今月の読本「日本酒の近現代史」(鈴木芳行 吉川弘文館)行政史から俯瞰する、せめぎ合う徴税と酒造の物語

今月の読本「日本酒の近現代史」(鈴木芳行 吉川弘文館)行政史から俯瞰する、せめぎ合う徴税と酒造の物語

通巻400冊を迎えた、吉川弘文館さんの歴史文化ライブラリー

記念の400冊目を読むのはこれからですが、その前に401冊目となる、本シリーズの主題でもある、日本の歴史と文化の熟成を示す代表的なテーマを掲げながら、一般書としては珍しい切り口の興味深い1冊をご紹介します。

日本酒の近現代史日本酒の近現代史」(鈴木芳行 吉川弘文館)です。

最近復権の兆しの見える日本酒。本屋さんを覗くと、多くの関連書籍が書棚を賑わせています。

本書もそれらの系譜に連なる一冊かと思えますが、さにあらず。

この本をお手に取られる皆様にとってご興味のあるであろう、名醸地、吟醸酒や純米酒、杜氏のお話はもちろん出て来ますが、全体に占める割合は極僅かです。

そして、造りに興味がある方にとってはちょっと意外かもしれませんが、本書には酒米や酵母のお話は全く出て来ません(山田錦や七号酵母という単語が出てこない日本酒の本というのも、むしろ新鮮)。

では、本書はどのようなお話が語られるのでしょうか。

著者の鈴木芳行氏は、同じ吉川弘文館の歴史文化ライブラリーに「首都防空網と<空都>多摩」という、これまた異色のテーマを据えた、郷土史の枠を超える近代史の書を上梓されています。そして、本書に掲載されている略歴には述べられていませんが、あとがきにあるように、税務大学校で租税史の研究に携われていた方です。

本書はそんな著者の研究成果を一般向けに判りやすく解説しつつ、酒税と日本酒の関わり合いから日本酒の歴史を叙述するという、極めて珍しい一冊といえるかもしれません。

ただし、著者の経歴と前述の内容のせいでしょうか、本書を読んでいると、まるで行政機関が発行している広報誌やレポート、紀要を読んでいる気分にさせられるかもしれません。特に、結論への落とし込みがやや大振りな点や、行政(醸造試験所及び税務署)の成果をややもすると一方的に称揚しているように感じさせる点には、読んでいて多少の違和感を持たれるかもしれません(校了では指摘があったかと思いますが、ある名詞に通常用いない呼称を一貫して使用する点も、気になさる方は多いのではないでしょうか)。

そんな少々気になる点もありながらも、本書の捉えようとしているテーマは非常に興味深い点があります。

本書は、その記述のスタートである江戸時代初期の時点から、醸造と徴税の物語が既に語られ始めます。

洋の東西を問わず、アルコールは徴税の大きな拠り所。より高品質、高効率なアルコール醸造こそが効率的な徴税に繋がる事を、それこそ徴税する立場の視点で述べられていきます。原料である米の出来高、酒の醸造石高や取引量の増減に伴って変動する税収と、主食でもある米(この部分が他のアルコール類と決定的に異なる)の供給量のバランスに頭を悩ませる徴税サイドと、その隙を突きながら酒造を拡大させる酒造家たち。そのつばぜり合いの先に、遂には十水(米十石に水一石以上を吸わせる、米百石で百石以上の酒を醸造する)という高い吸水効率を達成し、更には宮水と水車精米を用いた高精米率による、高付加価値商品としての灘酒の完成があると読み解いていきます。そこには、徴税者達の圧力に抗しながら酒質を上げる事で利益を確保していこうとする、酒造家、杜氏たちの執念を感じさせます。

高い税率に苦しめられながらも税収の下支えに寄与してきた歴代の酒造家たち。その執念の先に、明治以降の酒税だけに認められた、冬季の醸造に有利となる特異な徴税システムが構築されたことを、専門の租税史の史料を駆使して解説していきます。高い税率と特異な税制がもたらした結果は、表紙の帯にあるように、明治中盤の一時期には国税の過半を担うという、とんでもない重税に耐えながらも日本酒の醸造が発展していく事になります(それでも呑みまくった民衆もしかりですが)。

租税の歴史から見た近代日本酒醸造の歴史。その視点は、吟醸酒の成立や所謂下り酒の衰退にも影響を与えたと見做していきます。

より高品位の酒を安定的に送り出して、高い付加価値を得たい。日本酒に付いて廻った「腐造」の問題。そして、主食でもある米の使用量を極力抑えて、なおかつ酒質を安定させるための挑戦。著者によれば、これらすべてが高い税率、そしてその税収に依存する徴税サイドの切実な問題意識から端を発した結果論としての、酒造家、そして徴税者たちの取り組みの成果であったと述べていきます。

軟水醸造法と吟醸酒に欠かせない縦型精米機は奇しくも、同じ土地から生まれることになり(加茂鶴)、灘の樽酒の東京への一括買い上げに対抗すべく、瓶詰めと個別取引で東京市場を開拓(月桂冠)、杜氏への化学知識、技術指導による、税収減の元凶でもある「腐造」の撲滅と、杜氏の勢力図の転換(越後杜氏)。そして、現在では主流となった速醸や山廃が東日本で先に普及が進んだ結果が、現在の日本酒出荷量において、灘、京、広島を除けば、東日本中心となった点に繋げて考えると、なかなか興味深い所でもありますし、このことを知れば、灘の雄である菊正宗が樽酒と生酛造りに拘る点も判るような気がします(注記:本書では人物名は用いますが、文中で特定の蔵元名称は原則用いられません)。更には、典型的な季節型労働集約産業であった醸造自体も、これらの改良や機械化、最終的には高度成長期の月桂冠に始まる所謂「四季蔵」の成立による、ナショナルブランドとしての産業化が達成されていった事を好意的な視点で示していきます。

