今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

New!(2018.7.5) : 今月から始まった東京国立博物館の縄文展。著者である藤森英二さんが制作された、本書にも掲載されている縄文人たちをイメージしたフィギュアが展示されているそうです。

国立博物館の展示で著者の作品をご覧になられた方にも是非お勧めしたい一冊です。

<本文此処から>

版元さんからの刊行案内が出て以来、心待ちにしていた一冊。

金曜の晩に漸く地元書店さんの店先(何時の間にか郷土本コーナーが店舗の奥の方に移っていて、危うく見つけそこなうところでした)で見つけて読み始めましたが、予想を超える素晴らしい仕上がりに、一気に読み進めてしまいました。

地方出版社の衰亡が続く中、まだまだやれる事はあると、意欲的な企画と、地方だから、少部数だからとの妥協を許さない丁寧な制作、編集。大手出版社さんにも全く引けを取らない美しい装丁を施した本を次々と送り出していく信濃毎日新聞社さんが、これまでのコンセプトを更に推し進める形で新たに送り出した一冊。狙ったようなインパクト重視でキャッチーな表題の裏側に描かれる、本当に版元さんの良心に溢れる一冊のご紹介です。

信州の縄文時代が実はすごかったとう本今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

本書の著者、藤森英二さんは、八ヶ岳の東麓、北相木村の考古博物館で学芸員を務めながら、主に長野県下の縄文遺跡に関する研究に従事する研究者。このお名前をご覧になって、本書にご興味を持たれた方はピンとくるのではないでしょうか。縄文研究に大きな足跡を残し、今に至るまで学界において議論を呼び続ける、ある意味において、日本の古代史の視点が世界的な考古学の流れと決定的な違いを見せる結果となった論考を残した人物。在野の考古学研究家と呼ばれた、縄文農耕論を著した藤森栄一氏に繋がる方です。

こう書いてしまうと、まるで縄文農耕論の継承者が描く、本格的な縄文文化論が展開される本のように見受けられてしまいますが、さにあらず。更に言えば、このような紹介自体、あくまでも本書を売り込むためのセールストークのようなものであり、著者の意図する所とは異なっている事を予め述べておかなければなりません。

本書が本当に素晴らしい点、それは八ヶ岳西麓に広がる縄文遺跡をテーマに、学芸員とモデラー(掲載されている写真のフィギュアは全て著者の自作です)という、二つのキャリアを存分に注ぎ込んだ、美しくも丁寧に纏められた、ページの上に描かれる縄文ミュージアムを見事に作り上げた事です(注記:信州と表題されていますが、前述のように八ヶ岳西麓がメインテーマです)。

信州の縄文時代が実はすごかったという本巻末に掲載された多くの協力者の皆様の手助けを受けながら、信州の息の長い学研的な伝統が培ってきた研究者の系譜に連なる著者(出身の明治大学において、戸沢充則氏の薫陶を受けています)が、その中心地からほんの少し離れながらも息吹を肌身に感じるであろう八ヶ岳東麓から俯瞰する、数千年に渡ると云われる八ヶ岳高原で大繁栄した縄文時代の主要な研究テーマを丁寧に解説していきます。

