今月の読本「灯台はそそる」(不動まゆう 光文社新書)魅せられてしまった著者が未来に伝えたい、光の路への想い

今月の読本「灯台はそそる」(不動まゆう 光文社新書)魅せられてしまった著者が未来に伝えたい、光の路への想い

既に飽和状態にある毎月刊行される新書シリーズたち。凝った表題や意表を突くテーマだけでは魅力が伝えきれないと考えてでしょうか、書棚に並んだ際の統一性から装丁だけはほぼ固定されてきた新書に於いて、昨今では特殊装丁を施して並ぶ例が散見されるようになってきました。

何処の新書だろうかと首を捻りつつも、確かにインパクトと伝えたいと願うイメージは伝わるなと、手に取った珍しいテーマの一冊。

今月の読本「灯台はそそる」(不動まゆう 光文社新書)のご紹介です。

敢えて帯を外して写真を撮っていますが、版元さんの所謂、何々女子と付ければ、男のマニアックな世界に乗り込んだ華として持て囃されるだろうという下心すら感じる帯にちょっと懸念を持ちながら手に取って読んだ訳ですが、カラーで掲載された巻頭の美しい数々の灯台の写真の後に控える前半戦に関しては、残念ながら懸念通りの内容となっています。

その筋では極めて有名な”灯台女子”を名乗られる灯台をテーマにしたフリーペーパーを主宰されている著者が、一般の読者向けに執筆した灯台ガイドブック。一般向けを指向されていますので、船舶、海洋関係のある程度の知識を有されている方であれば、冒頭から述べられる灯台への偏愛(マニアックポイント)や、灯台に関する基礎知識はそれほど珍しいものではないでしょうし、昨今のネット環境の普及を考えれば、他のリソースからでも充分に入手できる内容かと思います。また、世界の灯台巡りについても、雑誌に掲載されるような紀行文のスタイルで述べられますので、本書を読まなければ絶対に知り得ないという内容ではないかもしれません(むしろ、著者のファンの方に向けた旅行エッセイになっているようにも思えます)。

著者の溢れる灯台愛の熱量に当てられながら、やはり新書だから薄味なのかなと、ちょっと残念な気持ちで読み進めていたのですが、その思いは4章に入ると大きく変化します。

著者が活動のベースに置いているフリーペーパーの取材も含めての内容だと思われますが、普段あまり語られる事のない、灯台守の皆さんへのインタビュー(しかも彼らが勤務した灯台に改めて同行を願い出て一緒に訪ねる)。僅か40ページ程ですが、実際にその職務に就いた方でしか語れない、貴重な勤務当時の内容が綴られていきます。かなり前のめりで、one wayなその筆致は懸念を抱かせる程の没入感ですが、それだけ話されていた内容を真摯に伝えたいという想いがこもったもの。今や忘れ去られたその職に対する、改めて顕彰をしたいという強い願いが感じられます。

そして、現在も運用されている灯台に対する世界的な風当たり。GPSや補完衛星によってmm単位の位置情報すら伝える事が出来るこの世界に於いて、前時代的な陸地から光を放って船を誘うという行為自体が、ノスタルジーで非効率的である事は否定する事は出来ませんし、実際に年々灯台の数は減少を辿っています。更には、灯台自体の建築技術、漆黒の海を照らし出す光源も駆動系も、フレネルがフランスでそのシステム化を手掛け始めた時から大きく進化を遂げています。より安全な航海を願う以上、技術の進歩は必然であり、役割を終えた設備、技術は静かに後進に道を明け渡す事になります。

そのような潮流に対して、本職が学芸員でもある著者が訴える、残していれば後世の人に選択肢を与える事が出来るという願い。前のめりで語られるその論旨をどう捉えるかは読まれた方へ委ねられますが、産業遺産特有の維持限界、その限界点が低い日本の産業界への、すこし異なったアプローチを伴った提言が語られていると理解したいところです。

マニアックなお話はさておき、その海辺に佇む孤高の姿に心を奪われた著者の筆致に乗って、その姿が与えられた時代の息吹を波の音と潮風と共に感じながら、少しノスタルジックな海辺の旅に出てみるのは如何でしょうか。

