今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

信州の真ん中より少し右下、八ヶ岳の麓に湖面を開く諏訪湖を中心とした一帯は、古から伝わる様々な歴史が今も脈々と息づいている土地です。

中でも最も有名なのは、二つの国宝土偶を擁する核心の地としての縄文文化、そして御柱祭を核に据えた諏訪信仰でしょうか。

いずれも古代から続く歴史ロマンと神秘性を秘めた物語の数々。そんな環境の中でも核心中の核心、諏訪大社の上社前宮と本宮の中間点、高部で幼少から青年時代を過ごした建築家がその故郷の地に建てた一連の建築物、諏訪信仰の伝統を今に伝える神長官守矢史料館と隣接する茶室たち。その姿は佇まいまでも含めて奇妙奇天烈を通り越して、アートなのか少々ふざけた大人の遊戯なのか首を傾げてしまう方もいらっしゃるかと思います。

今回の一冊は、そんな建築群を設計した建築家(建築史家)が敢えて問う、我々が住まう建物に仕掛けられた歴史の妙を教えてくれる一冊です。

増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)のご紹介です。

改めての説明は不要かと思いますが、著者は現在、江戸東京博物館の館長を務められる、ユニークな語りと視点で建築家と言うフィールドを大きく超えた活躍をされている方。専攻である近代日本の建築物調査研究の先に、文化人の密やかな楽しみであった路上観察というジャンルをその著作と活動から私たちのコミュニケーションとしてのテーマへと送り出し、気軽に触れられるまでに押し広められた方です。

軽快な語り口と、時に無邪気さすら感じる筆致を縦横に操る氏の著作には多くのファンがいらっしゃるかと思いますが、本書は筑摩書房から刊行されていた雑誌、その後、大成建設の社内報へと媒体を変えながら綴れられた、氏の専門分野である建築をテーマにした連載記事を纏めてちくま新書として刊行された一冊の文庫収蔵版。実は連載のメインテーマであった(筈の)日本の住宅史というテーマは、今回の文庫収蔵に当たって書き起こされた巻末「日本の住宅の未来はどうなる?」に少し真面目な筆致で纏め込まれているため、帯に書かれた内容を端的にチェックしたい方は、20ページ程の増補部分だけを読まれれば充分なのかもしれません。

しかしながら、本書の真骨頂はやはり本文の筆致。表紙を手掛けられる南伸坊さんのイラストが示すように、如何にもインテリ芸術家肌風の著者が、その姿の通り縄文文化と日本の建築の関係について高い志を以て思索する内容にも見えますが、さにあらず。むしろ、二頭身キャラのような滑稽な土偶のボディとおかっぱ頭のコンビネーションが見せる様に、愉しく痛快に、時に脱線しながら日本建築のポイントを暗側面を含めて鋭く突いていきます(テーマに沿った挿絵も南伸坊さんが1話ごとに描かれるという、何気に超・豪華版です)。

全39話で綴られる、建築に用いられるパーツごとに分けてその成り立ちからなぜそのように使うのと言った素人には判りにくいポイント、更には東西を含む世界の建築との比較を添えながら、日本の建築の特異性と歴史的な一般性の双方を解説していきます。連載の一部が企業の社内報だったという事情もあるかと思いますが、時にちょっと奔放過ぎるかなとも思われる筆捌きも見られる軽快なタッチで綴るその内容。特に著者の学生時代(諏訪清陵高校のOB)の武勇伝は今であれば完璧にアウト!となってしまう内容も含まれますが、自らの失敗談や史料館に使う素材集めで行き着いた、鋳物師屋に住まわれた板金屋さんによる最後の割り板の技、自分の子どもたちとの「家づくり」から考えた、家に住まう事の原点などいったエピソードも巧みに話のテーマに組み込む、著者一流の読者を楽しませる仕掛けがそこかしこに設けられています。

そして、本書の狙いである日本の建築に対する入門としての側面。著者は「マイケンチク学」になってしまったと述べられていますが、その奔放さの先に日本の建築学自体が体系構築の過程にあるという研究者としての認識、さらに日本の建築自体も長い長い歴史的な過程を経て織り込まれた、体系を意識しない体系である点を指摘します。日本の住居に特有の姿、地面から上げられた床を持つ一方、わざわざ土足を脱いでその床に上がり、床の上では履物を用いない居住形態。唯でさえも可居住面積が少ない山がちな狭い国土の筈なのに、歴史上、長々と続く平屋主体の建屋。建屋の構造と逆を行く御柱を始めとする天に届かんとする柱を空に向けて建てようとする意識、深々とした傾斜の草葺きの屋根に土を盛り花を咲かせる特異な屋上構造。

軽妙に綴られる解説を読み進めていくと、縄文の息吹を伝え、太古の信仰を内に秘めた諏訪社の社叢に挟まれる高部で育まれた著者の想いが、思想や歴史面だけではなく、実践としての神長官守矢史料館を始めとした同地に建てられた建築群、著者の建築物に込められたコンセプトの中に、鮮やかにその輪郭として浮かび上がってきます。防寒としての竪穴式住居と掘り込まれた土間と囲炉裏、草葺きの屋根。心地よい風が抜け湿気を払う避暑としての高床式住居に平面性を美しく保つプレーンな床(それ故に近代に入ってからの照明への拘りや収納下手?の原因も)。天と地上の間を覆う膨大な森林の樹冠を貫き、天まで意思を伝えんとする柱がそれを支える。

文化の辺境である極東の島国に蓄積されていった、世界の建物の歴史が辿った残滓たちが形作り、意識の根底で様式となっていった日本の建物。その姿が明治の文明開化と共にどのように「住宅」へと変化していったのかを、近代建築で用いられるパーツを頼りに後半では綴っていきます。著者の専門分野である近代建築史を下敷きに、採り入れられた洋風とそれでも残る床暮らしの奇妙な同居。その先で勃発した戦後民主化と大量な住宅供給を求められた公団住宅(「団地」という言葉の発祥も含めて)成立の途上で奇妙な邂逅を遂げる事になる、LDKの記号に込められた住宅内における中心軸の客間から「ダイニングキッチン」への大胆な移動、家の主の交代を告げる時。著者はその変遷を焚き火を囲む縄文への回帰とほんの少しの揶揄を込めて述べていきます。

