今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

安曇野のナチュラリストと称され、豊科町に居を構えた山岳写真家、細密画家。高山蝶の研究でも知られる田淵行男氏は、数多くの著作を残されていますが、その多くが山岳写真や蝶、昆虫類の画集や写真集で占められています。

三十数冊になる著作の中で表題と共にひときわ異彩を放つ一冊、著者唯一のエッセイ集と称される一冊が、この度文庫に収蔵される事になりました。今回は「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)をご紹介します。

本書のあとがきを読んでいくと、その成立には長い紆余曲折とそれこそ一冊の本が書けてしまうくらいの著者が執筆に腰を据えるまでのエピソードが添えられています(この辺りの経緯は、数年前に制作されたNHKのドラマや、同じ版元から刊行された「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」を読んだ方が良いのかもしれません)。

実に戦前から1980年代初頭までに渡る、雑誌に寄稿されたコラムを含む一連の執筆作品を30年近く書き溜めた書き下ろしに追加して再編集したエッセイ集。山小屋でのいびきや山中での河畔の音は顕著に気になると回想するように、やや神経質で完璧主義者で知られた著者らしい、歳月の推移を感じさせない簡潔でかつ、透徹な文体で綺麗に整理、再編成された、著者自らが監修する、山岳、自然観察語録と呼べる一冊に仕上がっています。

こう書いてしまうと、ちょっとお堅い印象を持たれてしまうかもしれませんが、後半は版元さんが今もっとも得意とされている山の怪談・奇談のオンパレード。特に本物の山師たちとの山小屋での一夜の話など背筋どころか首筋まで寒くなりますが、山でしか体験する事が出来ないちょっとユーモラスな内容も綴られていきます。

写真や絵で表現することを旨とする著者による、文章を連ねる事でその想いを表現する本書。山での貴重な経験から始まり、著者の主たるテーマとなる高山蝶と密接な関係にある高山の花や樹木たちを語る前半。浅間山への想いと大雪山の調査行を中軸に置き、後半は前述の怪談・奇談やご本人のごく身近な山での心象と言ったエッセイらしい内容を集めて、一編十数頁で纏められた短文がテーマごとにぎっしりと詰め込まれています。

著者をご存知の方であれば、全編を通して読むという形より、むしろご興味に近い、気に入られたテーマの章をつまみ食い的に読まれる方がより楽しめる編集スタイル。今回の文庫版収蔵に当たり、ページ数の都合(丁度400頁、ジャスト1000円への配慮でしょうか)で残念ながら6編がカットされており、その中には「山とカメラ」が含まれているのは、山岳写真に関する想いを綴る部分があまり多くない本書にとって痛恨ではありますが、より多くの方に著作を手に取って頂くにはやむを得ない処置だったようです(親版の編集者の方が外部の編集者として今回も協力、解説で経緯を述べられています)。

表題にある著者のテーマカラー「黄色いテント」を背負い、山での単独行動を好み、山岳写真を撮りながら、貴重な高山蝶の観察、収集を続けた、日本のナチュラリスト創世記を生きた著者の活動。

偶然に出会ったライチョウ親子の縦列をハイマツの中に追いかけ、アルビノの高山植物を探し求め、行き交う道沿いに連なる木々に名を付け枯れ木となった先まで愛おしく観察する。山中でビバークしながら撮影のチャンスを待つ間も山々の移り変わる姿に目を配り続け、咄嗟の変化から得た機会を物にした大きな充足感に満たされる想い。添えられる写真と無駄のない透き通った筆致で描かれる山を往く姿を綴る文章は、何処までも澄んだトーンに満たされています。

その一方で、噴火中の浅間山火口まで3度も登頂し、山ではザックに入れる程のその山体を模した大きな石を拾っては自宅に持ち帰り、現在では許さない高山蝶を僅かな手続きで採取する一方、ケルンの林立には苦言を呈し、古の静かだった山への懐かしみを込めた筆致。特に執筆当時の登山ブームに辟易する一方で安易な登山者たちへの警句を発し、今でも議論が絶えない高山の絶滅危惧種たちへの接し方やその行動には、現在であれば自制を求められるどころか、社会的な非難を浴びる事は免れない内容も綴られています。流石に刊行年が1985年と自然環境保護や登山の安全性を強く叫ばれるようになった頃であり、著者は文中でその蛮行を反省する記述を添える一方、自然環境への眼差しまでも曲げるつもりは無い事をはっきりと述べていきます。

既に著者の時代でも減少が著しかった高山植物やその植物たちや木々を生活の糧とする高山蝶。その一方で容易に餌を得る事が出来る登山者たちの残飯を執拗に狙い続ける大雪山のヒグマとテントに襲来する鳥達、シマリス。一度餌を与えると小屋の中まで侵入してくるキタキツネ。著者からの手渡しで容易に餌を採る北岳のイワヒバリ。

静かな山の姿を独り占めしたいという、先駆者としてのちょっとした我儘心も見え隠れする一方、その自然の中に人が踏み入れれば容易に取り込まれていくことを包み隠さず述べる筆致。中盤の一節「コリヤス幻想」とそれに続く著者のベースである北アルプスを離れて大雪山での調査行から沸き起こった想い。そのような姿を全否定してしまう風潮に対して「自然は遠くにあって思うもの」にしてしまってよいのかという、山に抱かれ続けた著者の真摯な想いが述べられていきます。

山中に往く事を良しとし、抱かれつつ見つめ続けた雄大な姿をカメラで、愛おしく観察を続けた蝶たちを細密な絵筆で捉え続けた著者の眼差しが文章として綴られる一冊。自ら踏破し、山々に抱かれた先で向き合った繊細にして透き通った視点は、自然を愛でつつも常に折り合いを付ける事を求められる現在を生きる我々にとっても変わらない示唆を与え続けてくれます。

著者が終の棲家とした、豊科(現在の安曇野市)にある田淵行男記念館。実は田淵行男賞を受賞した写真家さんの受賞記念展示を見に行くために訪れたのですが、記念館に展示された当時の赤外写真と添えられる透徹な言葉にすっかり圧倒され、魅了されてしまったのが、著者を知る切っ掛けでした。

