季節は寄せ返す波の如くゆっくりと春へ(八ヶ岳南麓晩冬の点描)2017.3.26

暖冬だとは云われても、山里の冬は寒く、氷点下10度を下回る日が続く厳冬の2月を越え、3月になって少しほっとする日々。

雪山にもスキーにも縁遠い身としては、綺麗に磨き上げられた空の下、麓から見上げる山々の美しさが、冬の数少ない慰めでもあります。そんな日々の点描を少し。

キンと冷え込んだ朝の中央本線、小淵沢駅。

中央本線開通以来と伝えられる、雄大な八ヶ岳をバックに佇む、山間の小さな駅舎は今年の7月には新しい駅舎に移転することになっています。ベンチが並ぶ小さな待合室と、ガラス越しに駅員さんが手売りで指定席や特急券の応対をし、その向かい側では美味しそうな出汁の香りを漂わせる名物の駅そばをおばちゃんが手際よく茹で上げていくという、懐かしさ溢れる情景も、そろそろ見納めです。

駅から少し下ったところから振り返って望む、冬の八ヶ岳。町全体が八ヶ岳の懐に抱かれているようです。

駅を降りると、正面に広がる甲斐駒と鳳凰三山のパノラマ。撮影したのは2月の末ですが、畑には既に鍬が入れられています(2/24)

一度雪が降り出すと、麓の山里も森も真っ白な雪に覆われてしまいます。こんもりとした雪を被る落葉松林の山裾(3/2)。

夜半の雪が止んで朝を迎えると、まだ雪雲が残る中、新雪を戴く凛とした甲斐駒が姿を見せてくれる時があります。雪渓のコントラストもはっきりと現れてくる3月の初旬。小淵沢町を降りて下った正面に位置する小淵沢総合支所前から望む、一番お気に入りの甲斐駒の雄姿です(3/7)。

良く晴れた朝にもう一枚。くっきりした甲斐駒の雪渓を眺められるのもあと僅か(3/16)。

厳冬期を抜けて、少し空の蒼さが抜け始めた3月半ばの朝。春を待つ神田の大糸桜から眺める雄大な南アルプスの山並みを。山里の桜のシーズンは4月も10日を過ぎてから。標高の幅も広く、染井吉野より江戸彼岸や山桜が多いこの地では、5月の始め頃までの一月ほど桜を愛でる事が出来ます(3/17)。

季節の変わり目になると、逆に雪の日が多くなるこの地(信州の方の言葉を借りれば「かみ雪(かみの言葉は京に通じるため、南方側で降る雪)」が舞った朝、八ヶ岳は再び真っ白な雪化粧です。

重たい湿った雪が残していった湿り気が山を霞ませる朝。この時期だけの雪山と淡いブルーの空が作り出す絶妙なグラデーション(3/22)。

移り変わりの早い春の空。その分、様々な雲が描き出す空のキャンバスが楽しめます。コートを脱いで、空を眺めながら圃場の畔をのんびりと歩きたい午後。

春の薄日を浴びて溶けだした雪渓が輝く、午後の甲斐駒。下り坂の天気を予感させる空模様。

夕暮れになると、薄く桃色に色付いた雪雲が再び迫ってきます。八ヶ岳の雪渓も雪解けが早いのでしょうか、細かな皺が目立つようになってきました(3/25)。

再び雪となった今日26日。重たい湿った雪は、木々には積もっても地温が高まった春先にはアスファルトの上には留まる事が出来ず、湯気のように靄が立ち込めてきます。夕暮れにかけて雨交りになった3月最後の週末。そして、少しずつ春へ近づいていくようです。

 

 

