今月の読本「紫外線の社会史」(金凡性 岩波新書)科学が求められ伝えてきた健康と有害の狭間で揺れる見えざる光の両側面

今月の読本「紫外線の社会史」(金凡性 岩波新書)科学が求められ伝えてきた健康と有害の狭間で揺れる見えざる光の両側面

そろそろ暑いシーズンを迎える頃。燦燦と降り注ぐ太陽が眩しくなると気になるのが紫外線。最近ではオゾン層破壊との関連で盛んに議論され、天気予報にも紫外線情報が毎日伝えられ、その防御(著者の言う日傘男子は果たして…)が盛んに取り上げられますが、ちょっと時間を巻き戻すと「小麦色の肌」「逞しく健康的な日焼けした体」「日焼けサロン」「ガングロ女子高生」等々…積極的な日焼けを推奨するシーンも繰り返し訪れていたように思われます。

今回ご紹介する一冊は、そんな両極端に扱われる「見えない光」をどのようにして科学が伝えてきたのかを解説する一冊です。

今回は「紫外線の社会史」(金凡性 岩波新書)をご紹介します。

まずはじめに、本書は紫外線に対する光学的な特性や太陽、天文学的な要素、工業利用を含む産業としての紫外線利用や研究史を語る本ではありません。また、表題には社会史とありますが、紫外線に対する健康面での有害性や危険性を前提にした、社会学が求める枠組みに沿った倫理、思想面を下敷きにした推移を述べる内容でもありません。

著者はちょっと珍しい「科学史」を専攻される方。前著の上梓後、その内容から地震研究者と誤認されていることを嘆かれていますが、著者の研究内容はその分野における科学的な知見が一般社会にどのように伝えられていったのかを歴史的な推移を添えて述べていくことであり、ある科学的なテーマが社会へと受容されていく過程を多面的に捉えていく事を主眼とされているようです。

最近一般書でも多く見かけるようになってきた人文系の研究者、著者の方による「ものの歴史」をテーマにした書籍。しかしながら、その内容には物に息づく歴史や文化、人と技術の推移を語る以上に、テーマに仮借される著者の倫理観、社会性や思想的な立場を投影するために選定された対象物として取り扱うという内容が散見するように思われます。本書のテーマである「目に見えない」光である紫外線。著者も指摘するように同じく目には見えない放射能(放射線)同様に、その科学的な特性が分からない段階では極端な期待や著しい恐怖を生み出すことは繰り返し述べられてきましたし、人文系の視点でそれら双方を強調する著作も多くあるかと思います。

一方、著者による科学史のアプローチでは前述の切り口とやや様相を異にしていきます。表題に示されるように本質的には社会への影響を綴っていきますが、そのアプローチは「科学」が伝えた内容から説き起こしてく点。本書では紫外線の人工的な利用の発端となる紫外線照明(人工太陽、紫外線ランプ)実用化以降、太陽光線を含む紫外線の利用や弊害に対して、科学、工業、医療の立場から各種の媒体を通じてどのように伝えられてきたのかを多面的に紹介していきます。

科学の発展と共にその役割が把握されつつあった太陽とその光に含まれる見えない二つの「ひかり」紫外線と赤外線。赤外線は温熱効果など常に有用性がもてはやされますが、一方で紫外線はその発見時から人体への悪影響(日焼けと目の負担)というネガティブな存在として位置づけられます。一方で当時深刻な問題であった脚気、くる病、そして日本では亡国病とまで呼ばれた結核。これら当時は治療法や原因が未確定な病気に対して太陽療法と呼ばれたサナトリウム(富士見高原療養所と正木俊二先生の名前も)での療養を核にした健康療法、治療法の一分野としての紫外線照明が見出されます。また江戸煩いとも呼ばれた、日本の都市生活が生んだ病気、当時の陸軍を悩ませた脚気。ビタミン博士、鈴木梅太郎を軸に健康とビタミン、その先にあるビタミンDと日光浴の効用から紫外線ランプの普及を狙うマツダランプ(東芝ですね)の動きを描く日本。一方、海外では大都市居住者に対するくる病発生率の高さとその解決策として、健康増進と社員の福利厚生の一環としての大企業のビタミン剤配布、人工太陽照明の採用。更には鶏や牛乳への紫外線照射による骨の強化やビタミンD不足対策という微妙に異なる推移を示していきます。

