあらず。更に言えば、このような紹介自体、あくまでも本書を売り込むためのセールストークのようなものであり、著者の意図する所とは異なっている事を予め述べておかなければなりません。

本書が本当に素晴らしい点、それは八ヶ岳西麓に広がる縄文遺跡をテーマに、学芸員とモデラー(掲載されている写真のフィギュアは全て著者の自作です)という、二つのキャリアを存分に注ぎ込んだ、美しくも丁寧に纏められた、ページの上に描かれる縄文ミュージアムを見事に作り上げた事です(注記:信州と表題されていますが、前述のように八ヶ岳西麓がメインテーマです)。

信州の縄文時代が実はすごかったという本巻末に掲載された多くの協力者の皆様の手助けを受けながら、信州の息の長い学研的な伝統が培ってきた研究者の系譜に連なる著者(出身の明治大学において、戸沢充則氏の薫陶を受けています)が、その中心地からほんの少し離れながらも息吹を肌身に感じるであろう八ヶ岳東麓から俯瞰する、数千年に渡ると云われる八ヶ岳高原で大繁栄した縄文時代の主要な研究テーマを丁寧に解説していきます。

執筆協力の皆様によって集められた美しい画像や、良く錬り込まれた豊富な図案。著者自身の制作によるフィギュアによる美しくも可愛らしいフルカラーのページたち。ページに添えられたキャッチーなフレーズを眺めていると、一見して小中学生向けの所謂副教材ではないかと思えてしまいますが、それは大きな誤りのようです。低年齢向けの語法はあえて避けて、一般の読者を想定した文意と、博物館等の刊行物では当然の配慮である、時代感の指摘やキャプション、補記への配慮は、正に本書が学童向けの入門書に留まることなく、より広範な読者、好事者、歴史ファンの皆様に向けて書かれている事の証。多くの皆様が感じているかもしれません、大好きな博物館、美術館を訪れた後、この感動をそのままに収めた一冊の本が欲しいと思う感触そのままに、本書は仕上げられているかのようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そのテーマ故に入門書としての体裁で纏められていますが、要所に書かれた内容は最新の学術成果も盛り込まれています。本書を読まれる方であれば、一番気になる点についても、最先端の圧痕法(レプリカ法)による知見が盛り込まれており、この一冊で最新の縄文研究の一端に触れる事が出来るように配慮されている点は、更に嬉しいところです。著者はあくまでもこれらの議論に対して、距離を置いた発言をされていますが、その検証手法の発展と新たな知見が現れる事を密かに期待されているようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そして、八ヶ岳の裾野に広がった縄文時代の遺跡で繰り広げられた物語について、考古学的成果から俯瞰していきます。特異な文様を持った縄文土器の分布と伝播、八ヶ岳の縄文文化を象徴する二つの国宝土偶の物語(二つの間の時間軸的な断絶についても)。そして、発展を支えたであろう豊かな生産性と、交易物としての黒曜石からみる、海をも超えて東日本を広く包み込む、広範な縄文人たちの移動する姿。これらの内容は博物館でじっくり見たつもりでも、改めて本という形で眺め直すと、別の見方が生まれて来るようです。そして、現代に生きる私たちもその大きな流れの中で生きている事を実感させられる、縄文海進とあれほど繁栄した八ヶ岳西麓に生きた人々が残した痕跡の消滅。

ここから先は、是非現在の八ヶ岳山麓に訪れて、その息吹を感じて欲しいとの想いから、多くの類書では決定的に欠けている、各所に点在する博物館の展示紹介や訪問ガイドにページを割いている点は、本書が博物館関係者が著述されている点以上に、地元に在住する人間として、更には本書を通じてその地を訪れたいと思う多くの歴史ファンにとって、極めて嬉しい配慮である事を重ねて述べておきたいと思います(双方に於いて絶対的に断絶して扱われる事が多い、隣県の博物館に関しても、特段の配慮を以て記載をして頂いている点については、深い敬意の念を述べさせていただきます。八ヶ岳山麓は東西南北みんな一緒)。

SNSや著者のブログに残された刊行前のコメントを拝見すると、研究者のキャリアとして本を出すのが早すぎたのではないか、刊行自体に無理があったのではないかと悩まれている様子が伺えますが、そんな想いは多分杞憂だったと思いますよと、お伝えしたいです。

これまでになかった、八ヶ岳山麓の縄文時代を美しくも丁寧に綴られた読むミュージアムとして、多くの歴史が好きな方の机上に届けられることを願って。そして、今度のお休みには、その足跡を訪ねて美しく整備された博物館たち、史跡へ訪れてみませんか。

