今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

今月の読本「カニという道楽」(広尾克子 西日本出版社)都会とツーリズムが再生産したズワイガニの経済史

11月を過ぎて冷え込んでくると、暖かい料理が恋しくなる頃。

白い湯気を上げる鍋の向こうに赤々とした足と甲羅が並べられる映像に思わず唾を呑みこんでしまう方(特に女性の皆様)は少なくないかもしれません。

主に、北陸から関西、山陰地方で好んで食されるズワイガニ。地域によって越前ガニや松葉ガニなどとも呼ばれ、この時期には初セリの話題がニュースで流れ、冬の間は各地からツアー客が水揚げがある漁港だけでなく周囲の温泉地にまで押し寄せるシーンがテレビなどで多く採り上げられますが、実はズワイガニが名物になったのは戦後も大分後の昭和40年代辺り。そのきっかけから現在の姿までを食文化史として綴る珍しい一冊が刊行されました。

今回ご紹介するのは「カニという道楽 ズワイガニと日本人の物語」(広尾克子 西日本出版社)です。

著者はこの手の書籍では時折お見受けする経歴をお持ちの方。社会人としてのキャリアを長く積まれた後、大学(関西学院大学)に再度入学して今回の著作に繋がる研究に入られた方。生粋の研究者という訳ではなく、その筆致には一般人目線とでもいうべき研究者の方の著作にありがちな特定の概念に固執する感が薄い、現状を良心的に追認しつつもその経緯を学術的視点で検討していこうというスタンスで描かれていきます。

ライフワークだと称される、著者の大好物でもあるズワイガニの食文化史を研究する為に、会社人を辞した後に研究者の道へと入られた著者。略歴から拝察すると御年70歳の筈ですが、その筆致は大好きな事を語る方々によく見られる、その想いを伝える事の嬉しさが溢れ出ているかのようです(但し、其の味覚を知らない、ズワイガニに冷淡な関東人に対する、京都、大阪出身の著者にありがちな、やや見下した表現が繰り返される点は辟易させられますが)。

主にズワイガニを好んで食べる中京、北陸以西の方々に向けて書かれた感もある(版元さん自体も地元大阪に強い矜持を持たれているようです)本書、そのため通常なら最初から順繰りに読んでいく事が最も良い筈なのですが、無知で野暮な関東の人間にとっては第4章のズワイガニの日本史から巻頭へと巻き戻して読まないと、妙な偏見を生み出してしまう恐れが生じます。

即ち表題にも滲み出る、研究者としての著者の主たる論考となる、大阪都市部におけるズワイガニ食文化とその発祥としての「かに道楽」の存在が余りにも大きく捉えられてしまうため、冒頭に掲載されるその論考の要旨から読み始めてしまうと、食文化史としての地域性や広がりが、いち企業人の経済活動から派生して全て生まれたかのような誤解を生じさせる恐れを抱いてしまいます(それでも、関東圏にずっと在住する私にとっても、子供の頃からラジオのCMで聴き続けた「獲れ獲れピチピチ蟹料理♪」とその普及力が図抜けていた事は認めざるを得ません)。

水深の深い場所に生きるズワイガニを日本人が漁獲できるようになったのは、沖合における漁法に革命をもたらした刺し網漁が生まれた江戸時代以降(著者はその考察で、何故南方の魚であるシイラが一緒に描かれていたのかに疑問を挟んでいますが、シイラと沖合漁法の伝播性については「ものと人間の文化史 鱈」(赤羽正春 法政大学出版局)で論じられている内容)、食されていたのも比較的海岸から近い場所に限られていた事が判ります。そして、鯛などと同じく立派な姿が持て囃されたのでしょうか、当時から贈答品であった事を認めていきます。

本書を冒頭から読んでしまうと、独り「かに道楽」の存在を通して現在のズワイガニが西日本で普く食される事や、ややもすれば日本のカニ食文化を生み出したかの様にすら捉えられてしまいますが、本書を通してお読み頂ければ判るように、漁獲され始めてから実際に戦後の高度成長期に普及する段階に至るまでに、既に中部、西部日本海沿岸地域では、オスは高級な贈答用から少し鮮度の落ちた物はタラバガニの代用品としての缶詰材料として、コウバコガニ(メス)やミズガニ(脱皮直後のもの)は地元で安価に消費されていた事が判ります。

その上で、本書のメインテーマとなる、戦後の高度成長期に入った後に訪れた、関西圏の都市住人達に供された「日本海の名産品としての味覚、ズワイガニ」が生み出すイメージ戦略の物語が展開されます。

著者の主たる研究テーマである「かに道楽」による大阪、道頓堀を舞台にした、関西都市圏におけるカニ食の広まりと、その立役者となった料理法「かにすき」が生み出された背景(直接の考案者で板前だった方が、現在では同グループから暖簾分けする形で展開するチェーンの社長でかつ、チェーン店にとっては物量的に欠かせない北海道からのカニ調達を担っているという点も興味深いです)や、仕入れルートの拡大と技術革新による季節を問わないカニ料理の提供実現といったビジネス史としても興味深い内容が綴られていきます。

(大阪都市圏における)カニ料理文化を生み出したと言って過言ではない「かに道楽」の存在。著者はその先に西日本を中心に広がる、現代のカニ食文化の中核を担う「カニツーリズム」が存在する点を指摘します。

本書の中核をなす部分、社会人時代の著者の経歴(日本旅行に勤務)が存分に生かされる、生き生きとした筆致で綴られる、メインに据える柴山漁港を始め、福井から鳥取までの日本海沿岸で漁獲される各地の漁師、仲買人、名士と目される地元関係者、そして各地の宿泊関係者への精力的な取材内容からある事実が浮かび上がってきます。そのツーリズムの姿は現在のフードツアーで標榜される「地産地消」や「小さな経済活動」といった地域経済を支えるためのものというイメージとは全くかけ離れた「都会の経済資本とイメージ戦略が生み出した、作られた名産品の消費活動」であるという点です。