日本酒が隆盛を誇り、製造法が著しい飛躍を遂げた戦前。その繁栄も、戦争の足音と共に歪んだ進化を遂げる事になります。本書では好意的に捉えていますが、一部には否定的な見解もある三倍増醸酒やアルコール添加酒の開発や、日本酒離れの元凶となったという説もある等級制への移行。これらは既存の大手酒造家たちに有利な政策でもあったため、戦後も長きに渡り継続される結果となりますが、本書では、その逆境を跳ね返すべく酒造家たちが挑んだ、新潟を始めとする吟醸酒造りと税法のせめぎ合いの話も述べられていきます。

そして、前著「首都防空網と<空都>多摩」とも関わってくる、戦中、戦後期の統制と税収の物語は本書の白眉とっていいかもしれません。中には、戦中の配給における酒類の動向や徴税手法の変化、酒造設備の機械化度合いを企業整理令に基づく、金属回収の資産評価基準から読み解くなどという、前著に繋がる、税務経験者の面目躍如といった着眼点も出て来ます。この戦中の統制に端を発した酒税の制度設計の影響は、戦後の混乱期に生じた更なる統制をも加えて、戦後も長く尾を引いていきます。本書の後半では、最終的な解除(生産調整が完全に解除されたのは1973年、級別制度が廃止されたのは実に1992年)に至るまでの経緯と実情が徴税側の立場から述べられていきますが、その目的は税収の確保と、やはり主食である米を原材料とする日本酒ならではの、主食の確保とのせめぎ合い。

同じような目的で制定された食糧管理法が、形骸化しながらも1994年まで継続したように、税収と主食の確保という行政運営上の2大目的の板挟みに合う事を宿命づけられた日本酒の醸造は、その間のビールの大幅な伸び(こちらも不公平税制だとの声が長らく続いています)による税収の逆転と、阪神大震災以降、留まる事を知らない税収、醸造量の落ち込みに見舞われている事はご承知の通りかと思います。

徴税と酒造家のせめぎ合いによる日本酒の発展と衰微を語る本文からの流れで読んでいくと、少し違和感すら与えるエピローグの著述。

これも、なかなか手にすることは少ない、行政サイドから見た酒造史という、特異な一冊の文末らしいのかな、と考えながら、今夜も酒造家の皆様のたゆまぬ努力のおかげで日本酒で杯を交わす事が出来る事を素直に喜びつつ、一献。

<おまけ>

本書と一緒に読んでいた本達と、本ページに掲載している関連する書籍のご紹介。

日本酒の近現代史と類著たち

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今月の読本「近代日本の酒づくり」(吉田元 岩波書店)造りの歴史を知れば更に一歩、日本酒好きになる

今月の読本「近代日本の酒づくり」(吉田元 岩波書店)造りの歴史を知れば更に一歩、日本酒好きになる

New!(2015.11.5):著者の最新作「ものと人間の文化史172 酒」が法政大学出版会より刊行されました。本書の前の時代となる、今に伝わるな神酒の製法から読み解く日本酒の発祥から、文献が現れ始める室町時代の諸白の成立の過程、そして江戸時代の豊かな飲酒文化まで、醸造と文化面の双方を織り交ぜて描く一冊。本書をご覧になって、日本酒、日本の酒文化自体にご興味が湧かれた方は是非どうぞ。

ものと人間の文化史 酒

<本文此処から>

世界文化遺産に日本食が登録されたことは嬉しい事ですが、何時も「日本食」を食べている筈の私たちが、果たしてどれだけ日本食の事を知っているのでしょうか。

そして、日本食に寄り添うように進化を続けている日本酒についても、美味しいブラントの話題には事欠きませんが、そのお酒がどのように出来ているのかについてのお話は、意外な程、聞かないものです。

そんな中、今年の1月に講談社学術文庫で復刊された「日本の食と酒」は、なかなか取り扱われることのない、現在の日本食や日本酒が形作られる直前である室町後期の古文書を読み解きながら、そして酒造の歴史を紐解きながら、現在の日本食や日本酒が、決して定型的な産物ではなく、常に変化し続けている一形態である事を、歴史的な経緯から明らかにしてくれる、素晴らしい一冊でした。

そんな著者が、同じタイミングで新刊として出されたのが、今回ご紹介する一冊「近代日本の酒づくり 美酒探求の技術史」(吉田元 岩波書店)です。

近代日本の酒づくりこの本、決してお安くはありません(2800円)し、内容も一般読者向けに平易に書かれていますが、決してハードルは低くはありません。まずは日本酒や醸造に興味がある事、そして科学的なお話が出てきても抵抗感が少ない方に読者層は限定されます。

その代わりと言っては何ですが、これらの内容がすんなり受け入れられる方で、日本酒が大好きな方であれば、読み進めるうちに日本酒の奥深い造りの複雑さ、そして近代の日本酒造りの歴史的(経済的)経緯と、その過程で発生したあらゆる技術的問題について、多くの知見を得られるはずです。

本書は大きく分けると、前半は酒造に関する科学的知見、特に明治期の醸造試験場開設から各地の蔵が灘の模倣や経験的知見を脱しつつ、品質改善に努めていく様子を克明に追っていきます。