研究者の方が執筆する建築学入門と聞くと、間取りや様式、小難しい哲学が延々と述べられるのではないかと身構えてしまいますが、実践を含めて愉快に綴られる本書はそのエッセンスを著者ならではの日本の建築史(マイケンチク学)から伝えながら、氏の作品の本質に迫るきっかけを与えてくれる一冊。

是非この本を手に、八ヶ岳の裾野に広がる縄文遺跡と国宝土偶たちを愛でた後、諏訪大社、そして氏の作品たちに会いに来ませんか。

普段の生活の中で、建築家と建築がどんな想いを語りかけているのか、そんな視点を与えてくれる入口として。

 

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今月の読本「黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ 山と溪谷社)絶妙なタッチで描かれた、峰々の天上に披く季節を巡る観察記

今月の読本「黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ 山と溪谷社)絶妙なタッチで描かれた、峰々の天上に披く季節を巡る観察記

久しぶりにとても気持ちの良い一冊に巡り合えました。

ここ数年、一時期の不振を振り払うかのような勢いで新刊を送り出してくる山と溪谷社さん。大ヒットとなった山怪を始めとした「黒本」シリーズに生き物関係や文庫に新書。もちろんメインラインとなる登山に関する書籍を含めて驚くほどラインナップが充実してきています。

本屋さんによってはヤマケイの本だけで小さなコーナーが出来てしまう程の充実ぶりの中、最近は広い読者層に向けた登山や自然に関するエッセイにも力を入れているようですが、その中からちょっと気になった今月の新刊から(今月は更にもう一冊読みたい新刊も)。

黒部源流山小屋暮らし」(やまとけいこ)をご紹介します。

著者のやまとけいこさんは美術家にしてイラストレーター。さまざまな出版物のイラストや美術館での展示作品もある方。その一方で、学生時代から山歩きと渓流釣りにのめり込み、美術を手掛けながら世界を廻りたいという夢を叶えるため、その元手を稼ぐ手段として山小屋勤めを見出された方。

根っからの山岳愛好家やアルピニストとはちょっと違う、山を生きる糧とする人々ともまた違う。山と登山、イワナたちが大好きで、それらを自らの生活サイクルの中にすっと組み入れてしまった著者による、黒部川源流の薬師沢にある山小屋を巡る、自らと其処に集う人々を綴る観察記。

通算12シーズン(冬季は閉鎖)に渡る実体験を綴る内容ですが、著者の手による表紙の可愛らしいイラストから察すると、中身もイラスト主体でかなり緩めなのかと思って読み始めたのですが、しっかりとした文体と内容にすっかり魅せられてしまいました。

軽やかでありながら落ち着いた筆致。イラストのイメージそのままに、時折くすっと微笑んでしまう内容も多く綴られていくのですが、山人らしいというのでしょうか、その視線は常に冷静さが保たれており、大きなトラブルも自らの想いを描く際でも殊更に誇張せず、自然に文中に収まっていきます。また、山小屋と言う限られた空間で繰り広げられる内容のため、登場する人物は必然的に限られますが、著者を含めて登場人物個人に視点を当てる事は少なく、あくまでも山小屋での日常シーンの一部として描いていきます。

黒部川源流の川縁に佇む山小屋を主人公にして季節を巡る、其処に集う人々と行き交う登山者たち。登山道、渓流、時にはヘリコプターと、舞台は時折変わりますが、そのいずれもが著者が愛おしく思う、傾きかけて床と机があべこべの向きを向いてしまうような山小屋があればこそ。バスが発着する登山口から片道7時間以上、深山の更に奥を行き交う事を許された限られた人々が集う、遥か峰々の向こうにあるもう一つの世界。

春の小屋開けに向かう富山地方鉄道の車窓から始まり、空が高くなり里より遥かに早く冬の足音が聞こえてくる体育の日の連休明けから始まる小屋閉めと下山の日まで。シーズンを通して彼の地に踏み入れた登山客と迎え入れる天上の住人達の日常風景をワンシーズンのスパンに収めて、朗らかに、しっかりとした足取りで綴っていきます。

シーズンを通して色々なテーマが描かれていきますが、著者は厨房長を名乗る為、一番の関心事は食糧。冬の間に忍び込んでは翌年の小屋開けの為に冬越しさせる貯蔵食料を食い荒らし、やりたい放題を尽くす野生動物たち。小屋を開けた後になると闖入してくるネズミやクマ!更には山小屋のマスコットでもあるヤマネが厨房や布団の上をおろおろと動き回る姿を、楽しくも時に少し厄介そうに綴る(鼠との我慢比べ、ちょっと楽しかったです)。あらゆる物資をヘリコプター輸送に頼る山小屋経営の厳しさと、傷みやすい野菜たちの保存方法や食材の仕込み量に頭を悩ませ、ハイシーズンになると起こるある「現象」に、ほんの少し申し訳なさそうな想いを語る。

また、知っているつもりでも山小屋ならではの生活の不便さやちょっと困った事(トイレやお風呂、お布団や居住空間)について、働いている側の視点で描かれる事は珍しいかもしれません。そして登山者を迎え入れる場所としての山小屋の姿。太郎平小屋を中核とした黒部山中の山小屋の歴史とそれを支え続ける山小屋で働く人々の姿。山小屋が単なる登山客の休養、宿泊施設ではなく、登山と言う人が山を往くバックボーンを支えている事を実感させられるシーンが描かれていきます。更には奥深い山中の山小屋と言う限られた空間故に、代わりを求める事も逃げ出す事も出来ない難しさを含めて、其処に集う人たちとの一期一会を大切にしたいという想いを強く重ねていきます。

黒部源流の山小屋と聞くと険しい渓谷を登り詰めた先、天上に拓かれた小さな宝箱のような別天地というロマンチックなイメージだけに目が行きがちですが、その足元にある山小屋の日常をしっかりと描き込んだ上で、ほんの少しのお休みには人と共に源流を生き抜くイワナ達と戯れ、山を歩く姿に瑞々しい天上の息吹を載せて。

微笑ましさと爽やかな川面を渡る風の様に心地よい読後感を与えてくれた一冊。素敵なイラストと文章たちへ殊更に魅せられたのは、流麗な文章以上に同年代の著者が描き出したその世界に、ほんの少し眩しさを感じているからなのかもしれません。

