今月の読本「大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)研究者であり続けたいと望む第一人者の、鰻と研究のこれまでとこれからを

今月の読本「大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)研究者であり続けたいと望む第一人者の、鰻と研究のこれまでとこれからを

7月になると巷で騒がれる、土曜の丑の日。

ここ数年、資源減少に伴うレッドリスト掲載から始まった一連の騒動を経て、このシーズンになると、食べる事や値段の話題と併せて、資源や更には代用品の話といった様々なテーマが語られるようになってきました。

このような注目を浴びるようになってから、消費者、需要家、そして研究者と色々な分野の方が、それぞれの立場で意見を述べられるようになってきましたが、中でも第一人者と目される方がいらっしゃいます。

ニホンウナギの生態を長年に渡って調査を続けた結果、遂に産卵場所、そして卵の発見に辿り着いた塚本勝巳先生(現:日本大学生物資源学科教授、当時の肩書は東大海洋研究所教授)。

今回ご紹介する一冊は、塚本先生の著作の中で、これまでで最も入手性が良いであろう一冊。

毎年夏に全国津々浦々、あらゆる書店で行われる、新潮文庫のキャンペーン「新潮文庫の100冊」にもノミネートされた新刊をご紹介です。

大洋に一粒の卵を求めて大洋に一粒の卵を求めて」(塚本勝巳 新潮文庫)です。

本書は多くの文庫本の例に漏れず、書き下ろしではなく既刊の作品を収録したものです。著者の研究がその頂点を極めた時期に当たる2012年に複数の類書と共に刊行されたうちの一冊、「世界で一番詳しいウナギの話」(飛鳥新社・絶版)を底本にしています。

しかしながら、巻末の注記にあるように、今回の収録の当たって大幅な増補がなされており、巻頭の注記と文中に記述されている年号から察するに、第8,9章は今回刊行の為に新たに書き下ろされたようです。

自身の回顧録と研究にまつわるよもやま話が述べられていく、日本人の研究者の方が書かれる著書特有の筆致で描かれる前半戦の底本に書かれた内容は、類書やテレビ等でも何度も取り上げられている内容ですので、改めて説明する必要はないかと思います。ここでちょっと興味深いのは、著者がウナギの研究を手掛ける前に行っていたアユの遡上と回遊に関する研究成果。川魚全般にご興味のある方、脂鰭付きの魚達(サケ、マス類)がお好きな方なら、氏の研究成果は良く知られているところです。

水温や水質、生体ホルモンの働きによる、魚類の行動を研究してきた氏の研究テーマが一年で川と海を行き来するアユから、時に数十年を経て川から再び海に戻るウナギに変わった後でも、そのアプローチにはいささかの迷いはありません。

日本人であれば誰しもが注目する魚種。美味しくて、しかも希少で高額。さらには単一の魚種にも拘らず長い伝統と、深い専門性を有する職人から、漁師、養鰻業者が携わり、果てやナショナルチェーンから国際バイヤーまでもが群がり、跋扈するという他の魚種では考えられない特異性を持ったウナギ。

そのためでしょうか、潤沢とは言えないまでもかなり恵まれた(氏は反論するでしょうが)研究環境を確保しつつ、それまでの研究スタンスを大規模に展開した、時にはウナギ艦隊と称する大規模な調査船団を組織してのウナギの産卵場所を突き止める(そして産卵前の成魚を確保する)という、プロジェクトの成果は既に多くの皆様に知られている事かと思います。

アユを研究していた頃から抱いていた、回遊というメカニズムの神秘に迫りたいと願う研究者としての願望は、フィールドワークとしては前著を上梓された時点である意味、達成されていたのかもしれません。

しかしながら、大幅増補が加えられた本書ではその先のお話が綴られていきます。

氏の想い、それは研究者という生き物は、目の前の興味にまい進し続ける事が本分である事をはっきりと明言しながら(本書のあとがきがマリアナ沖を航行中の船中で執筆されているという事実だけで充分でしょう)、それだけでは済まされない状況に陥ってしまった現状に対して、何らかの情報発信を行わなければならないという強い危機感と、それでも研究者(著者は学者と研究者は異なるという、現在の日本に於ける高等教育/研究制度において極めて微妙な見解を披露しています)としての立場を堅持したいという複雑な想いが文中で交差していきます。