八ヶ岳ブルーの下で4

信州の縄文時代が実はすごかったという本

P1060493<おまけ>

本書に関連する内容を扱ったページをご紹介します。

今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

今月の読本(特別編)最後という名の未来を願った名著「職漁師伝」を経て、その一冊は今に続く姿を刻み込み文庫へと『溪語り・山語り』(戸門秀雄 山と溪谷社)

本ページでもご紹介している、今やほとんど失われてしまった、川をその生業とする人々の語る物語を、同じく川をフィールドとする釣り人のとして、同じ視線で、同じ河畔、溪に共に佇みながら、丹念に聞き取っていった記録と貴重な写真で綴った一冊「職漁師伝」(農山漁村文化協会(農文協))。その原点ともなった、当時の雑誌連載記事を一冊に纏めた書籍がありました。

著者が多くの原稿を出稿されていた山と溪谷社から丁度平成と年号が改まった後、バブル崩壊の足音が忍び寄ってきた平成二年(1990年)に刊行された『溪語り・山語り』(戸門秀雄)が、遂に新生ヤマケイを打ち立てる起点となったヤマケイ文庫に収蔵される事になりました。

編集者の方もこのように推されている一冊。山に纏わる物語や、山村、そして川、渓流釣りに関する書籍は数多ありますが、実際に一緒に溪を歩きながら、更には山の中に掛けられた小屋での語り合いを記録された物語は、民俗学を掲げる方々が一瞬で霞んでしまう程の、山で、川で暮らす人々が工夫を凝らした道具に対する知見と豊かな説話を積み重ねており、ニュートラルな筆致と併せて、他に追従を許さない独特の著述感「日本の溪と山を語る」世界を築き上げています。

本書が更に嬉しい点は、「職漁師伝」では表題の関係上割愛された、広範な川と山に関わりながら生きる人々の物語が語られる点。上田の伝承毛鉤に相木村の計算漁、伊那谷の虫踏み、そして井伏鱒二と下部の床屋さんの物語。一度聞いてみたかった、地元に残る川の物語が続々と描かれていて、多少なりとも地理感のある方であれば、活字を追うだけで、その風景が浮かび上がって来るようです。

更には、尾瀬の風物詩となった背負子さん発祥の物語に、カーボン竿を敢えて手中にする竿師・正勇作氏の苦闘、そして今最も話題となっている熊たちと山の人々の物語。山と川に纏わる実に広範な物語が描かれていきます。

このように書くと、30年近く前に刊行された本を通して、単にノスタルジーに浸るための一冊にも見えてしまいますが、著者の筆致の素晴らしい点は、ノスタルジーに留まらず、その先への想いを込めて、実情を述べていく点。著者が最も気に掛け続けている、最初に取り上げられる雑魚川と広範な奥志賀の山中で活躍した、往年の職漁師の系譜を継ぐ人々が先頭を走る渓流保護の実情や、魚止めの滝の上に住まうイワナ、そして山女と名のつく山村の川で交じり合うヤマメとアマゴ。会津も更に奥地の檜枝岐、そこらか更に渓流の奥深くに構えた山椒魚獲りの燻製小屋にまで大学の研究者と呼ばれる方々が押し掛けて大量の山椒魚の燻製を入手していく(発育不良の治療薬になるらしい)という、山里の物語が、最先端の話題にも繋がる事を示していきます。

そのスタンスは文庫化に当たっても貫かれ、全15本のテーマで語られる全てのお話について、数行ずつとはいえ最新の動向を載せいています。その中で、漁の規模が小さくなったり人が入れ替わりつつも、殆どのテーマに於いて30年近くを経た今でも、人々と山と川との関わり合いが続いている事を確認していく点は、本書が正に今に繋がる一冊である事を雄弁に語るかのようです。

山と川の流れがある限り、人がその場から去らない限りきっと続いていく物語の、失われようとする一面と、今もしっかりと息づいていることを再確認させてくれる本書、もし少しでも山や川に思い出がある方であれば、きっと楽しく、そしてちょっと懐かしくもその姿に、彼らの生き様に、今に力強く生き続けている物語に励まされる一冊かもしれません。

