今月の読本「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)反故紙を捲り音で読み解く、家と女、遥かなる記憶の断片

今月の読本「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)反故紙を捲り音で読み解く、家と女、遥かなる記憶の断片

最近色々と騒がしかった「公文書」に関する一連の話題。

後年の人々にとって記録が残る事の大切さとその内容に対する興味深さ、時に恐ろしさは、歴史が好きな方であればご理解されるところかと思いますが、偶然に残ってしまった記録から辿られる歴史もまた興味深い一面を持っています。

今回ご紹介するのは、その偶然残った極めて貴重な記録から、より深く議論を掘り下げて語られる一冊です。

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館の歴史文化ライブラリー最新刊より「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)です。

本書でメインに据えられる「戸籍」、著者はその制度や記録自体が古代の律令制以降、近代、実に明治に入るまで全国的な規模で整えられていない点をまず明示します。

巻末で「都市平安京の王朝政府」と述べられる、対外的な危機が遠ざかり、統一的な国内政策を行う必然性が薄れて地方行政が国司へと分権縮小化され、人身課税から土地課税へと転換した結果失われた「戸籍」をベースにした人身管理。明治以降に整備された戸籍法による人身管理まで大きく断絶するその制度の歴史的な空白を埋めてくれるものが、遥か過去に存在した戸籍、それも反故紙として偶然残された「裏紙」(コピーの裏紙も怖いのですが)に書かれた内容からの復元。

その保存過程から非常に断片的な内容(後年の整理で更に複雑化したとも)に留まる当時の戸籍、それでもこれまでの研究結果に基づき、他分野の成果も加える事で、当時日本列島に居住した人口を見出すことが(大まかにですが)可能となってきている事を示します。急激な人口減少に対して様々な警句が発せられる昨今ですが、歴史にご興味のある方ならご存知のように、明治初頭の人口は約3480万人と現在の人口の1/3程度に過ぎません。遡って近世初頭の人口はさらに減って1200~1800万人、著者の指摘する八世紀初頭の人口の推定はぐっと少なく僅かに450万人程度に過ぎないと指摘します。人口増加が年率1%を越えるのは漸く近代に入ってから、それ以前は0.1~0.2%という極めて低位な人口増加を示すに過ぎない点を、断片的に残った戸籍から見出す事が出来ることになります。

僅かな断片からでもその史料を繋ぎ合わせ、他に残された史料を突き合わせる事で復元されていく、古文献の検証による研究。著者は古代の戸籍が作られた事情とその形式から議論を始めますが、現在の戸籍の姿と大きく異なる点をまずは明確にします。当時の大陸との緊張した関係から生じた、兵力の確保と戦力の源となる生産力の正確な把握を目的とした極めて軍事的な色彩の濃い戸籍作成の経緯。そのため、記録される内容も兵士を供給できる単位としての「家」の姿を現している事を示します。古代の氏族制が徐々に形作られる中で編成された戸籍、家を構成する形にもその過程が色濃く反映されている事を示します。その結果、数値で復元された古代日本の姿は、典型的なピラミッド型年齢構成を取り、若年での婚姻と多産多死の傾向を明瞭に示す一方、残存する戸籍によって男女比が著しく異なるという奇妙な構成を示します。

残された戸籍の断片から見出す、現在の家族や親族とはかなり異なる様相を呈する「家」の姿。著者は其処に生きたであろう人々の姿をさらに掘り下げるために、戸籍に残された「家」姿からもう一歩踏み込んで、残された言葉の中にその核となる「男女」の姿を求めて踏み入っていきます。

兵站の基礎として整備された戸籍、徴税の元となる戸籍に残された成人男性を核に記録される家の姿。其処には妻と言う表現と共に付される女性と共に多くの妾、そして年齢がかみ合わない多数の子どもたちが存在する点を指摘します。多くは年長の男性に対して不釣り合いな若年の女性が複数含まれるという家の構成。経済力のある男性が複数の女性を妾として住まわせるという視点だけでは補正しきれない、明らかに連れ子と見做せる子どもの年齢。前述の婚姻傾向と高い出生率を添えてその主因を述べていきますが、著者は敢えてある問題について提起を行います。

現代に繋がる大きなテーマとなる「家」と「家族」という姿が、古代ではどのように構築されてきたのか。

近年まで続く家父長制が定着する前に、貴族の姿を綴る平安文学で語られる「通い婚」という形で男女が結ばれ、妻の住まいに夫が居住するという姿。貴族と言う限定的な範囲で残された記録から更に議論を発展させて「妻問婚」という生涯に渡っての通い婚という姿がそれ以前には存在していたのではないかと言う説に対して、その反証を試みます。

これまで述べてきた戸籍の内容を踏まえた上で、古代史を扱う者としては必須となる、万葉仮名(上代特殊仮名遣い)による音の読み分けを示した上で、これらの議論で着目される内容に対して改めて検証を加えていきます。本書の後半部分ほぼ全てを注ぎ込んで積極的に議論される、古代における男と女の関係から導き出されれる女性の一生、「家」が形作られる姿。その議論には当該する分野に強いご興味のある方にとっては看過できない論旨も含まれるかもしれませんが、著者はあくまでも古代史の研究家としての視点で、その姿の復元を述べていきます。