前述のようにその漁獲の開始時点から高級な贈答用として用いられた、姿形の映えるズワイガニ。高度成長期の経済成長の波に乗って高級志向を持ち始めた大阪圏都市住民の胃袋を掴んだチェーン展開されるカニ料理店で味を知った人々や、ディスカバージャパンをはじめとした、都市住人へ向けた地方への観光キャンペーンの切り札としてのズワイガニの存在が浮かび上がってきます。贈答品や地方出身者からの話などでズワイガニの存在、味覚を知った、美食で知られた人々は早くも戦前からその味わいを求めて地方へと下る事があったようですが、高度成長期に入ると、この手のテーマでは必ず引き合いに出される開高健を始めとする作家たちや著名人と称される方々が本や雑誌で度々紹介することで、本来カニ料理を全く知らなかった都市住人に対しての人気に拍車がかかったようです。更には前述の「かにすき」自体が、漁獲があった地元の料理法ではなく、「かに道楽」で食した来訪客の要望や、働いていた人々が地元に持ち帰った調理法(かに道楽の創始者自体が現在も但馬地方で盛業中の観光開発企業創業者の兄弟で、その一部門が当初の「かに道楽」)が定着したものであると指摘します。

此処までであれば戦後高度成長期の昔話なのですが、バブル全盛期を社会人として駆け抜けた著者の筆致は更にもう一歩踏み込んだ内容を綴っていきます。既に「かに道楽」が全国へと広がっていくタイミングで深刻な資源不足に陥っていた中部、西部日本海のズワイガニの調達難とコスト上昇を救った北海道とロシア(当時のソビエトも含む)からの氷冷、冷凍ズワイガニの存在。著者は当時はそのような事を気にする事は無かったと肯定的に捉えていますが、所謂カニツーリズムという存在自体が、当初の極僅かな期間を除いて、慢性的にこれら地域外や輸入品のカニを用いて物質的に補い(殆ど置換し)つつも、「目の前の海で獲れた冬の日本海の味覚」というイメージを繰り返し再生産することで、バブル崩壊後の現在まで、経済性という視点でその流れを定着させ、実質を伴わないという事実すら消費者に容認させていった事を、漁獲が無い一方で、世界から客を呼び込む日本を代表する一大カニツーリズムの拠点として再生した城崎温泉の例から示すばかりではなく、地元漁師たちやその資源を各地から集散させる仲卸の見解を含めて肯定する論調へと集約していきます。

本書の極めて特徴的な部分と言っていいかと思いますが、魚食文化を語る類書で示される地域性を重視した食文化史としての視点よりも、大きく観光経済論に寄せた論調で貫かれる本書。

結果として、地元で水揚げされた物でも、仲卸や(一瞬だけ語られる)日本人バイヤーが海外から調達するズワイガニでも味覚で劣る事がなければ同じズワイガニであるという、正に消費者目線としての発想を添えていきます。その上で、安価で量を追求する従来型のカニツーリズムは(実際に参加して)曲がり角に来ているとの認識を示すと共に、著者のようにその味覚に魅せられた「リピーター」が、家族ぐるみで代を重ねて(所得水準が上がって)通い詰める、提供するズワイガニにこだわる宿泊施設もまた存在する事を指摘します。

そのような議論は、近年のロシアによる輸出規制の強化に伴う調達難から生じる調達国の多様化に対する、地物回帰と価格の安いハコガニ、ミズガニへのシフト、地元で揚がるベニズワイガニ活用へと向かっている点を地元の若手経営者たちの発言から拾う一方、各水揚げ地におけるタグを取り付ける事による画一的な地域ブランド化と仲買人等の目利きによる品質の乖離に疑問を呈し、終章におけるTAPとIQに関する漁業者や仲買人からの疑念へ同意を示すなど、商品経済としてのズワイガニを存在の前提に置く、著者の研究に携わる経緯や取材対象に対する指向性を強く印象付ける内容が見受けられます。

研究へと踏み出した経緯そのままに「カニという道楽は珠玉の文化」とその姿を称揚して止まない著者による、やや傾倒的な内容に終始する本書ですが、販売やツーリズムといった消費を軸に特定の一漁獲種(魚じゃないですね)をテーマに深堀した極めて珍しい一冊。食文化の本として捉えるのにはやや躊躇いがありますが、経済系新聞社の出版物をイメージさせる、関西を舞台にした戦後の観光開発、フードビジネスの一側面を読むという捉え方をすればとても楽しい一冊です。

今月の読本(特別編)「わいるどらいふっ! 身近な生きもの観察図鑑」(一日一種 山と溪谷社)シュールな4コマ漫画に込めた自然観察への誘い

今月の読本(特別編)「わいるどらいふっ! 身近な生きもの観察図鑑」(一日一種 山と溪谷社)シュールな4コマ漫画に込めた自然観察への誘い

SNSをやっていると、知らなかった事、知っていても自分の視野が随分と狭かった事を改めて見つめ直させられる事が多々あります。

普段見慣れた生き物達、特に鳥を中心とした野生生物のちょっとした仕草や習性、観察される方々の姿などをコミカルに、時にシュールギャクを以てSNSだけではなく商業誌のイラストや漫画で発表されている一日一種さんが、ネット上に置かれたご自身のサイトやSNSで公開している作品を再編集して纏めた一冊。

7月に刊行されていたのですが、田舎故になかなか入手する事が出来ず、暫く後に地元の本屋さんでも入れて下さったらしいのですが、痛恨のニアミスで手に取る事が出来ず(お詫び申し上げます…懺悔)。刊行から2ヶ月を経て、漸く山を下りた際に本屋さんで入手する事が出来ました。

今回は本ページではほとんど扱う事が無い漫画(アニメーションは観ますが、漫画は殆ど買わないので尚更)、しかも四コマ漫画の読み切り「わいるどらいふっ! 身近な生きもの観察図鑑」(一日一種 山と溪谷社)のご紹介です。