今月の読本「シリーズ古代の東国1,2」(若狭徹、川尻秋生 吉川弘文館)考古学と文献資料が交差する時、古代から続く尚武の地、坂東・東国の輪郭が浮かび上がる

今月の読本「シリーズ古代の東国1,2」(若狭徹、川尻秋生 吉川弘文館)考古学と文献資料が交差する時、古代から続く尚武の地、坂東・東国の輪郭が浮かび上がる

毎年、意欲的に新たなシリーズを送り出してくる吉川弘文館さん。

本年も、既に「天皇の美術史」が各方面で話題となっていますが、その陰に隠れてしまってちょっと存在感が薄くなってしまったシリーズとして「古代の東国」全3巻が刊行されています(刊行中です)。

これまでになかった通史としての東国の古代を扱う、東国の歴史ファンとしては待望久しいシリーズ。山奥の為に遅ればせながら何とか入手して読み続けていましたが、シリーズが2巻までで一休みとなったこのタイミングで少し纏めてみたいかなと考えています。

今月の読本は2巻セットでご紹介です。

古代の東国1 前方後円墳と東国社会」(若狭徹)と、「古代の東国2 坂東の成立」(川尻秋生)です。

このシリーズ、編者となる2巻の著者である川尻秋生先生のシリーズ巻頭辞を読むと、極めて特徴的な位置づけを狙っている事が判ります。まず、中央からみた地方という視点に拘ることなく、あくまでも「東国」の古代史を叙述する為に必要なアプローチをとる事を明確に示している点。そして、古代史故に絶対的に限界のある文献資料、特に文献を残せた側の視点を補う事を目指した、著者グループ全員が考古発掘にも精通し、博物館の展示に携わってきた経験を最大限に生かした叙述を目指す事を明確に表明している点です。

その結果、本シリーズはこれまでの教科書などで扱われる古代史の切り口とは大きく異なるアプローチ、視点を読者に与えてくれます。北関東を中心に展開する古墳の年代評価や出土物、特に豊富な地図による解説を加えた古墳の分布の年代推移を見ていく事で、その後の東山道経由による中央との結び付きを明確に認める一方、出土物の状況から、中央政権と見做せる倭王朝から遥か東方に離れた地でありながら、半島との直接的な結び付きや、直接半島に出兵し、倭の五王の時代には半島からの来訪者の集団が既に定住していた可能性すら見出していきます。東夷として制圧される、後進的な地域ではない、同時代で同じような規模の古墳群を有するのは東国以外では極僅かで、その規模も、副葬品も強く倭王朝の影響を受けながらも、独自の様式も保持していたと見做していきます。残念ながら、この時代では文献資料と出土物が交差する個所はほんの僅か。それでも、考古学が得意とする膨大な様式年代検討に基づき、僅かな接点を見つけながら、記紀の神話をも援用しながら、その先に考古学特有の雄弁な議論を展開していきます。その議論の先には、国内でも極めて稀な古代碑が残り、先進的な仏教寺院の造営や戒壇の設置に見られる、後の時代に現れる下野の先進性の起点が既に古墳時代にあった事を示唆していきます。

著者達が最初に認める東国の姿、それは武勇を以て倭王朝と提携する関係を構築した部族が旧河川筋に勃興、競合していく活気あふれる大地。現代より大幅に広かった低湿地と頻繁に変わる流路、浅間山等の火山噴火によって目まぐるしく変わる地勢の中で、拠点を移ろいながらも巨大な古墳群を残せるだけの実力を有していた事を膨大な発掘成果から見出していきます。その形式は確かに倭王朝から許された形式の模倣であったかもしれませんが、実際に構築する実力を有していなければ実現できないもの。精巧な埴輪や馬具、武具、そして南東北まで伸びる出土物の傾向から、既にこの時点で更にその北に居住する人々との交流、相互の進出があった事を見出していきます。

倭王朝に従属する形ではなく、緩やかな提携と受容の関係にあったと見做す1巻から、中央政権側の文献資料が見いだされはじめる2巻に入るとその枠組みは微妙に変化していきます。シリーズの編者である著者が冒頭でそのような視点に対して「二つの東国像を克服するために」と題したプロローグを用意して議論の帰着点を探っていますが、本シリーズを読まれる多くの皆様にとって、この論考は最も興味を引くのではないでしょうか。3巻の刊行を前に少し前倒しに結論めいた記述もありますが、歴史が好きな方、特に東日本に住まわれて、その地で歴史教育を受けてきた方なら誰しも疑問に持たれる点について、実に示唆的な提示が行われていきます。

