今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

今月の読本「新しい古代史へ2 文字文化のひろがり-東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)地域史を越えて広く北東アジアへ、考古学と文字が結ぶ歴史の架け橋

本屋さんに並んでいる日本史の書籍。時代史であったり、著名な人物像を描く内容が多いかと思いますが、特定のテーマ、地域に絞った内容の書籍もまた多く並んでいます。

所謂郷土史、地域史とも呼ばれる分野ですが、読者にとって最も身近な歴史を伝えてくれる本達。そのようなジャンルの一冊として、少し珍しい切り口を持ったシリーズが刊行されました。

新しい古代史へ2文字文化の広がり

今回ご紹介するのは、山梨日日新聞の紙面に連載されたコラムを全三冊のシリーズとして刊行(予定)される「新しい古代史」の中から「新しい古代史へ2 文字文化のひろがりー東国・甲斐からよむ」(平川南 吉川弘文館)をご紹介します。

前述のように、2009年から2018年までの約9年間に渡って新聞紙面上に連載されたコラムを増補、再編集して刊行されるシリーズ。全編を前山梨県立博物館館長の平川南先生が一人で執筆されています。著者の専門分野である古代史に特化して、テーマ毎に3巻に分けて刊行される予定のうち、本書はその中軸を担う1冊。著者は「自治体史」の可能性を願って綴った事を冒頭に記していますが、副題に示されるように「東国・甲斐からよむ」とされており、地域史としての領域を逸脱することが想定されています。

各都道府県、市町村にそれこそ数多存在する歴史館、考古館、博物館の展示を見ていて常に疑問に思う点。特に考古学的なテーマを前提に置いた展示で首を傾げる事が多い事として、出土物自体の解説には他の地域との連携性や時代の前後性を強く示す一方、「おらが村のお宝」ではないでしょうが、その中で如何にも中核や枢要を担っているかのような、他と比べて突出的な出土品であるという表現を付されている点、自らの地域性に殊更の優位性を綴る(京都、奈良、大阪は別の意味もあるので)解説に奇妙さを感じないわけではありません。

本書も県域紙である山梨日日新聞の連載記事(なぜこの本が出版部も持つ同社から刊行されなかったのかは首を捻る点ですが…愛読している版元さんから刊行された事に感謝しております)、しかも他県と比べても強固に纏まった郷土意識を有する土地柄故に同様の懸念があったのですが、むしろそのような懸念を大きく裏切る内容の幅広さを具えています。

新聞の連載記事という事で一つの話題について僅かに4~10ページ程。フルカラーで非常に多くの写真も併せて掲載している事もあり、特定のテーマを深堀出来る構成ではありません。むしろ博物館の展示と解説ボードをそのまま本に収めた様な感もある本書ですが、テーマに挙げられた「文字」という着目点(帯の書体にも滲み出ています)が自治体史という範疇を許さない、広大な視点を与えてくれることを明瞭に示しています。

全3章で綴られる内容はテーマ毎に纏められている一方、連載時期が前後している部分もあり、一貫した通読性がある訳ではありません。更に、シリーズを通貫する筈の甲斐、山梨をテーマとした内容は本書の半分を割り込み、北東アジアから広く日本国内、南は大宰府から北は多賀城までという広範な地域を舞台に描かれていきます。もちろん著者にしてもそれでは自治体史の体裁を逸脱しすぎてしまうと考えられたのでしょうか、山梨県内の出土例/事例についてはご自身も現地に赴いて、発掘内容や心象を添えながら丁寧に著述されています。

山梨県の古代史を綴る一方で、その通貫するテーマを描くためには是が非でも必要であった文字文化の「ひろがり」。コラム形式のために重点が見えにくいのですが、著者が研究に直接携わった部分には相応の力点が注がれており、その著述からある程度テーマの要点が見えてきます。