執筆協力の皆様によって集められた美しい画像や、良く錬り込まれた豊富な図案。著者自身の制作によるフィギュアによる美しくも可愛らしいフルカラーのページたち。ページに添えられたキャッチーなフレーズを眺めていると、一見して小中学生向けの所謂副教材ではないかと思えてしまいますが、それは大きな誤りのようです。低年齢向けの語法はあえて避けて、一般の読者を想定した文意と、博物館等の刊行物では当然の配慮である、時代感の指摘やキャプション、補記への配慮は、正に本書が学童向けの入門書に留まることなく、より広範な読者、好事者、歴史ファンの皆様に向けて書かれている事の証。多くの皆様が感じているかもしれません、大好きな博物館、美術館を訪れた後、この感動をそのままに収めた一冊の本が欲しいと思う感触そのままに、本書は仕上げられているかのようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そのテーマ故に入門書としての体裁で纏められていますが、要所に書かれた内容は最新の学術成果も盛り込まれています。本書を読まれる方であれば、一番気になる点についても、最先端の圧痕法(レプリカ法)による知見が盛り込まれており、この一冊で最新の縄文研究の一端に触れる事が出来るように配慮されている点は、更に嬉しいところです。著者はあくまでもこれらの議論に対して、距離を置いた発言をされていますが、その検証手法の発展と新たな知見が現れる事を密かに期待されているようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そして、八ヶ岳の裾野に広がった縄文時代の遺跡で繰り広げられた物語について、考古学的成果から俯瞰していきます。特異な文様を持った縄文土器の分布と伝播、八ヶ岳の縄文文化を象徴する二つの国宝土偶の物語(二つの間の時間軸的な断絶についても)。そして、発展を支えたであろう豊かな生産性と、交易物としての黒曜石からみる、海をも超えて東日本を広く包み込む、広範な縄文人たちの移動する姿。これらの内容は博物館でじっくり見たつもりでも、改めて本という形で眺め直すと、別の見方が生まれて来るようです。そして、現代に生きる私たちもその大きな流れの中で生きている事を実感させられる、縄文海進とあれほど繁栄した八ヶ岳西麓に生きた人々が残した痕跡の消滅。

ここから先は、是非現在の八ヶ岳山麓に訪れて、その息吹を感じて欲しいとの想いから、多くの類書では決定的に欠けている、各所に点在する博物館の展示紹介や訪問ガイドにページを割いている点は、本書が博物館関係者が著述されている点以上に、地元に在住する人間として、更には本書を通じてその地を訪れたいと思う多くの歴史ファンにとって、極めて嬉しい配慮である事を重ねて述べておきたいと思います(双方に於いて絶対的に断絶して扱われる事が多い、隣県の博物館に関しても、特段の配慮を以て記載をして頂いている点については、深い敬意の念を述べさせていただきます。八ヶ岳山麓は東西南北みんな一緒)。

SNSや著者のブログに残された刊行前のコメントを拝見すると、研究者のキャリアとして本を出すのが早すぎたのではないか、刊行自体に無理があったのではないかと悩まれている様子が伺えますが、そんな想いは多分杞憂だったと思いますよと、お伝えしたいです。

これまでになかった、八ヶ岳山麓の縄文時代を美しくも丁寧に綴られた読むミュージアムとして、多くの歴史が好きな方の机上に届けられることを願って。そして、今度のお休みには、その足跡を訪ねて美しく整備された博物館たち、史跡へ訪れてみませんか。

八ヶ岳ブルーの下で4

信州の縄文時代が実はすごかったという本

P1060493<おまけ>

本書に関連する内容を扱ったページをご紹介します。

今月の読本「縄文土偶ガイドブック」(三上徹也 新泉社)バランスの良い「見るための」土偶ガイドと考古学者の想い

今月の読本「縄文土偶ガイドブック」(三上徹也 新泉社)バランスの良い「見るための」土偶ガイドと考古学者の想い

八ヶ岳の周辺は縄文文化が大きく花開いた土地。数多くの遺跡や立派な博物館、国宝にも指定される土偶など、豊富な史跡、遺物に恵まれています。でも、縄文文化の基礎知識がないと、折角見学に行っても楽しさ半減。出来れば事前学習をしておきたいところです。

そんな需要に応えるかのように、最近は色々な縄文関係の書籍が出回ってきていますが、刊行されている書籍には大きく2系統に分かれるようです。

一つ目は、所謂ガイドブックや歴史雑誌、美術書の延長に位置する「観るための」ガイドブック。主に縄文土器や土偶の芸術性やデザインの面白さをピックアップしたグラビア重視の本。こちらが最近主流のように思えます。