中盤は、どちらかというと経済的や当時の国勢事情から発生した酒造技術、即ち主食であるコメの使用量を抑える事から始まった合成清酒、南方やハワイなど日本人の海外進出に併せて開発がすすめられた四季醸造(ここで台湾、韓国の専売制の話や蓬莱米の話題に出会えるとは。この話題は吉川弘文館の「稲の大東亜共栄圏」も覧下さい)、更には酒造と税金のお話(現在でも国税庁が管轄の理由も)など、近代の日本酒が歩んできた別の一ページが紹介されていきます。

最後の部分では1960年以降に漸く理解が進んできた微生物学的な日本酒の特殊な醸造過程(この部分は多少、科学の知識が要求されます)、そして現在の吟醸酒ブームへの言及まで幅広く議論されてきます。

本書を読めば、(文化的側面を除いて)ほぼ近代の日本酒の歴史的流れを俯瞰することが可能だと思われますが、更に歴史研究と科学者という一見、相反する経歴を有する著者はその特異な経歴故に、随所に当時の政策や見解、そして醸造家に対する厳しい視線を向けていきます。

まず、根本的な腐造対策を置き去りにして、戦後も長きに渡って続いたサリチル酸添加に対する、業界全体の甘い対応。パスツールに先駆ける事300年と喧伝される火入れに対する過剰な反応への戒め(微生物学的に検証をされたのは明治維新後、実際に製造上の対策と知見の一致を見たのは実に1970年代)。日本固有の環境と、長い伝統に依拠した酒作りから来る工業化の遅れ、それによって生じた長い間の劣悪な労働環境、国際化の遅れ(これは腐造対策とも関係します)。

そして、著者は現在の日本酒にとって大きな問題の一つとなっている「アル添酒」についても、その歴史的経緯から、現在まで継続されている理由を明確に説明した上で、長期に渡る日本酒離れの一因であったとの指摘を挙げています。その上で、現在の吟醸酒について好評価を与えていますが、そこにも吟醸香優先の造りに対する警鐘を鳴らしていきます。

そんな、所々に「科学者」らしい厳しい視点を向けていく著者ですが、やはり日本酒の事が大好きなのでしょう。吟醸酒が高価格にも拘らず好評を以て迎えられている事に喜び、地産地消の日本酒版ミニブルワリーや各地の研究機関による地元オリジナルの酵母や酒米の開発成果を称賛し、海外への積極的な販路拡大に期待を寄せていきます。

そして、最後に多大な労力がかかるため、既に古く廃れたように思える醸造法である生酛づくりの復活、拡大(菊正宗ですね)についても、微生物学的見地から見ると非常に有効であることを改めて示すことで、日本酒は過去から未来まで、これまでも、これからも進化を続けることを暗示させてくれます。

作り方に興味を持っていただければ、そして複雑な経緯を経て今日の造りに辿り着いた事を知って頂ければ、酒蔵で、そしてお店で日本酒をお買いになるときに、もっと選ぶのが楽しくなる、もっと親しみを持って晩酌を楽しむことができる。日本酒の奥深さをもう一歩、理解するための入り口に誘ってくれる一冊です。

近代日本の酒づくりと日本酒の本

<おまけ>

本ページでご紹介している、日本酒関係の話題を。

今月の読本「日本の食と酒」(吉田元 講談社学術文庫)三つの名著が誘う日本食の玄関へ

今月の読本「日本の食と酒」(吉田元 講談社学術文庫)三つの名著が誘う日本食の玄関へ

旧著や学術性の高い書籍の復刻、収蔵で高い評価を得続けている講談社学術文庫。昨今、同社の現代新書やライバルであった中公新書が、読者層のライト化や、競合する新書シリーズの大量創刊の影響を受けて、比較的読みやすくて、タイムリーな内容に偏りつつある中、厳然として旧来の姿勢を墨守しようという意気込みが見られる貴重な文庫シリーズです。

そんな、高い矜持を持っている講談社学術文庫ですが、最近、収蔵される作品のラインナップは、作品自体は古くても、なるべくタイムリーなテーマに沿うように意図されてきているような気がします。そんな意識が最も高まった1月のラインナップから、世界文化遺産への登録にタイミングを合わせて収蔵された一冊をご紹介します。

日本の食と酒」(吉田元)です。

日本の食と酒

本書は、表題にありますように日本食、そして日本の発酵食品の金字塔でもある日本酒、そして醤油と味噌についての歴史を著述した3部構成となっています。

それぞれの部には、ある3つの著名な作品が下敷きとして用いられています。

第一部は、室町から戦国末期までの長期にわたって、京都、大阪、そして東海道の様子を記録した貴重な日記である山科家の日記群からみた、当時の公家たちの食生活。

第二部は、同じ時期に奈良興福寺の僧侶の生活や、初期の醸造食品についての豊富な記録を有する、多聞院日記から見る、僧侶の食生活や、醸造手法(諸白化)への考察。

第三部は、日本酒の入門書として、名著中の名著でもある、坂口謹一朗先生の「日本の酒」へのオマージュとしての、日本型発酵食品完成への化学的プロセスの紹介。

一見してみると、歴史書の引用によるする、歴史家や食文化史の研究家の手による、食の歴史の本のように見えます。しかしながら、後半に行くに従って、現在の清酒に至る発酵プロセスの変化についての言及や、味噌、醤油の製造プロセス違いについての考察、特に日本の発酵食品でポイントとなる「火入れ」(低温殺菌)法への詳細な検討が加えられていきます。この部分だけ読むと、発酵醸造学の歴史的経緯を探求する色合いが非常に濃くなっていきますので、単なる食の歴史書かと思いながら読んでいくと、ちょっと様子が異なる事に気が付かれるかと思います。