 

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今月の読本「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか(原題:A Short bright flash)」テレサ・レヴィット:著 岡田好恵:訳 講談社ブルーバックス)人物史と科学技術史が語る、受け継がれたその閃光は、今も導きの光を放つ

今月の読本「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか(原題:A Short bright flash)」テレサ・レヴィット:著 岡田好恵:訳 講談社ブルーバックス)人物史と科学技術史が語る、受け継がれたその閃光は、今も導きの光を放つ

積読から脱却しつつも、ついつい新刊本に浮気をしてしまう悪い性分。

今回ご紹介する一冊も、twitter上での紹介文と素敵な表紙に惹かれて、読むあてもなくつい買ってしまったのですが、読み始めると他の積読本を後回しにしてしまう程、実に楽しい一冊でした。

科学入門書の中でも老舗中の老舗、学生時代からお世話になり続けた、講談社ブルーバックスの最新刊からご紹介です。

灯台の光はなぜ遠くまで届くのか灯台の光はなぜ遠くまで届くのか(原題:A Short bright flash)」テレサ・レヴィット:著 岡田好恵:訳 講談社ブルーバックス)です。

本書はブルーバックスの中では異色の、科学技術そのものを扱った内容ではなく、副題にあるフレネルレンズの発明者にして、偉大なる光学研究者でもあるオーギュスタン・フレネルと、彼の発明の恩恵を最も受けた灯台の発展史を一冊の本に纏めた「科学史」の読本です(正式な題名はA Short bright flash Augustin Fresnel and The Birth of modern lighthouseで、邦題とは大分ニュアンスが異なります)。

本書は原題にあるように、前半はフレネルの閃光のような僅か39年の半生とその研究開発成果、フランスにおける近代的な灯台システム(灯台を軸に置いた、沿岸海域における船舶航路、航行標識体系とでも呼んだ方がいいでしょうか)構築端緒の物語と、南北戦争前から戦中のアメリカを舞台にした、近代灯台システム導入と南北戦争という二つの物語が語られていきます。このため、表題にある様な「なぜ遠く」という、如何にもブルーバックスが好きそうな技術的な課題を解いていくという話が中心として語られる訳ではありません(そのため、当時を物語る精巧な図版は多く用いられますが、数式はほぼ出て来ません)。

ブルーバックスらしい表題とはちょっと様相の異なるテーマが綴られる物語は、著者の丁寧な取材と巧みな筆致により構築された、読物としての人物史にして科学技術史。

薄幸の代表格的な結核持ち(このネタが語られる一節でくすっと出来た方は、文学好きですね)で、少しオタクがかった主人公のフレネルに、情熱と野心を併せ持つ信頼すべき力強いパートナー、アラゴ。そして、フレネルが対峙することになる、物理学に造詣がある方なら誰しも知っている錚々たるフランス科学アカデミーの面々。相変わらずいがみ合う対岸のイギリスと、その中でもフレネルの成果に着目するスティーヴンソン。著者の生き生きとした筆致が当時の科学者たちの情熱と息吹、疑念と嫉妬を伝えてくれます。理論物理学の研究者としては超一流ではないが、子供の頃から器用であらゆる実験器具を作ってしまうフレネル。自身の理論を実験で証明して見せようと実験器具を作りながら、その理論を深めていく彼の特性は、現在の研究者の卵たちに求められる素養とほとんど同じである事が判ります。そして、学会の重鎮への反目もあってフレネルと組む事を選択したアラゴ。力のあるパートナーを得た事で、フレネルの実験は科学的探究からさらに前進して、実際の技術、灯台用の光源としてフレネルレンズと呼ばれるより強い照明を生み出す(光を絞り込む)光学的手法を編み出すことに踏み込んでいきます。更には航路標識システムとしての灯台照明の開発。明弧の間隔設定や現在でも用いられる光の強さの等級設定(第n等フレネルレンズ)の組み合わせによる、フランス海岸部分を全てカバーする灯台による灯火標識システムを構築していきます。

