今月の読本「地質学者ナウマン伝」(矢島道子 朝日新聞出版)スケープゴートに埋もれた近代地質学の立役者が辿った道程

今月の読本「地質学者ナウマン伝」(矢島道子 朝日新聞出版)スケープゴートに埋もれた近代地質学の立役者が辿った道程

最近、「ブラタモリ」が人気になった事で、地理学、地質学への興味が高まっていますが、中でも地質学に関しては、番組に登場される「案内人」を称される方が多く関係する「ジオパーク」の存在も、近年注目を浴びつつあります。

日本で初めてユネスコの世界ジオパークに認定された新潟県の糸魚川ジオパークにある中核施設、フォッサマグナミュージアム。このミュージアムの一画に、あるドイツ人の足跡を記念したコーナーが設けられています。

その名前は考古学や古生物学で語られる事が多い一方、彼が日本に於いて為し得た業績は遥か以前に忘れられ、むしろ「森鴎外が留学中のドイツで論戦を挑んで沈黙させた人物」として、近代文学史の片隅で紹介される事の方が多いかもしれません。

在日僅か10年間で、現在でも通用する北海道を除く本州、九州、四国全域の地質図を作り上げるという驚異的な業績を残した地質学者であり、現在の産業技術総合研究所の前身となる地質調査所を立ち上げ、現代にまで続く東京大学の地質学科初代教授として日本の地質学の水準を当時の国際レベルにまで引き上げた教育者。更には近年議論となっている、モースに先んじてシーボルト(息子の方)と共に大森貝塚を発見したと目され、連年野尻湖で発掘が続くナウマンゾウにその名を残す古生物学者・考古学者、エドムント・ナウマン。

現代に至るまで日本の地質学者、地球物理学者を悩ませ続ける大いなる問題「フォッサマグナ」の提唱者である一方、その業績は黙殺され続け、明治のお雇い外国人一般に付されるネガティブな人物の代表例として扱われる事の多い彼への評価。そのような扱われ方に敢然として否定を掲げた古生物研究者の方が書かれた一冊。

今回は、一般書としてはほぼ初めてとなる彼の評伝「地質学者ナウマン伝」(矢島道子 朝日新聞出版)をご紹介します。

著者の矢島道子先生は古生物研究者である一方、多数の科学史に関する一般書を執筆されている方。中学、高校の教員経験もお持ちで、今回のような一般の読者へ向けた科学者の評伝を書かれるのに最も相応しい方です。但し、著者の専門分野である古生物学や、ナウマンの主な業績となる地質学に関する内容はごくごく触りの部分のみに触れるだけで、本書では人物伝としての内容を綴る事に注力していきます。

冒頭からナウマンへの私的な心象を込めた手紙で始まる本書。女性の著者故でしょうか、恋愛や愛憎といった部分を語る際には一際、著者の私的な思いも織り込まれていきますが、全体としては科学者の評伝として、その生い立ちから没後まで手堅く纏められている本書。その中で著者はある点に於いて一貫した視点に立脚します。

前述のような否定的な捉え方をされるナウマンの言動とその業績について、なぜネガティブな評価をされているのかを当時の事情、背景から説き起こし、現代の視点で再評価を与える事に注力していきます。

彼自身の言動に対して、当時のお雇い外国人一般の認識とそれに対する日本人側からの評価を分別することで、日本と日本人を毛嫌いし、帰国後も与えられた勲功章などに対する不当に低い評価に鬱積しつつ埋没していったという日本人側から見た彼への評価を否定し、彼自身は様々な困難に直面しながら、決して日本と日本人の事を否定的には捉えていなかったことを明確に示していきます。巷間に伝わる鴎外との論戦に対しても、掲載されたドイツの新聞における論調迄を含めて検証し、彼自身は鴎外の挑発的な言動に対しても丁寧に議論に応じていた事を示します。更に、後年になっても教え子との手紙のやり取りが続き、彼らがドイツに訪れた際には歓待し、日本の地質学が長足の進歩を遂げている事を率直に喜んでいた事が記録として残っている点を取り上げます。むしろ、急速に近代化が進む日本と日本人にとって乗り越えるべき相手として、自らが近代化を遂げ、自立を果たした事を示すためのスケープゴート役を担わされてしまっているという心象を文中で強く与えていきます。

冒頭のナウマンへの手紙で著者が述べるように、近代化を遂げつつある日本人に対しての悪役を演じる事となった彼。しかしながら彼自身も当時のお雇い外国人に多く見られた傲慢さを有し、大学出たてで満足な実績もなかった若者にして本国では為し得なかったであろう、当時の日本人から見れば嫌悪感を持つほどの豪華な生活を謳歌していたという事実が、後の非難の根底ある事は否定できません。また、学生を引き連れた現地調査の際にはかなり高圧的な態度を取っていた事も記録には残っており、決して付き合いやすい人物ではなかったようです。そして抜群な業績を残しながらも彼の評価を決定的に悪くしたある事件。当時としては当たり前だったのかもしれませんが、その場に置かれた鞭と拳銃、その後の領事裁判の内容を読んでいくと、彼自身に含む部分が少なからずあった点も見えてきます。