この違いについては、読了後のあとがきまで、お楽しみに取っておくのが良いかと思いますので、著者のキャリアが為せる業と、だけ言及しておきたいと思います。そして、本書ではその想いが見事に融合した形で、一遍のストーリーとして成立されているのが、読んでいてとても心地よく感じられました。

そう、名著「日本の酒」が発酵・醸造学の見地だけではなく、日本酒の歴史的、文化的(時に経済的な側面も)な面での著述に高い評価が与えられているのと同様に、本書も歴史と背景の両側面を押さえる事が出来る著者だからこそ描くことができた、現代に伝わる日本食の原風景の成立過程を鮮やかに描写していきます。

そもそも、山科家の日記群にしても、多聞院日記にしても、当時の時代背景を検討する上では最高の研究素材。それぞれ単体の研究だけでも膨大な研究成果が発表されていますし、一般向けへの解説書籍も多数刊行されています(同じ講談社学術文庫に収蔵されている、今谷明氏の「戦国時代の貴族―『言継卿記』が描く京都」が描く悲喜こもごもの公家の生活風景は、歴史書を読む楽しさを存分に味わえる好著です。現在絶版なのが非常に惜しい)。

そんな、当時を知る上で第一級の研究資料の中から、「食」に関する部分だけを贅沢にピックアップした本書には、当時の一次資料でしか得られない、固定化されていない状態の、日本食の原風景が見えてきます。特に、著者の故郷であり、奉職の場でもあった京都に関する記述には、地理感を踏まえた丁寧な解説と(市場の往復にすら関銭を取られるのですが、位置関係が判らないと、何処まで買いに行っているのか判りませんよね)、現代の京都の市場で扱われている食材との比較から見た、びっくりするほど豊富な海産物の取り扱いと、少ない野菜の種類(これは、京野菜を売り込もうとしている現在の潮流から見れば、目から鱗の知見です)に驚かされるのですが、著名な研究資料を、こんな贅沢な形で取り扱わなければ、見えてこない事だった筈です。そして、ひらすら呑む、飲む、呑む…。公家同士の交流も、地下や、その複雑な経緯により民衆とも極めて近い関係にあった山科家歴代当主の日記だからこそ見えてくる、リアルな食生活の活写にぐいぐいと引き込まれていきます。そこには、歴史本を読む楽しさのエッセンスが溢れています。

多聞院日記についても同様で、頻繁に酒と肉に溺れてしまう、なまくら坊主達。まあ、いい加減な連中ではあるのですが、自分たちの為に丹精込めて作り上げた多段仕込み、諸白の製造方法が、現在の清酒の醸造方法として、世界的にも確固たる評価を得るようになったと聞いたら、それ見た事か、仏様のご加護のおかげだと、鼻高々に息巻く事でしょう。

そして、清酒の醸造方法にも、醤油や味噌の醸造方法にも頻繁に登場してくる「火入れ」の効能について、著者は専門家としての見解を加えていきます。そこには、日本文化礼賛、日本の技術オリジナリティを強調する一部の方々に対する冷徹な研究者としての眼差しが向けられていきます。それは先進的ではあったけれど、不完全な「技法」であり、「技術」には至っていなかったと。

この点は、実に悩ましいのですが、現在の日本の物作りが大きな曲がり角に来ている理由と全く同じ事を暗示しているのです。器用故に、ある形を作り上げることに対してはもの凄く上手くやりぬけるのですが、そこから原理原則に落とし込むことで、完全なリピータビリティを有することが求められる「技術」に出来ない日本人の悲しいい特性が、結局として明治以降に日本酒が「ローカルなお酒」に留まり続ける原因となった事を、著者は必然として指摘していきます(逆に、醤油は小分けにした陶器の瓶とタールによる密封というオランダ人達のアイデアを採り入れることで、幕末の遣欧使節団が日本食を恋しがる度に、寄港地毎に市場で醤油を調達できるほどに広まっており、現在では世界的に普及する調味料としての地位を占めつつあります)。

日本食が世界遺産に登録されて盛り上がるなか、一部の料理家の方や批評家の方の中には「食材こそ命」との想いから、日本食が世界の食文化の一部となる事に対して、否定的に捉えられているご意見も見受けられます。でも、この本を読んでいくと、日本食の食材、そして決定的なキーパーツとしての、日本の醸造技術の粋を集めた日本酒、醤油、味噌にしても、その成立から現在の姿に辿り着くまで、紆余曲折を繰り返してきている事がはっきりと理解できるかと思います。

我々が現在立っている位置も、歴史的に見ればほんの一瞬。完成されたと謂われる日本食も、日本の発酵食品も、これからもどんどん変化してく事でしょうし、変化し続ける、変化を受容することが、新たな文化を育んでいく。そんな想いを巡らせながら、夜更けに信州味噌を舐めながら、美味しい諏訪の酒が呑める。ささやかなれども、心を豊かにしてくれる風物を届けてくれた、先人たちの食への飽くなき探求心に感謝と敬意を表して一献を捧げるところです。

<おまけ>

本ページでご紹介している、食べ物に関する書籍、話題を

ちょっと諏訪のお酒の話など(普段呑み限定)

ちょっと諏訪のお酒の話など(普段呑み限定)