第一部として纏められる「文字を書く」。文字を書くためのフォーマット、素材となる木簡や筆、硯。単純な文字が書かれた土器に込められた想いは甲斐の出土物単独で理解することは出来ず、その伝来から変化と言った考古学が最も得意とする形態的な編年分類を重ねて理解することが求められます。中でも非常に興味深かったテーマは、徳川光圀を引き合いに出しながら、土器に記された墨書に残る特殊な漢字、則天武后が定めたとされる則天文字が其処に残されている例を紹介する段。出土品の時代確定に用いるだけではなく、その背景を金石文から篆書、隷書へと繋げながら為政者による権力の存在を指摘する点は、出土物の歴史的背景を矮小化せずに広く視点を持つ事を求める考古学らしい読み解き方を感じさせます。また著者の研究テーマでもあった定木の利用法解明とその背景となる和紙と硯、墨の利用に対する歴史的な展開は、専門的な研究書はもちろんあるのかと思いますが、このような一般向けの書籍でその一片を見せて下さる点はとても貴重かと思われます。

文字を綴るための前提を記す第一部を受けた第二部は、少し寄り道気味な内容も含まれる「人びとの祈り」。経典埋納の壺に刻まれた人物名の驚くような広がりや相撲人とアーリア人系の顔が描かれた木簡(本当に甲斐に在住していたとすると、その背景含めて実に愉しいですね)といった文字として残された記録の側面も綴られますが、主に文字に込められた呪術的な側面を取り上げていきます。特に山梨県在住の方には興味深いであろう道祖神としての丸石、男根のお話は、文字からはやや離れてしまいますが、仏教伝来以前の日本の在来信仰的な捉え方や仏教受容後の変形ではなく、韓国、扶餘の出土例を通じて、仏教文化と並立する大陸文化に通じる点を指摘します(私も現地を訪れた事があります)。その上で、朝鮮半島で出土した椀に鋳出された文様も、国内で出土した土器に刻まれ、墨で書かれた文様も、民俗学で述べられる五芒星や海女の呪い模様と同じものであり、道教に繋がる点を指摘することで、古代史から認められる姿が、広くアジア各地で遥か現代にまで繋がっている事を示していきます。

そして、本題の舞台から遥かに離れた多賀城碑と上野三碑から綴り始める第三部「文字文化のひろがり」。著者の専門分野が存分に発揮される、3回連続で綴られた多賀城碑偽作説の再検証から重要文化財への指定の根拠となった周辺の発掘調査の結果と、上野三碑を世界記憶遺産へと推す根拠とした、半島文化と大和王権、北方文化が交錯した事実を現在まで伝え続ける石碑がなぜピンポイントにこれらの土地に残されたのか(意外な事に、戦後の高度成長期から現在に至るまで、日本国内で新たな石碑の発掘例は皆無との事)を説き起こしていきます。また、著者の専門分野でもある漆紙文書がなぜ時代を越えて残る事が許されたのか、更にはその分析に威力を発揮した赤外線カメラによる古文書分析の威力を綴る部分は、考古学の研究が発掘や類型調査だけではなく、最新の測定、分析技術を巧く活用する事で更なる進化を得られる点を明確に示します(お線香で煤けた先祖のご位牌の文字を確認して欲しいという地元の方からの依頼も。県立博物館も色々大変ですね)。

限定的な碑文の分布から文字文化が明らかに遅れて伝わったと想定される日本列島。その後に生み出された万葉仮名と平仮名への変遷を綴る段で本書は終わりますが、大幅に加筆された最終盤の内容が本書のハイライト。ニュースでも大きな話題となった、ほぼ完全な形で出土した仮名文字による歌が刻まれた土器(甲州市ケチカ遺跡出土「和歌刻書土器」)。この土器の読み解きを行った解読検討委員会の委員長を務めた著者によるその検討結果と、併論となったいきさつが前後約30ページに渡って綴られていきます。