偶然の記録として残された断片から復元される、古代の「家」に示される姿。あくまでも断片である一方、最終章で語られる「改竄された戸籍」との対比から、明らかに当時の一側面を示す史料から述べられる内容は、これが全てであると言い切る訳にはいきませんが、現代的な家族と家というテーマにも一石を投じる内容。記録が残る事の大切さと、そこから何を読み解くのか、歴史研究者の方の視点を知る上で、興味深い一冊です。

同じく歴史文化ライブラリーより、本書と同じような経緯で残された史料、発掘される木簡から、その戸籍を綴る側の立場にあった官人、特に国造達の系譜に繋がる地方官人たちの姿を軸に、律令制、中央集権制という制度が日本に於いてどのようにローカライズされていたのかを再現する一冊「地方官人たちの古代史」併せてご紹介しておきます。

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今月の読本「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)文学者の視点で読む漢詩人、道真の揺れ動く想い

今月の読本「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)文学者の視点で読む漢詩人、道真の揺れ動く想い

余りに有名な歴史上の人物を扱った評伝。本新書シリーズでこれまで取り上げられてこなかった事にむしろ驚くくらい、教科書はもとより、既に多くの一般向け書籍でも語られているその人物像ですが、少し立ち読みした際に切り口の特異性に非常に興味を持って読んでみた一冊。

今回は「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)のご紹介です。

本書の著者である滝川幸司先生は平安文学の研究者。あとがきでも述べられているように、平安文化の象徴的存在でもある和歌が政治的な存在としてどのように当時の王朝国家に取りいれられたか、その経緯を研究されている方です。このように書いてしまうと、如何にもその発祥期を生きた道真の研究テーマに相応しい、和歌の研究者から見た、文学の神様として祀られるに至る彼の生涯を綴るように思えてしまいますが、本書に於いては敢えて道真をそのような位置付けに置く部分にまで議論を至らせない事を示します。

著者が専門分野である和歌を離れて、道真の研究として敢えて検討を加える必要を感じた事。それは、和歌が宮廷政治の中で重んじられる以前から貴族にとっては必須の素養であった「漢詩」として残された道真の言葉を辿る事。

遥か未来の戦前期まで続く、日本人のみならず、広く北東アジアの儒学文化圏で文人を標榜する人々にとっての基礎教養、コミュニケーションを取るための共通言語ともいえるその技能に於いて頂点を極めた大学者である道真が、日本人にもなじみの深い白居易の体を具えたと評された漢詩として残した歌と自注を読み込む事で、歴史学や通史で描かれる道真の姿に別の側面を与えていきます。

特に本書では、その華麗なる遍歴と悲惨な末路に対して大きく二分される傾向にある道真の評価について、これまでの認識を改めるべき点を明確に示した上で、双方極端な視点に偏り過ぎないように配慮を求めていきます。

まず、文章博士を歴代輩する俊英の誉れ高き菅家の跡継ぎと言うイメージに対して、彼が残した漢詩では、その試験勉強に苦しみ青息吐息で対策に及第、年齢的には若かったが秀逸と言う位置付けではなかったことを示します。そのような結果を強く意識していたのでしょうか、著者は道真が繰り返し起こる他者からの誹謗中傷に悩まされ、その状況を改善することを求める動きを取っていた事を見出します。その結果、当時の官僚制度の中で貴人と言われる五位以上の貴族の家系ではなく、より低い位階からステップを上がっていく事になる道真にとって、当時の貴族(官僚)一般の生き様から、昇進を果たす事自体は当然の目標と捉える一方、官僚としての評価にはかなり神経を尖らせ、早い昇進の裏返しとなる複数の官職を兼ねながら本職と弁える文章博士を並行して務める激務に精勤するも、かなりの苦痛であったこと示していきます。

そして、著者が極めて重視する点。道真が用いたとされる「詩臣」という言葉への強い自負心と、紀伝道と明経道という二つの科を経て官界に出た大学寮出身者達の本質的な考え方の違い。どうしても儒学として包括的に捉えてしまう事が多いのですが、著者はその違いを阿衡事件の際に交わされた議論を用いて明確化していきます。

紀伝道としてのスタンスを重んじる一方、当時の官界の情勢にも敏感で父の時代から藤原北家との関係を有する道真の揺れ動く態度。本職と任じる文章博士を務め、菅家廊下の門下を率いる学寮の雄としての姿は父親と同じ歩みである一方、文章博士を離れ、国司として心ならずも在地に下向している最中に起きた阿衡事件によって、大きなうねりの中に取り込まれていく事になります。

著者が指摘する「詩臣」という立場が、宮廷政治の中で政治的な意味合いを持つ「詩宴」へと組み込まれていく中で、菅家にとって破格の位階へと地位を上げていく道真。此処で著者は宇多天皇の藤原北家に対する牽制人事であるという見解に対してやや否定的な立場を採ります(大師としての極端な優遇に傾いた理由は是非ご一読で)。道真がまだ若く官界に出る以前から上表の代筆を頼むなど、父親の代から藤原北家にとって菅家、道真はむしろ協調すべき相手であったことを、醍醐天皇即位後に生じた納言達のサボタージュに共に対処した道真と時平を捉えて、旧来述べられてきた言説が誤っている事を指摘します。また、遣唐使派遣を道真が中止したとされる理解についても、道真が詠んだ漢詩の解釈を読み違えており、彼が醍醐天皇が即位する頃まで遣唐大使の職位を帯び続けていた点からも、その間も派遣を模索し続けていたのではないかと指摘します。