この事件の背景にある、彼の一生をあらゆる意味で左右することになる最初の妻、ゾフィーの存在。大学入学資格を持たない彼がミュンヘン大学へ進み、僅か在学2年で博士号を取得したことも、日本で卓越した業績を上げながらも帰国後に正規の大学の教員として職を得る事が出来なかった事も、もしかしたら大学卒業後すぐに日本で職を得る事を考えた事も…、すべては不釣り合いとも思われる、職人階級に生まれ、専修系の教育課程を経たに過ぎない彼が、現在も顕彰され続けるドイツで初めての蒸気機関車を設計した著名な学者の愛娘である彼女との結婚を成し遂げるために行われた事に対する裏返しとしての結果だったのかもしれません。彼自身がそのことに対して何らの言葉も残していないため本当の所は判らない(著者は敢えて踏み込んだ見解を示していますが)所ですが、彼のその後を大きく決定付ける存在であった事は間違いないようです。

なかなかに難しい人物像を綴る中で同時並行で描かれる彼の活躍。その中でも中核に置かれるのが、最大の業績とも考えられる本州以南の地質図制作の為に全国を調査した足取の追跡。地質学に関する著書でも彼の超人的な働きは特筆すべき内容として採り上げられる事もありますが、実際にどのような足取りを残していたのかは語られる事は少なかったかと思います。本書ではその調査行について、国内に残る史料のみならず、ドイツに赴いて当地で研究をされていた方の協力を得ながら、彼の足取りを復元してきます。

北は函館から南は九州の開聞岳まで、約10年間で各地を廻った記録から彼が作り上げた地質図の作成過程を読み解いていきますが、著者の読み解きを辿っていくと地質学を多少知っている方であれば、ある点に気が付かれるはずです。航空機も自動車もない、未発達な交通網をそれこそ殆どの場合自らの足で踏破し、メモとスケッチのみに記録を頼る必要があった当時の調査。その迅速な成果を支えたのは彼と彼が率いた調査隊の驚くほどの踏破力に基づくわけですが、極めて小規模だった彼らの調査行で闇雲に歩き回ったのではこれらの成果は得られなかったはずです。其処には彼の卓越した「地形を読み取る能力」があった筈、彼の地質学的な抜群のセンスは、残された山体のスケッチや四国における調査行を著者が再現した文章からも把握する事が出来ます。

地形を俯瞰できる場所へまず赴き、山脈や山体を読み取って調査が必要と思われる場所を正確に判断する、地形を読みとる能力。執拗なまでに野帳の記録へ正確さを求め、調査内容を厳密に纏め上げようとする意志の強さ。残されたスケッチの清書からも見て取れる、現代の状況を照らし合わせる事が出来る程の正確な地形描写力。来日前に僅か半年ほどのキャリアしかない筈のフィールド調査の経歴には似つかわしくない、現場に徹した抜群のセンスを持つ地質学者としての横顔が見えてきます。更には地質調査の要として幾度も訪れた、中央構造線(この言葉と想定も彼の発案)が横断し、火山活動の影響を受けていない四国に着目した点は、現代の地質学に於いても極めて妥当な判断と見做せるようです。

フィールドを重んじ、野外観察による実証的な地質学を重んじた彼。尤も、それ故に地質学の研究者としては理論的な裏付けが弱く、やや格が低く見られ続けた事も事実であり、そのギャップが後に日本の地質学から業績が忘れ去られ、帰国後も大学教授としての地位が得られず、実利に適う探鉱会社のエンジニアとして暮らしていく事となったようです。

主たる業績である本州以南の地質図制作のみならず、噴火中の伊豆大島の火口まで赴き調査を行い、調査行の途中では各地の火山の山容をスケッチ、登頂を果たし、御来光を共に望んだ富士講の人々が見せる敬虔な思いに強く胸打たれた富士山では詳細な火口の記録を残した、日本の地質学を開闢する膨大な業績。調査行と共に各地で依頼を受けた探鉱や水文、更には飛砂の解消に対する提言。ナウマンゾウの化石紹介から古生物の化石と年代検討、更にはモースに先んじた大森貝塚の発見や発掘された土器の検討、ライバルと目されたライマンから委ねられた化石の同定と言った古生物学(ナウマンの学位は地質学ではなく、実は古生物学)、考古学の研究、帰国後には人類学に類する検討まで。膨大な業績を残した彼ですが、現在殆ど顧みられない理由として、本国では前述のように大学に籍を得る事が出来なかった点が多分に大きいようですが、日本に於いては近代化の過程に於ける学問の自立化、即ちお雇い外国人への依存から脱却し、日本人の研究者、教員による研究推進への転換点に於いて、敢えて黙殺するような動きがあったのではないかと著者は推測していきます。特に、実質的に彼が地質学の講座を立ち上げた東京大学(著者にとっても母校)に於いては、その業績や史料が封じられているのではないかという認識を滲ませます。

日本に於いても、母国ドイツに於いても顧みられることが少ない彼の業績。しかしながら、彼の残した大きな問題は未だに日本の地質学者が越えられない大きな壁となって立ちはだかっています。

プレートテクトニクスという概念が生まれる前に導き出した、真っ二つに割れて曲がった日本列島の真ん中を貫通する奇妙な地形、その只中に聳え立つ富士山と北へと連なる八ヶ岳、浅間山、そして草津白根山の雄大な景色と、眼前を遮る壁のように南北に聳える南アルプスの山並。彼を魅了してやまなかった秩父の渓谷に横たわる地形の妙。フォッサマグナという彼の残した置き土産は、その業績がどんなに埋もれようとも厳然と彼の後輩達の目の前に立ちはだかっているようです。

その業績が顧みられることが少ない彼の業績を改めて見つめ直す本書。約300ページに渡って綴られる彼の生涯を述べ、現代の血縁者への取材内容までも語る構成はやや散漫気味な部分もありますが、彼が生きた時代の風景を添えて綴られる内容には、人物伝を越えて当時のドイツにおける学術的な背景や、ドイツ人を中心とした日本におけるお雇い外国人たちの生活の一端、彼ら同士の競合する姿も描き出す貴重な一冊。