既に文字資料が揃いはじめた時代の出土物ですが、僅か31文字の来歴を知るには余りにも不足。しかしながらこの読み解きを果たす事は、日本における仮名文字の発達の過程を知るため極めて重要な契機。土器編年法から始まり文字の形、綴られた歌の内容とその読み解きといった、考古学と文献史学、美術史と国文学がまさにがっぷり四つで組み合った結果が初学者にも伝わるように丁寧に説明されていきます。未だ歴史書の中で本件を扱った具体的な著作が無い中で、唯一無二の一般向け解説。本書の巻末、実は本連載の掉尾を飾る(翌月の2018年3月掲載分を以て館長離任により連載終了)、地域史を開拓する地道な発掘成果はまた、全体史を大きく動かす力を持っている事を雄弁に示す紹介内容。

甲斐、山梨という山深く狭い地域で語られる歴史が、その範疇の中だけで語られるのではなく、広く世界に繋がっている事をまざまざと示すシリーズ中でも白眉な一冊。甲斐・山梨の古代史に興味がある方だけではなく、広く古代史、考古学がどのように歴史を捉えようとしてるのかを理解するためのきっかけを、文字という共通な文化の基盤を通じて具体的な事例から多面的に、しかも判り易く、丁寧に教えてくれる一冊です。

今月の読本「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)反故紙を捲り音で読み解く、家と女、遥かなる記憶の断片

今月の読本「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)反故紙を捲り音で読み解く、家と女、遥かなる記憶の断片

最近色々と騒がしかった「公文書」に関する一連の話題。

後年の人々にとって記録が残る事の大切さとその内容に対する興味深さ、時に恐ろしさは、歴史が好きな方であればご理解されるところかと思いますが、偶然に残ってしまった記録から辿られる歴史もまた興味深い一面を持っています。

今回ご紹介するのは、その偶然残った極めて貴重な記録から、より深く議論を掘り下げて語られる一冊です。

何時も新刊を楽しみにしている吉川弘文館の歴史文化ライブラリー最新刊より「戸籍が語る古代の家族」(今津勝紀 吉川弘文館)です。

本書でメインに据えられる「戸籍」、著者はその制度や記録自体が古代の律令制以降、近代、実に明治に入るまで全国的な規模で整えられていない点をまず明示します。

巻末で「都市平安京の王朝政府」と述べられる、対外的な危機が遠ざかり、統一的な国内政策を行う必然性が薄れて地方行政が国司へと分権縮小化され、人身課税から土地課税へと転換した結果失われた「戸籍」をベースにした人身管理。明治以降に整備された戸籍法による人身管理まで大きく断絶するその制度の歴史的な空白を埋めてくれるものが、遥か過去に存在した戸籍、それも反故紙として偶然残された「裏紙」(コピーの裏紙も怖いのですが)に書かれた内容からの復元。

その保存過程から非常に断片的な内容(後年の整理で更に複雑化したとも)に留まる当時の戸籍、それでもこれまでの研究結果に基づき、他分野の成果も加える事で、当時日本列島に居住した人口を見出すことが(大まかにですが)可能となってきている事を示します。急激な人口減少に対して様々な警句が発せられる昨今ですが、歴史にご興味のある方ならご存知のように、明治初頭の人口は約3480万人と現在の人口の1/3程度に過ぎません。遡って近世初頭の人口はさらに減って1200~1800万人、著者の指摘する八世紀初頭の人口の推定はぐっと少なく僅かに450万人程度に過ぎないと指摘します。人口増加が年率1%を越えるのは漸く近代に入ってから、それ以前は0.1~0.2%という極めて低位な人口増加を示すに過ぎない点を、断片的に残った戸籍から見出す事が出来ることになります。

僅かな断片からでもその史料を繋ぎ合わせ、他に残された史料を突き合わせる事で復元されていく、古文献の検証による研究。著者は古代の戸籍が作られた事情とその形式から議論を始めますが、現在の戸籍の姿と大きく異なる点をまずは明確にします。当時の大陸との緊張した関係から生じた、兵力の確保と戦力の源となる生産力の正確な把握を目的とした極めて軍事的な色彩の濃い戸籍作成の経緯。そのため、記録される内容も兵士を供給できる単位としての「家」の姿を現している事を示します。古代の氏族制が徐々に形作られる中で編成された戸籍、家を構成する形にもその過程が色濃く反映されている事を示します。その結果、数値で復元された古代日本の姿は、典型的なピラミッド型年齢構成を取り、若年での婚姻と多産多死の傾向を明瞭に示す一方、残存する戸籍によって男女比が著しく異なるという奇妙な構成を示します。