本書の解説において原著の担当編集を務めた方が絶賛する、生誕100年記念の展示会の為に制作された図録「生誕100年記念 ナチュラリスト・田淵行男の世界」(東京都写真美術館:2005)。展示会が開かれていた地階の展示室真横にある閲覧コーナーで、見学者の足並みが途切れるまで読み耽っていました。

どうしても欲しくなって購入した手元にあるこの一冊、実は田淵行男記念館で販売されていた最後の一冊です(職員の方から伝えられました)。小雪が舞う中、かなりの後ろめたさを抱えながら帰路に就いた事を今でも思い出す、ちょっとほろ苦い思い出。全く足元にも及びませんが、著者も足繁く通った同じフィールドでカメラを手に取る私にとって、写真が何を伝えるのかという意味を今も語りかけてくる、大切な一冊です。

 

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今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

関東地方に住んでいる人間にとって、子どもの頃からの泥んこ遊びと言えば、赤茶けた関東ローム層に塗れることかもしれませんが、場所が変われば土の色も変わる。地質にご興味がある方であれば、当たり前のように思えるかもしれませんが、その事を本気で追求し始めると、話は人類全体へと飛躍するようです。

今回はそんなテーマを追い求めた研究者が綴る一冊「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)をご紹介します。

本書の著者はちょっと珍しい土壌の研究者。スコップを握りしめて世界の地面を這い回り、その土壌を集め続けてた先に現職(国立研究所の主任研究員)に至っていますが、本書の前半では研究者としての現在に至る経緯を含めて、土壌を採取する為に世界を廻った物語と共に、その地にある代表的な土壌について解説が述べられていきます。

永久凍土より寒々しい親父ギャグ(著者はまだ30代です)がそれこそ蚊柱の如く間断なく襲い掛かる、手軽に読まれる事を念頭に置いた新書ではありますが、過去幾百冊と読んできた中でもこれほどまでに「酷い」文体(きっとギャグの分量だけで50ページ位にはなるのでは)は見た事ないと言い切れる壊れた本文。更には、日本における理系研究者の方が書かれる、自らの研究を題材とした本に典型的に見られる、主題を差し置いて迂遠に呟き続ける自らの生い立ちと研究苦労四方山話の数々。これがまた本文いっぱいに散りばめられているため(こちらも多分50ページ分くらい)、表題にあるテーマが描かれる部分はかなり絞られてしまいます(でも、この二つが無かったら新書としての体裁も整わなかったかも)。

五月蠅い程の余談の猛攻に読書意欲が度々折れそうになってしまいますが、それらを蹴り飛ばしながら読み進めた先にある、本来のテーマに込められた内容は実に興味深く、要所では読者の好奇心を巧く引き止める筆致に溢れていることが判ります。

土壌という意味の説明から始まる本書ですが、メインは著者自らが世界を廻って実際に集めてきた世界を代表する12種類の土壌の解説と現地での採集シーン。更にはユニークな視点で綴る、その地に暮らす人々の生活。ここで著者は園芸関係の方が読まれる事を念頭に記述を進めているようですが、本書が楽しく読めるのは実は植物や地質、更には地理学にご興味がある方ではないかと思えてきます。

なぜ12種類の土壌が生まれるのか。火星や月の土との比較から土壌が生まれる過程を説明していきますが、そこには大きなポイントが用意されています。地殻からもたらされる、土として供給される母体から土壌として作り出される間に生み出される粘土、媒介する微生物と植物たち。

土そのものがどのように変化して土壌となっていくのかを前述した三つのポイントを踏まえて、地殻の風化から微生物、菌類、植物、そして水が仲介する化学反応として捉える事で、その過程を易しく理解できるように解説してくれます。そして風化を促す地球レベルでの大地の移動と気候の変動。風と水が作り出す肥沃な大地とそれを保持する粘土の生成、植物にとっては諸刃の刃となる、土の元となる地殻からもたらされる金属イオンと引き寄せられるナトリウムイオン。園芸関係にご興味のある方であれば、施肥などを含めて植物がどのようにして土壌と上手く折り合っているのかを理解する上で特に興味深く読む事が出来るはず。一方、私のような樹木、特に「針葉樹」好きにとっては、極地や針葉樹林帯に分布する土壌と樹木の相互関係について、もう一歩説明が欲しかったところでもあります(腐植ですぐ分解される話だけではなく、寒冷地の土壌を作り出す遠大な過程の話もちょっと聞いてみたかったです)。

自らの研究の出発点となる裏山から始まり、極北から赤道付近へと降りていく、温度と水のマトリックスから順序を追って土壌の生成の違いを述べていく事で、気候的な要因を振り出しにその生成過程が変化していく姿を捉えていきます。副題にあるように100億人の人口を養うための土壌を探すことをテーマに据えて辿る12の土壌とその生成要因。前述のように脱線が過ぎるのは事実なのですが、不真面目な本だと軽く見ているとちょっと足元を掬われます。

世界を巡る物語の後半で述べられる、研究のベースに置いた東南アジアの地で、スコップ一本からできる土壌改良で世界を救うという壮大なテーマを掲げた著者の挑戦記。道程は遥か遠くのようですが、その過程では鋭い指摘が繰り出されていきます。著者もその一員として作成に携わった、世界の土壌分布から見た人を養える土壌面積の余りの少なさ、遍在性、その地にしがみ付く様に集住する人類。それ故に土壌改良の母材として表土を深く剥ぎ取られて海外に売られていくウクライナのチェルノーゼムと植民地の再来を思わせる農地の買い占め。農地に適さない事を理由に僅かな表土すら剥ぎ取られ、唯、骨材として売り払われるインドネシアの砂。そしてプレーリー(私の本は第3版ですが図版内の記述が「プレーソー」のままではと…)を覆ったダストボールと大規模集約農業における農地維持の限界。人類が生きていくためには農作物とそれを養う大地、土壌が必要だが、その維持にも開発にも常に有限の土壌を消費し、改質する事のリスクを負っている事を明確に示していきます。著者がマヨネーズ一本を持ち合わせなかったことを悔やんだ、赤茶けた表土が広がる野辺山の大地。