今月の読本「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)大陸と辺境の格差と制約を人文地理学で積み上げる島嶼学へ

今月の読本「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)大陸と辺境の格差と制約を人文地理学で積み上げる島嶼学へ

大きな本屋さんにぶらりと立ち寄った時、頭の中に常に入れてある数十冊程の読んでみたいと思っていた本を偶然書棚で見かけてしまうと、果たして買ってよいものか少しばかり緊張が走ります。大抵普段は手に取る事が出来ないハードカバーの本、お値段よりも読書時間のやりくりをこの一冊の為に割けるのかと悩み込む事、暫しとなります。

今回もそんな葛藤の中で手に取った一冊。予想通り読みこなすには相応の時間を要する結果となりましたが、テーマである人文地理学と言う世界にほんの少し触れられたように感じた本になりました。

今回ご紹介するのは「島の地理学」(スティーヴン・A・ロイル 中俣均:訳 法政大学出版局)です。

大学の出版事業で刊行するこの本、現在では島嶼学という区分を用いられる人文地理学の一分野を開拓されたイギリスの地理学者の方が書かれた概説書にして、決定版と評される一冊。内容的にもお値段的にも決して一般向けとは言えない本ですが、その分、表題のテーマについて濃厚に述べられていきます。

著者自身が住まわれている場所自体が「島」であるイギリス。世界の海を制覇した大英帝国の残滓が残り、未だ海外領土(植民地とは言わない)としての島々を多数有していますが、著者自身もそれらの離島を含めて世界中の島嶼、孤島を巡られた(あとがきによると2016年時点で864島)先に綴られた本書。

表紙の写真からトロピカルな南洋の島々のお話が中心かと思われますが、前述のように著者は世界中の離島を廻った方、更には解説文にあるように、数々の離島を擁する北アイルランドで教鞭を執るようになってからこれらのテーマに打ち込むようになった経緯からも判りますように、如何にもと言った南洋の島々の姿だけを描く事を良しとしていません。

人文地理学という言葉の通り、本書では歴史的な推移を踏まえた膨大な知識と経験の蓄積の上に描かれる離島の姿をテーマごとに重層的に積み重ねることで、現在では「島嶼学」と呼称されるようになった、その特異な地勢の輪郭像を定義して描き上げていきます。

結論だけ述べてしまえば、読まれる方が凡そ把握されているように、モノカルチャーである一方、少数の人員で生活に必要なあらゆる要務を担う必要から、行政や事業体を含めて複数の職種に就く事が当たり前となる経済的な自立性と多様性の低さ。輸送面の不利を含めてあらゆる面で高コストな社会基盤構造。競争的な側面が生まれにくい事からその地に生きる人々は常に著者の言う「大陸」からの波濤に対して余りにも脆弱で、一度その波に呑まれてしまい、経済活動の影響下に置かれると、途端に政治的にも脆弱な立場に立たされることを地域性、経済性、そして地政学的な観点から繰り返し指摘します。

世界的な経済活動の中では存在自体が埋没してしまうこれらの離島。特に著者が居住するイギリスの場合、周辺には特異な自治制度を持つ島々や、中米、南洋、更には大西洋の果てまでに海外領土を有しているため、これらの島々の事例を積み重ねてくことで、それぞれの島が自立した経済活動を維持する事が極めて困難であることを示していきます。

もちろん、その中にあるオフショア金融で繁栄する島や低廉な人件費を武器に進出するテレワークといった現代の情報通信の発展がもたらした新たな産業へのアプローチ、比較的恵まれた条件下で教育を始めとする社会基盤からの再構築を目指す、プリンスエドワード島(赤毛のアンですね)の例も示されますが、成立や収益の基盤を「大陸」の経済活動とその競争の中に委ねている点では変わらないと指摘します。

一方で、この書籍にご興味を持たれる方であれば、必ず着目されるであろうクルーズを含めた観光やエコツーリズムに対しても、島の乏しいインフラ基盤(水源、電力、乏しい可住面積自体)を枯渇させ、彼らが望む物品はまた島外から持ち込まれる事を指摘した上で、興業化された「伝統」からの収益を目指さなければならなくなる、経済性に埋没していく事に対して、平穏な暮らしを求める島民たちとの軋轢へのバランスのとり方の難しさも、実際のツアーの姿を示しながら指摘されます。

また、本書はあくまでも「島嶼」をテーマとして多面的な側面をからその姿を描く事を目的としているため、離島自体が抱える経済的、物質的な課題を解決する方策が述べられる訳ではありません。しかしながら、その分析手法を実践として示すために終章に於いて著者が用意した「島嶼学」の検討テーマが、大西洋の絶海の孤島たちである英国海外領土の三つの島。

余りにも有名(この表現、特定の方にと但し書きが必要でしょうか)な、トリスタンダクーニャは成立の過程から居住者の特異な病歴と言った島嶼の孤立性の典型例として本文中で語られますが、検討のメインに据えられるのは、以前はその主島としての役割も果たしていた、セントヘレナ。

昨年2月に最後の郵便船と称されたRMS St Helenaが遂に退役、直後に待望著しかった空港が開設されましたが、本書はそれ以前のケープタウンからの船便か空軍による空路があるアセンション島経由でしか辿り着けない絶海の孤島の姿から、島の自律性と本国との関係を分析する事例として検討を加えていきます。

本国からも遠く離れ、特産となる物産も途絶え(以前は亜麻のモノカルチャーと言う点も離島的だと)経済的な自立も立ち行かない島に対して、著者が指摘する重要な「資産」、それはナポレオン終焉の地であるという歴史的な事実、そして当時の姿を依然として色濃く残すタイムスリップしたかのような街並み。

離島にとって最も大切なもの、それは大陸との経済競争の中を生き抜く先鋭化したプランテーションのような単品種産業でも、隔絶性がもたらす孤独と悲惨さでもない。もちろん国際法の抜け穴を利用したり、大国の意向を呈する事で資金援助を掻き集め続けるという依存でもない。その地に根付いた歴史的な背景の蓄積を如何に大切にアピールしていくかと言う点であると述べていきます。

離島と言う極限の辺境がもたらす姿を人文地理学と言う視点で描き出す本書。実は本文中に繰り返し指摘されるある点に於いて、離島に限らず極めて普遍的な事が述べられている事が判ります。それは、大陸と離島の関係を述べる際に語られる「中央と辺縁」という視点。

