今月の読本「マタギ奇談」(工藤隆雄 山と渓谷社)最後に伝えられる森と山々への畏敬の物語

今月の読本「マタギ奇談」(工藤隆雄 山と渓谷社)最後に伝えられる森と山々への畏敬の物語

インプレスグループに買収後、暫くは大人しい状況が続いていましたが、昨今の登山ブームの影響でしょうか、文庫、新書の創刊に続き、最近積極的に新刊を送り出すようになった山と渓谷社。

そんな元気を取り戻した名門出版社が、より一般の方に向けて送り出した近刊には山に纏わる奇談、珍談を集めた本が何冊か揃っています(ヤマケイの黒本というそうです)。その中でも「新編 山のミステリー」という、ちょっとおどろおどろしい装丁とキワモノとも取られかねないテーマの一冊がありましたが、山岳ミステリーという一風変わったテーマが好評だったのでしょうか、同じ著者による続編が登場しました。

マタギ奇談マタギ奇談」(工藤隆雄 山と渓谷社)のご紹介です。

著者は登山関係で多数の著作を有される方。本書も同じ山と渓谷社から1991年に上梓された「マタギに学ぶ登山技術」執筆の際に得た知見をベースに、その後も繰り返し東北に訪れて取材をした内容からピックアップして一冊に纏められたものです。

数頁から十数ページに纏められた物語風の「奇談」がぎっしりと詰まっていますが、取材対象がマタギであるという一点を除いて、章分けはなされているものの一貫したテーマがある訳ではありません。

冒頭の八甲田山雪中行軍における忘れられた「案内人」達の悲惨な末路に戦慄が走り、マタギたちの因習に首を傾げながらも「奇談」にじっと聞き入り、それを守らなかった事による厳しいしっぺ返しにも、まさかと思いながらも思わず身を乗り出してしまう著者の巧みな筆さばき。クマの驚くような能力と向き合いながら、生身でのぎりぎりの駆け引きをして来た彼らが伝え聞いた話を読んでいくと、軽妙さの中にも、体感した者だから言える言葉の重みを感じます。

山での掟や数字に秘める因習、そして強い印象を与える、因習を破ったある猟での出来事とその後。その一つ一つに、ある共通点がある事が見えてきます。

人間の存在をちっぽけなものに相対化してしまう東北の雄大な山々と深々とした森。そこに生きる植物、動物たちへの謙虚で繊細な眼差しと、その中から糧を与えられているという素朴な感謝の念。普段は完全に忘れてしまっている、自然と直接向き合い続けるという厳しさの裏返しとしての因習や伝承の姿が見えてきます。

少し長めに語られる、山津波で消滅してしまった集落で辛うじて生き残ったマタギが語る、遭難状況を克明に記憶する冷徹な観察眼と、それでもその地で生きていこうと決心する山に対する強い想い。最終章でじっくりと語られる、白神山地の奥深くにマタギ小屋を構える老齢のマタギが残した言葉の数々から汲み取る、マタギが山と森を守って来たという自負と、その後を予見するかのような冷静な視点と実際。山を相手に真剣に向き合ってきた人々故の鋭い着眼点に圧倒されます。

既に語れる人も少なくなり、猟場だった山と森は荒廃の進行と保護区の設定によりマタギの手が届かない世界になろうとしています。その地に住み着いた歴史と同じだけの時を刻んだであろうマタギの歴史とその想いを、本書に最後の記憶として残して。