もう一つは、旧来からある考古学的知見に基づく「考えるため」の書籍としての出土品の解説書。こちらは地質学的な知見から入って、縄文土器や土偶の分類学的な記述が続きます。

どちらの本も目的に応じて読めばよいのでしょうが、片やグラビアが全面に出過ぎていて内容がちょっと不足気味、もう一方は学術的過ぎて、逆に興味が遠のいてしまうような専門性の高い著作が結構多くて、気軽に読むにはちょっと腰が引けてしまいます。

そんな中で、バランスの良い入門書はないものだろうか、特に興味深い土偶の事が判り易く記述された本が無いかと探しているうちに行き着いたのが、今回ご紹介する一冊「縄文土偶ガイドブック」(三上徹也 新泉社)です。

縄文土偶ガイドブックこちらの本、縄文遺跡の大集積地帯である長野県、中でも特に集積している八ヶ岳界隈のすぐ近くでもある上伊那農業高校で教員を務めていらっしゃる方が執筆されています。現在では、所謂在野の郷土史家と呼ばれる範疇にある方ですが、縄文文化の研究者に贈られる尖石縄文文化賞の2009年度(第10回)受賞者でもあり、その研究成果には高い評価が与えられている方です。

そのような郷土史家の著作の場合、ご自身の研究成果を全面に押し出した著作が多いのですが、本書は全く方向性が異なり、高校教員でもある著者の経歴が存分に発揮されたと思われる、平易で判り易く、読みやすい文体で、全縄文期、全国に渡る縄文土偶について、網羅的に丁寧な解説が施されています。殆どの土偶は一万年にも渡る長期の間、変化を遂げながらも、ある一定の法則性を持って製作された物であると、考古学が得意とする分類手法を駆使して解説していきます。

特に読んでいて嬉しかったのが、考古学知見に基づく書籍の場合、どうしても避けられない、極めて煩雑な地層や年代、形式による分類がすっきりとシンプルに纏め込まれている点です。もちろん系統図も出て来るのですが、こちらも類例が絞り込まれているので、初学者にはいたずらに紛らわされずに済むだけでも、随分読むのが楽になります。

そして、グラビア性も充分な巻頭カラーに多数の土偶写真を掲載しているにも関わらず、当該土偶の解説文を掲載するページの近くには敢えてモノクロの写真もカットを変えながら繰り返し掲載する。口絵と読んでいるページを行き来することで、読書の集中が途切れてしまう事を防ぐ嬉しい配慮も、やはり著者の経歴が為せる事なのでしょうか(編集者の方の配慮かも知れません)。

配慮が嬉しい編集と、平易な文章に身を委ねて読み進めていくと、極力一般的なガイドブックとしての体裁を取る事に意を砕いているのですが、所々で縄文文化の研究者としての著者の想いが織り込まれているようです。

考古学者を標榜した場合、なかなか踏み込めない領域。土偶はどうして、何の為に作られたのか。そして、何故作られなくなってしまったのか。変化、変遷を語る事は出来ても、事象を語ることが出来ないジレンマが垣間見えてきます。

著者はその都度に民族学、民俗学を援用しながら説明を加えていきますが、どうやら著者の想いは援用している民族学、民俗学とは別の所にあるようです。それは、考古学者としての考察と歴史研究家としての想いが交差する場所。

壊れた形で発掘される土偶たち、正立することが困難な土偶たち(かの縄文のビーナスも足が段違いになっています)、殆どの土偶に共通する小さな穴と…。

最終章で展開される著者の見解に対しては、読まれた方によって色々な想いがあるかもしれませんが、そのように自由な見解で発想を広げられるのが、縄文文化を考える際の良い所なのかもしれません。なにせ、人の心と想いは考古学を以てしても届き得ないのですから。

井戸尻遺跡の復元縄文竪穴式住居