 

世界を廻った土壌の物語は最後に研究のスタートラインである裏山、そして「黒ボク土」から故郷の水田という、モンスーンに包まれ、世界的にも特異な土壌を多く有する日本へと戻ってきます。

霧ヶ峰における野焼きの失火の跡。梅雨を挟んで僅か2ヶ月ほどで此処まで緑が戻ってくるのが日本の環境。本書でも指摘のように、この地は縄文人たちが集住していた頃から火が入れられ、「黒ボク土」を生み出す元となったとも云われています。

 

現職関係者への忖度なのでしょうか、中盤まであれほど猛威を振るっていた筆致はすっかり影を潜め、真摯に現在の日本における農業と土壌について語り出す著者(これは少々狡いかと)。宮沢賢治の研究テーマからの示唆を添えながら、持続性のある農業、日本の農業を礼賛するような形で話を締めていきます。

黒々とした土の向こうに延びる、嬬恋村のキャベツ畑。

営々と繰り返される火山性の黒ボク土を土壌改良する先に生まれた、我々の生きる糧、食生活を支えてくれる農地としての土壌。世界を廻ってその現実を目の当たりにした著者は、再びこの地に根を張って、土の声を聴き続ける事を決めたようです。

足元に広がる土壌の不思議さとその貴重な土壌を糧に我々が生きている事を教えてくれる(ちょっと厚かましさ込みで)一冊。アスファルトが途切れた先で少し足元に目を向けてみると、もう一つの知らない宇宙がそこに広がっているようです。

 

 

今月の読本「鳥瞰図!」(本渡章 140B)一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎と時代を眺望するパノラマ

今月の読本「鳥瞰図!」(本渡章 140B)一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎と時代を眺望するパノラマ

鳥瞰図という言葉をご存知でしょうか。

最近ですと、カーナビの表示モードに「バードビュー」と名付けられたモードがありますが、高いところから地上を俯瞰で表現する描画手法を指して呼ばれます。

類似な物として地下鉄の駅や地下街の立体的な通路案内であったり、都市や住宅団地の街路の案内板にもみられますが、その名称を直接指し示す場合には、バブル期以前の牧歌的な観光地の案内図、駅などに掲げられたちょっと懐かし目の観光案内入りの路線図、観光地を紹介する広告看板にも良く見られた手法が相当するかと思います。

最新の表現手法としても使われる一方、ちょっとノスタルジックな感じも受ける鳥瞰図。日本におけるその成立の推移を綴る一冊をご紹介します。

今回は「鳥瞰図!」(本渡章 140B)のご紹介です。

本書は大阪、中之島のタウン誌「月刊島民」からスピンオフした市民講座「ナカノシマ大学」の講座内容を再編集して一冊の書籍に纏めた物。著者は所謂エディター出身で地図に関する複数の著作を有される方です。本書が主題として掲げる鳥瞰図と、その画法を掲げて大正の広重、超広重と称した一代の鳥瞰図絵師、吉田初三郎をご存知の方であれば、講座、そして刊行の経緯に納得されるかもしれません。

初三郎が世に出るきっかけを掴んだ一枚、後の昭和天皇が皇太子時代に乗車した京阪電車の車内に掲げられた、初三郎が描いた路線案内図。東京に持ち帰って学友に分かちたいという言葉を賜った事が世間に喧伝される事で一躍有名となった、中之島をホームグラウンドとしている現在の京阪電鉄とそのスポンサードを受けるタウン誌。作品を描いた初三郎を紹介するに最も相応しいタッグ(それでも幻の前作制作の経緯は判らなかったと、残念)で、鳥瞰図の誕生からその描かれた姿を綴ります。

短時間で要領良く話す事が求められる講座の内容をベースにした著作。初三郎の物語と鳥瞰図の始祖から成立、現代に至る画法の変化について、コンパクトにテンポよく描かれていきますが、本書では特に二つの視点に着目しています。

一つ目には、所謂遠近法の受容から始まり、最密に都市構造を俯瞰で表現する手法として海外からもたらされた画法と、日本古来からの大和絵の画法の複合形態から初三郎の作品に繋がるダイナミックな鳥瞰図法に繋がる経緯を表現手法として解き明かしていきます。超広重を標榜するに相応しい遠近法を逆用する様なパノラマ感、画面周囲から外れる物(特に路線や道路、地名)を画面の淵にねじ込んで表現してしまうダイナミックなギミック。そして、路線を真っ赤な直線で描き、クライアントの建物はスケールを無視して精細に描き込む一方、その他の風景や町並みは煩雑になるくらいならおざなりにしても構わないと割り切る。理論的表現や言語解釈よりも視覚的な直感性を重んじる日本人がとても好む、主題を強調する一方、それ以外を極力省略して画面を際立たせる浮世絵や現代の漫画、アニメーションに通じる大胆なデフォルメ感。

海外から伝わった技法と日本人が培ってきた画法が交じり合って生まれた鳥瞰図と言う特異な表現手法とそれを編み出した才気煥発する初三郎。地図好きの方にとっても楽しい解説が続きますが、本書が素晴らしい点はその背景を近代の社会史に問いかける点です。

冒頭から述べられる「飛行機の時代」という時代背景から呼び起こされた、空からの眺望がすぐそこまで手に届くようになった、実態感を伴った憧れ。眼下の大地を矢の様に突き進み都市と郊外を結ぶ電車。広がる国土、更には大陸まで伸びる町と街を網の目の様に結ぶ鉄路と航路。地上に繰り広げられる新たな繋がりを描き込むための鳥瞰図。そこに地形を詳細に正確に描く、正確に理解させるための地図の描画手法とは全く異なる、時代背景や社会を描き込むための鳥瞰図の姿を見出していきます。

