今月の読本「トラクターの世界史」(藤原辰史 中公新書)大地を駆る鉄馬に連環する3つの筆致と農への想いを乗せて

今月の読本「トラクターの世界史」(藤原辰史 中公新書)大地を駆る鉄馬に連環する3つの筆致と農への想いを乗せて

New!(2017.11.22):著者である藤原辰史さんへのインタビューが、中央公論社のサイト「著者に聞く」に掲載されています。本書にご興味のある方は、まずはご覧頂ければと思います。

題名からして惹かれる一冊、しかも著者は近現代の食と農に関する論考を近年積極的に発表されている気鋭の研究者とくれば、当然期待も高まります。積読溜まり気味の中ですが、細かい事は考えずにとにかく読むが先決と、発売直後に手に取った一冊(書店様、いつも入れて頂きありがとうございます)。

今回は「トラクターの世界史」(藤原辰史 中公新書)をご紹介します。

本州における機械化農業の先駆地でもあり、各施設でも大切に往年の車体たちが飾られる清里(晩秋のポール・ラッシュ祭にお越し頂ければ、現役の車両たちへの乗車体験もありますよ)、そして日本に於けるトラクターのスケールを遥かに凌駕する大陸的なビックサイズのトラクター(やはりジョン・ディアが多い!)がそれこそ国道を縦走する風景が日常に溢れる野辺山を目の前にする場所に住する身にとって、トラクターは特に身近な「道具」。そんな道具達の歴史が綴られる本書ですが、そこには著者のこれまでの著作との強い関連性が認められます。

本書の著者は、近代史において、日常の生活の中に見出される政治的な指向性を浮かび上がらせる事に成功した、快作の呼び名の高い「ナチスのキッチン」を著し、その後も戦前の旧大日本帝国におけるジャポニカ米の品種改良と植民地における農業政策を結びつけた「稲の大東亜共栄圏」、食に関する広範なテーマを扱ったエッセイ集「食べること考えること」と立て続けに上梓されています。

農学者ではなく、農業史を標榜する人文学系統に属する研究者ならではの筆致に惹かれる方は多くいらっしゃるかとおもいますが、本書に於いても「トラクター」を題材として、近代史における農業の変化する姿を、上記の3冊のエッセンスを存分に注ぎ込んで描いていきます。但し、あくまでも人文学的見地に立った議論であり、トラクター自体のメカニズムや機械化農業(農耕)効果に対する詳細な検討といった工学及び農学的な視点は余り言及されていない点には理解が必要です(この辺りの釈明は、ご自身の生い立ちを添えてあとがきに述べられています)。また、本書は世界史と題されていますが、扱われるテーマとその地域はかなり限定されます(多くのトラクターが活躍している感もある南半球は全く扱われません。北半球のトラクター史ですね)。更には、本書では著者の研究テーマに沿ったトラクター発祥、導入からの物語が描かれるため、それぞれの舞台によって明確に異なる筆致で綴られていきます。

当時の文学作品や風刺から見る、農家の生活とその中に進出してくるトラクターを農民たちがどのように受け止めていたかを描く事に注力する、発祥と発展の地、アメリカ。その強力な能力と引き換えに大きな投資と維持にコストが掛かる点を逆手にとって、小農や富農を集団営農へと転換させる起点、象徴としてのトラクターをプロパガンダ、更には実際の集団化に用いようとしていく反動の暗側面を描き出していく、旧ソビエト、そしてナチス・ドイツ。幻想の集団営農と強靭な東側のトラクターに魅せられる農業指導に渡ったアメリカ人の視線と、毛沢東の集団営農への想いと文革後に再び小農体制へと後退を綴る中国。そして、牧歌的に偉人伝と企業史としてのトラクター開発物語が語られる日本。

対応する国、地域、政治体制それぞれに呼応するように、これまでの著作の筆致そのままに当てはめられて描かれていくストーリー。それぞれは全く異なるストーリーにも見えますが、著者の筆致の魅力でもある、通読していくと一本のストーリーとして繋がっていく、連環する筆致が本書でも見出されていきます。本題でもあるトラクターの歴史、アメリカで勃興したトラクターを軸とした産業としての農業機械は、その系譜を受け継ぐ世界中の合従連衡の上に現在も発展している事に気が付かれるはずです。

発祥のアメリカを今も地盤として、農家と向き合い、改良を重ねて巨大化と多彩化の波を生き抜く、農業機械の巨人、緑のジョンディア(日本ではヤンマーが扱い)。巨大資本と自動車産業の効率的な製造手法を持ち込み、更には政治力で世界の市場を席巻したブルーのフォードとニューホランド、伝統と技術力を誇り、北米で確固たる地位を築く赤いIHにシルバーのランボルギーニの各社は、それぞれのブランドを維持したままオレンジのフィアット資本の下に国際企業として集約。プラウの三点支持を生み出したファーガソンシステムの祖、マッセィ・ファーガソンはAGCOへ(野辺山、川上界隈では最近この真紅のボディが目立ってきた。大型は井関にOEM供給も)。ディーゼルをリスペクトする、狭隘で硬く締まった圃場に特化した小さな歩行用トラクターから始まった日本のトラクターたちは、彼らと提携しつつも、その雄たるクボタは彼らの故郷の地、アメリカと多様な機種が展開されるヨーロッパを目指して巨大化の道へと歩み出し、世界の農業機械産業一角を占めるに至ります。発祥は違えども、大地を駆り耕すという同じ役割を与えられたトラクターたちは、時に戦車に、更には産業そのものが軍需に転用されながらも、地域を問わず世界中に展開していきます。

そして、著者のこれまでの作品とも通貫するテーマ。トラクター発明以前の農耕から語り始める冒頭から述べられる、農業と大地への想いがそれぞれのストーリーの中でも綴られていきます。

強力な耕耘力が生み出す深耕と、過大な重量が生じさせる土壌の破壊に対する憤り。巨大な力と引き換えに世界経済に巻き込まれる事になる燃料と大地へ化学肥料を与え続ける事への負担。人と大地を繋ぎとめ、地力を与える存在であった役畜(農耕馬・牛)への農民たちの想いと、トラクターに対する懐疑の眼差し、対比されるトラクター運転手へ憧れる若者の描写。そして、農業の産業化の象徴となったトラクターが生み出す、営農集団化の足取と挫折の物語に随伴する農業政策への眼差し、プロパガンダとしての女性が農業で活躍する舞台道具に設定されたトラクターというアイコンと現実の深いかい離。

