今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

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今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)信州の畔に根付くその赤い籾への疑問を追って

今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)信州の畔に根付くその赤い籾への疑問を追って

眼前一杯に水田が広がる、豊葦原の瑞穂の国。日本を象徴するように使われる言葉ですが、その情景が僅か200年ほどの歴史しか有さない事に思いを巡らせる方はいらっしゃるでしょうか。

水田越しに甲斐駒をブランド米と呼ばれるモチモチの白米、特定の名称でお米の品種が広く呼ばれるようになる前にお店の真ん中に並んでいた、「標準価格米」が片隅に追いやられてから僅か数十年しかたっていない事を思い出される方はもう少ないかもしれません。

そして、黄金色の籾に真っ白な粒といったお米とちょっと様相の異なる、長い禾に少し赤みを帯びた籾と小粒のお米をご存知の方はもはや希少なのかもしれません。

ブランド米の品質を全国で争う現在、丁寧に丁寧に育て上げられる稲たちが穂を伸ばすその田圃の畔で、誰にも気が付かれずに、いいえ今やその品質を脅かす駆除すべき雑草として信州の畔から駆逐されつつある、同じ稲なのに余りにも扱いの異なる「赤い米」への疑問を解く旅へ誘ってくれる一冊の紹介です。

赤米のたどった道今月の読本「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)です。

著者は長野県内の複数の大学で教鞭を執られる、主に中世史を専攻される研究者。大学を卒業後、数十年を経て取得された学位請求に関連すると思われる主著で論じられる二つのテーマを、「大唐米」というキーワードで結びつけ編んだ一冊となっています。大唐米自体を論じる前半と、溢籾と呼ばれるようになったそのお米が引き起こした騒動の経緯を語る後半に、南北朝期の播磨国矢野荘における年貢収納の史料研究を挟み込んでいるため、読んでいると前後の繋がりがちょっと希薄になる事があります。著者があえてこのような構成と論考を用いて明確化したい点は、なぜ赤米(大唐米)だけが別扱いされてきたのか、そして次の時代にはしっかりと農村に根を下ろしたそのお米たちの元となった籾を誰が普及させる事になったのかを想定することにあります。

赤米の歴史を辿るように思える本書ですが、冒頭で語られるように著者の疑問の大前提は、ここで採り上げられる大唐米、そして現在に残る赤米が、中国宋代に発祥を持つインディカ系に属する占城米ではなく、ジャポニカ系の一種ではないかという点にあります。しかしながら、著者による大唐米の遺伝的な考察や、地域的な広がり、形状から見た判断等の農学的なアプローチは冒頭で早々に放棄されてしまいます。一方で、著者は一貫してこれらの赤米が白米と異なる扱いを受けてきたという、史料上の事実を梃に、専門の歴史学的視点で白米とは違う、赤い米たちの歴史をとらえていきます。

水田で耕作される「白米」に対する疑問を、班田収授の絶対的な水田不足から問い始め、その穴埋めたる「陸稲」そして、「赤」の札書きが残る米の種類の記載へと興味を広げていきます。集水、貯水、湛水、排水技術が未熟な近世以前において、現在のような安定した水量を確保できる水田は、安定した流量と穏やかな流れを有する河川に対して僅かに低い土地に限られ、微高地や扇状地には水は届きにくく、湛水地は深田や沼地、果てには洪水の常襲地帯となるはず。そのような限られた水田で作られた「白米」は、既に近世史でも語られるように、食糧として日常の食生活を維持できるほどの大きな収量を期待できなかったことを見出していきます。

厳しい耕作条件の「白米」に対して、熱帯に比べて気温も低く、決して水田農耕に適しているとはいえない日本の農耕環境でもしっかりと実りをもたらす(但し、脱粒性は強い)お米。食味は悪くても、早生でいち早く収穫できるため、秋口に襲ってくる風雨にやられる前に実収をもたらす貴重な赤いお米。農民たちにとって主たる収穫物である「白いお米」は口に出来なくても、田圃の畔を取り囲むように植えるという隙間農耕でも実りをもたらしてくれるありがたいそのお米は、一方でその籾を持ち込んだ荘園領主たちの切実な収量確保という一面も持っていたようです。

鎌倉から南北朝、そして室町期と在地おける実権と実収(実際の所領も)を徐々に衰退させていった荘園領主たちにとって、その減収を少しでも補う方策として、例え売価が低くても、勧農が行き届かず放置気味の荒田の状態になってでも収量が望める赤米(ここで大唐米という言葉が史料として出て来ます)を積極的に導入したのではないかとの暗示を述べていきます。

更に時代が進んで江戸時代。大阪に蔵屋敷が立ち並び、各国の米が市場で比較される段階に至ると、今度は収量は優れても食味に劣る赤米たちは駆逐の対象となっていきます。江戸患いと呼ばれた脚気が顕著に表れてくる程に白米が都市部に集中し始め、漸く庶民の日常にも「白いお米」が上るようになった時代。それでも、著者のフィールドである信州、松本藩の事例では、その不利な条件(籾が落ちてしまい禾が長いので、籾で収納した場合目減りが激しい)にも拘わらず農民たちが赤米での収納を続け、藩庁側も容認せざるを得なかったことを見出していきます。そこには、高地冷涼で扇状地故に水に恵まれなかった信州、そして松本平の厳しい条件があったことを認めていきます(信州の他藩でも、収納した赤米たちは廻米せずに地元での消費に充てていたという貴重な知見も)。水の町とも呼ばれる安曇野に張り巡らされた用水網が整備されたのは、漸く近代の足音が聞こえ始めた江戸末期。水の便は解消しても気候の厳しさゆえ、確実な収穫と生活を守るためでしょうか、その後も昭和の初期に至るまで、これら溢籾と呼ばれた品種が信州では作りつづけられたことを明らかにしていきます。

領主には嫌われつつもしっかりとその土地と農民たちに育まれた赤い米たち。その歴史は亀ノ尾に始まる寒冷に強い白米の登場と、今に続く、その系譜を継ぐ品種たちの粘り強い改良の中で、今や逆に圃場を埋める優良品種の単一性を阻害する雑種として駆逐される運命にあるようです。

著者が傍証として語る、神前としての白米の神聖視、日本人の優越性と白米至上主義といった論点はここでは置いておきたいと思いますが、美しく整備された水田に広がる見渡す限りの稲穂たちと、美味しい白米という、もはや共有感ともいえる幻想に対して、もう少し歴史的に見直す必要がある事を問う一冊。

黄金色の景色1その広がる圃場と稲穂が、どのように今日まで受け継がれてきたのか、本書を読みながら、今一度想いを馳せてみては如何でしょうか。

赤米のたどった道と類書たち本書と一緒に読んでいた本たち。

本書と特に関連が深い本として、農学としての稲にご興味のある方には「イネの歴史」(佐藤洋一郎 京都大学学術出版会)、江戸時代の農耕については、同じ史料から豊富に引用された「江戸日本の転換点」(武井弘一 NHKブックス)、同じ東寺の荘園である、備中国新見荘における室町中期の在地支配を史料から丁寧に掘り起こした「戦乱の中の情報伝達」(酒井紀美 吉川弘文館)、そして、本書の巻末でも繰り返し言及される「稲の大東亜共栄圏」(藤原辰史 吉川弘文館)は近代日本に於ける稲の品種改良と東アジア圏への展開に関して要領良く纏められた一冊、特にお勧めです。