今月の読本「将軍と側近」(福留真紀 新潮新書)老中制をブレーンたる儒者から眺める

今月の読本「将軍と側近」(福留真紀 新潮新書)老中制をブレーンたる儒者から眺める

纏まった時間が取れる年末は読む側も出版する側にとっても重要な時期。このシーズンになると本屋さんには面白そうな本が多数並ぶので、どれを買おうか迷ってしまいます。

発行部数も、入荷数も限られる新書版の新刊本は、チャンスを失うと二度と入手することが出来ないので優先的に買うのですが、文庫や新書は何処の本屋さんでも、多少タイミングがずれても購入できるので、ついつい後回しに。

今回の一冊も、そんな具合で年始過ぎまで後回しにされてしまった新書からご紹介です。

将軍と側近将軍と側近」(福留真紀 新潮新書)です。

本書の主役は室鳩巣。もうこの名前を出しただけで、読むのを手控えてしまう方も多いかもしれません。

日本史の中でも嫌われ者の代表格である儒学者たち。中でも新井白石は随一の嫌われ者かと思いますが、その新井白石の後釜として(そして、荻生徂徠との間を埋めるように)儒者として登用された室鳩巣。本書はその白石との関わり合いから、自ら儒者として諮問に与る身となった間に集められた書簡集である「兼山秘策」を下敷きに、鳩巣の視点で当時の政治状況を描いていく…という事になっています。

しかしながら、本書の内容は、前述の目論見とはちょっと異なっています。新書では良くあるのですが、本来の内容を読者に理解してもらうために、背景となる知識や組織の説明が必要となり、勢いその説明部分のボリュームが紙面の過半を占めてしまう。本書はそこまでは至りませんが、やはり周辺描写や解説に相応の力を注いでいます。その結果、室鳩巣の業績や人となりは殆ど語られることが無く(冒頭に僅かに4ページ。表題に相反して、室鳩巣の業績を相応に理解している方でないと、本文中の活躍を読んでもちんぷんかんぷんになる筈)、そして読者の中でも本書を敢えて手に取る方であれば最も興味があるであろう「兼山秘策」の内容が、ストーリーの中に散りばめられてしまっており、断片的に語られていくに過ぎません。

本書は、室鳩巣の目から見た江戸の政治といったテーマを掲げていますが、実際には「老中制」の実情を描くために、将軍の側近として使えるブレーン、それも最も批判的(これは良い意味でも)な視点を以て解釈に足りる学識を有する、儒者の視点を用いて描写した本と言ってよいかと思います。

従って、主人公である儒者たちの活躍自体はあまり描かれません。むしろ、元禄から享保期にかけて就任した老中たちの活動を通して、当時の幕府に於ける意思決定機構がどのように動いていたかを眺めていく事になります。所謂側用人政治に対する老中の気概や、反発、そして扈従。老中間の駆け引きや上司である将軍との関係、部下である幕閣とのやり取り。そして、最もやっかいな側用人や御側御用取次との関わり合いなどを取り上げていきます。この辺りの内容は、著者も述べていらっしゃるように、大石学氏や山本博文氏の著作をお読みになっていらっしゃる方であれば、既にご承知の内容も多いかと思います(登場する各老中の人物評も、ほぼ同じです)。

その中で、本書のハイライトとなるのが、室鳩巣の前任である新井白石とパートナーであった間部詮房が関わってくる吉宗の就任と、本人自身が関わることになる、参勤交代緩和に関する諮問のやり取りの部分です。

その中には、吉宗の就任に至る経緯を述べる部分で見せる、幼少将軍登場による大奥の表への影響拡大の阻止、それでも訴える天英院の間部詮房への配慮を願う言葉や、てんてん手毬の歌に対する、ヒゲの奴の話と吉宗の治績で謳われる話との関係への言及など、著者ならではの視点も伺えます。そして、参勤交代緩和に関する議論では、議論の中核を担っているように見えて、実は議論固めのアドバイスを求めているだけで、そこには実は求められない。あくまでもブレーンであって、その範疇を越えられない儒者としての切なさが伝わってきます。

白石とのやり取りでも見受けられる、儒者の想いを代弁する言葉の数々。そこには、ブレーンとしての切実な想い、仕えている上司が信頼し、理解を示してくれている限りは大丈夫という、一種の信頼感(片思い)を脆くも切ないと感じさせる、著者の微妙な視線が垣間見えます。