蜜月時代と述べる奈良時代迄の東国と古代王朝との関係。その関係にはやはり前時代と同様に特別な関係があったと見做していきます。下野を中心とした先進的な仏教の受容や武蔵に至る大路の構築も、白村江の戦い以降の半島亡命氏族の影響や入植や古代王朝側から見た統一的な中央集権国家の施策と見做す一方で、西国との比較で、更にその先に広がる辺境へ対する入口としての古代王朝の威勢を見せつけるために整えられたとの見解を示していきます。その推移は防人と北方政策の重点がお互いに入れ替わるように行われていく点からも認められるようです。

北方と西海の双方に武力を以て仕える東国。坂東と呼ばれた地域の特異性を見出すために、著者はその研究フィールドである安房国の成立と記紀に述べられる神話を援用しつつ、古代王朝にとって貢納を受ける場所、つまり直轄地ではなく祭祀を併合した地としての特異性を含み続けていたと見做していきます。古代王朝にとって辺境の入口にして兵站基地という、植民地的な様相を示す奈良時代の坂東。古代王朝の影響も強く受け、国分寺や国分尼寺の改築と伽藍配置の方位性から、より中央からの統制が強まっていく事を見出す一方、在地支配、国造や地方豪族の影響が強く残る東国出身者が逆に中央政権に采女や官吏として進出していく様子を文献資料と発掘成果の突合せから認めていきます。中央集権で語られる事の多い中、依然として豪族同士が牽制しあうような状態であった東国に対して、古代王朝が牽制、掣肘をした影響を古墳群の展開から見出し、徐々に増え始める文献資料と木簡などの発掘資料が偶然の交差を認め、列島を東西に動く東国の人々の驚きのストーリーが浮かび上がる時、考古学の醍醐味を味わってほしいとの著者の筆致は鮮やかに躍動します。著者の東国、坂東への想いの筆致は更に、平城京に集まる物資の記録や正倉院に残る品々や貢納物の規定から、坂東から送られた貢納物が決して遅れた産物ではなく、それらの生産を可能とする技能集団の存在や祭祀の面での東国の特異的な立場を改めて拾っていきます。

膨大な発掘成果と、文献資料とのたゆまぬ突合せが生み出す、古代東国を豊かな描写で紡ぎ出す本シリーズは残す所あと1巻。文献資料が大幅に減少し、歴史の空白点ともいえる平安初期に突入していきます。果たして自立する東国が頭をもたげていくのか、それとも中央集権の先兵として北へ北へと押し進む姿が描かれるのか。更には2巻でそのアウトラインが示された東国の姿が、実際にどのような形で中世に引き継がれていくのか。最終巻を楽しみに待ちたいと思います。

<おまけ>

関連する書籍を本ページよりご紹介します。

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

版元さんからの刊行案内が出て以来、心待ちにしていた一冊。

金曜の晩に漸く地元書店さんの店先(何時の間にか郷土本コーナーが店舗の奥の方に移っていて、危うく見つけそこなうところでした)で見つけて読み始めましたが、予想を超える素晴らしい仕上がりに、一気に読み進めてしまいました。

地方出版社の衰亡が続く中、まだまだやれる事はあると、意欲的な企画と、地方だから、少部数だからとの妥協を許さない丁寧な制作、編集。大手出版社さんにも全く引けを取らない美しい装丁を施した本を次々を送り出していく信濃毎日新聞社さんが、これまでのコンセプトを更に推し進める形で新たに送り出した一冊。狙ったようなインパクト重視でキャッチーな表題の裏側に描かれる、本当に版元さんの良心に溢れる一冊のご紹介です。

