今月の読本「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)暗号と傍受、国家と官僚。岩倉使節が直面した課題は今も海底ケーブルの先に

今月の読本「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)暗号と傍受、国家と官僚。岩倉使節が直面した課題は今も海底ケーブルの先に

インターネットの普及によって、世界中の情報を動画や音声、画像、テキストで簡単にやり取りできるようになって既に20年近くが経過しますが、それ以前の我々は、どんな形で世界とコミュニケーションを取っていたのか、覚えていらっしゃる方は少なくなってしまったかもしれません。

島国であるこの地に住む人々にとって、海の向こうと情報をやり取りするためにはどうしても必要になる「通信」。こちらのリンク先(GISで有名なesriジャパンのサイトです)をご覧頂くと驚くかもしれません。少し前の時代ですと、人工衛星による中継と言うイメージが強かった海外との通信ネットワーク。実は世界中に張り巡らされたこれら海底ケーブルにより殆ど(90%以上)が賄われています。

海の向こうと通信を行うためには必須となる無線通信と海底ケーブル。インターネットが世界を変えると叫ばれて久しいですが、そのインフラとなる海底ケーブルの敷設と運用、国際通信こそが近代日本の歴史を左右したことを力説する一冊の紹介です。

今回は「通信の世紀」(大野哲弥 新潮選書)のご紹介です。

本書は副題にあるように明治維新以降直近までの日本における海外との通信網整備の歴史過程を綴りますが、内容は大きく3つに分かれています。

明治の近代化に伴う海外との通信路確保の物語から始まり、戦前の短波通信と無装荷ケーブルへと至る変遷を綴る前半。戦後の占領政策による独自通信網の喪失から高度成長期の海底同軸ケーブルと衛星通信による回線増強、そして光海底ケーブルとインターネットによる爆発的な通信量の増大へと至る後半。メインとなる日本における通信の歴史に挟み込まれる中盤で、本書の白眉となる日米開戦における、所謂対米最終通告の遅れがなぜ生じたのか、数多ある検証に対する著者独自の検討による検証過程の解説が述べられていきます。

著者はこの手の書籍としては珍しい経歴をお持ちの方です。KDDIの前身となる旧KDD(戦後の国策により電電公社と共に設立された、1985年まで実質半官半民で国際電話/通信を専門に扱っていた、国際電信電話株式会社。最近はこのように書かないと判らないですよね)に所属され、学位を取られ、非常勤講師などを務められた後、現在は企業の代表に就かれています。主に広報畑にいらっしゃったのではないかと推察されますが、近現代史や技術系の研究者、企業の技術畑の方とは異なる感触を受ける筆致。そのためでしょうか、本書に技術的な側面での議論を求めるのは酷な話となりますし、通史としての歴史的な著述もかなり限定されます。

代わりに本書で述べられる事、それはビジネス書ライクで国家と通信という施策を綴る視線の背後にある諜報と言う側面を、国策会社出身者らしい行政と交差する視点で描き出していきます。

岩倉使節の訪米に関する電信から始まる冒頭。このエピソードに本書のテーマほぼ全てが集約されています。

サンフランシスコに到着した岩倉使節から送られた到着報。その連絡は大陸を渡り大西洋をケーブルで横断し、ロシアの大地を抜けて僅か1日で上海、そして日本で海底ケーブルが初めて敷設された長崎へと届けられます。30000kmを伝わった英文電報。実は長崎から西郷たちが留守を詰めていた東京に届くまでには何と10日を要するという、絶望的な内外格差を見せつけられることになります。

世界を海底ケーブルで結び始めた電信網。大英帝国が威信を賭けて整備を続けたオール・レッド・ルートに対抗する形で敷設されたグレートノーザンのユーラシア横断ケーブルの末端に、大陸との独占通信権を見返りとして繋げられた日本。既にこの時点から外資による通信利権の掌握が始まります。


この権益維持は変更を加えられながら幾度もの戦争を挟んで何と1969年のルート廃止まで続きます。なおグレートノーザンは近年通信事業から撤退しましたが、今ではヨーロッパの小国であるデンマークが本拠と言う点も非常に興味深いです。本書でも度々登場する、無装荷ケーブル生みの親であり、その後も日本の通信、放送行政に多大な影響を行使した松前重義がデンマークの教育制度を自らが興した大学に用いようとした遠因もこの辺りにあるでしょうか。


条約改正のごたごたに巻き込まれた結果、海外に長く留まる事を余儀なくされた岩倉はその間の経験から電信による圧倒的な情報伝達速度の速さに括目する一方、中継地点での陸揚げ、陸上でも中継、受電の度にその電文から交渉内容を容易に解読されてしまう事を指摘されます。情報漏えいを防ぐ必要に迫られた岩倉は、帰国後に整備された国内の電信網を使う時に自ら暗号表を手元に置きながら西南の役における電信を受け取っていた事を、残された暗号表(何と円盤型、岩倉が慎重に保管し自らくるくる回して電文を読んでいたと想像すると実に興味深いです)の存在から示していきます。

始まりから国益を担う役割を半ば使命としてきた海外との通信事業。その結果、通信自体も行政が担う一方、海外との通信路の開設(ケーブルの引き上げ場所、長波、短波通信の周波数帯割り当て、そして通信権益の配分)では国家を前面に出した交渉となるといきなり帝国主義の激突となるため、緩衝材としての民間通信会社が求められるようになります。特にラジオ放送についてはご承知のように諜報活動の一端を担う一方で会社組織として運営されていた事から、第二次大戦最末期の日米両ラジオ局による奇妙な邂逅、その先にポツダム宣言受諾の探り合いを含ませていた事も紹介していきます。