ハインリヒ・フォン・シーボルト(小シーボルト)と共に、数少ないナウマンの友人として登場するエルヴィン・フォン・ベルツ。本書では宮内省の侍医として紹介されていますが、草津温泉を広く紹介した人物でもあり、当地には記念館も作られています(道の駅に併設)。草津温泉(草津白根山)もまた、ナウマンが調査に訪れ、危険を冒して噴火中の湯釜の温度を計ろうとした場所として、その詳細なスケッチと共に紹介されています。

ナウマンの記念展示室がある、糸魚川のフォッサマグナミュージアムで入手できる、生誕150年を記念して制作された、数少ないナウマンの略歴紹介とフォッサマグナ及び新潟の地質入門書「フォッサマグナってなんだろう」(内容は少し古いです、ニッセイ財団の助成事業)と、昨年に刊行されて以降、ブルーバックスとしては異例の増刷を重ねた事で注目を浴びた、最新の知見と現時点で最も信頼のおける内容で綴られる入門書「フォッサマグナ」(藤岡換太郎)。併せてご紹介しておきます。

今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

八ヶ岳南麓のすぐお隣、長野県の野辺山にある野辺山電波天文台。現在は「国立天文台 野辺山宇宙電波観測所」と呼称しますが、以前は「野辺山宇宙電波観測所、野辺山太陽電波観測所」と二つの名前で呼ばれていました(国道141号線を清里方向から向かうと、野辺山に入ってすぐの場所に案内看板が出ていますが、「野辺山太陽電波観測所」部分は塗りつぶされています。

現在は各大学が共同で利用する施設として太陽観測の機器が運用されていますが、以前は太陽観測の分野でも国内随一の場所でした(現在は、天文台自体も縮小化の道を進んでいます)。

夏場には薄い空気と肌を刺すほどの紫外線の強さ、冬場には極寒の中で満天の星空という、空の近さを身近に感じる事の出来る野辺山ですが、この場所で研究を続けられてきた方が書き下ろした一冊。少々仰々しい表題と写真に少し威圧感すら感じますが、興味深い内容がぎっしりと詰め込まれています。

大洋は地球と人類にどう影響を与えているか

今回は「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)をご紹介します。

毎月大量に刊行される新書の中でもややマイナーな光文社新書さん。テーマの間口も幅広く、硬軟織り交ぜた内容のラインナップとなっているため、テーマを絞った一冊を読みたい私としては手に取りにくい新書シリーズ。それでも、時に驚くようなテーマと著者を取り上げてくるためチェックは欠かせないシリーズでもあります。

今回の本も帯を含めた表紙デザインからイメージされるように、シリーズの中ではかなり硬派と言っていい一冊。著者は現在、国立天文台の本部がある三鷹で太陽観測の統括をされている方です。

内容的には往年の縦書きのブルーバックスと言った雰囲気(読み物重視です)で著者の専門分野である太陽観測、太陽物理学(著者の専門は光学観測ですが内容的は電磁気学が多い)メインで語られていきますが、あとがきにあるように太陽物理学に関する広範な分野、更には表題の様に地球環境を語る部分も相応にありますので、極めて広範囲な内容が綴られていきます。

その中でも著者が力を入れて著述される点は、太陽観測の歴史。オーロラと黒点観測から始まり、現在の宇宙空間で行われている人工衛星による幅広い波長域での観測データによって、11年周期を以て鼓動を続ける太陽を捉える姿が時代と共に変わっていく点をじっくりと説明していきます。

太陽観測の歴史と共に語られる太陽の鼓動。黒点とオーロラ以外、目で直接見る事は出来ない、宇宙空間における磁場と可視光領域以外のダイナミックな動きが写真と共に語られていきますが、如何せんそれらの物理現象は余りにも巨大で身近な現象に置き換えて説明できない内容(解釈自体も依然として議論があると)のため、特に太陽活動の主軸となる磁力線の変化と付随するプロミネンス、コロナに関する部分の説明は慎重に読み進めることになります(それでもちゃんと駆動モデル理解できたか自信ないです)。

そして、太陽活動と我々の生活に密接な関わりがある点。全ての始まりであり、地球上のエネルギーの殆どを支えていると云える太陽の活動は、最近のお話では「宇宙天気予報」の言葉と共に伝えられるように、人類の文明が進化すると共に、無線通信や、電力送電に関して甚大な影響を与える可能性が示唆され、軌道上のデブリ、地球近傍に飛来する隕石の観測と併せて、天文学が社会と密接に関わる分野を生み出している点を指摘します(通信技術を学んだものとしては、電信の障害や送電トラブルが地球を貫く地磁気誘導電流により引き起こされると改めて解説されると、その見えないダイナミックな挙動に感嘆します)。更には、普段の生活からちょっと離れて、太陽風と銀河宇宙線の関係と言った惑星天文学に関するテーマにまで話を広げていきます。

太陽の活動が我々の身近な生活に大きな影響を与える事がある事を示す前半。しかしながら後半で語られる、我々の生活と更に密接に関わるもう一つのテーマ、地球環境と太陽活動のお話になると、少し様子が変わってきます。表題を見て手に取られた読者の方がもっとも気にされるであろう、地球温暖化と太陽活動の関係、更には近年の太陽活動低下に伴い、温暖化の認識とは逆に寒冷化に進んでいるのではないかというごく一部の論調。いずれも太陽活動が密接に関わる内容の筈ですが、著者はそのどちらにも肯定を与える事はありません。