経済的にも文化的にも大陸と言う中央から離島と言う辺縁へ傾斜的に波及するものであり、それはたとえ島嶼群であっても主島と属島の間では深刻な格差が生じる点からも厳然たる事実であると指摘されます。その中で、第二次大戦で敗北する以前の日本は唯一例外的に自分たちの範疇で自律的に取り仕切る事が出来たと指摘する、同じ島国であっても大陸との切り離せない関係の中で歴史を刻んできた地に住む著者。

その指摘は地方に在住する私にとっても直視せざるを得ない内容を含んでいます。離島と言う極限の例を用いて、自立した地方などと言う存在は無いことを冷徹に指摘する著者(かのトリスタンダクーニャにしても、経済的自立の根底には日本を含むロブスターの輸出がある点は否定できません)。その上で、地方にとって本当に必要なものは何か(著者は人口と教育であるという、現在の日本が抱える問題と同じ点を明快に指摘します)を考えるきっかけを与えてくれる一冊です。

 

今月の読本「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)住み、使い続ける人に敢えて問う、他が為に生きる名建築

今月の読本「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)住み、使い続ける人に敢えて問う、他が為に生きる名建築

大きな本屋さんを訪れると、普段はあまり手に取らない分野の本が並ぶ書棚も興味本位で廻る事が良くあります。

飛び込みで立ち寄った本屋さんで表紙や背表紙に書かれた題名だけを頼りに手に取る一冊は、時に当てが外れて読むのも苦しくなる時もありますが、お休みの日にじっくりと書棚を眺められる時であれば、中身を確かめて買えるのが本屋さんの嬉しいところ。この一冊も、手に取ってほんの数頁読んだだけでしたが、その魅力が十分に伝わってきて買ってしまった一冊です。

今回は版元さんの系列書店である、松本の丸善で購入した「幸せな名建築たち」(日本建築学会:編 丸善出版)をご紹介します。

この一冊、編者は日本建築学会となっていますが、あとがきにありますように、コラム以外は取材を含めてすべて建築士のいしまるあきこさんが執筆されています。学会の公式誌である「建築雑誌」に4年間に渡って連載された記事をベースに纏められた一冊。学会誌の連載と聞くと小難しい内容にも思えてきますが、オールカラーで綴られた1軒4ページで構成されたインタビューで綴られる内容は、建築に対する知識が全くない方でも十分楽しめる内容です。

冒頭のまえがきにあるように、「名建築とは何か」「未来の人が喜ぶ建築とは何か」を所有者、居住者に問うというテーマで始めた連載記事の取材。しかしながら本書を読んでいくと、そのような質問設定自体が甚だずれていたという事が明白になっていきます。

著者は建築士でもあり有名な中銀カプセルタワーにシェアルームを複数有するほど実際の名建築に対して深い思い入れがあり、実際に所有もされている方。それでも、紹介される建物に関わる方々から発せられる言葉の数々は、著者の想定を遥かに超えていきます(あとがきで述べられる同潤会アパートのエピソードに、その端緒が述べられています)。

自らが考え、作り、使い、住んでいる時点では、例え著名な建築家が設計した建物でも未だ名建築とはいえない。受け継がれ、使い続けられる事で初めて名建築足り得るのだという厳然たる事実。

紹介される方々の中にはもちろん自らが居住されている例もありますが、公共施設、特に庁舎や公立学校の校舎が語られる例で登場するのは、選挙を経て当選した知事や市長。民間アパートや貸しビルの場合には企業の担当者と、偶然からその建物との関りを持つことになった方も多数登場します。

自らの所有物とは言えない立場の方々が述べる一般建物への想いと、自らが育った、使った場所としての住宅建物への想い。著者ほどの造詣の深い方であってもその言葉には全く異なる重みがある事を認識させられる点が、インタビューの記事から濃厚に伝わってきます。

どの建物でも維持管理に極めて骨が折れる事を指摘されていますが、インタビューに応えられた方のいずれもが「名建築だから」維持しているわけではないという点を明確に指摘されます。もちろん、名建築ゆえの無二の雰囲気を有していることが維持されている根底にはあるのですが、もっと根源的な理由を著者はインタビューから引き出していきます。

個人の住宅や建築当時を受け継ぐ組織の担当者であれば、名建築である以上に、その建物を建てた当人の想いに立ち返ることを第一と考え、景観を含めて自らは次の世代に送り伝えていく1ページであると自任される、ある種の義務感がその支えとなっているようにも見受けられます。

その一方で、ビルやアパートのオーナーや運営者であれば、テナントや居住者がその雰囲気を気に入ってくれて途切れることなく入居者が入るから維持が出来る。町全体との調和が取れている事に物件としての価値があるから、維持費が高くてもこつこつと修繕を続けながら維持していく、旧観だけでも維持して内部は改修する。公共施設であれば、居住者の代わりとなる市民がそれで良いという理解を示してくれるから、高額な改修、維持費用を公費から投じる事が出来る。新たに生まれ変わった施設でも、ランドマークとしての価値、ノスタルジーに金銭を投じてくれるユーザーが存在し、彼らが支払う金銭によって維持収益が賄えるから施設として継続できる。

箱根、富士屋ホテル社長のインタビューにある一言。

「お客様は富士屋ホテルの発する何ともいえない家族的な雰囲気を求め、それを買いに来ているのだと思います。」

存在し、使われ続ける事自体が「価値」に変わるという事実を的確に言い表したこの表現に、名建築が生まれる根源を見る想いがします。そこには下世話な表現かもしれませんが、金銭的にも価値を生み出すという、維持する対価と言う直視せざるを得ない事実が備えられている事に。

名建築と呼ばれる建物が生き残っていく根源にある、その建物に住まい、使い続ける方々だから述べられる言葉がふんだんに盛り込まれた本書。あ、古い建物っていい雰囲気だよねという言葉のさらに一歩先にある想いに著者と一緒に触れる、42軒の人と建物の物語です。