溪語り・山語りと職漁師伝

<おまけ>

本ページより関連する書籍のご紹介。

今月の読本「北の無人駅から」(渡辺一史 北海道新聞社)カニとミツバチが抱いた想いが北の大地で人と交わる場所で

今月の読本「北の無人駅から」(渡辺一史 北海道新聞社)カニとミツバチが抱いた想いが北の大地で人と交わる場所で

夏休みに入って地元の本屋さんで始まった、全国の地方紙が刊行する本を集めた、ふるさとブックフェアで手に取った一冊。

以前からネット通販で見かけて読んでみたいと思ってはや数年、このような機会を得て、漸く手に取る事が出来ました。

私の夏休みの過半を持って行ってしまった、全ページ数791、原稿用紙1600枚分の言葉を刻み込んだ分厚い一冊に込めた著者の想いとは何だったのでしょうか。

北の無人駅から今月の読本、2011年と少し以前に刊行された「北の無人駅から」(渡辺一史 北海道新聞社)をご紹介します。

表紙の美しくも寂しさが付きまとう写真と表題から、郷愁を感じさせる鉄道エッセイなのかなと思わせますが、内容は大きく異なります。全7章で語られる物語のうち、無人駅や鉄道に関わる人物を主たるテーマにして語られるのは第1章の小幌駅と第4章の北浜駅(部分的には第2章の茅沼駅を含む3つ)。それ以外のお話に於いて、無人駅は話の導入に使われるに過ぎないばかりか、第3章の新十津川駅と第6章の増毛駅(下)は、全くと言っていいほど駅について語られる事はありません。

無人駅をテーマにしたエッセイだと思って本書を手に取られた方、特に鉄道ファンの方にとっては、読んでいくうちに首を傾げてきてしまうかと思われますし、最後の方に行くと読むことを躊躇ってしまうかもしれません。その内容の変化は、正に著者の視点の変化と軌を一にしています。

内地に生まれて、学生時代に渡道して憧れの地となった北海道。その後、北大に進学し、そのまま札幌を拠点としたライター活動を続けてきた著者の筆致には、当初、著者自らも指摘するように、ライターとして手掛けたパンフレットや雑誌の記事に見られる、明らかに、憧れの大地・北海道を描写するという旋律が流れています。高度成長期からバブル崩壊前までに繰り返し北海道に押し寄せた若者の波、カニ族やミツバチ族と呼ばれた彼ら、彼女らの視線そのままに、北海道という大地の中に、都会の生活にない自然や環境、素朴な風俗を見出していこうという想いが全面に出ています。

観光ガイドやネットで供される情報の更にディープな部分に潜む風景の断片や、根底に横たわる暮らし往く人々の姿を掘り起こして伝えていこうという、ライターとしての好奇心と取材意欲が軸となって描き込まれる冒頭部分。鉄道ファンや北海道のコアな部分をもっと知りたいと思う読者を惹きつける内容が存分に展開されます。

ところが、読み進めていくと、徐々にそのようなイメージと異なる内容が散見され始めます。コウノトリや野生動物の農害との折り合いに悩む農家の側面を描きつつ、オオカミ再導入も念頭に、釧路湿原でオオカミと共同生活を営む夫婦。北海道一の米どころになった新十津川で苦悩しつつも大規模営農を行うコメ農家と根深く絡み合うJA、曲折を経る北海道のブランド米戦略。北洋漁業の盛衰とニシン漁、僅かに残った漁の仕掛けを狙うトドの食害。そして、白滝シリーズの向こうに見る、小さな自治体における自治のあり方。

欄外に「CLICK!」と表記して、各章の後ろにそれこそ通常の補記を遥かに上回る分量で記載された解説文章を用意されている点は極めて親切かつ、著者の研究熱心さを表す体裁だと思います(その分、極端に分厚い一冊となっていますが)。北海道の魅力や実情の一端を感じたい読者や、表題に惹かれて読まれた鉄道ファンに向けた配慮としてはとても素晴らしい事だと思います。一方で、これらの事情に個別に詳しい方であったり、歴史や民俗学、地方政治や農業、漁業政策に多少なりとも知識のある方(類書を数冊読まれている程度でも)が読まれると、本文はおろか丁寧に纏められた補足すら物足りなさを感るのではないかと思わせるのも、また事実です。

少し強引さも残しながら、年数をかけて繰り返された丁寧なインタビューを積み重ねた、コアなテーマに沿って描かれる北海道の新たな魅力の側面を浮かび上がらせるという、著者の手掛けられてきたライターとしての見識で魅力的に描かれた前半。対して、後半に行けばいくほど、それを描きたいと著者が強く願っているにも関わらず、フォーマット的にも量的にも薄味感を感じる、ライターという職種に対して多少の劣等感を抱きつつ綴る、北海道の今の現実を見つめるルポルタージュとしての側面。

著者がそうであったように、カニ族やミツバチ族だった内地の人間が抱いた想い、その魅力をさらに引き出そうとして描く筆致と対峙する、それより遥か前から入植し、その地に根付きながら代を重ねて生きてきた人々と長年に渡って関わり合ってきたことで生まれた想い。余所者だけど内地の人間じゃない、もう何年にも渡って、同じ大地で、目の前に見続けてきた人間として、その裏側に潜む本質を描きたいと願って描いた部分に対して、自らの知見を補うかの如く、補足説明に詰め込んで描かざるを得なかった部分の微妙な乖離。どちらの内容を本書に期待したかによって、大きく印象が異なって来るようにも思えてきます。

