今月の読本「奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム」(矢口祐人 新潮選書)多様性をテンプレート化する狭間で

暑い夏の午後。涼しい高原地帯とはいえ、ここ最近の猛暑では日中は出かけるのも躊躇してしまう程の日差しが降り注ぐため、日暮れまでの間は涼しい屋内で読書をして過ごす時間が長くなっていきます。

今日もそんな午後のひと時に読んでいた一冊をご紹介。選書のシリーズでは価格の安さとキワモノとまでは言いませんが、少し斜に構えたテーマ設定の作品が多い新潮選書の6月の新刊から一冊拾ってみました。

奇妙なアメリカ

奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム」(矢口祐人著)です。

普段は副題を添えてご紹介しない場合が多いのですが、本書ばかりは副題が必須のように思えます。当の本人も、副題に気が付くまで本書がアメリカのミュージアムを題材に取った作品だと気が付かなかったくらいですから…。

しかも、副題の内容も本書の内容を反映しているかといえば、殆ど正しくないようです。

本屋さんで書籍を手に取る最初のインターフェイスはもちろん題名、そして装丁だと思います。その点、同一の装丁で揃えられている都合上でしょうか、差別化を図るために用いられたと思われる、インパクト重視の題名やキャッチーな帯からは書籍のイメージが伝わりにくく、この辺りの選定に何時も首を傾げる点が多いのが新潮選書の難点なのですが、今回の表題は副題を含めても本書の内容をかなり歪めていると思えてなりません。

本書は神と正義の話のような、福音派をモチーフにした題材でもありませんし、取り扱われているテーマも奇妙さは全くありません。マガジンスタイルの書籍が扱うような、少しアメリカ文化を茶化してやろうという、表題から感じるノリとは全く反対の、極めて真面目なミュージアムについてのお話が続きます(著者はハワイ文化が専門の東京大学大学院総合文化研究科の教授でもあり、名著の中公新書「現代アメリカのキーワード」の共著者でもあります)。その点では、表題が内容を大きくスポイルしている(歪曲している)点は否めません。

本書を読み始めると、まず初めに、アメリカ人が毎年8億5ooo万人もミュージアムに訪れると聞いて、驚くのではないでしょうか。有名なスミソニアンやニューヨーク、ボストンの美術館等、著名なミュージアムが数多く存在するから当たり前と思われるかもしれませんが、あれだけ広大な国土にも関わらず、人口一人当たりの来訪者数で日本とほとんど変わらないと聞くと、まさかと思う方も多いのではないでしょうか。アメリカ人も、日本人同様に「ミュージアム大好き」な人たちなのかもしれません。

本書は、そんなミュージアム好きなアメリカ人にとっても極めて特徴的な展示内容を有するミュージアムを敢えてピックアップして紹介しています。本書では8つのミュージアムが紹介されていきますが、いずれの解説にも、著者の深い配慮が垣間見えます。扱っているミュージアムのテーマがかなり極端な故でしょうか、読者に偏向性と誤解を与えないように、内容には極力公平性を保とうとする筆致が伺えます。

そもそも、ミュージアムと定義づける以上、何らかのテーマに則った展示が求められるわけですから、テーマに合わせたテンプレート(もしくはストーリー)に展示内容を載せていく必要が生じる点は不可避なことだと思います。その点で、本書に紹介されている8つのミュージアムはいずれも特定のテンプレートを下敷きにどのように展示を組み立てているのかを、著者の感想や、時に施設の内外での出来事を交えながら語っていきます。

紹介されるミュージアムはどれも展示の上での芸術性、工夫に溢れており、特徴的な場所に所在し、ここでしか見られないというテーマを持っているのですが、著者はそれぞれの展示内容に対して、充分にアメリカ社会を理解した上でなければこれらの内容を理解することはできないと明言しています。

著者は、そこにあるアメリカ社会特有の理論構築について、展示者の意図から読み解いていこうとします。創造論や核兵器の正当性を示すためには科学を以て証明する。犯罪に対して罪は罪、罰は罰と割り切るドライさと、危うさ。成金趣味と言われようが、芸術に投資し、故郷に利益を誘導するのも成功者の一側面である事実(日本人もこの点は同じですね)。何を於いても、国家の大義、そしてコミュニティの大切さを訴える事を優先する。

そのような解説を通して、本書で扱われるミュージアムに一貫して、ある特定の配慮が欠落してる点を著者は指摘しようとしている事が判るかと思います。この想いの正体は、最後に紹介する戦艦アリゾナ号メモリアルと、最近改修されたビジターセンターの展示への言及で明確化するように本書は構成されています。多様化を価値観の一方の源泉として重視するアメリカ社会のもう一方の価値観としての、テンプレート化されたミュージアムの展示を通して、意図せずとも除外されたであろう価値観との対比を読み解いていこうという著者の想いが垣間見れます(例外的に、全米日系アメリカ人ミュージアムの紹介の部分では逆否定の表現で記述されている点は、やはり気になります)。