<おまけ>

実は本書で紹介されている建物のうち、ある物件で6年間お世話になっていました。紹介される写真から、外観は当時のままですが内装は綺麗に改められて今も使われている事に、少し安堵しながら。当時はバブル全盛期で新しい建屋の建築に追われてろくな補修もされていなかった(屋内は薄汚れて照明は暗く、鋼鉄製の窓枠をゴリゴリ鳴らしながら開閉していたのも懐かしい)これらの建物にもきっと制作者の想いが込められ、それを伝えていく事を使命とされている方々に今も守られている事を改めて確認した次第です。

今月の読本「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)暗号と傍受、国家と官僚。岩倉使節が直面した課題は今も海底ケーブルの先に

今月の読本「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)暗号と傍受、国家と官僚。岩倉使節が直面した課題は今も海底ケーブルの先に

インターネットの普及によって、世界中の情報を動画や音声、画像、テキストで簡単にやり取りできるようになって既に20年近くが経過しますが、それ以前の我々は、どんな形で世界とコミュニケーションを取っていたのか、覚えていらっしゃる方は少なくなってしまったかもしれません。

島国であるこの地に住む人々にとって、海の向こうと情報をやり取りするためにはどうしても必要になる「通信」。こちらのリンク先(GISで有名なesriジャパンのサイトです)をご覧頂くと驚くかもしれません。少し前の時代ですと、人工衛星による中継と言うイメージが強かった海外との通信ネットワーク。実は世界中に張り巡らされたこれら海底ケーブルにより殆ど(90%以上)が賄われています。

海の向こうと通信を行うためには必須となる無線通信と海底ケーブル。インターネットが世界を変えると叫ばれて久しいですが、そのインフラとなる海底ケーブルの敷設と運用、国際通信こそが近代日本の歴史を左右したことを力説する一冊の紹介です。

今回は「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)のご紹介です。

本書は副題にあるように明治維新以降直近までの日本における海外との通信網整備の歴史過程を綴りますが、内容は大きく3つに分かれています。

明治の近代化に伴う海外との通信路確保の物語から始まり、戦前の短波通信と無装荷ケーブルへと至る変遷を綴る前半。戦後の占領政策による独自通信網の喪失から高度成長期の海底同軸ケーブルと衛星通信による回線増強、そして光海底ケーブルとインターネットによる爆発的な通信量の増大へと至る後半。メインとなる日本における通信の歴史に挟み込まれる中盤で、本書の白眉となる日米開戦における、所謂対米最終通告の遅れがなぜ生じたのか、数多ある検証に対する著者独自の検討による検証過程の解説が述べられていきます。

著者はこの手の書籍としては珍しい経歴をお持ちの方です。KDDIの前身となる旧KDD(戦後の国策により電電公社と共に設立された、1985年まで実質半官半民で国際電話/通信を専門に扱っていた、国際電信電話株式会社。最近はこのように書かないと判らないですよね)に所属され、学位を取られ、非常勤講師などを務められた後、現在は企業の代表に就かれています。主に広報畑にいらっしゃったのではないかと推察されますが、近現代史や技術系の研究者、企業の技術畑の方とは異なる感触を受ける筆致。そのためでしょうか、本書に技術的な側面での議論を求めるのは酷な話となりますし、通史としての歴史的な著述もかなり限定されます。

代わりに本書で述べられる事、それはビジネス書ライクで国家と通信という施策を綴る視線の背後にある諜報と言う側面を、国策会社出身者らしい行政と交差する視点で描き出していきます。

岩倉使節の訪米に関する電信から始まる冒頭。このエピソードに本書のテーマほぼ全てが集約されています。

サンフランシスコに到着した岩倉使節から送られた到着報。その連絡は大陸を渡り大西洋をケーブルで横断し、ロシアの大地を抜けて僅か1日で上海、そして日本で海底ケーブルが初めて敷設された長崎へと届けられます。30000kmを伝わった英文電報。実は長崎から西郷たちが留守を詰めていた東京に届くまでには何と10日を要するという、絶望的な内外格差を見せつけられることになります。

世界を海底ケーブルで結び始めた電信網。大英帝国が威信を賭けて整備を続けたオール・レッド・ルートに対抗する形で敷設されたグレートノーザンのユーラシア横断ケーブルの末端に、大陸との独占通信権を見返りとして繋げられた日本。既にこの時点から外資による通信利権の掌握が始まります。


この権益維持は変更を加えられながら幾度もの戦争を挟んで何と1969年のルート廃止まで続きます。なおグレートノーザンは近年通信事業から撤退しましたが、今ではヨーロッパの小国であるデンマークが本拠と言う点も非常に興味深いです。本書でも度々登場する、無装荷ケーブル生みの親であり、その後も日本の通信、放送行政に多大な影響を行使した松前重義がデンマークの教育制度を自らが興した大学に用いようとした遠因もこの辺りにあるでしょうか。


条約改正のごたごたに巻き込まれた結果、海外に長く留まる事を余儀なくされた岩倉はその間の経験から電信による圧倒的な情報伝達速度の速さに括目する一方、中継地点での陸揚げ、陸上でも中継、受電の度にその電文から交渉内容を容易に解読されてしまう事を指摘されます。情報漏えいを防ぐ必要に迫られた岩倉は、帰国後に整備された国内の電信網を使う時に自ら暗号表を手元に置きながら西南の役における電信を受け取っていた事を、残された暗号表(何と円盤型、岩倉が慎重に保管し自らくるくる回して電文を読んでいたと想像すると実に興味深いです)の存在から示していきます。

始まりから国益を担う役割を半ば使命としてきた海外との通信事業。その結果、通信自体も行政が担う一方、海外との通信路の開設(ケーブルの引き上げ場所、長波、短波通信の周波数帯割り当て、そして通信権益の配分)では国家を前面に出した交渉となるといきなり帝国主義の激突となるため、緩衝材としての民間通信会社が求められるようになります。特にラジオ放送についてはご承知のように諜報活動の一端を担う一方で会社組織として運営されていた事から、第二次大戦最末期の日米両ラジオ局による奇妙な邂逅、その先にポツダム宣言受諾の探り合いを含ませていた事も紹介していきます。

民間の皮を被って国家と官僚達が剥き出しの国家戦略を繰り広げる国際通信の舞台裏。その事実を象徴する事例として、著者は日米開戦における外務省と在米大使館との秘密電報の授受の過程をアメリカ側が傍受していた膨大な記録と突き合わせて厳密に検証し、その致命的な問題点を見出していきます。

