今月の読本「武士の町 大坂」(薮田貫 講談社学術文庫)武鑑と日記を読む楽しさから見える、幕臣達が観た商都、大坂の姿

今月の読本「武士の町 大坂」(薮田貫 講談社学術文庫)武鑑と日記を読む楽しさから見える、幕臣達が観た商都、大坂の姿

その昔、大阪出身の司馬遼太郎は自らの著作の中で、その独自性を強調するが如く、其処に居る武士といえば諸藩の蔵役人以外、町奉行所の与力同心、二百人程だと記したとされます。ほんの少しでも幕府の職制をご存じであれば、そんな筈はない、城代から始まり地役人迄含めればもっと居た筈だという事がお判りでしょうが、このような論法を用いて、商都としての独自性を誇り、封建性のドグマ、更には東国を一際卑下する見解を公然と綴る関西系の著述者は意外と多かった(今でも)ようです。

そのような風潮に憤慨する、同じ大坂を地元とする歴史研究者が、彼の地での見識を改めることを狙って一般書として送り出した一冊。刊行後10年を経て、この度、文庫へと収蔵されることになりました。

今回は「武士の町 大坂」(薮田貫 講談社学術文庫)をご紹介します。

本書は比較的最近となる、2010年に中公新書から刊行された一冊。本来ですと、これほど早く版元を変えて文庫化されることはなかったと思われますが、近年積極的に他社の刊行物の再収蔵を進める学術文庫、そのテーマがシリーズに相応しい、普遍的価値を持つ、学術規範に則って綴られた手頃な一冊と判断されての今回の収蔵となったようです。

著者の薮田貫先生は関西大学名誉教授、現在は兵庫県立歴史博物館の館長を務められる近世史の研究者。大阪出身で、一貫して関西方面で研究を続けられてきた方ですが、前述のように、商人の町、大坂という表現とそれを大上段に構えて語られる内容に疑念を持ち続けた上で、研究を進められた内容を一般書として上梓された一冊。あとがきにもあるように、寝転がってでも読める余裕が必要との中公新書編集者の方による指摘を受けて綴られた内容は、抑揚を持ったテンポのある筆致で、大変読みやすく纏められています。

幕府の役職制度をある程度御存じの方であればすんなり読む事が出来る、刊行される書籍も少ない大坂の役人たちの姿を捉える本書。城代、定番、大番、加役、町奉行に与力・同心。そして代官と地役人達。彼らの動向がなぜ現在の大阪で語られないのか、彼らがどの程度の規模で、どのような職務に就き、日常を暮らしていたのか。その好奇心を追い求める過程を、著者と共に辿っていく事になります。

40万とも50万ともよばれた当時の大坂に住む住人達、それに対して8000人程とみられる武家とその使用人、家族。江戸に比べると圧倒的に少ない武士の数ですが、特定の日(本書をご覧いただければ)以外、彼らにとって武士たちは比較的身近な存在だったようです。江戸の屋敷に豊川稲荷を勧請して、初午の際に町人たちに参拝を許し開放した西大平藩(大岡忠相の後裔ですね)の姿と同様に、毎年初午の際には城代の下屋敷はもちろん、町奉行や代官まで屋敷の門を開け広げ、町奉行に至っては奉行自らが腰掛を出して訪れた町民たちに茶を振舞ったことが分かっています。一方、町人たちにしても、金銭を含むあらゆるトラブルを持ち込む場所、更には自らの仕事を円滑に進めるために必要となる口添えを得るために、彼らとの関係は非常に大切。そんな時に町人たちにとってのバイブルとなる、江戸の武鑑同様に存在した、大坂武鑑と大坂独特の様式で作られた浪華御役録の成立過程とその読み解きを行っていく、著者の研究における中核を成す部分を紹介する段は本書前半のハイライトです。

町人たちと町奉行の親しい関係と相互の依存。その象徴して導き出される、現在の大阪におけるランドマークでもある天保山。流域村落の様々な利害を調整することで実現した、河川による船運を確保し洪水を防ぐために浚渫した川砂を積み上げて出来上がった人工の山。その天保の大川浚を指揮した人物である新見正路が、浚渫を見届けたあと退任して江戸へと出立する際に、実に1000人近くの町民たちが奉行所に集まり、彼らからの礼を受けたと記されています。

江戸から幕府の役職に就任する事で大坂に訪れた役人たち。著者の弁を借りると、彼らの史料が現在の大阪に残らないのは、彼らが幕府の役人、大名たちだったため。著者の史料跋渉は城代、定番を務めた大名たちの領地から江戸に残る記録へと移っていきますが、その際に辿る人物たちには非常に興味深い点が見えてきます。前述の奉行である新見正路から始まり、矢部定謙、久須美祐明、跡部良弼、久須美祐雋。そして、代官の竹垣直道。いずれも江戸時代の幕府行政史に興味のある方ならご存じの人物たち。彼らのキャリアの途上にあった大坂への赴任、そこで綴られた私的、準公的な日記たち。東京大学在籍中にこれら史料を見出してきた、幕末の行政史研究に関する第一人者、藤田覚先生による研究成果を用いながら、その一端として、彼らが観た当時の大坂の姿を描き出していきます。

武士が少ない商都。物見遊山と食事には事欠かない一方、江戸に住んでいた彼らにとって夏は灼熱の地。文化的な豊潤さと豊かな資力を持つ住人達の姿(奉行着任の祝儀だけでも年収の約半分と。長崎奉行は蔵が建つではないですが、八朔含めて年間幾らの付け届けを手にすることになったのかと)。幕末期の幕臣らしい、学も教養も備えた彼らが綴る内容と交遊録は、東西の文化の懸け橋としての役割を図らずも(実は求めて)彼らが担っていた事がわかります。