残された戸籍の断片から見出す、現在の家族や親族とはかなり異なる様相を呈する「家」の姿。著者は其処に生きたであろう人々の姿をさらに掘り下げるために、戸籍に残された「家」姿からもう一歩踏み込んで、残された言葉の中にその核となる「男女」の姿を求めて踏み入っていきます。

兵站の基礎として整備された戸籍、徴税の元となる戸籍に残された成人男性を核に記録される家の姿。其処には妻と言う表現と共に付される女性と共に多くの妾、そして年齢がかみ合わない多数の子どもたちが存在する点を指摘します。多くは年長の男性に対して不釣り合いな若年の女性が複数含まれるという家の構成。経済力のある男性が複数の女性を妾として住まわせるという視点だけでは補正しきれない、明らかに連れ子と見做せる子どもの年齢。前述の婚姻傾向と高い出生率を添えてその主因を述べていきますが、著者は敢えてある問題について提起を行います。

現代に繋がる大きなテーマとなる「家」と「家族」という姿が、古代ではどのように構築されてきたのか。

近年まで続く家父長制が定着する前に、貴族の姿を綴る平安文学で語られる「通い婚」という形で男女が結ばれ、妻の住まいに夫が居住するという姿。貴族と言う限定的な範囲で残された記録から更に議論を発展させて「妻問婚」という生涯に渡っての通い婚という姿がそれ以前には存在していたのではないかと言う説に対して、その反証を試みます。

これまで述べてきた戸籍の内容を踏まえた上で、古代史を扱う者としては必須となる、万葉仮名(上代特殊仮名遣い)による音の読み分けを示した上で、これらの議論で着目される内容に対して改めて検証を加えていきます。本書の後半部分ほぼ全てを注ぎ込んで積極的に議論される、古代における男と女の関係から導き出されれる女性の一生、「家」が形作られる姿。その議論には当該する分野に強いご興味のある方にとっては看過できない論旨も含まれるかもしれませんが、著者はあくまでも古代史の研究家としての視点で、その姿の復元を述べていきます。

偶然の記録として残された断片から復元される、古代の「家」に示される姿。あくまでも断片である一方、最終章で語られる「改竄された戸籍」との対比から、明らかに当時の一側面を示す史料から述べられる内容は、これが全てであると言い切る訳にはいきませんが、現代的な家族と家というテーマにも一石を投じる内容。記録が残る事の大切さと、そこから何を読み解くのか、歴史研究者の方の視点を知る上で、興味深い一冊です。

同じく歴史文化ライブラリーより、本書と同じような経緯で残された史料、発掘される木簡から、その戸籍を綴る側の立場にあった官人、特に国造達の系譜に繋がる地方官人たちの姿を軸に、律令制、中央集権制という制度が日本に於いてどのようにローカライズされていたのかを再現する一冊「地方官人たちの古代史」併せてご紹介しておきます。

今月の読本「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)文学者の視点で読む漢詩人、道真の揺れ動く想い

今月の読本「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)文学者の視点で読む漢詩人、道真の揺れ動く想い

余りに有名な歴史上の人物を扱った評伝。本新書シリーズでこれまで取り上げられてこなかった事にむしろ驚くくらい、教科書はもとより、既に多くの一般向け書籍でも語られているその人物像ですが、少し立ち読みした際に切り口の特異性に非常に興味を持って読んでみた一冊。

今回は「菅原道真」(滝川幸司 中公新書)のご紹介です。

本書の著者である滝川幸司先生は平安文学の研究者。あとがきでも述べられているように、平安文化の象徴的存在でもある和歌が政治的な存在としてどのように当時の王朝国家に取りいれられたか、その経緯を研究されている方です。このように書いてしまうと、如何にもその発祥期を生きた道真の研究テーマに相応しい、和歌の研究者から見た、文学の神様として祀られるに至る彼の生涯を綴るように思えてしまいますが、本書に於いては敢えて道真をそのような位置付けに置く部分にまで議論を至らせない事を示します。