シリーズ展開上、少し怪奇談的な面が強く出ている本書ですが、その行間に潜む、山と森を敬服するマタギ達の最後の言葉にじっと耳を傾けてみるのは如何でしょうか。

<おまけ>

本ページより、類似テーマの書籍のご紹介を。

今月の読本(特別編)「ドキュメント御嶽山大噴火」(山と渓谷社編 ヤマケイ新書)山岳図書専門出版社の良心に裏付けられた、あの時何が起きたかの手掛かりとしての一冊

今月の読本(特別編)「ドキュメント御嶽山大噴火」(山と渓谷社編 ヤマケイ新書)山岳図書専門出版社の良心に裏付けられた、あの時何が起きたかの手掛かりとしての一冊

ドキュメント御嶽山大噴火ヤマケイ新書51024-YS009。

シリーズで刊行される出版物には、大体通し番号が付けられますが、この非常に若い番号にも拘わらず、表題にある様な大きなテーマをシリーズ開始僅か2ヶ月目で手掛け、刊行に漕ぎ着けた版元様並びに編集スタッフに、まずは敬意を表する次第です。

そして、山岳関連図書出版のエキスパートとして、山の文化を活字と写真を以て伝える使命を社是とする出版社として、このようなテーマを速やかに扱って頂けた事を素直に嬉しく思っています。SNSの登場によって、情報が今まで以上にライブ感とスピードを競うようになり、その結果、僅かの時間で情報が消費され、忘れ去られる中にあって、情報、そして人々の記憶が風化する前に生の言葉を活字として記録に残して頂けた事は、今後起きるであろう類似の事例の為にも、極めて貴重な実録となるはずです。

ヤマケイ新書の第2回配本として緊急出版された「ドキュメント御嶽山大噴火」(山と渓谷社編)です。

本書は緊急出版のため、その過半がインタビュー形式の文章で綴られています。また、信州大学の研究陣より寄せられた科学的考察と題される寄稿文(火山噴火、防災、高層気象)も、その時間的制約から実質的には既存の知見に基づく、テレビ等でおなじみの識者へのインタビューを採録したような形に近い書式を採っています(その中でも、今回の噴火が防災上予想されていた範囲であった点はきちんと理解すべきですし、前兆現象が把握されていた中で今回のような被害が防げなかった防災学、減災の限界を直視させられます)。

それだけに、本書は読書を楽しむものでも、読むことによって知的好奇心を満たすための本でもありません。

前述のように、情報と記憶が風化する前に、当事者たちの声を採録し、それを記録することを最優先とした実録と考えたい一冊です。従って、インタビューのフォーマットはほぼ全て揃えられており、遭遇者の心境や現在の境遇を綴る事よりも、実際に起きた事の時系列性や当時の装備、登山経験といった遭遇者のバックボーン、そして避難や救助の状況描写に力点を置いている点からも、極めて記録性を重視した内容となっているといえます。

その上で、多くの遭遇者が「もっとしてあげられる事があった筈」と心境を述べていた事に配慮したのでしょうか、巻末には特別編として災害リスク心理学を専門とする研究者による「サバイバーズ・ギルト」という、聞きなれない言葉を用いた、所謂「生き残り」に対する後悔の念を持たれる方に対する、心理学的な配慮に関する見解が述べられていきます。

本書は、普通の新書本の新刊とは一線を画す一冊。同時に発売された今月号の「山と渓谷」の特集記事と併せて、山岳を愛好するすべての方々への、山に登るという事の極めて危険な一側面を改めて知って頂く事と共に、辛くも生還された方々の貴重な声を正しく記録しておくことを目指した本。あの日、あの時に起きた事を正確に理解し、次に山を目指す人々へ語り継ぐために。

<参考として>

本書の前に刊行されたもう一冊の緊急出版物である「緊急報道写真集2014.9.27 御嶽山噴火」と、数少ない火山としての御嶽山を単独で扱った書籍、今回の噴火に際して迅速な再版が行われた「御嶽山 静かなる活火山」(木股文昭著)。いずれも地元の信濃毎日新聞社刊も併せてご覧頂ければと思います(写真は2010年の初版本で、書店で確認したところ、再販本とは帯と掲載写真が異なっています)。

御嶽山関連書籍

二冊のサケ類ガイドブック「サケ学大全」(帰山・永田・中川 編著 北海道大学出版会)と「サケマス・イワナのわかる本」(井田齋・奥山文弥 山と渓谷社)