鮮やかに描かれた鳥瞰図を更に時代を追いながら詳細に観ていくと、大正デモクラシーから躍進する当時の時代背景にもう一つの飛行機の時代、徐々に軍靴が響いてくることが見えてきます。戦争の惨禍の先に鳥瞰図と言う手法自体が萎んでいく中、その悲劇を忘れてはならないと描かれた異色の作品「HIROSHIMA」駆け足気味の本書ですが、初三郎の想いが注ぎ込まれたこの一作に対しては一節を立てて丁寧に紹介されています。

そのルーツが近代の産業化の華ともいえる都市図と博覧会の図録であることを見出した著者は、描かれた内容や鳥瞰図に埋め込まれた企業の広告から(鳥瞰図自体も宣伝媒体)、鳥瞰図を通して時代背景を見出していきます。初三郎が導き出した、時代を空からの視点で大きく包み込むように描き込む鳥瞰図の在り方。その深い関わり合いは、画法を洗練されながら近年まで活躍された大阪万博の鳥瞰図(大阪万博メモリーズ)を描いた石原正氏から、息づく街の姿を等角投影を用いて細密に、実態感を込めて描き込んでいく青山大介さんの作品へと受け継がれているようです。

その時代にしか描けない、時代の視点を地図として描き込んでいく鳥瞰図の世界。江戸時代から現代まで、豊富に掲載された作品たちが描くパノラマだけが魅せてくれる眺望感の中に、どんな時代の風景が見えるでしょうか。

本書のメインテーマとなる鳥瞰図絵師、吉田初三郎。本作は前述のとおり著述自体が大坂をベースにしているため紹介される内容も比較的関西寄りとなっていますが、初三郎自身は全国を廻って膨大な作品(1600点を越えると)を残したことで知られています。

中でも急速な近代化と観光開発が進められた信州、長野県は当時盛んだった養蚕業、観光地開発をセットにした鉄道のPRのために多くの鳥瞰図が作成され、その一部が長野県立歴史館に常設のアーカイブとして収蔵されています。

初三郎の名品でもある、東洋一の絹の街、シルク岡谷の繁栄を今に伝える「岡谷市鳥瞰図」とライバルの金子常光が描いた「諏訪湖大観」の競演を始め、製本される紙質にまで拘って信州のパノラマ地図を網羅した、鉄道関連にも造詣が深い、地元信濃毎日新聞社の内山郁夫さんが本編を執筆した「信州観光パノラマ絵図」と、同アーカイブを中心とした作品群を展示した、長野県立歴史館で平成23年に開催された企画展「観光地の描き方」図録から、長野電鉄に招聘された際に撮影された、志賀高原方面で取材中の吉田初三郎の写真(長野電鉄所蔵)。この図録は博物館らしく非常に美しい仕上がりで、当時のままに眩しい程に鮮やかな色彩で描かれる鳥瞰図たちを見る事が出来ます。なお本図録には、先ごろ「草津温泉の社会史」を上梓された、近現代の観光地の歴史にも詳しい、群馬大学の関戸明子先生が「吉田初三郎の鳥瞰図に描かれた信州の温泉」と題して、当館が所蔵する横4mにも及ぶ初三郎直筆の大作「長野県之温泉と名勝」原画制作の経緯と読み解きの解説文を寄稿されています。

今月の読本「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)これからも此処で。ライターから場外に飛び込んだ「しゃけこさん」が受け継いだ、商うこと、集う場所への想い

今月の読本「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)これからも此処で。ライターから場外に飛び込んだ「しゃけこさん」が受け継いだ、商うこと、集う場所への想い

New!(2018.10.21) : 本作の著者、佐藤友美子さんが10/20のTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」にゲストとして登場されたようです(いきなりカウントが跳ね上がったので驚きました)。只今、放送内容全文を閲覧する事が出来ます。こちらからアクセス。

 

<本編此処から>

いよいよカウントダウンが始まった築地市場の豊洲移転。

でも、豊洲に移るのは魚市場だけで、その周囲に広がる「築地場外」と称される海産物やそれを扱う人々が使う道具、空きっ腹を癒す食事を提供する店が立ち並ぶ一角は、新たに開設された仲卸が集積するビルと共に築地に残る事になっています。

魚市場の移転が大々的に取り上げられ、数々の関連書籍が刊行される中、ちょっと異色な「場外」を舞台にしたエッセイ。単なる魚河岸物語であればもう何冊も読んでいるので手を出さなかったはずですが、著者の横に吊るされたその姿に釘付けとなって手に取って読み始めると、実に面白い一冊。

今回は「築地-鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと」(佐藤友美子 いそっぷ社)をご紹介します。

著者は築地場外で鮭屋を営む女主人。でもその経歴はちょっと異色です。ライター家業に行き詰った先に偶然訪れた年末の築地場外。そこで買い物をしようとした鮭屋の忙しそうな様子に思わずアルバイトを申し出た著者は、その後30年の時を経て、代を継ぎ店の主として商売を切り盛りするようになっていました。時折見かける魚河岸のおかみといった経歴ではなく、店を委ねられた先代の女主人から5年前に入れ替わりで切り盛りを任された小僧上がりの著者。

本書の魅力は、雇われ小僧としての好奇心から覗く魚市場、場外の姿と、現在の商い人として生きる場となる場外、そして糧を与えてくれる鮭への想いの双方が等しく描かれる点。

賄のために歩き回った市場内で見聞きした事、美味しい魚の食べ方。時にあしらわれながらも多くの市場の人々から手ほどきを受けた扱い方のいろはを、そのまま自分の仕事の肥やしとしてしっかりと実に付けていく過程を、自らを振り返りながら綴っていきます。男社会の中でもしっかりと財布の紐を握りしめて帳場のど真ん中で店を切り盛りするおかみさん達に憧れ、魚の知識の無さを懇々と諭されたりもしますが、年月を経て今度は教える側の立場に立ち、市場の歴史を綴る事にもなります。遂には雲上の存在ともいえる生き字引と言うべき往年の旦那衆に話を聞きに行く事になりますが、その際にはライターとしての取材力が遺憾なく発揮されます(ちょっと失敗も込みで)。

ここまでですと普通の魚河岸繁盛物語。しかしながら本書が素晴らしいのは、後半から自らの商売である鮭のことを語り、更にはなかなか語られる事が少ない「場外」の歴史を教えてくれる点です。