表題のように将軍の側近である側用人、御側御用取次、そして儒者の物語かと思わせる本書ですが、政権と共に命運を共にしていく彼らたちより、むしろ著者の躍動的な筆致からも窺えるように、ブレーン達には辛辣に評されながらも、奔放に、したたかに、自らの矜持を以て政権交代の荒波を潜り抜けて、時には官僚的に生き抜いていく、老中や幕閣たちに魅せられてしまうのは、ちょっと読み間違えてしまっているのでしょうか。

<おまけ>

本ページで採り上げている、江戸時代の歴史関係の本をご紹介

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今月の読本「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ 新潮新書)最古の成文憲法がもたらす歪みと連邦最高裁の役割

今月の読本「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ 新潮新書)最古の成文憲法がもたらす歪みと連邦最高裁の役割

色々始めてしまうと、なかなか本を読む時間が取れない。

それでも年末からの読みかけの本を少ずつ片づけながら、ついつい新たな本を買ってしまう悪循環。

そんな悪循環の中で買った今回の一冊「アメリカが劣化した本当の理由」(コリンP.A.ジョーンズ・新潮新書)です。

アメリカが劣化した本当の理由and憲法で読むアメリカ史

同じ著者の前著が「手ごわい頭脳-アメリカン弁護士の思考法」という、ちょっとエキセントリックな題名とこれまた煽り気味の文体であったために、今回の一冊もまたもや同じノリなのかな?とも思いながら読んでいきましたが、そんなことはありません。やはりキャッチーなフレーズが並びますが内容的には極めて平易に「条約機構としてのアメリカ政治制度」の弱点を解説してくれる一冊です。

ところで皆さんはアメリカの政治といった場合、どんなイメージを持たれるでしょうか。民主主義の総本山、自由主義国家の盟主、民主主義の手本、強力な大統領、公明正大な政治etc…。良い意味を持たれる方々もたくさんいると思います。

一方で、犯罪国家、貧富の格差、差別、ロビイストの存在、訴訟社会、分裂国家etc…ネガティブなイメージを持たれる方も多くいらっしゃるかと思います。

アメリカは常に問題を孕みながら、ダイナミックな超越を繰り返し、日々進化していく。そんなイメージが最も似合っているのかと思います。

そんな変わり続けるアメリカのもう一方の側面として、実は世界最古の成文憲法(書面として起草された憲法文が纏まった形で成立していること、英国などは慣例法を引き継いでいます)を戴く国家であるという点です。

そして合衆国憲法とは本書でも述べられているように「アメリカという名の条約機構」に参加するための極めて限定的な、あらゆる妥協を抱え込んだ国家間の条約文であるということです。

良く知られるようにアメリカは50州の集合体ですが、各州に政府があり、裁判所があり、軍隊があり、そして憲法があります。

憲法の文面上、州の連合体である連邦の役割は本来、これら各州から極めて限定的な業務を「委託」された存在にすぎません。具体的には州を跨ぐ問題の解決、外交、通貨政策(対外的な)、中央軍としての連邦軍の運用、そしてこれらを運用するために必要となる資金の徴税権だけです。それ以外のすべての権利は各州及び人民に留め置かれていると明記されています。

大統領の権限についてはもっと小さく、単に上記問題を解決するために存在する連邦議会によって議決された案件を「執行」するだけに過ぎません(連邦軍の運用は大統領に委ねられていますが、予算権は連邦議会にあります)

世界に対して強大な権力を行使し続ける現在のアメリカ大統領とその政府の動きと、この憲法に記載されている僅かな権限の違いの大きさには何時も驚かされます。

また、連邦議会は各州に留め置かれているはずのあらゆる権利に制限を加える法案を日夜審議、可決し続けており、行政府の長である大統領は更に憲法に何ら謳われていない「大統領令」なる行政執行権を行使して各州に対して連邦の行政方針を貫徹しようと望んでいます。

このように憲法無視も甚だしい連邦の行政運営とは逆に、アメリカの政治においては、憲法の規定があるゆえに外国人から見ると不思議な制度が数々あります

  • 州によって法整備も、課税も、選挙制度も全く異なり、「一票の格差」なんて言葉以前の大幅な格差が存在する(選挙権すらない地域もある)
  • したがって、方針の違いにより時には連邦政府と各州政府が「裁判」で争ってしまう
  • 大統領選挙の投票と実際に投票を行う大統領選挙人の摩訶不思議な関係
  • 連邦議会に議案を提出する際にわざわざ必要となる「州際取引」根拠づけ
  • 大統領が変わるたびに高級官僚が一斉に入れ替わってしまい行政の連続性が簡単に途切れる
  • 一度各州議会や、連邦議会で可決された議案、法律でも大統領の拒否権や連邦最高裁の判決次第では簡単に葬り去られてしまう