何れも都市生活というキーワードで語られる病気の治療法として期待された人工太陽照明。その効用と疑問の双方を述べる科学者、医師たちの言葉とともに、著者が示す2枚の写真から浮かび上がる特異的なシーン。今から見るともはやオカルトにも感じる姿ですが、これが当時、最先端科学とされた姿を捉えたもの、そして効用を期待された結核や脚気にはあまり意味を為さなかったことを現代の我々は知っていますが、当時は疑念的な意見がある中でも科学的な議論の遡上にあった事を指摘します。著者はこれらの議論が現在まで続いていることをその解説を述べる文章(新聞記事や広辞苑を引いて)と共に提示して、科学的な認識が社会にどのように受容され、変化してきたのかを示します。

そして、戦前から現在まで繰り返される日焼けによる健康的な肌色と紫外線、太陽光からの暴露を抑えた肌色への憧れ、美白の狭間で揺れる人々の健康と美の意識。著者はその推移を最も明確に残す資生堂の社内誌に記載された内容を示しつつ背景を探っていきますが、ここで非常に興味深い着目点を提示します。

前述のような都市生活という新たな生活シーンにより生まれた病気、その病気の罹患率と日焼けを健康的と見做すか否か。国と地域、貧富の差、人種、そしてジェンダー。健康というテーマの背景には敢えて語らずともこれらの断面が色濃く刻まれていることを当時の記録の中から読み解いていきます。

特に著者が指摘する、健康と美という側面を強く意識し、更にはその知識を理解し伝える事が求められた「科学的母性」という存在。明らかにジェンダーに偏ったその存在と提供された科学知識。その見えざる光が有する科学的な有用性と有害性に最も敏感(と定尺された)女性、母親たちに対する科学知識の伝え方の変化、端的に言えば「科学に対する需要」の変化から、社会の一側面を見出していきます(なお、美白と健康美の変遷はそれだけでは理解しきれないと)。

外出が憚られる事も多い昨今。屋内生活が続き運動不足で日差しをたっぷりと浴びることが少ない方も多くいらっしゃるかと思いますが、都市に集住し同じような悩みを漠然と抱え健康に懸念を持った当時の人々に対して科学がどう応えたのか。ちょっと歴史を振り返ってみると、現在数多に溢れるそれらに対する情報や科学的と称される見解にどのような背景があるのか、多面的に考えるきっかけを与えてくれる一冊かと思います。

 

今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

近年では殆どいなくなってしまった、川の恵みを糧として主な収入を得る「職漁師」(この言葉自体、海の漁師さんに対してはあまり使いませんよね)。しかしながら昭和の終わりから平成の始めにかけては依然として多くの河川の傍で漁を生業とする人々が暮らしていました。

現在でも川の漁が続いていることで度々テレビ等でも取り上げられる四国、四万十川。そのすぐ隣に流れる仁淀川で職漁師をされていた方の元へ、当時、繰り返し訪れて取材した内容を連載していた記事を纏めた一冊。長らく絶版になっていましたが、この度、版元を変えてヤマケイ文庫へ収蔵されることになりました。

今回ご紹介するのは「仁淀川漁師秘伝 弥太さん自慢ばなし」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ:聞き書き ヤマケイ文庫)です。

