今月の読本「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)有閑弓騎から滝口へ。王臣子孫と郡司で描く収奪の古代史電車道の先に開く玄関口

今月の読本「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)有閑弓騎から滝口へ。王臣子孫と郡司で描く収奪の古代史電車道の先に開く玄関口

多くの読者に読まれる事を想定した、毎月刊行される新書。

飽和気味と言う言葉を遥かに超えた勢いの刊行数で毎月送り出されくるため、その内容には「まとめ系」であったり、明確な差別化やテーマ性の強い作品が求められる傾向が、近年特に高まってきているようです。

四六判の選書や叢書とは扱われ方が異なる「戦乱」の中に、明らかに議論を呼ぶテーマを掲げて、専門家ではないと断言する研究者が飛び込んだこの一冊。

今回は「武士の起源を解きあかす」(桃崎有一朗 ちくま新書)をご紹介します。

著者は中世史の研究者ですが、儀礼、儀式から社会的な秩序を体系化する研究に携わっているとの事で、本書がテーマで掲げる武士が専門の研究者ではありません。また、前著となる「平安京はいらなかった」(吉川弘文館)も著者の研究テーマである儀礼の空間としての平安京をテーマに、京都学の講義を行った内容を書き下ろした一冊。著者の研究内容から見るとサイドメニューに相当する本のようです(サイドメニューは当該叢書シリーズが掲げるテーマですので、むしろ的を得た設定です)。

本書についても、著者の研究を進めるにあたってどうしても決着を付けておかなければならなかったテーマと称して議論を進めていきますが、その議論にはある前提が付されています。

武士論を掲げる数多の書籍、研究者、執筆者の中で、下向井龍彦氏と高橋昌明氏の両名の研究成果を軸に綴られる議論の骨格(更に補足すれば、古代史研究者の森公章氏の豪族に関する研究)。両者の基本的なスタンスに同意を示すと同時に、その論点における弱点を突き、傍証が足らないもしくは出来ないと断定する部分に対して著者自らの試案を組み入れていきます。

新書と言うフォーマットではやや厚めな300ページ越えですが、聖武帝以前から始まり、平将門の乱で一旦議論が終わる長大な時代扱う一冊。唯一点の結論が得られれば良いと称して、その間の著述は正に電車道の如く、他の議論を排しながら一本調子で突き進んでいきます。

本文中に織り込まれる著者の視点、古代豪族に発祥を持つとする「有閑弓騎」と、滝口の人員から見た律令国家の病巣の元凶と見做す王臣家からの武士の発祥、更には武士と言う名称の生み出された素地。

自らの高校時代における弓道の経験(前著で著者は鍋島武士の家系であることを述べています)を起点に、前述二人の研究者が提唱した内容に対して著者の独自性を求めます。蝦夷の騎馬と抜刀技術より更に古い、弓と騎乗の技術をもった古代豪族の子弟を称する「有閑弓騎」の系譜を受け継ぐ郡司とその末裔たち。墾田永年私財法を起点に地方からの収奪を目指す王臣家とその手先となった末裔たちである王臣家人。彼らの母系とその間に降り立った、間引きされ大量に臣籍降下した直近の王族たちの男系が地方で結びつく事で、正に「武士が生み出された」としていきます(ここで著者が利仁将軍こと藤原利仁や俵藤太こと藤原秀郷の出自特異性について拘る点は論拠含めて要注目で)。更には、彼らが京と往還する事になる送り込まれた先が、正にその名称が使われる発端となった「滝口」で有る事を将門の伝承から認めていきます(つまり冒頭では一点と称するが、実はハイブリッドであることを著者自らが示します)。

前著に於いて、古代王朝が律令制を受容するにはその国力規模も実力も不相応だったと断じた著者。律令制崩壊の起点である、土地政策の弛緩化から中世の胎動を見せはじめる段階までを、律令国家を支えたであろう朝廷や天皇、廷臣たちの姿をある意味嘲笑するかのように、地方行政の混乱を惹き起こした張本人たちこそ、その制度下では有限のポストに代を継ぐことであぶれてしまう彼ら王臣家と其れに繋がる者達であると断罪し、彼らの存在こそが武士の発祥を促したとの筆致で貫かれていく本書(著者は武家社会こそ貴族制であると応えます)。

一見非常に明快で、先行研究を一瞬で置き去りにしていく筆致に読まれた方には爽快感すら与えられるかもしれませんが、素直には喜べない実情もあります。

前述のように、本書の基本的な骨子は著者の視点による地方を重視した古代行政史を軸に、前述の研究者の方による先行研究の成果を援用する形で描いており、その弱点を著者独自の視点で置換していきます。実は表題や帯にあるような決定打的な表現とは裏腹に、その基盤となる議論の推移は先行する数多くの研究者の成果に依拠しており、ピンポイントで著者の持論を持ち込み推移の中に織り込む事で、それが全体観であると言っているようにも感じられてしまいます。更にその持論を投じる際も、他の先行研究に関しては検証できない、答えていないと断じる一方、自らが挙げた論点については「可能性」「十分」といった言葉をあっさりと使ってしまうため、かなりの片手落ちに感じる事も事実です。

むしろ本書は、同じテーマを扱ってきた書籍では断片的、ないしは迂遠で読みにくかった内容を著者の豪快な筆致に身を任せで読み進める事で、俯瞰で読ませた上で著者が投じたとする(かもしれない仮説):P.278に対する疑問、武士の発祥という議論のテーマへと導くための玄関口としての一冊。

冒頭で述べられるように、本書では新書で省略される事の多い注が敢えて添えられており(補注としての記述まであればなお良かったですが、それは文庫化の時にでも)、本文中に指摘される先行研究者の方が書かれた、比較的入手しやすい一般向け書籍も参考文献として列挙されています。

文章量はやや多く表現などは荒っぽいところもありますが、一気呵成の筆致で綴る内容は好奇心へと導いてくれる一冊。本書をきっかけとして、それこそ数多ある武士を扱った本を手に取った上で、色々と読み比べて考えてみるのも歴史に興味のある一般人の読書としての楽しみかもしれません。

それこそが不振を極める本屋さんの書棚の中でも貴重な、常に新刊が溢れ続ける新書という書籍がその先に広がる読書への入口としての役割と自負してきた起源でしょうから。

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