二つの筆致が遊離してしまいそうな中で、著者の想いは何処にあったのでしょうか。それは、2章に渡って描かれる、増毛のニシン漁の盛衰と、僅かに街路に残る当時の様子を踏まえつつ面倒がりながら往時を語る人々。そして、ニシンが海岸から離れ、人がめっきり減った今もその不便さをそうとは捉えず留まり続ける増毛、そして雄冬の人々との繰り返される交流の中に描き込まれているようです。

著者があとがきの最後の最後に述べている一文がそれを雄弁に物語っています。

「最後に白状してしまえば、私は無人駅にも鉄道にも、じつは大して興味はなかったのだ。興味があるのは人だった。

無人駅をテーマにしながらも、私は人を求めて旅をしていた。」

表題を放り出す様な発言に、本書を読まれた方であれば、もうとっくに気が付いていたはずです(思わず笑いながら、頁を閉めた本書を布団に放り出してしまいました)。

あの時代、多くの若者が北の大地に思いを馳せて、赴いて、求めた疑問の答えを、自らの筆で紡ぎ出し、見出した著者と、北の大地に根を張る人々との語り合いの物語は、今も続いているようです。

<ちょっと補足>

帯にありますように、本書は2012年度のサントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞しています。この選考について選考者評(袴田茂樹氏)が余りにも明快に本書の立ち位置を指摘されています。本書を読んだ後に見たのですが、読後の微妙な感覚を見事に言い表していて、ちょっと驚いた次第です。

民俗学でも、社会学でもない、もちろん新聞記事でもない。「ライター」だから描き得る視点の大切さを感じて。

今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志ほか:著 信濃毎日新聞社)虫食王国から贈る、決して無駄にしない究極の地産地消ガイド

今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志ほか:著 信濃毎日新聞社)虫食王国から贈る、決して無駄にしない究極の地産地消ガイド

虫食、この言葉の響きから心地よさを感じる方は決して多くない筈です。

ゲテモノ、未開の食文化、飢えを凌ぐサバイバルフード?どちらにしても、良いイメージがない方の方が圧倒的でしょうか。

そんな中で「わっ、ご馳走だ」と喜んで飛びついてしまう殆ど唯一の人々が信州人。

お土産物屋さんはもちろんの事、普段買い物をするスーパーにすら、佃煮や缶詰が当たり前のように並んでしまう程、ポピュラーな食材です(あ、あと塩烏賊と鯉の煮物or洗いが並べば完璧)。

そんな日本を代表する虫食王国、信州を代表する虫好きがこぞって執筆する、極めてユニークな一冊、信州を代表する地方紙、出版社でもある信濃毎日新聞社が、何と副知事の巻頭言まで取り付ける程の総力?を挙げて挑む快作のご紹介です。

信州人虫を食べる今月の読本「信州人 虫を食べる」(田下昌志、丸山潔、福本匡志、横山裕之、保科千丈:著 信濃毎日新聞社)です。

熱のこもった太田副知事の巻頭言から既にボルテージ全開、全員信州在住の著者グループが分担制で執筆する本文は、編集段階である程度均質になるように校正されていますが、それでも時に脱線しつつ、信州の食文化の最右翼というべき虫食への想いに溢れた筆致で埋め尽くされていきます。

登場する虫食い物語は全18話。四大珍味と称する、信州人にとってはご馳走ともいえるジバチ(私の住んでる場所では、ヘボと呼びます)、イナゴ、ザザムシ、カイコから始まって、ちょっとありえなそうなイガラやスズメバチ、最終章は信州人でも跨いで通る、普通なら逃げ出してしまう昆虫にも敢えて筆を進めています(巻末の日本で食される昆虫一覧は本邦随一?の珍史料)。

バラエティに富んだ虫食の話題に溢れている本書。表題だけ見ると、極々稀に見かける虫食の本にあるような、ゲテモノ食いチャレンジであったり、食文化的な考察で終わってしまうような感じも受けますが、流石に虫食の公式ガイドブックたる本書はそんな軟弱な内容ではありません。

本書で取り扱われる昆虫たち、そのほぼすべてについて、昆虫類が専門分野である著者達による生物学的な解説と、伝統的な調理法、食し方、現在までの伝承を語るにとどまらず、実際に捕えて、調理して、食すという一連のプロセスをきっちり実践した上で、最後にお味の話と考察に繋がるという、極めて実践的かつ、食べられる昆虫ガイドといった体裁すら有する、ちょっと他ではありえない本格的な虫食いガイドブックとなっています(ちなみに、皆さんが決して食べない、子供たちが大好きな昆虫の王者の試食記は…笑って読みましょう)。