原著は小学館のアウトドア雑誌「BE-PAL」の姉妹紙として2008年まで刊行されていた、雑誌「ラピタ」に連載されていた「弥太さん自慢ばなし」を纏めて2001年に刊行された本ですが、巻末にありますように、今回の収蔵に当たって大幅に加筆修正、再編集がなされています。特に著者のかくまつとむさんが刊行後も気にされていた「土佐弁」聞き起こしに対する表記への懸念について、山と溪谷社さんの配慮もあったのでしょうか、今回の版を起こすに当たって、高知在住の山本明紀さんによる全面的な方言考証が加えられ、生き生きとした著者の筆致はそのままに、ダイレクトに土佐弁が脳内に響き渡るかのように生まれ変わっています(長らく広島の方と一緒に仕事をしていた私の脳内再生では、広島弁混じりになってしまい…)。

取材当時の1990年代後半でも殆どいなかったとされる「職漁師」であった、仁淀川の河畔、越智町に在住された取材対象の宮崎弥太郎氏。父親から引き継いだ職漁を50年以上に渡って続けられていた方ですが、そのフィールドは河川を跨ぎ、季節に合わせて河口のアオノリから山中深くのモクヅガニ獲りまで実に幅広く、特定の魚種を狙い、河畔に腰を据えて漁を行う川漁師というイメージを大きく覆していきます。

掲載していたアウトドア雑誌のスタイルに相応しい、川全体をフィールドとした氏の職漁師としての姿を2年間に渡り取材した著者と編集者グループ。彼らを息子のように迎え入れて、自らの歩みを少し誇りながら「企業秘密」と茶化しながらも、同道を許してその一端を披露する土佐人らしい鷹揚さ、氏の人となりが考証を受けて蘇った口語体の土佐弁で文中一杯に広がります。

雑誌の連載記事がベースという事で、最初は全体のイメージがちょっと捉えづらかったのですが、原著の版元さんが小学館という事を考えると腑に落ちる、魚種、職漁毎に纏められた仁淀川の職漁辞典というべき一冊。各章で語られるように、著者たちが持ち込んだ図鑑に対して、それぞれの魚たちの特徴やその漁の姿を述べていくスタイルが用いられ、前田博史氏の写真と遠藤俊次氏によるイラストを豊富に添えて、改めて職漁としての視点からその違いを明確に示していきます。図鑑を持ってフィールドに出た「アウトドア」な著者たちの先にある、研究者や釣り師達が伝える著述の更に先にある、フィールドの達人が見た本当の姿を語る言葉を拾い続ける著者たち。その語られる内容には、前述の著述とは大きく異なる点も見えてきます。

アウトドアブームであったバブル崩壊後の1990年代後半に取材された、その遥か前から川と向き合い続け、生活の糧としてきた氏が語る姿と、現在の川や水辺という淡水をフィールドとされる方々が発信される内容。川をテーマにした著述として本質的にはその内容に違いはない筈なのですが、アプローチや見据える姿には大きな違いが見えてきます。

高度成長期から大きく曲がり角を迎えた中で、共に変わり続けた川面を生活の糧として生き続けてきた氏が語る変遷する漁の姿。しかしながら、氏はその中で一方的な変化が起きていたことを表する事はありません。清流とも称される仁淀川といえども時代と共に川が変わり、移入されてきた魚たちが加わり、漁の姿も獲れる魚も往時と比べると減少してきていることを明確に述べていきますが、職漁師故にその変化に応じて漁自体も変えていく。父親から引き継いだ漁の姿も自ら変えながら(この工夫や道具類のお話を拾うスタイルは、連載誌のテーマに繋がる「大人の秘密基地」的で、連載当時人気があった事を伺わせます)貪欲に漁を目指していく姿を捉えていきます。それ自体が糧としての対象ではない「フィールド」化してしまった現在の川や淡水を扱った著作や発言とは根本的に異なる視点。自らが糧としている場所に対する自負とその変化を受容しつつ、実生活の一部として語りかける内容には、現在の論調で失われてしまった着目点が生き続けているように思えてなりません。