破格の優遇による職位と先の天皇の大師、新天皇の父師としての存在。では何故、大宰府へ流される事になってしまったのか。三善清行の書簡と彼の立場を指摘した上で、終盤でその引き金となった可能性を指摘しますが、著者が挙げる説とその後、大宰府幽閉時に綴られる、漢詩として残された道真の言葉、無実を信じつづけていたという想いとの微妙なずれは少々気になる所ではあります。

最後に紀長谷雄の言葉から引く「卿相の位に居た雖も、風月の遊を抛てなかった。」実際はその間で大きく揺れ動く想いを文学者の視点として漢詩の解釈から示しながら綴られる本書は、数多ある人物評の中でも興味深い指摘を伴いながら、一般人にとって歴史に触れるという事に対してより立体的な視野を与えてくれる一冊。

もしかしたら偉大な漢詩人、紀伝道を修めた文学者であった道真の姿に、同じく文学研究者である著者の研究への想いを少し重ねながら、その姿を描きこんでいるのかもしれません。

今月の読本「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)身近過ぎて忘れがちな「魚」に凝縮された自然を愛でる想い

今月の読本「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)身近過ぎて忘れがちな「魚」に凝縮された自然を愛でる想い

夏になると縁日等で頻繁に見かける「金魚」

もう、金魚売りが家々を廻る事はないかと思いますが、それでも夏の風物詩として語り継がれる風景に重ねられる、赤金色に輝く魚が涼しげな桶の中を群泳する姿は、ちょっとした懐かしさも添えた一服の涼。

最近では綺麗な金魚鉢や江戸時代に回帰してしまったかのような小さな鉢の中で金魚を飼うのが静かなブームにもなっていますが、そもそもなぜ、日本人は金魚を飼育し、飼い続けたのでしょうか。

そんな疑問の一端に答える、真夏を迎えて文庫へ収蔵された一冊のご紹介です。

高原は既に秋空ですが、盛夏の最中に読み続けていた「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)です。

著者の鈴木克美先生は、戦後最も早い時期にオープンした民間の水族館である(旧)江ノ島水族館開設当初のスタッフとして、その後、現在のテーマパークの先駆けとなった娯楽施設、金沢ヘルスセンターに併設された金沢水族館を立ち上げ、科学教育機関と本格的な水族館の融合を目指した東海大学海洋科学博物館の館長、東海大学海洋学部の教授を務められた方。同時にスキューバ(アクアラング)を使用した水中写真撮影の先駆者として数多くの写真集、書籍を著されている方です。

水族館学、魚類生態学が専門の著者作品群ではちょっと異色な文化史をテーマにした一冊。原著は1997年刊行とほんの少し古い作品ですが、唯一無二と言っていい、魚類学と文化史としての日本の金魚を同時に語る貴重なポジショニングが評価されたのでしょうか、この度、版元さんを超えての文庫収蔵となったようです(このようなポジショニングにある作品は、著者も「鯛」をテーマに一冊を執筆されている、法政大学出版局が刊行を続けている「ものと人間の文化史」というシリーズがあります)。

生物学、遺伝学的な好奇心から始まる日本への金魚伝来と在来魚種とのルーツを探る内容から始まる本書。今回の文庫化に当たって新たに用意された、金魚絵師(金魚養画)、深堀隆介氏による美しくも涼やかな表紙と帯の内容に惹かれて文化史の本だと思って手に取られると、少々面食らう内容も挿入されていきますが、魚類としての金魚、更には品種改良の歴史を理解するためには必須の内容。むしろ著者の専門分野である魚類生態学をある程度封印して、専門外とも思われる日本、更には中国における歴史的な金魚の扱われ方、江戸の文化史をそれこそ該博な知識を以て伝説から物語、実録を含めてふんだんに拾い上げていきます。

本書を読んでいて驚く点、それは日本人にとって最も馴染みが深い魚(今では鮪、サーモンの方かも…)、江戸の文化史ではあらゆるシーンで語られ、現在は何処でも簡単に手に入って見る事が出来る金魚ですが、意外な事に伝来のタイミングも、大流行した江戸時代における金魚生産の姿も、現在はある程度固定化されている品種固定の過程も、文化史の根底になくてはならない背景、そのほぼすべてが「判らない」という事実に突き当たります。

本書では一般的に流布しているこれらの言説について、著者が直接の教えを乞うた金魚研究の第一人者と呼ばれた故・松井佳一博士の説を含めて各種の書籍や言説を比較しながら検討を加えていきますが、特に江戸時代における江戸近郊での金魚の育成、供給の実態ついては全く判らないと述べています(上野、池之端の件については本文中で繰り返し検討を行っていますが結論には至らず)。名付けについても「りゅうきん」「おらんだししがしら」などの名称が直接琉球やオランダから渡って来た訳ではないとはっきり否定した上で、日本人特有の舶来指向(唐物指向)や長崎方面から伝わった事を示す表記であることを示唆します。また品種改良の歴史についても、江戸時代のそれは中国で営々と続けられてきた品種改良の歴史と比較して、珍しい物が偶然に現れる、単に飼育していたに過ぎないと、魚類学者としてやや厳しめの断定をしていきます。