著者が専門分野である和歌を離れて、道真の研究として敢えて検討を加える必要を感じた事。それは、和歌が宮廷政治の中で重んじられる以前から貴族にとっては必須の素養であった「漢詩」として残された道真の言葉を辿る事。

遥か未来の戦前期まで続く、日本人のみならず、広く北東アジアの儒学文化圏で文人を標榜する人々にとっての基礎教養、コミュニケーションを取るための共通言語ともいえるその技能に於いて頂点を極めた大学者である道真が、日本人にもなじみの深い白居易の体を具えたと評された漢詩として残した歌と自注を読み込む事で、歴史学や通史で描かれる道真の姿に別の側面を与えていきます。

特に本書では、その華麗なる遍歴と悲惨な末路に対して大きく二分される傾向にある道真の評価について、これまでの認識を改めるべき点を明確に示した上で、双方極端な視点に偏り過ぎないように配慮を求めていきます。

まず、文章博士を歴代輩する俊英の誉れ高き菅家の跡継ぎと言うイメージに対して、彼が残した漢詩では、その試験勉強に苦しみ青息吐息で対策に及第、年齢的には若かったが秀逸と言う位置付けではなかったことを示します。そのような結果を強く意識していたのでしょうか、著者は道真が繰り返し起こる他者からの誹謗中傷に悩まされ、その状況を改善することを求める動きを取っていた事を見出します。その結果、当時の官僚制度の中で貴人と言われる五位以上の貴族の家系ではなく、より低い位階からステップを上がっていく事になる道真にとって、当時の貴族(官僚)一般の生き様から、昇進を果たす事自体は当然の目標と捉える一方、官僚としての評価にはかなり神経を尖らせ、早い昇進の裏返しとなる複数の官職を兼ねながら本職と弁える文章博士を並行して務める激務に精勤するも、かなりの苦痛であったこと示していきます。

そして、著者が極めて重視する点。道真が用いたとされる「詩臣」という言葉への強い自負心と、紀伝道と明経道という二つの科を経て官界に出た大学寮出身者達の本質的な考え方の違い。どうしても儒学として包括的に捉えてしまう事が多いのですが、著者はその違いを阿衡事件の際に交わされた議論を用いて明確化していきます。

紀伝道としてのスタンスを重んじる一方、当時の官界の情勢にも敏感で父の時代から藤原北家との関係を有する道真の揺れ動く態度。本職と任じる文章博士を務め、菅家廊下の門下を率いる学寮の雄としての姿は父親と同じ歩みである一方、文章博士を離れ、国司として心ならずも在地に下向している最中に起きた阿衡事件によって、大きなうねりの中に取り込まれていく事になります。

著者が指摘する「詩臣」という立場が、宮廷政治の中で政治的な意味合いを持つ「詩宴」へと組み込まれていく中で、菅家にとって破格の位階へと地位を上げていく道真。此処で著者は宇多天皇の藤原北家に対する牽制人事であるという見解に対してやや否定的な立場を採ります(大師としての極端な優遇に傾いた理由は是非ご一読で)。道真がまだ若く官界に出る以前から上表の代筆を頼むなど、父親の代から藤原北家にとって菅家、道真はむしろ協調すべき相手であったことを、醍醐天皇即位後に生じた納言達のサボタージュに共に対処した道真と時平を捉えて、旧来述べられてきた言説が誤っている事を指摘します。また、遣唐使派遣を道真が中止したとされる理解についても、道真が詠んだ漢詩の解釈を読み違えており、彼が醍醐天皇が即位する頃まで遣唐大使の職位を帯び続けていた点からも、その間も派遣を模索し続けていたのではないかと指摘します。