18世紀まで遡る黒点観測、オーロラの観測から続く、長い太陽観測の歴史を改めてひも解きながら、その間の観測データの整合性を述べながら、太陽活動と各種の観測結果間にある程度の相関性は認められることを示しますが、最も地球環境に影響を与えるであろう、太陽自体の光の強さ、即ち可視光領域の光量変化は僅か0.1%程度に過ぎない事をデータから示します。

果たして表題の様に太陽活動が地球環境にどのような影響を与えて来たのか、唯、眩しく輝く「変わらぬ太陽」なのか。

現在も共同研究が続く野辺山の太陽観測施設。

太陽の活動が11年周期で変化する事は既に一般的な知識となっていますが、そのサイクルの繰り返しがどのように変化していくのか。更には、全ての源である一見「変わらぬ太陽」の何が変化すると地球環境に大きな影響を与えるのか。

我々人類が積み重ねた太陽に関する知見は、その活動時間のスケールから云えばほんの僅かな300年ほどしか蓄積が無い一方、その間に太陽活動や宇宙線への理解と応用が進んだ結果、地球環境の変化の記録を数万年単位で追えるようになってきています。更には、他の恒星の活動には太陽の活動の過去、未来を示唆する豊富な知見を伴って、今も星空で瞬いています。

著者が最後に述べるように、科学もまた時間を掛けて知見を蓄積する事で前へと進んでいく。その歴史的な研究の推移と共に、太陽と地球環境、人類の歴史をも綴る一冊。

テーマ故に少し取っ付き難く、多少専門的な知識への理解を要しますが、それ以上に幅広い好奇心に応えてくれる一冊です。

<おまけ>

野辺山宇宙電波観測所特別公開2019パンフレット

今年(2019年)の国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の特別公開は8/24(土)です。

シンポジウムでは太陽観測関連のお話はありませんが、例年、研究施設の解説が実施されます。来年度以降、予算の大幅縮小により常時有人観測体制の解除もささやかれている野辺山天文台。このようなイベントが継続できる可能性も下がってきています。チャンスのある方は是非お越し頂ければと思います。

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

信州の真ん中より少し右下、八ヶ岳の麓に湖面を開く諏訪湖を中心とした一帯は、古から伝わる様々な歴史が今も脈々と息づいている土地です。

中でも最も有名なのは、二つの国宝土偶を擁する核心の地としての縄文文化、そして御柱祭を核に据えた諏訪信仰でしょうか。

いずれも古代から続く歴史ロマンと神秘性を秘めた物語の数々。そんな環境の中でも核心中の核心、諏訪大社の上社前宮と本宮の中間点、高部で幼少から青年時代を過ごした建築家がその故郷の地に建てた一連の建築物、諏訪信仰の伝統を今に伝える神長官守矢史料館と隣接する茶室たち。その姿は佇まいまでも含めて奇妙奇天烈を通り越して、アートなのか少々ふざけた大人の遊戯なのか首を傾げてしまう方もいらっしゃるかと思います。

今回の一冊は、そんな建築群を設計した建築家(建築史家)が敢えて問う、我々が住まう建物に仕掛けられた歴史の妙を教えてくれる一冊です。

増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)のご紹介です。

改めての説明は不要かと思いますが、著者は現在、江戸東京博物館の館長を務められる、ユニークな語りと視点で建築家と言うフィールドを大きく超えた活躍をされている方。専攻である近代日本の建築物調査研究の先に、文化人の密やかな楽しみであった路上観察というジャンルをその著作と活動から私たちのコミュニケーションとしてのテーマへと送り出し、気軽に触れられるまでに押し広められた方です。

軽快な語り口と、時に無邪気さすら感じる筆致を縦横に操る氏の著作には多くのファンがいらっしゃるかと思いますが、本書は筑摩書房から刊行されていた雑誌、その後、大成建設の社内報へと媒体を変えながら綴れられた、氏の専門分野である建築をテーマにした連載記事を纏めてちくま新書として刊行された一冊の文庫収蔵版。実は連載のメインテーマであった(筈の)日本の住宅史というテーマは、今回の文庫収蔵に当たって書き起こされた巻末「日本の住宅の未来はどうなる?」に少し真面目な筆致で纏め込まれているため、帯に書かれた内容を端的にチェックしたい方は、20ページ程の増補部分だけを読まれれば充分なのかもしれません。

しかしながら、本書の真骨頂はやはり本文の筆致。表紙を手掛けられる南伸坊さんのイラストが示すように、如何にもインテリ芸術家肌風の著者が、その姿の通り縄文文化と日本の建築の関係について高い志を以て思索する内容にも見えますが、さにあらず。むしろ、二頭身キャラのような滑稽な土偶のボディとおかっぱ頭のコンビネーションが見せる様に、愉しく痛快に、時に脱線しながら日本建築のポイントを暗側面を含めて鋭く突いていきます(テーマに沿った挿絵も南伸坊さんが1話ごとに描かれるという、何気に超・豪華版です)。