お魚が好きなくせに山奥に立て籠もって暮らしていると、時として無性にお魚の本が読みたくなってしまいます。

そんな訳でこれまでも何冊もお魚関係の本をご紹介してまいりましたが、今回はちょっと山奥にも関係ある「サケ類」をテーマにした本を2冊セットでご紹介です。

サケ学大全まず一冊目は北海道大学出版会より刊行された「サケ学大全」(帰山雅秀・永田光博・中川大介 編著)です。

版元から察するとかなり堅めの研究関係の書物に感じますが、さにあらず。第一線の魚類学者から道内の水産関連の研究、実務担当者、NPO関係者、地場の水産会社役員に村上の喜っ川 、教育者に画家…とまあ多士済々の皆様が執筆されたラインナップが全部で55テーマも揃う正に「サケをテーマにした一大テーマパーク」的な研究紀要andエッセイ集といった書籍です。

テーマが余りにも膨大なため、各テーマの掲載ページは数ページから多くても10ページほど、一応、第Ⅰ部であるサケの生物学については研究紀要的な内容で固められており、サケ類の最先端の研究成果がふんだんに盛り込まれていますが、第Ⅱ部のサケの産業科学に行くと、ふ化事業や水産加工など具体例が徐々に増えてきて、業界紙のコラムのような体裁に変わります。

第Ⅲ部のサケの社会科学にはいると、もう体裁も内容もテーマごとにばらばらで収拾不能…といった感じで、以前紹介した「ウナギの博物誌」のようなテーマ間のバランス調整も殆ど行われていないため、一気に読むにはあまり向いておらず、どちらかというと気に入ったテーマを拾い読みしてく感じの編集スタイルになっています(編集スタイルとしてはウナギの博物誌のページで関連書籍として紹介した「新鮮イカ学」に近いかもしれません)。

とはいえ、北海道、そして東日本のを代表する魚類であるサケ類のすべてをこの一冊に集結させた北海道大学出版会と編者の皆様の多大なるご努力に敬意を表したいと思います。

特に北大の研究者の皆様が多数執筆される第Ⅰ部には環境保護をテーマにした話題では良く取り上げられる割には根拠となるモデル、データがあまり紹介されないヒグマを含めた連環のデータや巨視的な生態系モデル例など括目すべき内容がそこかしこにちりばめられていて、目から鱗が落ちる思いになります。

また、皆さんご興味があるであろう母川回遊に関する最新の研究成果や、放流魚と自然遡上魚のバランスシートといったかなりナーバスなテーマも語られています。

後半の方には今注目されている遺伝操作による養殖サーモン類(信州サーモンもすっかり有名になりました)に関するテーマも設定されていて、最近のトレンドを理解するためにも非常に有用です。

また、第Ⅱ部に関しても実際の事業に携わられていらっしゃる皆様のコメントには説得力があり、実は放流事業における回遊率成否には放流する側の上手い・下手が色濃く影響するなどという爆弾発言的なコメントも載せられていて、ちょっとびっくりしてしまいます。

とにかく、サケ類大好き、サケに関するいろいろなテーマを観てみたいという方にはピッタリな一冊かと思います。

サケマス・イワナのわかる本そしてもう一冊、帯の一文で威圧されてしまう「魚に半生を捧げた師弟」である北里大学名誉教授で魚類分類学者である井田齋先生と、お魚ジャーナリストの奥山文弥氏という魚類学とフィールドワークのコラボレーションを存分に楽しめる、山と渓谷社より刊行された「サケマス・イワナのわかる本」(井田齋+奥山文弥)です。