New!(2017.9.18):2017年秋の上諏訪街道呑みあるきは9/23(土・祝日)に開催されます。2015年からチケット制となっており、今回は前売り2500枚、当日500枚の計3000名限定です。前売り券は残りわずかとなっております。詳しくはこちらの公式ホームページへ。

New!(2016.3.26):本日は2016年春の上諏訪街道呑みあるきです。当日券は前回同様800枚のみ、前売り券は全て完売しています。少し寒の戻りとなった土曜日、暖かくしてお越しください。

New!(2015.8.8):2015 年秋の上諏訪街道呑みあるきは、10/3(土)に開催されます。

参加するためには、事前予約ないしは、当日チケットを入手する必要があります(前売り券は2500枚で、価格は 2200円、当日券は800枚で価格は3000円。前回よりさらに当日券の発券枚数が減っていますので、どうしても参加されたい方は予約購入がほぼ必須となってしまいました。チケットの販売は8/3から開始されています。チケットの購入方法および、残りチケット販売枚数の確認はこちらの公式サイトへ

New!(2015.1.26):2015年春の上諏訪街道呑みあるきは、今回から主催が変更となり、事前予約制並びに当日チケット販売による定員制となります(前売り券は2000枚で、価格は2200円、当日券は1000枚で価格は3000円。既にチケットの販売は1/23(金)から開始されています。一部報道では、前回の参加者が3200名を数えたため、主催者側のオペレーションが困難となったとの事です。同じような経緯で、塩尻ワイナリーフェスタも定員制となりましたが、気軽に参加できる呑みあるきがこのような形でスタイルを変えていくのは、ちょっと残念な気もします。チケットの購入方法はこちらの公式サイトへ

New!:2014年秋の上諏訪街道呑み歩きの開催情報がアップされました。今年は10/4(土)に実施の予定です。詳細はこちらの公式サイトよりどうぞ。

長野は酒蔵が多い地域ですが、諏訪地方には特に酒蔵が集積しています。

それぞれの酒蔵が個性的なお酒を出されていますが、「諏訪の酒」に共通する特徴としては、使用する酒米の影響(美山錦、ひとごこち等の長野県で改良された酒造好適種の系統が多い)でしょうか、穏やかで落ち着いた飲み口のお酒が多いような気がします。