前述のように国家間の通信の場合でも、各国の通信会社が相互で電信をやり取りするため、日米開戦に関する大使館宛の秘密電報も民間通信会社(RCAおよびマッケイ)無線局から緊急指定の場合、昼夜を問わずバイク便で届けられていたという事実にまず驚かされます。その結果、既に暗号を解読していた米軍が無線傍受で文面を把握するより遥かに遅れて大使館側が暗号解読と清書に取り掛かるというギャップを生み出します。更には、これらの電文に対する暗号が破られていた事をうすうす把握、指摘を受けながら、日本が独自に開発した最新鋭の暗号機であることに慢心して暗号のパターンや暗号機のアルゴリズム変更を行わなかった外務省に厳しい目を向けていきます。

情報伝達を他者に委ねざるを得ない実情。伝達に対する時間軸の認識や人為に頼る緊急度の表現判断が甘かった外務省と開戦への危機感が薄く受け入れ体制を緩めてしまった大使館側のミスコミュニケーション。それらをカバーするはずの技術、運用面に対しての無理解と極めて打算的な態度を示した結果、戦後の極東軍事裁判に於いても無通告開戦を行ったと痛烈に非難される、取り返しのつかない高い代償を払わされる結果となったと著者は厳しく指摘します。

著者の官僚達への痛烈な批判意識。それは戦後体制で生まれた国策会社であるKDDの設立から今に至るまで根深く続く、通信行政における間接保有による人事権支配や行政指導と言う名の事実上の指揮権行使に対する深い疑念から生まれて来るようです。本書の後半は、設立からインターネット全盛となってその存在が薄れつつある中にある日本における戦後の通信会社趨勢を辿っていきますが、その大半は郵政官僚と政治家、巨大な権益を有するようになった旧電電公社グループとの駆け引きの歴史が綴られていきます。

私にとっても実体験として過ごしてきた時代が含まれる話。此処でもインテルサットの国際協調と正反対の動きを見せる電電公社の分割民営化や国際通信の外資開放への圧力、更には携帯電話方式への干渉と、通信事業はグローバル化が叫ばれるほどに、国と国の激しい権益争いの表舞台に立つ命運にあるようです。


モトローラ方式と言って、判る方は少ないでしょうか。StarTAC誕生から22年だそうで、本書でも詳しく言及されていますが、エリアも狭くて電池も持たないアナログのStarTACが外圧で東名阪でも使えるようになったので、わざわざデジタル(NTT方式)から機種変更したのも懐かしい。トヨタがアメリカで稼いだお金をIDOの方式が重複する設備投資に投下する事で相殺関係を演出したと。


行政と国家間の権益や更に先鋭化したインターネット時代の諜報における通信と国家の干渉と言う耳を塞ぎたくなる話題が続く後半ですが、その中でKDD出身者として是非添えておきたい話があると云わんばかりに挿入されるエピソード。

海底光ファイバー実用化の先陣を飾り、現在のインターネット興隆の礎を築いたのは、今でも世界的なシェアを占める旧電電ファミリーと呼ばれた企業群の技術開発力と、KDD並びにパートナーシップを結んだ海外通信会社との協業の賜物である事を称賛し、そのインフラ設営の先陣に立った、今でも貴重な通信会社が自社で所有する大型ケーブル敷設船、フラッグシップを務めるKDD丸を少し誇らしく紹介する著者。


現在でもKDDIの子会社である国際ケーブル・シップがKDDIオーシャンリンク(10000tクラスの大型船です)とKDDIパシフィックリンクの2隻を運用、昨年から次世代のフラッグシップを担うKDDIケーブルインフィニティを建造中です。


最後に著者が述べる様に、広大な海洋をケーブルでつなぐ電信から始まった国際通信は既にありきたりなインフラとなり、通信におけるイニシアチブ争奪戦はラスト1マイル(更にはIoTなのでラスト100mですね)へと進んだことで、AT&TやC&Wといった往年の国際通信を担った国策会社達は見る影もなくなり、海外との通信という意識すら希薄となった昨今(ここでNTTが倒れずに生き残っている逆説的な指摘も)。もはや通信会社は「土管」で、その上でサービスを展開する企業たちが主役になったように見えてきますが、本書を読まれる方であればご承知のように、そのサービスを展開する会社達が競って海底ケーブルの敷設に躍起となり共同出資メンバーの筆頭に掲げられるようになった事実が雄弁に伝える事。

それは、著者が本書で繰り返し述べてきたように、インフラを制する者、情報の独占と秘匿性を勝ち得た者こそが、最も有利な展開に持ち込めることが今でも厳然たる事実として生きている事を、海を越えて繋がりを求めて世界に船出をした明治の岩倉達の物語が語っているようです。

 

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

今月の読本「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)澄んだ言葉が響く山に抱かれたナチュラリストの視線

安曇野のナチュラリストと称され、豊科町に居を構えた山岳写真家、細密画家。高山蝶の研究でも知られる田淵行男氏は、数多くの著作を残されていますが、その多くが山岳写真や蝶、昆虫類の画集や写真集で占められています。

三十数冊になる著作の中で表題と共にひときわ異彩を放つ一冊、著者唯一のエッセイ集と称される一冊が、この度文庫に収蔵される事になりました。今回は「黄色いテント」(田淵行男 ヤマケイ文庫)をご紹介します。

本書のあとがきを読んでいくと、その成立には長い紆余曲折とそれこそ一冊の本が書けてしまうくらいの著者が執筆に腰を据えるまでのエピソードが添えられています(この辺りの経緯は、数年前に制作されたNHKのドラマや、同じ版元から刊行された「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」を読んだ方が良いのかもしれません)。

実に戦前から1980年代初頭までに渡る、雑誌に寄稿されたコラムを含む一連の執筆作品を30年近く書き溜めた書き下ろしに追加して再編集したエッセイ集。山小屋でのいびきや山中での河畔の音は顕著に気になると回想するように、やや神経質で完璧主義者で知られた著者らしい、歳月の推移を感じさせない簡潔でかつ、透徹な文体で綺麗に整理、再編成された、著者自らが監修する、山岳、自然観察語録と呼べる一冊に仕上がっています。

