諏訪市博物館の特別展「日本最古!?諏訪で発見された300年前の押し葉・押し花」と講演会(科学と実学の端緒を示す貴重な発見へ)

諏訪市博物館の特別展「日本最古!?諏訪で発見された300年前の押し葉・押し花」と講演会(科学と実学の端緒を示す貴重な発見へ)

先月、国立科学博物館で公開された、諏訪市在住の方が所蔵されていた江戸時代中期の押し葉・押し花の展示。NHKの全国ニュースでも報道されていたように、現時点で国内最古の年代が確定できる押し葉・押し花と認知されているようです。

国立科学博物館との共同研究という形で発表された今回の発見。先行展示となった東京から所有者が在住する諏訪へ戻され、今回寄託を受けることになった諏訪市博物館での凱旋展示が始まりました。

駐車場に掲示された案内看板。エントランスに向かう通路の両脇にも幟が立ち並び、今回の展示に向けられた博物館の意欲が伺えます。

講演会が始まる20分ほど前に到着したのですが、何時もは閑散としている駐車場が満車になろうかという程の入り具合。連休とはいえ、ちょっと驚きながら館内へ。

展示は1週間前から始まっていたのですが、本日(9/22)は今回の収蔵と分析を指揮し展示の監修も行った、国立科学博物館の鈴木一義先生の講演会を聴講する為に訪れました。

三連休初日の土曜の午後、地元マスコミの取材も入り、ロビーには人が溢れ定員50名に対して急遽増席を行う程の盛況となった講演会。登壇者のプロフィールが館長から紹介されると、一瞬、きょとんとされている聴講者の方が多かったようです。

歴史学か自然科学の研究者が紹介されるのかと構えていると、所縁として語られるのはお隣の下諏訪町にある儀象堂(現:しもすわ今昔館おいでや)の中庭に据えられた巨大な水運儀象台の復元プロジェクト。江戸時代の学問や技術史にご興味のある方でしたら「からくり人形」復元でも知られる、近世、近代の技術史研究者の方です。

冒頭の国立科学博物館が調査協力を行うまでの経緯と今回の収蔵に当たっての史料の分析、保存処置に関する説明。虫食いも殆ど無く、実際に展示を見ても驚くほど鮮やかな墨跡が残る点は、諏訪と言う冷涼で乾燥した土地で江戸時代から蔵の中に保存されいた事が長期の保存に繋がったと紹介されています。その一方で今回発見された史料から僅かに遅れる享保9年の記録が残る京極家に伝えられた物が既にあり、今回の発見が諏訪という土地だからという地元贔屓的な視点はあまり持たない方が良さそうです(展示に添えられて掲示されていた内容と寄託者のお知り合いの方々がおしゃべりしている内容を聞いていると、30年前に蔵から出して色紙にテープで張って額装にして、ご自身の経営する会社で飾っていたとの事。保存措置から発表まで約1年を掛ける事になったのも、一部の史料の出自が不明確となったのも、その際の処置にあるような…)。

今回の発見。前述のように江戸時代の植物標本(プロジェクトチームで同定を担当した植物学担当の方によると、採集部分が標本の要件を具えていないので「西洋科学」的には標本とは見做せないため、あくまでも押し葉・押し花だと)は数多存在し、今回の発見より更に古いと見做される標本例の話も多数持ち込まれるそうですが、決定的に異なる点を指摘しています。それは

「採集年と採集場所、採集者が史料に付され、その記録の確証が取れている点」

科学にとって記録が為されているという事が如何に大事かというお話を起点に、中華圏における本草学を受容して日本で発展した本草学とその後の蘭学の受容、幕末以降の近代科学技術への驚くほどの順応性を見せた際の、日本の本草学先駆性を西洋科学との時間軸的な対比から説き起こしていきます。

曰く、リンネの分類法が発表された時代と、今回の発見はほぼ同年代であり、その後の将軍徳川吉宗による国内物産振興政策に基づく本草学の発展と蘭学の受容があったからこそ、シーボルトが来日した際に、当時の儒学をベースにした素養の上に築かれた蘭学の知識を持った学者たちには、既に彼の学識を充分に受け止める素地が出来上がっていたと指摘します。日本の科学技術が明治以降の文明開化によって西洋からもたらされたという視点に対して真っ向から異議を唱える見解。既に記録収集の作法を身に着けていた日本の本草学が蘭学を受容した先で科学への橋渡し役となった宇田川榕菴に繋がるのか。蘭学者の系譜を綴る線表の解説を聞いていると、その発端に今回の発見が繋がるのかが今後の大きな研究課題となりそうです。