信州の縄文時代が実はすごかったとう本今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

本書の著者、藤森英二さんは、八ヶ岳の東麓、北相木村の考古博物館で学芸員を務めながら、主に長野県下の縄文遺跡に関する研究に従事する研究者。このお名前をご覧になって、本書にご興味を持たれた方はピンとくるのではないでしょうか。縄文研究に大きな足跡を残し、今に至るまで学界において議論を呼び続ける、ある意味において、日本の古代史の視点が世界的な考古学の流れと決定的な違いを見せる結果となった論考を残した人物。在野の考古学研究家と呼ばれた、縄文農耕論を著した藤森栄一氏に繋がる方です。

こう書いてしまうと、まるで縄文農耕論の継承者が描く、本格的な縄文文化論が展開される本のように見受けられてしまいますが、さにあらず。更に言えば、このような紹介自体、あくまでも本書を売り込むためのセールストークのようなものであり、著者の意図する所とは異なっている事を予め述べておかなければなりません。

本書が本当に素晴らしい点、それは八ヶ岳西麓に広がる縄文遺跡をテーマに、学芸員とモデラー(掲載されている写真のフィギュアは全て著者の自作です)という、二つのキャリアを存分に注ぎ込んだ、美しくも丁寧に纏められた、ページの上に描かれる縄文ミュージアムを見事に作り上げた事です(注記:信州と表題されていますが、前述のように八ヶ岳西麓がメインテーマです)。

信州の縄文時代が実はすごかったという本巻末に掲載された多くの協力者の皆様の手助けを受けながら、信州の息の長い学研的な伝統が培ってきた研究者の系譜に連なる著者(出身の明治大学において、戸沢充則氏の薫陶を受けています)が、その中心地からほんの少し離れながらも息吹を肌身に感じるであろう八ヶ岳東麓から俯瞰する、数千年に渡ると云われる八ヶ岳高原で大繁栄した縄文時代の主要な研究テーマを丁寧に解説していきます。

執筆協力の皆様によって集められた美しい画像や、良く錬り込まれた豊富な図案。著者自身の制作によるフィギュアによる美しくも可愛らしいフルカラーのページたち。ページに添えられたキャッチーなフレーズを眺めていると、一見して小中学生向けの所謂副教材ではないかと思えてしまいますが、それは大きな誤りのようです。低年齢向けの語法はあえて避けて、一般の読者を想定した文意と、博物館等の刊行物では当然の配慮である、時代感の指摘やキャプション、補記への配慮は、正に本書が学童向けの入門書に留まることなく、より広範な読者、好事者、歴史ファンの皆様に向けて書かれている事の証。多くの皆様が感じているかもしれません、大好きな博物館、美術館を訪れた後、この感動をそのままに収めた一冊の本が欲しいと思う感触そのままに、本書は仕上げられているかのようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そのテーマ故に入門書としての体裁で纏められていますが、要所に書かれた内容は最新の学術成果も盛り込まれています。本書を読まれる方であれば、一番気になる点についても、最先端の圧痕法(レプリカ法)による知見が盛り込まれており、この一冊で最新の縄文研究の一端に触れる事が出来るように配慮されている点は、更に嬉しいところです。著者はあくまでもこれらの議論に対して、距離を置いた発言をされていますが、その検証手法の発展と新たな知見が現れる事を密かに期待されているようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そして、八ヶ岳の裾野に広がった縄文時代の遺跡で繰り広げられた物語について、考古学的成果から俯瞰していきます。特異な文様を持った縄文土器の分布と伝播、八ヶ岳の縄文文化を象徴する二つの国宝土偶の物語(二つの間の時間軸的な断絶についても)。そして、発展を支えたであろう豊かな生産性と、交易物としての黒曜石からみる、海をも超えて東日本を広く包み込む、広範な縄文人たちの移動する姿。これらの内容は博物館でじっくり見たつもりでも、改めて本という形で眺め直すと、別の見方が生まれて来るようです。そして、現代に生きる私たちもその大きな流れの中で生きている事を実感させられる、縄文海進とあれほど繁栄した八ヶ岳西麓に生きた人々が残した痕跡の消滅。