こう書いてしまうと、ちょっとお堅い印象を持たれてしまうかもしれませんが、後半は版元さんが今もっとも得意とされている山の怪談・奇談のオンパレード。特に本物の山師たちとの山小屋での一夜の話など背筋どころか首筋まで寒くなりますが、山でしか体験する事が出来ないちょっとユーモラスな内容も綴られていきます。

写真や絵で表現することを旨とする著者による、文章を連ねる事でその想いを表現する本書。山での貴重な経験から始まり、著者の主たるテーマとなる高山蝶と密接な関係にある高山の花や樹木たちを語る前半。浅間山への想いと大雪山の調査行を中軸に置き、後半は前述の怪談・奇談やご本人のごく身近な山での心象と言ったエッセイらしい内容を集めて、一編十数頁で纏められた短文がテーマごとにぎっしりと詰め込まれています。

著者をご存知の方であれば、全編を通して読むという形より、むしろご興味に近い、気に入られたテーマの章をつまみ食い的に読まれる方がより楽しめる編集スタイル。今回の文庫版収蔵に当たり、ページ数の都合(丁度400頁、ジャスト1000円への配慮でしょうか)で残念ながら6編がカットされており、その中には「山とカメラ」が含まれているのは、山岳写真に関する想いを綴る部分があまり多くない本書にとって痛恨ではありますが、より多くの方に著作を手に取って頂くにはやむを得ない処置だったようです(親版の編集者の方が外部の編集者として今回も協力、解説で経緯を述べられています)。

表題にある著者のテーマカラー「黄色いテント」を背負い、山での単独行動を好み、山岳写真を撮りながら、貴重な高山蝶の観察、収集を続けた、日本のナチュラリスト創世記を生きた著者の活動。

偶然に出会ったライチョウ親子の縦列をハイマツの中に追いかけ、アルビノの高山植物を探し求め、行き交う道沿いに連なる木々に名を付け枯れ木となった先まで愛おしく観察する。山中でビバークしながら撮影のチャンスを待つ間も山々の移り変わる姿に目を配り続け、咄嗟の変化から得た機会を物にした大きな充足感に満たされる想い。添えられる写真と無駄のない透き通った筆致で描かれる山を往く姿を綴る文章は、何処までも澄んだトーンに満たされています。

その一方で、噴火中の浅間山火口まで3度も登頂し、山ではザックに入れる程のその山体を模した大きな石を拾っては自宅に持ち帰り、現在では許さない高山蝶を僅かな手続きで採取する一方、ケルンの林立には苦言を呈し、古の静かだった山への懐かしみを込めた筆致。特に執筆当時の登山ブームに辟易する一方で安易な登山者たちへの警句を発し、今でも議論が絶えない高山の絶滅危惧種たちへの接し方やその行動には、現在であれば自制を求められるどころか、社会的な非難を浴びる事は免れない内容も綴られています。流石に刊行年が1985年と自然環境保護や登山の安全性を強く叫ばれるようになった頃であり、著者は文中でその蛮行を反省する記述を添える一方、自然環境への眼差しまでも曲げるつもりは無い事をはっきりと述べていきます。

既に著者の時代でも減少が著しかった高山植物やその植物たちや木々を生活の糧とする高山蝶。その一方で容易に餌を得る事が出来る登山者たちの残飯を執拗に狙い続ける大雪山のヒグマとテントに襲来する鳥達、シマリス。一度餌を与えると小屋の中まで侵入してくるキタキツネ。著者からの手渡しで容易に餌を採る北岳のイワヒバリ。

静かな山の姿を独り占めしたいという、先駆者としてのちょっとした我儘心も見え隠れする一方、その自然の中に人が踏み入れれば容易に取り込まれていくことを包み隠さず述べる筆致。中盤の一節「コリヤス幻想」とそれに続く著者のベースである北アルプスを離れて大雪山での調査行から沸き起こった想い。そのような姿を全否定してしまう風潮に対して「自然は遠くにあって思うもの」にしてしまってよいのかという、山に抱かれ続けた著者の真摯な想いが述べられていきます。

山中に往く事を良しとし、抱かれつつ見つめ続けた雄大な姿をカメラで、愛おしく観察を続けた蝶たちを細密な絵筆で捉え続けた著者の眼差しが文章として綴られる一冊。自ら踏破し、山々に抱かれた先で向き合った繊細にして透き通った視点は、自然を愛でつつも常に折り合いを付ける事を求められる現在を生きる我々にとっても変わらない示唆を与え続けてくれます。

著者が終の棲家とした、豊科(現在の安曇野市)にある田淵行男記念館。実は田淵行男賞を受賞した写真家さんの受賞記念展示を見に行くために訪れたのですが、記念館に展示された当時の赤外写真と添えられる透徹な言葉にすっかり圧倒され、魅了されてしまったのが、著者を知る切っ掛けでした。

本書の解説において原著の担当編集を務めた方が絶賛する、生誕100年記念の展示会の為に制作された図録「生誕100年記念 ナチュラリスト・田淵行男の世界」(東京都写真美術館:2005)。展示会が開かれていた地階の展示室真横にある閲覧コーナーで、見学者の足並みが途切れるまで読み耽っていました。

どうしても欲しくなって購入した手元にあるこの一冊、実は田淵行男記念館で販売されていた最後の一冊です(職員の方から伝えられました)。小雪が舞う中、かなりの後ろめたさを抱えながら帰路に就いた事を今でも思い出す、ちょっとほろ苦い思い出。全く足元にも及びませんが、著者も足繁く通った同じフィールドでカメラを手に取る私にとって、写真が何を伝えるのかという意味を今も語りかけてくる、大切な一冊です。

 

今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

今月の読本「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)粘土と植物を化学と地理学で喋る、世界を巡り人類を支える12の土壌と黒ボク土への想い

関東地方に住んでいる人間にとって、子どもの頃からの泥んこ遊びと言えば、赤茶けた関東ローム層に塗れることかもしれませんが、場所が変われば土の色も変わる。地質にご興味がある方であれば、当たり前のように思えるかもしれませんが、その事を本気で追求し始めると、話は人類全体へと飛躍するようです。