前に紹介した「サケ学大全」が北大出版会刊行なのでより学術的な内容に見えますが、全く逆でこちらの本の方が余程学術的(所謂魚類分類学)な記述に優れます。

こう書いてしまうともの凄く固い本のように思われてしまいますが、そこは山と渓谷社の刊行物です。帯には「入門書」と硬めの表現をされていますが、奥山氏の豊富なフィールドワークによってもたらされた美しい写真と井田先生の丁寧な解説文章、多くのアングラーの協力によって得られた貴重な写真を織り交ぜた美しい「サケ・マス・イワナ類写真図鑑」としても出色の一冊です。

サケ類が好きな方なら美しい写真を眺めているだけで幸せになってしまう事受け合い、更に降海/陸封型を分けた形でほぼ全種についての解説が写真以外に50ページと、これだけで数1000円クラスのちょっとしたガイドブックが出来てしまう豪華さです。

更には特徴的な生態、海外(所謂銀鮭ですね)を含む養殖魚たちについての紹介もカラー写真/文章を駆使して豊富に掲載されており、「入門書」なんてわざわざ書かなくても「決定版」でいいじゃないですかと、声を大にして言ってしまいたくなります。

就寝前のほんの一瞬、一日の疲れを癒したい時にぱらぱらとめくりながら、かれらの生きざまにほんの少し思いを馳せる…そんな密かな楽しみとしていつも枕元に置いています。

決して、著者たちのように「脂鰭」に魂を捧げたわけではありませんが…

<おまけ>

今月の読本「ニッポンの山里」(池内紀 山と渓谷社)

今月の読本「ニッポンの山里」(池内紀 山と渓谷社)

今回から読書のタイトルも様子を見ながらこちらに移動してみる。

一回目は「ニッポンの山里」(池内 紀著、山と渓谷社)

ニッポンの山里表紙

ドイツ文学者が語る、日本の山里の風景という一風変わった内容の一冊。

版元からして山と渓谷社なので、ちょっとした期待を持ちながら読んでみる。

表題にあるように甲信近郊の山村を中心に30カ所の山里を巡ったエッセイ集(雑誌連載記事らしい)。いずれも10ページ程度の本文に直筆の小さなイラストが添えられている。

いずれの章も始めに地名の興味から入り、山里へのアプローチ、その地勢と土着に関する考察、山里特有の食に関する話へと誘う、正確なパターンを刻んでいる点は流石に学者の筆遣い。

要所にひねりも洒脱もあるが、比較的淡々とした筆致で進み、特別なドラマが起こるわけではないので、里山の風物に興味がないとちょっと退屈する内容かも知れない。

ただし、着目点は流石で、何故そこに住み着いたのか、道や家、棚田が伸びる方向の訳を述べ挙げた上で「今と昔では住みやすさの基準が異なる」と述べる。

すなわち自給自足、もしくは足りない物を購入するに充分な換金収穫物が得られる、日当たりの良い、水の便がある土地であれば住みやすい土地となる事を各章で丹念に述べていく。

「二本の足、馬と人が通れる幅の道」これだけあれば人々は縦横無尽に山里を結び、物資を運び、情報を伝え合ってきた。車社会の現代とは違う観点のネットワークと住環境があったことを繰り返し述べていく。

筆者は決して現代の利便性を否定していないし、変化に対応していく山里の今をも捉えて伝えている。しかしながら、そこにはある種のオマージュを感じさせる寂しさも隠さず述べられている点が心打たれる。

私自身は勝手知ったる信州/甲州/上州の山里が次々と紹介されているので、とても楽しく読むことが出来たが、一方で「地勢」への着目が全然なっていないと反省させられる一冊でもあった。

もし、今度山里を訪れる事があれば、筆者のように、その成り立ちに思いを馳せて頂けるとより一層楽しめるかもしれませんね。

<おまけ>

  • 中表紙にちょっとした「仕掛け」が施されています。是非実物を手に取ってご覧ください
  • 最近の本にしては極めて珍しくしおり糸が織り込まれています(しかも鮮やかな緑色)。山と渓谷社様の気合いが伺われる、ちょっとうれしい装丁です