静かな夜更けに、のんびりと呑むにはとてもお似合いの飲み口ですね。

これまでに呑んだ各蔵の普段呑み(吟醸まで)のお酒についてちょっとだけ印象を。

  • ダイヤ菊(茅野)
    • 日本映画の巨匠、かの小津安二郎が愛飲したと云われる酒蔵ですが、現在では山梨の酒類量販店である戸田酒販の傘下となっています。
    • 「純粋 蓼科」(純米酒) : 地元での販売は「純米辛口」のラベルですが、観光客向けに720ml瓶で販売される場合はこちらのラベルが貼られています。諏訪のお酒らしい穏やかでさっぱりした飲み口。純米なのですが重さを感じさせないため、ついつい呑み過ぎてしまいます。普段の呑みには最適な一本。但し720ml瓶が観光物産品を扱うお店でしか買えないのが玉にキズ
    • 「本醸造ひやおろし」(本醸造):毎年、ひやおろしのシーズンになると、辛口の普通酒とセットで登場します。やや辛口で落ち着いた飲み口、さっぱりとした味わいながら、あとから旨味がゆっくり出てくる。実にひやおろしらしい、ゆっくりのんびりと呑みたい一本。720mlで1000円以下と地酒にしてはコストパフォーマンスが高いのもポイント。親会社の戸田酒販系列各店でのみ販売です。
  • 真澄(上諏訪)
    • 余りにも有名な諏訪、そして長野を代表する酒蔵。諏訪地域のあらゆる場所で入手できるので、呑みたい時にちょっと買って呑むことが出来るのは嬉しいですね。ブランド自体は「真澄」一本(通販向けに蔵元の名前を冠した「みやさか」といブランドもあり)なのですが、仕込み蔵自体は諏訪の蔵と富士見の入笠山の麓にある富士見蔵の2系統が存在します。諏訪蔵はバランス重視ですが、富士見蔵は明らかに淡麗指向です
    • 「辛口ゴールド真澄」(普通酒)普段呑み用の辛口です。常温で飲むと明らかにアル添らしく、日本酒の味とアルコール添加の味が分離した感じを受けますが、飲み口自体は決して悪くありません。辛口と表記していますが、どちらかというとすっきり旨口といった感じで、付け合せのつまみ次第では僅かに甘口とも捉えられる味です。ほんの少し燗を入れてあげるとアルコール添加の分が飛ぶようで、心地よい飲み口に変化していきます。寒い冬場にストーブで燗を付けながら呑むのに最適な一本ですね
    • 「本醸造 特選真澄」(本醸造)こちらは「ザ・日本酒」といった古風な味を残した一本です。メーカーの解説にもあるように、どちらかというと熱燗で立ち昇ってくる香りを楽しみながら、じっくり呑むといった感じの飲み口です。昔、親父が毎晩のように熱燗で楽しんでいた「剣菱」の香りを思い出します(酒米もこちらは兵庫県産の山田錦を使用しています)
    • 「吟醸 家伝手作り」(吟醸酒)前述の「本醸造 特選真澄」の吟醸酒版と言ったところなのですが、つくり自体はやや垢抜けた感じで、それほど古風な感じの造りではありません。逆に無個性とも捉えられそうで、真澄のラインナップの中ではちょっと埋没気味でしょうか。あまり積極的には選ばない一本です
    • 「純米酒 奥伝寒造り」(純米酒)こちらは「辛口ゴールド真澄」の純米版といった造りです。旨口を狙った造りであると言っていますが、諏訪のお酒なので、やはりあっさり目の仕上がりです。お値段の差とアル添が気にならなければ「辛口ゴールド真澄」で充分楽しめるので、こちらも積極的に押しづらい一本です。お土産でお買い上げの場合、同じ純米酒であるダイヤ菊の「純粋 蓼科」と比較して、透明感の高さ(ダイヤ菊)を取るか味わいを取るか(真澄)で選ばれればと思います
    • 「純米吟醸 辛口生一本」(純米吟醸)黒ラベルでおなじみの一本。辛口にこだわったほぼ冷酒専用の一本ですが、意外な程旨口系なのは真澄に共通する造りの特徴です。夏の暑い日にさっぱりとした付け合せに丁度いい一本なのですが、如何せん夏酒としては生酒がラインナップにあるので、棲み分けが難しい所ですね
    • 「吟醸 あらばしり」と「純米吟醸 あらばしり」(吟醸・純米吟醸。2015年の造りから、吟醸が純米に切り替わりました。酒米はひとごこちと美山錦です)こちらはシーズン物なので、毎年味が変わってきますし、若干落ち着きのない味なのですが、どちらも一般的に言われる「あらばしり」のような荒々しさは感じられません。むしろアルコール分が通常より数%高めなので、心地よく酔うのにはうってつけの一本です。年々ドライな感じに寄っていっているようで、ちょっと旨口を望んでいた側からすると物足りなさも感じさせます
      • 2014年の造りから、圧倒的な旨味と、甘やかさ。さわやかな切れ味をバランスさせる高アルコール度数を生かした味わいへと変わってきました。これは嬉しい変化です
      • 2015年は純米に変わりましたが、重たいというイメージを払しょくしたかったのでしょうか、旨味はそのまま甘やかさを抑えて、高アルコールの爽やかさと、むしろ吟醸っぽいさらっとした感じが全面に出た造りです。こうなると今年の純米吟醸の造りが興味深いです
      • さらっとしたイメージの2015年から一転、2016年は封を切った直後から甘やかな香り(甘露香)が瓶口から広がり、甘さの中にもまるでヨーグルトを思わせる爽やかさを持った、驚きの味わいに変化しました。2014年の造りを更に濃厚にしたような味わい、しかも軽快な飲み口を兼ね備える。ドライな造り傾きつつあった中での純米切り替え2年目にして、眞澄が遂に新境地に至ったようです。純米吟醸の造りが今から楽しみです
    • 「吟醸 生酒」(吟醸酒。2016年春の販売分からこちらも純米に切り替わりました)こちらは富士見蔵のみで醸される夏季専用の冷酒です。毎年造りが変わっていくのですが、こちらも年々ドライな感じになってきていますので、前述の「純米吟醸 辛口生一本」との区別がつきにくくなっています。最初の頃に飲んだ時に感銘を受けた、夏の涼として嬉しい「甘やかさ」が失われてしまったのはちょっと残念です。最近はシーズンの初めに味見に買うだけになってしまいました
      • 2014年の造りから新しい杜氏さんに変わった影響でしょうか、発売時に蔵元がコメントを入れなければならないくらいに舌がしびれるほどのドライになりすぎた反省からか、2015年の造りは吟醸あらばしりをクリアーに整えたような綺麗で、少し甘やかさも持ち合わせた味わいに変化してきました
      • 純米化した2016年は、やはり純米らしくドライな感じではなく、少し重めの大人しい造りになりました