最終章に渡って、時に赤裸々に述べられるこれらの課題。本書を読まれると、中には「河川回帰するウナギは産卵に供する2割程度、しかも中国や台湾にも遡上するのだから、たとえ日本の河口や川でシラスウナギや成魚の漁獲が激減しても全体の資源に影響する比率は小さいのでは」という疑問を持たれるかもしれません。そのような統計データ上の議論に踏み込もうとすると、氏は研究と調査は異なると、更に微妙な発言(これは、自身は魚類の生態学者研究者であり、水産資源の研究者学者ではない)を述べた上で、これらの基盤情報の整備が整っていない点を指摘した上で、それらを組織できる団体(何処かは判りますよね)の努力に期待を述べていきます。その想いは、完全養殖への過度な期待(前述の団体が膨大な資金を半世紀にも渡って投じた末に、漸く実験室レベルで実現)への警鐘に繋がります。

氏の研究者としての矜持と研究へのアプローチが明快に述べられる前半とは対照的に、時に歯切れ悪く、時に自嘲気味に現状に対して模索を続ける、研究者としてウナギの未来への貢献を想う気持ちを込めて、近年このような想いを繰り返し述べられています。

どうせなら、美味しいウナギはハレの日に美味しく頂きたい。それが資源と食文化を守る第一歩になる筈だから。

以前は天竜川を遡上したウナギが豊富に獲れたことから、ウナギの食文化がしっかりと根付いている諏訪湖界隈の川魚文化(関東風と関西風のハイブリッドなので、関東人としてはちょっと、なのですが)。

それでも最初の土曜の丑の日を迎えた昨日の夜、既に夕飯の食材を調達するには遅い時刻のスーパーの魚売り場や総菜コーナーには、割引や半額シールの張られたウナギのかば焼きや、ウナギのかば焼きの載せられたうな重、僅かばかりにかば焼きの切り身がまぶされた丼に、巻き寿司などが、手に取る人も少なく、寂しそうに幾つも並べられていました。

もしも次の土曜の丑の日(8/5)、同じようなシチュエーションに巡り合われた時には、その魚類としてたぐい稀な長命に秘められた神秘的な生態と一緒に、ほんの少しでも、彼らの現状を思い起こして頂けますように。我々消費者の気まぐれなトレンドが、彼らの未来にとっての最終的な決定権を握っているという事を決して忘れないために。

そして、今度は氏の新しいフィールド(日本大学)における、より大きな視点でのウナギの物語が描かれることを期待して。

<おまけ1>

現在、日本大学生物資源科学部の付属博物館では、企画展「うなぎプラネット」が開催されています。場所が神奈川県藤沢市の六会(小田急江ノ島線、六会日大前駅すぐ)とちょっと不便な場所ですが、期間限定で極めて貴重なウナギ幼生レプトファルスの飼育展示も観られるとの事。なお、開催期間は12/19迄ですが、日曜、月曜休館、更に8月~9月中旬の土曜日と夏休み期間中も休館と社会人にはかなり高いハードル。それでもご興味のある方は是非どうぞ(目の前まで行ったのに、周辺に駐車場が無くて見学を断念した大馬鹿者が此処に一人…)。

(本展示についてご紹介されている、同じ学部に在籍されています、よこはま動物園ズーラシア園長の村田浩一先生 https://twitter.com/zooman_koichi のtwitterより。会期中に必ず行きますので…)。

<おまけ2>

大洋に一粒の卵を求めてと類書本書のテーマに関連する書籍のご紹介。

広告
今月の読本「オオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)一枚のお札を巡る、谷戸から山へと昇る繋がりの物語と、不思議な一方向感

今月の読本「オオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)一枚のお札を巡る、谷戸から山へと昇る繋がりの物語と、不思議な一方向感