全39話で綴られる、建築に用いられるパーツごとに分けてその成り立ちからなぜそのように使うのと言った素人には判りにくいポイント、更には東西を含む世界の建築との比較を添えながら、日本の建築の特異性と歴史的な一般性の双方を解説していきます。連載の一部が企業の社内報だったという事情もあるかと思いますが、時にちょっと奔放過ぎるかなとも思われる筆捌きも見られる軽快なタッチで綴るその内容。特に著者の学生時代(諏訪清陵高校のOB)の武勇伝は今であれば完璧にアウト!となってしまう内容も含まれますが、自らの失敗談や史料館に使う素材集めで行き着いた、鋳物師屋に住まわれた板金屋さんによる最後の割り板の技、自分の子どもたちとの「家づくり」から考えた、家に住まう事の原点などいったエピソードも巧みに話のテーマに組み込む、著者一流の読者を楽しませる仕掛けがそこかしこに設けられています。

そして、本書の狙いである日本の建築に対する入門としての側面。著者は「マイケンチク学」になってしまったと述べられていますが、その奔放さの先に日本の建築学自体が体系構築の過程にあるという研究者としての認識、さらに日本の建築自体も長い長い歴史的な過程を経て織り込まれた、体系を意識しない体系である点を指摘します。日本の住居に特有の姿、地面から上げられた床を持つ一方、わざわざ土足を脱いでその床に上がり、床の上では履物を用いない居住形態。唯でさえも可居住面積が少ない山がちな狭い国土の筈なのに、歴史上、長々と続く平屋主体の建屋。建屋の構造と逆を行く御柱を始めとする天に届かんとする柱を空に向けて建てようとする意識、深々とした傾斜の草葺きの屋根に土を盛り花を咲かせる特異な屋上構造。

軽妙に綴られる解説を読み進めていくと、縄文の息吹を伝え、太古の信仰を内に秘めた諏訪社の社叢に挟まれる高部で育まれた著者の想いが、思想や歴史面だけではなく、実践としての神長官守矢史料館を始めとした同地に建てられた建築群、著者の建築物に込められたコンセプトの中に、鮮やかにその輪郭として浮かび上がってきます。防寒としての竪穴式住居と掘り込まれた土間と囲炉裏、草葺きの屋根。心地よい風が抜け湿気を払う避暑としての高床式住居に平面性を美しく保つプレーンな床(それ故に近代に入ってからの照明への拘りや収納下手?の原因も)。天と地上の間を覆う膨大な森林の樹冠を貫き、天まで意思を伝えんとする柱がそれを支える。

文化の辺境である極東の島国に蓄積されていった、世界の建物の歴史が辿った残滓たちが形作り、意識の根底で様式となっていった日本の建物。その姿が明治の文明開化と共にどのように「住宅」へと変化していったのかを、近代建築で用いられるパーツを頼りに後半では綴っていきます。著者の専門分野である近代建築史を下敷きに、採り入れられた洋風とそれでも残る床暮らしの奇妙な同居。その先で勃発した戦後民主化と大量な住宅供給を求められた公団住宅(「団地」という言葉の発祥も含めて)成立の途上で奇妙な邂逅を遂げる事になる、LDKの記号に込められた住宅内における中心軸の客間から「ダイニングキッチン」への大胆な移動、家の主の交代を告げる時。著者はその変遷を焚き火を囲む縄文への回帰とほんの少しの揶揄を込めて述べていきます。

研究者の方が執筆する建築学入門と聞くと、間取りや様式、小難しい哲学が延々と述べられるのではないかと身構えてしまいますが、実践を含めて愉快に綴られる本書はそのエッセンスを著者ならではの日本の建築史(マイケンチク学)から伝えながら、氏の作品の本質に迫るきっかけを与えてくれる一冊。

是非この本を手に、八ヶ岳の裾野に広がる縄文遺跡と国宝土偶たちを愛でた後、諏訪大社、そして氏の作品たちに会いに来ませんか。

普段の生活の中で、建築家と建築がどんな想いを語りかけているのか、そんな視点を与えてくれる入口として。

 

今月の読本「黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ 山と溪谷社)絶妙なタッチで描かれた、峰々の天上に披く季節を巡る観察記

今月の読本「黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ 山と溪谷社)絶妙なタッチで描かれた、峰々の天上に披く季節を巡る観察記

久しぶりにとても気持ちの良い一冊に巡り合えました。

ここ数年、一時期の不振を振り払うかのような勢いで新刊を送り出してくる山と溪谷社さん。大ヒットとなった山怪を始めとした「黒本」シリーズに生き物関係や文庫に新書。もちろんメインラインとなる登山に関する書籍を含めて驚くほどラインナップが充実してきています。

本屋さんによってはヤマケイの本だけで小さなコーナーが出来てしまう程の充実ぶりの中、最近は広い読者層に向けた登山や自然に関するエッセイにも力を入れているようですが、その中からちょっと気になった今月の新刊から(今月は更にもう一冊読みたい新刊も)。

黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ)をご紹介します。

著者のやまとけいこさんは美術家にしてイラストレーター。さまざまな出版物のイラストや美術館での展示作品もある方。その一方で、学生時代から山歩きと渓流釣りにのめり込み、美術を手掛けながら世界を廻りたいという夢を叶えるため、その元手を稼ぐ手段として山小屋勤めを見出された方。

根っからの山岳愛好家やアルピニストとはちょっと違う、山を生きる糧とする人々ともまた違う。山と登山、イワナたちが大好きで、それらを自らの生活サイクルの中にすっと組み入れてしまった著者による、黒部川源流の薬師沢にある山小屋を巡る、自らと其処に集う人々を綴る観察記。

通算12シーズン(冬季は閉鎖)に渡る実体験を綴る内容ですが、著者の手による表紙の可愛らしいイラストから察すると、中身もイラスト主体でかなり緩めなのかと思って読み始めたのですが、しっかりとした文体と内容にすっかり魅せられてしまいました。