      • まるで甘露のような魅惑の味わいとなったあらばしりから期待した2017年度の生酒ですが…自身の舌を疑う程にほとんど味がしないのです。当たりはほんの僅かに甘いが後で苦みが残り、香りも僅かに穀物由来のアルコール香が残るだけで、まるで焼酎を飲んでいるかのような気分に。杜氏さんのコメントでは大吟醸のような綺麗な味わいと自賛されていますが、2014年同様に蔵元の文面は盛夏には味わいが…と書かなければならない様子。純米化を目指した同じ眞澄でも、諏訪のお酒の味わいを引き継ぎつつ米の魅力を引き出すことを狙った諏訪蔵と、昨年、爽やかな空色から濃紺のラベルに変わったように、雨上がりのような軽やかでやや甘めの造りからスピリッツのような固い淡麗辛口にひたすら向かう富士見蔵で方向性が全く異なってしまったようです。皆様はどちらの眞澄がお好みでしょうか
      • 昨年、あまりの辛さにシーズン初めに1度買ったきりだった夏酒。シーズンが変わった2018年、今年はあらばしりでの味わいが夏酒にも好影響を与えたのでしょうか、甘すぎず、青葉のような清々しさが口の中に広がる夏酒らしい味わいへと生まれ変わりました。依然として後味にやや苦みが残りますが、これまでの眞澄にはなかった、新しくちょっと嬉しくなる味わい。杜氏さんのコメントでは今年から麹米をあらばしりと同じ、ひとごこちに切り替えたとの事。ここ数年、純米化へのコスト面の問題でしょうか、眞澄のお米の使い方が揺れ動いている影響を夏酒も受けていた事を独白する結果となった今年の造り。試される価値、大ですよ
    • 「純米吟醸 ひやおろし」(純米吟醸)こちらも季節限定の一本。真澄の中ではちょっと異色な旨口を全面に出してくるのですが、やはり諏訪のお酒らしく控えめな表現にとどまります。涼しい秋の夜長にじっくり呑みたい一本。これ以上ドライなテイストになって欲しくないと2013年版(9/9発売)を待ちわびながら
      • こちらも2014年の造りは、純米吟醸あらばしりの味わいをじっくりと落ち着かせた感じに仕上がっています。甘やかさとさわやかさを兼ね備えた眞澄がどうやら戻って来たようですね
    • 真澄 吟醸 生酒
  • 横笛(上諏訪)
    • 諏訪の蔵の中ではそれほどメジャーではないですが、以前は富士見高原に美術館を持っていたり(現在は蔵に併設されています)と名士としての風格を備えた蔵です。ここの特徴は春夏秋冬でラインナップを入れ替えて来ることでしょうか。市内での入手性は何故かあまりよくありません
    • 「純米吟醸生酒 夏穂の香」(純米吟醸)春夏秋冬でラインナップを入れ替えて来る横笛の夏のラインナップ。どのシーズンも同じなのですが、諏訪の酒らしくすっきりとしているのですが、穏やかで心地よい香りを残した造りが印象的な一本。横笛はどのシーズンでも少し和みたい時に呑みたいお酒です
    • 横笛 純米吟醸生酒 夏 穂の香
  • 本金(上諏訪)
    • 諏訪の蔵では最も小規模な蔵です。蔵元自身が「日本一小さな蔵元」と自嘲気味に述べているのが印象的ですが、諏訪界隈のお店ではかなりの頻度で見ることが出来ますので、地元密着ともいえる蔵です。現在の杜氏(蔵元さん)に変わってから、難病を抱えつつもコアな日本酒ファンに向けての積極的なアピールが目立ってきました
    • 「本醸造 からくち太一」(本醸造)前の杜氏である北原太一氏の名前を冠する本金の大看板。本金特有のマスクメロンの皮を思わせる爽やかでちょっと甘めの香りと辛口でありながら穏やかでうまみのある飲み口が飽きさせることのない一本。本醸造の割にはかなりお手頃の価格(720mlで800円台)なので、普段呑みにも最適な一本。冷酒が良いと云われますが、少し温めて香りを楽しむのもまた良い呑み方かと思います
    • 「純米 胡蝶」(純米酒)既に扱いが終了(本金 純米酒に統合)してしまっているようですが、本金特有の香りが楽しめる純米酒。ちょっと重めなのでぐいぐいと呑むお酒ではなく、ちびちびとゆっくり飲みたい一本です
    • 本金 本醸造 からくち太一
  • 舞姫(上諏訪)
  • 麗人(上諏訪)
    • ごめんなさい、舞姫と麗人はそれぞれ何本か呑んでいるのですが、纏まったコメントを書けるレベルではないので…。舞姫に関しては造りに妥協が無く、県外での評価は非常に高かったようですが、残念ながら高コストにより立ち行かなくなったようで、現在2度目の経営再建中です。そのせいでしょうか、地元ではあまり飲まれていないイメージがあります。一方、麗人に関しては地ビールに手を出したり、各種コラボレーションに積極的であったりと舞姫とは別の意味で地元以外へのアピールに積極的なようです
  • 御湖鶴(下諏訪)
    • 色々な所で取り上げられている蔵ですが、現在の杜氏さん(蔵元)の造りは明らかに諏訪の蔵の造りと違うのではないかと思っていますので、ちょっと割愛させて頂きます
  • 神渡(岡谷)
    • こちらは諏訪の酒蔵の中ではちょっと異色、酒蔵というより商社(昔の燃料屋)が手掛ける酒造元で、杜氏もかなり若手の方で占められています
    • 「本醸造 生貯蔵酒 氷湖の雫」(本醸造)生貯蔵酒なのですが、これといった特徴をあまり感じさせない冷酒です。キレは良いのですが、残念ながら旨味を感じさせないため「日本酒」である理由が余り湧いてこない一本
    • 「神渡 夏誂純米」(純米酒)こちらは同じ生酒でも夏季専用の一品。お米の旨味、切れ味、そして特徴的な涼やかな飲み口と、夏の暑い時期に呑むのに最適な造りが嬉しい一本。暑い日の夕暮れ、風呂上りに冷えた夏野菜を付け合せに呑むと爽やかになれること請け合いです
      • 2015年は特有の涼やかさが影を潜め、氷湖の雫同様に、ドライで淡泊な味わいに変わってしまいました。神渡自体がどれも淡泊な味わいの中、特徴的であった夏誂も同じテイストになると、ちょっと選ぶ楽しみがなくなりつつあります
      • 2016年は以前の特徴的な涼やかな味わいを再び取り戻しつつあります。年によって造りのブレ幅が大きい点は眞澄に似ているかもしれませんね(同じ年度物を商品として扱う横笛は常に穏やかな造りでブレが非常に少ないです)
      • 2017年はこれまででももっとも爽やかな仕上がり。ラムネを思わせる涼やかな味わいが湧き上がる一方、少し甘めながらもキレは落ちずにとても良いバランスに仕上がっていました。生憎の天気が続いたため、その涼やかさを楽しむ機会が少なかったのがちょっと残念なくらいです
    • 神渡 純米生貯蔵酒 夏誂純米
  • 高天(岡谷)
    • 地元密着系の蔵で、諏訪界隈の多くのスーパーなどでも取り扱いがあるため比較的入手性は良いです。価格もかなり抑えめなので日常呑みには嬉しい蔵です。最近は蔵元の娘さんが杜氏の修行中との事で話題になっています
    • 「高天 からくち 通」(普通酒)からくちを名乗っていますが、諏訪のお酒に共通の穏やかな辛口です。そして、諏訪の蔵に数ある普段呑み用の辛口の中でも最も旨口な一本でもあります。ちょっと昔の日本酒のテイストを残しながらも辛口らしく、すっきりと呑める、バランス重視の飲み口です