最近ですと、本屋さんの生き物関係書籍のコーナーに別枠でちょっとユルめの生き物たちをテーマに扱ったカラフルな本達が並んでいる書棚か、雑誌/Web連載以外の単独作品が集められたハウツー系を含むコミック棚、ないしは頻繁に入れ替わるSNSで話題となった本が面陳されるコーナーに置かれるであろうこの一冊。確かに下記にご紹介するように、先月、著者の方が投稿された内容には夥しい数の「いいね」が付されていました(以前から相互フォローさせて頂いていたので反響の大きさにびっくりでしたが)。

SNSで拡散されている内容だけ見てしまうと、かなりキツいシュールギャグを全面に出しておきながら最後はお涙頂戴で落とす、所謂「バズる」内容を狙ったかのようにも思えてしまいますが、プロフィールにもありますように著者は環境部門の技術士の資格も有する専門家。専門知識を生かしたイラストレーションを自然科学関係の雑誌や会誌へ多数提供する、元野生生物調査員の方です(この辺りの背景については、山と溪谷社の編集担当の方が寄稿した記事をご覧ください)。

昨年には、専門分野である野鳥観察の知識を生かして、短期集中連載でしたがWeb漫画もリリースされており、その内容には「鳥見(バードウォッチャー)」の方々からも高い評価が与えられていたかと思います(本書にも抜粋が掲載されていますが、日本野鳥の会の会報にも連載を持たれています)。

本書も野生生物を扱った四コマ漫画が中心なのですが、春から冬へと季節を追ってその時々の観察対象となる生き物たちを対比で示しながら見分けるポイントや生態の面白さ、不思議さを捉えて描く、特に欄外や吹き出しの中に小さく書かれたポイント・注意事項に対して、コラムとして独立して掲載できる点は書籍の大きなメリット(アナフィラキシーショック、経験はしたくないですが恐ろしい話なのですよね)。その内容には著者の専門分野である野生生物への実践的な視点が充分に生かされており、少し緩めの生き物をテーマにした本とは一線を画す、野生生物観察入門としても実践的な内容を具えています(四コマ漫画にも拘わらず親会社のインプレスさんではなく、山と溪谷社さんが扱われるという点だけでも出色です)。

特にコラムで扱われる「生きもの観察入門」や、生き物や木々、草花を観察する際のポイント。オールルビ付きで丁寧な言葉づかい(4コマの台詞と比べちゃいけませんが…)で書かれた、子供の頃から身の回りの生き物への興味を持って欲しい、自然環境とはかけ離れた生活環境で育ってきたかもしれない、一緒に読まれるかも知れない親御さんにも興味を持って欲しいと願う、野生生物調査員であった著者の想いが伝わってきます。

ちょっと悪戯っぽい表題と、シュールギャグにドン引きされる方もいらっしゃるかと思いますが、正確な観察眼と知識に裏付けされた、生き物たちの姿に触れて欲しい、知って欲しいと願う著者の想いが、著者が最も得意とするスタイルを以て書籍と言う形で結実した一冊。

少し残念な事に、本屋さんで扱われるジャンルが版元さんの影響もあってでしょうか、若干不安定な感もありますが、著者を知る切っ掛けがSNSだったという方には、より馴染みのある、入手も容易な電子書籍版(Kindle)ももちろんありますので、ちょっと覗いてみて、または著者のホームページをご覧になって、ご興味を持たれたら是非ご一読を。

屋外を歩くのに心地よい季節となる秋、身近にある生き物たちの姿にちょっと触れてみませんか。

 

ほんの少し周囲を歩くだけでも、色々な生き物たちの姿が見えて来る、そんなきっかけとなる一冊として。

今月の読本「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)身近過ぎて忘れがちな「魚」に凝縮された自然を愛でる想い

今月の読本「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)身近過ぎて忘れがちな「魚」に凝縮された自然を愛でる想い

夏になると縁日等で頻繁に見かける「金魚」

もう、金魚売りが家々を廻る事はないかと思いますが、それでも夏の風物詩として語り継がれる風景に重ねられる、赤金色に輝く魚が涼しげな桶の中を群泳する姿は、ちょっとした懐かしさも添えた一服の涼。

最近では綺麗な金魚鉢や江戸時代に回帰してしまったかのような小さな鉢の中で金魚を飼うのが静かなブームにもなっていますが、そもそもなぜ、日本人は金魚を飼育し、飼い続けたのでしょうか。

そんな疑問の一端に答える、真夏を迎えて文庫へ収蔵された一冊のご紹介です。

高原は既に秋空ですが、盛夏の最中に読み続けていた「金魚と日本人」(鈴木克美 講談社学術文庫)です。

著者の鈴木克美先生は、戦後最も早い時期にオープンした民間の水族館である(旧)江ノ島水族館開設当初のスタッフとして、その後、現在のテーマパークの先駆けとなった娯楽施設、金沢ヘルスセンターに併設された金沢水族館を立ち上げ、科学教育機関と本格的な水族館の融合を目指した東海大学海洋科学博物館の館長、東海大学海洋学部の教授を務められた方。同時にスキューバ(アクアラング)を使用した水中写真撮影の先駆者として数多くの写真集、書籍を著されている方です。

水族館学、魚類生態学が専門の著者作品群ではちょっと異色な文化史をテーマにした一冊。原著は1997年刊行とほんの少し古い作品ですが、唯一無二と言っていい、魚類学と文化史としての日本の金魚を同時に語る貴重なポジショニングが評価されたのでしょうか、この度、版元さんを超えての文庫収蔵となったようです(このようなポジショニングにある作品は、著者も「鯛」をテーマに一冊を執筆されている、法政大学出版局が刊行を続けている「ものと人間の文化史」というシリーズがあります)。