トラクターという存在を少し離れて終章で一気に畳み掛けていく物語の先には、著者の想い、農業を基盤とした大地と人の繋がりの受け皿となる営農集団と、その鎹としての協業の象徴、トラクターというイメージへの飽くなき想いが情景として滲んでいるようです。

著者の想いとそのイメージは、既にダストボウルの先に消え去った幻影に過ぎないかもしれません。特に日本に於ける現代の農業の姿とは、なかなか相容れるものではないかもしれませんが、トラクターをテーマに、これまでの著作同様に、農業と大地との絆に対する深い想いを込めて描く一作。ちょっと薄味気味かもしれませんが、トラクター、農機具ファンの方にも歴史物語として楽しめる一冊かと思います。

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今月の読本「観応の擾乱」(亀田俊和 中公新書)すれ違う無二の兄弟の前を往く表裏する人物達と貴重な時代史の背景を描くその先

今月の読本「観応の擾乱」(亀田俊和 中公新書)すれ違う無二の兄弟の前を往く表裏する人物達と貴重な時代史の背景を描くその先

世間では人文書、歴史書が静かなブームだそうですが、読むのが遅い自分にとっては、これまで刊行されてきた書籍を追うだけでも手一杯、とてもブームの本まで目を通す事が出来ないもどかしさ(その以前に、田舎の本屋さんでは手に取れないという寂しさも)。でも本屋さんに新刊が並ぶと、ついつい手に取ってしまう悪癖がやはり出てしまいます。

今回ご紹介する本も、そんな訳で積読脇に寄せて読み進めた一冊。きっと前著同様、話題になるんだろうなぁ、などと思いながら。

今月の読本「観応の擾乱」(亀田俊和 中公新書)のご紹介です。

一般向けとしては実質的な処女作となる「南朝の真実」(吉川弘文館)でスマッシュヒットを飛ばした著者。その後、同時代の人物史を複数冊手掛けた上で挑んだのが、著者の専門である、南北朝から室町初期の時代史前半を形作る大きな転機となる観応の擾乱を、新書という限られたページ数で描いていきます。

全編で250ページ足らずですが、尊氏の将軍就任から実の息子である足利直冬を京から敗走させる時点までの時代史を、平明な筆致でほぼまんべんなく著述することに成功しています。その間、非常に多くの武士たち、歴代の天皇や上皇、公家や僧侶たちが登場しますが、著者の前著に見られるように、それぞれの登場人物について、少ないながらも極力説明を施し、個性的で魅力あふれる人物像を描き出す事に注力していきます。主役となる尊氏、直義兄弟の前を、時には味方、時には敵として行き交う彼らについて、これまでに言われてきた、最初から両方の派閥が出来ていたわけではなく、時々に応じて、与する相手を柔軟に変えていっていた事を、その時の状況を含めて明示していきます。更には二人が衝突して以降も直義自身は終始覇気が無いように見えるとし、むしろ周囲の主戦派の強硬論、特に二度目の衝突では尊氏、そして直義自身よりも尊氏の息子である義詮と桃井直常の代理戦争的な要素もあった事を指摘しています。結果として、武将の中でも終始この二人に付き従ったのは尊氏サイドであれば佐々木導誉であり(彼とて、降誘を狙っての為であったはずですが、直義方にも寝返っています)、直義サイドであれば上杉憲顕ぐらい(彼も直義にとって最後の戦いであった薩埵山では遂に逃走しています)だったようです。このような不安定で日和見な人物達を引き留める、味方につける際に切り札となるのが恩賞。しかしながら、どんなに政務から後退しようと守護の補任権を握り続け、武士に対して恩賞を振る舞う(時に口だけ、バッティングもあり)尊氏と、武士よりむしろ領家に対する安堵と施行に終始する直義。ここに二人の違いが大きく出て来る事を、実際に発給された史料から見出していきます。また戦力の集中を図る、ないしは禁じ手を取るためとはいえ、二人とも一度は南朝に帰参した経緯から、尊氏、特に直義にとって北朝の天皇はやはりお飾りであった点も(旧来の論説と切り離して)改めて明示していきます。

そして、著者が前著でも再評価を求めて描き出した、高師直と高一族の活躍。旧来の論説では、明らかに尊氏派として扱われてきましたが、著者は二人の決裂が決定的になるまでは、足利家の家宰、執事として双方に仕えてきたことを示します。そして、この北条家にもみられた御内人が権勢を持つ(実際には守護領国も少なく、勢力が突出していたわけではなかったようですが)最後の姿を高一族に見出し、その終焉こそが、将軍専制と、それを執行する有力守護大名がセットとなる将軍/管領制へと発展していったと見做していきます(それ故に、高師直の評価については、やや旧守的であったと見做しています)。更には二度の弟との衝突の先に、将軍就任以降は政務を含めて常に後方に退いていた尊氏自身が前面に出て戦い、感状を与え、恩賞を大盤振る舞いし続ける事で、将軍としてその指導力、専制権が発揮された結果、真に政治家として覚醒したとしていきます(これに対して、尊氏に対峙した直義、そして直冬のいずれもが、戦場に於いて直接的に尊氏に対峙することが無かった点は極めて示唆的です。こと武将として尊氏の人気が高い大きな理由ですね)。

長きに渡った南北朝の動乱の幕開けを告げる擾乱(この用語の発生由来については、終章で議論されています)の中で室町幕府の安定した政権の基礎となる諸政策、政体が築き上げられていったとする本書。著者はその流れをなるべく一次資料に依拠して描こうとしており、研究の中核となる将軍を補佐する体制、息子である義詮への政権移譲の段階、引付や恩賞方の変遷については、そのメンバーと、どちらの勢力に移っていったかについても詳細に述べていきます。しかしながら、その他の部分ではやや疑問が生じてしまう所もあります。それは、直近で他の研究者が著書に於いても重要視した、如意王と直義の野心に関する反論と、直義の二度に渡る出奔の位置づけ、さらにはそれを傍証するための論拠。すなわち、この擾乱がなぜ起きたかという理由についての論証への歯がゆさが感じられる点です。

著者は文中で、現在ではもっとも一般的と思われる佐藤進一氏及びその他旧来の論考に対して繰り返し反論を述べた上で(一般書なので、わざわざそれを強調する必要もないかと思いますが)、終章に於いて尊氏の実の息子である直冬に敵愾心を抱き、一向に認知しようとしない尊氏への憤り、多くの武家における庶子たちの不安とその代弁が擾乱を生んだ素地ではないかと示唆しています。その論考自体に議論を挟むつもりはありませんが、それを示す明確な論拠や史料がある訳ではないので、現時点ではあくまでも著者の見解として捉えておきたいと思います。