ここから先は、是非現在の八ヶ岳山麓に訪れて、その息吹を感じて欲しいとの想いから、多くの類書では決定的に欠けている、各所に点在する博物館の展示紹介や訪問ガイドにページを割いている点は、本書が博物館関係者が著述されている点以上に、地元に在住する人間として、更には本書を通じてその地を訪れたいと思う多くの歴史ファンにとって、極めて嬉しい配慮である事を重ねて述べておきたいと思います(双方に於いて絶対的に断絶して扱われる事が多い、隣県の博物館に関しても、特段の配慮を以て記載をして頂いている点については、深い敬意の念を述べさせていただきます。八ヶ岳山麓は東西南北みんな一緒)。

SNSや著者のブログに残された刊行前のコメントを拝見すると、研究者のキャリアとして本を出すのが早すぎたのではないか、刊行自体に無理があったのではないかと悩まれている様子が伺えますが、そんな想いは多分杞憂だったと思いますよと、お伝えしたいです。

これまでになかった、八ヶ岳山麓の縄文時代を美しくも丁寧に綴られた読むミュージアムとして、多くの歴史が好きな方の机上に届けられることを願って。そして、今度のお休みには、その足跡を訪ねて美しく整備された博物館たち、史跡へ訪れてみませんか。

八ヶ岳ブルーの下で4

信州の縄文時代が実はすごかったという本

P1060493<おまけ>

本書に関連する内容を扱ったページをご紹介します。

厳冬の頃に(2017.2.6~12)

例年に増して降雪回数が多い、八ヶ岳南麓。

今週も繰り返し降雪となる一週間になりました。

p1090495日曜日に降った雪で白くなった圃場。

正面の南アルプスから夜半にかけて降り続けた雪をもたらした雲が、勢い良く舞い上がっていきます(2/6)。

p1090506しっかりと冷え込んだ朝。氷点下10度を下回ると、あらゆるものが凍りついてしまいます。

寒空に威容を示す、朝の甲斐駒(2/8)。寒さは続かず、翌日には再び雪模様に。

p1090512

一面銀世界になった田圃の先に望む八ヶ岳。前日に降った雪は一度は止んですぐに溶け始めましたが、夜半になって入り込んできた寒気の影響で、朝にはこのシーズンらしい、サラサラのパウダースノーに再び覆われました。

p1090519

木々の間にダイヤモンドダストが舞う朝。パウダースノーが降った後に晴れ渡った時だけ楽しめる景色です(2/10)。

p1090533昼過ぎに再び雪模様となった後、日没を迎えて晴れ渡った夜半の圃場。星空の下に再び浮かび上がった甲斐駒を満月の月明かりで臨む寒い夜(2/11)。

p1090537レインボーラインの大泉から望む、少し雲が残る中、前日に降った雪で施された白い衣装を纏った八ヶ岳。

山麓近くまで白く装うのは、降雪後の僅かな時間だけです。

p1090538振り返ると、青々とした甲斐駒と南アルプスの峰々が望めます。

レインボーライン沿いから望む眼下には、雪化粧をした圃場と街並みが広がります。

p1090550標高を一機に上げて1400m、鉢巻道路沿いの清里、まきば牧場へ。高い空の下、一面の雪景色の向こうに雪化粧をした秩父山塊を望みます。

p1090560同じく清里の名所、東沢大橋(通称、赤い橋)の展望台から望む、八ヶ岳の峰々。

まきば公園と違い、除雪がされていない駐車場に入る車もなく、展望台からの絶景は貸切状態で堪能できました。

p1090544少し背伸びをして(望遠で)牧場公園から八ヶ岳側を眺めると、主峰、赤岳の威容が迫ってきます。天候の移り変わりが多い今シーズン、本当に真っ白に雪化粧した赤岳の姿が楽しめるのは、僅かな期間かもしれません。

