今月の読本「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)海洋の提督が遺した知られざる息子が指し示す、知の大海原を導くコンパスローズ

今月の読本「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)海洋の提督が遺した知られざる息子が指し示す、知の大海原を導くコンパスローズ

スペイン・セビリアのセビリア大聖堂に付属するコロンブス図書館(コロンビーナ図書館)。海外の図書館の事について興味のある方ならご存じかもしれませんが、その名が示す通り、コロンブスに関する書籍、史料を収めた図書館。しかしながらその名前がイメージする所とはちょっと異なる人物とその蔵書が数多く含まれています。

セビリア大聖堂からコロンビーナ図書館が引き継いだ蔵書の中核をなすのは「コロンブスの「息子」が西ヨーロッパを回って蒐集した、当時ヨーロッパ最大の個人蔵書の遺された一部」であるということです。

本書の帯にあるように、扱われるテーマとなるのはコロンブスの次男。放蕩の息子であったスペイン貴族の血を引く長男で、インディアス提督となったディエゴ・コロンの陰に隠れるような私生児としての存在でありながら、イザベル女王の宮廷に小姓として入り、のちに当時のヨーロッパで覇権を築いたカール大帝に側近として仕えた宮廷政治家。マゼランの世界周航達成後に噴出した、かの有名なトルデシーリャス条約境界論争において、スペイン側代表の一員として会議を主導したスペイン主席航海士代理。そして、少年時代に父親であるコロンブス最後の大西洋航海に同行し、間近でその姿を見続けてきた肉親として自らペンを執って書き残した、現在でも議論が続く有名なコロンブス提督伝を執筆した人物。

本書は、これらの実績を積む過程で彼が遺したもう一つの物語を綴ることになります。

今回は「コロンブスの図書館(原題:The catalogue of shipwrecked books)」(エドワード・ウィルソン=リー 五十嵐加奈子:訳 柏書房)をご紹介します。

本書の原題、The catalogue of shipwrecked books.(Young Columbus and the Quest for a Universal Library.)訳者の方による表現では「海に沈んだ本の目録」といったところで、本文でも描かれる、コロンブスの息子、エルナンド・コロンがベネチアで蒐集した1000冊以上の本や版画をスペインに送り届ける際に船が難破して沈んでしまったエピソードから名付けられていますが、もう少し深いテーマが添えられています。

著者はイギリス、ケンブリッジ大学に所属する中世ヨーロッパ文学の研究者。巻末に解説が掲載されている、エルナンド・コロンが執筆した「コロンブス提督伝」に記述される、現在でも議論の多いコロンブスがスペインに現れる以前の経歴のうち、特に議論が多い冒険譚的な著述を綴る部分について、他の著述者による後年の挿入ではないかという意見に対して、前述の彼が遺した蔵書と目録を調べ上げる中で、本人による他の書籍からの挿話であることを明らかにした人物です。

コロンブスの息子が自らの父親の業績に瑕疵を与えないように、明白な役割を与えられた人物として綴られる伝記の中で唯一残された、主題から逸脱する筆致に息子であるエルナンドの想いを見出した著者。本書では著者が見出したエルナンドの姿と足取りを追って幼少時代から綴り始めますが、一つの大きなテーマを当てはめていきます。

本書の邦題に繋がるテーマ。彼が父親であるコロンブスの死去後に着々と積み上げ、晩年には加速度的に増加した書籍と版画の蒐集。その数、実に15000点とも20000点とも伝えられていますが、その中に多く含まれるルネサンス期を象徴する印刷製本で大量に刊行された、下世話な風物を描いた小冊子や版画の類。言語的にも母国語のスペイン語に留まらずラテン語やギリシャ語、アラビア語、宮廷人として仕えたカール大帝の広大な版図にも通じるヨーロッパ各国の幅広い言語が含まれており、当時のバチカンを含む教会や修道院、大学等が所蔵する書籍とは大きく異なる、あらゆる出版物、手稿を集めようとした痕跡が残されています。