数年前の新刊以来、書評やネットでの評判、書店でのpopなどを通して、随分評判になっているのだなと、思いながらもなかなか手に取る事はなかった一冊。

たまたた茅野の書店で、著者が主宰するプロダクションの次回作「ものがたりをめぐる物語」のPR用として刊行された、諏訪の風物を扱った小冊子「そもそも」と一緒に置かれていたために、手の取った次第(ちなみに、私が「そもそも」を手にした書店は、プロダクションの公式サイトの取り扱いでは紹介されていません。所謂観光スポットではなく、地元の方が最も身近に手に取れる場所なのに…ちょっと残念)。

オオカミの護符とPR誌そもそもオオカミの護符(文庫版)」(小倉美恵子 新潮文庫)です。

この物語を巡るアウトラインを述べるのは、映画として、TVのスペシャル番組として、そして現在では溢れんばかりに流れる情報ソースの中で色々と語られれていると思いますので、今更かと思います。

著者の人となりと、その溢れる好奇心。川崎北部の谷戸を故郷に持つという妙な親近感(私の本籍は川崎の中部辺りにあり、先祖を辿ると多摩川の川渡しの家系に繋がる事を、幼い頃によく聴かされた)と、登場する地名の懐かしさから、少し嬉しくなりながら読み進めていたのですが、巻末に行くに従って微妙な感触を持ち始めます。

一枚の札を巡る著者の想いが、オオカミへの信仰という一側面を離れて、秩父の山々そのものの信仰へ向かって収斂していく過程の描写は見事で、納得させるものがあります。しかしながら、同時に語られる、失われようとしている谷戸や山里における慣習や、風俗への想いに著者が満たされていく様子を読んでいくうちに、何故か7000戸にも達するという、現在の谷戸に住む人々が、筆致の中から徐々に消え去られていく様な感触を得てしまったことです。それでも、著者は要所で配慮を示す筆致を入れていますが、その想いの馳せる先は、一途に山へと延びていき、今の里に住む人々への想いには、なかなか戻ってこないようです。

その上で、著者は里で農耕を行う「お百姓さん」が山へ山へと集っていく、そして山で彼らを迎え入れる風物について、失われないうちにという強い想いを込めて、精力的に取材を続けていきます。また、そのお札を奉り、彼らに対して供物を捧げた人々の営みについても、著者の経験と取材を通して述べられていきますが、何故、山の人々がそのお札を里に配る必要性があったのかという事が、すっぽりと抜けているように思えたのでした。著者は里の「お百姓さん」が、農作物の豊作と天候の安定を願ってそれを求めた事を丁寧に説明されていますが、そもそも御師にしても山から下って来るものであり、講はその御礼として組織されるものの筈。そこには山の側から求められる、経済的な結びつきが生じていたはずなのですが、本書では最後まで述べられることはありません。

図らずも直近で読ませて頂いていた、本書(文庫版)でも解説を書かれてる内山節氏の著作で、著者が指摘している点と同じ点に着目します。山の生活における「稼ぎ」と「仕事」。そこには山里の暮らしが山里だけでは完結しえない事を明確に示しています。「稼ぎ」としての経済活動。川の流れ、峠に沿った往来との関わり合いがあって初めて山里の生活が成り立つことを述べています。著者はその中で「仕事」としての側面に強く印象付けられたようですが、一方でほとんどの生活が「稼ぎ」の場となっている現在の里にも、何らかの想いは宿っている筈なのですが、その想いを描くことは本書の範疇を越えてしまうようです。

そして、内山節氏が著書で暗示するように、現在の山里の「稼ぎ」の場が「公共工事」であることも。

繋がりを求めて描かれた、著者の山へ対する強い希求の念の一方にある、山の人々が欲したであろう里との繋がりが語られることのない本書を読みながら、少しばかりの困惑を感じながら頁を閉じた次第です。