p1090587もう少し、雪景色を楽しむために、更に歩みを進めて野辺山へ。

牧場地帯を貫通する道路のどん詰まり。ここより先には車で進む事は出来ません。

足跡一つない雪原が広がる先に、厳冬の八ヶ岳の威容が広がります。

昼下がりの八ヶ岳ブルー、これが真骨頂です。

p1090575昨日の雪の影響がまだ残る、少し雲が多めながら、真っ青な空の下に美しい雪渓が映える、主峰、赤岳と硫黄岳を正面に望んで。

p1090576たまには、こんな一枚も如何でしょうか。赤岳を換算200mのフルアップで。

p1090593

振り返って秩父方面を眺めると、尖った象徴的な山容を見せる男山を正面に望む事が出来ます。

雪の少ない秩父側ですが、このところの連続した降雪で山肌が真っ白に色付いています。

 

p1090612

撮影していると、雪雲がどんどんと迫ってきたので、ぐるりと廻り込んで、八ヶ岳の西側へ。

頭上には重たい雪雲が迫ってきていますが、八ヶ岳の上空は徐々に晴れ間が見え始めています。

p1090606

雪雲を撥ね退ける、真っ白に雪化粧をした蓼科山と横岳。

p1090636そうこうしているうちに、日没を迎えてきました。鮮やかに西日に彩られる北八ヶ岳の山々。

p1090637日没間際になって、重たい雪雲を追いやって、遂に正面に望む南八ヶ岳の主峰たちが姿を見せてくれました。

すっかり日没が遅くなった2月の中旬。厳冬の頃もあともう少しの辛抱です。

 

立春を迎えた八ヶ岳南麓の一コマ(2017.1.22~2.4)

1月も後半に入ると寒さも本番。

身に染みる寒さと、単調な色合いとなる山々に囲まれていると、外を歩き回る事からちょっと遠のいてしまいます。

これではあかんと、叱咤しながら、てくてくと歩きながらのカットを。

p1090374車を揺さぶられるほどの強い風が吹き付ける午後、真っ白な雪雲に覆われた南アルプスの山並みから湧き上がる雲に、太陽が覆われていきます。

p1090391あっという間に雪雲に覆われる山並み。

日差しが完全に雪雲に覆われて再び現れた落葉松に覆われた山肌は、まるで筆で描いたかのような稜線が浮かび上がっていました(1/22)。

p1090393氷点下10℃を下回る、今シーズン最も冷え込んだ朝。南麓に移住した頃にはこんな冷え込んだ日が2週間ほど続いたのですが、最近ではあまり長続きしなくなりました。

真っ青な空の下、雪渓の甲斐駒が美しく映える朝です(1/26)。

p1090403眩しい日差しを受ける、昼下がりの南アルプス。

圃場に雪が無い事に驚かれるかもしれませんが、冷え込みが厳しくとも里に積雪が無いのが八ヶ岳南麓の普通の姿。今年はここ数年では最も積雪が少ない、冷え込みがある程度続く、冬らしい天候となっています(2/2)。

立春を迎えた週末。驚くほど暖かくなった昼下がりに、冬籠りで出不精になってしまった自分に喝を入れるために、敢えて購入したお散歩用望遠レンズ持って、試写をしながら歩き回ります。