これだけでも充分にお腹いっぱいの内容なのですが、信州人にとっては美味しく頂かなくては済まされない虫食。食べ方にも独特の拘りが見え隠れします。さなぎを食するのは変態を開始する前でなおかつお腹に残った排泄物を出し切った後が良い。昆虫を食べる場合でも、一晩おいて糞を出すのが肝要(これをカマキリなどの肉食系の昆虫が混ざった状態でやると…パラダイス状態に)と熱っぽく語り、スズメバチは怒らせた時が最もおいしい(そんな恐ろしい事を平然と…しかもやっている人たち)と豪快におっしゃる。しかも巣をひっくり返した後は早く食べないと…成虫が巣からにょきにょきと(ぎゃー!)。ザザムシは厳冬期が最も脂がのっているので、寒さをものともせず、氷点下の天竜川の河原で石をひっくり返し続ける。更には昆虫の足は残しておいた方が海老みたいで香ばしい…等々、虫食に嫌悪感をお持ちの方なら呆れる前に卒倒してしまう内容のオンパレードです。

このような書き方をすると、やはりゲテモノ食い本に見えてしまいますが、著者達は一線の研究者でもあり、いずれも信州をこよなく愛していらっしゃる方々。一見ふざけた内容にも見えますが、その中でも注目すべきポイントがあります。それは、味そのものへの想いと共に、昔から虫食いがタンパク質の補給であったり、子供のおやつ代わりであった点は認める一方、所謂カルシウム補給には何の役に立たない(骨、ありませんから)事を指摘した上で、信州人がなぜ虫食に拘るのかを追求している個所でしょうか。

各執筆者それぞれに見解を述べていますが、その根底には、決して物を無駄にしないという信州人の素質が脈々と受け継がれているように思えてきます。田圃の畔に豊富に居たイナゴ、ゲンゴロウ。厳冬期の河原に潜むザザムシ。薪を割り、山林で作業をすれば易々と出会う事が出来る、害虫でもあるカミキリムシ。恐ろしいながらも魅力的なハチたち。そして、養蚕と切っても切れないカイコ、ヤママユガ。いずれも、信州における生活の身近にあって、何時も目の前に一緒にいた昆虫たち。そんな昆虫をちょっとしたおやつとして、そして大事なご馳走として大切に食べ続けてきた、身近なもので使える物は何でも活用しよう、美味しく頂こうという、その土地に寄り添って生きてきた生活の知恵の結晶が虫食い文化であるように思えてきます。

ヘボの巣作り競技(この辺の事情にご興味のある方は、地理学マンガという風変わりなテーマで日本地理学会賞を受賞した「高杉さんちのおべんとう」3巻がお勧め)として扱われる以外、すっかり減少してしまったジバチ(茅ヶ岳の麓では、ヘボを獲らないでくださいという看板がそこかしこに出ています)。今や多くが東北地方から送られてくるイナゴやレッドデータブックに掲載されてしまったゲンゴロウ。僅かな職漁師が細々と採取を続けているザザムシ(僅か25gで1000円以上に)。そして、産業自体が消滅寸前となってしまった製糸の元となるカイコと桑畑。そんな失われつつある信州の環境、文化を継承し、象徴するものが虫食いなのかもしれません。

豊かな虫食い文化を育む信州と信州人の心意気がこもった本書。もしその心意気に胸を熱くされた方は、今度、信州にお越しの際には手始めに、諏訪湖の遊覧船乗り場でバッタソフト辺りからチャレンジしてみては如何ですか?

信州人虫を食べると類書たち<おまけ>

本ページより、関係する書籍のご紹介を。

今月の読本「ぶらり信州味噌蔵めぐり」(北原広子:文 中沢定幸:絵 信濃毎日新聞社)味噌屋さんの長生きの秘訣は、味噌は自由!の合言葉と共に

今月の読本「ぶらり信州味噌蔵めぐり」(北原広子:文 中沢定幸:絵 信濃毎日新聞社)味噌屋さんの長生きの秘訣は、味噌は自由!の合言葉と共に

信州の郷土に根差したテーマで楽しい本を多数出版されている信濃毎日新聞社。

大手出版社にも全く引けを取らないセンスの良い装丁と丁寧な編集。地域の特色を巧く取り込んだ題材の選定が何時も嬉しいのですが、そんな嬉しいラインナップに新たな一冊が加わりました。