表題だけを見ると、これらの書籍コレクション(500年を経て尚、4000冊ほどが伝わる)をテーマとした内容にも見えますが、著者の視点はさらに別の指向を求めていきます。残された蔵書と共に伝わる、蔵書の記録やエルナンドが残した記録、その記述内容。のちに初期の司書とも捉えられる彼の元で書物の整理に当たっていた人物たちが語るその手法。どのように蒐集された書籍たちを「識別」していくかという方法論に興味の焦点を当てていきます。

コロンブスにとって最大の支援者であったイザベラ女王の王宮に小姓として入った後、父親との第四回目の航海に同行し、辛くも生き残り再びスペインに戻ったエルナンド。父の死後、復権を果たした腹違いの兄であるディエゴの名代を担うためにスペイン王室の宮廷人として活動を続け、父が獲得した新大陸での権利を争う論争、裁判を続けるために、ヨーロッパ中を移動し続ける帝国の王座と共に、またバチカンの法院での審理に出席するためにローマへと、晩年の5年ほど以外の殆どの期間、スペイン国内にとどまらず、広く西ヨーロッパの各地を転々と移動し続けながら、書籍の蒐集を続けていきます。

著者はコロンブスの継承者たちの利益を代弁する人物として王座と共に移動するエルナンドの姿に、各王国の状況や神聖ローマ帝国、ローマ教皇の動き、更には(残された蔵書からごっそりと抜けているために判断はできないとしているが)エラスムスの思想への格別の共感とルターから始まる宗教改革の影響、トマス・モアの作品と収集された小冊子類に残された当時の風刺に見られる思想的な共通性などを挿入する事で、ルネサンス晩期の歴史的な背景が同時に見えるように著述を進めます。文学研究者の方らしい配慮ともいえる内容ですが、その中で稀代の書籍蒐集者としてだけ捉えられるエルナンドの業績に対して、更にもう一つの側面を与えていきます。

海洋の提督と称されたコロンブスの息子、2度目の大西洋横断の帰路では船団のカピタン・ヘネラルを称し、スペインの海外事業を取り仕切る通商院の首席航海士代理を後に務め、当時のポルトガルから最新の海図と測量技術を密かに奪取する事すらも使命とした航海士としての側面。更には途中で挫折した「スペインの描写」と称した、封建領主の力が強かった当時としては余りにも先進的であった詳細なスペイン地理誌編纂の着手という、宮廷政治家、地理学者としての側面。

ここまで長々と書いてきましたが、著者が語りたいと願ったメインテーマ。エルナンドが残した蔵書とそれに添えられた「目録」をどのように作り出していったのかを知るためには、前述の内容を全て辿ることが求められます。神聖ローマ皇帝として西ヨーロッパ全体にその影響力を行使したカール大帝時代の宮廷人にして、新世界を押し開いた「提督」の息子。旧世界の知識の中心地ローマと、ルネサンスの息吹とイスラム世界の空気を存分に浴びるベネチアでの滞在。次の時代の幕開けを担う震源地となるイングランド、低地地方とドイツが生んだ思想。更には父親であるコロンブス同様にその恩恵を深く受けた、知識を大衆化する事に決定的な役割を果たした印刷物、海図へも繋がる版画への強い想い。

新世界という扉が開かれ、ルネサンスから宗教改革という中世のキリスト教世界が培ってきた世界観、知識の集積体系自体が全面的に見直される時代背景の中を生きた、当時最先端の数学、天文学の知識と技術を理解する航海士にして、東西の歴史と実体験としての新世界の知識をも併せ持つ宮廷人が編み出した知の羅針盤。それは現在の図書館、更には無限の奔流とも思えるネットワーク社会に溢れる情報を検索する際にカギとなる考え方。

現在ではデジタル化されて図書館の片隅に眠る、私が図書館に入り浸っていた頃には入り口の一番良いスペースを占めていた、アルファベット順による配列から始まり、概要を示す「目録」、題材を示す「目録」そして「著者・科目一覧」という図書館における書籍分類の基礎となる考え方を生み出した、言語、時代、世界感に囚われない知識の体系化と集積を生涯のテーマとした人物のレガシー。そして、訳者の方が記念に覚えておいて欲しいと書き添えた、訳本らしいボリュームを有する本編約390ページを読破された方だけが思わず膝を打つことになる、当たり前すぎて全く意識する事がなくなっている「あること」。