今回はそんなテーマを追い求めた研究者が綴る一冊「土 地球最後のナゾ」(藤井一至 光文社新書)をご紹介します。

本書の著者はちょっと珍しい土壌の研究者。スコップを握りしめて世界の地面を這い回り、その土壌を集め続けた先に現職(国立研究所の主任研究員)に至っていますが、本書の前半では研究者としての現在に至る経緯を含めて、土壌を採取する為に世界を廻った物語と共に、その地にある代表的な土壌について解説が述べられていきます。

永久凍土より寒々しい親父ギャグ(著者はまだ30代です)がそれこそ蚊柱の如く間断なく襲い掛かる、手軽に読まれる事を念頭に置いた新書ではありますが、過去幾百冊と読んできた中でもこれほどまでに「酷い」文体(きっとギャグの分量だけで50ページ位にはなるのでは)は見た事ないと言い切れる壊れた本文。更には、日本における理系研究者の方が書かれる、自らの研究を題材とした本に典型的に見られる、主題を差し置いて迂遠に呟き続ける自らの生い立ちと研究苦労四方山話の数々。これがまた本文いっぱいに散りばめられているため(こちらも多分50ページ分くらい)、表題にあるテーマが描かれる部分はかなり絞られてしまいます(でも、この二つが無かったら新書としての体裁も整わなかったかも)。

五月蠅い程の余談の猛攻に読書意欲が度々折れそうになってしまいますが、それらを蹴り飛ばしながら読み進めた先にある、本来のテーマに込められた内容は実に興味深く、要所では読者の好奇心を巧く引き止める筆致に溢れていることが判ります。

土壌という意味の説明から始まる本書ですが、メインは著者自らが世界を廻って実際に集めてきた世界を代表する12種類の土壌の解説と現地での採集シーン。更にはユニークな視点で綴る、その地に暮らす人々の生活。ここで著者は園芸関係の方が読まれる事を念頭に記述を進めているようですが、本書が楽しく読めるのは実は植物や地質、更には地理学にご興味がある方ではないかと思えてきます。

なぜ12種類の土壌が生まれるのか。火星や月の土との比較から土壌が生まれる過程を説明していきますが、そこには大きなポイントが用意されています。地殻からもたらされる、土として供給される母体から土壌として作り出される間に生み出される粘土、媒介する微生物と植物たち。

土そのものがどのように変化して土壌となっていくのかを前述した三つのポイントを踏まえて、地殻の風化から微生物、菌類、植物、そして水が仲介する化学反応として捉える事で、その過程を易しく理解できるように解説してくれます。そして風化を促す地球レベルでの大地の移動と気候の変動。風と水が作り出す肥沃な大地とそれを保持する粘土の生成、植物にとっては諸刃の刃となる、土の元となる地殻からもたらされる金属イオンと引き寄せられるナトリウムイオン。園芸関係にご興味のある方であれば、施肥などを含めて植物がどのようにして土壌と上手く折り合っているのかを理解する上で特に興味深く読む事が出来るはず。一方、私のような樹木、特に「針葉樹」好きにとっては、極地や針葉樹林帯に分布する土壌と樹木の相互関係について、もう一歩説明が欲しかったところでもあります(腐植ですぐ分解される話だけではなく、寒冷地の土壌を作り出す遠大な過程の話もちょっと聞いてみたかったです)。

自らの研究の出発点となる裏山から始まり、極北から赤道付近へと降りていく、温度と水のマトリックスから順序を追って土壌の生成の違いを述べていく事で、気候的な要因を振り出しにその生成過程が変化していく姿を捉えていきます。副題にあるように100億人の人口を養うための土壌を探すことをテーマに据えて辿る12の土壌とその生成要因。前述のように脱線が過ぎるのは事実なのですが、不真面目な本だと軽く見ているとちょっと足元を掬われます。

世界を巡る物語の後半で述べられる、研究のベースに置いた東南アジアの地で、スコップ一本からできる土壌改良で世界を救うという壮大なテーマを掲げた著者の挑戦記。道程は遥か遠くのようですが、その過程では鋭い指摘が繰り出されていきます。著者もその一員として作成に携わった、世界の土壌分布から見た人を養える土壌面積の余りの少なさ、遍在性、その地にしがみ付く様に集住する人類。それ故に土壌改良の母材として表土を深く剥ぎ取られて海外に売られていくウクライナのチェルノーゼムと植民地の再来を思わせる農地の買い占め。農地に適さない事を理由に僅かな表土すら剥ぎ取られ、唯、骨材として売り払われるインドネシアの砂。そしてプレーリー(私の本は第3版ですが図版内の記述が「プレーソー」のままではと…)を覆ったダストボールと大規模集約農業における農地維持の限界。人類が生きていくためには農作物とそれを養う大地、土壌が必要だが、その維持にも開発にも常に有限の土壌を消費し、改質する事のリスクを負っている事を明確に示していきます。著者がマヨネーズ一本を持ち合わせなかったことを悔やんだ、赤茶けた表土が広がる野辺山の大地。

 

世界を廻った土壌の物語は最後に研究のスタートラインである裏山、そして「黒ボク土」から故郷の水田という、モンスーンに包まれ、世界的にも特異な土壌を多く有する日本へと戻ってきます。

霧ヶ峰における野焼きの失火の跡。梅雨を挟んで僅か2ヶ月ほどで此処まで緑が戻ってくるのが日本の環境。本書でも指摘のように、この地は縄文人たちが集住していた頃から火が入れられ、「黒ボク土」を生み出す元となったとも云われています。

 

現職関係者への忖度なのでしょうか、中盤まであれほど猛威を振るっていた筆致はすっかり影を潜め、真摯に現在の日本における農業と土壌について語り出す著者(これは少々狡いかと)。宮沢賢治の研究テーマからの示唆を添えながら、持続性のある農業、日本の農業を礼賛するような形で話を締めていきます。

黒々とした土の向こうに延びる、嬬恋村のキャベツ畑。

営々と繰り返される火山性の黒ボク土を土壌改良する先に生まれた、我々の生きる糧、食生活を支えてくれる農地としての土壌。世界を廻ってその現実を目の当たりにした著者は、再びこの地に根を張って、土の声を聴き続ける事を決めたようです。

足元に広がる土壌の不思議さとその貴重な土壌を糧に我々が生きている事を教えてくれる(ちょっと厚かましさ込みで)一冊。アスファルトが途切れた先で少し足元に目を向けてみると、もう一つの知らない宇宙がそこに広がっているようです。