ぶらり信州味噌蔵めぐりぶらり信州味噌蔵めぐり」(北原広子:文 中沢定幸:絵 信濃毎日新聞社)です。

信州味噌を製造している約100の蔵のうち、大企業から個人経営的な蔵まで、厳選した30の蔵について、フリーライターの北原広子さんの取材記と、 イラストレーターの中沢定幸さん(いずれも長野をベースに活動をされている方々です)によるちょっとノスタルジックでほのぼのとさせてくれるイラストで綴 られていきます。

ぶらり信州味噌蔵めぐりイラストページイラストページの例。すべての蔵が同じように見開きで紹介されています。

規模の大小に拘わらず見開きのイラストと、各蔵の歴史と成立の時代背景を必ず織り込んだ6ページの取材記という、統一したフォーマットで編纂されている点は好感が持てますし、途中に 挟まれるコラムには、信州味噌を知るためには必読のテーマが用意されてます。また、大きく3パターンに分かれる信州の味噌蔵成立の背景には、歴史に興味がある方なら強い関心を持たれるかと思います。

本を手に取って、まず気になる装丁のポイントは、油紙(よく、ブーブー紙なんて呼んでいました)にも似た、光沢のある味噌をイメージしたであろう色合いの表紙の用紙に魅了されます。

中沢定幸さんの味のある手書き書体で書かれた表題と、土蔵をイメージした瓦の模様も可愛いです。

更に、「味」マークと味噌樽アイコンが並ぶ裏表紙のデザインは、このアイコンを信州味噌(「信州味噌」は長野県味噌工業協同組合所有の団体商標です…って、ちゃんと書いておきます(笑))のPRに使っても良いのでは、と思わせる可愛さです。

ぶらり信州味噌蔵めぐり裏表紙この可愛らしい装丁と共に、以前に刊行されていた同じ版元の「酒蔵で訪ねる信州」や「浪漫あふれる信州の洋館」で用いられた、ガイドブックとしての用途にも応えた、解説とガイドマップ付き写真集といった体裁と違い、本書はイラストと取材記が主体となっています。その理由は、本文から拝察すると、蔵の中自体はあまり見学に向かない環境(液体と違い、練物の味噌に異物が混入してもろ過や除去が極めて困難)のため、撮影もままならない事が考えられます。

その代わりと言っては失礼ですが、中沢定幸さんのほのぼのとしたイラストが取材風景を彷彿とさせてくれます。表紙とのマッチングも兼ねて、黄味を帯びさせた、少し肌地にシボを入れた用紙も、中沢さんのイラストの味わいをより一層引き立てているようです。

ちょっと面白い点は、それぞれの蔵での取材の様子がイラストページのレイアウトから垣間見えてくる点。

オーナーや取材を受けられた方が訥々と、もしくは雄弁に語り続けたであろう蔵では、シンプルなイラストと一押しのテーマで。中規模クラスの蔵で複数の方に取材されたページでは、比較的にぎやかな雰囲気とバラエティを富ませたイラストで。そして、大メーカーでの取材では、圧倒的な規模感を、むしろシンプルに表現する。

イラストと文章が絶妙にコラボレーションすることで、どんな雰囲気の取材であったかが、とてもよく伝わって来るようです。

そして、どのメーカーさんも同じように語られている事があると思います。少し厳しい話では、先細りの需要の話がありますが、本書ではむしろポジティブな話を拾う事に重点を置いています。

それは、味噌という一見普遍的な調味料が、実は同じような日本食の調味料の中でもかなりの自由度をもって作られている事。JAS法で厳格に製法が規定化されている醤油に対して、同じ発祥を持つ味噌の方は、製法自体には業界基準の呼称が定められていますが、麹にしても、材料の調合具合にしても、ベースとなる大豆の処理方法、更には熟成方法についても、同じ信州味噌でも各蔵で全くポリシーが異なる。更には、山吹色が信州味噌のトレードマークといったのも今や昔。熟成度合いや店頭での量り売りまで含めれば、色どりもさまざま。むしろ、各蔵が「信州味噌」という共通ブランドの上で、個性と独自性を競い合ったことが現在のシェアの高さ(全国の40%を占める)を生んだのではないかと思えてきます。そして、醤油では絶対ありえない、手前仕込み(お客様に届けた後に熟成を進ませる、お好みのタイミングで食べて頂く)まで用意されている自由さ。基本的にはシンプルな発酵過程なので、発酵状態を作り出しておけば、あまり場所を選ばず熟成を図らせる事が出来る柔軟性(小学校などの、出張授業で作ったお味噌を後で食べられるなんて、何と贅沢な)。