生物学、遺伝学的な好奇心から始まる日本への金魚伝来と在来魚種とのルーツを探る内容から始まる本書。今回の文庫化に当たって新たに用意された、金魚絵師(金魚養画)、深堀隆介氏による美しくも涼やかな表紙と帯の内容に惹かれて文化史の本だと思って手に取られると、少々面食らう内容も挿入されていきますが、魚類としての金魚、更には品種改良の歴史を理解するためには必須の内容。むしろ著者の専門分野である魚類生態学をある程度封印して、専門外とも思われる日本、更には中国における歴史的な金魚の扱われ方、江戸の文化史をそれこそ該博な知識を以て伝説から物語、実録を含めてふんだんに拾い上げていきます。

本書を読んでいて驚く点、それは日本人にとって最も馴染みが深い魚(今では鮪、サーモンの方かも…)、江戸の文化史ではあらゆるシーンで語られ、現在は何処でも簡単に手に入って見る事が出来る金魚ですが、意外な事に伝来のタイミングも、大流行した江戸時代における金魚生産の姿も、現在はある程度固定化されている品種固定の過程も、文化史の根底になくてはならない背景、そのほぼすべてが「判らない」という事実に突き当たります。

本書では一般的に流布しているこれらの言説について、著者が直接の教えを乞うた金魚研究の第一人者と呼ばれた故・松井佳一博士の説を含めて各種の書籍や言説を比較しながら検討を加えていきますが、特に江戸時代における江戸近郊での金魚の育成、供給の実態ついては全く判らないと述べています(上野、池之端の件については本文中で繰り返し検討を行っていますが結論には至らず)。名付けについても「りゅうきん」「おらんだししがしら」などの名称が直接琉球やオランダから渡って来た訳ではないとはっきり否定した上で、日本人特有の舶来指向(唐物指向)や長崎方面から伝わった事を示す表記であることを示唆します。また品種改良の歴史についても、江戸時代のそれは中国で営々と続けられてきた品種改良の歴史と比較して、珍しい物が偶然に現れる、単に飼育していたに過ぎないと、魚類学者としてやや厳しめの断定をしていきます。

更に著者は、中国における金魚の飼育史と好まれる品種の違いからその経緯を見出していきます。

赤い色、金色を尊ぶのは中国も日本も同じですが、中国で春節の際に貼られる金魚の切り絵のように目が上を向いた姿を珍重する、成長と上昇志向の現れ、珍奇な物を秘蔵する文士層の存在が素地にある中国における金魚の姿。一方で日本に於いては疱瘡除けとしての願いをその色に込める一方、生き物の美しさを小さな鉢の中で楽しむ、植木や朝顔と同じような、自然を矮小化して愛でる江戸の住人たち、特にそれらを広大な屋敷の中で飼育し、実際に副収入の糧としていたのではないかと推察する江戸の御家人層や、地方から転がり込むように都市に集住した欠落農民層が往時の姿を鉢植えや水鉢の中に見出していたのではないかと考えていきます。

第一線の水族館運営を長く続けた著者から見る、日本人と金魚を愛でるその姿。

用水の溜池や庭の池から、水鉢、金魚鉢から観魚室と水槽(紀伊国屋文左衛門の天井水槽は強度/防水構造上も有り得ず、フィクションだとも)そして水族館へ。日本人の群衆指向と見世物好き、舶来崇拝。その根底に伏流する厳しい自然と折り合う姿を美しくも矮小化した様式として昇華させた、箱庭の自然美を突き詰めた一つの姿としての金魚を愛でる日本人の嗜好。

その扱いが水族館では蔑まされ、学術的にも疎外されている感が長く続いてきた点に対して、当事者の一人として、魚が好きになった著者の原風景を回顧しながら贖罪の想いも込めて綴られた一冊。

実は近年の分子遺伝学の分野で、金魚の遺伝子系統分析が顕著に進んできている点を文庫版のあとがきで述べて、著者の想いが僅かながらも後継の研究者達に受け継がれている事に喝采を与える本書は、科学的な理解が飛躍的に進む中でも、生活のほんの片隅を捉えて自然を愛おしむ事を忘れられない、日本人が抱く心の原点を思い出させるきっかけとして、再び登場する機会が巡って来たようです。

著者である鈴木克美先生には多数の著作がありますが、その水族館人生を綴った自伝的な一冊「水族館日記 いつでも明日に夢があった」(東海大学出版部)も併せてご紹介させて頂きます。

今月の読本「動物園巡礼」(木下直之 東京大学出版会)動物園人と娯楽とした人々の業を禊ぎ歩く美術史家の巡礼記

今月の読本「動物園巡礼」(木下直之 東京大学出版会)動物園人と娯楽とした人々の業を禊ぎ歩く美術史家の巡礼記

何とも壮絶な一冊に巡り合いました。

これまでも動物園や水族館を扱った本は数多あったかと思いますが、不幸なことにその動物園の立地と常に尻を向け合う事になるという美術館、現在はその館長を務める美術史家の方が綴る、痛烈な批評精神と洒脱を以て動物園人(猿人?)へ向けられた一冊をご紹介します。

動物園巡礼」(木下直之 東京大学出版会)のご紹介です。

著者は大学の教授職と共に静岡県立美術館の館長も務める方。所属大学の出版会から出された一冊は大学出版会が刊行する著作としては少し異色の、著作歴そのままに砕けた筆致を具えています(最近は大学出版がこのような本を出しても、あまり驚かなくなりました)。

美術史、特に大衆芸術や文化史に関する多くの著作を有する著者。本書もその一連の著作に連なる内容を有していますが、テーマは動物園。臭いや音と言った芸術鑑賞を甚だしく阻害する動物園と美術館は相容れない存在ですが、前述のように公共施設として同じ敷地に作られる事が多いという奇妙な巡り合わせから本書は綴りはじめます。

