吉川弘文館「歴史文化ライブラリー」通巻400冊到達を祝して、勝手に手持ちラインナップフェアーを(歴史の側面に触れる面白さを)

吉川弘文館「歴史文化ライブラリー」通巻400冊到達を祝して、勝手に手持ちラインナップフェアーを(歴史の側面に触れる面白さを)

何時も新刊を心待ちにしている、吉川弘文館さんの叢書シリーズ「歴史文化ライブラリー」。

1996年のシリーズ刊行開始から20年を経て、遂にこの春、通巻400冊を達成するそうです。

400冊達成記念に、公式さんが復刊リクエストをtwitterで募っていたのですが…

こんな可哀想な結果になってしまったようで、思わず加勢に出てしまった訳ですが(大分リクエスト増えたみたいで良かったですね)、折角本棚をひっくり返して探したついでなので、これまで買った歴史文化ライブラリーの中からお気に入りをご紹介してしまおうという、魂胆を思いついた次第です。

New!(2015.3.18):復刊リクエストの結果が決まりました。こちらに一覧が出ております。

この歴史文化ライブラリーというシリーズ。流石に歴史書を専門に手掛けられている出版社らしく、多くの叢書、選書とは一線を画す、明確な編集方針が貫かれています。

その想いは、刊行の言葉にはっきりと刻まれています。

あらゆる分野の歴史と文化を、書物として収める事。内容が学問成果に基づいている事。そして、もっとも重要な点は「読者を知的冒険の旅へと誘う」ことを標榜されている点です。

歴史研究者の方が、研究目的で執筆される論文や著作物とはちょっと異なる。通史や多くの歴史関係書籍が扱うテーマや、歴史研究上の争点を扱う訳でもない。もちろん研究者とは異なるフィールドの方が執筆された本でよくある様な、多くの研究成果を引用せず、それらとは全く異なる、にも拘わらず、まるで結論めいた持論を滔々と述べ続ける書籍とは根本的に異なるスタンスを持っています。

各執筆者は、版元の実績が存分に示される、該当する分野では一線級の研究者たち。扱われるテーマは、研究者の方々が実際に研究されている内容に対して少しアレンジを加えて、周辺知識や背景にフォーカスするように配慮された選定手法。そして、読み下し文への配慮や、豊富な写真、図表など、高度な研究成果を出来る限り判りやすく読者に伝える事を重視した編集方針。2000円以下を基準とした、専門叢書としては求めやすい価格帯設定。

一方、本屋さんでは、新刊コーナーに置いてもらえることは稀にも拘らず、扱われ方が選書、叢書コーナーに置いてあったり、歴史書のコーナーに時代別にばらばらにされて並んでいたりと、一貫性がない扱われ方をされているので、探すのに苦労することが度々なのです。それでも、乱読派で歴史好きの身にとっては、読後の満足感をしっかり満たしてくれる内容の濃さと、好奇心を揺さぶられるテーマに溢れたこのシリーズが大好きなのです。第一線の研究者の視点で、普段は語られない歴史の一側面を覗かせてもらえる嬉しさが、そこにはあるように思えます。

歴史文化ライブラリー手持ち一覧

購入した歴史文化ライブラリーたち手元に残っている歴史文化ライブラリーは、八ヶ岳南麓に移ってきてから購入した分だけですが、No.220の「江戸時代の身分願望」からNo.389の「江戸時代の医師修行」までの31冊です。該当期間中刊行分の僅かに18%程度ですが、こうして並べると結構豊富(というか、無節操な買い方と言うべき)なテーマですよね。