その上で、本書の冒頭から首を傾げてしまったのが、直義の嫡男であった「如意王」の存在への言及。これまでの同時代を扱った書籍ではあまり前面で語られることは無かったと思いますが、上述の影響を受けられたのでしょうか、その生誕によって、直義が野心を抱いたという論には、流石に力みつつも正面から否定をしていますが、一方で和解以降の直義の無気力な振る舞いを評して、如意王の喪失を関連付ける論も述べており、本書では明らかに引用を控えている太平記に対して、この近辺の著述だけは傍証として引用するなど、本書に於ける著者の平明かつ一貫した論考が、この部分だけ妙な方向に行ってしまっているようでなりませんでした。

更に、直義の二度に渡る出奔を描く部分。著者はそのいずれも尊氏やその周辺がノーマーク、過去の人として扱っていたとしています。確かに恩賞を期待できる訳でもなく、堅実な政治家と評される割には打算的な直義の政治生命は、既に途絶えていたかもしれません。それでも、一度京を脱出して兵を募れば侮れない勢力を築き、一度目は自らも窮地に追い込まれ、二度目も東国まで下向して討つ事になる(鎌倉での直義急死の件は置いておいて)相手に対して、ノーマークであったと言い切ってしまうのは余りにも淡泊な気もします。

側近同士の勢力争いでもなく、兄弟の相反でもない、ましてや魍魎的な物語を否定した上で、長々と続いた騒乱の原因については結論らしい結論が得られないままに終章を迎える本書。

本文を少し離れて持論を述べる終章の最後に綴った「努力が報われる政治」というキーワードへ集約した著者の想いを本当に描き切るためには、やはりその当事者である尊氏自身、それも著者の一貫した手法である一次資料を大前提として太平記の潤色を極力排除した人物史として、是非次に描いて欲しいと強く願うところです(できれば、東国戦線とその後の鎌倉府に至る流れも是非たっぷりと。あっ、武蔵野の広野を縦横無尽という表現は如何にもっぽいですが、地勢的にはちょっと微妙かなと)。

まだまだ描き足りない魅力的な登場人物が控えているこの時代の歴史物語はもっと深く楽しくなるはずと思わせる魅力を秘めた、もう少しその先も読んでみたい、そんなきっかけになる一冊として。

観応の擾乱と関連書籍<おまけ>

本ページでご紹介している、本書と関連する書籍から。

今月の読本「源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)日本で一番頼政を執筆した著者による、八条院人脈を軸に語るもう一つの平家物語を

今月の読本「源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)日本で一番頼政を執筆した著者による、八条院人脈を軸に語るもう一つの平家物語を

近年続々と刊行される日本史、中世史を扱った書籍たち。

歴史書籍を得意としている版元から刊行される作品を追いかけるだけでも、結構大変(時間はもちろん、お財布を含めて…)なのですが、新書や文庫からもどんどんと新刊が送り込まれてくるので、どれから読もうか困ってしまう時も珍しくはありません。

そんな選ぶのに困るぐらいの今月刊行された日本史関係を扱った新刊で、全くのノーマークだった、珍しい組み合わせの主人公を扱った一冊をご紹介です。

源頼政と木曽義仲源頼政と木曽義仲」(永井晋 中公新書)です。

著者は長く県立金沢文庫に所属されていた、中世史の研究者。金沢文庫に関係の深い、鎌倉北条氏に関する多数の著作を書かれています。そのような著者が今回手掛けるのは、鎌倉幕府成立の前駆となる源平合戦(本書では、一般的に親しみやすい、こちらの用語を一貫して用いています)。そして、前半のメインに扱うのは同じ源氏でも最もメジャーな河内源氏ではなく、敢えて摂津源氏、歌人で大内守護でも知られる源頼政を据えています。更に物語後半、源頼政が敗死した後を引き継いで描かれるのは、河内源氏でも敗者の立場となる木曽義仲。

この二人に何の繋がりがあるのか、お判りになる方であれば納得かと思いますが、その繋がりの要に存在するのが、二条天皇の系譜を継ぐ八条院とその家族、近臣たち。そして、この物語を生み出す駆動力となる以仁王の存在。

本書は近衛天皇の崩御から木曽義仲の敗死までという、この種の本としては珍しい時間軸で、その間に活躍する二人の主人公の動きを描いていきますが、両者の直接的な関わりが描かれる訳ではありません。また、両者の人物史を描くようにも見えますが、どちらかというと、平家物語(ないしは時代史)の流れの中で彼らを描いていきます。

日本で一番、源頼政の著作を手掛けたとあとがきで語り、ゲームの駒を動かすようにと述べられるほどに、著者にとって手慣れたテーマを描く本書。その筆致は研究者の方が書かれた一般向け書籍としては、ちょっと拍子抜けした感じすら受けます。文中に際立った議論のポイントを設けず、深堀する訳でもスルーする訳でもなく、漏れなく淡々と描かれる時代背景、権力闘争のエスケープゾーンとしての八条院に集う人々とその要点を述べる著述。大内守護として、そして武家源氏、平氏並立の要求に応える頼政の立ち位置への言及。そこには、自らの研究成果を全面に打ち立てたり、他の研究者の見解に対しての反論を明確に述べる事もない、拘った展開すら持ち込む事もなく、読み物に徹した淡泊とも思える筆致に終始します。

平家や王家(鳥羽、崇徳、後白河)、そして河内源氏を中核に描く平家物語を解説した類書とは一線を画す、微熱な筆致で描かれる、八条院に集う人々を軸に描く、もう一つの平家物語。そこには、平家物語を読み本系と語り本系に分けて著述を比較したり、登場人物たちの心象から物語を描こうとする、歴史研究家の方が書かれる書籍とは少し違った、文芸作品を思わせる雰囲気すら感じさせます。

著者のその想いが色濃く感じられるのが、前半の主人公である源頼政の蜂起の理由と、そこに至った想いを綴る段。唯一、他の研究者の見解に直接言及する、以仁王の挙兵理由自体が、誰にとっても挙兵、討伐する理由がなく、単に八条院周囲に皇統として担ぎ出される事だけを排除する意図しかなかったとみなしながらも、結果的に流れによって(この辺りの解釈は殆ど文学的)蜂起に与した、従三位という空前の位階を得ながら、大内守護という、武人として二流の立ち位置であった、源頼政の空しさへの想いを切々と述べていきます。

その著述には、当時の摂津源氏が河内源氏より圧倒的な勢力を有していた事(頼朝が流されていた伊豆国自体、彼の知行国)を示す一方、どんな煌びやかな立ち位置にあっても、滅びの時がやって来るという、平家物語自体が描く、無常感を漂わせていきます。