更に、どの蔵の方も同じように答えられるのが、お味噌は健康食、長生きの秘訣だと確信されている事。

全国で一、二を争う長寿県に生まれ変わった長野県。その理由を減塩食運動に求めるのが一般的ですが、味噌蔵の皆様の意見はちょっと異なるようです。減塩結構、でもそれだけじゃない。バランスの良い食生活の底辺に、完全食ともいえる味噌を豊富に食べていることがあるのではないか(長野県の一人あたりの味噌の消費量は全国一)とにじり寄ってきます。確かに、お味噌汁を食べた後は、なぜかホッとできる、元気になれる。そんな気分にさせる事自体が健康の第一歩、そして発酵食品でもあるお味噌と一緒に、バラエティに富んだ具材も食べる事でバランスの良い栄養を取る事が出来る。味噌蔵のオーナーの方々が、重労働にも拘わらず長生きをされているのは、決して偶然ではないのかもしれません。

味噌の可能性を信じて、個性的な味噌蔵が自由な発想とそれぞれのスタンス、ポリシーで自分たちだけが造り得る味噌を提供し続けてくれる限り、順風満帆とまではいかないけれど、信州味噌の未来は決して暗くはない筈。

更に本書では、醤油や日本酒と比較して海外展開がやや低調な味噌の海外での販売や生産の事例も述べられています(全農系のメーカーさんである点が興味深いです)。そして、自給率の点で最も着目されるであろう大豆の調達ルートについて、本書をご覧頂くと驚くような事例に触れられることになるかと思います。日本食の根幹、ローカルフード、made in japanの食材のように見られがちな味噌ですが、その原材料まで見ていくと、信州を離れて、まさにグローバルフードである事が実感できると思います。

ほのぼのイラストと、丁寧な取材で描き出す、信州味噌の驚くほどの個性を是非、本書と共に味わっていただきたいと思います。

さて、お味噌汁、作りますか。

<おまけ>信濃毎日新聞社の刊行物

本書に関連するテーマ、そして同じ信州をテーマにした本、信濃毎日新聞社の刊行物のご紹介を。

今月の読本「内山節著作集2 山里の釣りから」(内山節 農山漁村文化協会)川面から伝わる山里とユートピアとファンタジー、都会と労働と経済を結ぶ一筋の糸

今月の読本「内山節著作集2 山里の釣りから」(内山節 農山漁村文化協会)川面から伝わる山里とユートピアとファンタジー、都会と労働と経済を結ぶ一筋の糸

読書がなかなか進まなかった2月。

少しずつ読んでいた本の中から、いつもとはちょっと違った一冊を。

昨年から刊行の始まった、在野の哲学者(現在は立教大学の特任?教授を務める)である、内山哲氏の著作集より、初期の作品、しかも氏の著作の転機となった作品たちを収めた一冊です(地元の本屋さんで開催されていた農文協フェアで偶然見つけました)。

内山節著作集2 山里の釣りから内山節著作集2 山里の釣りから」(内山節 農山漁村文化協会)です。

まず、哲学者の著作集がなぜ農業書専門出版社から刊行されたのか、疑問を持たれるかもしれません。しかしながら、氏の経歴と本書をお読みいただくと、なるほど尤もだと思われるのではないでしょうか。

学園闘争華やかなりし頃のマルクス主義闘士としての経歴を持ち、それ故でしょうか、在野の哲学者として活動を続けてきた氏が第二の生活の拠点として都会から移り住む(正確には二重生活)きっかけとなった、山里の釣り(氏は渓流釣りという言葉を嫌うため、この特徴的な表現を用います)とその居となる群馬県上野村、神流川流域での生活。その生活から導き出された、山里の暮らしから見つめ直す労働と経済という、氏の現在の哲学の基礎となる思想が育まれた山村。氏は東京の生まれでもあり、所謂民芸や、農村芸術家といった生粋の農山村の生活から発生した文化活動とは大きく異なるのですが、その哲学はまぎれもなく、山里に根差そうとしている点からも、本版元の作品に相応しい著作集なのかもしれません。

そのような経緯を持つ本書は、表題にある様な釣りのお話が全面的に語られる訳ではありません。氏の分類によるところの釣りの本とは、第一に釣りの実用書、第二に交遊録、第三に釣りの哲学であると述べており、現在の釣りの本の多くは第三の哲学に近い書籍(ウォルトンの釣魚大全を挙げて)ではあるが、その境地に至るには貴族的退廃に通じる、釣りに人生を捧げるような刹那的な生き方をしなければ得られないと述べています。サラリーマン生活を続けるものとしては、本書の記述は充分に刹那的なのですが、それでもマルクス主義労働論を論じる立場からは、そのような視点は決して容認できないというスタンスのようです(その想いは、山里には自律的な経済が存在しえない事への冷徹な眼差しに繋がります)。