破格の優遇による職位と先の天皇の大師、新天皇の父師としての存在。では何故、大宰府へ流される事になってしまったのか。三善清行の書簡と彼の立場を指摘した上で、終盤でその引き金となった可能性を指摘しますが、著者が挙げる説とその後、大宰府幽閉時に綴られる、漢詩として残された道真の言葉、無実を信じつづけていたという想いとの微妙なずれは少々気になる所ではあります。

最後に紀長谷雄の言葉から引く「卿相の位に居た雖も、風月の遊を抛てなかった。」実際はその間で大きく揺れ動く想いを文学者の視点として漢詩の解釈から示しながら綴られる本書は、数多ある人物評の中でも興味深い指摘を伴いながら、一般人にとって歴史に触れるという事に対してより立体的な視野を与えてくれる一冊。

もしかしたら偉大な漢詩人、紀伝道を修めた文学者であった道真の姿に、同じく文学研究者である著者の研究への想いを少し重ねながら、その姿を描きこんでいるのかもしれません。

縄文の街で映画「縄文にハマる人々」を(私だけの自分を映し出す1万年のドキュメント)2018.11.25

縄文の街で映画「縄文にハマる人々」を(私だけの自分を映し出す1万年のドキュメント)2018.11.25

New!(2018.11.26) : 今週末30日からの岡谷での上映が決定したようです。縄文を熱く語り続ける人々の言葉を是非スクリーンで。

今年は国宝土偶や各地の土器を一挙に集めて国立博物館で開催された縄文展に多数の来場者が押し掛け、マスメディアや書籍などでも多くの縄文に関するテーマが扱われた年でした。

主に美術やサブカルチャーサイドで大いに盛り上がった「縄文ブーム」とも呼べるムーブメント。その一方で苦言を呈される論調も出てくるのは、このテーマがより普遍的に扱われるようになってきた証拠。そんな中で登場したこの作品、パンフレットのデザインやPR内容からは正に今回のブームの落とし子のような感触を受けますが、果たしてどうでしょうか。

茅野駅に直結する形で建てられた、美術館とホールを兼ね備えた茅野市民館。

公開から4ヶ月を経た11月末の連休最終日。松本で映画上映活動を続けているプロジェクトが茅野に出張上映する形で実現した、映画「縄文にハマる人々」を観に、八ヶ岳南麓から足を延ばしてやってきました(とは言っても、茅野へは日常的に行き来しているのですが)。

収容780席を誇る、近年のミニシアターに慣れた人間からすると驚きの大ホールですが、2回公演の1回目で日曜日の朝10時開演と言う事で、観客は100人少々とこじんまりとした入り。多くは年配の方々ですが、如何にもな方もちらほらと…という形で上映スタート。

102分の上映時間の後に舞台に上がった、監督である山岡信貴さんのトークが30分ほど続きましたが、大変残念なことにトークの間もぱらぱらと席を立たれる方が続く状態に。12時には終わるだろうと踏んでいた方が多かったようなのでそのギャップからとも思われましたが、縄文文化の本拠地を自負するこの街の皆様とその上映内容のギャップもやはりあったようにも感じられます。

トークで述べられていたように監督は縄文遺跡や文化とは縁遠い、奈良県の出身。本作の制作も、何れ使えるだろうというスタンスによる折々のインタビュー蓄積の過程から映画化を視野に入れ始めたと述べられており、当初から本作を作るために取材を重ねてきたわけではない事を認めています。

13章に分けて、26人の「縄文」を自らのテーマとした人々の語りで、それこそあらゆる角度から「縄文」という認識を積み重ね確認していく、極めて真っ当な自己検証型のドキュメンタリー。そこには、縄文ブームに乗るかのようなカラフルなポスターや紹介されるコメントとは全く異なる、彷徨いながら帰着点を探す、制作者が自らに課したテーマを辿るロードムービーが描かれていきます。