その想いが更に強まって来るのが、木曽義仲を描く後半。平治の乱によって瓦解した各地の源氏勢力を掻き集めながら上洛を果たした義仲の勢力。類書にある様な、一方的に田舎者の烏合の衆と蔑むのではなく、中核は少数の勢力ながら良く錬られて、主従の固い絆で結ばれた東国武将たちという、ちょっと古めのステレオタイプで描いていきます。義仲自身も、京に上った後は田舎者であることを逆手に取った立ち回りを演じられるほど知略に優れていた事を紹介する一方、玉であった北陸宮一行を一緒に連れずに入京し、処世術に長けた後白河の近臣たち(ここで後白河を評して、彼らのような政治向きの近臣は簡単に切り捨てるが、財務等を預かる官吏たちを大事にした事から、信西と同じく強い国家観を有していたと指摘します)と渡り合える近臣が決定的に不足していた事を明確に評していきます(そのような弱点を、いいように行家に弄ばれることになるのですが)。

京に入ってから孤立感を深める義仲とその郎党たち。その最後は、源頼政が以仁王に仕掛けられた運命に巻き込まれる形で自ら滅亡の道に突き進んでしまったように、頼朝と後白河によって仕掛けられた窮鼠と化す命運に呑みこまれるように滅亡の道を突き進んでいく事になります。最後の最後まで力戦を続ける義仲主従。平家物語の描写を借りながら滅びの美学とまで述べるその筆致には、時に歴史小説を思わせる語りが添えられていきます。そして、後継者に次々と先立たれる八条院と、大姫の悲劇に繋がる終章に描かれる、所縁の者たちのその後の物語も、頼政の段と同様に無常観を強く感じさせる結末を綴っていきます。

極めて読みやすい手慣れた筆致で描かれる、歴史物語として綴られた八条院という第三局を軸にした新たな視点による平家物語。そこには、平家物語に通底する想いそのままに、著者の歴史に対する儚い想いが淡く映し出されているかのようです。

<おまけ>

本ページより、関連する書籍のご紹介。

源頼政と木曽義仲と類書たち

今月の読本「日本史の森をゆく」(東京大学史料編纂所編 中公新書)史料を紐解き歴史を描くプロが集うアンソロジーは思索の叢林へと誘う

今月の読本「日本史の森をゆく」(東京大学史料編纂所編 中公新書)史料を紐解き歴史を描くプロが集うアンソロジーは思索の叢林へと誘う

異色の一冊と言っていいでしょう。

白亜の巨塔の総本山。しかも、研究と併せて講義を行う事をもう一つの生業とする大学教員とは一線を画す、史料の研究こそを本職とするプロ集団が一堂に会して書き下ろす、歴史史料アンソロジー(このアンソロジーという表現。どうしても、某ビックサイトで行われるイベントに大量に出展される「薄い本」を思い起こしてしまうのですが…)。

しかも、42名もの執筆陣を束ねるのは、中公新書の編集グループではありません。

はじめの言葉は所長自らが筆を執り、「編集後記」と銘打たれた、あとがきに書かれる「新書」編集小委員会という命名からも、執筆陣、そして当組織の本書に対する本気度が伝わってきます。あまり表に出てくることはない。でも、あらゆる日本史研究分野の底辺を支える(時には、NHKの大河ドラマや歴史番組を支えていたりもしますが)、日本史専門の史料研究機関「東京大学史料編纂所」が放つ、本気のアンソロジーが手軽に読める新書が登場です。

日本史の森をゆく 「日本史の森をゆく」です。

何分、多数のテーマを扱っていますので、各研究者の方に与えられたページ数は10ページにも足りません。従って、内容自体をじっくり読むような体裁ではなく、気に入ったテーマをつまみ食いするような形で読まれることを想定しているようです。ただし、テーマ毎に区切られた範囲では、歴史の古い順に並べて掲載されていますので、テーマの中は通読される方が良いかと思います。各テーマの名づけ方も、例えば天皇の事跡を扱った章では「雲の上にも諸事ありき」などと、捻りを効かせており、編集グループのちょっとした拘りが伺えます。

各章のラインナップです。

  1. 文章を読む、ということ : 史料編纂にまつわる話題
  2. 海を越えて : 海外と日本との関わり合いを示す史料から
  3. 雲の上にも諸事ありき : 天皇、貴族の記録、日記から
  4. 武芸ばかりが道にはあらず : 武家政権が遺した史料より
  5. 村の声、街の声を聞く : さまざまな史料に見え隠れする民衆の姿を拾って

そして、はじめにで、現在の編纂所長である久留島典子氏が述べている言葉が、本書の目的、伝えたいことを雄弁に物語っています。

—引用ここから—

このようにして書いてくると、史料編纂は個性を殺した職人仕事のように理解されてしまうかもしれません。

<中略>

しかし、史料編纂は、それに携わる者が研究者としての多様な問題関心、個性を持つからこそ、高い水準を維持できるのだと断言できます。

—引用ここまで—

時に、歴史編纂作業、史料編纂作業は正確さを重んじ、事実をありのままに記録し、伝える事が求められる場合があるかと思います。中には、著者の私的な判断を一切排除することを求められることもあるかと思いますし、歴史研究の分野には、そのような著述者の思想や思考を取り上げて研究される(時には指弾される)方もいらっしゃるようです。

しかしながら、最も古典的な歴史編纂物である史記ですら、そこには著者であり、歴史編纂者でもあった司馬遷の思想や時代認識が色濃く反映されています。

歴史は著述者によって描かれるもの。その描かれた歴史を多方面の史料を読み込むことによって立体的に理解し、自らの知見を踏まえて、より妥当であるという解釈を添えていく行為を繰り返し続ける事そのものが、更に新たな歴史を描いていく事に繋がる。そのような作業を営々と続けていらっしゃる歴史研究者の方々の更に下地を支える、編纂所の研究者の皆様が持っている、歴史研究者の好奇心の「ツボ」に触れられる一冊です。

扱われる時代は近世までですが、扱われるテーマは史料であれば何でもあり。テーマの中には、こんな研究していて何の役に立つのだろうかと、首を傾げてしまう内容もあるかもしれませんが、そのテーマの広さは、歴史ファンにとっては正に挑戦状。史料の繋ぎ合わせ方から、断片的な史料から読み解く発言の変化の考察といったテクニカルな話題。意外な広がりを見せる日本人と海外との関わり合い(実は、このテーマが本書で一番楽しかったりしました)。史料に見え隠れする人物の追跡記や記録に僅かに残る内容から当時のシーンを再現する手法。更には花押を読み解いて自分の花押を書いてみようといった読者への挑戦テーマに、宮さん宮さん…の歌が実は猥雑唄だっという衝撃の考察まで。これら多彩なテーマについていけるかどうかは、ひとえに読まれる皆さんの好奇心にかかっています。

