今月の読本「荷車と立ちん坊」(武田尚子 吉川弘文館)明治東京を運ぶ足跡を追ったオムニバスストーリー

今月の読本「荷車と立ちん坊」(武田尚子 吉川弘文館)明治東京を運ぶ足跡を追ったオムニバスストーリー

歴史の研究分野は古来から続く政治や人物、又は文化、芸術的な変遷を捉えたものから派生して、近年では色々な切り口を持ったテーマが語られるようになってきたようです。

特に近現代史に於いてそのような傾向が多く見られますが、最近では更に学際領域というのでしょうか、テーマの多様化、細分化が進んでいるようです。

今回の一冊も、そんな流れの中にあるように思われる、極めて珍しい題材で描く「荷車と立ちん坊」(武田尚子 吉川弘文館)をご紹介します。

著者は直近に「ミルクと日本人」(中公新書、著者へのインタビューはこちら)という、これも極めて珍しい、ニッチで狙いすましたようなテーマの本を出されていますが、本書も特徴的なアプローチと内容を具えています。

まだ荷車を人が曳いていた明治の頃、急な坂や荷物が大量に集散する場所にたむろするその日暮らしの人々「立ん坊」。そして、東京近郊の農村と都心とを行き来した農民の暮らし。日本の中心となった東京に集う二つの全く異なるバックグラウンドを持つ人々の存在に触発された著者は、その間を取り持つ「荷車」をテーマーに物語を結びつけようとします。

しかしながら、この二つには僅かな結節点しかないため、勢い「荷車」を軸に明治東京に行き交う荷物を扱い運ぶ姿の変遷を、江戸時代に遡って綴る事が主体になったようです。更には、前述の執筆経緯故でしょうか、本書を通貫した明確なストーリーが築かれることは無く、各章ごとに「荷車」に関するエピソードがオムニバスに語られ、その中に「立ん坊」の姿が織り込まれていきます。

江戸時代の伝馬から始まり内国通運(今の日通です)、鉄道、郵便輸送に繋がる物流の大きな変遷を描く、産業史の中に生きる小口輸送単位としての荷車とそれを事業として扱う人々の勃興と構成。大八車の発祥と命名の謎から車両自体の変遷と、その中に組み込まれた著者の前著にも通じるような牛乳車や洋菓子を売って歩く箱車の姿。日清戦争における輜重部隊と、破門されてまでも志願し出征した江戸の力士たち、輜重における人力から馬力への転換。そして後半で綴られる、民俗学的な視点による明治期における都市近郊農村の姿にみる輸送形態。

それぞれに興味深い内容が続いていますが、如何せん新書並みの僅か180ページ程という分量の中で、話題ごとに細分化され、更に本書の主題である「立ん坊」の話は各章に散りばめられてしまっているため、かなり散漫な印象を受ける事も事実です。

「荷車」をテーマに、研究内容の宝石箱をひっくり返したかのように繰り広げられる本文。その中で少し纏まった形で述べられる「立ん坊」達の生活と、住んでいた場所、荷を待っていた場所について綴る一節を軸に読みなおしていくと、本書のもう一つの姿が見えてきます。

荷物が集散する水辺、河岸、そして駅。今では僅かに痕跡を残すのみですが、今もこれらの場所には、日通を始め大手の運送会社の倉庫や事務所が軒を連ね、潮待茶屋にはトラックとターレが集う。既に産業史の教科書に残るのみですが、汐留、秋葉原、最後の痕跡である築地は、時代の最先端であった物流システムである水陸結節駅として、その荷を集散させる彼らが行き交った舞台そのものです。そして、彼らが夜露を避け、怠惰と無常を募らせた本所に連なる木賃宿と、往年の姿は全く痕跡を残しませんが、今もその名と地形だけははっきりと残る、彼らが荷を待ちうけた凹凸の激しい東京の坂たち。

彼らが汗水を流し歩んできたその足跡には、現在の東京を形作る輪郭と動線がはっきりと刻み込まれている事に気が付かれるはずです。

人と物が動く事で街が形作られていく過程を、荷車というテーマから垣間見せてくれる本書。著者の旺盛で広範な好奇心を鑑みると、ちょっと無理かもしれませんが、極東の大都市東京の成長していく姿を描く一つのテーマとして、その先の物語を読んでみたいと思わせる一冊です。

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