一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

今を遡る事10数年前。

国内業務に戻った後、最初に主担当として受け持った顧客先が立地していたその地には、幾度となく足を運んだものでした。

目の前には燦々と太陽が降り注ぐ見慣れた太平洋と異なり、何処までも深く濃い群青が広がる日本海の海と空をバックに佇む、少し古びたその水族館の前を通るたびに、何れは仕事を忘れてじっくりと訪ねてみたいと、厳しい仕事の僅かな隙間に幾度となく願ったものでした。

その後、自らの立場も住む場所も変わり、かの地に行く事自体が憚られるようになってからも、あの時の想いは心のどこかで燻っていたようです。ニュースで流れていた指定管理者制度の導入と新水族館の建築。そしてあの時、強い印象を残した現水族館の解体という知らせを聞いて、休館前の最後の日に、再び足を運ぶことにしました。

実に13年ぶりに訪れた直江津の海辺に立地する、上越市立水族博物館。

最終日となった5/14には記念式典が催される事になっているようです。

外装は2010年に魚が群有する陶器のパネルを取り付けるなど改装されていますが、本館は1980年に建築された、最近の水族館ブームから見れば、かなり古い施設と言えるかもしれません。

玄関に掲示された休館のお知らせパネル。

ロビーに置かれた、直江津港で採集されたヤシの実と古い新聞記事。

既に2015年からは指定管理者として横浜八景島が運営しており、職員の皆様の垢抜けた対応と、古びたエントランスに置かれたこの水槽のギャップが、今回の休館理由を何となく教えてくれるようです。

館内に掲示された休館を伝えるポスターと水族館新聞。殊更にキャプションされる指定管理者の名称に若干の違和感を感じながら。では、館内に入ってみましょう。

エントランスを入って最初のフロアーに位置する「トロピカルランド」。

1980年のオープン当初はメインとなる水槽であったはずですが、現在の視点で見ると奥行きもなく、照明の色合いを含めて少々古めかしい雰囲気も漂います。

この水槽でメインを張るイトマキエイ。奥行きが無い(岩の後ろにはすぐ壁が見えています)のでちょっと窮屈そうですが、それでも薄暗いフロアーに浮かび上がる、開館当時の流行に添ったパノラマ水槽は、今見ても魅力的です。

トロピカルランドの裏側には、「世界の海のさかなたち」と題された水槽群が熱帯、温帯、寒帯の3フロアに控えています。

当時一般的であった(江ノ島も、下田、油壺にしてもそうでした)、汽車窓スタイルの小さな水槽が真っ暗な壁を埋める展示形態。既に作動しなくなっている例も多い筈ですが、こちらの水族館はちゃんと水槽Noと飼育魚種の表示パネルも動作している点が、古びてはいても、実に丁寧に扱われてきた事を教えてくれます。

こちらは温帯の水槽群。

それぞれが今では家庭用レベル(趣味の方なら尚更)でもあるかもしれないサイズの水槽ですが、飼育魚数がかなり多いので、窮屈を通り過ぎで、よくぞ飼育できているなと、逆に感心してしまう程です。少数の大水槽より、このような小さな水槽を多数管理する方が、余程手間が掛かるのではないでしょうか。

こちらが寒帯の水槽群。前の2つのフロアーに対して、流石に日本海をテーマにした水族館らしく、やや大きめの水槽を配置しています。センターに位置するのはもちろん、カニです。

汽車窓スタイルの水槽が並ぶ中で、ほんの僅かでも生態展示をとの想いからでしょうか、フロアの終わりに設置されたニッコウイワナとアメマスの水槽だけは、照明も明るく、水流を与える事で、流れに逆らって群泳する彼らの姿を見る事が出来ました。

実を言いますと、開館当時の水族館フロアはここで終わり。よくある地方の動物園などに併設された水族館の規模をちょっと上回る程度でしょうか。

階段を上って2階に上がると、特等席に位置するのが、重要文化財でもある、地引網に使われた「どぶね」。その向かいには古びたマルチスクリーンシアターが設置されています。そして、一部で話題にもなっていた、懐かしい科学実験遊具が並ぶコーナーと、如何にもという感じの休憩室と売店。下のフロアーに勤務されている方々と明らかに異なる職員の方が切り盛りするそのフロアーは、施設名にあるもう一つの表題である「市立博物館」である事を色濃く滲ませています。

少し気を取り直して、デッキに出ると、心地よい海風が吹き抜けています。

足元には、ペンギンプールが広がっています。

屋上デッキから望む日本海と、建屋の外に設置された収容200人ほどの屋根付きスタンドを有するマリンスタジアム。夏場になると提携水族館からイルカと飼育員が派遣されて、イルカショーが行われていました。今日の休館式典の会場でもあります。

屋外プールの全景。実はこれらのプールは開館してから大分経った1993年に増設されたもの。

ここに、本水族館が長い議論の末に、(結果的には北陸新幹線の開通に間に合わなかったものの)新たな施設へと飛躍することになるきっかけとなった、飼育されている動物達がいるのです。

昼下がりの陽射しを一杯に受けてエメラルドグリーンに輝くペンギンプール。

幅にすれば僅かに10m程に過ぎませんが、このプールと、そしてここで飼育されているマゼランペンギンたちこそが、この水族館を日本海有数、いや日本のみならず世界的にも著名な水族館としての名声を得るきっかけとなった舞台なのです。