アメリカ政治のあらゆるシーンにおいて「最古の成文憲法」の制約が顔を覗かせ、それを超越しようとする度に「連邦最高裁判所による違憲立法審査権」が最後の審判を下すことになるわけです。

この「違憲立法審査権」そのものが、憲法には何ら謳われていない行為である訳ですから、現在のアメリカ政治、司法の基軸がどこにあるのかというのは極めて曖昧であるといえます。

本書ではこのシステム的な矛盾点を概説することを目的としていますが、一方で弁護士ある著者は、システム的な矛盾を整合させるために動く司法制度、特に最終的な「審判」を下す連邦最高裁判所の判断について詳述していきます。

すなわち「条約機構としてのアメリカ合衆国というシステムと条約文としての合衆国憲法」は外交条約にありがちなあらゆる矛盾を孕んだ妥協策として成立した訳で、成立当初から運用上の大きな制約を抱えたスタートだったはずです。

常に現実に直面させられる連邦行政はその目的を果たすために運用上の制約を柔軟に解決しようと試みますが、常に反対者は存在します(アメリカの場合は加盟国ともいえる州同士でも)し、隙あらば条約を有利に解釈し、または条約から離れようとするわけです。そのための妥協の場としての連邦議会と安全弁としての連邦最高裁判所が設けられたと考えられるわけです。

「安全弁」としての役割を期待された連邦最高裁判所が南北戦争のように時には火を焚きつけてしまうような失態を犯すことも、長く人種差別を助長するような判断を下すことも多々あったのだと思います。

それでも連邦最高裁判所に期待が寄せられるのは「すべての国民を代表する国家元首としての資質を期待されている大統領が指名し、各州の代表者である上院に承認され、長期にその職に留まる事を保証された人材であれば、時々の情勢に流されずに長期的な視点に立った公平な判断が望める」との想いがあるからではないでしょうか。

そんな事を考えながら本書を読んでいくと、帯につけられている「民主主義はアメリカに学ぶな!」という、キャッチーなコピーとは裏腹に、この古くて摩訶不思議な「条約機構」の葛藤と超越の物語こそ学ぶべき格好の存在であると思えてくるのです。

<おまけ>

  • 本書を読まれてアメリカの政治制度、特に連邦最高裁が判断し続けてきた「アメリカの形」に興味を持たれた方には、ちょっと古いのですが冒頭の写真にも掲載させて頂きました「憲法で読むアメリカ史(上下)」(阿川尚之・PHP新書)がお勧めです。本書にも通じる、連邦最高裁判決がどのように現在の連邦制度を形作ってきたかを歴史的な判決を通じて極めて判り易く解説されています。アメリカ政治史の入門書としてもお勧めです
  • 憲法で読むアメリカ史(全)
  • 絶版中だったPHP版に代わって、2013年11月にちくま学芸文庫に上下巻を合本された完全版として収蔵されました。タイムリーな話題を取り上げ、入れ替えの早いPHP文庫と比べて、著名人の味わいのある作品や、一般向け書籍とはちょっと色合いの異なった、興味深い作品を長期に渡って収蔵する、ちくま学芸文庫に本書が収蔵されたことは、一読者としても、とてもうれしい事です。ちょっと残念なのが、上巻冒頭のブッシュJr.の大統領就任までの混乱を扱った章と、下巻の最終章であるレンクイストコートの部分は、著者によって、ちくま学芸文庫に収蔵する内容としては時期尚早であるとの判断から削除されています(本書の紹介tweetに対する反響は、私にとっても過去最高だったりしました。とても良い本である事を、皆さんの反響で改めて認識した次第です)
  • 有名な話ですが、アメリカの1ドル札の裏面には未完成のピラミッドにダビデの目が描かれています。未完成の国に注がれる神の目、これは本書の巻末で著者が述べているように「合衆国憲法に謳い上げられた美しい理念」を空文にしないために努力を続けてきた人達の努力と同じく、決して完成する事が無い「国家」というシステムへ国民の努力を要求するメッセージでもあります。その努力を惜しまず前進していく力強さの思想的根源としての合衆国憲法は依然として大きな魅力を発し続けているのではないでしょうか