ぽかぽかの陽だまりの中、観る角度によって様々な姿を見せる、甲斐駒のトップコレクションを撮って歩きながら。左上から時計回りに、小淵沢町下笹尾(城山公園近く)、白州町横手(フレンドパークむかわ近くの広域農道沿い)、白州町白洲(尾白の森名水公園べるが近くの広域農道沿い、長坂町中丸(清春美術館)。

p1090424

普段とはちょっと違う角度の、横手から望遠で望む雪の少ない八ヶ岳。

手振れ補正があるとはいっても、馴れていないせいか、やはり緩々の絵になってしまいますね。

p1090445一気に標高を上げて、野辺山へ。

こちらも雪が少なく、枯草に覆われる牧草地には、点々と雪が残るばかりです。

p1090441冬の空の下に聳える、八ヶ岳の要を執り成す主峰、赤岳。赤岳山荘もくっきり見えています。

p1090443主峰赤岳からカメラを右に降って、硫黄岳、横岳へと向かう稜線。

麓は雪が少ないとはいっても、峰々や谷筋にはタップリと雪が積もっているようです。

p1090462夕暮れ、12月には遥か南に寄った太陽は、立春を迎えて、徐々に八ヶ岳の裾野に戻ってきました。豊かな裾野を曳く、平沢峠から望む八ヶ岳の美しいシルエット。

p1090469

夕日を受けて、ほんのりと桃色に染まる峰々の稜線。

p1090465赤岳をバックに、八ヶ岳の懐に抱かれるスキー場。

日暮れを迎えて、夜間照明が灯りはじめています。

p1090483どっぷりと日の沈んだ夕暮れ。

僅かに空に色が残る中、浮かび上がるスキー場の夜間照明。

まるで春を思わせる暖かな立春。でもこれを書いている窓の外は真っ白な雪景色と、まだまだ春は遥かに遠い、八ヶ岳山麓です。

雪景色の諏訪大社上社本宮

降りしきる雪の諏訪大社、上社本宮前にて(2/5)。

雪景色となった八ヶ岳山麓の午後(2016.1.9)

季節外れの雪が降った11月末以来、随分ご無沙汰振りで本格的な降雪となった日曜日の晩。

朝になって雪は小康状態となり、気温が高かったこともあって、午後になると除雪の済んだ道路はドライに。車での移動には問題ない状態となりました。

p1090334

すっかり晴れ渡った空が広がる、八ヶ岳の麓。

高い空には、まだ薄く雲が残る、ちょっと安定しない八ヶ岳ブルー。

p1090329

かみ雪らしく、写真で右側となる南麓側の斜面が真っ白になっています。

p1090338振り返って南アルプスの山並みを望みます。まだ甲斐駒の上空には雪雲が残っているようです。

遠くに富士山を望む、穏やかな雪晴れとなった午後のひと時。

p1090341それではと、山に入るとやはり空は雲に覆われてしまいます。

谷筋から雲が湧きあがってくる、奥蓼科、御射鹿池。

結氷が進む湖畔は、ひっそりと静かです。

p1090349

雪化粧をした御射鹿池。

暖かいとはいえ、夕暮れの気温は0℃。静かな湖畔に佇むと、ひんやりとした風が湖面を伝ってきます。

本格的な冬景色になった八ヶ岳の麓、そろそろ一年で最も寒いシーズンの到来です。

シカとの衝突が怖いシーズンに、効果はさておき車用「鹿笛(シカ避け笛・動物よけ警笛)」を買ってみる

シカとの衝突が怖いシーズンに、効果はさておき車用「鹿笛(シカ避け笛・動物よけ警笛)」を買ってみる

各地で被害の報告が聞こえてくる、鹿と鉄道や自動車との衝突事故。私が住む八ヶ岳山麓でも決して珍しい事ではありません。

昨年末には、特急あずさが一本の列車で2回続けて3頭と立て続けに衝突するという、ちょっと笑えないお話が出ていましたし、秋から冬にかけて、当地でも列車との衝突により遅延が生じるのは日常茶飯事です(鹿と衝突した場合は「動物」、それ以外との衝突の場合は「小動物」と呼称するのはちょっと笑ってしまいます)。