軽やかでありながら落ち着いた筆致。イラストのイメージそのままに、時折くすっと微笑んでしまう内容も多く綴られていくのですが、山人らしいというのでしょうか、その視線は常に冷静さが保たれており、大きなトラブルも自らの想いを描く際でも殊更に誇張せず、自然に文中に収まっていきます。また、山小屋と言う限られた空間で繰り広げられる内容のため、登場する人物は必然的に限られますが、著者を含めて登場人物個人に視点を当てる事は少なく、あくまでも山小屋での日常シーンの一部として描いていきます。

黒部川源流の川縁に佇む山小屋を主人公にして季節を巡る、其処に集う人々と行き交う登山者たち。登山道、渓流、時にはヘリコプターと、舞台は時折変わりますが、そのいずれもが著者が愛おしく思う、傾きかけて床と机があべこべの向きを向いてしまうような山小屋があればこそ。バスが発着する登山口から片道7時間以上、深山の更に奥を行き交う事を許された限られた人々が集う、遥か峰々の向こうにあるもう一つの世界。

春の小屋開けに向かう富山地方鉄道の車窓から始まり、空が高くなり里より遥かに早く冬の足音が聞こえてくる体育の日の連休明けから始まる小屋閉めと下山の日まで。シーズンを通して彼の地に踏み入れた登山客と迎え入れる天上の住人達の日常風景をワンシーズンのスパンに収めて、朗らかに、しっかりとした足取りで綴っていきます。

シーズンを通して色々なテーマが描かれていきますが、著者は厨房長を名乗る為、一番の関心事は食糧。冬の間に忍び込んでは翌年の小屋開けの為に冬越しさせる貯蔵食料を食い荒らし、やりたい放題を尽くす野生動物たち。小屋を開けた後になると闖入してくるネズミやクマ!更には山小屋のマスコットでもあるヤマネが厨房や布団の上をおろおろと動き回る姿を、楽しくも時に少し厄介そうに綴る(鼠との我慢比べ、ちょっと楽しかったです)。あらゆる物資をヘリコプター輸送に頼る山小屋経営の厳しさと、傷みやすい野菜たちの保存方法や食材の仕込み量に頭を悩ませ、ハイシーズンになると起こるある「現象」に、ほんの少し申し訳なさそうな想いを語る。

また、知っているつもりでも山小屋ならではの生活の不便さやちょっと困った事(トイレやお風呂、お布団や居住空間)について、働いている側の視点で描かれる事は珍しいかもしれません。そして登山者を迎え入れる場所としての山小屋の姿。太郎平小屋を中核とした黒部山中の山小屋の歴史とそれを支え続ける山小屋で働く人々の姿。山小屋が単なる登山客の休養、宿泊施設ではなく、登山と言う人が山を往くバックボーンを支えている事を実感させられるシーンが描かれていきます。更には奥深い山中の山小屋と言う限られた空間故に、代わりを求める事も逃げ出す事も出来ない難しさを含めて、其処に集う人たちとの一期一会を大切にしたいという想いを強く重ねていきます。

黒部源流の山小屋と聞くと険しい渓谷を登り詰めた先、天上に拓かれた小さな宝箱のような別天地というロマンチックなイメージだけに目が行きがちですが、その足元にある山小屋の日常をしっかりと描き込んだ上で、ほんの少しのお休みには人と共に源流を生き抜くイワナ達と戯れ、山を歩く姿に瑞々しい天上の息吹を載せて。

微笑ましさと爽やかな川面を渡る風の様に心地よい読後感を与えてくれた一冊。素敵なイラストと文章たちへ殊更に魅せられたのは、流麗な文章以上に同年代の著者が描き出したその世界に、ほんの少し眩しさを感じているからなのかもしれません。

今月の読本「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)大陸と辺境の格差と制約を人文地理学で積み上げる島嶼学へ

今月の読本「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)大陸と辺境の格差と制約を人文地理学で積み上げる島嶼学へ

大きな本屋さんにぶらりと立ち寄った時、頭の中に常に入れてある数十冊程の読んでみたいと思っていた本を偶然書棚で見かけてしまうと、果たして買ってよいものか少しばかり緊張が走ります。大抵普段は手に取る事が出来ないハードカバーの本、お値段よりも読書時間のやりくりをこの一冊の為に割けるのかと悩み込む事、暫しとなります。

今回もそんな葛藤の中で手に取った一冊。予想通り読みこなすには相応の時間を要する結果となりましたが、テーマである人文地理学と言う世界にほんの少し触れられたように感じた本になりました。

今回ご紹介するのは「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)です。

大学の出版事業で刊行するこの本、現在では島嶼学という区分を用いられる人文地理学の一分野を開拓されたイギリスの地理学者の方が書かれた概説書にして、決定版と評される一冊。内容的にもお値段的にも決して一般向けとは言えない本ですが、その分、表題のテーマについて濃厚に述べられていきます。

著者自身が住まわれている場所自体が「島」であるイギリス。世界の海を制覇した大英帝国の残滓が残り、未だ海外領土(植民地とは言わない)としての島々を多数有していますが、著者自身もそれらの離島を含めて世界中の島嶼、孤島を巡られた(あとがきによると2016年時点で864島)先に綴られた本書。

表紙の写真からトロピカルな南洋の島々のお話が中心かと思われますが、前述のように著者は世界中の離島を廻った方、更には解説文にあるように、数々の離島を擁する北アイルランドで教鞭を執るようになってからこれらのテーマに打ち込むようになった経緯からも判りますように、如何にもと言った南洋の島々の姿だけを描く事を良しとしていません。