本来は著者が講義のテーマとして採り上げた日本人と動物園の文化史の授業内容を一冊の本として纏めるはずであったものが、授業の流れから動物園関係者との縁が生まれ、JAZA(日本動物園水族館協会)の広報戦略に関与し、大学関係誌の連載に化けた末で本の執筆に至るという、複雑な遍歴を遂げて上梓されたようです。

相容れない関係を有する二つの「園・館」と「館」が奇妙な邂逅を遂げて綴られる本書、その関係がもたらした訳ではありませんが、実に辛口な内容が綴られていきます。その辛さはピリッとくる山椒や燃えるような唐辛子とは違う、辛さの先にスッと来るワサビのような清々しさもない。何処までもどこまでも唯々辛い「辛味大根」のような辛辣さで、江戸時代から直近話題となっている滋賀の某動物園に至るまで、人と動物園・水族館の残酷物語がひたすら綴られていきます。

ゾウから始まりクマ、サル、チンバンジー、恐竜、ライオン、ゴリラ、鯨類からカバ、ラクダそしてオラウータン。

著者が動物園人の業と呼ぶ、野生生物を檻に入れて取り囲み衆目に曝し、更には芸を仕込み、服を着せ煙草を吸い、自転車や電車を運転させては金銭を稼ぎ、戦争や言われ無き不条理の内に死に至らしめる。就中にはそれは研究だ学問だ生物保護だと言い出す身勝手さを、それを娯楽として興じた大衆を含めて存分に攻め立てていきます。

日本人が動物園と言う空間(物理的な固有空間を持たない場合も)を用いて行ってきたそれらの蛮行の歴史を禊歩く様に全国の動物園、施設を巡る著者。此処まで書くと、分ってはいるが動物園側にも言い分はあるという尤もなご意見が出てくるかもしれませんが、そこはJAZAの事業に関与した著者も御見通し。

表面的な残虐性ではなく、時代史の中で描かれ自らも体験した動物園と動物たちの姿として、昭和の時代描写を全面に掲げて描かれる、人文系の研究者ならではの膨大な知識力を背景に大衆芸術史を紐付けながら綴り込んでいきます。それは江戸の見せ物小屋から始まる長い歴史を有する大衆娯楽の一環としての動物芸と開港と共に上陸した動物芸が織り込まれたサーカス、標本、観察を主体とする近代日本にもたらされた博物学的な素地が公共サービスとしての公園施設の一環として奇妙な同居の末に発展を遂げたキメラのような存在。

近年の自然保護、動物愛護的な側面だけでこれらの推移を捉えようとすると、そんな小賢しい言を振り回しても無駄だよと言わんばかりに、昭和の名話者、小沢昭一のテイストそのままに、ユーモアと猥雑さすらも取り込みながら、文化史として縦横にいなしていく筆致で封じ込められてしまいます(この筆致と意図を含み笑いを浮かべながら受け止めらるのは、ある年齢以上の方ではないでしょうか。不幸な事に幼少期から「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を傍らで聞かされ続けた、二世代以上年少の私は、まんまとこの文体に呑まれましたが)。そのような中で、何とかして動物たちに寄り添い、より良い環境を与えようと奮闘し、あるいは贖罪の如く命を捧げた飼育員、管理者達の姿もサイドストーリーとして捉えていきます。

見せ物としての動物園と人の関わりの過去を禊ぐ前半に対して、後半は現在進行形の姿。動物の愛護と野生生物の保護が存在の前提、お題目として唱えられても厳然として存在し続ける動物園・水族館、それをレジャーの一環として嬉々として受け入れている我々に対して暗側面を突く巡礼が続けられていきます。

著者が関与することになるJAZAの混乱から始まる、何故動物園・水族館と言う場所で動物、水族達を飼育し、観に行くのかと言う根源的な疑問へのアプローチ。敢えてJAZAの範疇を離れた姿を見せる事でその課題と闇の深さを強烈に印象付けていきますが、本書では最後までその回答を述べる事はありません。

動物園へお尻を向け(ていた)美術史家である著者から与えられた「お題」、それは日々動物・水族達に献身的に務める動物園人の皆様と、其処に価値を見出している、楽しみにしている我々に委ねられた課題だから。

<おまけ>

本書の中盤で語られる、捕鯨とイルカショー問題の原点にある、戦後の水族館激増と学術研究、娯楽施設の同床異夢について語る部分は、写真の著書(水族館日記 いつでも明日に夢があった)からの引用を含めて、(旧)江ノ島水族館の立ち上げスタッフで後に東海大学教授、東海大学海洋科学博物館館長を務めた、戦後の水族館運営、スキューバによる水中撮影のパイオニア、鈴木克美先生の協力で書かれています。著者と同郷の浜松出身ですが、ちょっとやっかみを込めた紹介がなされていくのも、著者の流儀と言う事で。

<謝辞>

神戸時代は道一本挟んでお互い一度も顔を合わせる事が無かったと文中で紹介された、JAZAにおいても著者と協業されていた、よこはま動物園ズーラシアの村田浩一園長先生に本書を紹介して頂きました。御礼を申し上げます。

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

安曇野のナチュラリストと称され、豊科町に居を構えた山岳写真家、細密画家。高山蝶の研究でも知られる田淵行男氏は、数多くの著作を残されていますが、その多くが山岳写真や蝶、昆虫類の画集や写真集で占められています。

三十数冊になる著作の中で表題と共にひときわ異彩を放つ一冊、著者唯一のエッセイ集と称される一冊が、この度文庫に収蔵される事になりました。今回は「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)をご紹介します。

本書のあとがきを読んでいくと、その成立には長い紆余曲折とそれこそ一冊の本が書けてしまうくらいの著者が執筆に腰を据えるまでのエピソードが添えられています(この辺りの経緯は、数年前に制作されたNHKのドラマや、同じ版元から刊行された「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」を読んだ方が良いのかもしれません)。