諏訪を起点にして語られる、次作「ものがたりをめぐる物語」が、山深い信州から飛び出して、東京へ、そして世界へ向かって活路を見出していった諏訪の人々の物語を汲み取ってもらえる事を。その昔の御師たちが、全国を廻って彼らの想いと、人々の想いを繋ぐ役割を果たし続けた事が汲み取られることを、(それこそ勝手に)願って。

<おまけ>

本書に関連するテーマの書籍を、本ページからご紹介。

今月の読本「ヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)「マッサン」の原譜にしてニッカ創業80周年を記念して新装なった、日本初のウイスキー継承への伏線を描く物語

今月の読本「ヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)「マッサン」の原譜にしてニッカ創業80周年を記念して新装なった、日本初のウイスキー継承への伏線を描く物語

今年の秋冬シーズン(10月~15年3月)に放映予定のNHK大阪制作の朝の連続ドラマ「マッサン」は、朝の連続ドラマ史上初の外国人女性を主人公に置いている事でも話題となっていますが、それ以上に主人公のパートナーであり、夫でもある竹鶴政孝が創業したニッカウヰスキー創業80年を記念した営業活動の成果という、ちょっと斜に構えた見方も出来たりします。

今年のWWAで「竹 鶴17年ピュアモルト」がworld bestを射止めたのも、ISC2014では実に8商品ものゴールドメダルを獲得したのも、創業80年に花を添える執念の受賞と云われましたが、更に花を 手向けるかのような連続ドラマへの「創業者夫婦」の採用。毎年熾烈な勧誘があるとも謂われる連続ドラマの舞台勧誘から見てもちょっと意外な選定に驚くところで す。

何故北海道、余市が創業のニッカウヰスキーが大阪制作の連続ドラマのテーマとして採用されることになったのか。そして、なぜ連続ドラマを用いてまで80周年を盛り上げようとしているのか、この本をご覧頂くとちょっと見えてくるかもしれません。

ヒゲのウヰスキー誕生すヒゲのウヰスキー誕生す」(川又一英 新潮文庫)です。

本書は元々、昭和57年(1982年)に新潮社より刊行された書籍の文庫版ですが、今回のドラマ採用に際して表紙装丁の変更と、ドラマに合わせた帯の新調が行われています。また、冒頭カラーページに所謂「竹鶴ノート」の写真が掲載されており、新装版として版も改まっています(初版扱いです)。

新装版の表紙に大きく掲げられた、ニッカのトレードマーク「キング・オブ・ブレンダーズ」をご覧いただければ判るように、本書もニッカウヰスキーの強い後押しを受けての新装であることを滲ませています。

そこには長年のライバルである「サントリー」のここ数年来の広報戦略、そして世界企業への飛躍に対するニッカ、そして親会社であるアサヒビールの強い危機感を感じさせます。

本書は、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝の準公式的な伝記ですが(公式な自伝としては「ウイスキーと私」という作品もありますが、こちらはニッカウヰスキーの刊行物のため、書店には出回りません。注:こちらのサイトの情報によりますと、NHK出版より版を改めて刊行されるようです。この力の入れようも尋常ではないですね)、単なる偉人伝ではありません。その書名から判りますように、本書は伝記体を採りながらも、実質的には「日本ウイスキー発祥物語」としての位置づけを持っています。

物語は大阪の大学卒業を前にした竹鶴が摂津酒造に押しかけ修行を願い出るところから始まりますが、社名を見て頂ければわかりますように、ニッカの創業地、北海道は余市ではなく、大阪の南部、住吉から物語はスタートします。竹鶴自身も広島の竹原(たまゆらの舞台ですね。日本酒ファンの方には吟醸酒の発祥でもある、広島軟水仕込みでも有名かと)出身であり、関西より西側を舞台にすることをセオリーとしている、NHK大阪制作の朝の連続ドラマテーマとしては決して場違いではないことが判ります。