人文地理学という言葉の通り、本書では歴史的な推移を踏まえた膨大な知識と経験の蓄積の上に描かれる離島の姿をテーマごとに重層的に積み重ねることで、現在では「島嶼学」と呼称されるようになった、その特異な地勢の輪郭像を定義して描き上げていきます。

結論だけ述べてしまえば、読まれる方が凡そ把握されているように、モノカルチャーである一方、少数の人員で生活に必要なあらゆる要務を担う必要から、行政や事業体を含めて複数の職種に就く事が当たり前となる経済的な自立性と多様性の低さ。輸送面の不利を含めてあらゆる面で高コストな社会基盤構造。競争的な側面が生まれにくい事からその地に生きる人々は常に著者の言う「大陸」からの波濤に対して余りにも脆弱で、一度その波に呑まれてしまい、経済活動の影響下に置かれると、途端に政治的にも脆弱な立場に立たされることを地域性、経済性、そして地政学的な観点から繰り返し指摘します。

世界的な経済活動の中では存在自体が埋没してしまうこれらの離島。特に著者が居住するイギリスの場合、周辺には特異な自治制度を持つ島々や、中米、南洋、更には大西洋の果てまでに海外領土を有しているため、これらの島々の事例を積み重ねてくことで、それぞれの島が自立した経済活動を維持する事が極めて困難であることを示していきます。

もちろん、その中にあるオフショア金融で繁栄する島や低廉な人件費を武器に進出するテレワークといった現代の情報通信の発展がもたらした新たな産業へのアプローチ、比較的恵まれた条件下で教育を始めとする社会基盤からの再構築を目指す、プリンスエドワード島(赤毛のアンですね)の例も示されますが、成立や収益の基盤を「大陸」の経済活動とその競争の中に委ねている点では変わらないと指摘します。

一方で、この書籍にご興味を持たれる方であれば、必ず着目されるであろうクルーズを含めた観光やエコツーリズムに対しても、島の乏しいインフラ基盤(水源、電力、乏しい可住面積自体)を枯渇させ、彼らが望む物品はまた島外から持ち込まれる事を指摘した上で、興業化された「伝統」からの収益を目指さなければならなくなる、経済性に埋没していく事に対して、平穏な暮らしを求める島民たちとの軋轢へのバランスのとり方の難しさも、実際のツアーの姿を示しながら指摘されます。

また、本書はあくまでも「島嶼」をテーマとして多面的な側面をからその姿を描く事を目的としているため、離島自体が抱える経済的、物質的な課題を解決する方策が述べられる訳ではありません。しかしながら、その分析手法を実践として示すために終章に於いて著者が用意した「島嶼学」の検討テーマが、大西洋の絶海の孤島たちである英国海外領土の三つの島。

余りにも有名(この表現、特定の方にと但し書きが必要でしょうか)な、トリスタンダクーニャは成立の過程から居住者の特異な病歴と言った島嶼の孤立性の典型例として本文中で語られますが、検討のメインに据えられるのは、以前はその主島としての役割も果たしていた、セントヘレナ。

昨年2月に最後の郵便船と称されたRMS St Helenaが遂に退役、直後に待望著しかった空港が開設されましたが、本書はそれ以前のケープタウンからの船便か空軍による空路があるアセンション島経由でしか辿り着けない絶海の孤島の姿から、島の自律性と本国との関係を分析する事例として検討を加えていきます。

本国からも遠く離れ、特産となる物産も途絶え(以前は亜麻のモノカルチャーと言う点も離島的だと)経済的な自立も立ち行かない島に対して、著者が指摘する重要な「資産」、それはナポレオン終焉の地であるという歴史的な事実、そして当時の姿を依然として色濃く残すタイムスリップしたかのような街並み。

離島にとって最も大切なもの、それは大陸との経済競争の中を生き抜く先鋭化したプランテーションのような単品種産業でも、隔絶性がもたらす孤独と悲惨さでもない。もちろん国際法の抜け穴を利用したり、大国の意向を呈する事で資金援助を掻き集め続けるという依存でもない。その地に根付いた歴史的な背景の蓄積を如何に大切にアピールしていくかと言う点であると述べていきます。

離島と言う極限の辺境がもたらす姿を人文地理学と言う視点で描き出す本書。実は本文中に繰り返し指摘されるある点に於いて、離島に限らず極めて普遍的な事が述べられている事が判ります。それは、大陸と離島の関係を述べる際に語られる「中央と辺縁」という視点。

経済的にも文化的にも大陸と言う中央から離島と言う辺縁へ傾斜的に波及するものであり、それはたとえ島嶼群であっても主島と属島の間では深刻な格差が生じる点からも厳然たる事実であると指摘されます。その中で、第二次大戦で敗北する以前の日本は唯一例外的に自分たちの範疇で自律的に取り仕切る事が出来たと指摘する、同じ島国であっても大陸との切り離せない関係の中で歴史を刻んできた地に住む著者。

その指摘は地方に在住する私にとっても直視せざるを得ない内容を含んでいます。離島と言う極限の例を用いて、自立した地方などと言う存在は無いことを冷徹に指摘する著者(かのトリスタンダクーニャにしても、経済的自立の根底には日本を含むロブスターの輸出がある点は否定できません)。その上で、地方にとって本当に必要なものは何か(著者は人口と教育であるという、現在の日本が抱える問題と同じ点を明快に指摘します)を考えるきっかけを与えてくれる一冊です。