その印象が最も強かったのが、全編で述べられる漁の餌として繰り返し登場する「ミミズ」の存在と、地域を貫く仁淀川の存在を語り続ける段。

川の魚たち、蟹たち、アオノリさえも、多くは川だけで生きるのみならず、海と行き来をすることで次の世代に生命を繋ぐ。山に木がある事で川の流れが穏やかになり、川に沿った田畑を潤す。本来は湿地をその揺りかごとしていた魚たちは、川から引き込まれた、人が拓いた水田と水路もうまく使いこなして命を繋いでいく。テトラポットや堰堤が出来れば、それに合わせて増えていく魚も現れ、蟹たちは高巻きしながら登り、そろりそろりと下っていく。川辺に広がる畑や草地に溢れるミミズたちの匂いは彼らの鋭敏な嗅覚を刺激し、夜な夜なその匂いを辿って徘徊する。

職漁師達は、彼らの生きる姿を鋭敏に捉え、その特徴を把握して工夫を凝らし知恵を働かせて漁を営みますが、全てが自然で天然、無垢であることを絶対としない。川の流路が変わればそれに合わせて仕掛けを変え、網を張り罠を埋める先を選び出していく。河原の姿が変われば、漁をする魚種が変わり別の漁の姿が生まれる。堰堤や用水路も其処に集まる魚たちが一斉に通るタイミングともなれば、一時、大漁を約束してくれる大切な漁場へと変わる。孫達に漁を継がせる気はないが、自身や息子と同じように幼い頃から水辺、川と親しみを持つ機会を与え続ければ、自然と理解できることがある。

変わりつつもその恵みを糧とする職漁師への聞き取りは、50年を経てもまだ知らないことがあると語る、上流でのオコゼ(アカザ)釣り名人の元へ向かう段で終わりを迎えますが、綴られていく物語はその時代、その地に生きた人々だけが語れる内容。

本編の主人公となる宮崎弥太郎氏は原著の刊行後、2007年に亡くなられており、既に文章でしか伝わることがないその物語ですが、職漁師達、そして彼らが生きた場所を語る時に思い起こしたい一冊。その場所は人が水面と楽しくも真摯に向き合い、糧とする場であった事を記録する物語を。

今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

八ヶ岳南麓のすぐお隣、長野県の野辺山にある野辺山電波天文台。現在は「国立天文台 野辺山宇宙電波観測所」と呼称しますが、以前は「野辺山宇宙電波観測所、野辺山太陽電波観測所」と二つの名前で呼ばれていました(国道141号線を清里方向から向かうと、野辺山に入ってすぐの場所に案内看板が出ていますが、「野辺山太陽電波観測所」部分は塗りつぶされています。

現在は各大学が共同で利用する施設として太陽観測の機器が運用されていますが、以前は太陽観測の分野でも国内随一の場所でした(現在は、天文台自体も縮小化の道を進んでいます)。

夏場には薄い空気と肌を刺すほどの紫外線の強さ、冬場には極寒の中で満天の星空という、空の近さを身近に感じる事の出来る野辺山ですが、この場所で研究を続けられてきた方が書き下ろした一冊。少々仰々しい表題と写真に少し威圧感すら感じますが、興味深い内容がぎっしりと詰め込まれています。

大洋は地球と人類にどう影響を与えているか

今回は「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)をご紹介します。

毎月大量に刊行される新書の中でもややマイナーな光文社新書さん。テーマの間口も幅広く、硬軟織り交ぜた内容のラインナップとなっているため、テーマを絞った一冊を読みたい私としては手に取りにくい新書シリーズ。それでも、時に驚くようなテーマと著者を取り上げてくるためチェックは欠かせないシリーズでもあります。

今回の本も帯を含めた表紙デザインからイメージされるように、シリーズの中ではかなり硬派と言っていい一冊。著者は現在、国立天文台の本部がある三鷹で太陽観測の統括をされている方です。