東日本大震災を契機に、その扱う商材が送り出されてくる場所への想いからボランティアで被災地に通い始めた著者。その後、各地の鮭を扱う地元へ足を延ばし、普段は電話で、時には市場で顔を合わせる商いの源を届けてくれる漁師達、鮭ならではの美味しさを膨らませる加工を施してくれる人々の元へと足を運んでいきます。表紙で著者の横に吊るされた見事な枯れ方をした南部鼻曲り、震災を乗り越えてその干物を作ってくれる人々にまた商売が支えられている事を実感していきます。

そして、自らが日々商売を行う築地場外に秘められた意外な歴史。既に殆どが鬼籍に入ってしまった開設当初の事を知る方々から聞き取った話と、今は店の奥でどっしりと構える最盛期を知る親父さん、お母さんたちの話を聞きながら、この場所が佃の衆から始まり、日本橋だけではなく、全国から商いのチャンスを狙って集まってきた人々が築き上げた、皆が集う場所であることを再確認していきます。

最後に綴られる、大きな屋台骨である魚市場本体が豊洲に移った先の大きな心配。でも暖簾を受け継ぎ商い人となった著者は商売は戦いだと自らを奮い立たせて今日もシャッターを開けに店に向かいます。

ふらっと寄りかかったその場所で、送り出す人とそれを調理し、食す人の仲立ちとなる矜持を持つようになった30年の歳月の断片に、市場そして場外の歴史と自らの商売、商材への想いを込めて述べるエッセイ。きっと大丈夫、そこに人が集う限り、明日も商売は続く。

著者の手によるカラー写真も豊富に掲載された、築地市場、そしてこれからも残る築地場外、鮭の産地の姿を収めたガイドブックとしても楽しめる一冊。

本書に描かれる、市場、そして場外の歴史的な経緯、大旦那の方々への取材。その執筆には築地をテーマにしたテレビや雑誌、書籍等で頻繁に登場される、大物業会の職員であり、元博物館職員と言う著者と双璧を成す異色の経歴を持つ、築地での普及活動でタッグを組む冨岡一成氏の協力に大きく負っています。魚や市場の知識では師匠筋でも、本書では「しゃけこさん」こと著者には、その容貌からか度々「メカジキ君」と呼ばれ親しまれています。

今月の読本「フォッサマグナ」(藤岡換太郎 講談社ブルーバックス)深海から挑む列島を分断する大断面の謎

今月の読本「フォッサマグナ」(藤岡換太郎 講談社ブルーバックス)深海から挑む列島を分断する大断面の謎

 

New!(2018.10.30)

New!(2018.9.21)

本書の内容とも極めて関連する、フォッサマグナの北西端に位置する、糸魚川-静岡構造線の糸魚川地域の地質図の更新が完了。その結果、構造線の北端はその後の時代に作られた断層によって横切られており、プレート運動による境界ではない(北端部だけですが)と否定される検証結果が示されました。

-引用ここから-

近年、糸魚川-静岡構造線と日本海東縁の変動帯をつなげた地域をユーラシアプレートと北アメリカプレートの収束境界とする例が多いが、今回の調査により、最北部の糸魚川-静岡構造線は直交する新しい断層群によって寸断されてその活動は終了しており、構造線の両側の地域が一体化して隆起していることが明らかになった。このことから、糸魚川-静岡構造線の最北部はトランスフォーム断層や衝突境界ではない。つまり「白馬岳」、「小滝」、「糸魚川」地域の糸魚川-静岡構造線は、プレート境界ではないことが明らかになった。

-引用ここまで-

詳細な解説が図入りで示されていますので、ご興味のある方は本書と併せて、是非ご覧頂ければと思います。

 

<本文此処から>

私が居住する八ヶ岳南麓、その西方には長大な山脈が壁の様に長々と山裾を伸ばしていきます。

明治の初め、平沢峠に立ったナウマンが眼前に聳え立つその姿から思い至った、巨大な地溝帯フォッサマグナの西壁。

今やすっかり用語として普通に使われるようになった活断層とは違う。中央構造線や糸魚川-静岡構造線とも違う。学生時代の授業では当たり前のように使われる用語にも拘らず、ちゃんと説明できる方は、実はかなり少ないのではないでしょうか。

列島の真ん中にドカンと居座り、日本の中枢、東京首都圏の過半がその範疇にありながらもその姿が今一歩判りにくい、フォッサマグナとその成立の解説に敢えて入門書として挑んだ一冊のご紹介です。

フォッサマグナ」(藤岡換太郎 講談社ブルーバックス)のご紹介です。

本書の著者、藤岡換太郎先生はブルーバックスだけでも既に4冊もの著作を有されている方。同新書の地学シリーズ著者としてはお馴染みの存在です。専門は地球科学としていますが、どちらかと言うとJAMSTECに所属されていた際の深海探査や海溝の研究など、海洋の地殻運動に造詣が深い方と言ったイメージが強いでしょうか。JAMSTECの地元、有隣堂の新書シリーズ、有隣新書にも共著を含む多数の著作を有されています。

手練れの執筆者である著者にしてその執筆に大いなる躊躇を踏む事になったフォッサマグナの解説。地理探偵よろしくと述べた著者は本書でその成立の謎について私論と題した一節を設けて解釈を試みていますが、その過程を「地理屋のいも料理」(ごった煮と言う意味でしょうか)と称し、その特異性への言及に至っては漫画以上に荒唐無稽であると持論を卑下されてしまいます。

表題や帯の通りには答えてくれない内容となる一冊ですが、それでも本書を読むメリットは些かも失われません。それは判っているそぶりをつい見せてしまう「フォッサマグナ」の、何が分っていなくて、何故特別なのかを改めて教えてくれるからです。