更に著者は、中国における金魚の飼育史と好まれる品種の違いからその経緯を見出していきます。

赤い色、金色を尊ぶのは中国も日本も同じですが、中国で春節の際に貼られる金魚の切り絵のように目が上を向いた姿を珍重する、成長と上昇志向の現れ、珍奇な物を秘蔵する文士層の存在が素地にある中国における金魚の姿。一方で日本に於いては疱瘡除けとしての願いをその色に込める一方、生き物の美しさを小さな鉢の中で楽しむ、植木や朝顔と同じような、自然を矮小化して愛でる江戸の住人たち、特にそれらを広大な屋敷の中で飼育し、実際に副収入の糧としていたのではないかと推察する江戸の御家人層や、地方から転がり込むように都市に集住した欠落農民層が往時の姿を鉢植えや水鉢の中に見出していたのではないかと考えていきます。

第一線の水族館運営を長く続けた著者から見る、日本人と金魚を愛でるその姿。

用水の溜池や庭の池から、水鉢、金魚鉢から観魚室と水槽(紀伊国屋文左衛門の天井水槽は強度/防水構造上も有り得ず、フィクションだとも)そして水族館へ。日本人の群衆指向と見世物好き、舶来崇拝。その根底に伏流する厳しい自然と折り合う姿を美しくも矮小化した様式として昇華させた、箱庭の自然美を突き詰めた一つの姿としての金魚を愛でる日本人の嗜好。

その扱いが水族館では蔑まされ、学術的にも疎外されている感が長く続いてきた点に対して、当事者の一人として、魚が好きになった著者の原風景を回顧しながら贖罪の想いも込めて綴られた一冊。

実は近年の分子遺伝学の分野で、金魚の遺伝子系統分析が顕著に進んできている点を文庫版のあとがきで述べて、著者の想いが僅かながらも後継の研究者達に受け継がれている事に喝采を与える本書は、科学的な理解が飛躍的に進む中でも、生活のほんの片隅を捉えて自然を愛おしむ事を忘れられない、日本人が抱く心の原点を思い出させるきっかけとして、再び登場する機会が巡って来たようです。

著者である鈴木克美先生には多数の著作がありますが、その水族館人生を綴った自伝的な一冊「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(東海大学出版部)も併せてご紹介させて頂きます。

今月の読本「海辺を行き交うお触れ書き」(水本邦彦 吉川弘文館)著者と全国を巡る古文書の蓄積から見出す情報ネットワークの変遷

今月の読本「海辺を行き交うお触れ書き」(水本邦彦 吉川弘文館)著者と全国を巡る古文書の蓄積から見出す情報ネットワークの変遷

近年、江戸時代の行政システムや市民生活に対する積極的な再評価が行われつつありますが、これら再評価の大前提となっているのが、各地に集積、翻刻されつつある古文書の蓄積、その分析にあるかと思います。

幕藩体制と呼ばれる江戸時代、統治機構は御領と私領、寺社領の縦割り的な分断、身分制度は武士を頂点とした垂直・固定的と評される事が多いですが、これらの認識も近年の研究により大分異なる様相が見えてきています。

今回ご紹介するのも、そのような旧来の視点に立脚した江戸時代の統治機構に対して、横断的な検討からその変化を読み解こうとする一冊です。

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館の歴史文化ライブラリー最新刊から「海辺を行き交うお触れ書き」(水本邦彦 吉川弘文館)のご紹介です。

著者の水本邦彦先生は近世幕藩体制下における村落行政史研究者の方。既に第一線の教壇から降りられた方ですが、一般向けの書籍を含めて、現在に至るまで多くの著作を有されています。

非常に手慣れた筆致で描かれる本作。本書で描かれる内容を手掛けるきっかけとなった伊予、大洲と三河、刈谷に残された古文書に書かれた、長崎へ渡航する筈が遥か銚子に流されてしまった清からの貿易船乗組員を帰帆させるために行われた長崎への回航と沿岸各集落に対してその航海への援護を求める一文。「浦触」と呼ばれたその書面の文面が全く同一であることに驚く一方、付けられた発送元と廻覧先に興味を抱いた著者はその送付ルートの変化に着目していきます。

この南京船の漂流と帰帆の物語については、別の書籍(書名失念)で読んだ際にその経緯や帰帆するまでの足取を追った記録に大いに興味を抱いたのですが、本書では事情を知らせる浦触、その文書自体に焦点を当てていきます。

流石に多数の著作を有する著者と版元さんの連携が産んだのでしょうか、ここで本書はその発送ルートや廻覧方法の時系列変化やイベントに対して章を設けるのではなく、著者自らがその変化を探るために全国の古文書の原本や翻刻、研究者達の元を訪ね巡るというスタイルを用いていきます。