内容的には往年の縦書きのブルーバックスと言った雰囲気(読み物重視です)で著者の専門分野である太陽観測、太陽物理学(著者の専門は光学観測ですが内容的は電磁気学が多い)メインで語られていきますが、あとがきにあるように太陽物理学に関する広範な分野、更には表題の様に地球環境を語る部分も相応にありますので、極めて広範囲な内容が綴られていきます。

その中でも著者が力を入れて著述される点は、太陽観測の歴史。オーロラと黒点観測から始まり、現在の宇宙空間で行われている人工衛星による幅広い波長域での観測データによって、11年周期を以て鼓動を続ける太陽を捉える姿が時代と共に変わっていく点をじっくりと説明していきます。

太陽観測の歴史と共に語られる太陽の鼓動。黒点とオーロラ以外、目で直接見る事は出来ない、宇宙空間における磁場と可視光領域以外のダイナミックな動きが写真と共に語られていきますが、如何せんそれらの物理現象は余りにも巨大で身近な現象に置き換えて説明できない内容(解釈自体も依然として議論があると)のため、特に太陽活動の主軸となる磁力線の変化と付随するプロミネンス、コロナに関する部分の説明は慎重に読み進めることになります(それでもちゃんと駆動モデル理解できたか自信ないです)。

そして、太陽活動と我々の生活に密接な関わりがある点。全ての始まりであり、地球上のエネルギーの殆どを支えていると云える太陽の活動は、最近のお話では「宇宙天気予報」の言葉と共に伝えられるように、人類の文明が進化すると共に、無線通信や、電力送電に関して甚大な影響を与える可能性が示唆され、軌道上のデブリ、地球近傍に飛来する隕石の観測と併せて、天文学が社会と密接に関わる分野を生み出している点を指摘します(通信技術を学んだものとしては、電信の障害や送電トラブルが地球を貫く地磁気誘導電流により引き起こされると改めて解説されると、その見えないダイナミックな挙動に感嘆します)。更には、普段の生活からちょっと離れて、太陽風と銀河宇宙線の関係と言った惑星天文学に関するテーマにまで話を広げていきます。

太陽の活動が我々の身近な生活に大きな影響を与える事がある事を示す前半。しかしながら後半で語られる、我々の生活と更に密接に関わるもう一つのテーマ、地球環境と太陽活動のお話になると、少し様子が変わってきます。表題を見て手に取られた読者の方がもっとも気にされるであろう、地球温暖化と太陽活動の関係、更には近年の太陽活動低下に伴い、温暖化の認識とは逆に寒冷化に進んでいるのではないかというごく一部の論調。いずれも太陽活動が密接に関わる内容の筈ですが、著者はそのどちらにも肯定を与える事はありません。

18世紀まで遡る黒点観測、オーロラの観測から続く、長い太陽観測の歴史を改めてひも解きながら、その間の観測データの整合性を述べながら、太陽活動と各種の観測結果間にある程度の相関性は認められることを示しますが、最も地球環境に影響を与えるであろう、太陽自体の光の強さ、即ち可視光領域の光量変化は僅か0.1%程度に過ぎない事をデータから示します。

果たして表題の様に太陽活動が地球環境にどのような影響を与えて来たのか、唯、眩しく輝く「変わらぬ太陽」なのか。

現在も共同研究が続く野辺山の太陽観測施設。

太陽の活動が11年周期で変化する事は既に一般的な知識となっていますが、そのサイクルの繰り返しがどのように変化していくのか。更には、全ての源である一見「変わらぬ太陽」の何が変化すると地球環境に大きな影響を与えるのか。

我々人類が積み重ねた太陽に関する知見は、その活動時間のスケールから云えばほんの僅かな300年ほどしか蓄積が無い一方、その間に太陽活動や宇宙線への理解と応用が進んだ結果、地球環境の変化の記録を数万年単位で追えるようになってきています。更には、他の恒星の活動には太陽の活動の過去、未来を示唆する豊富な知見を伴って、今も星空で瞬いています。