実に戦前から1980年代初頭までに渡る、雑誌に寄稿されたコラムを含む一連の執筆作品を30年近く書き溜めた書き下ろしに追加して再編集したエッセイ集。山小屋でのいびきや山中での河畔の音は顕著に気になると回想するように、やや神経質で完璧主義者で知られた著者らしい、歳月の推移を感じさせない簡潔でかつ、透徹な文体で綺麗に整理、再編成された、著者自らが監修する、山岳、自然観察語録と呼べる一冊に仕上がっています。

こう書いてしまうと、ちょっとお堅い印象を持たれてしまうかもしれませんが、後半は版元さんが今もっとも得意とされている山の怪談・奇談のオンパレード。特に本物の山師たちとの山小屋での一夜の話など背筋どころか首筋まで寒くなりますが、山でしか体験する事が出来ないちょっとユーモラスな内容も綴られていきます。

写真や絵で表現することを旨とする著者による、文章を連ねる事でその想いを表現する本書。山での貴重な経験から始まり、著者の主たるテーマとなる高山蝶と密接な関係にある高山の花や樹木たちを語る前半。浅間山への想いと大雪山の調査行を中軸に置き、後半は前述の怪談・奇談やご本人のごく身近な山での心象と言ったエッセイらしい内容を集めて、一編十数頁で纏められた短文がテーマごとにぎっしりと詰め込まれています。

著者をご存知の方であれば、全編を通して読むという形より、むしろご興味に近い、気に入られたテーマの章をつまみ食い的に読まれる方がより楽しめる編集スタイル。今回の文庫版収蔵に当たり、ページ数の都合(丁度400頁、ジャスト1000円への配慮でしょうか)で残念ながら6編がカットされており、その中には「山とカメラ」が含まれているのは、山岳写真に関する想いを綴る部分があまり多くない本書にとって痛恨ではありますが、より多くの方に著作を手に取って頂くにはやむを得ない処置だったようです(親版の編集者の方が外部の編集者として今回も協力、解説で経緯を述べられています)。

表題にある著者のテーマカラー「黄色いテント」を背負い、山での単独行動を好み、山岳写真を撮りながら、貴重な高山蝶の観察、収集を続けた、日本のナチュラリスト創世記を生きた著者の活動。

偶然に出会ったライチョウ親子の縦列をハイマツの中に追いかけ、アルビノの高山植物を探し求め、行き交う道沿いに連なる木々に名を付け枯れ木となった先まで愛おしく観察する。山中でビバークしながら撮影のチャンスを待つ間も山々の移り変わる姿に目を配り続け、咄嗟の変化から得た機会を物にした大きな充足感に満たされる想い。添えられる写真と無駄のない透き通った筆致で描かれる山を往く姿を綴る文章は、何処までも澄んだトーンに満たされています。

その一方で、噴火中の浅間山火口まで3度も登頂し、山ではザックに入れる程のその山体を模した大きな石を拾っては自宅に持ち帰り、現在では許さない高山蝶を僅かな手続きで採取する一方、ケルンの林立には苦言を呈し、古の静かだった山への懐かしみを込めた筆致。特に執筆当時の登山ブームに辟易する一方で安易な登山者たちへの警句を発し、今でも議論が絶えない高山の絶滅危惧種たちへの接し方やその行動には、現在であれば自制を求められるどころか、社会的な非難を浴びる事は免れない内容も綴られています。流石に刊行年が1985年と自然環境保護や登山の安全性を強く叫ばれるようになった頃であり、著者は文中でその蛮行を反省する記述を添える一方、自然環境への眼差しまでも曲げるつもりは無い事をはっきりと述べていきます。

既に著者の時代でも減少が著しかった高山植物やその植物たちや木々を生活の糧とする高山蝶。その一方で容易に餌を得る事が出来る登山者たちの残飯を執拗に狙い続ける大雪山のヒグマとテントに襲来する鳥達、シマリス。一度餌を与えると小屋の中まで侵入してくるキタキツネ。著者からの手渡しで容易に餌を採る北岳のイワヒバリ。

静かな山の姿を独り占めしたいという、先駆者としてのちょっとした我儘心も見え隠れする一方、その自然の中に人が踏み入れれば容易に取り込まれていくことを包み隠さず述べる筆致。中盤の一節「コリヤス幻想」とそれに続く著者のベースである北アルプスを離れて大雪山での調査行から沸き起こった想い。そのような姿を全否定してしまう風潮に対して「自然は遠くにあって思うもの」にしてしまってよいのかという、山に抱かれ続けた著者の真摯な想いが述べられていきます。

山中に往く事を良しとし、抱かれつつ見つめ続けた雄大な姿をカメラで、愛おしく観察を続けた蝶たちを細密な絵筆で捉え続けた著者の眼差しが文章として綴られる一冊。自ら踏破し、山々に抱かれた先で向き合った繊細にして透き通った視点は、自然を愛でつつも常に折り合いを付ける事を求められる現在を生きる我々にとっても変わらない示唆を与え続けてくれます。

著者が終の棲家とした、豊科(現在の安曇野市)にある田淵行男記念館。実は田淵行男賞を受賞した写真家さんの受賞記念展示を見に行くために訪れたのですが、記念館に展示された当時の赤外写真と添えられる透徹な言葉にすっかり圧倒され、魅了されてしまったのが、著者を知る切っ掛けでした。

本書の解説において原著の担当編集を務めた方が絶賛する、生誕100年記念の展示会の為に制作された図録「生誕100年記念 ナチュラリスト・田淵行男の世界」(東京都写真美術館:2005)。展示会が開かれていた地階の展示室真横にある閲覧コーナーで、見学者の足並みが途切れるまで読み耽っていました。

どうしても欲しくなって購入した手元にあるこの一冊、実は田淵行男記念館で販売されていた最後の一冊です(職員の方から伝えられました)。小雪が舞う中、かなりの後ろめたさを抱えながら帰路に就いた事を今でも思い出す、ちょっとほろ苦い思い出。全く足元にも及びませんが、著者も足繁く通った同じフィールドでカメラを手に取る私にとって、写真が何を伝えるのかという意味を今も語りかけてくる、大切な一冊です。

