今月の読本「ニューファンドランド いちばん古くていちばん新しいカナダ」(細川道久 彩流社)新大陸へのゲートウェイは最初で最後の落ちこぼれドミニオン

今月の読本「ニューファンドランド いちばん古くていちばん新しいカナダ」(細川道久 彩流社)新大陸へのゲートウェイは最初で最後の落ちこぼれドミニオン

とても珍しいテーマの一冊。

カナダ、ニューファンドランド。この名称に何らかのイメージを持たれる方は決して多くはないかもしれません。

犬がお好きな方には、その地名が冠された2種類の犬種の原産地としてご承知かもしれません。赤毛のアンにご興味のある方であれば、プリンスエドワード島の北側の辺り、というイメージがあるかもしれません。またはお魚好きの方には、北大西洋の一大タラ漁場としての認識もあるかもしれません。理系の皆様には、マルコーニの無線実験の地と聞けば、高校時代を思い出されるかもしれませんし、「ダンガー空港」とフェリーパイロット、大西洋横断飛行の物語における最西端の進出地などと言い出せば、完全に飛行機マニアな皆様ですね(著者がトリビアとして本文中に挙げた内容ですが、全部大好物だった…嗚呼、このブログは不幸にも、上記のネタを全部カバーしています)。

日本人にとっては殆ど縁のない(コラムによると、日系人の居住者は僅かに140名、人口比では0.1%以下です)この地をテーマに、しかもイギリス植民地史の一側面として描こうという、レア度満開の一般書をご紹介です。

ニューファンドランド いちばん古くていちばん新しいカナダ」(細川道久 彩流社)です。

著者は現在鹿児島大学で教鞭を執られる方。軽妙で、ちょっと脱線気味な筆致もありますが、北米大陸のそれこそ東端という未知の世界の歴史へと、易しく楽しく誘ってくれます。また、何分こんなレアなテーマですから、本書の内容は、科研費による研究成果の一部である事をあとがきで示されています。貴重な研究成果、ありがたく読みたいところですが、なにせこのニューファンドランド、単なるカナダの一州だと思うと大間違い、英連邦の自治領から同じく英連邦のカナダへと大戦後の1949年に併合されるまでは、行政府の財政破たんにより自治すら許されなかった(破産自治「領」です)、一筋縄ではいかない場所のようです。

カナダが連邦国家である事はご承知でしょうが、一番大西洋側にあるこの場所が、一番最後に連邦に加盟したという、アメリカ独立13州をイメージしていると足元をすくわれる、摩訶不思議な地勢感。しかも英連邦の自治領から住民投票によるカナダへの併合は、腹黒紳士イギリス一流のカモフラージュなお仕着せで、実は、大戦で疲弊したイギリスからカナダに、借金棒引きの代わりに売り飛ばされたという疑惑(ドキュメンタリータッチで描く、著者の検証は読みごたえ充分)のおまけ付き。

これだけでも充分驚かされますが、更に追い打ちを掛ける内容が、ドミニオンというカナダやオーストラリア、インドと並ぶ、大英帝国内でもっとも高度な自治権を与えられていながら、大恐慌時に地元政府が破たんしたため、大英帝国に自治権を停止された挙句に、制度的には植民地に後戻りした末でのカナダ併合。

前述までの内容だけでも、初学者には大英帝国の植民地政策の検討テーマとしてはもう満腹なのですが、恐ろしい事に、これらは単に結果に過ぎません。

著者は冒頭から、その結果が特異なニューファンドランドの地勢が生み出したものである事を丁寧に説明していきます。

バイキングが既に北米大陸で漁撈などの活動をしていた事は歴史的な事実として認識されつつありますが、その舞台となった場所こそ、このニューファンドランド。そして「再発見」以降、最も早くに北米大陸で産業が成立したのも、このニューファンドランドの沖合にそれこそ海から湧き出すほどに生息していたタラを使った干しダラ生産。更には、カナダの歴史において今でも複雑な影を落とすイギリス系とフランス系の確執が、この地では、目の前に残された「フランス領」の島との経済水域争いという、厳然たる外交問題として今も突きつけられているという厳しい側面。

まるで、16世紀がそのまま現代に取り残されてしまったような感すらある場所ですが、此処まで複雑な経緯を辿る事になったのも、その地が今も昔も新大陸と旧大陸とを結ぶゲートウェイである点に集約されるようです。