確かに、これらの研究が無くても誰も困らないかもしれません。そもそも歴史研究の目的や意義そのものが問われている中で、それらの研究の下地となる史料編纂の意義となると更に疑問を呈されることが少なからずあるのかと思います。そのような危機感の中で生まれたであろう本書をご覧頂いて、少しでも興味を持たれるテーマがあるならば、その目的は充分に果たされているのではないでしょうか。

何かを遂げるための研究ももちろん必要ですが、史料の叢林を跋渉し、その中からより幅広い知見を得る事で、更なる豊かな発想、知見に繋げていく事も、研究としてはとても大切なことだと思います。

時に、プロの絵師や作家の皆さんが、息抜きとも思えないような本気の作品をビックサイトに送り出してくるように、史料編纂のプロの皆さんが、少し息抜き込みで描くアンソロジーとしての本書は、そんな研究者としての視点と思考のエッセンスが濃厚に詰まっているように思えます。

<おまけ>

本書にご興味を持たれた方。お読みになった方で、もっと各テーマの内容をじっくり読んでみたいと思われた方へ。歴史書専門の出版社である吉川弘文館から刊行されている叢書シリーズ「歴史文化ライブラリー」をお勧めします。本書の参考文献にも頻繁に引用される吉川弘文館さん。山川出版と並ぶ、日本史関係の論考集を出版される際に、研究者の皆さんがお世話になる版元さんが、一般の読者に向けて、比較的リーズナブルな価格(2000円以下)で、研究者の方々の歴史研究の興味とエッセンスにテーマを添えて送り出すシリーズです。この度、刊行400冊を達成するとの事で、こちらでちょっとご紹介させて頂いております。

今月の読本「明治維新と幕臣」(門松秀樹 中公新書)3つのプロローグと函館戦争通じた旧幕臣の行く末は、やはりキャリアの力が

今月の読本「明治維新と幕臣」(門松秀樹 中公新書)3つのプロローグと函館戦争通じた旧幕臣の行く末は、やはりキャリアの力が

あまり読書が出来なかった今月。20日を過ぎて各社の新書が出揃う月末になって、買い込んだ本を少しずつ読み始めています。

毎月のように矢継ぎ早に出される新書の数々。驚くようなテーマの本が出てきて喜ばしい反面、テーマの選定から執筆までのサイクルが非常に早くなっていて、内容的に苦しい本が増えてきているのではないかと気がかりになりながら読んだ今回の一冊。

明治維新と幕臣

明治維新と幕臣」(門松秀樹 中公新書)です。

本書は副題に「ノンキャリア」の底力とあるように、江戸時代の幕府を支えた、旗本、御家人たちが明治維新や新政府の中でどのように活躍していったのかを全編を通してがっつりと著述しているように思えます…が、その想いは早くもまえがきで打ち砕かれてしまいます。

本文では、表題にあるように幕臣、特に幕臣の身分体系に配慮した記述で綴られていきますが、一方で全体の半分は明治維新期の幕臣の話ではなく、そのガイダンスというべき体系や政局の説明に費やされています。

著者がはじめにで述べているように、多少なりとも江戸時代の歴史にご興味のある方であれば、1章の江戸幕府の老中制確立までの歴史と、2章の旗本、御家人の職制、身分、収入制度のお話は既にご承知の内容かと思います。

更に、幕末の歴史がお好きな方にとっては、3章の幕末政局の部分も既知の内容で綴られていますので、ある程度ご存じな方にとっては新たな知見が出てくるわけではありません。

ここまでで本書は全ページ数の半数以上を費やしており、バックボーンとなる知見を有しないままに読まれる方に配慮されたことは充分に理解しますが、一方で本来のテーマが描かれるまでのプロローグが如何にも長すぎるきらいがあります。

そして、本書の中核となる旧幕臣の明治維新期における活躍は4章以降の後半戦で述べられていきます。明治維新という権力の空白期を迎えたにもかかわらず、なぜ統治機構が崩壊する事もなく、複雑を極めた外交関係も維持できたのかの理由を、勝海舟の書上げを用いて、財政、外交を司る旧幕臣が上部機関の政権交代による着任、指揮を待つことなく、業務をそのまま横滑りしたことによって維持されたことを指摘していきます。

その際に用いられるキーワードが「朝臣」の称号。幕臣への懐柔策と共に、反乱を抑える手段として用いられた、新政府に対する忠誠を誓わせる代わりに、収入と仕事を約束するこの称号の効用と、それでも静岡に付き従った旧幕臣たちの動きを通して、旧幕臣たちの複雑な心情を表していこうとします。更には、一旦は静岡に引き下がりながら、再び新政府によって呼び出された渋沢栄一の話を通じて、当時の新政府に仕える藩閥出身の行政官と、旧幕府体制下で研鑽を積み上げた旧幕臣たちの行政能力の実力差を語っていきます。それは、外交接受組織としての能力、全国規模での行政経験の有無をまざまざと見せつけるかのようです。

幕臣たちの転身と矜持、この複雑な心情を具体的な史料から説明しようと著者が用意したのが、明治維新期最後の戦闘の舞台となった函館戦争。著者は函館戦争前後の函館奉行所、函館府、そして開拓使へと続く一連の流れの中で翻弄され続ける旧幕臣たちの物語を通じて、幕臣たちの実務官僚としての動きを追っていきます。

後に開拓使の属僚として復帰することになる当時の函館奉行の幕臣たる矜持。上司である函館奉行の説得に応じて、函館奉行所の業務を継承し、新政府の官僚となった属僚たちの活躍。函館戦争を通じた旧幕臣の身の振り方とその後の顛末。

著者は此処でも、キャリアである奉行を始めとした旗本層と、ノンキャリアと定義づけた御家人層のその後の推移を対比していきます。そこにはかっこいいノンキャリア像を期待されるであろう読者の想いを冷静に受け止めつつも、実際には生き抜くために選択していく、下級官僚層の厳しい現実を描いていきます。

本書では開拓使に至る、旧函館奉行所に所属した幕臣たちのその後を追っていきますが、著者は奇妙なことにあるタイミングを以て、旧幕臣の構成人員が激減することを突き止めます。それは黒田清隆が開拓使を辞するタイミングと軌を一にしていますが、原因についてはそれと異なると著者は考えていきます。