 

今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

関東地方に住んでいる人間にとって、子どもの頃からの泥んこ遊びと言えば、赤茶けた関東ローム層に塗れることかもしれませんが、場所が変われば土の色も変わる。地質にご興味がある方であれば、当たり前のように思えるかもしれませんが、その事を本気で追求し始めると、話は人類全体へと飛躍するようです。

今回はそんなテーマを追い求めた研究者が綴る一冊「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)をご紹介します。

本書の著者はちょっと珍しい土壌の研究者。スコップを握りしめて世界の地面を這い回り、その土壌を集め続けた先に現職(国立研究所の主任研究員)に至っていますが、本書の前半では研究者としての現在に至る経緯を含めて、土壌を採取する為に世界を廻った物語と共に、その地にある代表的な土壌について解説が述べられていきます。

永久凍土より寒々しい親父ギャグ(著者はまだ30代です)がそれこそ蚊柱の如く間断なく襲い掛かる、手軽に読まれる事を念頭に置いた新書ではありますが、過去幾百冊と読んできた中でもこれほどまでに「酷い」文体(きっとギャグの分量だけで50ページ位にはなるのでは)は見た事ないと言い切れる壊れた本文。更には、日本における理系研究者の方が書かれる、自らの研究を題材とした本に典型的に見られる、主題を差し置いて迂遠に呟き続ける自らの生い立ちと研究苦労四方山話の数々。これがまた本文いっぱいに散りばめられているため(こちらも多分50ページ分くらい)、表題にあるテーマが描かれる部分はかなり絞られてしまいます(でも、この二つが無かったら新書としての体裁も整わなかったかも)。

五月蠅い程の余談の猛攻に読書意欲が度々折れそうになってしまいますが、それらを蹴り飛ばしながら読み進めた先にある、本来のテーマに込められた内容は実に興味深く、要所では読者の好奇心を巧く引き止める筆致に溢れていることが判ります。

土壌という意味の説明から始まる本書ですが、メインは著者自らが世界を廻って実際に集めてきた世界を代表する12種類の土壌の解説と現地での採集シーン。更にはユニークな視点で綴る、その地に暮らす人々の生活。ここで著者は園芸関係の方が読まれる事を念頭に記述を進めているようですが、本書が楽しく読めるのは実は植物や地質、更には地理学にご興味がある方ではないかと思えてきます。

なぜ12種類の土壌が生まれるのか。火星や月の土との比較から土壌が生まれる過程を説明していきますが、そこには大きなポイントが用意されています。地殻からもたらされる、土として供給される母体から土壌として作り出される間に生み出される粘土、媒介する微生物と植物たち。

土そのものがどのように変化して土壌となっていくのかを前述した三つのポイントを踏まえて、地殻の風化から微生物、菌類、植物、そして水が仲介する化学反応として捉える事で、その過程を易しく理解できるように解説してくれます。そして風化を促す地球レベルでの大地の移動と気候の変動。風と水が作り出す肥沃な大地とそれを保持する粘土の生成、植物にとっては諸刃の刃となる、土の元となる地殻からもたらされる金属イオンと引き寄せられるナトリウムイオン。園芸関係にご興味のある方であれば、施肥などを含めて植物がどのようにして土壌と上手く折り合っているのかを理解する上で特に興味深く読む事が出来るはず。一方、私のような樹木、特に「針葉樹」好きにとっては、極地や針葉樹林帯に分布する土壌と樹木の相互関係について、もう一歩説明が欲しかったところでもあります(腐植ですぐ分解される話だけではなく、寒冷地の土壌を作り出す遠大な過程の話もちょっと聞いてみたかったです)。

自らの研究の出発点となる裏山から始まり、極北から赤道付近へと降りていく、温度と水のマトリックスから順序を追って土壌の生成の違いを述べていく事で、気候的な要因を振り出しにその生成過程が変化していく姿を捉えていきます。副題にあるように100億人の人口を養うための土壌を探すことをテーマに据えて辿る12の土壌とその生成要因。前述のように脱線が過ぎるのは事実なのですが、不真面目な本だと軽く見ているとちょっと足元を掬われます。

世界を巡る物語の後半で述べられる、研究のベースに置いた東南アジアの地で、スコップ一本からできる土壌改良で世界を救うという壮大なテーマを掲げた著者の挑戦記。道程は遥か遠くのようですが、その過程では鋭い指摘が繰り出されていきます。著者もその一員として作成に携わった、世界の土壌分布から見た人を養える土壌面積の余りの少なさ、遍在性、その地にしがみ付く様に集住する人類。それ故に土壌改良の母材として表土を深く剥ぎ取られて海外に売られていくウクライナのチェルノーゼムと植民地の再来を思わせる農地の買い占め。農地に適さない事を理由に僅かな表土すら剥ぎ取られ、唯、骨材として売り払われるインドネシアの砂。そしてプレーリー(私の本は第3版ですが図版内の記述が「プレーソー」のままではと…)を覆ったダストボールと大規模集約農業における農地維持の限界。人類が生きていくためには農作物とそれを養う大地、土壌が必要だが、その維持にも開発にも常に有限の土壌を消費し、改質する事のリスクを負っている事を明確に示していきます。著者がマヨネーズ一本を持ち合わせなかったことを悔やんだ、赤茶けた表土が広がる野辺山の大地。

 

世界を廻った土壌の物語は最後に研究のスタートラインである裏山、そして「黒ボク土」から故郷の水田という、モンスーンに包まれ、世界的にも特異な土壌を多く有する日本へと戻ってきます。

霧ヶ峰における野焼きの失火の跡。梅雨を挟んで僅か2ヶ月ほどで此処まで緑が戻ってくるのが日本の環境。本書でも指摘のように、この地は縄文人たちが集住していた頃から火が入れられ、「黒ボク土」を生み出す元となったとも云われています。