自らの考え方、縄文への想いをそれこそ滔々と語り続ける登場人物達と対極をなす、水曜日のカンパネラ、コムアイさんの高いキーで甘く乾いたナレーションに乗せて響く、デジタルな傍観者としての醒めた視線。まるで縄文をテーマにしたドキュメント72時間を観ている気分にさせられる時間が過ぎていきます。次々と登場する方々が語る内容に、「縄文の」文化や考古学、「縄文」をモチーフとしたテーマにご興味を持たれている方であれば、余り疑問を持たれないかもしれませんが、その範疇の外にある制作者の視点は、熱っぽく語る彼らの話を積み重ねてもなお、疑問を抱えたままに進んでいきます。その疑問は縄文文化の核心とも称されるこの地に住む私にとっても依然として溶けないもの。解のない問題を解き続け、答える事のない世界に対して向けられる、如何にも解でありそうな事を事実であるとして語り、時に学問として述べ続ける事に対する素朴な疑問。

制作者の視点は上映後のトークそのままに、ラストカットに添えられた映像で表現されるように、作品中で常によろよろと揺れ動き続けているようにも見えますが、終盤に向けて徐々にピッチを伸ばしながら、キャッチーなフレーズのナレーションを減らしながら探し続けた着地点は映像作家らしい、言葉では届かないものとしての、自らが縄文からインスパイアされた現代を映し出す映像詩。

その結論に対してはご覧になられた方によって色々な意見があるかと思いますが、辿り着いた事を示す際に添えられた「言葉では届かない」というイメージとは真逆の、登場されてきた方々が雄弁に述べる言葉の数々を聞き続けてきた中でふと思った事。

縄文に魅せられ、縄文をテーマにされる方々が語るほどに「言葉では届かない」その先に、私にしか見えない、私だけの自分を映し出しているのだという感触。その中の一つとしての、制作者が縄文というテーマの向こうに、映像作家としての自らの世界を映しだすまでのアプローチを綴った作品だと思えてきました。

一万年の過去から未来まで、私だけの思いを私の形で映し出せる、時の向こうにあるもう一つの世界の入口へ。

 

今月の読本「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)有閑弓騎から滝口へ。王臣子孫と郡司で描く収奪の古代史電車道の先に開く玄関口

今月の読本「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)有閑弓騎から滝口へ。王臣子孫と郡司で描く収奪の古代史電車道の先に開く玄関口

多くの読者に読まれる事を想定した、毎月刊行される新書。

飽和気味と言う言葉を遥かに超えた勢いの刊行数で毎月送り出されくるため、その内容には「まとめ系」であったり、明確な差別化やテーマ性の強い作品が求められる傾向が、近年特に高まってきているようです。

四六判の選書や叢書とは扱われ方が異なる「戦乱」の中に、明らかに議論を呼ぶテーマを掲げて、専門家ではないと断言する研究者が飛び込んだこの一冊。

今回は「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)をご紹介します。

著者は中世史の研究者ですが、儀礼、儀式から社会的な秩序を体系化する研究に携わっているとの事で、本書がテーマで掲げる武士が専門の研究者ではありません。また、前著となる「平安京はいらなかった」(吉川弘文館)も著者の研究テーマである儀礼の空間としての平安京をテーマに、京都学の講義を行った内容を書き下ろした一冊。著者の研究内容から見るとサイドメニューに相当する本のようです(サイドメニューは当該叢書シリーズが掲げるテーマですので、むしろ的を得た設定です)。

本書についても、著者の研究を進めるにあたってどうしても決着を付けておかなければならなかったテーマと称して議論を進めていきますが、その議論にはある前提が付されています。

武士論を掲げる数多の書籍、研究者、執筆者の中で、下向井龍彦氏と高橋昌明氏の両名の研究成果を軸に綴られる議論の骨格(更に補足すれば、古代史研究者の森公章氏の豪族に関する研究)。両者の基本的なスタンスに同意を示すと同時に、その論点における弱点を突き、傍証が足らないもしくは出来ないと断定する部分に対して著者自らの試案を組み入れていきます。

新書と言うフォーマットではやや厚めな300ページ越えですが、聖武帝以前から始まり、平将門の乱で一旦議論が終わる長大な時代扱う一冊。唯一点の結論が得られれば良いと称して、その間の著述は正に電車道の如く、他の議論を排しながら一本調子で突き進んでいきます。