愛媛大学に籍を置いていた著者にとって馴染みの深い伊予、大洲を旅立ち、四国を巡り南の九州からもう一つの文書と巡り合った刈谷を経て北へ。陸奥、津軽藩と松前との関わりを追った後は日本海を下って西へ廻り瀬戸内海へ至る。浦触を探し求める旅を著者と共に続けることで、浦触のはじまりやその目的、廻覧されるパターンの変化を辿る事になります。各地に数多残る古文書、それらを翻刻する地元の教育委員会や研究者達が積み重ねてきた研究成果、著者と同世代の研究者達による古文書研究の過程で見出された浦触に関する情報を集めながら、事例を重ねながら全国を通じて行われた文書行政の変化を丁寧に紐解いていきます。

著者が見出したその変化、所謂幕藩体制の中核をなす、幕府、老中から各藩(留守居などを通じて)、所領に対して下達という形で伝えられ、各藩が有する藩内の伝達ルートを伝わっていく垂直型の伝達ルートに対して、特定の幕府職制、又はその業務を請け負った大商人や特定の藩が発信元となり、指定された廻覧ルートを辿り連判状のように各集落毎に印をおしていく(時には印を集めておいて藩庁や郡奉行所で一括押印、到着時刻表記の捏造?いえいえ、ISO運用にも見える日本の文書システムらしい形式主義を端から見透かす現場主義が掲げるルーズさまで…)姿が出来上がっていく事を見出していきます。

本来であれば支配違いの領地を跨ぐ行政文書の受け渡しなど想定しにくい江戸時代の支配制度ですが、多い時には年に数回と言う頻度で昼夜を問わずこれらの文書を所領を越えて隣り合う集落間で受け渡し、藩庁側の確認が後手に回る事すらあったことを古文書から見出していきます。浦々を伝わってそれこそ全国の海岸線を巡った文書行政の通達システム、浦触。徐々に完成を見た、浦々を継ぎながら繋ぎ合わされて押印された膨大な請印帳を見ると、その貫徹振りに、幕藩体制のもう一方の側面、全国政権であった徳川幕府の支配領域を超えて発揮、駆使された行政能力(実際に受け持つのは末端の各名主層と郡奉行たち)に感嘆させられます。

最後に著者は浦触の類似の姿としての広域行政文書の伝達例として、街道を継がれた伝達や海陸を含めた好事例である伊能忠敬の全国測量に伴う伝馬証文に続く先触の文書を示すことで、海陸を含むこのような文書行政による所領支配を越えて地域を水平に繋いでいく全国的な指示系統が存在した点を認めていきます。また、最後の指摘として、幕末の長州征伐中に発送された浦触に添えられた文書と配送結果から、その後の中央集権的な近代国家に脱し得ない幕藩体制の限界も併せて示していきます。

幕府による全国的な行政システムの実例を示す「浦触」の推移を著者と一緒に海岸線を巡りながら理解を深めていく本書。実例を理解しつつ網羅的に変遷を追いかけたいと願う読者にとって非常に楽しく、興味深く読む事が出来る内容なのですが、ひとつ、とても残念な点があります。

浦触れの伝達形態が各領地の行政権に委ねられる下達型から直接住民が携わる著者曰くの横断型へ、発信元が老中から勘定奉行や各地の代官所、大阪船手等の実務部門、現地部門へと移っていく点は、正に権限と運用が実情に合わせて現場へと委譲されている姿を明確に示しているのですが、惜しい事にその移譲の経緯や該当する幕府内での議論の推移に対して、本書では殆ど言及が為されていない事です。

著者には主著として「近世の村社会と国家」(東京大学出版会)があるので、前述のような疑問であればそちらを参照せよという事なのかもしれませんが、本書の帯にも描かれた、副題にも掲げられた「徳川の情報網、国家統治システム」を描くにあって、上位の為政者である幕府の動きをほぼスポイルしてしまった上で、終盤で「公儀」が与る情報伝達への言及がなされても、その背景が見えてこないようにも思われます。

主題である浦触の姿を著者と一緒に全国を追いかけるという文意に沿った内容としては素晴らしいと思いますが、掲げられた表題からみると、ちょっと片手落ちの感が否めなかったのは致し方ないのでしょうか。

 

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

信州の真ん中より少し右下、八ヶ岳の麓に湖面を開く諏訪湖を中心とした一帯は、古から伝わる様々な歴史が今も脈々と息づいている土地です。

中でも最も有名なのは、二つの国宝土偶を擁する核心の地としての縄文文化、そして御柱祭を核に据えた諏訪信仰でしょうか。

いずれも古代から続く歴史ロマンと神秘性を秘めた物語の数々。そんな環境の中でも核心中の核心、諏訪大社の上社前宮と本宮の中間点、高部で幼少から青年時代を過ごした建築家がその故郷の地に建てた一連の建築物、諏訪信仰の伝統を今に伝える神長官守矢史料館と隣接する茶室たち。その姿は佇まいまでも含めて奇妙奇天烈を通り越して、アートなのか少々ふざけた大人の遊戯なのか首を傾げてしまう方もいらっしゃるかと思います。