そんな事故が絶えないシカとの衝突、私自体も雪道で一旦停車した後にシカの親子を避けた際に、子供を守ろうとした親に逆に突っかけられて、車(パジェロミニ)のフェンダーをヘッドライトごと凹まされた(時速10km/h位でもがっつり凹みます)苦い思い出があるため、このシーズンは特に気を使うところです。特に、法定速度で走っていて衝突した場合は全損どころか、こちらも鞭打ち等のダメージを食らう可能性があります(何人も知っています)。

そんな訳で、シカ対策には特に敏感なのですが、各地で行われている色々な対策には非常に強い興味を持ってみています。

最新の対策例、柵と柵の間に敢えて通過可能な「踏切」を用意して、列車が通過する時間帯だけ超音波の発信器を発音させて、警報機宜しく横断を防止する例(近鉄)。

シカがレールを舐める行為に着目して作られた、シカの誘引剤を線路わきから離れた場所に逆に設置する例(JR東海)。

もう諦めて、ぶつかる前提でバンパーを付けてしまう例も(JR東海)。JR北海道のように、車両に搭載する警笛自体を高周波成分を含む「鹿笛」に置き換え、増設している例もあります。

一方、自動車の方はこれといった対策もなく、とにかく逃げるか柵が設置される事を待ちわびるくらいしか無かったのですが、より大型の為に深刻なダメージを受ける可能性のあるエゾジカとの衝突が問題となっている北海道では別の対策が取られているようです。

 

鹿避け笛(鹿笛、シカ笛)と呼ぶそうですが、実際にどんなものでどんな効果を期待しているのでしょうか。

地元のカー用品店に行った際にたまたま見かけたので、無駄遣い前提で買ってみました。

シカ避け笛パッケージ

ちょっとインフレ気味に動物なら何でも効く「動物よけ警笛」と書かれていますが、これは明らかに過剰表記かも。

陰になってしまいましたが、パッケージ下に書かれているようにオーストリア製です。

しかも、実証実験済とありますが、果たして…。

シカ避け笛パッケージ中身

こちらがパッケージの中身。2個の笛とフロントグリルに取り付けるステー、ステーから取り外す(洗車の際には取り外すように指示が書かれています)為のキーが入っています。

取り付け方法などは丁寧な説明が付いてます。相対速度が時速50km/h以上で発音し、約400m前方まで伝わると書かれてます。

ステッカーは、まあお気に召せばどうぞという事で。

シカ避け笛解説書

パッケージの裏面。うーん、何だか判りませんね。

 

シカ避け笛の貫通穴部分

実際に笛の中のホーンの部分を見た画像です。

スリットの下が空いている(右)と空いていない(左)のパターンがある事が判ります。同じような製品が輸入品含めて3種類程ありますが、いずれも2つの笛がセットになっている点と、スリットが貫通、非貫通のセットである事は同じようです。従って、原理的には既に知られている手法を採用していると思われます。

では、その実験というのがどのような事なのでしょうか。気になったので輸入代理店の紹介ページを覗いてみました。

記事をご覧頂ければ判りますように、実験内容(動物園にいるエゾジカに各種の音を聞かせた時の反応に於いて、特定の周波数帯域の音に反応して挙動を停止する例がある)と、本商品との使用状態(実際の走行中にこの笛から発生する音にシカが反応するか)、特に本商品が発生する音と、実験に用いられた音源には全く関連性がない訳で(スペクトル観てみたいですが)、これで実証済みと謂われるのは正しくない事になりますね。しかも大学生の卒研ですから、当分は特許や論文等で出て来る事もなさそうです。

一方で、前述のように同じ形態の商品が複数あるという事は、何らかの元になる考え方があったはず。こちらも調べてみたいのですが、ちょっと時間が掛かりそうです。

そんな訳で、眉唾一杯、気休め程度の商品ですが、2000円程度とまあ、遊んでみてもいいかなというくらいの気持ちで取り付けてみようと思います。何せ、この手の商品は意識付けとしての「御守」役割が第一ですから。

シカ避け笛、シカ笛、鹿笛

シカ避け笛取り付けイメージ

実際の取り付け画像はこちらです。