諏訪の酒たち

<おまけ>

  • 諏訪にある蔵のうち、上諏訪の5蔵は年に2回、共同で呑み歩きのイベントを行っています。今年秋のイベントはひやおろしも出揃い、新蕎麦のシーズンを迎えた10/5(土)に予定されていますので、ご興味のある方は是非お越しくださいね
  • nomiaruki2014年、春の呑み歩き情報はこちらからどうぞ
  • nomiaruki2014spring
今月の読本「日本の酒」(坂口謹一郎 岩波文庫)日本酒入門の名著

今月の読本「日本の酒」(坂口謹一郎 岩波文庫)日本酒入門の名著

連休中に溜まった読みかけの本をこなしていく最後の一冊。

日本において日本酒のみならず醸造に関わる方、お酒が好きな方なら必ず一度は名前を目にするであろう醸造学の大家である、坂口謹一郎博士の名著、岩波青本に収蔵されている「日本の酒」です。

日本の酒

まず、この本の初版が1964年、今から50年以上前に刊行されたものだという事を予備知識として知っていて頂きたいです。

そのうえで、この平易かつ軽快な筆さばき、ちょっとシニカルな外国人研究者への皮肉、そして決して過去も現状おも否定せず、良かれと思う事を述べる泰斗としての矜持。

そんな現代氾濫している新書に続々と登場してくる研究者の方々が執筆される文章より、余程洒脱で、洗練された文章を50年も前に、しかも当時研究者としての第一線を引退しつつあった大家が書かれたかと思うと、唖然というより惚れ惚れしてしまいます。

当時から、一般向け刊行物においても、その文筆には高い評価があったようですが、今日新刊として出されたとしても全く違和感なく読めるであろうことに正直、時間の流れを忘れそうになる所でした。

書籍の中身について解説することは、私のような浅学が述べられる訳がないので止めておきますが、歴史、文化に始まって、製法、化学的特性、ちょっとした脱線まで…とにかくこの一冊で「日本酒って何、日本酒とほかのお酒って何が違うの」という初学者の質問にほとんど答えてくれる内容であることは保証します(太鼓判です)!

そんな中でも、博士の学問的な立場からとても気に入っている点は「合成清酒」も「三倍増醸酒」も決して否定していない事です。

どちらも戦前の科学技術の進歩に伴って、必要に応じて(主にコメの使用量を抑えるため)開発された手法であり、それ自体が正しく判断されて飲用されるのであれば何ら問題が無い事を明確に表明されています。むしろ、完全合成清酒が市場に出回らなくなってしまったことを残念がり、工業的に生成される甲類焼酎に対しては「ホワイトリカー」としてその工業力の高さを以てして世界に出るべきだとも唱えていらっしゃいます。

これらの「合成清酒」と「三倍増醸酒」、そして「ホワイトリカー」としての甲類焼酎の製造方法の進化形が現在市場を席巻している「第三のビール」や「ノンアルコールビール」の製造手法であったり、アルコール市場を押し広げる要因となっている「低アルコール飲料」の原料が殆どが工業的に作られた「甲類焼酎」や「ウオッカ」である事を博士がご存知になったら、多分喜ばれるのではないでしょうか(それが税制回避だと聞いたら苦笑いでしょうが)。

一方で、当時は普通だった戦時統制の残滓ともいえる日本酒の等級制には否定的であり、今日の吟醸酒、地酒ブームに繋がる等級に囚われない酒造りの必要性を説き、地域に根差した乙類焼中への眼差し、そして日本酒では従来否定的だった「古酒」へ目を向ける必要性を説くなど、現代の日本のアルコール産業に多大な影響を与える、それこそ目から鱗の提言の数々が並んでいくのです。

また、日本酒特有の醸造過程の説明には専門分野らしくなるべく丁寧に判り易く説明が述べられています(生酛と速醸酛の違いとその発祥が冬酒と夏酒の話に綺麗に繋がっていきます。そして日本酒の醸造に非常に影響を与える乳酸発酵の話が絡んできます)。

とにかく、頭から読んでもいいです、拾い読みでもいいかと思います。日本酒が大好きな方は一度は目を通されておいた方が良い事間違いなしの一冊です。

ご自分が飲んでいるお酒の歴史と、製法の不思議さ、そしてそれが未だに全容が把握されておらず、最後は杜氏さんの絶妙な判断に委ねられているという奥ゆかしさとを知れば、今夜の晩酌もさらに味わい深いものになるのではないでしょうか。

<おまけ>

  • 坂口博士は本書の前に同じ岩波文庫から「世界の酒」という本を上梓されている位、日本酒だけでなく世界中のアルコールに対して広い知見をお持ちの方でした。特にワイン関係者の中には坂口博士の薫陶を受けられた方は多くいらっしゃいます。「ウスケボーイズ-日本ワインの革命児たち」で有名となった麻井宇介こと、メルシャンの浅井昭吾氏も影響を受けられた方の一人だったと思います
  • 本書の解説を書かれているのは、あの「発酵仮面」「味覚人飛行物体」こと発酵学の大家である小泉武夫博士です。若かりし頃の坂口博士との楽しく、そしてちょっと背筋のピンとなるお話が載せられています