その代りとして、本書では周囲に広がる山里における生活風景を織り交ぜながら、釣りを通した山里の生活とその社会性、その根底に流れる氏の労働論との整合を論じていきます。その結果、本書には現在活発な議論がなされている地方回帰や、山里での生活論、自家消費的な小さな経済サイクルに対する検証(昨年、大ブレークした本もありましたね)への疑念から、都市からの人の呼び込みとその反動といった、山里を巡る論点の全てが備わる事になります。更には、これらの活動の一部が、都市生活者の山村生活者への価値観の押し売りであるとの厳しい指摘も備えられています。その議論の先見性は、本書に収められている作品の最初の掲載(毎日新聞社の雑誌、エコノミストの連載)が今から40年近く前になる1970年代末である事からも伺えます。

本書は著者のその思想と視点、著述の変遷を表すように、時系列を追って変化が見られることが判ります。1章では依然として、山里を訪れた釣り師としての視点で議論が進められていきますが、その筆致は哲学者でマルクス主義闘士としての過去の片鱗を見せる、少々無骨で直情的な内容に終始します。2章に至ると、その視点は少しずつ現在の拠点である上野村、そして神流川に移っていきますが不安定な筆致が続きます。釣り堀化された渓流域への嘆きや、釣趣の変化といった釣り師らしい語りもありますが、時にその物語は、源流域の物語から急に現在の利根川の河口に話を飛ばしてみたり、ダムや堰によって分断される魚たちや人々の生活の物語が唐突に織り交ぜられていきます。河口から遡上する物語も、歴史的な利根川の変遷から芭蕉の物語に通じてみたり、流域ごとの釣技と釣魚種に言及してみたりと、エッセイとも紀行文とも取れる内容が散発的に語られていくため、散文を越えて、皮肉交じりに知識力で読者を振り回すような感じすら受けます。

そして、本書の中核を成す第3章である「山村生活譜」。著者の視点は神流川の流域に点在する上野村の集落を起点とした筆致に収斂していきます。その視点は、これまでの釣魚としての山女魚、岩魚から、山里の生活の象徴としての川の魚達への視点へと移っていきます。語られる内容も、山里を起点にした生活、そして氏の研究テーマである労働と社会性への話へと移っていきます。

マルクス主義的な労働者の幸福論を下敷きにした検証と山里の生活の対比から導き出された氏の議論は、一方では労働幸福論的なユートピア発想を追及している点では楽観的すぎる嫌いもあります(勤勉な…と、いちいち皮肉を込める信州人、特に上野村の山向こうに広がる川上村の大規模集積農業に対する、氏のないまぜな心象に顕著に伺えます)。その一方で、現在の山里回帰における大きな課題となっている経済性の確保について、ごく小規模な経済活動の集積による持続可能な経済活動はあり得ない事を明確に導き出しています。近世以前から、米作が望める農村ならともかく、主食が得られない山里における自立した生活などは存在しえず、常に里との経済交流の上で生活が成立していたことを明確に示しています。そして、経済活動の軸となっているのが、山を越えていく峠であり、里に下りていく川。皮肉なことに、この里との繋がりを示す川を資源(水資源)として都会に提供することによって、流れとしての川による繋がりを失い、逆にそれによって生じた公共投資によって山里の現金収入が得られている事も明らかにしていきます。

そこには、単純な山里ユートピア論ではなく、都市に隷従する山里の姿から、本来はそれに抗する必要もなく、自主的な労働を基盤とした生活を有する山里の、自立することは叶わないが、対等な立場での経済性を有した社会生活の追及という、マルクス主義経済学を規範とする氏の哲学の深化が見受けられます。その深化の先に現在の山里復興論が繋がるのか。既に老境の域に達した著者は、冒頭の解題でその風潮を微笑ましそうに語るのみで、真意を述べてはくれません(氏の議論の先にはもちろん哲学的な「ある」帰結が用意されている筈ですが、本書では語られません)。

本書の後半部分は、前半と打って変わって釣り師としての氏の小作品が数点掲載されています。エッセイとして書かれたその作品には背景として社会性を伺える内容も見えますが、その記述は如何にもファンタジックで、哲学者の著述とは俄かに思えない事もあります。しかしながら、良く考えれてみれば現代において哲学者程にイメージとは裏腹に(日本に於いて)社会的に浮遊な存在はない筈。氏が釣り師の哲学をその存在形態から否定しているにも拘わらず、氏自身が哲学者という社会的に極めてファンタジックな存在故に、このような著作に繋がったのかもしれません。

<おまけ>

本書に関連する書籍のうち、本ページで扱っている作品をご紹介。