そしてもう一つのお話、日本人がこれらの採集をどのような想いを以て行っていたか。色や形への命名法を比較しながら、「物の名前」で分類を行おうとする日本人と「分類する記号としての名称」を行う西洋の手法、その延長にある細密に分類していくことを基盤とする科学と、実際に作られた物、技法や手法への視点を重視する本草学の先に花開いた日本のオリジナリティとの違いを、実学という言葉を使って技術者の立場から見つめていきます。パトロンとしての王侯貴族の好奇心を満たすための科学と、領民に安寧を与える事を学者たちに求めた歴代将軍や大名の、領土的野心を放棄した先で代を継いで自らの領地をより良くしていくという意義の先に見る実学と言う視点には疑問を挟まない訳でもない(氏は徳川家の関連団体で評議員を務めているそうです)ですが、氏の研究テーマとしての日本の技術史と言う意味では(逆説的には基礎科学、原理や法則軽視という意味でも)とても良く理解できる講演内容。

展示会場は撮禁、発表直後の速報段階での今回の公開となったため、図録等の準備もまだの状況でしたが、渋江隼之丞や藩主である諏訪忠虎の動きと史料が対比できるように配慮された、国立科学博物館の協力による同定作業の結果をまとめたシートが配られています。

展示内容は、今回発見された史料(前述の状態から洗浄、復元処置を受けた後に、収蔵庫に収めやすいようにでしょうか、セットごとに書付と組み合わせでボードに留め具で嵌められて収容された押し葉・押し花)を中心に、採集者である渋江隼之丞の出自やその後に新知取立てとなった際の石高、藩内での職制を示す史料(これらが他家の史料から読み解ける点が、実に諏訪における史料保存が良い証拠)。更には、今回の講演者である鈴木一義先生の影響を多分に受けたと思える、江戸時代の本草関連書籍の展示(貝原益軒の大和本草?だったと思いますが、一組み揃いで中央に一段高く飾られていたのは如何にもといった感じで、特に印象的でした)。明治期以降の霧ヶ峰における植物採集の記録など、本草から植物学へと言うテーマを強く印象付ける展示内容になっています。

講演会の後に会場から出ていかれる方々のおしゃべりに耳を傾けていると、多く参加されていたご年配の女性の方を始め、明らかにこの講演会を目当てにされていた植物や自然環境、郷土史にご興味のある方には肩透かしだったのかな、と思わせる反応も(私はヨーロッパを含む近世技術史も大好きですので、とても楽しかったです)。

確かに植物学的な知見や歴史的背景といった点では明らかにベクトルの異なるお話でしたし、日本史や地域史としての視点で採集や発見の経緯を聞きたかった方にとっては物足りなさも感じた内容だったかもしれません。しかしながら、発見から漸く速報としての展示に漕ぎ着けたばかりの今回の特別展。現在の環境では情報のスピードを競うのは研究成果や博物館の展示も全く同じで、まずは史料の保存状態を万全にして日本最古との学術的なお墨付きを与え、その貴重な記録が江戸時代中期と言う、西洋に伍して極めて早い段階で築かれたという事実を定義づける事の周知を第一とした今回の展示。

深く長い歴史を積み重ねてきた諏訪の地。旧家が多く残り、厳しい寒さの一方で恵まれた保存環境にあるこの地で、今回に続く新たな発見はまだまだ続くはず。今回の発見成果を歴史や科学の一端として語るにはまだまだ時間が必要な事でしょう。

更なる研究の先にどんな事実が見いだされるのか。諏訪の地に戻ってきたその史料たちが更なる知見を与えてくれるように、大切に保管される環境と多くの方々に周知される機会が得られたことをまずは喜びながら。

諏訪市博物館の特別展「日本最古!?300年前の諏訪で発見された押し葉・押し花」10/14までです。

 

今月の読本「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)江戸の科学技術を育んだ技巧者ネットワーク列伝

今月の読本「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)江戸の科学技術を育んだ技巧者ネットワーク列伝

実質的には長く鎖国状態にあった江戸時代の日本。それにもかかわらず、幕府も各藩も、更には民衆ですらも開国後の急速な海外から流入する言語や文化、道具や技術に柔軟に対応したように見えます。享保の改革以降に禁書政策が弛められた成果が大きい事には論を待ちませんが、それらの書籍を使いこなし、実際に自らの力に変えていった多くの人々によって、その素地が培われていたはずです。