今回の一冊は、そんな建築群を設計した建築家(建築史家)が敢えて問う、我々が住まう建物に仕掛けられた歴史の妙を教えてくれる一冊です。

増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)のご紹介です。

改めての説明は不要かと思いますが、著者は現在、江戸東京博物館の館長を務められる、ユニークな語りと視点で建築家と言うフィールドを大きく超えた活躍をされている方。専攻である近代日本の建築物調査研究の先に、文化人の密やかな楽しみであった路上観察というジャンルをその著作と活動から私たちのコミュニケーションとしてのテーマへと送り出し、気軽に触れられるまでに押し広められた方です。

軽快な語り口と、時に無邪気さすら感じる筆致を縦横に操る氏の著作には多くのファンがいらっしゃるかと思いますが、本書は筑摩書房から刊行されていた雑誌、その後、大成建設の社内報へと媒体を変えながら綴れられた、氏の専門分野である建築をテーマにした連載記事を纏めてちくま新書として刊行された一冊の文庫収蔵版。実は連載のメインテーマであった(筈の)日本の住宅史というテーマは、今回の文庫収蔵に当たって書き起こされた巻末「日本の住宅の未来はどうなる?」に少し真面目な筆致で纏め込まれているため、帯に書かれた内容を端的にチェックしたい方は、20ページ程の増補部分だけを読まれれば充分なのかもしれません。

しかしながら、本書の真骨頂はやはり本文の筆致。表紙を手掛けられる南伸坊さんのイラストが示すように、如何にもインテリ芸術家肌風の著者が、その姿の通り縄文文化と日本の建築の関係について高い志を以て思索する内容にも見えますが、さにあらず。むしろ、二頭身キャラのような滑稽な土偶のボディとおかっぱ頭のコンビネーションが見せる様に、愉しく痛快に、時に脱線しながら日本建築のポイントを暗側面を含めて鋭く突いていきます(テーマに沿った挿絵も南伸坊さんが1話ごとに描かれるという、何気に超・豪華版です)。

全39話で綴られる、建築に用いられるパーツごとに分けてその成り立ちからなぜそのように使うのと言った素人には判りにくいポイント、更には東西を含む世界の建築との比較を添えながら、日本の建築の特異性と歴史的な一般性の双方を解説していきます。連載の一部が企業の社内報だったという事情もあるかと思いますが、時にちょっと奔放過ぎるかなとも思われる筆捌きも見られる軽快なタッチで綴るその内容。特に著者の学生時代(諏訪清陵高校のOB)の武勇伝は今であれば完璧にアウト!となってしまう内容も含まれますが、自らの失敗談や史料館に使う素材集めで行き着いた、鋳物師屋に住まわれた板金屋さんによる最後の割り板の技、自分の子どもたちとの「家づくり」から考えた、家に住まう事の原点などいったエピソードも巧みに話のテーマに組み込む、著者一流の読者を楽しませる仕掛けがそこかしこに設けられています。

そして、本書の狙いである日本の建築に対する入門としての側面。著者は「マイケンチク学」になってしまったと述べられていますが、その奔放さの先に日本の建築学自体が体系構築の過程にあるという研究者としての認識、さらに日本の建築自体も長い長い歴史的な過程を経て織り込まれた、体系を意識しない体系である点を指摘します。日本の住居に特有の姿、地面から上げられた床を持つ一方、わざわざ土足を脱いでその床に上がり、床の上では履物を用いない居住形態。唯でさえも可居住面積が少ない山がちな狭い国土の筈なのに、歴史上、長々と続く平屋主体の建屋。建屋の構造と逆を行く御柱を始めとする天に届かんとする柱を空に向けて建てようとする意識、深々とした傾斜の草葺きの屋根に土を盛り花を咲かせる特異な屋上構造。

軽妙に綴られる解説を読み進めていくと、縄文の息吹を伝え、太古の信仰を内に秘めた諏訪社の社叢に挟まれる高部で育まれた著者の想いが、思想や歴史面だけではなく、実践としての神長官守矢史料館を始めとした同地に建てられた建築群、著者の建築物に込められたコンセプトの中に、鮮やかにその輪郭として浮かび上がってきます。防寒としての竪穴式住居と掘り込まれた土間と囲炉裏、草葺きの屋根。心地よい風が抜け湿気を払う避暑としての高床式住居に平面性を美しく保つプレーンな床(それ故に近代に入ってからの照明への拘りや収納下手?の原因も)。天と地上の間を覆う膨大な森林の樹冠を貫き、天まで意思を伝えんとする柱がそれを支える。

文化の辺境である極東の島国に蓄積されていった、世界の建物の歴史が辿った残滓たちが形作り、意識の根底で様式となっていった日本の建物。その姿が明治の文明開化と共にどのように「住宅」へと変化していったのかを、近代建築で用いられるパーツを頼りに後半では綴っていきます。著者の専門分野である近代建築史を下敷きに、採り入れられた洋風とそれでも残る床暮らしの奇妙な同居。その先で勃発した戦後民主化と大量な住宅供給を求められた公団住宅(「団地」という言葉の発祥も含めて)成立の途上で奇妙な邂逅を遂げる事になる、LDKの記号に込められた住宅内における中心軸の客間から「ダイニングキッチン」への大胆な移動、家の主の交代を告げる時。著者はその変遷を焚き火を囲む縄文への回帰とほんの少しの揶揄を込めて述べていきます。