 

現職関係者への忖度なのでしょうか、中盤まであれほど猛威を振るっていた筆致はすっかり影を潜め、真摯に現在の日本における農業と土壌について語り出す著者(これは少々狡いかと)。宮沢賢治の研究テーマからの示唆を添えながら、持続性のある農業、日本の農業を礼賛するような形で話を締めていきます。

黒々とした土の向こうに延びる、嬬恋村のキャベツ畑。

営々と繰り返される火山性の黒ボク土を土壌改良する先に生まれた、我々の生きる糧、食生活を支えてくれる農地としての土壌。世界を廻ってその現実を目の当たりにした著者は、再びこの地に根を張って、土の声を聴き続ける事を決めたようです。

足元に広がる土壌の不思議さとその貴重な土壌を糧に我々が生きている事を教えてくれる(ちょっと厚かましさ込みで)一冊。アスファルトが途切れた先で少し足元に目を向けてみると、もう一つの知らない宇宙がそこに広がっているようです。

 

 

今月の読本「ライチョウを絶滅から守る!」(中村浩志・小林篤 しなのき書房)もう躊躇は出来ない、第一人者の想いとこれから

今月の読本「ライチョウを絶滅から守る!」(中村浩志・小林篤 しなのき書房)もう躊躇は出来ない、第一人者の想いとこれから

New(2019.10.17):本書の共著者である中村浩志氏(現:財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事)を題材にしたドキュメンタリーが放映されます。以下のリンクから2分ほどのイントロダクションが視聴できます。

放送は10/20(日)6:10から、NHK総合です。

 

<本文此処から>

高山に舞い降りる神の使い、雷鳥。

厳冬の雪山、丸々と膨らんだ可愛らしい姿で白銀の中を歩き、夏場になるとハイマツ越しに登山者が触れられそうな目の前を悠然と往くその姿に魅了される方は数多くいらっしゃるかと思います。一方で、危機的な状況が伝えられるその生息環境と生息数。繰り返し報道される保護活動と相対する高山植物の植生崩壊、更には想定外の天敵に捕食されるシーン。そのいずれの場面にも登場されるライチョウ研究、保護活動の第一人者である著者が、後継者と目される若き研究者と共著と言う形で著された、最新動向を綴る一冊が上梓されました。

今回は「ライチョウを絶滅から守る!」(中村浩志・小林篤 しなのき書房)をご紹介します(版元さんのHP更新が止まっておりますので、リンクはAmazonです)。

前著「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」(農文協)から5年。その間にライチョウを取り巻く環境は大きく変化しましたが、それは著者にとっても同じ。豊富な著作を有する一方で、前著では研究を継承する立場であった著者が、今度は自らの名を冠した研究所を開設し、研究を次世代へと引き継ぐ立場に至った心境を踏まえた著述となっています。

まず、日本におけるライチョウの生活環境や繁殖、日本人の山岳に対する想いとライチョウといった著者にとっての一般論と言える部分は前著をほぼ踏襲していますので、前著を読まれた方にとってはかなりの部分が重複する内容になるかと思います(本書では抜粋に近い形での掲載になります)。

その上で、本書は著者が自らの研究所を立ち上げる直前から、以前にも増して積極的な活動をアピールする形でその成果や自らの活動、各地で展開されている活動に対する想いを述べていきます。しかしながら、そのアピールや提言、実際の活動内容については前著以上にある種の懸念も付き纏います。

日本における自然保護の根底にある、ある種の無謬性への憤り。手つかず、ありのままの姿という名で語られる、無改変であることを尊ぶ見解や抑制的な保護活動に対する強烈な反論。人を恐れないと云われるライチョウの無防備性自体が日本人と自然の関わり方の尊さ、共存の姿を象徴すると述べる一方で、積極的と言う言葉を越えた人為的な強制介入ともいえる現在の保護活動と、最新の研究成果も織り交ぜた一連の域外保全政策に対するフィールド研究者としての現時点ではやや否定的な見解。

ある意味苛烈とも捉えられる論旨が所々に含まれますが、そこまで一線を越えた活動を続けなければ種の滅亡に直面してしまうという、極めて危機的状況にあるという認識を繰り返し述べていきます。

50歳を過ぎてから前任者を引き継ぐ形で始めた著者のライチョウ研究。本意ではなかった研究から更に本意から外れる形で否応なく向き合うことになった現在の保護活動の姿を詳述する本書。既に70歳を過ぎた著者自身が、今度は研究と保護活動を永続化し後進へとバトンタッチする事も念頭に置いた、市民も参加する保護活動の一端を紹介しつつ、著者と同じように本意を曲げて研究、保護活動の道を歩み続ける共著者への強い想いを述べて筆を置いています。

地元出版社から刊行された本作品。長野県下以外の本屋さんで手に取る事は難しいかもしれませんが、報道等で繰り返し伝えられるライチョウ生息環境の急激な変化や、人工繁殖、保護活動の話題に関心がある方。更には、その愛らしいライチョウの姿に魅せられ、ご興味を抱かれた方にも一緒に読んで考えてみて頂きたい一冊。

長期に渡る低地での人工繁殖に一度は断念するも、類似種であるスバールバルライチョウ(写真)の飼育によるステップを経て、再びライチョウの人工繁殖に挑んでいる、大町山岳博物館

本書でも、4世代まで繋ぐ事が出来たその飼育実績を踏まえて、他の施設とは異なる飼育方法、餌の選定で人工繁殖に挑んでいる事が述べられています。

また、動物園関係者や獣医師の知見も踏まえて、フィールド観察から得られた親の盲腸糞を雛が食することによる腸内細菌の増加と感染症への耐性獲得の示唆といった、大町山岳博物館が超える事が出来なかった、継続的な域外保全の鍵となる知見も得られるようになってきています。

多くの方々に関心を持って頂く事で、より一層の保全活動に繋がる事を願って。