著者が最後に述べるように、科学もまた時間を掛けて知見を蓄積する事で前へと進んでいく。その歴史的な研究の推移と共に、太陽と地球環境、人類の歴史をも綴る一冊。

テーマ故に少し取っ付き難く、多少専門的な知識への理解を要しますが、それ以上に幅広い好奇心に応えてくれる一冊です。

<おまけ>

野辺山宇宙電波観測所特別公開2019パンフレット

今年(2019年)の国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の特別公開は8/24(土)です。

シンポジウムでは太陽観測関連のお話はありませんが、例年、研究施設の解説が実施されます。来年度以降、予算の大幅縮小により常時有人観測体制の解除もささやかれている野辺山天文台。このようなイベントが継続できる可能性も下がってきています。チャンスのある方は是非お越し頂ければと思います。

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

今月の読本「増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)縄文と諏訪の神々の落とし子、フジモリ先生が往く大地と床を天まで貫く先はキッチン?

信州の真ん中より少し右下、八ヶ岳の麓に湖面を開く諏訪湖を中心とした一帯は、古から伝わる様々な歴史が今も脈々と息づいている土地です。

中でも最も有名なのは、二つの国宝土偶を擁する核心の地としての縄文文化、そして御柱祭を核に据えた諏訪信仰でしょうか。

いずれも古代から続く歴史ロマンと神秘性を秘めた物語の数々。そんな環境の中でも核心中の核心、諏訪大社の上社前宮と本宮の中間点、高部で幼少から青年時代を過ごした建築家がその故郷の地に建てた一連の建築物、諏訪信仰の伝統を今に伝える神長官守矢史料館と隣接する茶室たち。その姿は佇まいまでも含めて奇妙奇天烈を通り越して、アートなのか少々ふざけた大人の遊戯なのか首を傾げてしまう方もいらっしゃるかと思います。

今回の一冊は、そんな建築群を設計した建築家(建築史家)が敢えて問う、我々が住まう建物に仕掛けられた歴史の妙を教えてくれる一冊です。

増補版 天下無双の建築学入門」(藤森照信 ちくま文庫)のご紹介です。

改めての説明は不要かと思いますが、著者は現在、江戸東京博物館の館長を務められる、ユニークな語りと視点で建築家と言うフィールドを大きく超えた活躍をされている方。専攻である近代日本の建築物調査研究の先に、文化人の密やかな楽しみであった路上観察というジャンルをその著作と活動から私たちのコミュニケーションとしてのテーマへと送り出し、気軽に触れられるまでに押し広められた方です。

軽快な語り口と、時に無邪気さすら感じる筆致を縦横に操る氏の著作には多くのファンがいらっしゃるかと思いますが、本書は筑摩書房から刊行されていた雑誌、その後、大成建設の社内報へと媒体を変えながら綴れられた、氏の専門分野である建築をテーマにした連載記事を纏めてちくま新書として刊行された一冊の文庫収蔵版。実は連載のメインテーマであった(筈の)日本の住宅史というテーマは、今回の文庫収蔵に当たって書き起こされた巻末「日本の住宅の未来はどうなる?」に少し真面目な筆致で纏め込まれているため、帯に書かれた内容を端的にチェックしたい方は、20ページ程の増補部分だけを読まれれば充分なのかもしれません。

しかしながら、本書の真骨頂はやはり本文の筆致。表紙を手掛けられる南伸坊さんのイラストが示すように、如何にもインテリ芸術家肌風の著者が、その姿の通り縄文文化と日本の建築の関係について高い志を以て思索する内容にも見えますが、さにあらず。むしろ、二頭身キャラのような滑稽な土偶のボディとおかっぱ頭のコンビネーションが見せる様に、愉しく痛快に、時に脱線しながら日本建築のポイントを暗側面を含めて鋭く突いていきます(テーマに沿った挿絵も南伸坊さんが1話ごとに描かれるという、何気に超・豪華版です)。