ナポレオン革命前後の激動の19世紀フランスを生きたフレネルは、自らが準備した灯火標識システムの完成を見ることなく、僅か39歳で亡くなってしまいますが、彼の残した偉大なる成果は、その後継者たちに脈々と受け継がれていきます。彼の弟、レオノールの手により、フランスの灯火標識システムは完成。彼が苦心して育てたガラスメーカーもレオノールの管理、指導の段階からステップアップを果たして、フランス、そしてイギリスでそれぞれ独自の発展を遂げていきます。両国が開催した万国博覧会の目玉展示として、同じようにフレネルレンズが設置されたように、ヨーロッパが海洋帝国として大きく飛躍した根底に、フレネルの為し得た技術と、それをシステムとして大きく普及させたフランス、イギリス両国の国を挙げての威信を賭けた開発競争があったようです。

本書が表題のように、フレネルの伝記と、彼と灯台に纏わる物語を描くだけであればここで終わっている筈です。しかしながら、著者はミシシッピ大学で歴史学の教鞭を執る科学史の研究家。本書の後半はフレネルの物語から大きく離れて、アメリカにおける灯台の時代史へと大きく舵を切っていきます。

当時の世界の片田舎、まだ太平洋に到達していない東海岸を中心としていたアメリカの遅れた灯台事情と、フレネルレンズを用いた照明を頑なに受け入れない当時の政治状況を、こちらも前半同様に豊かな人物描写を駆使して語っていきます。何とも悲しい理由で灯台の近代化が遅々として進まないアメリカのお家事情。著者の母国でもあるためでしょうか、歴史家としてのその筆致は、時に憂いを込めた辛辣さすら感じられます。それでも、船乗りたち、そしてもっとも安全な航海に対して敏感な海軍の軍人たちの粘り強い働きかけ(最後の一押しとなった事件と、その後の検証への道筋は、やはりこのルートを辿るのかと、技術導入を手掛ける方なら誰しも納得してしまうエピソードでしょう)によって、遂には全面的にフレネルレンズを用いた灯台と灯火標識システムへの切り替えに踏み出すことになります。ここで日本人読者にとってちょっと嬉しいのは、僅かではありますが条約灯台の話題が触れられる事と、最初にヨーロッパの進んだ蒸気機関船舶と灯台を調査する為に派遣されたのが、ペリーである事が紹介されている点です。新技術の導入について常に先進的であった彼の経歴をご存知の方なら、フレネルレンズを用いた灯台の導入の端緒にもペリーが居た事に対して、思わず頷かされるのではないでしょうか。

更に、著者の現在の奉職先からいって欠かす事が出来ない点もじっくり語られます。南北戦争における南部の灯台における争奪戦と、灯台守たちの活躍の記録。万国博覧会で展示されるほどに重要視された工業力の粋を集めたフレネルレンズとその駆動部は、両軍にとっても金銭に替え難い貴重な品。しかも、その光は敵味方何れも重要拠点へと導いてしまうため、両軍による激しい争奪戦と、レンズの隠匿、そして自らの手による破壊が行われてしまいます。暗闇が広がる南部の海岸線、その中でも、灯台の光は等しく船を導くものであり戦争とは関係ないと投光し続けた灯台守たち、追い込まれて消灯や破壊に至ってしまった灯台の物語も語られていきます。

歴史の荒波に揉まれながらも、安全な航海を守るために光を燈し続けた灯台と、その光を絞り出すフレネルレンズ。鯨油や石炭、石油ランプに頼ることなく、高輝度の照明が得られるようになり、レーダーによる航行が当たり前となった今、灯台の重要性が低下することで、既に第1等フレネルレンズの製造が止められている事は、御存じの方もいらっしゃるかもしれません。それでも、フレネルの残した偉大なる遺産は、彼の編み出したシステムに則って、今も海の安全を守るために、闇夜の海を照らし続けています。

彼の生き様と、その後の発展への曲折のストーリーを綴る本書。そこからは、研究者、技術者を目指す誰しもが直面する課題と、それを乗り越えていった人々の物語が浮かび上がってくるようです。彼が解き放った光の道筋が、後に続くエンジニアたちの道標となる事を。

<おまけ>

本ページでご紹介している、本書に関連する書籍を。