今回ご紹介するのは、珍しい切り口でその伏流の一端を伝記として語る一冊「江戸の科学者」(新戸雅章 平凡社新書)です。

まず、著者の珍しい経歴に驚かされます。ニコラ・テスラ(エジソンと直流/交流送電で争った人物、磁束密度の単位Tの元になった)の日本における顕彰活動を続けている方、およそ本書の執筆内容と異なるような感覚もありますが、時代背景的には同じ産業革命から近代工業が勃興する時代に生きた人物。チャールズ・バベッジ(階差機関の発明者)を扱った著作もある、近代初頭の工業技術に関して、造詣が深い方です。魅惑の付録が発売の度に大きなおともだちの心(とお財布)を鷲掴みにするシリーズのWeb版、学研が主宰する「大人の科学.net」に連載した記事に、登場人物を大幅に増やして書籍化した一冊。その人物選定には、前述の経歴がいかんなく発揮されています。

  • 関孝和
  • 平賀源内
  • 司馬江漢
  • 志筑忠雄
  • 橋本宗吉
  • 高橋至時
  • 国友一貫斎
  • 宇田川榕菴
  • 田中久重
  • 緒方洪庵
  • 川本幸民

出生年別に並べてみましたが(冒頭に年譜が付いています)、知らない人ばかりで、なんで有名なこの人が居ないのと首をかしげる方が多いのではないでしょうか。一方で、著者の略歴を踏まえ、その連載元のテーマをご存知の方であれば、納得の人選がラインナップされています。

その選定には学者や文人というより、むしろ技巧派揃いの職人列伝といった雰囲気が濃厚に漂います。内容のほうも人物伝と言うより「学研 おとな偉人伝」といった筆致で綴られており、時折称揚が過ぎたり、筆が上ずり気味なくらいにのめり込んで綴られる内容に、少し微笑ましくなってしまう事もあります。特に田中久重、国友一貫斎といった技巧派(からくり師)を扱った部分は特にそのような感触が強いですし、平賀源内や司馬江漢に対する技巧者を越えて先取りしすぎたプロモーター的な人物への強い情景、橋本宗吉の紹介に至っては、完全に著者によるオマージュで綴られます。

個々の人物像に惚れ込んでいないとなかなか描けない熱のこもった筆致。それ故に、要所では突っ込んだ内容も描かれますが、全体としては読物風な内容に留まる点は致し方なところもありますし、表題だけを見て手に取られた方にはその人物選定を含めて物足りなさが感じられるかもしれません。

しかしながら、本書を通して読んでいくとある点に気が付かれるはずです。本文中ではテーマごとに並べられていますが、時代ごとに彼らを並べ、その書かれている内容、繋いできた知識、著作、人物関係を俯瞰していくと、幕末から明治に至るまで、綺麗に彼らの系譜が繋がっていく事になります。登場する彼ら一人一人が直接的に出逢っていた訳ではありません。現代より遥かに交通事情が悪く、情報伝達や出版事情に至っては雲泥の差があった江戸時代。僅かな伝手や人と人を繋ぐネットワーク、表現が良くないかもしれませんが「徒弟制度、学閥、閨閥」といった人の繋がりの中で脈々と受け継がれてきた技術や知識が、当時の学問的共通基盤、儒学をベースに普く彼らの中で行き渡っていった先に、明治以降の海外からの文化、技術の受け皿としての素養が育まれていた事がはっきりと判るかと思います。

彼らが活躍する源泉となる情報と文物のネットワークを構築し、先進的な思考を伝えるプロモーターとしての役割を果たした源内と、そのネットワークに学問と言う重み付を与えて、現代の大学制度に至る教育を通して技術者を生み出す基盤を作り上げた洪庵。その中を埋めていく、特異な技量と旺盛な好奇心、不断の努力で技術水準を上げていった江漢、宗吉、一貫斎、久重。学問的な素地を高めて、鎖国や言語といったハンデを乗り越える足場を築き上げていった孝和、忠雄、至時、榕菴。そして、現代の科学技術への橋渡し役を務めた幸民。

江戸時代を通じた、彼らが培った技術とネットワークの蓄積に思いを馳せるとき、どんな情報でも瞬時に集められる現代の我々が見失ってしまった本当の価値が見えて来る。本書の元となった「大人の科学」シリーズが標榜するテーマとも交差する、その原点を見つめ直す一冊です。