水槽の中を生きよい良く泳ぎ回るマゼランペンギンたち。

この水族館は日本最大、実に126羽ものマゼランペンギンを飼育しており、多くの仲間たちを日本中の水族館に旅出させている、世界的にも傑出したペンギンの飼育技量を有する水族館なのです。

では、飼育熱心だからお堅い場所かと思えば全く逆で、一日何度か実施されるお食事タイムには希望者全員(全員ですよ、全員!)がこんな目の前のデッキから直接ペンギンに餌を与えられる(ケンカになるから、手渡しではなくちょっと投げて下さいね、と)という、流石は市営というフレンドリーさも兼ね備えている点が、この水族館の実に素晴らしい点ではないでしょか。

狭いスペースながらも多くのペンギンが飼育されている事で、これだけの群泳を目の前で堪能出来る(シャッターチャンスもそれこそ幾らでも、後は腕の問題…)貴重な空間。もちろん、群れで暮らす彼らにとっても、飼育環境以外はより自然な姿の筈です。

 

休館前の最後のショーが終わった後、まだまだ食欲旺盛なペンギンたちが餌に群がる中、摂食の様子を観察しながらフリッパーに付けられたNoのカウントを取っていく飼育員さんたち。このような地道な積み重ねが、日本最大の飼育数の実績を支えているのだと実感しながら(見学デッキで、元飼育員さん?だったのでしょうか、以前の事を良くご存知の方が関係者の方とフリッパーのNoを指しながら談笑されていたのが印象的でした)。

マリンスタジアムに設けられた休館記念式典会場に掲げられた横断幕。

休館を聞いて駆け付けた多くの来館者で満員立ち見となったスタンドに手作り感溢れる休館式典と対照的な、来賓者の皆様の微妙さを通り越した挨拶については、ここで述べるのは止めておきます。

式典が終わって再び館内に戻ると、最後のショーが各所で始まっていました。

円筒形の本館部分に接続する形で設置されている「マリンジャンボ」こちらも、屋外のプール同様にバブル崩壊直後の1993年に増設されたもの。餌の周りに遊泳しているのはアジなのですが、まるで熱帯水槽のようなコバルトブルーと黄色系の照明が、魚たちの色を熱帯魚のように見せており、微妙な印象を与えます。

エスカレーターが設置され、フロア2層分を貫く、全方向から見る事が出来る大きな回遊式水槽「マリンジャンボ」。地方の市営水族館としては当時としても破格の設備だったと思われます。そして、熱帯水槽を思わせる照明とショーのスタイルを持ち込んだのは、現在の指定管理者である横浜八景島(この点は、資料でも、前述の来賓発言でもきっちり述べられています。ちなみに、元の照明はパンフレットの写真に掲載されています)。今回の休館により取り壊されてしまうという、当時日本最大の板厚を誇るアクリル板を用いた大水槽。実はこの水槽が設置された年が、奇しくも八景島シーパラダイスのオープンと同年であると聞くと、最後に挨拶に立った、八景島から派遣されてきた現在の館長の言葉が皮肉にも聞こえてくるのは私だけでしょうか。

そして、休館1時間前となる午後4時。びっしりと人で埋まったメインロビーの壁面を彩る、民営から数えて80数年、5代目となるこの施設が開館してから37年間メインを張ってきた円弧型水槽「トロピカルランド」で、全施設を通しての最後のショーが終わりました。

遠く妙高を望む海辺の水族館。

隣では、新しい水族館の建屋建設の真っ最中です。6月頃までにはオープンとなる予定だそうです。

休館記念式典に参加した全員に配られた、この水族館を象徴するマゼランペンギンの羽が織り込まれたしおりと、館内の片隅に静かに置かれていた(式典でも配られていましたが)、こちらも指定管理者とは程遠い、市の推進部署が制作した、手作り感溢れる、カラープリンター印刷のこれまでの歩みと、来年度の完成告知パンフレット。

新しい施設のパンフレットを見ると、これまでのアットホームな雰囲気とは異なり、最先端の展示メソッドをふんだんに盛り込んだ、通年実施可能なマリンショーを軸に置いた、美しいギャラリーのような施設になるようです。なにやら敷居が高くなりそうですが、それでも、これまで待望して止まなかった、「展示数でも日本一を目指す」マゼランペンギンの生態展示が同時に実現することは、水族館が好きな方にとっても、其処に暮らす彼らにとっても望ましい事。

駐車場に戻ると、案内看板を片付けるスタッフジャンパーを着た方々が撤収作業を始めていましたが、そこには明らかに水族館のフロアーに居たスタッフや飼育員とは年齢層の異なる方々が。2階のフロアにいらっしゃった職員の方を含めて、次のオープンの際にはどのようになされているのだろうかなどと考えながら。

水族館を取り巻く環境が激変する中、多くの個性的な水族館が林立する日本海、そして新潟エリアに於いて、それこそ日本だけではなく世界に誇る美しくも「育てる水族館」として、これまで培ってきた実績の先に新たなスタートを切る事を願いつつ、長年の想いを果たして、夕暮れ前の日本海を後にしました。

落穂ひろいですが、飼育されていた生き物たちのうち、メインであったペンギンと海獣は系列の三津および八景島シーパラダイスにそれぞれ一時的に移されていますが、展示コンセプトが大きく変わる為でしょうか、多くの飼育されていた生物たちは戻ることなく上記2館および各地の移譲先に留まるようです。

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