そして、彼の摂津酒造での働きを興味深く見守る人物として常務の岩井喜一郎と、ここに鳥居信治郎が登場してきます。そう壽屋の、即ちサントリーの創業者である鳥居信治郎です。岩井喜一郎は後に本坊酒造に移籍、現在の信州マルス蒸留所の元となる山梨マルスワイナリーを立ち上げることになります(数年前まで休止中でしたが、ハイボール人気を受けて蒸留を再開しています。そのような意味でもこの三者の関わり合いは非常に興味深いですし、その外にあったメルシャン(旧三楽オーシャン)の軽井沢蒸留所の閉鎖も印象的です)。そして、鳥居信治郎、更には彼の残したサントリーとの物語は本書の最後まで続くことになります。

その後、摂津酒造の後押しを受けてイギリスに渡った竹鶴は生涯の伴侶であるリタを連れて帰国する訳ですが、彼が持ち帰ったもう一つの成果である「竹鶴ノート」として纏められたウイスキーの製法は紆余曲折を経ることになります。この辺りは本書に詳しいわけですが、結果として竹鶴ノート自体は摂津酒造に残り、岩井喜一郎の手を経てその技術は本坊酒造に渡ることになり、竹鶴自身は壽屋の社員として山崎蒸留所を開設することになります。更には鳥居信治郎と袂を分かった竹鶴は北海道に渡り、余市の地で現在のニッカウヰスキーの元となる大日本果汁を創業することになります。つまり、竹鶴が持ち帰ったウイスキーの製法という魔法の種は、彼自らの行動によって三つ木に分かれて果実を実らせる結果となったのです。

その結果が何を生み出したのかといえば、本坊酒造は竹鶴ノートの継承者を自認して「原点」を名乗り、竹鶴自身が起こした余市の蒸留所を継承するニッカ、そして親会社であるアサヒビールは彼を「日本のウイスキーの父」を称するようになります。では、本当に日本で初めてのウイスキー生産を達成した壽屋、即ちサントリーはどうでしょうか。そう、ウイスキー自体を作ることはしなかったが、その国産化に大きな力を与えた創業者である鳥居信治郎を「ジャパニーズウイスキーの創始者」と称し、竹鶴が残した原酒のエージングが充分に整った後に世に送り出された「角瓶」を以て、ジャパニーズウイスキーの始祖と位置付けたのです。竹鶴の名をまるで消し去るように扱いながら。

本書に於いてもその間の経緯(本坊酒造は出てきませんが)が語られていますが、その記述が三者それぞれに好意的に捉えられる筆致になっているのが非常に興味深い所です。まず、本坊酒造にとっては本人はさておき、彼が渡航の果てに結実させた竹鶴ノートの中身こそがスコッチ製法の秘密をすべて書き留めている証拠を本書が示している事になります。ニッカにとっては大事な創業者の伝記なのですが、その文面には竹鶴と鳥居の確執と、味覚に対する鳥居の鋭さを竹鶴が認めるように捉えられる内容が含まれています。更に驚くことに、巻末では回顧録的に竹鶴に壽屋時代に作っていたウィスキーはスコッチの模倣であり、日本人に合わせたものには至っていなかったことを自嘲させています。実は、現在のサントリーが行っている「ジャパニーズウイスキー」のプロモーションは、まさに著者が竹鶴の言葉として語らせた内容を地で行くような竹鶴、そしてニッカのウイスキー造りに対するアンチテーゼであり、本書は図らずも両社のプロモーションにとって、互いに重要な「理論的原典」として位置付けられるようです。

同じ人物によってウイスキーの蒸留を始めた両者はお互いをライバルと見做し、シェアと品質を争い続けてきたわけですが、品質面はともかく、シェアとその巧みな宣伝戦略においては、ハイボール人気を見るまでもなく、ニッカ、そして親会社でもあるアサヒビールにとって近年特に分が悪いようです。更に、ここに来て決定的な差を付けかねられないトピックが「ビーム・サントリー」の成立ではないでしょうか。苦難のビール事業を遂に軌道に乗せ、余勢を駆って「ジャパニーズウイスキー」の旗手として世界的な酒類メーカーの一翼に躍り出ようとしているサントリーと、国内でも主力のビールでシェアをじりじりと低下させて、往年のスーパードライ躍進も最近は影の薄いアサヒビールにとって、長年のお荷物でもあるニッカの処遇。この80周年にかける猛烈なプロモーション(ちょっとずれている気もしますが)には、そんな危機感が見え隠れしている気がします。