 

今月の読本「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)住み、使い続ける人に敢えて問う、他が為に生きる名建築

今月の読本「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)住み、使い続ける人に敢えて問う、他が為に生きる名建築

大きな本屋さんを訪れると、普段はあまり手に取らない分野の本が並ぶ書棚も興味本位で廻る事が良くあります。

飛び込みで立ち寄った本屋さんで表紙や背表紙に書かれた題名だけを頼りに手に取る一冊は、時に当てが外れて読むのも苦しくなる時もありますが、お休みの日にじっくりと書棚を眺められる時であれば、中身を確かめて買えるのが本屋さんの嬉しいところ。この一冊も、手に取ってほんの数頁読んだだけでしたが、その魅力が十分に伝わってきて買ってしまった一冊です。

今回は版元さんの系列書店である、松本の丸善で購入した「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)をご紹介します。

この一冊、編者は日本建築学会となっていますが、あとがきにありますように、コラム以外は取材を含めてすべて建築士のいしまるあきこさんが執筆されています。学会の公式誌である「建築雑誌」に4年間に渡って連載された記事をベースに纏められた一冊。学会誌の連載と聞くと小難しい内容にも思えてきますが、オールカラーで綴られた1軒4ページで構成されたインタビューで綴られる内容は、建築に対する知識が全くない方でも十分楽しめる内容です。

冒頭のまえがきにあるように、「名建築とは何か」「未来の人が喜ぶ建築とは何か」を所有者、居住者に問うというテーマで始めた連載記事の取材。しかしながら本書を読んでいくと、そのような質問設定自体が甚だずれていたという事が明白になっていきます。

著者は建築士でもあり有名な中銀カプセルタワーにシェアルームを複数有するほど実際の名建築に対して深い思い入れがあり、実際に所有もされている方。それでも、紹介される建物に関わる方々から発せられる言葉の数々は、著者の想定を遥かに超えていきます(あとがきで述べられる同潤会アパートのエピソードに、その端緒が述べられています)。

自らが考え、作り、使い、住んでいる時点では、例え著名な建築家が設計した建物でも未だ名建築とはいえない。受け継がれ、使い続けられる事で初めて名建築足り得るのだという厳然たる事実。

紹介される方々の中にはもちろん自らが居住されている例もありますが、公共施設、特に庁舎や公立学校の校舎が語られる例で登場するのは、選挙を経て当選した知事や市長。民間アパートや貸しビルの場合には企業の担当者と、偶然からその建物との関りを持つことになった方も多数登場します。

自らの所有物とは言えない立場の方々が述べる一般建物への想いと、自らが育った、使った場所としての住宅建物への想い。著者ほどの造詣の深い方であってもその言葉には全く異なる重みがある事を認識させられる点が、インタビューの記事から濃厚に伝わってきます。

どの建物でも維持管理に極めて骨が折れる事を指摘されていますが、インタビューに応えられた方のいずれもが「名建築だから」維持しているわけではないという点を明確に指摘されます。もちろん、名建築ゆえの無二の雰囲気を有していることが維持されている根底にはあるのですが、もっと根源的な理由を著者はインタビューから引き出していきます。

個人の住宅や建築当時を受け継ぐ組織の担当者であれば、名建築である以上に、その建物を建てた当人の想いに立ち返ることを第一と考え、景観を含めて自らは次の世代に送り伝えていく1ページであると自任される、ある種の義務感がその支えとなっているようにも見受けられます。

その一方で、ビルやアパートのオーナーや運営者であれば、テナントや居住者がその雰囲気を気に入ってくれて途切れることなく入居者が入るから維持が出来る。町全体との調和が取れている事に物件としての価値があるから、維持費が高くてもこつこつと修繕を続けながら維持していく、旧観だけでも維持して内部は改修する。公共施設であれば、居住者の代わりとなる市民がそれで良いという理解を示してくれるから、高額な改修、維持費用を公費から投じる事が出来る。新たに生まれ変わった施設でも、ランドマークとしての価値、ノスタルジーに金銭を投じてくれるユーザーが存在し、彼らが支払う金銭によって維持収益が賄えるから施設として継続できる。

箱根、富士屋ホテル社長のインタビューにある一言。

「お客様は富士屋ホテルの発する何ともいえない家族的な雰囲気を求め、それを買いに来ているのだと思います。」

存在し、使われ続ける事自体が「価値」に変わるという事実を的確に言い表したこの表現に、名建築が生まれる根源を見る想いがします。そこには下世話な表現かもしれませんが、金銭的にも価値を生み出すという、維持する対価と言う直視せざるを得ない事実が備えられている事に。

名建築と呼ばれる建物が生き残っていく根源にある、その建物に住まい、使い続ける方々だから述べられる言葉がふんだんに盛り込まれた本書。あ、古い建物っていい雰囲気だよねという言葉のさらに一歩先にある想いに著者と一緒に触れる、42軒の人と建物の物語です。

<おまけ>

実は本書で紹介されている建物のうち、ある物件で6年間お世話になっていました。紹介される写真から、外観は当時のままですが内装は綺麗に改められて今も使われている事に、少し安堵しながら。当時はバブル全盛期で新しい建屋の建築に追われてろくな補修もされていなかった(屋内は薄汚れて照明は暗く、鋼鉄製の窓枠をゴリゴリ鳴らしながら開閉していたのも懐かしい)これらの建物にもきっと制作者の想いが込められ、それを伝えていく事を使命とされている方々に今も守られている事を改めて確認した次第です。