そのタイミングは、期しくも新政府の体制が確固となった時期。旧来の幕臣層やその子弟に頼らなくても、新政府が漸く整備の途に就いた新しい学制によって得られた気鋭の官僚層と、新たに全国から採用した属僚たちによって行政運営が可能となったことが、旧幕臣に頼る必要性を低減化させ、併せて旧来の慣行に囚われない、新しい行政システムを構築することに繋がったと指摘します。ここで、黒田清隆が旧幕臣出身者に対して朝臣としての身分を獲得させようと奔走する姿を描くことで、ノンキャリア層が厚遇されていた事を描こうとしていますが、その想いとは裏腹に実際には特典は得られることはなく、逆に現実の厳しさを見せつけさせられます。

ダイナミックに時代が動いた幕末維新期。本書の表題とは異なり、著者の筆致は旧幕臣の能力の高さ、幕府の先見性を高く評価しながらも、その身分体制(世襲制)が足枷となって、キャリア層でもある旗本がその学力と素質を以て新政府に藩閥と並ぶ勢力を確保していく一方、ノンキャリア層が新たな体制下に埋没してく姿を描いていきます。

ノンキャリアの活躍を描きたいと願いながらも、結果としてはキャリア層の学力と地位、それによって勝ち得た知見、能力が体制に囚われない生き抜く底力になる事を見せつけられる本書は、その表題と著者のあとがきまでに書き込まれた想いとは裏腹に、まざまざと現実を直視させられる一冊でもあります。

<おまけ>

本ページより、本書で扱っているテーマ、時代と類似の書籍のご紹介を。

今月の読本「江戸幕府と儒学者」(揖斐高 中公新書)師傅たらんと欲した儒家三代の物語

今月の読本「江戸幕府と儒学者」(揖斐高 中公新書)師傅たらんと欲した儒家三代の物語

梅雨空が続く6月末の週末。

本来の梅雨らしい天候であることは、喜ばしくもありますが、週末の数少ない楽しみでもある、緑の山々を愛でながらのお散歩も遠ざかってしまいがちになります。

そんな天気の週末の午後に読んだ一冊は、新書シリーズの老舗、中公新書の今月の新刊からのご紹介です。

江戸幕府と儒学者江戸幕府と儒学者」(揖斐高 中公新書)です。

まず初めに、この「儒学者」という言葉だけで拒絶反応が出てしまう方も多いのかもしれません。かび臭い書庫の奥で、中国の古典を跋渉しつつ、役にも立たないうんちくを垂らす輩…、もしくは湯島の聖堂に祀られている「神様?」の宗教…。そんなイメージが強いのでしょうか。

実際に、生活のシーンで儒学者の方に逢うことは全くと言っていいほどありませんし、その近しさから比較されるお坊さん(寺院)と比較しても、親近感どころか、そんな人、居るの?といった反応の方が一般的かもしれません。

その一方で、書店のハウツー本のコーナーに一歩でも足を踏み入れれば、溢れるばかりの論語や老子による生き方マニュアルや、孫子と戦略経営といった解説書が積み上げられています。このギャップには何時も驚かされるのですが、そもそも儒学の発祥を考えれば、決して驚くに値しないのかもしれません。儒学ほど本当の実学、人の生き方を説くことに近い「学問」はないのですから。

本書は、そんな普段は余りにも遠いにも関わらず、最も身近にあるともいえる儒学の日本での位置づけを決定付けたといってもいい、林家の祖でもある林羅山から、息子鷲峰、孫鳳岡の三代に亘る物語を綴った一冊です。そして嬉しいことに、冒頭で著者が述べているように、儒学的な思想における林家及び一門の思想論を語ろうという、一般読者から見たら堅苦しくて退屈となってしまう話を本書はテーマにしていません。林家の勃興から、儒家の使命ともいうべき国史に相当する歴史編纂を主導した鷲峰、羅山の宿願でもあった「官儒」としての地位を示す大学頭叙任を果たした鳳岡、そして凋落の始まりまでの林家三代の「儒家」としてのドラマを描きたいという著者の想いが全面に展開されています。従って、本書は歴史的な事実をありのままに把握するための本として捉えるのではなく、著者の30年にも渡る研究成果の上に構築された歴史ドラマとして読むと、とても楽しめると思います。

まず、本書は林家の祖、羅山の物語を語る前に、所謂方広寺鐘銘事件と羅山の関わりを述べていきます。ここで著者は、一般的に謂われる御用学者としての羅山の立場を擁護しながら、その経緯を検討していきます。その検討過程は羅山がこの決定に関与したことを認める一方、最終的な決定権はなかったとしています。しかしながら、著者はこれによって羅山を擁護する一方、儒者とその位置づけから非常に近い坊官との立場の違いを明確にしてきます。

日本仏教は在家信者との境界が低く、葬送儀礼に深く関与していたために、社会的活動と切り離せない状態になっていたとはいえ、その根本には決して失うことがない修行者(隠者)としての社会的隠遁性が秘められています。一方、儒家の祖である孔子の想いは、本人自体は叶えられることがなかったとはいえ、自己修身の先に、実社会の中で礼に基づいた改革を思想的に押し広げていく事をテーマ置いています。その押し進め方は、為政者を支える立場、すなわち師傅として立身することを厭わない事を、羅山の思想から明確にしてきます。

羅山自身が青雲の志を以て学問に打ち込んでいったことは事実でしょうし、そのような羅山の素地を受け入れた徳川家康も、戦国大名の中ではかなりの学問好きであったことは既に文献研究等で理解されている事実だと思います。そこで、羅山の立場が決して阿諛追従ではなく、為政者を支えるためのものであったと著者は訴えていきます。更に儒者の本文こそが為政者の横でより妥当性、普遍性の高い献策を呈し続けることであることを羅山やその後継者たちの言葉を借りて、著者は述べていきます。それが一般的には凡庸かつ扈従だと捉えれれても…。

祖である羅山が抱いた、そのような想いを家訓に持ったであろう林家の物語は、そのまま徳川幕府内での地位向上、すなわち「儒者」として幕府の政策に関与し、最終的には為政者の師傅の地位に到達するまでを描いたストーリーになっています。羅山の時代には儒者としての地位は得られず、忸怩たる思いを抱えながら法体での勤めに甘んじることになりますし、儒学(ここでは朱子学)を国学とし、儒者が国師たるためには相応の待遇、即ち護願寺や祈祷所に相応するような幕府公認の殿堂、学舎がどうしても必要だったはずですが、羅山の時代にはあくまでも私塾にすぎません。それでも、儒学に一定の影響力をあることを知らしめ、統一的な学問体系として江戸時代に儒学(朱子学)が広まっていくきっかけを作ったことは、そのあとの歴史的展開を考えると、非常に意義があったことだと思います。