研究者の方が執筆する建築学入門と聞くと、間取りや様式、小難しい哲学が延々と述べられるのではないかと身構えてしまいますが、実践を含めて愉快に綴られる本書はそのエッセンスを著者ならではの日本の建築史(マイケンチク学)から伝えながら、氏の作品の本質に迫るきっかけを与えてくれる一冊。

是非この本を手に、八ヶ岳の裾野に広がる縄文遺跡と国宝土偶たちを愛でた後、諏訪大社、そして氏の作品たちに会いに来ませんか。

普段の生活の中で、建築家と建築がどんな想いを語りかけているのか、そんな視点を与えてくれる入口として。

 

今月の読本「MINERVA世界史叢書6 情報がつなぐ世界史」(南塚信吾:責任編集 ミネルヴァ書房)「史料としてのメディア」の向こうに認識される世界を研究者達の眼差しで

今月の読本「MINERVA世界史叢書6 情報がつなぐ世界史」(南塚信吾:責任編集 ミネルヴァ書房)「史料としてのメディア」の向こうに認識される世界を研究者達の眼差しで

本屋さんで売られている歴史関係の新刊本は、特定のフォーマットや価格帯を意識したヒエラルキーを持っているかと思いますが、多くの場合はこんな感じで構成されるのでしょうか。

  • 毎月発売の文庫本/新書版 : ~1000円前後
  • 毎月発売の選書 : 1000円~2000円以内
  • 専門出版社の一般読者向けの叢書シリーズ : ~3000円程度
  • 研究者の方が著述される一般読者向け単著、訳書 : ~4000円圏内
  • 主に研究者向けの書籍類(装丁がシンプルな物たち) : 7000円~

今回ご紹介するのは、この範疇から微妙に外れる、一般向け叢書で5000円と言う、私の中の金銭感覚からすると明らかに購入に戸惑う(毎月の読書予算の過半、買うまでの躊躇はかなりありました)本。研究者の方々が著述される専門書だから当然なのでは言われればその通りかと思いますが、本屋さんで一読した感触は明らかに一般向け、しかもそのテーマ選定と著者陣の筆致が実に魅力的な一冊です(昨年12月の刊行でしたが、何と重版が掛かったようです!)。

MINERVA世界叢書6 情報がつなぐ世界史」(南塚信吾:責任編集 ミネルヴァ書房)のご紹介です。

一般書でも研究者の方や企業人、著述を生業にする方の著作でも専門性の高いテーマ(マニアックなどとは決して…)の書籍を扱っているミネルヴァ書房。ミネルヴァ日本評伝選等の日本史の叢書シリーズと共に、近現代史や教育関係に強いイメージがありますが、世界史に関しても多くの書籍を刊行されています。

今回ご紹介する一冊も昨年から刊行が始まった「MINERVA世界史叢書」シリーズの第三回配本分。「世界史の世界史」を描く事を標榜する全16巻の大型企画でもありその内容は多彩を極めますが、まずは読んでみたいと思い至ったのは前述のように今回のテーマ特異性と、多彩な執筆陣に惹かれたからに他なりません。

参考文献一覧が添えられた一章20ページ前後の本編10章と、その半分程度のボリュームで差し込まれるコラム6本で構成される本書。読書時間の確保が難しい中でも、一日1~2セクション位ずつで読み進められるように配慮された嬉しい構成。そのような構成を採る為、本書に本格的な議論を望むのは少々厳しい事かと思いますが、逆に今回のテーマにとっては非常に有利に働いていると思われます。

研究者の方々が日夜研鑽されている研究に必ず付いて廻る「史料」たち。その史料たちを読み解き、新たな知見を積み重ねていく事を自らの使命とする研究者にとって極めて大切な史料と向き合う際に見えて来る課題、その向こうに広がる世界への興味、好奇心の種を、世界史の狭間で自らの研究に添えるように語られる本書。

本書では研究者の方々が扱う史料達の中から、時代を越えて人々に情報を伝える媒体であるメディアに着目したテーマについて研究者の視点を通して語られていきます。

その著者陣は、既に名誉教授を称される大先達から海外の大学でPh.Dを取得した気鋭の研究者まで。ペルシャ語を専攻する若手研究者から郵便史研究家、更にはテレビ局の外報部記者出身で、NTVアメリカ元社長という海外ニュース報道のエキスパートまで。版元のイメージ通り多士済々という方々がこれぞという興味をテーマに掲げて筆を振るっています。

古代の写本から現在進行中のIoTとディープラーニングまでと言う幅広い時代を扱い、それぞれに異なる著者が執筆されるため、描かれる内容が統一した視点を有している訳ではありませんが、そのいずれに於いても実に興味深い見解が示されていきます。本当は一文では表現しきれないのですが、とにかくワンポイントで各章を紹介してみます。

第Ⅰ部 : 文字と図による伝達

  • 第1章 : 写本が伝える世界認識
    • 写本から零れ落ちたレイアウトと図に秘められたイスラムの世界認識再構築
  • 第2章 : 世界図はめぐる
    • プトレマイオス図の東辺に顕れる東南アジア交流路の実態とイドリースィー図にすら影響を与えた中華世界の地図たち
  • コラム : 地図屏風に見る世界像
    • 日本に遺される近世世界の地理感認識変遷と日本が与え挿入された地理感