全39話で綴られる、建築に用いられるパーツごとに分けてその成り立ちからなぜそのように使うのと言った素人には判りにくいポイント、更には東西を含む世界の建築との比較を添えながら、日本の建築の特異性と歴史的な一般性の双方を解説していきます。連載の一部が企業の社内報だったという事情もあるかと思いますが、時にちょっと奔放過ぎるかなとも思われる筆捌きも見られる軽快なタッチで綴るその内容。特に著者の学生時代(諏訪清陵高校のOB)の武勇伝は今であれば完璧にアウト!となってしまう内容も含まれますが、自らの失敗談や史料館に使う素材集めで行き着いた、鋳物師屋に住まわれた板金屋さんによる最後の割り板の技、自分の子どもたちとの「家づくり」から考えた、家に住まう事の原点などいったエピソードも巧みに話のテーマに組み込む、著者一流の読者を楽しませる仕掛けがそこかしこに設けられています。

そして、本書の狙いである日本の建築に対する入門としての側面。著者は「マイケンチク学」になってしまったと述べられていますが、その奔放さの先に日本の建築学自体が体系構築の過程にあるという研究者としての認識、さらに日本の建築自体も長い長い歴史的な過程を経て織り込まれた、体系を意識しない体系である点を指摘します。日本の住居に特有の姿、地面から上げられた床を持つ一方、わざわざ土足を脱いでその床に上がり、床の上では履物を用いない居住形態。唯でさえも可居住面積が少ない山がちな狭い国土の筈なのに、歴史上、長々と続く平屋主体の建屋。建屋の構造と逆を行く御柱を始めとする天に届かんとする柱を空に向けて建てようとする意識、深々とした傾斜の草葺きの屋根に土を盛り花を咲かせる特異な屋上構造。

軽妙に綴られる解説を読み進めていくと、縄文の息吹を伝え、太古の信仰を内に秘めた諏訪社の社叢に挟まれる高部で育まれた著者の想いが、思想や歴史面だけではなく、実践としての神長官守矢史料館を始めとした同地に建てられた建築群、著者の建築物に込められたコンセプトの中に、鮮やかにその輪郭として浮かび上がってきます。防寒としての竪穴式住居と掘り込まれた土間と囲炉裏、草葺きの屋根。心地よい風が抜け湿気を払う避暑としての高床式住居に平面性を美しく保つプレーンな床(それ故に近代に入ってからの照明への拘りや収納下手?の原因も)。天と地上の間を覆う膨大な森林の樹冠を貫き、天まで意思を伝えんとする柱がそれを支える。

文化の辺境である極東の島国に蓄積されていった、世界の建物の歴史が辿った残滓たちが形作り、意識の根底で様式となっていった日本の建物。その姿が明治の文明開化と共にどのように「住宅」へと変化していったのかを、近代建築で用いられるパーツを頼りに後半では綴っていきます。著者の専門分野である近代建築史を下敷きに、採り入れられた洋風とそれでも残る床暮らしの奇妙な同居。その先で勃発した戦後民主化と大量な住宅供給を求められた公団住宅(「団地」という言葉の発祥も含めて)成立の途上で奇妙な邂逅を遂げる事になる、LDKの記号に込められた住宅内における中心軸の客間から「ダイニングキッチン」への大胆な移動、家の主の交代を告げる時。著者はその変遷を焚き火を囲む縄文への回帰とほんの少しの揶揄を込めて述べていきます。

研究者の方が執筆する建築学入門と聞くと、間取りや様式、小難しい哲学が延々と述べられるのではないかと身構えてしまいますが、実践を含めて愉快に綴られる本書はそのエッセンスを著者ならではの日本の建築史(マイケンチク学)から伝えながら、氏の作品の本質に迫るきっかけを与えてくれる一冊。

是非この本を手に、八ヶ岳の裾野に広がる縄文遺跡と国宝土偶たちを愛でた後、諏訪大社、そして氏の作品たちに会いに来ませんか。

普段の生活の中で、建築家と建築がどんな想いを語りかけているのか、そんな視点を与えてくれる入口として。