民間の皮を被って国家と官僚達が剥き出しの国家戦略を繰り広げる国際通信の舞台裏。その事実を象徴する事例として、著者は日米開戦における外務省と在米大使館との秘密電報の授受の過程をアメリカ側が傍受していた膨大な記録と突き合わせて厳密に検証し、その致命的な問題点を見出していきます。

前述のように国家間の通信の場合でも、各国の通信会社が相互で電信をやり取りするため、日米開戦に関する大使館宛の秘密電報も民間通信会社(RCAおよびマッケイ)無線局から緊急指定の場合、昼夜を問わずバイク便で届けられていたという事実にまず驚かされます。その結果、既に暗号を解読していた米軍が無線傍受で文面を把握するより遥かに遅れて大使館側が暗号解読と清書に取り掛かるというギャップを生み出します。更には、これらの電文に対する暗号が破られていた事をうすうす把握、指摘を受けながら、日本が独自に開発した最新鋭の暗号機であることに慢心して暗号のパターンや暗号機のアルゴリズム変更を行わなかった外務省に厳しい目を向けていきます。

情報伝達を他者に委ねざるを得ない実情。伝達に対する時間軸の認識や人為に頼る緊急度の表現判断が甘かった外務省と開戦への危機感が薄く受け入れ体制を緩めてしまった大使館側のミスコミュニケーション。それらをカバーするはずの技術、運用面に対しての無理解と極めて打算的な態度を示した結果、戦後の極東軍事裁判に於いても無通告開戦を行ったと痛烈に非難される、取り返しのつかない高い代償を払わされる結果となったと著者は厳しく指摘します。

著者の官僚達への痛烈な批判意識。それは戦後体制で生まれた国策会社であるKDDの設立から今に至るまで根深く続く、通信行政における間接保有による人事権支配や行政指導と言う名の事実上の指揮権行使に対する深い疑念から生まれて来るようです。本書の後半は、設立からインターネット全盛となってその存在が薄れつつある中にある日本における戦後の通信会社趨勢を辿っていきますが、その大半は郵政官僚と政治家、巨大な権益を有するようになった旧電電公社グループとの駆け引きの歴史が綴られていきます。

私にとっても実体験として過ごしてきた時代が含まれる話。此処でもインテルサットの国際協調と正反対の動きを見せる電電公社の分割民営化や国際通信の外資開放への圧力、更には携帯電話方式への干渉と、通信事業はグローバル化が叫ばれるほどに、国と国の激しい権益争いの表舞台に立つ命運にあるようです。


モトローラ方式と言って、判る方は少ないでしょうか。StarTAC誕生から22年だそうで、本書でも詳しく言及されていますが、エリアも狭くて電池も持たないアナログのStarTACが外圧で東名阪でも使えるようになったので、わざわざデジタル(NTT方式)から機種変更したのも懐かしい。トヨタがアメリカで稼いだお金をIDOの方式が重複する設備投資に投下する事で相殺関係を演出したと。


行政と国家間の権益や更に先鋭化したインターネット時代の諜報における通信と国家の干渉と言う耳を塞ぎたくなる話題が続く後半ですが、その中でKDD出身者として是非添えておきたい話があると云わんばかりに挿入されるエピソード。

海底光ファイバー実用化の先陣を飾り、現在のインターネット興隆の礎を築いたのは、今でも世界的なシェアを占める旧電電ファミリーと呼ばれた企業群の技術開発力と、KDD並びにパートナーシップを結んだ海外通信会社との協業の賜物である事を称賛し、そのインフラ設営の先陣に立った、今でも貴重な通信会社が自社で所有する大型ケーブル敷設船、フラッグシップを務めるKDD丸を少し誇らしく紹介する著者。


現在でもKDDIの子会社である国際ケーブル・シップがKDDIオーシャンリンク(10000tクラスの大型船です)とKDDIパシフィックリンクの2隻を運用、昨年から次世代のフラッグシップを担うKDDIケーブルインフィニティを建造中です。


最後に著者が述べる様に、広大な海洋をケーブルでつなぐ電信から始まった国際通信は既にありきたりなインフラとなり、通信におけるイニシアチブ争奪戦はラスト1マイル(更にはIoTなのでラスト100mですね)へと進んだことで、AT&TやC&Wといった往年の国際通信を担った国策会社達は見る影もなくなり、海外との通信という意識すら希薄となった昨今(ここでNTTが倒れずに生き残っている逆説的な指摘も)。もはや通信会社は「土管」で、その上でサービスを展開する企業たちが主役になったように見えてきますが、本書を読まれる方であればご承知のように、そのサービスを展開する会社達が競って海底ケーブルの敷設に躍起となり共同出資メンバーの筆頭に掲げられるようになった事実が雄弁に伝える事。

それは、著者が本書で繰り返し述べてきたように、インフラを制する者、情報の独占と秘匿性を勝ち得た者こそが、最も有利な展開に持ち込めることが今でも厳然たる事実として生きている事を、海を越えて繋がりを求めて世界に船出をした明治の岩倉達の物語が語っているようです。

 

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