羅山の息子、鷲峰の時代となっても法体での勤めは変わらず、私塾のままではありますが国史(本朝通鑑)の編纂が命じられたことで、儒家としてのもう一つの立場である、公的な歴史を編纂する地位を得たことになります。公的な歴史を編纂すると聞くと眉をしかめられる方も多いかもしれませんが、事実としてどんな歴史書の著者も、著述しようとしている時代とは異なる時間を生きており、著述される内容は、著述者が置かれた社会的状況や地位に大きく影響を受けることは逃れられないことだと思います。その中で起こる葛藤や著述の一貫性への疑問、当然のように起きえる為政者への偏向について、本書では鷲峰と水戸光圀との交流を通じて述べていきます。もしかしたら、鷲峰から光圀に託された想いは、歴史家としての著者が過去の研究者から託された想いと重なるところがあるのかもしれません。

そして、儒者としての存在意義を語る鷲峰の口述筆記は、今の時代にも多く存在し、それを生活の糧としている(私自身もその列に連なる一人と評されることがありますが)所謂アドバイザー、補佐官職と呼ばれる職務に従事するときに陥るジレンマに対する矜持を見事に表していると思います。儒者は決して実務者ではないかもしれませんが、基盤となる幅広い学識を有することは絶対であり、その上で、実務に当たっては実務者と遜色のない能力と知見を有し、為政者の時々の諮問に的確に応える、許される限りの公平性と、柔軟さを兼ね備えていなければならない筈です。その全てを揃えることに努力を払った結果は、技量は一芸に秀でているわけでもなく、更には師傅として国政に関与できない身を嘆いていますが、そこまでの矜持が無ければ事に当たるに足らないという想いの強さと、裏打ちされる自負心に強く心を打たれます。

鷲峰の想いは、綱吉の将軍就任によって息子である鳳岡によって叶えられることになります。幕府の手による湯島聖堂の竣工と、羅山が求めて止まなかった儒者として為政者に仕える形式としては望むべき最も妥当な形である「大学頭」としての叙任。名実共に官儒としての地位を得たことになりますが、もう一つの望みであった師傅としての地位はどうにも手が届かなかったようです。

皮肉にも、林家が距離を保った家宣の将軍就任によって侍講となった、鳳岡のライバルでもある新井白石が江戸時代、いえ日本の歴史上唯一といっていい儒者として師傅たる地位を得たことは、歴史の皮肉かもしれません。しかしながら、為政者を支える立場として自己実現を図ることを使命とする儒者にとって、為政者の変遷によってその立場が大きく変わっていく事は必然かもしれませんし、それ故に儒学が嫌われる最も大きな原因になっているのかもしれません。

そして、白石を生んだ江戸時代を通じての儒学の浸透自体が、祖である羅山による儒学の復興(藤原惺窩を継承しての)に起源を持つというと更なる皮肉になってしまいますが、結果として羅山の時代では考えられなかった、同時代に多くの儒者を生む結果となったと思われます。時代が下がるごとに林家だけではない、多様な儒学が講じられ、相対的に林家の地位が下落する結果となったのは、羅山の望みとは異なったかもしれませんが、為政者を支える立場であれば、儒学(朱子学)を規範とした文教主義が浸透した証でもあり、喜ぶべき結果だったのかもしれません。

更に、羅山の幅広い学識や興味(明暦の大火の中を避難する時まで通読中の書物を離さなかった、そして蔵書焼亡のショックで亡くなったと伝えられる、無類の読書家)が生んだであろう、白文の知識や徒然草をはじめ、和文に対する強い興味が和学を含む、林家をして官学としての総合性を有することになります。そして、儒学同様、和学においても学塾を置くことによって生じる学問の広まりによる専門研究の深化、即ち荷田春満から始まる国学勃興の揺籃にも寄与したことになるかと思います(白文に関しては、化政時代の文人サロン仕掛け人達の経歴にしっかり現れていますよね)

そのような江戸時代の学問や文化に大きな影響を与えた林羅山から始まる林家の歴代当主たち。本書では儒者としての彼らの動きとともに、学者一族としての彼らの想いも伝えようとしています。戦国の気風漂う時代を生きた羅山の、高く掲げる青雲の志と他者に対する峻厳さ。少し時代が落ち着いてきた鷲峰の、早世した長男に対する深い想いと、細やかな心遣い。羅山をも凌ぐ硬骨さ。そして、地位を確立し祖廟を得た鳳岡の、弟としてのトラウマと数多く表れるライバルたちに対する葛藤。政治の中枢に近づくことで折らざるを得ないこともある儒者としての矜持をなんとか保とうとする想い。

著者の林家歴代に対する想いが投影された本書は、そのまま林家に対するオマージュ。そして、林家歴代が抱えた想いの通りに、処世術、経世術としてはもてはやされても、決して好まれることの少ない儒学、そして儒学者対するこれまでの見方に対する、著者のほんの僅かな抗弁の書なのかもしれません。

<おまけ>

本ページでご紹介している、近世をテーマにした本を。

今月の読本「バチカン近現代史」(松本佐保 中公新書)最小国家の外交力

今月の読本「バチカン近現代史」(松本佐保 中公新書)最小国家の外交力

久しぶりに買ってすぐに読み切ってしまった一冊です。

日本人には余りにも遠い、でも世界的に見れば10億人以上の信者を抱えるカトリックの総本山にして、宗教界唯一の独立国家の体裁を有するバチカンを扱った一冊。このようなタイミングでなければ刊行されなかったかもしれません。『バチカン近現代史』(松本佐保 中公新書)です。

バチカンン近現代史まずはじめに、バチカンと言えばどんなイメージを持たれるでしょうか。ちょっと年齢の高い方であれば短波(BCL)のバチカン放送なんてのをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、やはり「世界最小の独立国」であったり、カトリックの総本山といったイメージが主でしょうか。

実際の国土面積は僅かに44ヘクタールほど、皇居の1/3程度とも言われています。国民に該当する人口は1000人足らず、それもバチカンで出生しても国民になる事は出来ず、殆どがバチカンに勤務する聖職者で占められています(所謂二重国籍)。一応、裁判所や省庁、行政、財政機関といった国家として有する組織はありますが、国会のような立法機関はなく、各行政機関についても、あくまでも教皇庁の傘下であり教皇に絶対的権限がある「絶対君主制」政体でもあります。