この中でお勧めの何冊かをご紹介します(フルで内容をご紹介している分は、下記<おまけ>のリンク先へ)。

  • それでも江戸は鎖国だったのか」(片桐一男)所謂唐人屋敷と呼ばれた、江戸の長崎屋で繰り広げられる、カピタンと江戸の文化人、幕閣たちとの交流をつぶさに拾って紹介する一冊。生き生きとした筆致で描かれる、オランダ人たちの上京の様子や贈り物の品々、唐物趣味に取りつかれた訪問客たちの執念ぶりにも驚かされる。江戸文化の幅広さを再認識させられます
  • 大江戸八百八町と町名主」(片倉比佐子)落語でもお馴染み、親より怖い大家さん。では、その大家さんが最も恐れたのは、彼らの雇い主である町名主様。夏目漱石の書き方から謂えば玄関様とまで呼ばれる、町人たちに最も近く、しかも畏敬の念すら持たれていた存在である、江戸の町名主たちの成立から発展、収入や沽券の継承、新しい町屋での権利発生に至るごたごた話を含めて、江戸の膨張が明確に判るように数値史料を駆使して描く。江戸の行政を実際に支えた「民間行政員」たちの活躍から、民主主義とはちょっと違うけれと、素朴ながらも本当の意味での自治の姿が見えてくる一冊です
  • ある文人代官の幕末日記」(保田晴男)幕末の文人であり、幕臣であった林鶴粱の文人としての活躍と同時に、安政の大地震の際に赴任していた遠州中泉代官時代、そして奥州寒河江代官としての活動を克明に描く。文人らしく、多くの記録を残しているため、著者の筆致と併せて当時の状況が手に取るように判る点は、歴史史料を紐解く楽しみを充分に教えてくれる一冊。余り語れることがない、甲府城代に設置されていた徽典館について、学頭を務めていた時の事跡や当時の甲府の様子が描かれている点だけでも貴重な一冊です
  • 宮中のシェフ、鶴をさばく」(西村慎太郎)まず、このテーマで一冊の本が成り立つことに驚き、その作法と伝承に二度驚き、継承の内輪揉めまであった事に三度驚く。こんなディープなテーマを研究されている方と、研究を支援している方々、版元さんの三者が揃わなければ決して世に出なかった(そして読者もちょっとだけ)貴重な本。肩肘張らずに、包丁道という名の歴史上に残るエッセンスを楽しめる一冊。著者の専門でもある、江戸時代の地下官人について知る上でもとても役に立ちます
  • 稲の大東亜共栄圏」(藤原辰史)快作の呼び名の高い「ナチスのキッチン」の著者が描く、日本で改良されたジャポニカ種の品種改良の流れと東アジアにおける伝搬の様子を、東北から朝鮮半島、満州、そして台湾と、戦前日本の拡張政策と歩調を合わせるかのように広がっていった様子を、かの地の在来栽培種との競合や酒米との関わり合い、そして台湾における蓬莱米成立から、日本への逆輸出に至るまでをダイナミックに描く。日本人の米に対する執念を感じさせると共に、現在でも当地で栽培され続ける事に対する歴史的な繋がりの深さを感じさせずにはいられない一冊。最後の部分を蛇足と取るか、深化の結果と捉えるかは、読まれる方の思い次第です
  • 地図から消えた島々」(長谷川亮一)一番のお気に入り。これぞ、歴史文化ライブラリーの真骨頂といった一冊。離島ファンや、地理、海洋史に興味のある方にはつとに有名だった、近世の南洋に浮かんでは消えていった幻の島々の物語を扱ったサイト「望夢楼(幻想諸島航海記)」の管理人様が、サイトの内容を再編成して、本職の著作物として出された極めて珍しい一冊。影も形も存在しない、幻の新発見島探検記を扱ったトンデモ物語かと思いきや、それだけではありませ。幻の島が登場してしまった背景や、実際に無人島であった鳥島や南の島々への入植の記録。そして、幻の島自体を登記しようとする山師たちの物語から、地図上からの抹殺。結論を得んがための本当に存在しえなかったのかの地質学的検討まで(西ノ島の噴火と新島形成で話題となっている火山列島との関係のお話もちゃんと出て来ますよ)。歴史のサイドストーリーを追いかけると、思いがけない物語が潜んでいる事を実感させられる。歴史研究分野の幅広さと面白さが実感できると思います

これからも、歴史ファン(雑学好きにも)の琴線を揺さぶる、楽しくてちょっとディープなラインナップに期待して。読書時間とお財布と相談しながら、ちょっとずつ買っていきたいと思います。

<おまけ>

本ページでご紹介している歴史文化ライブラリーの作品と、類似のテーマを。

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今月の読本「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)土着を遂げた日本仏教のポイントは最澄のトラウマから

今月の読本「日本仏教入門」(末木文美士 角川選書)土着を遂げた日本仏教のポイントは最澄のトラウマから

気候も穏やかになり、桜の花開く四月。

季節が移り変わっていくのと同時に、日本の春はあらゆるものが入れ替わっていくシーズン。

オロオロ、あたふたとしているうちに、あっという間に月末になってしまいました。

忙しくなればなるほど買いたくなるけど読み切れない、山のようになった読みかけの本。4月からの続きでGWも忙しくなりそうなので中々読み切れませんが、そんな中で漸く読み終わった一冊をご紹介です。

叢書の中でも比較的硬派なシリーズ、角川選書3月の新刊から「日本仏教入門」(末木文美士)です。

日本仏教入門まず読む前にちょっと気になった、このページ数で果たして仏教伝来から現代の仏教の置かれた立場までと言う1500年を越える歴史の概観が描けるのだろうかという点は、やはりなあといったところで、残念なながら近現代の部分の記述は巻末の僅かな部分に留まります。

しかしながら、その内容が僅かだからといって、本書の一貫したテーマとしてはいささかも崩れることはありません。

本書のテーマはそんなところでは無く、東アジアの仏教圏の中でも特異的な発展を遂げてきた「日本仏教」特性のポイントを、大学所属の研究者として、宗派に囚われること無く描き出そうとしている点です。

本書は著者のあとがき、および出典一覧をご覧頂ければ判りますように、主に中国や東アジア仏教圏の研究者との議論を行った際の講演録をベースにしています。その執筆に当たって、著者が最も気を遣った、日本の仏教を論じる際に、同じ仏教圏にありながら日本だけが著しく異なる発展を遂げてきた点を明確化しておく必然性に迫られた点を繋いでいくことで、日本への仏教土着に当たっての変質と、現在の所謂葬式檀家に至る経緯を明快に示していきます。