ルネサンス期に生まれつつあった新たな知識を集積する理論体系を、航海士、地理学者(言語学者としての側面も)としえて捉え直したロジックは、姿を変えながらも今を生きる我々の中に脈々と伝えられているようです(著者はテクノロジーの進化を得て、500年を経て漸くその姿に追い付いたと。ネットワークを軸とした集団知の追求を生涯のテーマとした、私が敬愛するダグラス・エンゲルバートの知に対する考え方にも通じる内容です)。

確かに、その蒐集された内容が彼にとって危急の(そして彼自身は全く報われることがなかったという皮肉を含めて)問題、父親であるコロンブスがスペイン王室と取り交わした約束の履行と、代理人としての大西洋の向こう側に居る兄が継承したその遺産と権利の恢復と保持。更には、汚辱に塗れ失意のうちに亡くなった偉大な父親の功績を再び称揚するために必要となる証拠資料を取り揃える必然性から生じた部分があるにしても、他愛もない小冊子の蒐集など大半は自らの知的好奇心がさせたもの。

中世の世界に溢れ出した印刷技術がもたらした知識の記憶を留め置き、新たに開かれた世界の姿を書き加えながら膨らみ続ける共通の世界知の(言語という姿で)集積を目指した、当時のコスモポリタンが見据えた知の大海原を漕ぎ往く海図と指し示すコンパスを生み出す過程を添えた物語。

膨大な背景を個人史と時代史の中に織り交ぜながら綴られていく一冊。一気に読み進められる内容ではなかったですが、著者の強い思いを感じながら、中世ヨーロッパ史に添えられた一人の人物ともう一つの物語をリフレインを掛けながら一歩ずつ着実に読ませる内容。

表題に興味を抱かれたコロンブス(父親の方)の人物像や航海の姿、美しい中世の図書館や書籍に惹かれる方には少しイメージが異なる部分もあるかもしれませんが、その中で培われた、現在でも褪せる事のない、知の集積とそのアプローチを人物像から描き出すという実に興味深いテーマに触れられる一冊です。

今月の読本「昭和の刻印」(窪田陽一:著 尾花基:写真 柏書房)その思想と景観は現代から未来へと続く

今月の読本「昭和の刻印」(窪田陽一:著 尾花基:写真 柏書房)その思想と景観は現代から未来へと続く

最近増えてきた、昭和の憧憬を誘い、追憶を語る写真集を兼ねた書籍たち。

追憶を疑似体験する施設という意味では、10年以上前から新横浜で今も頑張っているラーメン博物館辺りが始まりかもしれませんが、少し遅れて来た書籍もずいぶん増えてきたように思えます。

昭和が終わって既に四半世紀。その頃に想いを馳せる、もしくはそのルーツを辿ろうと思う方が多くなっているのかもしれません。

そんな中で刊行された本書は、類書とはちょっと違った切り口で昭和に築かれた景色を描写していきます。

刻印の昭和昭和の刻印」(窪田陽一:著 尾花基:写真 柏書房)です。

本書のフォーマットは、古びた明朝体で埋められた本文と、やや霞んだ仕上がりの写真の組み合わせが印象的な、如何にも懐古的な仕上がりですが、掲載されている写真は2008年以降の撮影であり、昭和の残影を遡及しようという意図は感じられません。また、本文と写真とは密接には絡んでいますが、文中で掲載されている写真を直接言及する部分は少なく(コラム的に「刻印の焦点」と題したショートメッセージが添えられた写真は僅かに5点)、著者の文書のイメージを伝えるためのモチーフとして添えられていると考えた方が良いかと思います。

この手の類書にある様な、昭和の憧憬を誘う書籍(写真集)だと思われて手に取られると、ある意味裏切られる本書。その理由は好事家が手掛けた趣味性の高い作品ではなく、巻末にあるように、業界紙に掲載された連載を再構築して上梓されたものだからです。