そんな現代の国家と比べると余りにもフォーマットが違い過ぎるバチカン市国ですが、本書のスタートに当たるフランス革命以前であれば、イタリア半島の1/3近くに相当する教皇領を有し、絶対的な道徳的価値観の体現者として、更には西ヨーロッパ各国の世俗君主を戴冠する権利を有する世俗権威を併せ持つ一大政治勢力でもあったわけです。

それから200年、バチカンも、その主たる教皇も流転の歴史を辿る事になります。当時、ヨーロッパはまだ国民国家といった国家体制は確立されておらず、小国や帝国の陪臣が群居する状況で、現在でもヨーロッパにはサンマリノやモナコ、リヒテンシュタイン、アンドラといった当時の名残を残す小国が立派に存在していますが、多くの小国、公国は国民国家へと統合されていきます(比較として一番良い例は、国土と実体的主権を失いながら、現在でも国連にオブザーバーを送り、世界の約半数の国と外交を有する「マルタ騎士団」ですね)。

そのような中でバチカンも、余りに保守的な体制が祟った為、一度は「国土と実体的主権」を失いながらも、強力な道徳的権威と、巨大な信者網、そして卓越した外交能力を駆使することで第二次大戦前のファシスト政権期に「バチカン市国」として微々たる面積ではあれ、国土と主権を取り戻し、聖俗を兼ね備える国家としての地位を取り返していきます。

本書はフランス革命からのバチカンの変遷を叙述していますが、前述のようにバチカンの外交、特に国務長官の活動から描き出そうという意欲的な内容となっています。

ご存知かと思いますが、バチカンの外交官は世俗の外交官としての法的な地位(免責特権)を有しながら、一方では枢機卿や大司教といった宗教的にも卓越した権威も備えた極めて特異な地位にあり、特にカトリック信者の多い国においては、教皇の代理人でもある各国の大司教と連携することで聖俗共に非常に強力な影響力を行使できることになります。

本書は歴代の教皇の事績を辿るのと同じくらいのボリュームで外交官たちの指揮官たる国務長官の活躍を描いていきます。特に、第二次大戦期のマリヨーネ枢機卿、その下で活躍し後に教皇パウロ6世となるモンティーニ枢機卿、パウロ6世からヨハネ・パウロ2世までの冷戦期の特異な外交を指揮したカザローニ枢機卿の動向には多くのページを割いており、バチカン外交の奥深さを垣間見せてくれます。

このような強力な外交の原動力はもちろん第一には伝道と布教である事には違いありませんが(ヨハネ・パウロ2世選出後、カトリックの信者は全世界でそれまでの2倍に膨らんでいます)、同時に国家故に行使可能な外交による世界中に広がるカトリック信者の保護と、その平和共存体制への模索、無神論への強烈な危機感から生じた共産主義への嫌悪感があるようです。

2度の大戦期、冷戦期におけるヨーロッパ、そしてカトリック信者を有する世界中の国家体制へのバチカンの外交的働きかけの凄味はポーランドにおけるヨハネ・パウロ2世の物語を引き出すまでもありませんが、その反面ものすごく意外な事にプロテスタント諸国(イギリス、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)と正式な外交関係を結んだのは何と1982年、アメリカに至っては実に1984年になって漸く大使の交換が行われたという事実です。水面下では非常に緊密な連絡を取り合っていた(歴代大統領も実務レベルの外交ルートやCIAを経由して連携してたと云われていますが)にも関わらず、国家のアイデンティティが宗教そのもの故のジレンマだったりもしますが、その辺がバチカンの歴史の面白さであったりもします。

著者はそんなバチカンを畏敬を持ってこう表現しています(下線付きは本文中でも唯一ここだけです)。

—引用ここから—

冷戦期の緊張緩和の時代、バチカンは主導的な役割を果たしていた。当時の西側諸国の中では、宗教国家という特殊な立ち位置ゆえに、最先端の考え方をしていた国家なのである。

—引用ここまで—

そして、キリスト教徒ではないがと前置きした上で(カトリック系の大学を卒業されていますが)、イラク戦争を評してこの様に述べています(非常に重要かと思いますのでちょっと長めに引用します)。

—引用ここから—

キリスト教対イスラム教という図式は、ブッシュ米大統領をはじめ米国の政治家や知識人たちによって作り上げられたものである。その根底には、米国の多数派であるプロテスタント宗派の一部の教派による原理主義的な見方がある。プロテスタント、中でもピューリタンは、純粋なキリスト教を追求するあまり、異質なものを排斥する傾向にあり、カトリックとは大いに異なるものである。

—引用ここまで—

あえて、現在におけるバチカン、そしてカトリックの平和主義を相対化する為にこのような論調を書かれた心情は理解できますが、ここまでローマ教皇、そしてカトリック総本山としてのバチカンの挫折と復興の物語を語ってきた流れからは明らかに外れてしまっているような気もします(もしくは既に価値観の超越を果たしたと理解すべきでしょうか)。

果たして、世界中のカトリック信者を束ねるローマ教皇と国務長官が二人三脚で築き上げてきたバチカンの外交力とは今後どのように変わっていくのでしょうか。新教皇の手腕とその片腕となる国務長官の活躍を遥か遠い日本から眺めながら考えたいと思います。

<おまけ>

前回のベネディクト16世選出以降に刊行された、比較的新しいバチカン関係の新書をご紹介。

  • 実際にヨハネ・パウロ2世の逝去と、ついこの間退位したベネディクト16世の選出を取材した朝日新聞ローマ支局長がバチカニスタとして見たバチカンの今を描く『バチカン-ローマ法王庁は、いま』(郷富佐子 岩波新書)非常にバランスの良い著述で、ヨハネ・パウロ2世からベネディクト16世までのバチカンの概況を理解するのには最適な一冊です
  • そしてもう一冊、こちらは読売新聞の特派員が描く、歴史からバチカンの仕組み、そしてイタリアの一部として現在のバチカンの姿を捉えた『バチカン ミステリアスな「神に仕える国」』(秦野るり子 中公新書ラクレ)。こちらは気楽に読める一冊です
  • それにしても今回ご紹介した本を含めて何故か3冊の著者がいずれも女性なのは不思議な事ですが、著者たちの共通認識として、日本政府そして日本人が、バチカンの国際的な影響力に対して余りにも無関心である点を嘆いている事です。これは国民の1%以下しかカトリック信者が存在しないため、国内では教皇の動向など殆ど報道がなされないため致し方ない事ですが、少しでも海外ニュースに触れられる事がある方であれば、著者たちと同じような印象を持たれる事かと思います。そのような意味で、取材/執筆に対してバチカンが著者たちにかなりの便宜を図ったであろうことは読んでいただければひしひしと感じるかと思いますし、貴重な一般向け書籍であると思います

バチカン新書2冊