中盤から後半にかけては、幕臣と大坂町人の友好的な関係が綴るられる内容ですが、その中に大きく横たわる、カネの匂い。本書のもう一方のクライマックスとなる、大坂の武士として象徴的に扱われる二人の町奉行与力、大塩平八郎とそのライバルに擬される内山彦次郎を巡る、大坂を発し、江戸表の政治すらも揺るがす事になる金の流れとその結末。乱を鎮める決定的な役割を果たした玉造口定番の与力であった坂本鉉之助と文人でもあった代官、竹垣直道との交遊録。大坂の地役を代表する人物たちの姿から、もう一方の大坂の武士の姿、豊かな資力と文化的素養を有するも昇進する事は叶わず、在地で年月を重ねながら内部昇格を続けるしかない彼らの屈折した思いと、その間を行き交う商人、町人たちとの密接な関りの一端を覗かせます。

現在に続くまで、武家の色合いを殆ど感じさせない大阪。その逆の姿を江戸時代の記録に求める著者ですが、最後は維新以降の姿に打ち消された武家の姿を見つけ出します。春になると桜の通り抜けで全国的に報道される大坂造幣局。その立地を示すことで、大坂に刻まれた武士の刻印の消滅を認める著者。

現在でも商人の町、天下の台所とステレオタイプに称されることに深い疑念を持った著者が、その姿の片りんを探し当てた足取りを綴る本書。

史料が語りだすその姿と、どうしても江戸からの視点で見てしまう幕府と大名、旗本たちの姿の中にある、密接な関わり合いがあった「商人の町」を生きた姿を捉える切っ掛けとして、大変楽しく読む事が出来た一冊です。

今月の読本「大坂 民衆の近世史」(塚田孝 ちくま新書)近世大坂の褒賞書上げが社会学に映す姿

今月の読本「大坂 民衆の近世史」(塚田孝 ちくま新書)近世大坂の褒賞書上げが社会学に映す姿

この本を読み終わったのは昨年末なのですが、未だに整理が付かずに悩んでいる一冊。

近世史の本として括るべきなのか、それとも表題に示しましたように、社会学として捉えればよいのか、著者のこれまでの著作歴からはある程度想定できたのですが、読後感の極めて微妙な感触に悩み続けています。

今回ご紹介するのは、「大坂 民衆の近世史」(塚田孝 ちくま新書)です。

大まかな内容については著者が序章で述べている通りで、褒賞と民衆の歴史を綴る事を標榜されています。しかしながら、一方の狙いである現代の褒賞制度への繋がりは、終章でほんの僅かに語られるだけで余りにあっさりと着地してしまいます。また、褒賞を行う側の意図については殆ど言及されていません。では、民衆の歴史としての著述はと言うと、ここで採り上げられる内容はあくまでも江戸時代の褒賞に関する書上げの内容を検討した物であり、著者も指摘しているように、ある程度フォーマット、パターンに則っての成文、採り上げられた事例である事が判ります。ここで再び首を捻ってしまうのが、著者の捉え方が、そのパターニングから、住民一般の生活傾向を捉えようという趣旨が勝っており(眼病の傾向が強い等を文脈からあからさまに匂わす点は典型例として)、これも褒賞と同じで、名もなき人々の歴史を掬い取るという冒頭の趣旨と微妙なずれを感じさせてしまいます。

では本書はどの部分に焦点を当てているのでしょうか。第一部として詳細に述べられる近世大坂の成立期における町屋の展開、拡充検討から始まる内容は、第二章の褒賞を受ける人々の境遇によるパターニングから、第三章でその生業へと話を進めていきますが、分類過程も分析も、前述の序章の内容とも帯にあるような「人情と渡世」というような内容からも、やはりかい離があるようです。

むしろ、本書を読んでいて妙に腑に落ちた点。それは、近世における居住環境、職能集団の姿や、薬種商、歌舞伎役者の家や沽券の継承。更には、遊女、茶立女の奉公と実家の関係など、業種や生活環境、経済状態の変化による居住空間の変化などをセグメンテーションとして見せる、近世大坂における住民たちの姿を、褒賞書上げの記録を用いて社会学的な分析を加えようという趣旨に思えてきます。

その中でも印象的であった、女性と男性の職種に関する論述。針子や洗濯などの女性のみが就く仕事には、雇う側も雇われる側も上記のセグメントを緩やかに横断出来る一方、男性の職種には厳密な職能集団であったり、居住空間や所属する組、店子の関係など、社会的な枠組みに強く規制されながらも、困窮者の一時扶助的な職種としての「番太郎」「髪結」の存在が見いだされる等、大きな差がある事を見出しています。一方で、借家であっても女性の戸主は認められておらず(故に、名義的な縁組や離縁も)、褒賞を受ける条件にも所謂忠孝を尽くした点を強調するという、封建的な影響も色濃く見えてきます。

近世大坂を舞台にした、書上げという記録に基づく社会学的な分析。その結果を詳述する本書は、近世の民衆の姿を社会構造として浮かび上がらせる基盤となるデータを示すというテーマを充分に満たす一方で、冒頭や巻末で繰り返し著者が掲げた、本当に示したかったと思われる内容からは、距離感を感じてしまった一冊。

断片的な記録の更にその一片から、社会構造の一端は解き明かせても、人々に寄り添う物語を再構成していくというアプローチの難しさを実感しながら(それが学問かという根源的な問題を含めて)、未だにページをめくり直しながら悩み続けています。