繰り返すようですが、本書は表題にあるような神と正義といった画一的なアメリカ論を語る内容でもありません。丁寧にアメリカの多様性の一側面としてのミュージアムを解説しながら、そこにマイノリティの代表でもある日本人としての著者が感じた、外から見た理想のアメリカ像からの「欠落」を見つけ出していこうという、深い考察を持った一冊であると思います。

<おまけ>

本書と併せて読みたい、最近新潮選書に収められた、同じようなテーマを全米の特徴的なコミュニティを舞台に考察する一冊「アメリカン・コミュニティ」(渡辺靖:著 私が持っているのは2007年に刊行された初版)。アメリカの多様性を知るきっかけとして、とても良い本だと思います。

奇妙なアメリカとアメリカン・コミュニティ<おまけ>

本ページでご紹介している同じようなテーマの書籍、話題を

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今月の読本「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ 新潮新書)最古の成文憲法がもたらす歪みと連邦最高裁の役割

今月の読本「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ 新潮新書)最古の成文憲法がもたらす歪みと連邦最高裁の役割

色々始めてしまうと、なかなか本を読む時間が取れない。

それでも年末からの読みかけの本を少ずつ片づけながら、ついつい新たな本を買ってしまう悪循環。

そんな悪循環の中で買った今回の一冊「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ・新潮新書)です。

アメリカが劣化した本当の理由and憲法で読むアメリカ史

同じ著者の前著が「手ごわい頭脳-アメリカン弁護士の思考法」という、ちょっとエキセントリックな題名とこれまた煽り気味の文体であったために、今回の一冊もまたもや同じノリなのかな?とも思いながら読んでいきましたが、そんなことはありません。やはりキャッチーなフレーズが並びますが内容的には極めて平易に「条約機構としてのアメリカ政治制度」の弱点を解説してくれる一冊です。

ところで皆さんはアメリカの政治といった場合、どんなイメージを持たれるでしょうか。民主主義の総本山、自由主義国家の盟主、民主主義の手本、強力な大統領、公明正大な政治etc…。良い意味を持たれる方々もたくさんいると思います。

一方で、犯罪国家、貧富の格差、差別、ロビイストの存在、訴訟社会、分裂国家etc…ネガティブなイメージを持たれる方も多くいらっしゃるかと思います。

アメリカは常に問題を孕みながら、ダイナミックな超越を繰り返し、日々進化していく。そんなイメージが最も似合っているのかと思います。

そんな変わり続けるアメリカのもう一方の側面として、実は世界最古の成文憲法(書面として起草された憲法文が纏まった形で成立していること、英国などは慣例法を引き継いでいます)を戴く国家であるという点です。

そして合衆国憲法とは本書でも述べられているように「アメリカという名の条約機構」に参加するための極めて限定的な、あらゆる妥協を抱え込んだ国家間の条約文であるということです。

良く知られるようにアメリカは50州の集合体ですが、各州に政府があり、裁判所があり、軍隊があり、そして憲法があります。

憲法の文面上、州の連合体である連邦の役割は本来、これら各州から極めて限定的な業務を「委託」された存在にすぎません。具体的には州を跨ぐ問題の解決、外交、通貨政策(対外的な)、中央軍としての連邦軍の運用、そしてこれらを運用するために必要となる資金の徴税権だけです。それ以外のすべての権利は各州及び人民に留め置かれていると明記されています。

大統領の権限についてはもっと小さく、単に上記問題を解決するために存在する連邦議会によって議決された案件を「執行」するだけに過ぎません(連邦軍の運用は大統領に委ねられていますが、予算権は連邦議会にあります)

世界に対して強大な権力を行使し続ける現在のアメリカ大統領とその政府の動きと、この憲法に記載されている僅かな権限の違いの大きさには何時も驚かされます。

また、連邦議会は各州に留め置かれているはずのあらゆる権利に制限を加える法案を日夜審議、可決し続けており、行政府の長である大統領は更に憲法に何ら謳われていない「大統領令」なる行政執行権を行使して各州に対して連邦の行政方針を貫徹しようと望んでいます。