第Ⅱ部 : 印刷物による伝達

  • 第3章 : 書籍がつなぐ世界
    • 訳本と訳者の系統から見る、イスラム世界への逆輸入まで果たした「千夜一夜物語」の実は猥雑な夜伽話の訳し方
  • コラム : 書籍商としての長崎屋
    • 江戸の一大情報サロンに集った人々と明治近代化を陰から支え潰えた長崎屋への想い
  • 第4章 : 近代的新聞の可能性と拘束性
    • 電信と挿絵が作り出した迅速、簡潔な伝達表現の向こうに横たわる、メディアと情報共有性の危うい幻想
  • コラム : 新聞の世界的ネットワーク
    • ナイジェリアの新聞発達史に映し出される、自立を始める植民地を繋ぐ知識人ネットワーク
  • 第5章 : イギリスのイラスト紙・誌が見せた十九世紀の世界
    • イラストが描く見下された「向こうの世界」とイギリス帝国主義の次に来る者達
  • コラム: 世界をつなぐ郵便制度
    • 世界最古にして最多の加盟国を誇る国際機関に至る道筋に先駆けたヨーロッパを繋ぐインテリジェンス一族の歴史
  • 第6章 : 反奴隷運動の情報ネットワークとメディア戦略
    • 「奴隷船ブルックス号」イラストとカメオのメダルに象徴される、イギリスの奴隷解放運動を支えた刊行物を広めあう男と女のネットワーク

第Ⅲ部 : 信号・音声・映像による伝達

  • 第7章 : 海底ケーブルと情報覇権
    • 技術と資金に乏しい日本の大陸進出橋頭保で勃発した帝国主義の代理戦争、序章編
  • コラム : 通信社の世界史
    • 帝国主義の下で世界のニュースを牛耳った三大通信社が進める原点回帰とある呪縛
  • 第8章 : アメリカの政府広報映画が描いた冷戦世界
    • アカデミー賞受賞ドキュメンタリー映画の向こう側に垣間見る、冷戦下の情報戦略に映し出された世界の姿
  • 第9章 : サイゴンの最も長い日
    • テレビの向こうに映る戦場報道のリアルと、戦場に持ち込まれた映らない政治闘争の陰
  • 第10章 : 衛星テレビのつくる世界史
    • 宇宙から繋ぐものが変えた、境界線を越えていく報道とネットワーク
  • コラム : インターネットとモバイル革命
    • インターネット、モバイルネットワーク小史と次のジェネレーションへの期待

このように実に幅広いテーマが描かれますが、殆どの章で、ある明確な執筆意図が認められます。

それは、読者に対してこれらのテーマで提示される認識のもう一歩先まで意識を広げて欲しいとう、執筆者たちの願いが込められている点です。

写本を語る章では、これまでの文献中心の史料研究に対して、添えられたであろう図表の研究への更なる配慮を求める。世界図を語る章では、明らかに東西で別々の認識であったとする世界観について、もっと情報の交流があったはずだと認識を改める必要性を訴える。

千夜一夜物語の逆輸入についても、その選ばれる訳書のバージョンや発禁とされる例を示して、訳出という側面と併せて出版による情報の統制とベクトルを語る。近世・近代の新聞やメディアについても、これは日本人研究者故と言う事情もありますが、当時の帝国主義による視点に対してそこには明らかな偏向があり、更には当時の日本、日本人自身もその渦中に突き進んでいった事を濃厚に示唆する。

第二次大戦後の世界におけるメディアを語る章では、東西冷戦という当時を経験した人々には当たり前であった視点自体が現在の研究では「冷戦的視点」とされ、日本人には遠く忘れ去られたベトナム戦争の影が今もアメリカの報道姿勢に重たい影を投げ掛け続けている事を、報道機関への不信に投影する(この不信の先に、特定の指向性を持つメディアへと選択傾向が先鋭化する現状が繋がるのでしょうか)。

更にその先にある、IoTによる末端にまで繋がるネットワークから引き出される、自らの価値を認めた対価として収集され続ける、膨大な個人情報という燃料を掘り当てた巨大企業による利便の代償と、政府による情報の収集とコントロールへの大きな懸念。

情報を伝え、世界を繋ぎ広めていく、それ自体が研究者の方々にとって日常の研究テーマであり、世界史の片鱗でもある媒体たちが、人々の認識という世界史を作り出す大きな力の一翼を担っていた事を示し、その背景までもを描き出そうという壮大なテーマに対して、研究者の方それぞれのエッセンスを読者へと伝えてくれる本書。

ほんの少し肩の力を抜いて一般読者に向けて書かれた、研究者の見出す気付きの向こうにこれまで見えてこなかった魅力的な世界史の姿を垣間見せてくれる一冊。多彩なテーマの向こうに、どんな世界史の一ページが見えるでしょうか。

ちなみに、私のお気に入りの一篇は澤田望先生のコラム。ナイジェリアと言う日本人にとってはマイナーな土地の新聞発展史をベースにして、帝国主義と世界的な通信社の伸張の先に続く植民地時代終焉の序章を、人物像まで織り込んだ魅力的な筆致を以て僅かなページ数で描き込んだその小論に感服した次第です。