フォッサマグナの中央にどかりと居座る八ヶ岳とその北東に今も噴煙を上げて聳える浅間山。二つの火山と、南の海からやって来た伊豆半島に押し上げられた先端で美しい裾野を広げる富士山と東に控える広大な箱根から噴火した膨大な噴出物。更には南から一緒に連れてこられた丹沢山塊によって、フォッサマグナが覆い被されてしまっている事はよく知られているかと思います。ではそれがどの範囲まで広がっていて、何処まで深く続いているか。更には日本を大きく南北に分かつと謂われる中央構造線はフォッサマグナの西の淵である糸魚川-静岡構造線に収斂するのかそれとも何処かに繋がっているのか。果たして本当に日本列島は二つに分かれていたのか。

東西、南北で異なる地質や成立過程など判っている部分と、なぜ判らない部分があるのかもはっきりと書かれており、人類どころか生物達の年代スケールを遥かに超越する運動の推移を追求する地球物理学、地質学の難しさが実感できるかと思います(それにしても僅か10年で現在でも通用する本州以南の地質図を作り上げてしまったナウマンの強靭な健脚と仕事の早さ)。そして、ナウマンが生きた時代にはまだ荒唐無稽どころか空想の範疇であったプレートテクトニクスによるフォッサマグナの解釈。世界の深海を制覇した著者ならではの視点で、房総沖の深海に密かに眠る世界唯一の海溝三重点こそがそのカギを握るとの認識を添えて、フォッサマグナ成立の謎について著者の説(いも料理)が供せられていきます。

その地に住んでいながら、なかなかに理解しにくい地理のテーマについて、ナウマンがその発想に至った地、平沢峠を振り出しに地球スケールまで広げながら丁寧な解説を加えていく本書。

フォッサマグナの成因は依然として闇の中なのですが、著者がその理由として(確信の一つとして)採り上げたホットリージョンとスーパープルームについてやっと満足できる(私の至らない知識ベースではちんぷんかんぷんだったのです)解説を読む事が出来た点だけでも大満足だった一冊。更にサービス精神旺盛な著者は、日本の東西であらゆる物事が違う理由はフォッサマグナが原因なのかという小ネタの類にまで答えてくれます(文化地質学という分野、知りませんでした)。

壁のように聳える南アルプスの山々。

膨大な力が押しあい、沈み込む中で作り出され、今も作り続けられる自然の驚異を日常の一片とする我々の生活する大地の下にどんな謎が潜んでいるのか。その大いなる恩恵に浴しながら、何時起きるか判らない災厄とも隣り合わせに暮らしている。時にその源にも意識を向けてみるのも良いかもしれません。

有隣新書は大好きで何冊も持っているのですが、手元にあった著者の最新刊からと、フォッサマグナを知るためには是非訪れて欲しい、糸魚川のフォッサマグナミュージアムで購入出来るガイドブック(内容はやや古いです)。図版などは本書でも引用されています。

お時間のある方でしたら、フォッサマグナの縁を添って形作られた糸魚川-静岡構造線、その特徴を表す「露頭」を探して旅をしてみるのは如何でしょうか。本書でもコラムで取り上げられている各地のジオパークを繋ぐように南北に連なるその姿を地上に表す露頭。動き続ける大地の鼓動が身近に手に取れる場所です。

今月の読本「草津温泉の社会史」(関戸明子 青弓社)陰湿漂う湯治場から泉質主義の湯の里へ。東の大関が張り続ける日本近代リゾート史の縮図

今月の読本「草津温泉の社会史」(関戸明子 青弓社)陰湿漂う湯治場から泉質主義の湯の里へ。東の大関が張り続ける日本近代リゾート史の縮図

いつもお世話になっている本屋さん、それほど規模が大きなわけではありませんが、人文系でも部数が望めないちょっと珍しい本が書棚に並んでいたりします。

暫し書棚を眺めていて思わず手に取った一冊。先月、長野県立歴史館で入手した、ずっと欲しかった信州の観光地を紹介した絵図をテーマにした企画展の図録に寄稿されていた研究者の方が出された、実に興味深い最新著作に巡り合う事が出来ました。

今月の読本「草津温泉の社会史」(関戸明子 青弓社)をご紹介します。

西の有馬に東の草津。歴史と伝統に彩られる草津温泉は、江戸時代から現在まで、東日本における温泉地の筆頭として高名を誇ってきました。

しかしながら保養地や観光地、リゾートとしてナンバーワンの存在かと言えば実際にはかなりマイナーな存在。東京から直接行き着ける鉄道もなく、新幹線や高速道路からも遠く離れ、抜群に風光明媚と言う訳でもないその地がなぜ長く名声を轟かせ続けるのかを、地元群馬大学で歴史地理学を専攻する著者がこれまでの研究の集大成として送り出した一冊です。

今年の冬に突如として噴火を始めた、草津温泉の源泉となる草津白根山(本白根山)の火山、温泉学的な解説は、同じ大学、学部の早川由紀夫先生などの研究成果を援用して冒頭に一章を立てて概要を述べていますが、著者は人文系の研究者の為、これらの説明はあくまでも本編の補足に過ぎません(あとがきにも、今回の噴火を受けて、入稿済みの原稿に急遽コラムとして挿入したと述べています)。

本書は著者の得意とする、どちらかと言うと地理学的な分析を通じた草津温泉の近現代史を述べていきますが、本書は敢えて社会史とう題名を掲げています。これは草津と言う山間の小さな町が、近現代の社会構造の中で極めて特異な位置付けを持っている事を示すものです。

明治以降繰り返された市町村の合併、実は草津町は一度合併した村を明治時代のうちに改めて切り離し、温泉地域のみで構成される町として分離、縮小されたもの。それ以降、現在まで単独の自治体として存在してきています。町全体が温泉に依存し、温泉自体も町が実質的に所有する(これを合有と称する)、しかも歴代町長の多くは有力温泉宿の主人と言う、草津温泉に依存し、草津温泉の為に存在するという特異でストイックな自治体。このような温泉べったりの町政運営は、町の発展、存亡自体も温泉の顧客動向で左右されるため、その推移を追う事で、更には他の観光地と比較することで日本の近現代におけるあらゆる観光リゾート興亡の縮図を見ることになります。