ばらばらな初出を纏め上げた一冊にも関わらず、間違いなく日本仏教史通論としての一冊になっている点は各章における著者の揺るぎない筆致と、編集者の力量の為せる技でしょうか。

そして、各章を通して語られる筆者の日本仏教に対する共通のポイントは、一般書でよく語られる、宗派別の経緯や開祖の物語を列挙するのでは無く、開祖達がどのようにして、その宗派を起こすに至ったのかを一貫したアプローチで示していきます。そのアプローチこそが日本における仏教土着の素地である点に非常に興味を覚えます。

従って、本書は類似の書籍のように鎌倉新仏教に軸をおいた記述を取っていません。初出の都合で順序が入れ子になって書かれていますが、飛鳥時代の仏典の招来から始まる日本の仏教受容について、日本に伝わる前の段階からそれぞれにターニングポイントを示していきます。

大乗仏教の特徴と、中国、朝鮮における仏典編纂による仏教思想の再編。理論構築手法を持たない日本に仏教がもたらされたことで、初めて王朝による記紀を用いた土着思想の理論構築が始められたと提起します。

その後、命を賭して来日した鑑真による東アジア圏に共通する具足戒による戒律の伝道と、既に土着習合化しつつあった日本の仏教との乖離は最澄、空海という二人の巨頭によって大きな転換を見ることになります。

日本古来の山岳修行からスタートした空海は、密教を完全に捉えきって、そこに山岳修行者としての出自を投影することで、高野山という日本における聖地の確立と、自然崇拝から続く古来の信仰を密教という形で包み込むことに成功します。

そして、留学の際も、密教の受容という意味でも、その後の南都との対立でも、常に傍系としての立場の苦しさに苛まれ続けた最澄とその後継者達のアプローチは、傍系故に、自らが新たな流れを立てることに意を尽くし続けた結果、日本独特の仏教の受け皿を作り得たと筆者はみなしていきます。

最澄、そしてその後継者達の布教、それに対抗する南都の戒律復興活動の中に日本仏教の特異性が内包されていると看破します。

傍系故に多数の教義、経典を兼学し、その中から最も優れていると思われる点を択一していく。大乗仏教故の民衆への近さを更に先鋭化するための戒律。大衆化の先にある、広く教義を広げるための平易化、土着宗教との競合では無く、包括と分担。

その結果が、鎌倉新仏教の教祖達による、禅、念仏、唱名といった単純化された独自の布教方法や、日本に特有の法華経の尊重。もはや戒律すら無い状態ともいえる民衆の中に生きる、現代の僧侶。寺院で行われる荘厳な宗教儀礼に対する、一般家庭にほとんど宗教的風習が無いにも関わらず、葬送儀礼だけが仏式で行われる不思議さ。これら全てが、最澄とその後継者達(栄西、法然、日蓮にしてもご存じの通り、比叡山で多数の教義を学んだ上で、習合から択一化、立宗に至っています)が、同じアプローチの中で進んでいった結果だと筆者は見なしてきます。

独自の進化を遂げた日本仏教の姿。その信仰も、教義も戒律も、東アジアに広く普及していると謂われる仏教と大きく異なってしまいましたが、その間に勝ち得た民衆との近さ、時の政治状況に利用された側面が大きいとはいえ、今でも各家庭にしっかりと根付いている「葬式檀家」の受け皿としてのお寺の立場は、唯物論的な近代個人主義と、神秘論や救いがたい程の精神的な闇を抱える現代人の心の狭間で布教に苦しんでいる他宗派から見れば、羨ましくも思えるのかもしれません。

しかしながら、それもこれも「傍系」からスタートしたが故の、屈折した想いを超越するためのアプローチ。もしかしたら、日本の仏教は現代人が抱えるのと同じように、当時の最澄が抱えたトラウマにすっぽりと包まれているのかもしれません。

<追記>

本書を追うように刊行された、新潮文庫版の「仏典を読む」では、本書では解説を一部省略している仏典や宗祖たちの書籍からどのような思想に至っていたのかを、仏典、中国仏教、日本仏教、そして最後にカウンターとしてキリスト者(のちに転向)立場から、同著と同じ視点を持って語られています。こちらも、著者の碩学が滲み出る、平易で簡潔な文体であるにもかかわらず、時々現れてドキリとさせられる、本質すら裏返そうとする視点に驚かされると思います(少し落ち込み気味の時に読んでいたので、引き込まれる半面、苦しくもありました)。

余談ですが、本書を読んで、言葉を以て語る事の本質に対して、一度その考えを壊した上で本質を捉え直そうとする禅に対して、時として言葉を操ることを自体を仕事とする自分には適用性が全くないことを今更ながら、思い知らされたのでした(脱却できない壁なのかもしれません)。

仏典をよむ

<おまけ>

同じようなテーマの本のご紹介です。