その初出は2009年から20111年とちょっと古いのですが、あとがきにあるように再校訂もされており、その内容故に古さは何の問題ではありません。そして、掲載されている写真の選定理由もその原典から察すればおのずと理解できるはずです。

著者は建築工学を専攻し、国内における景観工学の先駆者ともいえる方。羽田空港の再国際化におけるターミナルエリアの再構成やゲートブリッジの景観設計を手掛けた方です。その景観工学のスペシャリストが想い描く昭和の風景。それは自身の原風景と、その変化について、建築へ向けられた当時の時代背景や思想を下敷きに、現在に繋がる風景と未来への想いを語る事。

まるでフランス文学の散文を読んでいるような、歴史と思想と理論がないまぜとなる、ある意味とりとめのない文章にも見えますが、そのエッセイと帯で表している文体や表現の根底には著者の経歴が潜んでいるようです。それは坪内逍遥を師と仰ぎ、彼の後に早稲田の教壇に立った祖父でもあり、翻訳者、戯曲の研究者でもあった島村民蔵の影響を濃厚に受けているようです。

昨今の研究者の方が書かれた一般向けの書籍にある様な、要領を弁えた簡潔な文章とは異なり、ある意味混沌としている文章かもしれませんが、その言及する範囲は極めて広範で、建築の周囲で敷居を区切る様な事はありませんし、その結果として本書に於いて建築物自体を語る事は決して多くないようです。むしろ、その建築物たちが構築されたことによって変化を来した景観への想いを中心に述べていきます。登場する建築物たちがなぜそのような形で現れて来たのか。語られる景観としての空間は戦後とは限らず、関東大震災直後にまで遡る場合もありますが、当時の様子と著者の原風景を交えた物語は、本書を手に取るであろう、もう少し年代の下がった読者層に対して、興味深い知見を与えてくれるとともに、成長の曲がり角を大きく超えてしまった現在の我々に、もう一度過去のいきさつを思い返すことを求めてきます。

成長期に建築に求められた役割と、その中でも景観や人々の暮らしへ根ざした想い。それを上回るように加速度的に進んだ成長に合わせるが如く用意された建築物たちが景観や人々に与えた影響を、景観工学の視点を越えて著者の想いを重ねて述べていきます。そして、景観に建築が与える影響の大きさとその時間軸の長さは、昭和という時代を越えて、現在の生活にまで営々と引き継がれていきます。

景観への責任を有する建築学者としての矜持。その想いは著者の最新の作品でもあるゲードブリッジに対しての想いを綴る文章にも語られています。

-引用ここから-

技術者が芸術家のような行為をしていいのだろうか、という疑問を呈する人々がいる。では問おう。世界のどこにもない形をしている橋を実現できる技術者が同朋にいて、新しい技術開発を生み出しつつ、本当に実現できたという事実に、果たして意義はないのか、と。

-引用ここまで-

高度成長期の急激な景観の変化を間を目の当たりにしながら成長し、その一方的な変化に疑問を抱きつつも、今や後進に委ねる立場となった先駆者の想いが込められたた本書。今度は読者の皆様がこの本の写真から、そしてこの本を片手にフィールドで、その景観に、そして新たに生まれ来る建築物という景観物にもう一度想いを馳せて見ては如何でしょうか。そこには、きっと設計者や製作者たちの想いと、時代の息吹がしっかりと込められている筈です。そこに生活し続けている人々の想いと共に。

美ヶ原、王ヶ頭の電波塔と美しの塔

美ヶ原王ヶ頭美ヶ原に林立する電波塔の数々はテレビの時代と言われた20世紀の落とし子たち。アナログからデジタル、VHFからUHFに変われども、今も王ヶ頭の山頂を占有し、時代を発信し続けるこれらも、昭和の刻印でしょうか。本書でも霧ヶ峰側の写真が出て来ますが、当時としては極めて先駆的であった景観、環境論争の末に、夢破れて、二度と繋がる事のない、閑散としたビーナスラインの松本側延伸部と併せて。