本文中に織り込まれる著者の視点、古代豪族に発祥を持つとする「有閑弓騎」と、滝口の人員から見た律令国家の病巣の元凶と見做す王臣家からの武士の発祥、更には武士と言う名称の生み出された素地。

自らの高校時代における弓道の経験(前著で著者は鍋島武士の家系であることを述べています)を起点に、前述二人の研究者が提唱した内容に対して著者の独自性を求めます。蝦夷の騎馬と抜刀技術より更に古い、弓と騎乗の技術をもった古代豪族の子弟を称する「有閑弓騎」の系譜を受け継ぐ郡司とその末裔たち。墾田永年私財法を起点に地方からの収奪を目指す王臣家とその手先となった末裔たちである王臣家人。彼らの母系とその間に降り立った、間引きされ大量に臣籍降下した直近の王族たちの男系が地方で結びつく事で、正に「武士が生み出された」としていきます(ここで著者が利仁将軍こと藤原利仁や俵藤太こと藤原秀郷の出自特異性について拘る点は論拠含めて要注目で)。更には、彼らが京と往還する事になる送り込まれた先が、正にその名称が使われる発端となった「滝口」で有る事を将門の伝承から認めていきます(つまり冒頭では一点と称するが、実はハイブリッドであることを著者自らが示します)。

前著に於いて、古代王朝が律令制を受容するにはその国力規模も実力も不相応だったと断じた著者。律令制崩壊の起点である、土地政策の弛緩化から中世の胎動を見せはじめる段階までを、律令国家を支えたであろう朝廷や天皇、廷臣たちの姿をある意味嘲笑するかのように、地方行政の混乱を惹き起こした張本人たちこそ、その制度下では有限のポストに代を継ぐことであぶれてしまう彼ら王臣家と其れに繋がる者達であると断罪し、彼らの存在こそが武士の発祥を促したとの筆致で貫かれていく本書(著者は武家社会こそ貴族制であると応えます)。

一見非常に明快で、先行研究を一瞬で置き去りにしていく筆致に読まれた方には爽快感すら与えられるかもしれませんが、素直には喜べない実情もあります。

前述のように、本書の基本的な骨子は著者の視点による地方を重視した古代行政史を軸に、前述の研究者の方による先行研究の成果を援用する形で描いており、その弱点を著者独自の視点で置換していきます。実は表題や帯にあるような決定打的な表現とは裏腹に、その基盤となる議論の推移は先行する数多くの研究者の成果に依拠しており、ピンポイントで著者の持論を持ち込み推移の中に織り込む事で、それが全体観であると言っているようにも感じられてしまいます。更にその持論を投じる際も、他の先行研究に関しては検証できない、答えていないと断じる一方、自らが挙げた論点については「可能性」「十分」といった言葉をあっさりと使ってしまうため、かなりの片手落ちに感じる事も事実です。

むしろ本書は、同じテーマを扱ってきた書籍では断片的、ないしは迂遠で読みにくかった内容を著者の豪快な筆致に身を任せで読み進める事で、俯瞰で読ませた上で著者が投じたとする(かもしれない仮説):P.278に対する疑問、武士の発祥という議論のテーマへと導くための玄関口としての一冊。

冒頭で述べられるように、本書では新書で省略される事の多い注が敢えて添えられており(補注としての記述まであればなお良かったですが、それは文庫化の時にでも)、本文中に指摘される先行研究者の方が書かれた、比較的入手しやすい一般向け書籍も参考文献として列挙されています。

文章量はやや多く表現などは荒っぽいところもありますが、一気呵成の筆致で綴る内容は好奇心へと導いてくれる一冊。本書をきっかけとして、それこそ数多ある武士を扱った本を手に取った上で、色々と読み比べて考えてみるのも歴史に興味のある一般人の読書としての楽しみかもしれません。

それこそが不振を極める本屋さんの書棚の中でも貴重な、常に新刊が溢れ続ける新書という書籍がその先に広がる読書への入口としての役割と自負してきた起源でしょうから。