大西洋を挟んだ宗主国である大英帝国への入口ゆえに、大陸内での合同よりも宗主国への恋慕の想いを抱き続けるニューファンドランドとラブラドール。北米にとっても、大西洋を経由して旧大陸へ至る最短距離となるこの地は、戦略上からも重要な拠点と見なされていました。9.11の際にアメリカに向かっていた数多くの航空機を一時的に退避させ、急遽降りる事となった乗客に対する地元住民の暖かい支援が行われた事で一躍有名になった、ガンダー国際空港。この空港の発祥もイギリスとアメリカを結ぶ空路の中継地点として、更には北米防空の要として、大戦時から冷戦が終結するまで重要視され続けました。

豊富なタラ漁による自主財源と、旧大陸への玄関を押さえた地勢。更には沖に浮かぶフランス領となる小島(何と、フレンチ・インディアン戦争の名残)の対岸は「フランス海岸」としてフランスが戦後まで漁業権を維持するという、大陸内以上に複雑な事情が、大陸国家を目指したカナダに与することに躊躇をもたらし続けたようです。

逆に、タラ漁の低迷と、世界恐慌による脆弱な経済構造への深刻なダメージも、宗主国に助けてもらえる、更には既に基地を擁していたアメリカに救ってもらおうという、ご都合主義を持ち続けた末に、遂にはデフォルトの危機へ。結果として、折角カナダと同格の大英帝国内の自治領・ドミニオンとしての扱いを受けていたにもかかわらず、自治権停止、行政管理下という、著者によると植民地以下の扱いに転落してしまいます。ここで、カナダによる救済統合という案もあったようですが、この時点では統合には至りません。

一般的に考えれば、カナダ自体も世界恐慌によるダメージを強く受けており、統合による財政負担の問題がまずは取り沙汰されるかと思いますが、著者は此処で大英帝国特有の問題点を指摘します。即ち、英連邦制度の根幹を成すウェストミンスター憲章の規定により、当時のカナダ政府が「憲法」たる、大英帝国が制定したイギリス領北アメリカ法の改正権限を有していないために、統合に踏み切れなかった点を明示します(更にはニューファンドランド自体も、前述の立ち位置故に、ウェストミンスター憲章をあえて受け入れず、ドミニオンだが植民地という「半人前」の地位に留まっていた)。本書がカナダ一州の物語ではない事を雄弁に示す著述。実際にカナダ自身が憲法を含む完全な立法権を獲得したのが20世紀も末の1982年と聞くと、更に驚かれるかもしれません。

北米で最初の地は、最後に大陸国家としてのカナダに併合されましたが、その根本的な原因となったタラ漁の不振から始まる経済の低迷は、禁漁を続けても戻る事のない、絶望的な資源低迷(払底という言葉の方が正しいかと思います)同様に、低空飛行を今も続けています。

著者が表紙に掲げたカラフルな家並み。常に霧に包まれる北大西洋の海での漁から戻る漁師たちが自分の家を認識するために彩ったと云われるその景色が数少ない慰めとなっている、ちょっと忘れられそうなその場所に潜む、余りにも意外な歴史に驚きつつも、こんなテーマの本が本屋さんで手軽に購入できる環境に感謝しながら。

フィッシュアンドチップスに隠された、もう一つの北米植民地史を。

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今月の読本「魚で始まる世界史」(越智敏之 平凡社新書)キリスト教とシェークスピアを軸に描く、イングランドと二つの大衆魚の物語

今月の読本「魚で始まる世界史」(越智敏之 平凡社新書)キリスト教とシェークスピアを軸に描く、イングランドと二つの大衆魚の物語

食べ物の歴史や風物を扱った本は、どれも楽しいのですが、特に海産物好きにとっては魚を扱った本は正に「好物」。

今回はそんな好物の一冊をご紹介。この手の書籍の著者としては異色中の異色といっていいのではないでしょうか、英文学、特にシェークスピア研究家の方による、ヨーロッパ、いや西洋全般のおける大衆魚の代表格である二つの魚をテーマに置いた「魚で始まる世界史」(越智敏之 平凡社新書)です。