高い効能を謳う山奥の湯治場、特にらい病や梅毒と言った当時としてはイメージ的にも好ましくない印象を受ける病気を患った人々がすがるように湯治に訪れる場所として、効能の高さからは東の大関として盤石な人気を誇る一方、行楽地としての人気は常に低調であったことを当時の観光案内や人気動向の記録から辿っていきます。不治の病人が奇妙な姿をして肌を爛れさせながら強烈な湯に浸かるという、衰亡する人々が集う地のような暗いイメージを漂わせる湯治場。草津温泉の歩みはそのネガティブな印象からの脱却を積み重ねる歴史であった事を、当時訪れた文人、著名人たちの言葉から拾っていきます。特に大正時代の若山牧水とバブル崩壊直後の赤瀬川原平さん。いずれ劣らぬ優れた観察眼を有する二人が綴る草津温泉、特に湯畑を囲む時間湯を中心に描かれた印象の違いは、草津温泉が何か月も籠る山深い湯治場から徐々に週末に訪れる郊外の歓楽街、そして湯煙漂うレトロで快適な温泉リゾートへと変遷する姿として見事に描写されています。

軽便鉄道、乗合自動車、そして鉄道と道路網の整備に伴い年々身近になる草津温泉ですが、それでも熱海や伊香保のように日帰りで湯を楽しむのは時間的にも今もって難しい場所。ライトなレジャースポットに成り切れない部分が逆に落ち着きのある雰囲気を醸し出し、今はショー的になってしまいましたが、湯治場としての歴史的な繋がりを演出面でも大切にして来た成果が現在の人気を支えていると指摘します。

そして、戦前から営々として続く、町政を挙げての温泉地、リゾートとしての開発。雄大な火山を望む清涼な高原地帯という立地と、ベルツ博士の紹介により世界に喧伝された高い効能を謳う温泉を有する草津。早くから温泉リゾート(所謂ホットスパ)としての開発が期待され、前述の著名人たちも旧態依然とした湯治場のイメージの刷新を望む声を残していますが、ここに草津温泉のもう一つの大きな特徴が現れてきます。その効能の高さ故に強烈な酸性の温泉水を流下させる以外に、温泉街の中を引き回す方法が1970年代まで無かったという点です。

更に、泉質と湯量の多さを誇る草津温泉ですが、現在の湯量が確保できるようになったのは戦後の硫黄鉱山開発の途中で噴出した源泉(万代鉱)から大量に流出した95℃にも達する温泉水を熱交換で供給できるようになってから。それ以前は内湯を引けるのは湯畑の周囲やその下流域、又は湧出量が少ない西の河原や白旗、地蔵等の源泉周辺に限られていた事を、観光地図や当時の絵葉書、更には旅館の分布、規模をGISを用いたmapデータとして示す、専門である地理学の分析手法を駆使して解説を加えていきます。

改築と更新を繰り返しながらも、旧来の湯治場のイメージが色濃く残る湯畑を中心とした狭い入り組んだ路地添いに密集する江戸時代以前から続く中心街。その周囲を取り囲むような形で温泉リゾートやリゾートマンションが林立するようになったのは、スキーブームやバブル期のリゾートブームによる影響もある一方、国内最大規模の10,000L/minという膨大な草津温泉の湯量の約半分を受け持つ、万代鉱を町が買収して源泉として供給を開始したことで初めて成立可能であったことを指摘します。

戦前から続く町政そのものである温泉観光地としての開発とその遅れを挽回する新しい源泉からの豊富な湯量の供給。その先に起こったスキーを軸にしたリゾート開発の多くはとん挫したり、急激なスキー離れ、更には今年の本白根山噴火に伴い、そのシンボルでもあったロープウェイの廃止と言う、決定的なダメージを受けることになってしまいます。一方で、著者はその間の観光客の入れ込みは極端に減少はしておらず、季節変動も徐々に縮小している点を指摘し、特に宿泊率はバブル崩壊後殆ど一定の水準で推移(ここ3年では上昇に転じる)している点を捉えて、温泉観光地としての再生に成功しつつあると、泉質主義のキャッチコピー戦略と、草津の象徴である湯畑周辺の景観改善について近年の施策を解説していきます。

高名ながら陰湿な湯治場から、大衆温泉歓楽地へ。近年の巨大スキーリゾート計画の凋落から復活を果たす、圧倒的な湯量と泉質を誇る歴史漂う湯の里へ華麗なる転身。まさに近代日本のリゾート史を地で行く様な草津温泉の変遷ですが、そこには前述の後ろ暗いイメージを切り離す意図も多分に含む、温泉地に隣接する湯之沢から更に離れた現在の療養園へと強制的に集団で移住、隔離された、多くのらい病(ハンセン病)患者の方々が居たという厳然たる事実もまた述べられていきます。

幾多の荒波を乗り越えながら掴みとった自らのアイデンティティを掲げた結果、14年連続の温泉100選第一位を誇るようになった草津温泉。

その間の変遷を見るのも楽しい豊富な図表、写真を添えながらも学術的な視点を加えて重層的に語る本書。町そのものが温泉と言う特異な位置付けを示すために述べられる議論とその培ってきた景観の推移を読んでいくと、この湯がある限り、今回の噴火もきっと乗り越えられる。そんな想いを抱かせる一冊です。

 

今月の読本「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)物理学史で綴る、数学が描く神の法則と残された摂理への想い

今月の読本「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)物理学史で綴る、数学が描く神の法則と残された摂理への想い

1963年創刊の新書シリーズ、講談社のブルーバックスは、科学が大好きな方にとって、学生時代から常にその何冊かを手元に置き続けたシリーズだと思います。急速な進化を遂げる分野を扱うシリーズのため、扱われる内容も編集方針も大きく変化していく中、デザインを含めて、テーマ選定もリニューアルが頻繁になってきたブルーバックスとしても、ちょっと意外に思われる一冊をご紹介します。

科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎 講談社ブルーバックス)です。

著者の三田一郎先生は学生時代に両親と共にアメリカに居住し、そのままアメリカの大学、研究機関(フェルミ国立加速器研究所に在籍されていた事もあります)を経て、日本の大学での教職に就かれた方。日本でも有数の素粒子物理学者ですが、もう一つの顔として、クリスチャンとして教会の協力助祭(終身助祭)を務められている方でもあります。