本書の後半は、竹鶴の英雄談よりも、そんな弱小ウイスキーメーカーとしての悲哀が存分に語られていきます。その苦境は当時よりは多少は穏やかにはなったのかもしれませんが、現在でも決して順風満帆といかないセカンドベンダーの悲しさと苦闘が見え隠れします。そのような中でも、「心を熱くするウイスキー」というテーマを掲げて、ブレンドに拘り、丁寧な造りと、原酒を守り続けるという、ウイスキーづくりの原点を守り抜こうとする人々に対しての、先人からのエールとも思える一冊です。

なお、本書を手に取られる方が期待するであろう、最愛の妻であるリタとの物語は要所で登場はしてくるのですが、構成バランスの関係でしょうか、彼女の物語はスポット的に挿入されていきます。したがって、本書の内容だけで連続ドラマ半年分のボリュームを導き出すのは難しいと思われますし、更には物語としての連続性が欠けているため、ドラマの方は脚本家の方の手腕にかかってきそうです。しかしながら、当時としては非常に珍しい「外人さん」を扱った物語。その中に、生真面目でお茶の時間には厳格な英国夫人としての矜持と、健気に日本人の妻としての生きていこうとした彼女の想いが汲み取られることを期待したいところです。

最後に、本書の骨子の殆どは、参考文献として挙げられているように、wikipediaに掲載されています。

wikipedia自体は知の拡散という意味で、非常に素晴らしい活動なのですが、このような形で書籍の骨子がもれなく掲載されてしまうと、その後に本書を手に取った際に少々寂しい想いをする事も事実です。特に人物伝などで骨子があらかた書かれてしまうと、後で書籍を読む理由すら減退しかねない事もあり、今回ばかりはwikipediaの記事に対して残念な思いをした事を留めておこうと思います。

<おまけ>

摂津酒造や壽屋時代以外の竹鶴の足跡については、上記のようにwikipediaに詳しいですが、公式録としてはニッカウヰスキーが纏めて取り上げていますので、併せてご覧頂くとよいかと思います。特にリタに関するエピソードは、養子で後の社長、2代目ブレンダーでもある竹鶴威氏のエッセイに多く語られています。

<おまけ>

今回の放映に際して、「番組公式」とも捉えられる書籍が刊行されるようです(ほんまもんのニッカファンさんのこちらのサイトで見つけさせていただきました)。東京書籍から番組放映間近の8/30に刊行される「竹鶴政孝とウイスキー」です。著者はスコッチ文化研究所主宰で、ウイスキーワールド編集長でもあり作品の監修を担当される土屋守氏。どのような構成になるか判りませんが、東京書籍の刊行ということもあり、番組の副読本といった体裁になりそうですね

竹鶴政孝とウイスキーという訳で買ってみました。まだ読んでいる最中ですが、全243ページに対して4割近い100ページ超を竹鶴ノートの詳細な検討によるウイスキー醸造法の紹介に充てられており、残りの半数が養子で二代目ブレンダーの竹鶴威氏へのインタビュー、残りが竹鶴の略歴と、ヒゲのウヰスキー誕生すのストーリーに則って、イギリスでの足取りを重ねたアウトラインとなっています(帰国後のお話は、巻末の2004年に行われた竹鶴威氏へのインタビューに引き継がれる形です)。

従いまして、ドラマをご覧になられる方への本というより、純粋にウイスキーファン、しかも醸造までに興味を持たれている方へ向けた書籍だとご理解いただいた方が良いと思います。特に本書のメインである竹鶴ノートの解説部分は流石に著者の専門分野だけあって非常に詳細です。そのため、ウイスキーに限らず、醸造一般にかなり興味のある方でないと内容的にはやや厳しいかもしれません。

 

本書と似たようなテーマを扱った書籍、話題のご紹介