魚で始まる世界史

最近の新書ブームで色々な出版社さんが新書(文庫)を出されていますが、その中では後発の平凡社新書。大先輩の講談社現代新書が最近採りつつある、専門性より読みやすさを重視したテーマ選定と編集、ちくま学芸文庫に見られるようなちょっと哲学的(または西洋文化的)なテーマを併せ持つこの新書シリーズ。

本書もその例に漏れず、単純に漁業や魚にまつわる文化史を語ろうという内容ではありません。

歴史的著述の側面に著者の専門分野であるシェークスピアや演劇のエッセンスをふんだんに取り入れて、それらの舞台演出装置として二つの代表的な大衆魚をテーマに採り上げようという、一般的な歴史書とも文化史とも違う、著者独自の視点による歴史著述が展開されます。

従って、本書では日本の漁業については一文たりとも触れられませんし、現在問題となっている北大西洋での彼らの資源枯渇の話も一切出てきません。そのような意味で本書の表題にある「世界史」という表現は、所謂西洋文明的な観点での世界史、それも取り扱われるのはアメリカ独立戦争期までの時代に限定されます。更に突き詰めていくと、1,2章で取り扱われる宗教的な魚食の意味合いの解説を除けば、その殆どは英国史(イングランド史及びニューイングランド入植史)を軸にした記述である事に理解が必要です。

そのような前提を理解したうえで本書を読み進めてみると、なるほどこの二つの大衆魚が与えた社会的インパクトの大きさと、最終的に新世界(アメリカ大陸)への進出のドライビングフォース、独立戦争まで続く一連の歴史の流れにこれらを綺麗にはめ込んでいく、著者の鮮やかな筆致は見事なものがあります。

キリスト教と断食に関わる「温かい食べ物(肉食)」と「冷たい食べ物(魚食)」などというテーマは、日本で読まれる魚を扱った本ではまず出てこない内容ですし、それがイギリスでの経済問題にまで発展するという展開は、ヨーロッパ中世史をあまり知らない私などから見れば驚きの連続。そこにハンザ同盟のニシン流通路掌握や、オランダのニシン市場の制圧(品質には疎いイングランド人の特性がこの時代にも)といった経済的な話を絡めつつも歴史的な流れを叙述していきますが、その扱われ方も、市民による「貶され方」も、あくまでも視点はシェークスピアの国、イングランドを中心に記述していきます。

貧者の食料の代表であったニシンとタラ。どちらも保存性の極めて高いタンパク源であったのと同時に、「海が湧きたつほど」とも形容された沿岸に大挙して押し寄せて産卵する習性から、大量捕獲が可能であった数少ない魚類である彼らが、肉類中心の食生活と思われがちな、ヨーロッパの中世史の底辺を支える貴重な食料であったことが本書を通じて理解できると思います。

そして舞台は「新大陸」に移っていくわけですが、この大冒険旅行を成立させるために最も重要な食料であったのが他でもない、赤道を腐らずに渡る事が出来た動物タンパク源である干しダラ(いわゆる棒ダラと塩ダラ)だったことになります。二つの魚たちのおかげで、西ヨーロッパ史の世界史化ともいえる大航海時代、更には大英帝国の世界への扉が開かれたことになります。

タラによって切り開かれた海路の先に広がる、新大陸における膨大なタラの資源は、新大陸への新たな移民の波を生み、プランテーションへの食料供給という三角貿易による膨大な利益と、奴隷という名の大きな大きな負の遺産を後に生み出す結果となります。そして、ここで再び見せる島国イングランド漁民たちの(荒っぽい)特性が、これまでも複雑な思いを抱きながら有してきた「自由の海の自由な漁業」の思想を更に育み、その先に広がる「力による自由貿易」すなわち、アメリカ合衆国の成立に繋がると著者は看破していきます。

マサチューセッツ州下院議会に掲げられているタラの像が独立の精神の今に伝えるように、漁師たちの独立心と自由溢れる冒険心、そしてそれを後押しする流通システムこそ、現在の世界を網羅する自由主義経済活動の原点なのかもしれません。

<おまけ>

その1.本書でも取り扱われている、ニューイングランドの今の風物と当時の雰囲気を繋ぐ興味深い紀行文を扱った一冊をご紹介

その2.本ページで扱っている他の魚類、食べ物の話題の書籍を