このように憲法無視も甚だしい連邦の行政運営とは逆に、アメリカの政治においては、憲法の規定があるゆえに外国人から見ると不思議な制度が数々あります

  • 州によって法整備も、課税も、選挙制度も全く異なり、「一票の格差」なんて言葉以前の大幅な格差が存在する(選挙権すらない地域もある)
  • したがって、方針の違いにより時には連邦政府と各州政府が「裁判」で争ってしまう
  • 大統領選挙の投票と実際に投票を行う大統領選挙人の摩訶不思議な関係
  • 連邦議会に議案を提出する際にわざわざ必要となる「州際取引」根拠づけ
  • 大統領が変わるたびに高級官僚が一斉に入れ替わってしまい行政の連続性が簡単に途切れる
  • 一度各州議会や、連邦議会で可決された議案、法律でも大統領の拒否権や連邦最高裁の判決次第では簡単に葬り去られてしまう

アメリカ政治のあらゆるシーンにおいて「最古の成文憲法」の制約が顔を覗かせ、それを超越しようとする度に「連邦最高裁判所による違憲立法審査権」が最後の審判を下すことになるわけです。

この「違憲立法審査権」そのものが、憲法には何ら謳われていない行為である訳ですから、現在のアメリカ政治、司法の基軸がどこにあるのかというのは極めて曖昧であるといえます。

本書ではこのシステム的な矛盾点を概説することを目的としていますが、一方で弁護士ある著者は、システム的な矛盾を整合させるために動く司法制度、特に最終的な「審判」を下す連邦最高裁判所の判断について詳述していきます。

すなわち「条約機構としてのアメリカ合衆国というシステムと条約文としての合衆国憲法」は外交条約にありがちなあらゆる矛盾を孕んだ妥協策として成立した訳で、成立当初から運用上の大きな制約を抱えたスタートだったはずです。

常に現実に直面させられる連邦行政はその目的を果たすために運用上の制約を柔軟に解決しようと試みますが、常に反対者は存在します(アメリカの場合は加盟国ともいえる州同士でも)し、隙あらば条約を有利に解釈し、または条約から離れようとするわけです。そのための妥協の場としての連邦議会と安全弁としての連邦最高裁判所が設けられたと考えられるわけです。

「安全弁」としての役割を期待された連邦最高裁判所が南北戦争のように時には火を焚きつけてしまうような失態を犯すことも、長く人種差別を助長するような判断を下すことも多々あったのだと思います。

それでも連邦最高裁判所に期待が寄せられるのは「すべての国民を代表する国家元首としての資質を期待されている大統領が指名し、各州の代表者である上院に承認され、長期にその職に留まる事を保証された人材であれば、時々の情勢に流されずに長期的な視点に立った公平な判断が望める」との想いがあるからではないでしょうか。

そんな事を考えながら本書を読んでいくと、帯につけられている「民主主義はアメリカに学ぶな!」という、キャッチーなコピーとは裏腹に、この古くて摩訶不思議な「条約機構」の葛藤と超越の物語こそ学ぶべき格好の存在であると思えてくるのです。

<おまけ>

  • 本書を読まれてアメリカの政治制度、特に連邦最高裁が判断し続けてきた「アメリカの形」に興味を持たれた方には、ちょっと古いのですが冒頭の写真にも掲載させて頂きました「憲法で読むアメリカ史(上下)」(阿川尚之・PHP新書)がお勧めです。本書にも通じる、連邦最高裁判決がどのように現在の連邦制度を形作ってきたかを歴史的な判決を通じて極めて判り易く解説されています。アメリカ政治史の入門書としてもお勧めです
  • 憲法で読むアメリカ史(全)
  • 絶版中だったPHP版に代わって、2013年11月にちくま学芸文庫に上下巻を合本された完全版として収蔵されました。タイムリーな話題を取り上げ、入れ替えの早いPHP文庫と比べて、著名人の味わいのある作品や、一般向け書籍とはちょっと色合いの異なった、興味深い作品を長期に渡って収蔵する、ちくま学芸文庫に本書が収蔵されたことは、一読者としても、とてもうれしい事です。ちょっと残念なのが、上巻冒頭のブッシュJr.の大統領就任までの混乱を扱った章と、下巻の最終章であるレンクイストコートの部分は、著者によって、ちくま学芸文庫に収蔵する内容としては時期尚早であるとの判断から削除されています(本書の紹介tweetに対する反響は、私にとっても過去最高だったりしました。とても良い本である事を、皆さんの反響で改めて認識した次第です)
  • 有名な話ですが、アメリカの1ドル札の裏面には未完成のピラミッドにダビデの目が描かれています。未完成の国に注がれる神の目、これは本書の巻末で著者が述べているように「合衆国憲法に謳い上げられた美しい理念」を空文にしないために努力を続けてきた人達の努力と同じく、決して完成する事が無い「国家」というシステムへ国民の努力を要求するメッセージでもあります。その努力を惜しまず前進していく力強さの思想的根源としての合衆国憲法は依然として大きな魅力を発し続けているのではないでしょうか