本書は、もう一つの顔としての側面、クリスチャンとしての視点からみた、自らの業績にも繋がる、連綿と続く数学と物理学の歴史を人物史として読み解きながら、その発見に至る経緯の中で、彼らがどのように神の存在と向き合っていたのかを描いていきます。同じようなテーマの本は人文書にも何冊かあるかと思いますし、その著者がクリスチャンでる事も珍しくはないかとは思いますが、本書は日本人の物理学者、しかも聖職にある方による一冊と言う点が極めて珍しいかと思います。

ブルーバックスと言うフォーマットを考慮して、科学的視点は充分に盛り込みながらも極力平易に説かれる、コペルニクスから始める物理学の推移を綴っていく本書。日本人には判りにくいクリスチャンとしてのキリスト教の教義について冒頭の一章を割いて解説されますが、この内容から、本書はある重要な視点で貫かれている事が判ります。章末に死海文書の発見と修復の経緯を敢えて採り上げて、聖書の写本に対する異常なまでの正確さから説き起こしていく、信仰心としての神の存在と、その姿が綴られた聖書は、教会という組織や宗教という人が為した存在とは峻別して扱わなければならないという点。これらを渾然と扱ったり、両者を取り違えて扱うと、これまで多く述べられてきた科学者と信仰と言うテーマそのものを読み誤ってしまうという事が、本文中で繰り返し見出されていきます。

聖書に描かれていた内容から出発して自然法則を見出していく中、彼らは決して神の存在やその業を否定はしていません。むしろ、聖書を鵜呑みし、誤った理解に基づいた、人の集まりである教会や宗教者達がその想いを歪めてしまった事を指摘します。ギリシャ哲学による極めて科学的な視点で捉えられていた内容が、ローマ文化による変質と低迷を迎えた先に誤った理解へと導かれてしまったことを、ガリレオ裁判の経緯から明確にしていきます。その先にある、自然法則を神の言葉である数学としての方程式で表していくニュートンと、観測によってその姿を捉えようとしていくケプラー。測定、観測技術の進歩と共に、その事象へと繋がる原理を描く数学と、目の前に捕えた事象を表現するための数学という二つのアプローチが出てきますが、物事の根源へ至る想いは変わりません。其処には彼らの想いの側に常に神の存在が意識され続けた事を示していきます。そして、聖書に描かれた内容と実際との違いに触れる一方で、聖書としての神から与えられた啓示の捉え方が変わっていく、その過程で聖書の説く倫理観自体には何ら変わりはない事を明示していきます。

此処までは古典物理の上でのお話。丁寧に描かれる物理学的な記述も高校卒業程度の理解力で付いていく事が出来ますが、大きな曲がり角であるアインシュタインを扱う章からは、扱われる事象も、そのテーマに挑んだ科学者たちの神に対する認識も大きく変わっていく事になります。神の業ともいうべき、聖書に描かれた数々の説話を一つ一つ乗り越えていく過程から、神の摂理そのものに触れ、更には神の否定へと突き動かされる姿に迫っていく事になります。

この先の内容について、一応、物理学的な事象について理解できなくても読み進められるように配慮はされていますが、極力易しく表現されているにしても、直近のテーマについては第一人者の一人である著者ですら難解なとコメントせざるを得ない領域まで物理学的な議論を進めていく本書。ちょっと敷居が高くなっていく後半、本文は著者の専門でもある素粒子物理学の展開とアインシュタインや彼に続く科学者たちの理論展開と言うテーマに譲って、本書のテーマとなる科学者と神と言う内容はコラム的に取り纏められていきます。中でも本書の白眉と言える、著者の訳による物理学の巨星たちが語る神と物理学が葛藤する相克の断片を綴る「ソルベイ会議の夜」と呼べるであろう妙録と、晩年のディラックの変心。神の業を表現する手法である数学を用いて解き明かした先に、この宇宙における物理法則と言う形でその為し得た全容を描けるというスキームを受容していく姿を採り上げていきます。

ディラックの変心を採り上げた著者の想い。その想いは著者自身が50代に差し掛かってから改めて信仰に立ち返ったと述べている転機に繋がるもの。著者の研究における転機にある、ディラックの反粒子と、反物質に対してほんの僅か多く存在した物質から全てが生まれたとする仮定に対する、その僅かさの中に神の摂理を見出したことへの感慨を述べていきます。本書の帯にはノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生の一言が添えられていますが、著者が信仰への想いを告げた際に小柴先生が応じた懸念に対する回答として綴られた内容とも思える、科学者としての著者が神の差配を感じた瞬間。

歴代の科学者たちの最後に登場する、無神論者として評されるホーキングの態度とその研究成果について、専門家である著者が検証を加えながら(想定される読者が理解できるぎりぎりの範疇で)、過剰なまでの神を否定する思考に対する裏返しとして、強い神の存在への意識があったのではないかと評する、素粒子物理学者、クリスチャンとしての著者。最後に綴る、神の存在が思考停止と盲従を生む源泉であるという議論に対して、自ら学び、理解する事を旨として掲げた科学者として、そのような事は決してありえないと強い否定を述べた上で、むしろ何処までも手の届かない神の存在こそが、謙虚にその摂理を一つ一つ自然現象として解き明かしていく原動力となり得ると記して筆を置きます。

神の言葉である数学を操り、同じく神の啓示である聖書の忠実な注釈者、伝達者である事を願う助祭としての著者が、科学者たちが捉えようとしていた内容と、其処に込められた神の存在への想いとを綴る、少し前のブルーバックスのフォーマットを思わせる、より科学的な読み物としての側面にフォーカスした一冊。

後半を読みこなすのはちょっと大変ですが、優しく丁寧に書かれた宇宙物理学の歴史としても楽しく読める一冊の行間に込めた、著者の神への想いに触れながら夏の夜空に広がる星空に思いを馳せると、科学者達が追い求めたその姿が今までとは違って見えて来るかもしれません。